2014/02/25 - 2014/03/03
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旅人のくまさんさん
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フランス最大の港町、マルセイユの早朝散策です。昨日、港町のマルセイユは治安が良くないことを聞いていましたので、最大限の注意を払っての早朝散策でした。
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マルセイユで泊まった『メルキュール・マルセイユ・サントル・ヴュー・ポールホテル』での朝食です。野菜が少ないのは、いつものことです。バイキング方式でした。グラスの飲み物は、白ワインではなく、アップル・ジュースです。
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朝食を戴いたホテルのレストランの紹介です。フランスパンなどが用意されていたコーナーです。
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同じく、朝食をとったホテルのレストランの紹介です。ホテル全体のイメージは、重厚でクラシックな雰囲気ではなく、明るくハイセンスな内装で統一されていました。
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朝食をとったホテルのレストランの紹介が続きます。旅行を通じて、フランスのセンスの良さが窺われたホテルの選択でした。
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レストランの照明も、配置された飾の置物も、計算し尽くされたものを感じました。それを素直に楽しめるセンスの良さがありました。
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チーズやハムが提供されていたコーナーです。ハムは切り分けられていましたが、チーズは、自分の好みの大きさに切り分けられました。
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朝食を終えたところで、マルセイユの町の早朝散策です。十分に明るくなった早朝でしたが、人通りはほとんどありませんでした。まだ泊まったホテル近くの街並み光景です。
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公共施設らしい建物光景です。マルセイユの早朝散策をしながら、マルセイユの歴史を簡単に紹介します。現在のマルセイユは、フランス最大の港湾都市で、プロヴァンスのアルプ・コート・ダジュール地域圏の首府、ブーシュ・デュ・ローヌ県の県庁所在地です。
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マルセイユの人口は約85万人(2012年)、パリに次ぎフランス第二位の都市です。マルセイユの都市名は、古代ギリシャ語のマッサリア、およびそのラテン語訳であるマッシリアに由来します。
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マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシャの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)にその端を発します。このためフランスでは、マルセイユは 『ポカイア人の街』とも呼ばれています。
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マルセイユは交易で栄えましたが、紀元前3世紀から紀元前2世紀にかけてのポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対しました。カエサルの有名な『ガリア戦記』にも、マッシリアへの言及があります。ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前100〜紀元前44年)は、共和政ローマ期の政治家、軍人であり、文筆家です。英語読みのジュリアス・シーザーの名でも有名です。古代ローマの帝政の基礎を築きました。
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少し寄り道をして、ユリウス・カエサルの文筆家としての素晴らしさの紹介です。塩野七海さんの『ローマ人の物語:文庫版43冊)の中でも6冊を割いてカエサルのことが紹介されています。その中身は割愛して、カエサルの歴史に残った名文等の紹介です
①賽は投げられた(ルビコン川渡河)
②来た、見た、勝った(ゼラの戦いの勝利)
③ブルータス、お前もか(最後の言葉) -
マルセイユの歴史に戻ります。紀元前49年からのカエサルとグナエウス・ポンペイウスの間で起った内戦では、ポンペイウスを支持しましたが敗北し、自治都市としての権限を大きく縮小されました。5月4日よりマルセイユ包囲戦は始まりました。10月25日、ヒスパニアで元老院派を下したカエサルがマッシリアへ到着し、マッシリアの降伏を認めたことで、この地区での戦いは終了しました。
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マッシリア包囲戦に参加した兵員数は明らかではありません。トレボニウスはカエサルより3個軍団を任されましたが、塩野七生さんの『ローマ人の物語』の中では、その兵力数を15,000弱としました。軍船数は元老院派のドミティウス軍が率いた当初の17隻とナシディウスの16隻、マッシリアの10隻の計43隻が確認されています。カエサル軍は定かではありませんが、それ以上の船数と推定されています。
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当時のマッシリアは、ガッリア・トランサルピーナ属州におけるギリシャ系住民の拠点でしたが、カエサル軍に敗戦したことで、徐々にローマ化が進んでいきました。
