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バクタプルの街に残る、マッラ王国時代の歴史的建造物紹介の続きです。マッラ王朝時代の建築技術は、チベットを通じて、遠く日本へも影響を及ぼしたとされます。(ウィキペディア、日本外務省・ネパール)

2014新春、ネパール旅行記(7/42):1月22日(6):バクタプル、トゥマディ広場、ニャタポラ寺院、バイラヴナート寺院

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2014/01/21 - 2014/01/28

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

バクタプルの街に残る、マッラ王国時代の歴史的建造物紹介の続きです。マッラ王朝時代の建築技術は、チベットを通じて、遠く日本へも影響を及ぼしたとされます。(ウィキペディア、日本外務省・ネパール)

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  • バクタプルの旧王朝広場、ダンバール広場の建物光景です。1934年の大地震で大被害を受けたとされます。多くの寺院は、その時の被害で姿が見られなくなったようです。ストゥーパのような建物光景です。(同上)

    バクタプルの旧王朝広場、ダンバール広場の建物光景です。1934年の大地震で大被害を受けたとされます。多くの寺院は、その時の被害で姿が見られなくなったようです。ストゥーパのような建物光景です。(同上)

  • この後紹介する五重塔のニャタポラ寺院を始め、多くの名建築物がある中で、この建物は名前が分かりませんでした。日本の寺院建築ですと、多宝塔と呼ばれている建物を連想します。(同上)

    この後紹介する五重塔のニャタポラ寺院を始め、多くの名建築物がある中で、この建物は名前が分かりませんでした。日本の寺院建築ですと、多宝塔と呼ばれている建物を連想します。(同上)

  • 18世紀初頭の1702年に建てられたニャタポラ寺院です。5層の屋根があり、高さは30メートルほどです。カトマンズ盆地の寺院の中では、最も高い建物とされます。『ニャタポラ』とは、『五十の屋根』の意味のようです。日本の寺院建築とも重なる光景です。右手前は、ニャタポラ寺院の四方にあるガネーシュ祠堂の1つです。(同上)

    18世紀初頭の1702年に建てられたニャタポラ寺院です。5層の屋根があり、高さは30メートルほどです。カトマンズ盆地の寺院の中では、最も高い建物とされます。『ニャタポラ』とは、『五十の屋根』の意味のようです。日本の寺院建築とも重なる光景です。右手前は、ニャタポラ寺院の四方にあるガネーシュ祠堂の1つです。(同上)

  • 同じく、真下から見上げたニャタポラ寺院の建物光景です。トゥマディ広場に建っています。この後、石段を登って、上からも見学しました。1930年代の地震の際にも軽微な被害で済み、改めて建築技術の高さが実証された建物とされます。(同上)

    イチオシ

    同じく、真下から見上げたニャタポラ寺院の建物光景です。トゥマディ広場に建っています。この後、石段を登って、上からも見学しました。1930年代の地震の際にも軽微な被害で済み、改めて建築技術の高さが実証された建物とされます。(同上)

  • 正面から眺めた、ニャタポラ寺院の光景です。石段の両側には、下から上に戦士、象、獅子、グリフィン、女神の石像が守護神として一対ずつ置かれています。それぞれ下のものより10倍の力を持つとされています。(同上)

    イチオシ

    正面から眺めた、ニャタポラ寺院の光景です。石段の両側には、下から上に戦士、象、獅子、グリフィン、女神の石像が守護神として一対ずつ置かれています。それぞれ下のものより10倍の力を持つとされています。(同上)

  • 石段に向かって左手の石像のアップ光景です。一番下が少し人のよさそうな戦士、その上が戦士の10倍の力を持つ象、更にその上が戦士の百倍の力を持つ獅子像です。(同上)

    石段に向かって左手の石像のアップ光景です。一番下が少し人のよさそうな戦士、その上が戦士の10倍の力を持つ象、更にその上が戦士の百倍の力を持つ獅子像です。(同上)

