2016/03/26 - 2016/03/26
356位(同エリア1443件中)
ケーさん
日本100名城巡り
☆18城目☆犬山城(No.43)
愛知県の100名城は、
犬山城(犬山市)
名古屋城(名古屋市)
岡崎城(岡崎市)
長篠城(新城市)
の4城。
犬山城は、「現存12天守」(弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、伊予松山城、宇和島城、高知城)の一つであり、「国宝5城」(姫路城、松本城、彦根城、犬山城、松江城)の一つでもあります。
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2015年3月26日(日)
前日から名古屋に来ており、午前中に「名古屋テレビ塔」に行ってから犬山城に向かいます。
名鉄「新鵜沼駅(しんうぬまえき)」には、12時に到着。新鵜沼駅は、岐阜県各務原市鵜沼南町にあり、犬山線と各務原線の終点駅です。
栄(名古屋市営名城線左回り)→金山(名鉄名古屋本線急行)→新鵜沼
と来て、約1時間かかりました。
犬山城は、ここから歩いて20分ぐらいです。新鵜沼駅 駅
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駅から3分ほど歩くとツインブリッジが見えてきました。
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ツインブリッジの愛称には『新旧並んだ二つの橋』『愛知県と岐阜県の両方を結ぶ』『犬山市と各務原市を結ぶ』『過去と未来が出会う』『20世紀から21世紀へ』という意味があるそうです。
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以前は鉄道道路併用橋で歴史ある「犬山橋」の隣に新しい橋を作り、「旧犬山橋」は鉄道専用橋に、「ツインブリッジ(管理名称:犬山橋)」は車専用橋になったそうです。
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ツインブリッジからの眺め。
犬山城天守と木曽川と伊木山が美しいです。 -
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この橋を渡った向こうは愛知県犬山市です。
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木曽川遊歩道を下流方向に歩いて犬山城へ向かいます。
桜並木になっており、開花の時期には綺麗でしょうね。 -
道の途中にあった名鉄犬山ホテルの敷地内にある日本庭園です。
入りたかったけど時間がないので先を急ぎます。
【有楽苑(うらくえん) 国宝茶室 如庵(じょあん)】
「織田有楽斎(1547ー1621)は信長の実弟で茶の湯の創世記に尾張国が生んだ大茶匠である。その波瀾に富んだ生涯の晩年、有楽は武家を棄て京都建仁寺の正伝院に、隠棲した。如庵はその境内に元和4年(1618)ころ建てられた茶室であり、現存する国宝茶席三名席の一つとして茶道史上貴重な遺構である。
旧正伝院書院は如庵に連なる隠居所であり重要文化財に指定されている。明治以降これらの遺構は各地を転々としたが、安住の地を犬山に得て、「有楽苑」と名づけ後世に残すこととなった。4000坪の広い苑内には、このほかに、茶室元庵、及び弘庵などがある。」(説明板より)有楽苑 名所・史跡
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木曽川沿いの道から見る犬山城。
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【日本ライン】
「このあたりから見られる木曽川両岸の岩石とすぐれた景観が、ドイツのライン川に似ているというので、大正2年(1913)愛知県の生んだ有名な地理学者滋賀茂?により、日本ラインと名づけられました。両岸の谷壁と山地はチャートとよばれる中生代に海底の底で堆積してできた硬い岩で、浸食されにくく尾根となっており、浸食に弱い砂岩や頁岩は谷となっています。」(説明板より)日本ライン 自然・景勝地
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あと10分!
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坂道を上ります。
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到着!犬山城の入口付近は広場になっていました。
針綱神社と、三光稲荷神社が隣り合っていて、天守への入り口は、三光稲荷神社の左にありました。 -
お店もいっぱいあります。
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犬山城前観光案内所もあります。
犬山城前観光案内所 名所・史跡
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登城道を登ります。
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【黒門跡】
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一つ残されている門礎。
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「鈴木玄道顕彰碑
鈴木家十二代玄道は、成瀬家御殿医、藩校敬道館で儒学の教授も兼任した。
一般の町民からも腕をかわれ、慕われていたようで、没後この碑が建立された。
「記念碑」の題字は九代成瀬正肥公が揮毫した。」 -
【本丸門】
「登城道最後の本丸門入口の門で外側が鉄で防御されていたので鉄門とも云われた。(現在の本丸門は旧門とは関係ない)」(説明板より) -
「犬山城の歴史
犬山城は天文六年(1537年)に織田信長の叔父にあたる織田与次郎信康によって造られました。
戦国時代なので、その後何代も城主が代わりましたが、1600年の関ヶ原合戦の頃を中心に、城郭は整備されていきました。
小牧長久手合戦(1584年)の際には、豊臣秀吉は大阪から12万余の大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦いました。
江戸時代になり、尾張藩の付家老、成瀬隼人正正成が元和4年(1618年)城主となってからは、成瀬家が代々うけついで明治にいたりました。
明治4年(1871年)九代目成瀬正肥のとき廃藩置県で廃城となり、櫓や城門など天守閣を除く建物はほとんど取り壊されてしまいました。
明治24年の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓など、ひどく壊れましたので、それを修理する条件で再び成瀬家所有の城となりました。
その後、伊勢湾台風などでも被害をうけましたが、昭和36年(1961年)から40年まで4年間をかけて解体修理をおこないました。望楼型の独立天守で、高さは24メートルです。
国宝に指定されている犬山城、松本城、姫路城、彦根城の4城のなかでも。最も古い城であります。
平成16年4月、財団法人 犬山城白帝文庫が設立され、城の所有は個人から財団法人になりました。」(説明板より) -
『犬山城は、木曽川に面した通称「城山」を中心に、西側にある三光寺山も城郭範囲とする平山城です。山の頂上に本丸を構え、本丸南側に「杉ノ丸」、「桐ノ丸」、「樅(もみ)ノ丸」、「松ノ丸」があり、その間を大手道(本丸に向かう道)が通る構造になっていました。大手道や周囲を石垣や堀などで防御した平場である郭には、かって門や櫓が作られており、守りを固めていました。
犬山城の本丸北側には天守が現存します。天守の形式は二重の入母屋造屋根の上に望楼を乗せた形式であり、古い形式であると言われ、全国に現存している12の天守のうち、最も古い形式を備えているとして、文化財保護法により、昭和27年(1952)に国宝に指定されています。天守の構造は入口のある石垣の中が地下二階となり、石垣より上が三重四階となっています。』(説明板より)国宝犬山城 名所・史跡
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「天守閣構造の大要
坪数 約二百坪
外観 三重(内部四階、石垣の中二階付)
内部
一階 納戸の間 百五十畳
中央部四室に区画した所があり、西南部に床が七寸高く、所謂、上段の間が南面して設けられ、天井 床の間 床脇等の痕跡もあり特別室になっている。創建当時の城主の居間でその北が武者隠の八畳で、万一を警護する武士の詰所である。東二間は共に納戸で六畳と十畳とあり、以上四室を取巻く二間巾の板の間は武者走りと言います。
二階 武具の間、百四十四畳 中央部が武具の間で西北東に武具棚があります
三階 唐破風の間、二十八畳 小間合わせて四十一畳 外観二重の屋根裏に当る
四階 物見の段、二十八畳 四方に約半間の廻縁及勾欄あり展望がよろしい
天守の石垣 低いのは室町時代特徴であります。」(説明板より) -
とても混んでいたため、見学順路は最上階の4階から見て回るシステムでした。
「高欄(こうらん)の間
ここは4階で高欄の間といいます。
廻縁からの展望は素晴らしく戦国時代の見張台及び司令塔であったとみられます。又、対岸は美濃の国で、自然の断崖という天然の防備を持っています。
広さ49.835平方メートル」(説明板より) -
【四階 物見の段】
「二十八畳。四方に約半間の廻縁及勾欄あり展望がよい」
回廊は成瀬氏による増築とされ、高欄(こうらん)と廻縁(まわりえん)がまわる望楼(ぼうろう)となっています。 -
成瀬家の歴代城主の絵と写真が展示されています。
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一番左の写真が12代城主「成瀬正俊」(1972年(昭和47年)~2004年(平成16年)までの城主)。
初代城主「成瀬正成」から12代城主「成瀬正俊」まで(1617年(元和3年)~2004年(平成16年)3月末日)成瀬家が代々犬山城を所有してきました。 -
【成瀬家以前の城主】
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天守閣からの眺望
(西方面)
ライン大橋、伊木山(いぎやま)が見えます。
360度展望できる高欄付きの廻縁(まわりえん)は、外側に向かって傾斜がついています。落ちないように気を付けないと。
犬山城簿天守閣からの眺望は、素晴らしくて感動します。 -
天守閣からの眺望
(北方面) -
天守閣からの眺望
(南方面)
本丸門、模擬隅櫓、尾張富士が見えます。 -
天守閣からの眺望
(東方面)
ツインブリッジ、木曽川上流、御嶽山、モンキーパーク、成田山が見えます。丁度ツインブリッジに赤い名鉄電車が通っていました。 -
急な階段を下りて三階へ。
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【三階 唐破風の間】
「二十八畳。小間合わせて四十一畳、外観二重の屋根裏に当ります。」
南北に施されている唐破風(中央が弓なり状にせりあがっている破風)は成瀬氏によって増築されたといわれており、 東西には入母屋破風が施されています。 -
「唐破風(からはふ)の間
ここは南北に唐破風の間を配置し東西は入母屋破風となっている。当初天守築城当時はなく元和4年(1618年)から貞享(じょうきょう)2年(1685年)にかけて、70余年の間に成瀬城主が装飾として増築したものと伝えられております。
広さ 81,936平方メートル」(説明板より) -
【二階 武具の間】
「百四十四畳。中央部が武具の間で西北東に武具棚があります。」
中央が武具の間で武具棚が備えられ、その周囲を武者走りが巡っています。 -
「武具の間
ここは武士の武器武具庫に使用されていた部屋で、三方に武具棚が設けてあります。
これを取巻く2間幅の板の間を、武者走りと言います。
広さ246,006平方メートル(144畳)」(説明板より) -
犬山城天守雛形。
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武者走。
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武者走の窓から見た眺望。
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【一階 納戸の間】
「百五十畳
中央部四室に区画した所があり、西南部に床が七寸高く、所謂、上段の間が南面して設けられ、天井 床の間 床脇等の痕跡もあり特別室になっている。創建当時の城主の居間でその北が武者隠の八畳で、万一を警護する武士の詰所である。東二間は共に納戸で六畳と十畳とあり、以上四室を取巻く二間巾の板の間は武者走りと言います。」
中央部に第一の間、第二の間、上段の間、納戸の間の4室に分けられ、それらを武者走が取り巻いています。 -
【付櫓(つけやぐら)】
「この位置は東南のすみの突出部にあたり、攻撃、守備用として造られたといいます。
突出部は下段に三ヵ所の連子窓がありそれぞれ遠くまで見渡すことができます。
広さ 15.22平方メートル(8畳余)」(説明板より) -
【四戦場の図】滝秋方画伯筆
「長湫(長久手)合戦 関ヶ原合戦 姉川合戦 簗瀬合戦
天正12年(西暦1584年)小牧長久手合戦の際、秀吉は3月21日、12万5千の大軍を率いて大阪城を進発、27日この犬山城に入城、小牧山に陣を布いた家康軍を対戦した
犬山城を描いた絵の中で一番古いもので図の中に犬山城は「秀吉の御陣城」と記されている。これの原画は山鹿素行と並ぶ軍学者有沢永貞の作で延宝から元録年間にかけての作品で現在金沢兼六園内に秘蔵されている」 -
【石落しの間】
「この位置は西北のすみにあたり、石落しの間といいます。
石を落して侵入者を防ぐ間で、石垣より外に突出しているのが特徴です。
広さ 7.17平方メートル(4畳余)」(説明板より) -
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犬山城は別名「白帝城」という。
江戸時代の儒学者荻生徂徠(おぎうそらい)が李白の詩からとって命名したと伝えられる。
李白の詩にいう白帝城は長江の上流四川省の山地にある
早(つと)に白帝城(はくていじょう)を発す[唐(とう)]李白(りはく)
朝(あした)に辞(じ)す白帝 彩雲(さいうん)の間(かん)
千里(せんり)の江陵(こうりょう)一日(いちじつ)にして還(かへ)る
両岸(りょうがん)の猿声(えんせい)啼(な)き住(や)まざるに
軽舟(けいしゅう)己(すで)に過(す)ぐ万重(ばんちょう)の山 -
「この鬼瓦は、天文6年(西暦1537年 )犬山城築城当時に使用した瓦で、慶長年間城を修復した時に取 替えた鬼瓦であります」(説明板より)
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「鯱
倉知伊右衛門が九代目成瀬正肥から廃藩置県の折櫓を取りこわした時に贈られた鯱
贈り 小牧市岩崎 梅津 孝」
「この鯱瓦は、今回(昭和36年から昭和40年3月)解体時に取替たものです」
(説明板より) -
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【犬山城天守閣 桟唐戸(さんからど)】
「台風と大雨により、天守閣最上階の扉が破損したため、平成21年1月から6月にかけて修理を行いました。この扉は、修理で取り替えた框や板を用いて、展示用に組み直したものです。破損が著しく、使用に耐えられなかったので、そのほとんどを取り替えざるを得ませんでしたが貴重な文化財の一部として、展示することにいたしました。
このような形式の扉を桟唐戸(さんからど)といい、材料には桧が用いられています。大部分が昭和39年(1964年)の大修理で新調されたものですが、横桟の1本には明治29年(1896年)の年号が記されており、それ以前の部材も含まれていることが確認できました。」(説明板より) -
武者走り
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「軒丸瓦
軒に葺かれる瓦は、紋様(瓦当紋/がとうもん)によって、時期を推定できます。
詳しくは今後の調査によりますが、これまでに犬山城で発見された瓦で古いものは、安土桃山時代の頃のものと考えられます。
また、成瀬氏が城主となった江戸時代のものも多く見つかっています。
これら天守付近で見つかった瓦は、自然災害によって落ちたり、葺き替えや修理の際に捨てられたりしたものと考えられ、天守の歴史を反映しているといえます。」 -
「棟込瓦(桐紋)
犬山城にはこれまでにも桐紋の瓦が見つかっていましたが、平成21年度の調査においても桐紋の瓦が確認されました。
桐紋の瓦は豊臣秀吉が一部の武将にのみ使用を許可していたものです。そのため、犬山城は桐紋の瓦を葺くことが認められた重要な城であったといえます。
犬山城には1590年代に、秀吉の甥にあたる秀次(ひでつぐ)の親族が城主であったことが分かっており、桐紋瓦はその頃のものではないかと推測されます。」
(説明板より) -
「小牧山合戦着用 所有者/犬山市本町 旧犬山藩士・遠藤関雄氏」
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「旧成瀬藩 御殿医鈴木家着用鎧 寄贈者/東京都渋谷区神宮前 鈴木次」
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「鎧 所有者/犬山市中本町 旧犬山藩士・金森治樹氏」
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【上段の間】
「ここは殿様が使用した部屋で上段の間といいます。
床が一段と高くはられ、この部屋だけが猿頬天井(サルホホテンジョウ)が張ってあり、この城の最上の室となっています。この奥に武者隠しの間があり、殿様を守る武士が待機しておりました。」(説明板より) -
【武者かくしの間】
「城主の座居の際護衛の武士がかくれて居た部屋。」(説明板より) -
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犬山城天守雛形。
【天守閣の規模と構造】
構造形式・・・・・独立天守閣・外観・・・三重、内部四階地下二階付
天守の建て坪・・・360.353平方メートル・総延面積・・・698.775平方メートル
石垣の高さ・・・・地上5メートル・天守の高さ・・石垣から19メートル
地上からの高さ・・24メートル -
「高節凌雲霄(こうせつりょううんしょう)(石碑)
第九代犬山城主成瀬正肥(まさみつ)公は、幕末から明治にかけて、国政の難しい時期に尾張藩主 徳川應勝を助け、勤王の立場で、諸問題を解決した。その功績を顕彰するもの。」(説明板より) -
「大杉様
樹齢 約六五〇年
高さ 枯れる前 約ニ四メートル
犬山城築城頃からの老木で、天守閣と同じくらいの高さがあり、落雷には城の身代わりに、台風の時は風よけにもなったりして城を守る御神木としてあがめられてきました。
しかし一九六五年頃枯れてしまいました。」(説明板より) -
「七曲門(別名見晴門) NaNaMaFaRiMoN
この位置に七曲門があり、現在門礎が多く残って旧状をよくとどめております。」(説明板より) -
【付櫓(つけやぐら)】
「天守の入り口が敵兵に破られそうな時、側面から攻撃を加えて防備する。」(公式HPより) -
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ひぇーー!!
石垣を間近で見ていたら、ヘっヘビがいた~~!!
でも、古くからヘビは神の使いと言われているから縁起いいかも!
さすが野趣溢れる野面積! -
本丸と天守。
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【犬山城天守】
唐破風が美しいです。 -
「三光稲荷(さんこういなり)神社」
犬山城から下った際に三光稲荷神社に立ち寄り、願いが叶うという朱塗りの鳥居をくぐりました。
販売されていたペット用のお守りが可愛かったです。三光稲荷神社 寺・神社・教会
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お土産店をはしごして探しましたが、ご当地スノードームは見つからなかったです。
犬山城のスノードームは、ネットでも見たことがないのでおそらく作られていないんでしょうね。 -
帰りは「犬山遊園駅」から帰ります。
犬山遊園(名鉄犬山線急行・内海行)→名鉄名古屋(約35分)
名古屋から新幹線で東京へ。犬山遊園駅 駅
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100名城スタンプは、本丸内の「犬山城管理事務所」(本丸門の2階)で押しました。
デザインはもちろん国宝の天守閣です。
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