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花の名所のお寺巡りの締め括りは、女人高野とも呼ばれている室生寺です。このお寺も長谷寺と同様、若い頃のGWの時に、当時の国鉄を使って見学しました。石楠花のほかには、参道脇の杉の古木が印象に残りました。

2016春、奈良のお寺の花(14/17):室生寺(1):石楠花、仁王門、仁王像、日本桜草、金堂

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2016/04/30 - 2016/04/30

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旅行記グループ 2016春、奈良のお寺と花巡り

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

花の名所のお寺巡りの締め括りは、女人高野とも呼ばれている室生寺です。このお寺も長谷寺と同様、若い頃のGWの時に、当時の国鉄を使って見学しました。石楠花のほかには、参道脇の杉の古木が印象に残りました。

交通手段
観光バス
  • 街道脇の小高い場所にあった、室生寺のバス駐車場に到着しました。その丘の上からの室生寺方面の光景です。室生寺は、この写真の左奥方面になります。

    街道脇の小高い場所にあった、室生寺のバス駐車場に到着しました。その丘の上からの室生寺方面の光景です。室生寺は、この写真の左奥方面になります。

  • バスの駐車場から、歩いて室生寺に向かう途中の道の脇の光景です。大きな自然石をくりぬいた噴水らしい施設の光景です。

    バスの駐車場から、歩いて室生寺に向かう途中の道の脇の光景です。大きな自然石をくりぬいた噴水らしい施設の光景です。

  • 室生観光協会名で掲示されていた観光案内図です。現在地が下の橋の近くに記されていました。五重塔の絵の左横の位置です。

    室生観光協会名で掲示されていた観光案内図です。現在地が下の橋の近くに記されていました。五重塔の絵の左横の位置です。

  • 街道脇の店先に置かれていた『シャクナゲ(石楠花)』の鉢植えです。真っ赤な花が少し萎れかけていました。この日の好天も影響したようでした。

    街道脇の店先に置かれていた『シャクナゲ(石楠花)』の鉢植えです。真っ赤な花が少し萎れかけていました。この日の好天も影響したようでした。

  • 前方に見えてきたのは、室生川に架かる朱塗りの『太鼓橋』です。橋の手前には、土産物店やレストランが軒を並べていました。橋を渡れば、室生寺の境内になるようです。

    前方に見えてきたのは、室生川に架かる朱塗りの『太鼓橋』です。橋の手前には、土産物店やレストランが軒を並べていました。橋を渡れば、室生寺の境内になるようです。

  • 『女人高野・室生寺』の文字が刻まれた、大きな石碑のズームアップ光景です。石碑の上の家紋は、『九目結紋(ここのつめゆいもん)』です。江戸時代の中期に、徳川綱吉の生母の桂昌院(けいしょういん)が、室生寺の堂塔の修繕などの寄進をしたことによるものです。桂昌院(1627〜1705年)は、江戸幕府3代将軍の徳川家光の側室で、5代将軍の綱吉の生母です。

    『女人高野・室生寺』の文字が刻まれた、大きな石碑のズームアップ光景です。石碑の上の家紋は、『九目結紋(ここのつめゆいもん)』です。江戸時代の中期に、徳川綱吉の生母の桂昌院(けいしょういん)が、室生寺の堂塔の修繕などの寄進をしたことによるものです。桂昌院(1627〜1705年)は、江戸幕府3代将軍の徳川家光の側室で、5代将軍の綱吉の生母です。

  • 赤い太鼓橋を渡った正面にある『表門』です。檜皮葺の格式の高い門に見えます。ここからの入場はできませんので、門の手前を右手方面に向かいます。

    赤い太鼓橋を渡った正面にある『表門』です。檜皮葺の格式の高い門に見えます。ここからの入場はできませんので、門の手前を右手方面に向かいます。

  • 鬱蒼とした杉木立の光景です。三本並んだこの杉には、『三宝杉』の名札がありました。仏教の三宝とは、『仏・法・僧』です。この杉の樹齢は、およそ150〜200年程とされます。

    鬱蒼とした杉木立の光景です。三本並んだこの杉には、『三宝杉』の名札がありました。仏教の三宝とは、『仏・法・僧』です。この杉の樹齢は、およそ150〜200年程とされます。

