2014/07/18 - 2014/07/22
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binchanさん
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本日のメインイベント。出磺坑へ向かいます。
もともと台鉄海線を廻ることから決めた苗栗観光。それがなぜこんな山の中に来ることになったかと言うと、それはここに出磺坑があるからなのです。
苗栗県を観光の中心にした時、県の歴史や名所を検索して調べました。当然苗栗縣政府のサイトも見ます。そこで「縣徽」の説明書きを何気なく読んだわけです。苗栗県の縣徽の写真は下にありますので見ながら読んでくださいね。
下の緑の部分は想像通り「上に向かって伸びて行く苗の双葉」。では上の部分は?苗栗県には客屬大橋という美しい橋や吊橋もあるので、そんな橋をデザインしているのか、と読み進めました。すると、本県は石油の産地であり、それは油井を象っているとのこと。油井!?台湾って石油が出るの?日本でも多少は石油が出るし、海には海底資源もある…。確かに台湾で出ても全く不思議ではないのですが、のどかな雰囲気のある苗栗で石油が出るとは驚きです。しかも既に採油を終わっている旧油井が観光地となっているとのこと。もうすでに行かなくては気が済まなくなってました。
出磺坑で石油が出たのは1813年、清の時代です。台湾初の油井で、その後は油井城下町として栄えたようなのです。油井は枯渇していますが、現在も台湾中油股份有限公司の陳列館(資料館)などがあり、台湾産業の記念碑的場所なのです。
出磺坑の場所は苗栗県公館郷。苗栗からブン水や獅潭に行くバスの沿線です。この日午前中汶水、獅潭を訪問し、帰りに出磺坑に寄りました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
<縣徽>
上の鉄塔のような部分が油井を象っています。それと同時に「苗」という字のデザインでもあります。 -
<出磺坑バス停>
12:10獅潭発のバスでやってきました。
途中、汶水はどんな風に通過するのか窓に貼りついてよ〜く見てましたよ。帰路は法雲寺口を通るのだろうか、と。(わけがわからない方は04をご参照ください)
バスは台3線から汶水橋を渡る前の信号で右折し、行きに通った汶水の仮バス停を通りその先へ。やはりHPにあるルートは通りませんでした。この時、バスアプリi-Bus公路公車の表示はどうなるのでしょう。実際に見ていたところ、手前の「三寮坑」にバスが近づいた段階で法雲寺口と汶水も同時に「即将進站(もうすぐです)」の表示になり、その後3つのバス停が同時に「未発車」(もう通りすぎてしまったことを示す)の表示になりました。このアプリ(又はパソコン版サイト)を見ていると、時々こういう不思議な表示をする路線があります。そういう路線を利用する際はその理由をチェックした方がよさそうです。 -
そんなこんなで「出磺坑」に到着しました。運転手さんは親切に、「陳列館は橋を渡った方だからね」と教えてくれました。この運転手さん、お客はここまで私一人だったけれどぶっ飛ばすことなく、出磺坑に到着したのも時刻表の想定時間とほぼ同じでした。バスが早めに行ってしまうのは運転手さん次第ってことですね。
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<出磺坑のバス停>
待合室の壁にこんなプレートが。石油会社の援助でこんな立派なバス待室ができたんですね。 -
<バス停周辺>
バス停から陳列館への橋のある方向を見るとこんな感じ。まずは吊橋のある側へ道を渡ります。 -
<公館郷>
観光案内看板がありました。出礦坑がある公館郷は割と交通の便もよいし、客家文化関連の見どころも結構あります。詳細はこちらでどうぞ。
http://www.kungkuan.gov.tw/kungkuan/
台湾の地方を廻る際、必ずチェックするのは各郷、鎮の公式HP。コミュニティーバス情報はこういうところに出ていたりします。 -
<台湾西部小タロコ>
反対車線のバス乗り場裏にこんなプレートがありました。この辺りの美しい渓谷美を小タロコと呼んでいるようですね。
出磺坑の開拓の様子と陳列館の由来が書かれています。
1857年に広東省から来た人々がこの地を開き、1872年邱阿玉と張龍古によって出磺坑が開発されたとのこと。石油は1813年には発見されており、その後99もの油井が作られたそうです。「原油」というものを知らなかったため硫磺(硫黄)だとみなし、出磺坑と呼んだそうです。
台湾石油探索の歴史を伝え、重要な資料を残すため、1982年この地に「台湾油礦陳列館」(当初の名称は「油礦開発陳列館」)が造られたそうです。 -
<牛心柿>
この辺りは柿の産地のようです。日本時代には牛心柿は高い名声を得ていたようです。
<打鹿坑>
この近くに打鹿坑と呼ばれる場所があり、かつては鹿がたくさんいて原住民族の狩猟場でした。その後鹿の姿は絶え、この辺りは樟脳産業で栄えます。しかしその産業もなくなり、現在はレジャー産業が台頭してきているようです。昨日行った苗栗の茶葉店(京兆茶行さん)のご親戚が経営しているという「柿子紅了」という民宿もこのプレートに名が刻まれています。 -
<出磺坑吊橋>
さて、油礦陳列館に行くには川を渡らなければいけません。目の前には吊橋。台湾観光で避けては通れないものですが、できれば渡りたくないものです。普通の橋でも怖いのに…。 -
渡るのは怖いけれど見る分にはいいですよね〜。対岸には高速道路の高架。建築のコントラスト美!もっと撮影の腕があれば!
