2014/10/18 - 2014/10/18
288位(同エリア2199件中)
ケーさん
日本100名城巡り
☆3城目☆川越城(No.19)
川越城(別名「初雁城」「霧隠城」)は、天守閣こそありませんが、東日本で唯一本丸御殿の遺構が残っているというすごいお城でした。
街全体が風情があって、蔵造りの街も散策したし、点在している遺構巡りも楽しめました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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2014年10月18日(土)
西武新宿線の本川越駅に到着するとすごい人です。 -
この日は偶然にも川越まつりの日でした。
駅前にある観光案内所で聞いてみると、今日はお祭りで車は通れないから、川越城に行くには歩いて行くしかないと、地図をもらって道も教えてもらいました。
初めて川越城を訪れる日がお祭りとは。
お祭りは好きですけど今日は川越城目的ですから、お城に向かう道すがらにさらっと見るだけにしておきます。 -
居囃子。
道中、所々でお囃子と舞が披露されていました。 -
連雀町(太田道灌)の山車。
立派で綺麗な山車です。
川越まつりを全然知らなかったんですけど、大きなお祭りなんですね〜。 -
居囃子。
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居囃子。
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本川越駅から10分ほど歩いた所にある交差点「仲町」から「札の辻」までの通り沿いには「蔵造りの町並み」という南北430メートル、約70軒の商店が並んでいます。
江戸の面影を残した蔵造りの町並みは、平成11年に文化庁の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
写真の荻野銅鉄店は、明治時代創業された町屋造りの建物の老舗金物店。 -
川越市指定文化財の旧田中家住宅に店舗を構えている外観は洋館で内部は蔵造りの和洋折衷の建物「カフェ・エレバート」。
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川越市指定文化財の旧小林家住宅に店舗を構えている創業百年を超える和菓子の老舗「くらづくり本舗」。
後ろには洋風建築のりそな銀行川越支店。 -
幸町(小狐丸)の山車。
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亀屋。
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やまわ。
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大澤家住宅。
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大澤家住宅は、川越にある蔵造りの中で最も古く、重要文化財にも指定されています。
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川越の時の鐘が見えます。
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時の鐘。
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「旧多賀町」について
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「川越の時の鐘」について
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各町内の山車が市役所前に山車が集まっています。
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山車曳き。
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川越市立博物館。
川越城本丸御殿の北側、二の丸跡に建っています。
川越市立博物館のエントランスのそばには、川越城七不思議の一つ「霧吹の井戸」があります。普段は蓋をしておくが危急の際は蓋を開くと城は霧に隠れて敵から見えなくなったという伝承から、川越城は別名「霧隠城」ともいわれています。
霧吹きの井戸は博物館に入館しなくても見られるそうで、予習が足らなくて見逃しました。 -
ようやく川越城本丸御殿に到着しました。
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「川越城の歴史」
川越城は、扇谷(おうぎがやつ)上杉持朝(もちとも)が長禄元年(1457)に太田道真(資清)・道灌(資長)父子ら家臣たちに命じて築城させた城です。当時、持朝は山内上杉房顕と連合し、古河公方(こがくぼう)足利成氏と北武蔵の覇権をめぐって攻防を繰り返していました。築城は扇谷上杉領の北端の拠点とするためと考えられます。
小田原を拠点に武蔵への進出を図る後北条氏は、天文6年(1537)に川越城を攻め落としました。天文15年(1546)、扇谷上杉氏は、当時対立していた山内上杉氏・古河公方と共に、川越城奪還を図りましたが、後北条軍の奇襲にあって大敗し(川越合戦)、後北条氏は北武蔵への支配を固めていきました。
天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家らに攻められて降伏しました。同年8月、徳川家康が江戸城に入ると、江戸に近い川越城には重臣酒井重忠を置き、その後も幕府の有力な大名たちが川越領を持つことになりました。
