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マルセイユのランドマーク、ノートルダム大聖堂の紹介です。正式名称は、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院です。尖塔の上の黄金の聖母子像は、海の方向を向いて船乗りたちを見守って いるようです。

2014早春、南フランス等・4ヵ国(28/50):3月1日(3):フランス:マルセイユ、ノートルダム寺院、ビザンティン装飾、船の模型

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2014/02/25 - 2014/03/03

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

マルセイユのランドマーク、ノートルダム大聖堂の紹介です。正式名称は、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院です。尖塔の上の黄金の聖母子像は、海の方向を向いて船乗りたちを見守って いるようです。

  • ビザンティン建築様式とされる、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の室内光景です。ビザンティン建築は、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の勢力下で、4世紀頃に興った建築様式とされます。西ローマ帝国の勢力下のマルセイユにあることは珍しいことかもしれませんが、現在の建物は19世紀の建築です。

    ビザンティン建築様式とされる、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の室内光景です。ビザンティン建築は、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の勢力下で、4世紀頃に興った建築様式とされます。西ローマ帝国の勢力下のマルセイユにあることは珍しいことかもしれませんが、現在の建物は19世紀の建築です。

  • まばゆいばかりの装飾に彩られた室内光景です。ビザンティン文化は、古代ギリシア・ヘレニズム・古代ローマの文化に、キリスト教、ペルシャやイスラムなどの影響を加えた独自の文化とされます。正教会を信仰する諸国および西欧のルネサンスに多大な影響を与え、また一部の建築技術などはイスラム文化と相互に影響し合ったとされます。

    イチオシ

    まばゆいばかりの装飾に彩られた室内光景です。ビザンティン文化は、古代ギリシア・ヘレニズム・古代ローマの文化に、キリスト教、ペルシャやイスラムなどの影響を加えた独自の文化とされます。正教会を信仰する諸国および西欧のルネサンスに多大な影響を与え、また一部の建築技術などはイスラム文化と相互に影響し合ったとされます。

  • 聖母子像のズームアップ光景です。その像の背後に、『AVE GRATIA  PLENA(アヴェ・グラツィア・プレーナ)』の文字がありました。『Ave Maria(アヴェ・マリア)』と同じ意味のラテン語のようです。聖母マリアへの祈祷の言葉です。

    聖母子像のズームアップ光景です。その像の背後に、『AVE GRATIA PLENA(アヴェ・グラツィア・プレーナ)』の文字がありました。『Ave Maria(アヴェ・マリア)』と同じ意味のラテン語のようです。聖母マリアへの祈祷の言葉です。

  • 参考に紹介する、ラテン語のアヴェ・マリアの祈祷文とその口語訳です。<br />Ave Maria, gratia plena,<br />Dominus tecum,<br />    benedicta tu in mulieribus,<br />    et benedictus fructus ventris tui Jesus.<br />    Sancta Maria mater Dei,<br />    ora pro nobis peccatoribus,<br />    nunc, et in hora mortis nostrae.<br />    Amen.<br />(アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、<br />    主はあなたとともにおられます。<br />    あなたは女のうちで祝福され、<br />    ご胎内の御子イエスも祝福されています。<br />    神の母聖マリア、<br />    わたしたち罪びとのために、<br />    今も、死を迎える時も、お祈りください。<br />    アーメン。)<br />

    参考に紹介する、ラテン語のアヴェ・マリアの祈祷文とその口語訳です。
    Ave Maria, gratia plena,
    Dominus tecum,
    benedicta tu in mulieribus,
    et benedictus fructus ventris tui Jesus.
    Sancta Maria mater Dei,
    ora pro nobis peccatoribus,
    nunc, et in hora mortis nostrae.
    Amen.
    (アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、
    主はあなたとともにおられます。
    あなたは女のうちで祝福され、
    ご胎内の御子イエスも祝福されています。
    神の母聖マリア、
    わたしたち罪びとのために、
    今も、死を迎える時も、お祈りください。
    アーメン。)

  • ビザンティン建築を時代区分として表現した場合、ローマ帝国を再統一したコンスタンティヌス大帝が330年に首都をビザンティウムに移転した時から、1453年のオスマン帝国によるローマ帝国滅亡までのほぼ1100年間とされます。

    ビザンティン建築を時代区分として表現した場合、ローマ帝国を再統一したコンスタンティヌス大帝が330年に首都をビザンティウムに移転した時から、1453年のオスマン帝国によるローマ帝国滅亡までのほぼ1100年間とされます。

