2014/05/31 - 2014/05/31
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kojikojiさん
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ペナン島のイースタン&オリエンタルホテルを知ったのは何年前の事でしょうか?多分どこかの旅行会社のパンフレットだったと思います。真っ白なコロニアル風の建物に椰子の木と青いプール、いつか行ってみたいと思っていました。今回違ったのは当時は本館しかなかったと言う事でしょう。当時思っていた宿泊料金より遙かに安い金額で泊まることが出来たと思います。通常本館に比べ新館に泊まるとがっかりすることが多いのですが、このホテルに限っては全くそんなことが無かったと思います。ネットで予約した後にホテルのマネージャーへメールを送り、リクエストを幾つかお願いしました。回答については日本人のスタッフの方が対応いただき、結果としてはとても満足の行く滞在が出来たと思います。朝食は新館1階の「サーキーズ」でいただきました。6階の「プランターズ」でもいただけますが、ここは夕方になるとアルコールを含めた飲み物と軽食が宿泊料金内で利用できるので分けて利用しました。シンガポールでは高くて利用しなかったアフタヌーン・ティーもこのホテルの「1885」ではお手頃にいただけました。宿泊客は館内のレストランが割引になるのが嬉しいです。それと部屋の冷蔵庫のソフトドリンク全ても宿泊費に含まれているので暑いペナンでは助かりました。チョン・ファッツイー・マンションにも宿泊しようか選択肢に入ってはいましたが、結果としてはこちらのホテルにして良かったです。結果1日4食という恐ろしいことになりましたが、夕方の「プランターズ」からの景色の美しさは言葉になりません。そこでカナッペなどをつまみながらワインやカクテルをいただいたのはとても良い思い出になりました。またメールのやり取りで結婚記念の旅行と書いたことで夜になって部屋に戻ったらケーキが届いていたのも嬉しい思い出です。
残念なのは滞在中はホテルの船が故障していたのでストレイツ・キーへのボートに乗れなかったことくらいでしょうか。都合3泊しましたが、ジョージ・タウンの街歩きには便利な立地で、昼過ぎや夕方に戻ってくることが安易で助かりました。街巡りとアート・ウォール巡り、そしてガーニーやストレイツ・キーの先のエビカニ屋へ足を伸ばしたり、「Kebaya」などレストランでの食事などの思い出の旅です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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マラッカから乗った夜行バスは午前5時半にバタワース到着しました。真暗な港を歩いて6時のフェリーでジョージ・タウンへ移動します。ペナン島の港でタクシーに乗ってイースタン&オリエンタルホテルに乗り付けて、6時半には部屋でくつろげました。
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アーリーチェックインは出発前にホテルへメールを出しておいたので対応していただきました。といっても部屋の稼働率もあるので当日にならないと分からないことではありました。この時の夜明けの海はとても綺麗でした。刻一刻と青の色が変わっていきます。
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部屋が海に向かって正面の部屋では無くてガーニー側の側面だったのはちょっと残念でしたが、この時間にチェックイン出来て部屋が使える方が我々にとっては重要でした。
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部屋の大きさは角部屋以外はほぼ同じ大きさのようです。廊下も車が通れるくらいの幅があるくらいなので、部屋もゆったりした造りで天井も高くくつろげます。
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いろいろな特典を考えたらコストパフォーマンスは高いホテルだと思います。
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2つの洗面台の間の入口の奥はバスルームがあります。正面にバスタブと左側に大きなシャワーブースまで備え、右側にトイレという配置でした。大きな鏡があり更に広く感じます。市松に貼られた床の大理石が冷たくて気持ち良いです。
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滞在中のお知らせと注意事項が部屋に置かれてます。その中には朝食は1階の「シェーカーズ」か6階の「プラターズ・ラウンジ」が利用できます。「プラターズ・ラウンジ」では日中のお茶と夕方6時から7時の間はアルコールを含むドリンクとスナックが無料です。部屋の冷蔵庫のジュース類が無料です。Free Wifiです。館内のレストランが15%オフで利用できます。火曜と木曜のヨガ教室を開催します。スイミングプールの利用時間。バルコニーの扉を開放する場合はエアコンを切ってください。クッキングクラスの案内などが書かれてあります。ここには書かれてありませんが、滞在中1回のガーニーへのシャトル・ボートの利用も出来ます。
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小さなウォークイン・クローゼットにはサロンがありました。バリ島だったら重宝すると思いますが、ペナン島では利用価値はどうでしょうか。夕方のプラターズ・ラウンジに着て来た欧米人の人が1人いましたが。
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ベットで微睡んでいると明るくなってきました。突き当りがガーニーで更にストレイツ・キーのある岬まで見渡せます。