寛永16年(1639)、川越城主となった松平信綱は川越城の拡張整備を行い、本丸・二ノ丸・三ノ丸・追手曲輪、新曲輪などの各曲輪、3つの櫓、13の門からなる、総面積約9万9千坪(約32万6千平方メートル)余りの規模をもつ巨大な城郭になりました。
【パンフレットより引用】 -
「本丸御殿の歴史」
江戸時代初期の川越城の姿は、17世紀後半に制作されたと考えられる『江戸図屏風』に垣間見ることができます。屏風には川越城として、本丸と二の丸が堀で区画された2つの郭として描かれています。川越城は鷹狩などでたびたび将軍の「御成り」があった記録があり、本丸御殿は将軍のための「御成御殿」であったと考えられます。
元禄15年(1702)に写された『武州河越御領分明細記』には、「二之丸御屋形」とあるため、城主御殿は二ノ丸に置かれ、本丸に関する記述がないことから、本丸の御殿は解体されていたと考えられます。
江戸時代末の弘化3年(1846)、二ノ丸御殿が火災で焼失してしまいました。そこで、御殿を再建することになりましたが、当時空地になっていた本丸が用地に選ばれ、嘉永元年(1848)、新たに本丸に御殿が建てられました。新しい本丸御殿は建物の数16棟、1,025坪にも及ぶ広大な建物で、城主の住まいだけでなく、城主が政務を行う場や家臣たちが常駐する部屋なども設けられており、文字通り城の中心となる建物でした。
「明治以降の本丸御殿」
明治になると、城としての役目を終え、本丸御殿をはじめとする多くの建物は移築・解体されましたが、明治4年(1871)、廃藩置県により川越県に続いて入間県ができると、川越に県庁が置かれ、本丸御殿の玄関と広間部分はその庁舎として利用されることになりました。また、この頃「広間」の南西側に建物が増築されましたが、これは南側にあった「大書院」などの部材を再利用して建てられたものだと考えられます。
入間県はすぐに熊谷県、埼玉県と変わったため、県庁は移転し、本丸御殿は「入間郡公会所」になりますが、大正7年(1918)、「専売局淀橋専売支局川越分工場」として煙草工場になりました。昭和8年(1933)には「初雁武徳殿」として武道場になり、戦後は市立第二中学校(現川越市立初雁中学校)の仮校舎・屋内運動場として使われ、その後は再び武道場になります。
昭和42年には川越城本丸御殿修理工事として、大規模な修理工事を実施し、屋根の修理や間取の復元を行い、現在のような公開施設になりました。
【パンフレットより引用】 -
入館料は、一般100円。
本丸御殿内の受付で購入します。 -
川越城本丸御殿のパンフレット。
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「玄関」
巨大な唐破風(からはふ)屋根に間口3間の広い開口部と、8寸角の太い柱が、石高17万石の大名御殿にふさわしい威容を感じさせます。
【パンフレットより引用】 -
本丸御殿館内案内図
後からよくよく見たら、明治棟を見るのを忘れていました(汗)
100名城の中では一番家から近いし、また再訪します。
次回は、今回見られなかった川越城の遺構や跡地のある場所(川越市役所の川越城大手門跡と太田道灌銅像、霧吹の井戸、三芳野神社、田曲輪門跡、川越第一小学校にある南大手門跡の石碑、野田神社、栄林寺、喜多院)も巡りたいと思います。 -
北側から見た東廊下。
玄関を入るとすぐにある廊下です。右手には各座敷があります。
幅3m、長さは約40mもあり、ドラマ「JIN」のロケにも使用されたそうです。 -
南側の庭園
東廊下のつきあたりにある庭園です。
「書院の痕跡」
現在の本丸御殿の南側には「大書院」と呼ばれた巨大な建物が建っていました。書院は明治初期に解体されてしまいましたが、本丸御殿南側の柱群には書院の部材が入れられていた「ホゾ穴」などの痕跡が残っています。
【パンフレットより引用】 -
物頭詰所(十二畳)
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番拔老体詰所(十二畳)
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使番詰所(十三畳半)
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使者の間(十五畳)
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使者の間(十五畳)
本丸御殿の杉戸絵は、川越藩の御用絵師「船津蘭山(ふなつらんざん)」が制作。 -
鎗の間(十二畳)
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南側から見た西廊下。
「廊下」
座敷部分を取り巻く廊下は、場所によって床の材質が異なります。玄関のある東側部分及び中之口部分はケヤキ、南側から西側の広間西部分にはツガ・マツが使われています。これは、御殿内の公的空間と私的空間を区別して材種を変えたためと考えられます。
【パンフレットより引用】 -
北側から見た西廊下。
幅は東廊下と同じですが、天井の高さは東廊下より少し低いそうです。 -
廊下から見た明治棟。
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坊主当番詰(十二畳)は、第2展示室になっています。
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展示物の中に、日本100名城コーナーがありました。
「日本100名城の位置」 -
「日本100名城」スタンプ 全員集合!
