天理旅行記(ブログ) 一覧に戻る
花のお寺として知られる、天理の長岳寺の紹介です。盛時には、塔中四十八ヶ坊、衆徒三百余名を数えたとされる高野山真言宗の古刹です。

2016春、奈良のお寺の花(3/17):長岳寺(3):カキツバタ、境内の四国88箇所巡り

22いいね!

2016/04/30 - 2016/04/30

50位(同エリア204件中)

旅行記グループ 2016春、奈良のお寺と花巡り

0

30

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

花のお寺として知られる、天理の長岳寺の紹介です。盛時には、塔中四十八ヶ坊、衆徒三百余名を数えたとされる高野山真言宗の古刹です。

交通手段
観光バス
  • 池の畔の葉陰から眺めた『カキツバタ(杜若)』の光景です。シルエットになった葉が、アクセントになってくれました。

    イチオシ

    池の畔の葉陰から眺めた『カキツバタ(杜若)』の光景です。シルエットになった葉が、アクセントになってくれました。

  • 池の畔の葉陰から眺めた『カキツバタ(杜若)』のズームアップ光景です。品種改良されて、色も姿も豊富になった花菖蒲と違って、紫色一色です。近年、品種改良が始まったようですが、素朴な花が失われるのも寂しい気がします。

    池の畔の葉陰から眺めた『カキツバタ(杜若)』のズームアップ光景です。品種改良されて、色も姿も豊富になった花菖蒲と違って、紫色一色です。近年、品種改良が始まったようですが、素朴な花が失われるのも寂しい気がします。

  • 長岳寺の境内光景です。広大な敷地を持つお寺ですから、自然の地形や植物を生かした景観を持った境内でした。

    長岳寺の境内光景です。広大な敷地を持つお寺ですから、自然の地形や植物を生かした景観を持った境内でした。

  • 木漏れ日を受けて立つ石灯篭等の光景です。右側が春日灯篭風の石灯篭二基、左は仏座像が祀られた仏塔です。

    木漏れ日を受けて立つ石灯篭等の光景です。右側が春日灯篭風の石灯篭二基、左は仏座像が祀られた仏塔です。

  • 長岳寺は、関西花の寺25霊場の第19番札所です。主な花などは、今回見学したヒラドツツジとカキツバタ、それに紅葉です。

    長岳寺は、関西花の寺25霊場の第19番札所です。主な花などは、今回見学したヒラドツツジとカキツバタ、それに紅葉です。

  • 真下から見上げた、境内の大木の光景です。確認はしていませんが、市の保存樹クラスの古木のようでした。

    真下から見上げた、境内の大木の光景です。確認はしていませんが、市の保存樹クラスの古木のようでした。

  • 四国88箇所の札所の光景です。これまで紹介した札所は、石造りでしたが、この札所は木造で、立派な紫の幕もありました。軒下には動線の灯篭も吊り下げられていました。番号が確認できなかった札所です。

    四国88箇所の札所の光景です。これまで紹介した札所は、石造りでしたが、この札所は木造で、立派な紫の幕もありました。軒下には動線の灯篭も吊り下げられていました。番号が確認できなかった札所です。

  • 四国88箇所の上りの札所、第88番札所です。香川県さぬき市にある、医王山・大窪寺になります。御詠歌は、『なむやくし しょびょうなかれと ねがひつつ まいれるひとは おほくぼのてら』です。唐から帰朝した弘法大師は、奥の院の岩窟で求間持の法を修め、大きな窪の側に堂宇を建て、薬師如来を刻んで本尊としたと伝わります。

    四国88箇所の上りの札所、第88番札所です。香川県さぬき市にある、医王山・大窪寺になります。御詠歌は、『なむやくし しょびょうなかれと ねがひつつ まいれるひとは おほくぼのてら』です。唐から帰朝した弘法大師は、奥の院の岩窟で求間持の法を修め、大きな窪の側に堂宇を建て、薬師如来を刻んで本尊としたと伝わります。

  • 昭和12年(1937年)4月の日付があった石碑の光景です。当時の長岳寺住職によって建てられたもののようです。石碑に刻まれた文字は、『昔日当地は日本武尊王子発見王釜口氏ノ領地タリシ当時名残ノ蓋アリ』で始まっていました。