  • 『室生寺』のタイトルがあった、出来立ての立看板の光景です。『女人高野』として名高いこの寺は、天武天皇9年(681年)、役行者によって開かれ、のちに弘法大師により伽藍が整備されたことなどが紹介されていました。

    『室生寺』のタイトルがあった、出来立ての立看板の光景です。『女人高野』として名高いこの寺は、天武天皇9年(681年)、役行者によって開かれ、のちに弘法大師により伽藍が整備されたことなどが紹介されていました。

  • 『室生赤目青山国定公園周遊図』のタイトルがあった観光案内地図です。かつて、修験者(山伏)や伊賀流忍者が修行した、急峻な渓谷であることなどが紹介されていました。修験道の開祖の役行者が、室生寺の開基者であることも首肯できます。

    『室生赤目青山国定公園周遊図』のタイトルがあった観光案内地図です。かつて、修験者(山伏)や伊賀流忍者が修行した、急峻な渓谷であることなどが紹介されていました。修験道の開祖の役行者が、室生寺の開基者であることも首肯できます。

  • 薄いピンク色の花を咲かせた『シャクナゲ(石楠花)』の光景です。ツツジの仲間の樹木ですが、厚い葉と、大きな花に特徴があります。

    薄いピンク色の花を咲かせた『シャクナゲ(石楠花)』の光景です。ツツジの仲間の樹木ですが、厚い葉と、大きな花に特徴があります。

  • 前方に見えてきた仁王門の光景です。江戸時代に焼失し、昭和の時代に再建された建物です。右手前に『女人高野・大本山室生寺』の石碑、左手に納経所の建物がありました。

    前方に見えてきた仁王門の光景です。江戸時代に焼失し、昭和の時代に再建された建物です。右手前に『女人高野・大本山室生寺』の石碑、左手に納経所の建物がありました。

  • 仁王門の正面光景です。昭和40年(1965年)11月に再建された、まだ新しい建物です。門の両脇の仁王像も、再建されたものです。

    仁王門の正面光景です。昭和40年(1965年)11月に再建された、まだ新しい建物です。門の両脇の仁王像も、再建されたものです。

  • 仁王門に向かって左側の青い仁王像の光景です。口を閉ざした吽形像です。金網で上部が見づらい写真になってしまいましたが、新しい像だけに、濃い青色が保たれた像でした。

    仁王門に向かって左側の青い仁王像の光景です。口を閉ざした吽形像です。金網で上部が見づらい写真になってしまいましたが、新しい像だけに、濃い青色が保たれた像でした。

  • 仁王門に向かって右側の赤い仁王像の光景です。口を開いた阿形像です。こちらも仁王門の再建に合わせて、昭和年代に制作された像のようです。赤い色が色濃く残されていました。

    仁王門に向かって右側の赤い仁王像の光景です。口を開いた阿形像です。こちらも仁王門の再建に合わせて、昭和年代に制作された像のようです。赤い色が色濃く残されていました。

  • 茎が長い桜草のような花です。『ニホンサクラソウ(日本桜草)』か、あるいは、『クリンソウ(九輪草)』かも知れません。どちらにしても、サクラソウ科の植物です。

    茎が長い桜草のような花です。『ニホンサクラソウ(日本桜草)』か、あるいは、『クリンソウ(九輪草)』かも知れません。どちらにしても、サクラソウ科の植物です。

  • 『鎧坂(よろいざか)』と呼ばれている石段の光景です。石段の両脇には、春のこの時期には石楠花の花が彩りを添え、秋には楓の紅葉が彩を添える、室生寺の見所の一つです。