いいですね〜これ。
うちの壁にも貼りたい(笑) -
今回が3城目ですから、まだまだ先は長いです。
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「本城住居絵図」
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「釘隠し」
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「川越城本丸御殿」について
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「川越城本丸御殿」年表
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坊主当番詰を出てから、渡り廊下を渡って家老詰所に向かいます。
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家老詰所案内図
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「家老詰所への廊下」(大廊下)
建築当時の家老詰所は、本丸御殿の西の端にありました。庭に埋め込んだ丸瓦は、詰所方向に続く大廊下の柱の位置を示しています。
【説明板より】 -
渡り廊下から見る家老詰所の縁側。
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渡り廊下を渡ると廊下があり、つきあたりを左に曲がると畳の廊下があります。
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西側から見た北側の畳の廊下。
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廊下から見た記録方詰所(十二畳)
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廊下から見た年寄詰所(八畳)と右には二之間(八畳)。
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手前が二之休足所(六畳)、奥が一之休足所(八畳)、右には北側の縁側。
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「便所 【パンフレットより引用】
本丸御殿は多くの人が集まる建物であるため、便所は御殿内の各所に設けられていました。多くは建物から突出する形で設置されましたが、家老詰所のように建物内に設置されたものもありました。」 -
一番奥の家老詰所には人形が置いてありました。
まさか人形がいるとは思わなかったので、びくっとしちゃいました。驚かさないでよ〜
「家老詰所」
本丸御殿に勤務していた藩の家老が詰めていた建物です。江戸時代、藩主は参勤交代があり、実質的には家老が藩政を行っていました。この建物は明治初期に解体され、現ふじみ野市の商家に再築されていましたが、昭和62年に川越市に寄贈され、現在のところに移築されました。
【パンフレットより引用】 -
一之休足所(八畳)から見た家老詰所。
十畳敷きで、床の間と床脇があります。 -
川越藩と江戸湾警備
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家老詰所の縁側に座ってのんびり庭園を眺めます。
縁側に座るの久しぶりです。和風家屋っていいですね〜。 -
庭園
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家老詰所から、西廊下へ戻ります。
渡り廊下から見た西廊下。 -
「中ノ口」について。
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「空から見た川越城跡」は中之口の前に展示されています。
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外から見た中ノ口(写真右)。
「中ノ口」
正面玄関に比べて間口2間半の一回り小さな規模の玄関です。屋根は当初千鳥破風であったと考えられ、現在の流れ屋根は昭和42年の修理の際につくられました。当初は北側に1間分長く突出しており、正面同様階段と式台もあったと推測されています。
【パンフレットより引用】 -
徒詰所(八畳)
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お祭りの山車が本丸御殿前に来ていました。
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櫛形塀
玄関の両側には櫛形の窓がついている塀があります。 -
本丸御殿の前にあった初雁武徳殿の碑。
その横に「再建の辞」の碑。 -
近くに富士見櫓跡があるそうなので、地図を見ながら住宅街の道をてくてくと歩いて行き、一見駐車場かと思って見過ごしそうになったけど、それらしき場所を発見。
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「富士見櫓跡
本丸御殿の南西にある、内堀を掘った土で築いた櫓台。天守のなかった川越城には東北の隅に二重の虎櫓、本丸の北に菱櫓、西南の隅に三層の富士見櫓があって、城の中で一番高い所にあった富士見櫓が天守の代わりとなっていたと考えられている。その昔はこの高台に立てば、富士見櫓の名の通り遠く富士山までも望めたことであろう。
元来、城の構造及び建造物は戦略上の都合もあって、その大部分が明らかにされることはなく、正確な規模は分からないが、江戸末期の慶応2年(1866)に川越城を測量した時の記録によれば、この富士見櫓は長さ約15m、横約14mあったと記されている。」 -
階段を上ります。
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階段を上がると、「川越城跡」についての案内板と
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何が書いてあるのか全く読めない石碑がありました。
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更に階段を上ります。
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富士見櫓跡の高台に到着です。
川越城には天守閣がなくて、ここにあった櫓が一番高い所だったんですね。 -
高台の近くにあった御嶽神社(左)と浅間神社(右)。
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その近くには冨士見稲荷。
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帰り道の途中に良い感じの店構えの「道灌まんじゅう」という和菓子屋さんがありました。
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出た!最近あちこちで見かける「食べログ話題のお店」シール!
大きな白うさぎが首にかけててめっちゃ目立つし!
これは入らないわけにはいきません。 -
いもムース餅を買って店内のベンチに座っていただきます。
お餅が柔らかくておいしい〜♪ -
16:30 川越城中ノ門堀跡に到着しました。
開園時間は9時〜17時までですから間に合ってよかったです。
入場料は無料です。
住宅街の通り沿いになにげなくあるので、来る時は気が付きませんでした。
2010年4月に復元オープンされたそうなので、全体的に新しいです。 -
中はこんな感じ。
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「川越城と中ノ門堀跡」
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「中ノ門堀のしくみ」
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中ノ門堀跡。
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本丸御殿で入場券の裏に押したスタンプ。
ちょっと失敗しちゃいました。 -
日本100名城スタンプはシャチハタタイプでした。
東日本では唯一本丸御殿の遺構が残っているという川越城。
御殿もお庭もこじんまりしていますが、縁側に座ってのんびりくつろげるところが好きです。
ちなみに西日本で本丸が残っているのは高知城だそうです。
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