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対岸へは車も通るちゃんとした橋でも行けるのですが、今回は吊橋を渡ります。結構低いし割と橋幅も広いのでがんばってみます。
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帰りは隣の橋を渡ればいいので、同じ恐怖を二度味わわなくていいのです。もし吊橋でしか行けない場所だったら、どんなに魅力的な陳列館でも行きません。
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やった!渡り切りました。
渡りきったところにこの案内板。よ〜し後は普通の道を歩くだけだ。 -
陳列館へ行く道と反対方向にはこんなトンネルが。小タロコの雰囲気出てます?
この道の上に高速公路が走っています。 -
陳列館へ行く道はこんな感じ。
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坂を登った先に陳列館が見えます。高速公路のインターもあります。
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<出磺坑第一號古油井>
出磺坑の第一号油井跡地です。
すでに採油は終了しており遺跡として保存されています。 -
円柱上の炎は中油のマークでおなじみ。
(この写真は別の場所で撮ったもの) -
記念碑がありました。
最初の方は開発史です。これによると石油が発見されたのが1817年(さっきのプレートと違いますね)、採油を始めたのが1861年。その後清政府の管理するところとなり、1877年アメリカの機材を導入、技師も呼んで本格的採油が始まりました。本格採油し始めた後は、船の燃料になるなど需要が想像できますが、それまでは原油なんて何に使っていたのだろうと思ったら、この辺りの民家では灯火に使っていたらしい。危なくないのかな?
記念碑の記述の続きを読むと…
「出礦坑第一號古油井記念碑は元は後龍溪の急斜面にあり観光客が行くには不便で…」って、あれ??油井があったのはココじゃないんだ。人が来やすいようにここに記念碑を建てたと!これ、埔里の台湾地理中心でもあったなあ…。
この石碑には書いてありませんが、展示されている機材もオリジナルではないらしい。(機材については公的なサイト未確認です。) -
<掘削機>
アメリカから導入したという機材。オリジナルではないらしいですが雰囲気は出てますね。
台湾第一號油井は、アジア第一号油井でもあり、また世界でも二番目の油井なんですって。 -
機材の説明板。
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<台湾油礦陳列館>
ついにやってきました。でも館内を見学するのは後。まずは油井跡地を見学します。 -
<硫磺窟>
出磺坑と名付けられる前はこう呼ばれていたようです。 -
案内看板もあります。記述を見ると日本時代にずいぶん開発したんですね。
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作業員の像。とくに説明板もありませんでした。
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後ろ姿。
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売店。
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トイレ。
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<出磺坑生活文化館>
ここで採油が盛んだったころは油井城下町が形成されていました。ここはおそらくその頃の様子が展示されているのだと思うのですが、道が木で塞がれ行くことができませんでした。
油井の跡地と陳列館だけかと思ったら、実は少し歩けば他にも見どころがけっこうあるようなのです。ここにこだわっていた割に下調べも甘く、時間配分が足りませんでした。 -
<謎の建物>
当時の建物や施設が残されているのでそれを見に行きます。
まず最初にあったのがこれですが、案内看板がありません。まだ使われている建物もあるとのことなので現役のオフィスなのかもしれません。
中には観光客立ち入り禁止というエリアもありますので注意が必要です。 -
のぞいてみましたが、がら〜んとしてます。
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<地軌式纜車道>
ここから説明板のある施設です。
地面に軌道のあるケーブルカー。
1927年、日本石油株式会社時代に造られ、礦場内の運搬に使われていました。場内輸送は他に軽便車軌道、空中纜車(ロープウェイ)がありましたが、今その遺構はほとんど残っていないとのこと。
地軌式纜車は山上の住民にとっての交通手段でもありました。本来の役割を終えた後も1998年までは観光用に運用されていましたが、安全上の理由から停止となったそうです。全長550m、斜度60。台湾に残る唯一の有軌式ケーブルカーです。 -
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<舊醫務所>
山中の気候は厳しく、衛生状態も悪い中、1907年にこの医務所ができました。日本時代には春と秋に健康診断も行われ、マラリアの予防にも努めていたとのこと。当初は苗栗から医師が当直で来ていましたが、1929年には医師が常駐する診療所となりました。1978年に別の建物に移転した後、この建物は倉庫として利用されました。 -
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<舊重機具維修庫>
メンテナンス部門の一つ。掘削装置、採油機器、運搬設備のメンテナンスを行っていました。維修庫の前には二段転盤もあり、重機を運びこむのに使われていたようです。
転盤は残っていたような、なかったような…。その時はこの看板をよく読んでいなかったのでよく見てきませんでした。 -
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<兒童育楽所>
出磺坑には1928年から尋常小学校がありましたが、そこに通えたのは日本人の子女のみ。台湾人は対岸にある福基国小へ通っていたそうです。
幼児教育の場として、この兒童育楽所は1950年代に設立されました。これは戦後の施設なのですね。当時は幼児教育を受けられる大切な場所として人気があったようです。今は看板と階段、一部の遊具が残るのみです。 -
看板。名前からして戦後のものって感じです。日本時代に作っていたら、何て名前にしてたでしょう?