  • 石段に向かって右手の石像のアップ光景です。こちらも下から順に戦士、象と獅子像までは見えますが、その上のグリフィンと女神像は隠れて見えません。左手の列の最上部には、少し怖い顔をした女神像が見えています。伝説の戦士の名前は、ジャヤ・マッラとパッタ・マッラです。(同上)

    石段に向かって右手の石像のアップ光景です。こちらも下から順に戦士、象と獅子像までは見えますが、その上のグリフィンと女神像は隠れて見えません。左手の列の最上部には、少し怖い顔をした女神像が見えています。伝説の戦士の名前は、ジャヤ・マッラとパッタ・マッラです。(同上)

  • ニャタポラ寺院の横で作業をしていた人達です。大きな木を削っていましたが、マッラ王国時代からのネワール建築の伝統技能を受け継ぐ人達かもしれません。日本でいえば宮大工さんです。(同上)

    ニャタポラ寺院の横で作業をしていた人達です。大きな木を削っていましたが、マッラ王国時代からのネワール建築の伝統技能を受け継ぐ人達かもしれません。日本でいえば宮大工さんです。(同上)

  • トゥマディ広場の周りの建物光景です。1回はすべてお土産屋さんですが、由緒ありそうなレンガ造りの建物です。(同上)

    トゥマディ広場の周りの建物光景です。1回はすべてお土産屋さんですが、由緒ありそうなレンガ造りの建物です。(同上)

  • 堂々とした三層構造の屋根を持つ、バイラヴナート寺院の建物です。シヴァ神の最も恐ろしい姿のバイラヴ神が祀られています。参拝客が多い寺院とされます。1934年の地震で大きな被害を受け、再建された建物です。もともとは1層だった建物が3層に改装されました。(同上)

    堂々とした三層構造の屋根を持つ、バイラヴナート寺院の建物です。シヴァ神の最も恐ろしい姿のバイラヴ神が祀られています。参拝客が多い寺院とされます。1934年の地震で大きな被害を受け、再建された建物です。もともとは1層だった建物が3層に改装されました。(同上)

  • ここからは、ニャタポラ寺院の石段を登って、上から眺めたトゥマディ広場とその周りの光景です。この建物より高い建物はありませんから、四囲が見渡せました。遠くに山並が見えました。(同上)

    イチオシ

    ここからは、ニャタポラ寺院の石段を登って、上から眺めたトゥマディ広場とその周りの光景です。この建物より高い建物はありませんから、四囲が見渡せました。遠くに山並が見えました。(同上)

  • トゥマディ広場からは少し外れた場所の光景です。建物も、王宮や、寺院とは違った造りに見えました。(同上)

    トゥマディ広場からは少し外れた場所の光景です。建物も、王宮や、寺院とは違った造りに見えました。(同上)

  • 反時計回りに撮影しました。古い建物の中に新しい建物光景がありましたが、少し違和感がありました。(同上)

    反時計回りに撮影しました。古い建物の中に新しい建物光景がありましたが、少し違和感がありました。(同上)

  • 中央奥に見える建物には、『パゴダ・ゲスト・ハウス』と『ルーフ・トップ・カフェー・レストラン』の文字がありました。左手奥にも同じ看板がありましたから、左手の建物がレストラン、その庭がカフェーのようです。(同上)

    中央奥に見える建物には、『パゴダ・ゲスト・ハウス』と『ルーフ・トップ・カフェー・レストラン』の文字がありました。左手奥にも同じ看板がありましたから、左手の建物がレストラン、その庭がカフェーのようです。(同上)

  • 一部が4階建てになった建物光景です。その1階がお土産店などでした。中央には、両替店の看板が見えました。(同上)

    一部が4階建てになった建物光景です。その1階がお土産店などでした。中央には、両替店の看板が見えました。(同上)

  • 一回りして、トゥマディ広場が見える方角に戻ってきました。写真には収めることができませんでしたが、この広場に隣接してクマリの館、ナラヤン寺院、マハーデヴ寺院などがあるようです。(同上)