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手前には漁村があるようで、船がたくさん停泊しています。
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朝早くから漁をしている姿も見えます。
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鏡のように静まり返った水面を漁船の航跡波が切り裂いていきます。
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霞んだ沖合から大きな船が浮かんできます。
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やってきたのはマラッカのマジェスティック・ホテルの部屋やマラッカ・タワーから眺めたスタークルーズのリベラ号です。シンガポールを起点に3泊か4泊のクルーズを催行しているので、旅行中に1回くらい見掛けるかと思っていましたが2回も出会えました。
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もう少し夢の中へ…戻ります。
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空気が晴れ渡ってくると美しい景色が広がっています。あまり海が綺麗ではないという情報の多いペナン島ですが、遠目には十分綺麗です。初めて見るアンダマン海です。
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最終日が早朝6時前に空港へ向かわなければならないので朝食が不要でした。到着日が早朝なので朝食が必要なので変更できないかリクエストしてみましたが、これはNGでした。車が走れそうな廊下の突き当りに我々の部屋がありました。
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広々としたエレベーターホールです。カードキーをかざさないとフロアボタンが押せないエレーベーターなので、セキュリティーは問題なさそうです。
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アネックス館のロビーはこんな雰囲気で、ベルボーイのおじさんは日本語で挨拶してくれたりとても親切です。
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他のクルーズ船の入港と重なったのか、しばらく沖合に泊まったままです。マラッカは沖に停泊してテンダーボートで上陸ですが、ペナン島は大きな桟橋があるのでそのまま上陸できるようです。
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アネックス館は7階から16階が客室になっています。我々は15階でしたが高いフロアの方が眺望もよく気持ち良いと思います。
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海側には庭園が続いています。早朝に散歩すると特に気持ち良いです。
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館内にはこんな調度品が並んでいます。そして本館まで長い廊下で繋がっています。
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本館の廊下にあるのは創業者のサーキーズ兄弟の写真が飾られています。近い将来ラングーンのザ・ストランド・ヤンゴンへ行ってみたいと思っています。シンガポールのラッフルズホテルみたいにバーに行くだけで終わりそうな気がしましたが、後年になって宿泊してアフタヌーンティーまでいただけました。
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本館の方が造りは繊細な印象を受けます。アネックス館が出来る前のこのホテルにも来てみたかったような気がします。
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ハノイのソフィテル・メトロポールの階段を思い出しました。あそこも良いホテルでした。
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早朝に飛び込んだ本館のロビーです。フロントの方にはここからアネックス館まで荷物を運んでもらって申し訳なかったです。
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ホテルでは貸自転車も用意してありますが暑い時期は…、借りる気にはなりませんでした。
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ホテルの本館の正面です。立派なホテルですが、ロビーからここまで歩いただけで汗が止まりません。頑張って街歩きを始めましょう。
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「客待ちトライショーペダル漕ぎ」は建物の壁を覆う巨大な壁画です。ペナン通りのレッドガーデン・フードパラダイスの駐車場に面しています。お客を待ちながら車に座っている高齢者のトライショー漕ぎが描かれています。これはビルの前の通りの向こう側のトライショースタンドに集まる自転車漕ぎの老人たちへの賛辞だそうです。
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この壁画はリトアニア生まれの芸術家アーネスト・ザカレビックによって描かれたものの1つです。2012年のジョージ・タウン・フェスティバルの際に描かれたもので、縦15.2メートル横15.2メートルの画面は彼によって描かれた壁画の中では最大です。
老人の哀愁のある表情がいいですね。 -
