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高知の四万十川の見学を終えて、次に向かったのは愛媛の道後温泉です。その途中、車窓から日本百名城の宇和島城が見えました。

2015春、四国周遊(13/26):3月30日(5):愛媛へ、レンゲ、野ばら、車窓の宇和島城

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2015/03/29 - 2015/03/31

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

高知の四万十川の見学を終えて、次に向かったのは愛媛の道後温泉です。その途中、車窓から日本百名城の宇和島城が見えました。

交通手段
観光バス
  • 四万十川の川下に向かって進む遊覧船です。先程まで、遊覧船に乗って四万十川のゆったりとした景色を楽しんできたところですから、乗船する前とは違った心持で眺めました。

    四万十川の川下に向かって進む遊覧船です。先程まで、遊覧船に乗って四万十川のゆったりとした景色を楽しんできたところですから、乗船する前とは違った心持で眺めました。

  • 芽吹き始めたばかりの木々の枝越しに眺めた、四万十川の上流方面の光景です。四万十川のクルージングを終えた後、次は松山の道後温泉までの観光バスでの長距離移動です。

    芽吹き始めたばかりの木々の枝越しに眺めた、四万十川の上流方面の光景です。四万十川のクルージングを終えた後、次は松山の道後温泉までの観光バスでの長距離移動です。

  • 久し振りに眺めた、レンゲソウ(蓮華草)の花です。ゲンゲ(紫雲英、翹揺)の名前も持ちます。中国を原産とする、マメ科ゲンゲ属に分類される越年草です。

    久し振りに眺めた、レンゲソウ(蓮華草)の花です。ゲンゲ(紫雲英、翹揺)の名前も持ちます。中国を原産とする、マメ科ゲンゲ属に分類される越年草です。

  • 蓮華草を見なくなったのは、化学肥料が使われるようになったことが大きいようです。それまでは、緑肥や牛の飼料とするため、稲刈り前の水田の水を抜いて種を蒔き、翌春に花を咲かせていました。これはゲンゲ畑と呼ばれ、昭和の末頃までの『春の風物詩』でした。

    蓮華草を見なくなったのは、化学肥料が使われるようになったことが大きいようです。それまでは、緑肥や牛の飼料とするため、稲刈り前の水田の水を抜いて種を蒔き、翌春に花を咲かせていました。これはゲンゲ畑と呼ばれ、昭和の末頃までの『春の風物詩』でした。

  • 懐かしい蓮華草の花のアップ光景です。レンゲの花は、蜂蜜の源となる蜜源植物として利用されてきました。また、茹でた若芽は、おひたし、汁の実、油いため等の食用にもなります。

    イチオシ

    懐かしい蓮華草の花のアップ光景です。レンゲの花は、蜂蜜の源となる蜜源植物として利用されてきました。また、茹でた若芽は、おひたし、汁の実、油いため等の食用にもなります。

  • 薄紫の野草の花です。ネット検索してみましたが、名前が特定できませんでした。スミレに似ているようでもあり、別種のようにも見えます。

    薄紫の野草の花です。ネット検索してみましたが、名前が特定できませんでした。スミレに似ているようでもあり、別種のようにも見えます。

  • 名前を知らない紫の花を咲かせた山野草です。石垣の間から顔を出していました。ネット検索しましたら、キランソウ(金瘡小草)の名前がヒットしました。シソ科キランソウ属の多年草です。花の形から、シソ科の植物であることが納得できました。

    イチオシ

    名前を知らない紫の花を咲かせた山野草です。石垣の間から顔を出していました。ネット検索しましたら、キランソウ(金瘡小草)の名前がヒットしました。シソ科キランソウ属の多年草です。花の形から、シソ科の植物であることが納得できました。

  • カラバミ(方波見)の黄色い花のつもりで撮影しましたが、違っていました。草の間から顔を除かせた、菜の花と同じ、アブラナ科の植物のようです。

    カラバミ(方波見)の黄色い花のつもりで撮影しましたが、違っていました。草の間から顔を除かせた、菜の花と同じ、アブラナ科の植物のようです。

  • 石垣の間から顔を出していや山野草と同じ花です。キランソウ(金瘡小草)です。根生葉が地面に張り付くように広がることから、ジゴクノカマノフタの呼び名を持ちます。

    石垣の間から顔を出していや山野草と同じ花です。キランソウ(金瘡小草)です。根生葉が地面に張り付くように広がることから、ジゴクノカマノフタの呼び名を持ちます。

  • 愛らしいピンクの花を咲かせていた野草です。ムラサキカタバミ(紫片喰、紫酢漿草)のようです。南アメリカ原産のカタバミ科カタバミ属の植物です。菊からしい植物の葉に惑わされましたが、カタバミらしい丸い葉が下の方に見えました。

    愛らしいピンクの花を咲かせていた野草です。ムラサキカタバミ(紫片喰、紫酢漿草)のようです。南アメリカ原産のカタバミ科カタバミ属の植物です。菊からしい植物の葉に惑わされましたが、カタバミらしい丸い葉が下の方に見えました。

  • 白い小さな花を咲かせた、ノイバラ(野茨)の光景です。ノバラ(野薔薇)の呼び方の方が広く使われているのは、シューベルトの歌曲、『野ばら』の影響でしょうか、作詞はゲーテです。小学校の時に習ったのはウェルナーの曲ですが、後に知ったシューベルトの歌曲との違いに驚いた曲でした。

    白い小さな花を咲かせた、ノイバラ(野茨)の光景です。ノバラ(野薔薇)の呼び方の方が広く使われているのは、シューベルトの歌曲、『野ばら』の影響でしょうか、作詞はゲーテです。小学校の時に習ったのはウェルナーの曲ですが、後に知ったシューベルトの歌曲との違いに驚いた曲でした。

  • 野ばらの花のアップ光景です。ゲーテが恋人を裏切り、比い稀な美しい心を深く傷つけてしまった自責の念がこめられた歌詞とされます。牧師の家の三女、フリーデリーケは独身のまま、その生涯を終えたとされます。

    野ばらの花のアップ光景です。ゲーテが恋人を裏切り、比い稀な美しい心を深く傷つけてしまった自責の念がこめられた歌詞とされます。牧師の家の三女、フリーデリーケは独身のまま、その生涯を終えたとされます。

  • 同じく、野ばらの花のアップ光景です。日本語訳のゲーテの詩を紹介しておきます。<br />童は見たり野中のばら <br />清らに咲けるその色愛でつ <br />飽かずながむ<br />紅におう野中のばら <br /><br />手折りて行かん野中のばら<br />手折らば手折れ思い出ぐさに <br />君を刺さん<br />紅におう野中のばら <br /><br />童は折りぬ野中のばら<br />手折りてあわれ清らの色香<br />永久にあせぬ<br />紅におう野中のばら

    同じく、野ばらの花のアップ光景です。日本語訳のゲーテの詩を紹介しておきます。
    童は見たり野中のばら
    清らに咲けるその色愛でつ
    飽かずながむ
    紅におう野中のばら

    手折りて行かん野中のばら
    手折らば手折れ思い出ぐさに
    君を刺さん
    紅におう野中のばら

    童は折りぬ野中のばら
    手折りてあわれ清らの色香
    永久にあせぬ
    紅におう野中のばら

  • 四万十川から、松山の道後温泉までの観光バスでの長距離移動の途中に立寄った休憩所兼お土産店での撮影です。地元産の柑橘類などを撮影しました。『小夏』の名前があった小さな夏ミカンです。宮崎県産ですから、日向夏が正式名で、子夏や日向子夏の名前で販売されているようです。

    四万十川から、松山の道後温泉までの観光バスでの長距離移動の途中に立寄った休憩所兼お土産店での撮影です。地元産の柑橘類などを撮影しました。『小夏』の名前があった小さな夏ミカンです。宮崎県産ですから、日向夏が正式名で、子夏や日向子夏の名前で販売されているようです。

  • 『黄金柑』の名前があったミカンです。黄金柑(おうごんかん)は鹿児島産の柑橘で、『黄蜜柑(きみかん)』の通称とされます。『ゴールデンオレンジ』の別名を持ちます。

    『黄金柑』の名前があったミカンです。黄金柑(おうごんかん)は鹿児島産の柑橘で、『黄蜜柑(きみかん)』の通称とされます。『ゴールデンオレンジ』の別名を持ちます。

  • 『文旦(ぶんたん)』の名前があったミカンです。大型ですから、3個ほどがビニル袋に入って、400円の値段でした。原生地は東南アジア・中国南部・台湾などで、日本には江戸時代初期に渡来しました。ボンタンやザボンとも呼ばれます。

    『文旦(ぶんたん)』の名前があったミカンです。大型ですから、3個ほどがビニル袋に入って、400円の値段でした。原生地は東南アジア・中国南部・台湾などで、日本には江戸時代初期に渡来しました。ボンタンやザボンとも呼ばれます。

  • オレンジ色に近い皮の色です。『せとか』の名前表示がありました。1984年に農林水産省果樹試験場口之津支場において、タンゴールの『清見』と『アンコール』を掛け合せたものに『マーコット』を交配し、育成された品種とされます。国内生産の3千トン余の内、約7割が愛媛県で生産されています。果汁糖度も13度から14度と極めて甘味が強い品種とされます。

    オレンジ色に近い皮の色です。『せとか』の名前表示がありました。1984年に農林水産省果樹試験場口之津支場において、タンゴールの『清見』と『アンコール』を掛け合せたものに『マーコット』を交配し、育成された品種とされます。国内生産の3千トン余の内、約7割が愛媛県で生産されています。果汁糖度も13度から14度と極めて甘味が強い品種とされます。

  • 愛媛産の『レモン』です。レモンの原産地は、インド・ヒマラヤの東部山麓です。日本に本格的に伝えられたのは、明治の文明開化以降とされます。寒さと台風に弱いレモンは、瀬戸内海の温暖な気候が適していることから、国内最大の産地となっています。

    愛媛産の『レモン』です。レモンの原産地は、インド・ヒマラヤの東部山麓です。日本に本格的に伝えられたのは、明治の文明開化以降とされます。寒さと台風に弱いレモンは、瀬戸内海の温暖な気候が適していることから、国内最大の産地となっています。

  • タケノコ(筍)です。愛南産の『こころ』などの品種と生産者名の表示がありました。孟宗竹のタケノコより、少し小型のようにも見えました。

    タケノコ(筍)です。愛南産の『こころ』などの品種と生産者名の表示がありました。孟宗竹のタケノコより、少し小型のようにも見えました。

  • 愛南産の原木生シイタケ(椎茸)です。一袋180円の値段でした。生シイタケは、大きく分けて、中国産シイタケ、菌床シイタケと原木シイタケの3種類があります。原木シイタケとは、クヌギやナラの原木を使用し、直接原木にシイタケ菌を植え込み、自然栽培または人工栽培したものです。10年ほど前までは日本のシイタケ栽培はほとんど、この栽培方法でした。

    愛南産の原木生シイタケ(椎茸)です。一袋180円の値段でした。生シイタケは、大きく分けて、中国産シイタケ、菌床シイタケと原木シイタケの3種類があります。原木シイタケとは、クヌギやナラの原木を使用し、直接原木にシイタケ菌を植え込み、自然栽培または人工栽培したものです。10年ほど前までは日本のシイタケ栽培はほとんど、この栽培方法でした。

  • 綺麗に表れてかごに入っていた大根です。1本ごとに80円の値段表示がありました。これにも『愛南産』と生産者を記したシートが貼られていました。愛南町は、愛媛県の最南部になります。