    一回りして、トゥマディ広場が見える方角に戻ってきました。写真には収めることができませんでしたが、この広場に隣接してクマリの館、ナラヤン寺院、マハーデヴ寺院などがあるようです。(同上)

  • この建物稼働は、断定はできませんが、ダンバール広場でお参りしてきた人たちが休憩するダルマシャーラと呼ばれる建物かもしれません。トゥマディ広場の南東に位置するL字型の建物とされます。(同上)

    この建物稼働は、断定はできませんが、ダンバール広場でお参りしてきた人たちが休憩するダルマシャーラと呼ばれる建物かもしれません。トゥマディ広場の南東に位置するL字型の建物とされます。(同上)

  • 石段を上ったニャタポラ寺院の周りの彫刻の紹介です。ヒンドゥ教にまつわる神々や、動物の姿がレリーフに刻まれていました。(同上)

    石段を上ったニャタポラ寺院の周りの彫刻の紹介です。ヒンドゥ教にまつわる神々や、動物の姿がレリーフに刻まれていました。(同上)

  • ニャタポラ寺院の上から、一回り付近を撮影して、再びトゥマディ広場に降りてきました。ニャタポラ寺院より高い建物がありませんでしたから、見晴らしは抜群でした。(同上)

    ニャタポラ寺院の上から、一回り付近を撮影して、再びトゥマディ広場に降りてきました。ニャタポラ寺院より高い建物がありませんでしたから、見晴らしは抜群でした。(同上)

  • バイラヴナート寺院の屋根を見上げての撮影です。これでバクタプルのトゥマディ広場とはお別れです。(同上)

    バイラヴナート寺院の屋根を見上げての撮影です。これでバクタプルのトゥマディ広場とはお別れです。(同上)

  • ここからは、曼荼羅図、文殊菩薩、観音菩薩などの模写と販売を行っていたお店の紹介です。曼荼羅図などを模写する画学生さん達です。プロや、師範クラス、画学生などの作品レベルに応じて値段が付いているようです。(同上)

    ここからは、曼荼羅図、文殊菩薩、観音菩薩などの模写と販売を行っていたお店の紹介です。曼荼羅図などを模写する画学生さん達です。プロや、師範クラス、画学生などの作品レベルに応じて値段が付いているようです。(同上)

  • 緑色の神像が描かれた作品です。黄金色をした背景には、おびただしい仏像が描かれていました。ヒンドウ教の信者は世界で約9億人、その内の8・3億人ほどがインドです。人口比では、キリスト教、イスラム教に次ぐ世界で三位の宗教です。緑色の神様は、緑ターラー菩薩と呼ばれているようです。(同上)

    緑色の神像が描かれた作品です。黄金色をした背景には、おびただしい仏像が描かれていました。ヒンドウ教の信者は世界で約9億人、その内の8・3億人ほどがインドです。人口比では、キリスト教、イスラム教に次ぐ世界で三位の宗教です。緑色の神様は、緑ターラー菩薩と呼ばれているようです。(同上)

  • こちらは曼荼羅図です。現地ガイドさんにお聞きした話ですが、チベットは曼荼羅図や仏像の製作では世界トップとの話でした。曼荼羅は、密教を主とする仏教において、聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表したものです。古代インドを期限とし、中国、朝鮮、日本などへも広がりました。日本でも曼荼羅を主題とする、国宝や重要文化財の絵画、工芸品などが数多くあります。(同上)

    こちらは曼荼羅図です。現地ガイドさんにお聞きした話ですが、チベットは曼荼羅図や仏像の製作では世界トップとの話でした。曼荼羅は、密教を主とする仏教において、聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表したものです。古代インドを期限とし、中国、朝鮮、日本などへも広がりました。日本でも曼荼羅を主題とする、国宝や重要文化財の絵画、工芸品などが数多くあります。(同上)