この後身に沁みましたが暑い中に壁画を探したり、アイアン・ワークを探したりショップハウスや街並みを眺めたり、喉が渇いてお腹が空いてへとへとになります。アートワークは3日目の早朝にまとめて探して歩きましたが、見落としたり見つからなかったりしながらも効率は良かったです。
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ジミー・チュウのアイアン・ワークがここにある理由は、ムンストリー・ストリートにある香港靴店に関係しています。こここはジミー・チュウが靴作りの見習いを始めた店です。実際の姓はチョウですが1957年に生まれたときに彼の出生証明書のスペルミスでチュウになったそうです。
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その後ロンドンのコードワイナー大学でファッションを学んだそうです。 ジミー・チュウのハンドメイドの靴はダイアナ妃が履いたことで有名になりました。香港靴店は現在も残っているようです。
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このアイアン・ワークは19世紀の錫鉱山に尽力したマレー貴族のンガー・イブラヒムを記念してムントリー通りに設置されています。ペナン島は錫鉱山を開いた中国商人の資金の注入によって大きな繁栄がもたらされました。中国商人は莫大な利益を享受しつつ、地域で最も裕福なマレー人のンガー・イブラヒムを生み出しました。 中国の功力(クーリー)の流入が摩擦を引き起こしたが、錫鉱山ブームは公共インフラ整備や近隣の町の創設や近代化と改善をもたらします。彼はバラ州のイギリス人居住者の殺害に関与したとしてセイシェルに追放されますが、彼の富は彼を救うことができなかったそうです。
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シンガポールやマラッカでもたくさんのショップハウスを見てきましたが、ペナン島のジョージ・タウンの通りは比較的車の通りも少なく、道幅もあるので落ち着いて建物を見学できます。
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昔ローマに長逗留した際にサンタンジェロ橋の近くで建材屋さんに入った事があります。あまりに綺麗な装飾タイルがあったのでどこで造られたものか尋ねたら「愛知」と言われたことがありました。またアズレージョに魅せられてポルトガルを縦断した際にはカルダス・ライーニャでボルダロ社のタイルに感動しました。旧満州の瀋陽の張作霖の屋敷のイギリス製のタイルも良かったなといろいろなことを思い出します。
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単色だけど綺麗に彫刻された扉です。ベトナムのホイアンだと扉の上に飾られる八卦の魔除けに似た八角形のプレートがペナン島にもありました。
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この壁画は「カンフーガール」と呼ばれていますが、実際にタイトルは無いそうです。両手で自分を持ち上げて少女の姿です。アーネスト・ザカレビックによって描かれた2つの壁画のうちの1つです。 見た人の多くが「この壁画は怖い。」と言うそうです。少女は一見下を向いて笑っているようですが、実際は正面を向いてじっとこちらを見つめています。その錯覚は目の前にかかった前髪のせいだと思います。
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通りの反対側から歩いて来たので地図が無かったら通り過ごしていたと思います。こんな大きな作品でも見逃してしまいそうになるのですがら、車の陰に隠れたアイアン・ワークなど簡単に見落とします。
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ショップハウスにも時代による遍歴があります。これは1955年に竣工した建物ですが、アール・デコっぽさも残っています。左右対称でシンプルなデザインがカッコいいですが、それもガレージとして使うなんて。
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典型的な「アーリー・ストレイツ」と呼ばれる1890年から1910年代のスタイルの建物は窓の上部の換気孔が特徴です。
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阿媽(アマ)は広東家政婦の事です。広東省で生まれた彼女たちは家事手伝いとしてマラヤに移住しました。阿媽はほとんどの場合に白いブラウスと黒の長ズボンを身につけています。自分の仕事の責任は勤め先の子供たちの世話にや調理に洗濯やクリーニングに及び、彼らの広東語で「ひと足蹴り」と同じ音なのだそうです。
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この街で最も狭い5フットウェイに沿って配置されています。左から右に洗濯かごを頭に乗せたインド系の男たち、ハンカチを手に持った広東家政婦たち、笑いながら走る男の子、天秤棒を担いだ功力(クーリー)。「明らかにこれは5フィート未満である。」と話している英国人の農園経営者(プランター)です。残念ながらプランターの頭の上にあった吹き出しは壊れて無くなってました。
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ファイブフットウェイ(five-foot-way )はシンガポールを自由貿易港として開設したスタンフォード・ラッフルズに起因するものです。ラッフルズはバタビア(ジャカルタ)で勤務しながら、集中豪雨でびしょぬれにされるのに閉口していました。そこで彼は屋根付きの歩道を考案し、玄関から最低5フィートのスペースを公共の通路として確保するよう、イギリス統治時代に条例で決めたそうです。