    綺麗に表れてかごに入っていた大根です。1本ごとに80円の値段表示がありました。これにも『愛南産』と生産者を記したシートが貼られていました。愛南町は、愛媛県の最南部になります。

  • ニュージーランド産の表示があったカボチャ(南瓜)です。日本とは季節が逆ですから、日本の寒い時期が収穫期のようです。

    ニュージーランド産の表示があったカボチャ(南瓜)です。日本とは季節が逆ですから、日本の寒い時期が収穫期のようです。

  • 休憩所兼お土産店の店先光景です。紹介を端折った、その他の果物や野菜も並んでいました。手前の籠には、キャベツ、長ネギ、じゃがいも、サツマイモやニンジンなどが並んでいました。

    休憩所兼お土産店の店先光景です。紹介を端折った、その他の果物や野菜も並んでいました。手前の籠には、キャベツ、長ネギ、じゃがいも、サツマイモやニンジンなどが並んでいました。

  • これで、途中休憩したお土産店とはお別れです。既に愛媛県の区域に入っているようでした。バスに乗る前に撮影した花壇の花です。パンジーより花が小型のビオラです。 

    これで、途中休憩したお土産店とはお別れです。既に愛媛県の区域に入っているようでした。バスに乗る前に撮影した花壇の花です。パンジーより花が小型のビオラです。 

  • 愛南町市にあったらしい休憩所を出発し、道後温泉に向けて出発です。その途中の車窓光景です。愛南町は、宇和島市の南に隣接しています。

    愛南町市にあったらしい休憩所を出発し、道後温泉に向けて出発です。その途中の車窓光景です。愛南町は、宇和島市の南に隣接しています。

  • 愛南町を過ぎて、既に宇和島市に入っているようです。右手に見える山並み光景が続いていました。

    愛南町を過ぎて、既に宇和島市に入っているようです。右手に見える山並み光景が続いていました。

  • バスの中から遠望できた宇和島城の天守です。宇和島城は、中世期にあった板島丸串城の跡に、藤堂高虎によって築かれた近世城郭です。現存する12の天守の?つで、天守は国の重要文化財、城郭は子にの史蹟に指定されています。

    バスの中から遠望できた宇和島城の天守です。宇和島城は、中世期にあった板島丸串城の跡に、藤堂高虎によって築かれた近世城郭です。現存する12の天守の?つで、天守は国の重要文化財、城郭は子にの史蹟に指定されています。

  • 同じく、バスの中から遠望できた宇和島城の天守です。この写真の周りの光景からは想像し難いですが、東側に海水を引き込んだ水堀、西側半分が海に接していますので『海城(水城)』とも呼ばれます。外郭を廻らせた、梯郭式の平山城です。

    イチオシ

    同じく、バスの中から遠望できた宇和島城の天守です。この写真の周りの光景からは想像し難いですが、東側に海水を引き込んだ水堀、西側半分が海に接していますので『海城(水城)』とも呼ばれます。外郭を廻らせた、梯郭式の平山城です。

  • 宇和島市でもう一度休憩しました。あとはノンストップで道後温泉まで直行です。相変わらず、上々の天気が続いていました。

    宇和島市でもう一度休憩しました。あとはノンストップで道後温泉まで直行です。相変わらず、上々の天気が続いていました。

  • 宇和島市で小休止した宇和島真珠会館です。その建物前にあった金色の闘牛像です。土佐犬の闘犬も有名ですが、宇和島の闘牛も有名なようです。宇和島の闘牛は、藩政時代から始まり、今も年5回開催されていることが、公式HPで紹介されていました。

    宇和島市で小休止した宇和島真珠会館です。その建物前にあった金色の闘牛像です。土佐犬の闘犬も有名ですが、宇和島の闘牛も有名なようです。宇和島の闘牛は、藩政時代から始まり、今も年5回開催されていることが、公式HPで紹介されていました。

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2015春、四国周遊

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