    昭和12年(1937年)4月の日付があった石碑の光景です。当時の長岳寺住職によって建てられたもののようです。石碑に刻まれた文字は、『昔日当地は日本武尊王子発見王釜口氏ノ領地タリシ当時名残ノ蓋アリ』で始まっていました。

  • 境内の片隅の光景です。長岳寺の礼拝堂建築への寄進の額が記された石碑が並んでしました。現在とは貨幣価値が全く違う時代の石碑のようです。

    境内の片隅の光景です。長岳寺の礼拝堂建築への寄進の額が記された石碑が並んでしました。現在とは貨幣価値が全く違う時代の石碑のようです。

  • 再集合までには、もうしばらく時間がありましたから、長岳寺境内の裏山に上ることに思案した。何しろ、境内は1万2千坪の広さです。盛時には、塔中四十八ヶ坊を数えたお寺が想像できる広さです。

    再集合までには、もうしばらく時間がありましたから、長岳寺境内の裏山に上ることに思案した。何しろ、境内は1万2千坪の広さです。盛時には、塔中四十八ヶ坊を数えたお寺が想像できる広さです。

  • 長岳寺は、『山の辺の道』の経路に当たります。『山の辺の道』は、史実に現れる我が国最古の道です。大和平野(奈良盆地)の東側に連なる山々の『山の裾』に位置することからの呼び名です。

    長岳寺は、『山の辺の道』の経路に当たります。『山の辺の道』は、史実に現れる我が国最古の道です。大和平野(奈良盆地)の東側に連なる山々の『山の裾』に位置することからの呼び名です。

  • 崖側には手摺りが付き、山側には高い石垣があった裏山登りの参道の光景です。冬場ですと、軽装では登れないような山道でした。

    崖側には手摺りが付き、山側には高い石垣があった裏山登りの参道の光景です。冬場ですと、軽装では登れないような山道でした。

  • 石を大きく繰り抜き、その繰り抜いた窪みに、仏像のレリーフが彫り込んでありました。風化が少なく、比較的新しい石像のように見えました。<br /><br />(追記) 弥勒石棺仏と呼ばれています。古墳の石材を利用したものです。鎌倉中期の特徴を持つ像とされます。<br />

    イチオシ

    石を大きく繰り抜き、その繰り抜いた窪みに、仏像のレリーフが彫り込んでありました。風化が少なく、比較的新しい石像のように見えました。

    (追記) 弥勒石棺仏と呼ばれています。古墳の石材を利用したものです。鎌倉中期の特徴を持つ像とされます。

  • 登り道のコーナー部分から見下ろした麓の光景です。樹々の隙間から長岳寺の境内が見えていました。

    登り道のコーナー部分から見下ろした麓の光景です。樹々の隙間から長岳寺の境内が見えていました。

  • 裏山に上る山道と、その傍らにあった四国88か所巡りの石造の札所の光景です。

    裏山に上る山道と、その傍らにあった四国88か所巡りの石造の札所の光景です。

  • 四国88箇所の第53番札所です。愛媛県松山市にある、須賀山・円明寺になります。御詠歌は、『来迎の弥陀の光の圓明寺 照りそふ影は夜な夜なの月』です。

    四国88箇所の第53番札所です。愛媛県松山市にある、須賀山・円明寺になります。御詠歌は、『来迎の弥陀の光の圓明寺 照りそふ影は夜な夜なの月』です。

  • 裏山の斜面光景です。ほとんど文字が読み取れませんでしたが、四国88箇所の第50番台の札所のようでした。立寄る人も少なくなっているようでした。

    裏山の斜面光景です。ほとんど文字が読み取れませんでしたが、四国88箇所の第50番台の札所のようでした。立寄る人も少なくなっているようでした。

  • 四国88箇所の第52番札所です。愛媛県松山市にある、龍雲山・護持院・太山寺です。御詠歌は、『太山へのぼれば汗のいでけれど 後の世思へば何の苦もなし』です。

    四国88箇所の第52番札所です。愛媛県松山市にある、龍雲山・護持院・太山寺です。御詠歌は、『太山へのぼれば汗のいでけれど 後の世思へば何の苦もなし』です。

  • 裏山の道は、まだまだ続いていました。手元に地図もなく、目標の場所が決められませんでしたから、そろそろ時間を見て引き返さなくてはいけないようです。

    イチオシ

    裏山の道は、まだまだ続いていました。手元に地図もなく、目標の場所が決められませんでしたから、そろそろ時間を見て引き返さなくてはいけないようです。

  • 木陰でひっそりと咲いていた、ピンク色のツツジの花の光景です。残念ながら、その花にピントが合いませんでした。

    木陰でひっそりと咲いていた、ピンク色のツツジの花の光景です。残念ながら、その花にピントが合いませんでした。

  • 裏山に上る参道の脇に掛けられてあった『長岳寺へんろ道』の表示札です。四国88箇所巡りの道筋を示しているようでした。この道筋に札所のお地蔵さんが置かれているようでした。