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ここのファイブフィートがあまりに狭いので設置された作品ですが、吹き出しが無いと意味が通じません。
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「インドの船頭」ロシアの壁画作家ジュリア・ヴォルコバによる壁画です。この美しい絵画はスチュワート通りの壁を飾っています。この壁画を描くためのプロジェクトがウクライナ人のグループによって開始されました。この絵のコンセプトはこのスチュワート通りが海事産業に果たした役割を記念することだそうです。
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この時は修復作業が行われていました。帰国後に写真をメールしました。
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ジャランジャランしながら1つ目的がありました。観音寺の裏にあるブティックホテル「セブン・テラス(七間老暦)」へ行くことです。
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看板が出ていますが扉は閉まっています。宿泊客らしい2人がドアを押して閉まっているのを確認すると、慣れたように裏手に回るのでついて行きます。
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ホテル側の扉も素敵なデザインです。そして翌々日のペナン最後の晩にケバヤ(kebaya)の食事を予約しました。結果は今回の旅で寄ったレストランでは最高の店でした。1人100リンギットのコースしかありませんが、料理はチョイスできるので2人で違う料理を頼んでマレー料理を堪能しました。ワインをフルボトルでたのんで2人で10,000円ほどです。
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この時はホテル内の写真を撮りませんでしたが、食事の時の写真と夜のホテルの情景は後の旅行記で紹介します。
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2人の太った観光客にあっちだこっちだ厳しい要求に翻弄される不運なトライショー漕ぎを描いています。パドラー(漕ぎ手)にスペルミスがあります。ちょうどトライショーが停まっていたのが笑えました。パドラーは逃げたのでしょうか?姿がありません。
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「麻雀鳥」ペナン島での中国系住人の気晴らしは麻雀だそうです。多くの場合ゲームは夜を徹して早朝まで続くこともあり、麻雀はギャンブルですのでカリカチュア(風刺画)には示されていません。その代わりに見る者はスズメの群れから麻雀を想像できるわけです。スズメは麻雀の鳥として福建語で知られているからです。
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「浮気夫」ラブレーンの名前のついた通りに豊かになった中国商人は愛人のために屋敷を持ちました。まあ見たままの情景ですね。愛人の部屋から逃げ出す中国商人の姿が笑えます。
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「バジェットホテル」ラブレーンを中心としたこの辺りには安宿がたくさんあります。朝8時過ぎにこの辺りを歩くと大きなザックを背負ったバックパッカーの姿を見掛けます。宿屋のおやじに「あんたの部屋は2階だよ。あとでマッサージを受けるんだったら安い値段で泊めてやるよ。」と言われて困っているバックパッカーの姿がリアルです。
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ペナン島に来て思ったことは空が広いということです。そしてマラッカより面白いという事です。しかし貴金属店やポーンハウス(質屋)が多い街です。カジノも無いのに不思議な街です。往時を偲ぶことは出来ますが現在も営業できている不思議を感じずにはいられません。
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「ハイカウンター」これは伝統的な中国の質屋のカウンターを表しています。カーナーボン通りと チュリア通りの交差点近くに質屋が多かったのでしょうか。質屋は資金繰りが苦しい人が短期の借入金を調達するための方法ですが、これに頼らないのが賢明です。このカリカチュアでは防犯の為に高い位置にあるカウンターに届かない背の低いおじさんが前の女性に「あなたのハイヒール貸してくれませんか。」と声を掛けています。
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ジョージタウンの市場にやってきました。生鮮市場の様でしたが、暑さのため中に入る気にはなれませんでした。
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そして炎天下の街を歩き続けます。日本でいうシャッター商店街のようでもありますが、風情を感じるのは何故でしょう。
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アルメニア通りに到着しましたが、通りに入る前に手前にあったホテルのロビーで涼むことにしました。
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ホテルのロビーに置かれていたトライショーです。ジャワ島のジョグジャカルタで毎日乗っていたのに、今回の旅では乗ろうという気になりませんでした。