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兒童育楽所。見て来た施設の中で、最も新しい建物であるはずなのに、もう基礎しか残ってないんですね。
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<謎の建物2>
安全第一の看板が往時をしのばせます。 -
これも何の設備かわかりませんが、いかにも石油関連の設備って感じです。
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バルブのコックが地面から生えてました。
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ここまでケーブルカーの軌道を登ってきました。上から眺めるとこんな感じ。
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軌道はまだ上まで続いてますが、ここから先は毒蛇が出るみたいですね。だからこれ以上は登りません。
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<鑽油井平台>
油礦陳列館の前身、「油礦開発陳列館」の屋外展示施設として、第33号油井の掘削装置、“クリスマスツリー”、採油施設が展示されています。
クリスマスツリーって?でもこの案内板にその通り「聖誕樹」に書いてあるんですよ。 -
これが掘削装置だとして、
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これが採油装置か?
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きっとこれが「クリスマスツリー」でしょう。日本語にすると「櫓」?
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油井平台からはこんないい眺めが。
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<謎の建物3>
現役っぽいこの建物周辺ではi-Taiwanが使える?試せばよかった。 -
<毒蛇注意>
ここにも毒蛇注意の張り紙。草むらには近づかないようにしよう。 -
<儲水槽>
日本時代からこのあたりには上水道があったそうです。それは水道会社によるものではなく、石油会社が運営していたもの。このシステムは今も変わっていないそうです。山の上に大きな貯水槽があり周辺の集落に水道を提供しているのですが、1996年から1997年にかけて発生した大規模なガス噴出事故の際には、水道提供に支障をきたし大変だったようです。 -
まだ上がありそうだったのですが、毒蛇が出るとか書いてあるのでここまで。
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階段の横にあったこの建物は多分トイレ。
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<台湾油礦陳列館>
1981年からあった油礦開発陳列館が手狭になり、1990年ここに新たに作られました。歴史資料や古い写真が保存展示されています。
もともとは清朝の煤油局の官庁があった場所だそうです。 -
ようやく入館しました。館内は涼しくって極楽〜。土曜日で学校も夏休みだったせいか、意外と入館者はいました。
陳列館は月曜休みです。行こうと考えている方はご注意ください。周辺施設、陳列館とも見学は無料です。
展示内容は確か3部門に分かれていた記憶。
まずは資料部門で、この油井の歴史とかデータが展示されていたと思います。実はあまり真剣に見てなかった…。 -
二階には石油についての展示だったかな。
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台湾の地質とか、
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地層の具合などのパネルがありました。
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海底資源の話となればあの懸案事項が…。台湾中油は露骨に当事者ですので特にコメントはナシってことで…。
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陳列館の窓からの眺め。
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休憩室の壁にこんな絵がありました。装置の仕組みはよくわからない絵ですが、200年近く前にはこんな風に石油を採掘してたんでしょうか。
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ロビーにあったパネル展示。出磺坑の発展の様子が書かれていたのですが、これも写真くらいしか見てきませんでした。
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<後龍溪>
涼しかった陳列館を出てバス停へ戻ります。
今度は車も通る普通の橋を渡って対岸へ。この川は後龍溪で、後日下流を鉄道で渡り、河口付近を散策することになります。 -
釣り人発見。昔は台湾でもアユが釣れたみたいですが、今はほぼ絶滅とのこと。この方は何を釣ってるのでしょうか?
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<國光橋>
欄干は油桐花の陶板で飾られています。 -
苗栗では頻繁に見るモチーフ。
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橋の対岸は河原に下りられるようになっていました。川遊びに来ている家族づれもいて、水が気持ちよさそうだった。
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河原から見た吊橋と高速道路。
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<出磺坑纜車の陶板画>
橋詰付近にありました。いい感じですね〜、山水画調の石油採掘風景。 -
<バスアプリ>
バス停に戻ってきました。陳列館からバス停は10分もあれば歩けると思います。途中河原に下りて写真撮ったりしても14分でした。
予めバスの時間は調べてありますが、アプリを開いて確認。本来はこの作業をバス停に着く前にやると効率がいいんですよね。まだまだ使い慣れてないな〜。 -
新竹客運5656バスが予定より15分程遅れて到着、終点苗栗には14:36着。予定より10分程遅れました。
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<安心養生会館>
台北への列車までまだ1時間弱あるのでマッサージへ行くことに。昨日見つけたあの店です。苗栗駅裏側、英才路を南へ5分程歩いたところにあります。30分の首、肩マッサージで400元。「先生」っぽい人が担当してくれてとても効きました。もっと時間がある時に来たかった!
この後は台北へ移動します。
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