  • 製作を完了した曼荼羅図などです。展示販売されていました。日本に伝わった密教では、曼荼羅の分類を次の4つの形態に区分しています。(同上)<br />①大曼荼羅<br />②三昧曼荼羅<br />③法曼荼羅<br />④羯磨曼荼羅<br />更に、曼荼羅は両界曼荼羅をはじめ内容によっても7つに分類されています。<br />

    製作を完了した曼荼羅図などです。展示販売されていました。日本に伝わった密教では、曼荼羅の分類を次の4つの形態に区分しています。(同上)
    ①大曼荼羅
    ②三昧曼荼羅
    ③法曼荼羅
    ④羯磨曼荼羅
    更に、曼荼羅は両界曼荼羅をはじめ内容によっても7つに分類されています。

  • バクタプルの旧王宮広場などの見学を終え、迎えのバスが止まる場所まで移動する途中での旧市街光景です。町全体が世界文化遺産に指定されていますから、この区域も世界文化遺産のエリア内のようです。(同上)

    バクタプルの旧王宮広場などの見学を終え、迎えのバスが止まる場所まで移動する途中での旧市街光景です。町全体が世界文化遺産に指定されていますから、この区域も世界文化遺産のエリア内のようです。(同上)

  • 今回の旅行で見学したのは1979年に『カトマンズ盆地』として世界文化遺産に指定された、カトマンズ市、パタン市とバクタプル市です。マッラ王朝の統治時代の15世紀、カトマンズ、パタン、バクタブルにそれぞれ王子を配置し、各都市は競って宮殿や寺院を建立しました。このため、皮切りのバクタプルをはじめ、ほかの2か所にも共通した建物が多くありました。(同上)

    今回の旅行で見学したのは1979年に『カトマンズ盆地』として世界文化遺産に指定された、カトマンズ市、パタン市とバクタプル市です。マッラ王朝の統治時代の15世紀、カトマンズ、パタン、バクタブルにそれぞれ王子を配置し、各都市は競って宮殿や寺院を建立しました。このため、皮切りのバクタプルをはじめ、ほかの2か所にも共通した建物が多くありました。(同上)

  • 現在、カトマンズ盆地は『文化遺産』として指定されていますが、当初ネパール政府は、景観を含めた『複合遺産』として世界遺産登録を申請していました。このため、急激な都市化で2003?2007年の間は危機遺産に指定された経緯を持ちます。(同上)

    現在、カトマンズ盆地は『文化遺産』として指定されていますが、当初ネパール政府は、景観を含めた『複合遺産』として世界遺産登録を申請していました。このため、急激な都市化で2003?2007年の間は危機遺産に指定された経緯を持ちます。(同上)

  • おそらく、世界遺産に登録されたことで都市化が進んだのでしょう、今回の旅行では大気、水質、ゴミ放棄など、かなり深刻な様子を目にし、実感もしました。(同上)

    おそらく、世界遺産に登録されたことで都市化が進んだのでしょう、今回の旅行では大気、水質、ゴミ放棄など、かなり深刻な様子を目にし、実感もしました。(同上)

  • ヒマラヤをイメージした三角形の旗を2つ重ねたデザインのネパール国旗です。世界で唯一矩形ではない国旗とされます。真紅は、ネパールの国花であるシャクナゲの色、縁取りの青は平和を意味します。上の文様が月、下が太陽です。(同上)

    ヒマラヤをイメージした三角形の旗を2つ重ねたデザインのネパール国旗です。世界で唯一矩形ではない国旗とされます。真紅は、ネパールの国花であるシャクナゲの色、縁取りの青は平和を意味します。上の文様が月、下が太陽です。(同上)

  • 既に乾季に入っているためかもしれませんが、土埃にはかなり閉口しました。バクタプルはまだしも、特に大都市になったカトマンズは深刻でした。(同上)

    既に乾季に入っているためかもしれませんが、土埃にはかなり閉口しました。バクタプルはまだしも、特に大都市になったカトマンズは深刻でした。(同上)

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