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このビルの1階には行方不明になったままのマレーシア航空MH370便へのメッセージボードになっていました。一体どこへ行ってしまったのでしょうか。
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台湾でよく見掛ける布袋劇(プータイシー)の様な人形劇場のようでした。攻殻機動隊ではありませんが傀、儡戯なんて文字に惹かれます。
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旧孫中山本部地に到着しました。ここは見ておかないといけません。ドアが鍵が掛っていて中にいた欧米人の観光客の方が博物館の人を呼んでくれました。どうやら1人で切り盛りしているので、奥にいるときは施錠しているようです。よく見ると横に呼び鈴がありました。
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1910年に孫文は清朝の腐敗した政権を打倒するため、東南アジアの支持者を集めて一時的に同盟会本部をペナン島に移しました。それに伴い孫文の家族もペナンに4ヶ月間滞在することとなりました。5年ほど前に見た映画「100年先を見た男(原題:夜明)」を思い出しました。ウィンストン・チャオが「宋家の三姉妹」に続いて孫文を演じています。
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孫文が滞在した4ヶ月の間でアルメニアン通りに位置するこのショップハウスでは重要な出来事が起こりました。ペナン閲報社(リーディングクラブ)を設立し、孫文の反清朝政権活動の本拠地が出来て、世界最古の中国語新聞紙「光華日報」がここで創刊されました。また中国革命活動の資金を海外で集めるために「ペナン会議」を開いたことは映画でも詳しく描かれています。
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心に残る映画の場面に行ってみたい気持ちが強いようで「グランブルー」や「みんな元気」(ジョゼッペ・トルナトーレ監督)を観てイタリアやギリシャへ行ったり、「青いパパイヤの香り」と「季節の中で」と「夏至」を観てベトナムを縦断したりもしました。ちょうど「季節の中で」(原題:スリーシーズン)が封切られた後だったのでで、旅先で知り合った旅行者の挨拶は「スリーシーズン観た?」でした。もちろん「インドシナ」も頭の中にありました。
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カトリーヌ・ドヌーブの「インドシナ」を観てサイゴンのホテルはコンチネンタルにしましたし、ハロン湾はもちろんレマン湖畔まで足を延ばしました。そして今回ペナン島に来たわけです。ここは「インドシナ」のロケ地でもあるチョン・ファッツイー・マンションがいくつかのシーンで出てきます。
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ちょっとお姉っぽいおじさんが1人でこの博物館を仕切っているようです。慌ただしく立ち振る舞いながらもお茶をいれてくれます。入口にカギがかかっているのもそんな理由でしょう。
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1880年に建てられたこの住宅は、ペナン島の商人たちのショップハウス建築として優れた例の1つだそうです。130フィート以上の奥行き(約40メートル)があり、吹き抜けの中庭や凝った造りの木製階段や梁木や幾何学模様の床のタイルや漆喰壁などが残されています。
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博物館を見学しているというよりはどなたかのお宅にお邪魔している気になってきます。細かい資料を読むよりもこの空間い身を置いて映画のストーリーを思い返してみます。
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1926年に中国華僑の荘長水氏がこの建物を所有し、彼の孫娘である作家で文化遺産保護で活躍されているクー・ス・ニン女史が現在この建物を管理しているそうです。 2010年から 2011年にわたって中国福建省の職人により、外壁と屋根の修復作業が行われていますが、建物の雰囲気は保たれています。
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明り取りの光を見ていると母の実家を思い出しました。二条陣屋と言う京都の古い家ですが、その台所の明り取りとよく似ています。そこに置かれた真っ黒になった大黒様と恵比須様が怖かった記憶があります。
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この翌日チョン・ファッツイー・マンションの見学にも行きましたが、ここの見学もとても良かったです。
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前のお客さんが帰った後おじさんは我々の相手をしてくださいました。彼なりの美学で写真を撮るポイントがあるようで、我々を案内してくれます。
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まずは階段に連れて行かれます。立ち位置とポーズの細かい指示があります。
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続いて階段に座ってのポーズを指示されます。結婚式の時の写真撮影で目白のフォーシーズンの館内でこっ恥づかしかったことを思い出します。
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「この時間は太陽光線の具合が今一なのよね。」と言いながら鏡越しに撮ってくれたのがこの写真です。彼は大満足であればもちろん我々も大満足です。