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3世紀頃、マルセイユにもキリスト教がもたらされました。10世紀にはプロヴァンス伯の支配するところとなり、1481年にはフランス王国に併合されました。中世にはあまり振るわなかったようですが、港での交易は18世紀に盛んになりました。
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『ヴェスティージュ庭園』と呼ばれている、紀元前1世紀に遡る古代マルセイユ港の遺跡です。全長23メートルの船が発掘され、現在はマルセイユ歴史博物館に展示されています。
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イチオシ
『ヴェスティージュ庭園』で一休みしていた海鳥さんです。潮来メジロさんに教えて戴いた、『キアシセグロカモメ(黄足背黒鴎)』さんでした。撮影した時には、ユリカモメさんか、ウミネコさん当たりと思っていました。セグロカモメとの見分け方が難しいようです。
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『ヴェスティージュ庭園』の紹介が続きます。1967年、証券取引所建設現場で発見された遺跡です。
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イチオシ
この庭園敷地では、紀元前6世紀以降に古代ギリシャの城塞を構成した要素となる遺跡や、4世紀に古代ローマにより整えられた舗装道路の一部も見学できるようです。
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周りをビルに囲まれた、『ヴェスティージュ庭園』の光景です。証券取引所の建設現場で見つかり、急遽、保存措置が取られたようでした。
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この遺跡庭園は、証券取引所内部に位置する歴史博物館から入場できるようですが、早朝ですから、まだ開いていないようでした。
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これで『ヴェスティージュ庭園』の紹介はおしまいです。下調べしたわけではありませんでしたが、泊まったホテルから新距離で、古代遺跡を見学できたのはラッキーでした。鉄柵に、『マルセイユ歴史博物館』の表示がありました。
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マルセイユの中世以降の歴史紹介の続きです。1720年には大規模なペストの流行があり、10万人程度の死者が発生しましたが、18世紀後半には回復してきました。
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1787年にフランスの王権に対する貴族の反抗に始まった擾乱は、1789年から全社会層を巻き込む本格的なフランス革命となり、政治体制は絶対王政から立憲王政、そして共和制へと移り変わりました。その影響は、マルセイユにとっても例外ではありませんでした。フランス国歌の『ラ・マルセイエーズ』も、この時に生まれました。
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1794年の『テルミドール反動』により、フランス革命は終焉しました。この事件は、1794年7月27日に起きた、フランス革命時におけるジャコバン派内の山岳派独裁の反対派によるクーデターでした。これにより、ロベスピエール(1758〜1794年)とその勢力が舞台を去りました。2万人をギロチン台に送り、恐怖政治を主導した貴族出身のロベスピエールは、史上初めてのテロリストとも、革命家とも呼ばれています。
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ロベスピエールは、サン・キュロットの支持を得て、1793年6月2日、国民公会からジロンド派を追放し権力を掌握すると、公安委員会、保安委員会、革命裁判所などの機関を通して恐怖政治(Terreur:テルール)を断行し、反対派をギロチン台に送りました。テルールは、テロの語源ともなりました。彼自身、『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』と主張しました。
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サン・キュロットは、フランス語で『キュロット(半ズボン)をはかないひと』という意味です。フランス革命の推進力となった社会階層で、主に手工業者、職人、小店主、賃金労働者などの無産市民(固定資産の無い人)を指します。当時のパリでは貧困層に属しました。長ズボンを履く庶民を貴族が馬鹿にして『サン・キュロット』と呼び、これに対し、労働者は不公平な身分制度に反対する意味をこめて、逆に自分たちの誇りを込めてこう呼ぶようになりました。
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フランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を樹立したのが『ナポレオン・ボナパルト(1769〜 1821年)』です。ナポレオン1世(在位::1804〜1814年、1815年)として、フランス第一帝政の皇帝にも即位しました。戦勝と婚姻政策によって、イギリス、ロシアとオスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置きました。
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イチオシ
建物の間から見えていた尖塔を持った教会らしい建物の光景です。朝日を受けてオレンジ色に輝いていました。そろそろ、泊まったホテルに戻ることにしました。
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