  • 次は、教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景です。この写真では、絵の内容までは分かりませんが、海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々が、聖母マリアに感謝を示すために奉納したものとされます。

    イチオシ

    次は、教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景です。この写真では、絵の内容までは分かりませんが、海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々が、聖母マリアに感謝を示すために奉納したものとされます。

  • 壁に懸けられた、奉納の絵画の下に表示された細かな説明書きの光景です。

    壁に懸けられた、奉納の絵画の下に表示された細かな説明書きの光景です。

  • 教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景です。ステンドグラスの左右にある輪は、海難救助のための浮き輪のようです。

    教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景です。ステンドグラスの左右にある輪は、海難救助のための浮き輪のようです。

  • 教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景が続きます。海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々の奉納がきっかけかもしれませんが、それ以外のケースで、聖母マリアに感謝を込めて奉納されたものの多いように見受けました。絵のテーマも様々です。

    教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景が続きます。海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々の奉納がきっかけかもしれませんが、それ以外のケースで、聖母マリアに感謝を込めて奉納されたものの多いように見受けました。絵のテーマも様々です。

  • 教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景が続きます。この一角に飾られた絵画も、聖人画、室内画、風景画など様々のようです。

    教会内に飾られた、夥しい奉納の絵画の光景が続きます。この一角に飾られた絵画も、聖人画、室内画、風景画など様々のようです。

  • いくつも目にした祭壇の内の一つです。アーチ部分の天井や柱の上下部分などに精緻な彫刻が施されていました。時間とお金を使った建築であることが見て取れました。

    いくつも目にした祭壇の内の一つです。アーチ部分の天井や柱の上下部分などに精緻な彫刻が施されていました。時間とお金を使った建築であることが見て取れました。

  • 天井から吊り下げられた、白い小型のヨットのような船の模型と、さらにその下にも何本ものマストを持った大型の帆船の模型が吊り下げられていました。

    天井から吊り下げられた、白い小型のヨットのような船の模型と、さらにその下にも何本ものマストを持った大型の帆船の模型が吊り下げられていました。

  • 天井から吊り下げられた、照明器具のような三角錐の器具の光景です。その下には、更に帆船の模型が吊り下げられていました。これらの品は、海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々の奉納のようでした。

    天井から吊り下げられた、照明器具のような三角錐の器具の光景です。その下には、更に帆船の模型が吊り下げられていました。これらの品は、海難事故に遭遇しながらも生きて帰ることのできた人々の奉納のようでした。

  • ビザンティン美術の特徴の一つが、モザイクとされます。この文様は、モザイクで表現された幾何学模様と、デフォルメされた植物がモチーフのようです。

    ビザンティン美術の特徴の一つが、モザイクとされます。この文様は、モザイクで表現された幾何学模様と、デフォルメされた植物がモチーフのようです。

  • 同じく、モザイクで表現された紋章のような装飾文様です。ビザンティン美術の範囲には、東ローマ帝国の美術作品のみならず、その勢力圏にあって強い影響を受けたロシア、ブルガリア、ヴェネツィア、南イタリア、シチリアなどの美術も含まれるようです。

    同じく、モザイクで表現された紋章のような装飾文様です。ビザンティン美術の範囲には、東ローマ帝国の美術作品のみならず、その勢力圏にあって強い影響を受けたロシア、ブルガリア、ヴェネツィア、南イタリア、シチリアなどの美術も含まれるようです。

  • ビザンティン建築様式の特徴を表す天井光景です。これで、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の室内の見学はおしまいです。この後は、もう一度建物の外回りと、丘の上からの周辺の見学です。

    ビザンティン建築様式の特徴を表す天井光景です。これで、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の室内の見学はおしまいです。この後は、もう一度建物の外回りと、丘の上からの周辺の見学です。

  • 最初にも紹介した、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の尖塔光景です。その先頭に黄金の聖母子像がありました。

    最初にも紹介した、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の尖塔光景です。その先頭に黄金の聖母子像がありました。

  • カメラアングルを横にしても、尖塔とその周りの建物光景です。フランス観光公社の公式HPには、年間150万人の観光客と信者が訪れる協会と紹介されていました。

    カメラアングルを横にしても、尖塔とその周りの建物光景です。フランス観光公社の公式HPには、年間150万人の観光客と信者が訪れる協会と紹介されていました。

  • 尖塔正面の石段の光景です。入場して見学した時、この石段を登りました。建物の一部として、バシリカの景観アップに大きな役割を果たしていました。

    尖塔正面の石段の光景です。入場して見学した時、この石段を登りました。建物の一部として、バシリカの景観アップに大きな役割を果たしていました。

  • 尖塔正面に向かって、左端の建物光景です。まるで城塞のような、窓が小さく、守りを固めたような建物部分に見えました。第二次世界大戦時にはドイツ軍に占領され、大きな損害を受けました。

    尖塔正面に向かって、左端の建物光景です。まるで城塞のような、窓が小さく、守りを固めたような建物部分に見えました。第二次世界大戦時にはドイツ軍に占領され、大きな損害を受けました。

  • バシリカ前の広場の片隅に残っていた、古いプレートの光景です。左側のプレートの破片にあるのは、キリストの磔刑図です。左手に釘が打ち込まれる場面です。右の新しいプレートの文字は、『十字架に釘付けされるキリスト』を表しているようです。

    バシリカ前の広場の片隅に残っていた、古いプレートの光景です。左側のプレートの破片にあるのは、キリストの磔刑図です。左手に釘が打ち込まれる場面です。右の新しいプレートの文字は、『十字架に釘付けされるキリスト』を表しているようです。

  • 坂の途中までは観光バスで送って戴きましたが、麓から歩いて登ることもできるようです。その登りの最後の階段付近の光景です。

    坂の途中までは観光バスで送って戴きましたが、麓から歩いて登ることもできるようです。その登りの最後の階段付近の光景です。

  • 木々の間から眺めた、地中海とマルセイユの街並み光景です。駐車場所まで下る途中での撮影です。

    木々の間から眺めた、地中海とマルセイユの街並み光景です。駐車場所まで下る途中での撮影です。

  • 中央上部に見える小島は、イフ島です。この島には、フランソワ1世(1494〜1547年)の命令により、1524年から1531年にかけて要塞が建設され、シャトー・ディフ(イフ城)とも呼ばれています。デュマ(1802〜1870年)の小説、『モンテ・クリスト伯』の舞台としても知られます。

    イチオシ

    中央上部に見える小島は、イフ島です。この島には、フランソワ1世(1494〜1547年)の命令により、1524年から1531年にかけて要塞が建設され、シャトー・ディフ(イフ城)とも呼ばれています。デュマ(1802〜1870年)の小説、『モンテ・クリスト伯』の舞台としても知られます。

  • ズームアップした、岬や島の先端部分の光景です。シャトー・ディフ(イフ城)は、その孤島という立地と、付近の海流から脱獄が困難ですから、政治犯や宗教的犯罪者を収容する牢獄として利用されるようになりました。

    ズームアップした、岬や島の先端部分の光景です。シャトー・ディフ(イフ城)は、その孤島という立地と、付近の海流から脱獄が困難ですから、政治犯や宗教的犯罪者を収容する牢獄として利用されるようになりました。

  • 紺碧の地中海を中央に手前がマルセイユの市街、奥がマルセイユの西北方面の陸地光景になるようです。

    紺碧の地中海を中央に手前がマルセイユの市街、奥がマルセイユの西北方面の陸地光景になるようです。

  • 旧港の北の入口付近にある、サン・ジャン要塞の光景です。12世紀末に建設された要塞です。その後、敷地内にチャペルや塔が建てられました。

    旧港の北の入口付近にある、サン・ジャン要塞の光景です。12世紀末に建設された要塞です。その後、敷地内にチャペルや塔が建てられました。

  • 中央下部に見える寺院は、『マルセイユ大聖堂(Cathedrale de la Major)』です。旧港の北側に位置します。マジョール大聖堂の別名を持つ、司教区の大聖堂です。建設から44年経った、1896年に完成したローマ・カトリック教会です。

    中央下部に見える寺院は、『マルセイユ大聖堂(Cathedrale de la Major)』です。旧港の北側に位置します。マジョール大聖堂の別名を持つ、司教区の大聖堂です。建設から44年経った、1896年に完成したローマ・カトリック教会です。

  • 左上に見えるのは、何度も紹介するイフ島の光景です。

    左上に見えるのは、何度も紹介するイフ島の光景です。

  • これで、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の丘の上からの周りの景色の紹介はおしまいです。マルセイユ攻防の要の高台のように思えました。

    これで、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院の丘の上からの周りの景色の紹介はおしまいです。マルセイユ攻防の要の高台のように思えました。

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