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涼しい博物館を出た後は人っ子1人歩いていない炎天下のアルメニア通りに戻ります。
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「現在と未来アルメニア通りを風刺した作品です。銅や真鍮の貿易の中心から古新聞やペットボトルやアルミ缶などの項目の再資源化のための通りに変わったという事でしょうか?
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建物の前に車が停まっていないとホッとします。ただ天気が良すぎるとアイアンが壁から浮いている分の影が出来るので文字がズレて読みにくいです。
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ヤップ コンシー (叶公司) はアルメニア通りの出口にありました。隣の洋館がミスマッチな感じもしますが、青い空の下では違和感も感じなくなります。
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ちょうど大掃除をしていました。足場を組んで結構大がかりでした。
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見事な透かし彫りの柱と飾り窓です。多分中国本土で造らせたのでしょうね。
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このカリカチュアはトゥアペコンの誕生日を祝うために開催されたグランドフロートの行進を描いているそうです。それが寅年だったので虎を担いだ行列なっていますが、通りがかった英国人のハンターが驚いています。彼の常識では仕留めたトラを吊るすことはあっても担ぐことは無いのでしょう。
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古い理髪店がありました。こんな椅子に座って店の主人に身を委ねてみたい気分になります。
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キャノン通りをアチェモスクの方向に進んでいくと左手に細い路地があります。
この路地を少し入ると右手にチケット売り場があり、魔除けの影壁(照壁)の奥にクーコンシー(邱公司)があります。入場券となるシールを服に貼って入場します。 -
中国福建省からやってきた邱氏一族が建てた中国寺院です。1906年に建設され1950年頃に改装されたそうです。
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公司(コンシー)とは祖先を祀る廟のことで、敷地内は寺院と集会場から構成されています。中国から呼び寄せた職人によって建築されたと言われ、壁の細やかな彫刻や、金銀等多彩な装飾が見事です。
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明や清の時代の宮殿や寺院の屋根には脊獣や走獣と呼ばれる陶器製の動物の形をした飾りが置かれています。それは瓦の一部という印象を受けるものですが民間の建築物になるとこのような派手で鮮やかな色を使った物になるのですね。
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縁起を担いだ吉祥模様のオンパレードです。
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これまで数々の氏族寺院を見てきましたがこの建物は見事なものです。屋根の「剪黏」は割った陶器の破片を使って龍や吉祥動物などを形造る伝統工芸で、福建省が発祥と言われます。華僑の方々に伝わり、シンガポールやマレーシア各地の中国系の方の住む地域の寺院などにも残されています。
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一見お酉様の熊手が林立しているようにも見えます。富も運も根こそぎ持って行かれそうです。夕方5時までの見学時間ですが、夜になってライトアップしたらさぞ綺麗なのだろうなと思います。
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近づいた軒下の装飾や柱も見事な彫刻で埋め尽くされています。
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現在では再現が不可能と言われている石の彫刻に驚かされます。
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大きくて立派な提灯がいくつも飾られています。
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意外なほど平面的な祭壇です。
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奥の先祖を祀る祭壇の彫刻も見事です。
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敦文堂の文字の上に邱氏の文字が見て取れます。西洋と東洋が融合したようなデザインです。
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妻は有料トイレ用に持たせた小銭を貯めてまたアイスを買っています。ちょっと目を離すといつもこんな感じです。
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見学が終わるとシールは不要になります。誰が始めたのかこんな凄いことになっていました。ここの見学は10リンギットとペナンの観光施設としては高い方です。世界中から来た観光客の無言のクレームでしょうか。
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マラッカのトライショーは乗る気がしませんでしたが、ペナン島のものはジョグジャのものに似ていたので乗っても良かったかなと思います。
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「キャノンホール」これは地面に空いた穴に落ちてしまって姿が消えたトライショー漕ぎを乗客が驚いて見ている状況をコミカルに描いています。題材は1867年のペナン暴動から得ていて、暴動の際に使われた大砲で出来た穴なのでしょう
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穴の近くを歩いたら落っこちますよ。
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アチェストリート・モスクのミナレットが通りの先に見えます。
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観光客の姿もありませんが、地元の人の姿もありません。
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何となくキプロス島を旅していた時を思い出します。あそこも同じような島で死ぬほど暑く(乾燥はしていたけど)、観光客の姿がほとんど無い所でした。南北に分断されたニコシアの町の国境ラインの雰囲気があります。
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色違いの同じデザインのバイクはレンタルなのでしょうか。サドルが焼けるので段ボールが被せてあるのは生活の知恵でしょう。
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これはアートなのか、それとも実際に配達に使っている自転車がパレットの上に置かれてあるだけなのでしょうか。手作りのコカ・コーラの箱がどちらか分からない雰囲気を醸しだしています。
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そこのけそこのけと真っ赤なベンツのトラックが走り抜けていきます。マレーシアの国内を走っていると、このタイプのトラックを何度も見ることが出来ます。そんなトラックの色は必ず真っ赤です。
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アーネスト・ザカレビックの作品で2人の姉弟が自転車に2人乗りしている有名な作品です。土曜日のせいなのかたくさんの観光客が写真を撮るために並んでいます。これを見て早朝にもう1度アート巡りをし直そうと思いました。
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お腹も空いてきたので「チャイナハウス」というカフェに入ります。なるべく冷房の効いていそうな席に座ります。
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ショップハウスを利用したおしゃれなギャラリー兼カフェといった雰囲気です。奥まで延々と席が続いていますが、個室になっていたり中庭があったり雰囲気はそれぞれ違っています。 ビーチストリートとビクトリアストリートにはさまれた120メートルにもわたる3棟の歴史的建物が中庭でつながっているそうです。
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驚いたのはこのホールケーキの数ですが、これがどんどん捌けていきます。
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ライムとミントのスムージーを頼んだら、想像と違ってショックを受けている顔です。見た目はほとんど青汁なので罰ゲームのようです。言葉が無くても分かりやすい人です。
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マンゴ・タンゴは正解です。妻は「あたしゃ、なんでペナン島くんだりまで来て罰ゲームをしなきゃなんないんだ…。」とかブツブツ。美味しいとは言えないけど不味くもなかったですが、やっぱりミント味の青汁です。
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注文したのはクリスピーなチキンフライの乗ったパスタです。少しカレー風味で最高に美味しい!
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こちらはナスとひき肉のパスタです。汁気の無い麻婆茄子に水菜が乗っているというのが1番的確な表現でしょう。ちょっと中華系の香辛料が入っていますが、どれも美味しいです。
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パスタが本格的だと思っていたらオーナーは欧米人の方のようでした。テーブルを廻って問題ないかお客さんに声を掛けています。スタッフも大勢いますが、キビキビ動いていて気持の良いお店でした。お店が満員なのもうなずけます。
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2階はギャラリーになっていますが誰もいませんでした。表からの日差しがいい雰囲気を出しています。
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こんなギャラリーで個展が出来たらいいですね。さあ午後の観光に出発しましょう。
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旅行記グループ 2014 シンガポール・マラッカ・ペナン島の旅
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