    『鎧坂(よろいざか)』と呼ばれている石段の光景です。石段の両脇には、春のこの時期には石楠花の花が彩りを添え、秋には楓の紅葉が彩を添える、室生寺の見所の一つです。

  • 鎧坂を登り終えた場所の石楠花の光景です。日本原産の石楠花は、藩日陰を好むようですから、この環境が適しているようでした。

    鎧坂を登り終えた場所の石楠花の光景です。日本原産の石楠花は、藩日陰を好むようですから、この環境が適しているようでした。

  • 石垣の上に建つ、国宝に指定されている金堂の建物光景です。平安時代前期の建築とされます。屋根は寄棟造で、柿葺き(こけらぶき)です。

    石垣の上に建つ、国宝に指定されている金堂の建物光景です。平安時代前期の建築とされます。屋根は寄棟造で、柿葺き(こけらぶき)です。

  • 金堂と、その前の境内の光景です。金堂の桁行(正面)が5間、梁間(側面)も5間です。『間』は、長さの単位ではなく柱間の数を意味します。

    金堂と、その前の境内の光景です。金堂の桁行(正面)が5間、梁間(側面)も5間です。『間』は、長さの単位ではなく柱間の数を意味します。

  • 参拝客の列ができていた、金堂の建物の側面光景です。堂内須弥壇上には、向かって左から十一面観音立像(国宝)、文殊菩薩立像(重文)、本尊釈迦如来立像(国宝)、薬師如来立像(重文)、地蔵菩薩立像(重文)の5体が横一列に並び、これらの像の手前には十二神将立像(重文)が立ちます。

    参拝客の列ができていた、金堂の建物の側面光景です。堂内須弥壇上には、向かって左から十一面観音立像(国宝)、文殊菩薩立像(重文)、本尊釈迦如来立像(国宝)、薬師如来立像(重文)、地蔵菩薩立像(重文)の5体が横一列に並び、これらの像の手前には十二神将立像(重文)が立ちます。

  • 凝った造りになっていた、『弥勒堂』の標識です。弥勒堂の建物は、興福寺の伝法堂を受け継いだとされる三間四方柿葺きの趣のあるお堂です。屋根葺き替えの寄進の依頼の表示がありました。

    凝った造りになっていた、『弥勒堂』の標識です。弥勒堂の建物は、興福寺の伝法堂を受け継いだとされる三間四方柿葺きの趣のあるお堂です。屋根葺き替えの寄進の依頼の表示がありました。

  • 『弥勒堂』の建物光景です。鎌倉時代後期、延慶元年(1308年)の建立とされる、重要文化財の建物です。堂内中央の厨子に本尊弥勒菩薩立像(重文)を安置し、向かって右に釈迦如来坐像(国宝)を安置しています。

    『弥勒堂』の建物光景です。鎌倉時代後期、延慶元年(1308年)の建立とされる、重要文化財の建物です。堂内中央の厨子に本尊弥勒菩薩立像(重文)を安置し、向かって右に釈迦如来坐像(国宝)を安置しています。

  • 薄くピンク色が入っているようですが、一見すると白い花のように見える『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。欝蒼とした樹々の中に灯った明かりのように見えました。

    薄くピンク色が入っているようですが、一見すると白い花のように見える『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。欝蒼とした樹々の中に灯った明かりのように見えました。

  • 同じく、一見すると白い花のように見える『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。木漏れ日の中で咲く姿は、女人高野の石楠花の人気が高い光景の一つのようです。

    同じく、一見すると白い花のように見える『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。木漏れ日の中で咲く姿は、女人高野の石楠花の人気が高い光景の一つのようです。

  • 石垣と、その間に設けられた石段の光景です。石垣、石段と敷石にも、木漏れ日が明暗の斑(まだら)模様を付けていました。

    石垣と、その間に設けられた石段の光景です。石垣、石段と敷石にも、木漏れ日が明暗の斑(まだら)模様を付けていました。

  • 木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花の光景です。

    木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花の光景です。

  • 同じく、木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花の光景です。

    同じく、木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花の光景です。

  • 木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。光を受けた表面は、ほんのりとしたピンク色でしたが、影の部分はそれよりも色が濃いピンク色に見えました。

    木漏れ日を受けて輝いていた『シャクナゲ(石楠花)』の花のズームアップ光景です。光を受けた表面は、ほんのりとしたピンク色でしたが、影の部分はそれよりも色が濃いピンク色に見えました。

  • 室生寺の『本堂』の光景です。『灌頂堂』とも呼ばれている、重要文化財の建物です。『桧皮葺(ひわだぶき)』の屋根を持ちます。

    室生寺の『本堂』の光景です。『灌頂堂』とも呼ばれている、重要文化財の建物です。『桧皮葺(ひわだぶき)』の屋根を持ちます。

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