    裏山に上る参道の脇に掛けられてあった『長岳寺へんろ道』の表示札です。四国88箇所巡りの道筋を示しているようでした。この道筋に札所のお地蔵さんが置かれているようでした。

  • 『長岳寺へんろ道』を途中で折り返し、少し下った場所からの眺めです。城郭を思わせるような石垣の光景です。

    『長岳寺へんろ道』を途中で折り返し、少し下った場所からの眺めです。城郭を思わせるような石垣の光景です。

  • 先程登った裏山方面を振り返っての撮影です。急傾斜の、なかなか厳しい登り道でした。

    先程登った裏山方面を振り返っての撮影です。急傾斜の、なかなか厳しい登り道でした。

  • 往きに通った記憶がある、見覚えの場所を振り返っての撮影です。境内の中のせせらぎに架かった石橋の光景です。

    往きに通った記憶がある、見覚えの場所を振り返っての撮影です。境内の中のせせらぎに架かった石橋の光景です。

  • 長岳寺の本堂近くの境内に戻ってきました。前方に見える建物は、本堂ではなく、弘法堂でした。

    長岳寺の本堂近くの境内に戻ってきました。前方に見える建物は、本堂ではなく、弘法堂でした。

  • 『弘法大師』の扁額が懸かったお堂の光景です。『大師(だいし)』の尊称は、日本では高徳な僧に朝廷から勅賜の形で贈られた尊称の一種です。多くの場合は、死後に贈られた諡号(しごう)です。清和天皇の貞観8年(866年)7月、最澄に『伝教』、円仁に『慈覚』の大師号が初めて贈られました。しかし、今日では『大師』といえば、弘法大師・空海と同義語になっています。

    『弘法大師』の扁額が懸かったお堂の光景です。『大師(だいし)』の尊称は、日本では高徳な僧に朝廷から勅賜の形で贈られた尊称の一種です。多くの場合は、死後に贈られた諡号(しごう)です。清和天皇の貞観8年(866年)7月、最澄に『伝教』、円仁に『慈覚』の大師号が初めて贈られました。しかし、今日では『大師』といえば、弘法大師・空海と同義語になっています。

  • 『大師』の話題の続きです。『大師』の諡号を一番多く受けた人は浄土宗の法然上人(1133〜1212年)です。500年遠忌の行なわれた正徳元年(1711年)以降、50年ごとに天皇より加謚されてきました。円光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師を贈られ、平成23年(2011年)には法爾大師を贈られました。

    『大師』の話題の続きです。『大師』の諡号を一番多く受けた人は浄土宗の法然上人(1133〜1212年)です。500年遠忌の行なわれた正徳元年(1711年)以降、50年ごとに天皇より加謚されてきました。円光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師を贈られ、平成23年(2011年)には法爾大師を贈られました。

  • 時が経って、埃だらけになった千羽鶴の光景です。石製の容器の取手に掛けられていました。石製の容器は、もともとは線香立か、蝋燭立のようでした。

    時が経って、埃だらけになった千羽鶴の光景です。石製の容器の取手に掛けられていました。石製の容器は、もともとは線香立か、蝋燭立のようでした。

  • 『百度石』の光景です。『百度参り』は、日本の民間信仰で、神仏に祈願するために同一の社寺に百度参拝することです。百度参りの方法は、社寺の入口から拝殿・本堂まで行って参拝し、また社寺の入口まで戻るということを、百度繰り返します。その時の目標となるのが、『百度石』です。

    『百度石』の光景です。『百度参り』は、日本の民間信仰で、神仏に祈願するために同一の社寺に百度参拝することです。百度参りの方法は、社寺の入口から拝殿・本堂まで行って参拝し、また社寺の入口まで戻るということを、百度繰り返します。その時の目標となるのが、『百度石』です。

この旅行記のタグ

関連タグ

22いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP