2012/04/14 - 2012/04/18
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旅人のくまさんさん
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13世紀、日本の鎌倉時代に渡来した大覚禅師所縁の朝陽禅寺の紹介です。長陽禅寺の由来にも、1256年に大覚禅師が、布教のため日本に渡ったことが記されていました。(ウィキペディア、JTB・中国)
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無錫にある朝陽禅寺は、唐時代(618~907年)の末ごろに建てられた仏教寺院で、当時は中国全土で十大寺院の一つに数えられていたようです。(同上)
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朝陽禅寺の入口近くで販売されていたお菓子類です。地元で採れる素材が使われているようでした。緑色は、日本のお菓子類ではヨモギ(蓬)を連想します。(同上)
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『大麦餅・10元』の値札がありました。謳い文句は、『与験的不同味道!』らしい文字でした。経験したことがない美味しい味といったところでしょうか、煎餅風でした。(同上)
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アヒル(家鴨)の卵のようです。6個で10元の値段でした。生卵ではなく、味付けで茹でたもののようでした。(同上)
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山盛りになった木屑のような光景です。木屑ではなく、サトウキビ(砂糖黍)の外皮でした。この後、サトウキビの皮むき作業の写真も紹介します。(同上)
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イチオシ
こちらが収穫されたばかりのようなサトウキビ(砂糖黍)です。緑と茶色の外皮の二種類のサトウキビのようでした。(同上)
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サトウキビ(砂糖黍)の現地加工の光景です。外皮を取り去った後、適当な長崎切り揃えていました。これは生のまま齧るようですが、ジュースにも出来るようです。(同上)
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三層の屋根を持った、線香立のような置物です。実際に使われているのは、最下段だけかもしれません。(同上)
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ブロンズ製ではなく、鉄製のようだった三層の線香立のズームアップ光景です。龍の飾りがありました。(同上)
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名前:『クサイチゴ(草苺)』(推定
分類:バラ科キイチゴ属
分布:日本にも広く分布します。食べられる野苺です。
その他:ノイチゴ(野苺)の一種です。まだ実は生っていませんでした。(同上) -
イチオシ
朝陽禅寺の四天王像の紹介です。琵琶を手にした『持国天(じこくてん)』になるようです。『東勝身洲(とうしょうしんしゅう)』と呼ばれる、『須弥山(しゅみせん)』の東を守ります。四天王は、それぞれ須弥山の中腹に住まい、その麓の世界を監視し、仏様をお守りすると考えられています。(同上)
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四天王の覚え方では、よく持国天、増長天、広目天、多聞天の頭文字をとって『持増広多(じぞうこうた=地蔵買うた)』という語呂合わせがあります。その順で紹介します。二番目の『増長天(ぞうじょうてん)』は、『南贍部洲(なんせんぶしゅう)』と呼ばれる南側を守ります。増長天はインドの神様『ヴィルーダカ(増大した、成長したもの)』の意味から漢訳された呼び名とされます。(同上)
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四天王の紹介の三番目は、『広目天(こうもくてん)』です。西の方角を守る広目天は、須弥山の西部に住むといわれます。仏像は甲冑を身に着けて、手には絵巻と筆を持つのが特徴です。悪人を罰して仏教の教えへと導く役割があることから、足で邪鬼を踏みつける姿の像がよく見られます。(同上)
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四天王の紹介の最後は、『多目天(たもんてん)』です。四天王としては北の方角を守り、須弥山の北部に住むといわれる神様です。単独のときは「毘沙門天」と呼ばれて祀られ、七福神の一柱としても知られています。仏像は甲冑を身に着けた武将の姿で、足で邪鬼を踏みつけているのが特徴です。手には宝塔を持ち、険しい憤怒の表情をしています。多目天と広目天は、像が入れ替わったかも知れませんが、確実な確認方法が分かりませんでした。(同上)
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『陽山朝陽禅寺歴史(一):翠微寺』のタイトルがあった説明パネルです。陽山朝陽禅寺の立地位置の説明から始まり、陽山朝陽禅寺の略史が説明されていました。(同上)
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『陽山朝陽禅寺歴史(二):大覚禅師』のタイトルがあった説明パネルです。13歳の時、成都の大慈寺で剃髪し、その後、無錫安陽山(陽山)翠微寺で受戒、高僧の仁覚(1160~1237年)に師事しています。33歳の時に日本に渡り、建長寺を創建しました。日本に住むこと33年、1287年7月24日に日本で亡くなりました。中国と日本で半々を過ごした、66年でした。(同上)
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『陽山朝陽禅寺歴史(三):長陽禅寺』のタイトルがあった説明パネルです。恵山区陽山鎮陽山東側に位置する朝陽禅寺は、二十余間の凹形の楼宇を持っていたようですが、1960年代に壊されました。その後、1999年に再建のための募金活動が開始され、日本の建長興国禅寺などの協力もあって、2001年に長陽禅寺の落成が行われたことなどが紹介されていました。(同上)
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『陽山朝陽禅寺歴史(四):朝陽洞』のタイトルがあった説明パネルです。海抜83メートルにある陽山の有名な洞窟の紹介です。入口幅11メートル、深さ(奥行)が17メートルです。飲み水が湧き、洞内には『大覚禅師供養塔』があります。(同上)
(追記) 『大覚禅師供養塔』は、地元の無錫陽山鎮政府と、日本の建長寺の協力で建てられたものです。 -
『陽山朝陽禅寺歴史(五):安陽山』のタイトルがあった説明パネルです。写真の右後ろに霞んで見えているのが、主峰の標高が187.1メートルとされる『安陽山』です。日本の富士山になぞらえて、『小富士山』の呼び名も持つようです。火山型の山であることも似ています。(同上)
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龍の飾りがあったアーチの先に見えていた金銅仏の座像です。禅寺ですから、まずは『達磨大師』の検索です。『達磨大師(だるまだいし)』は、『菩提達磨(ぼだいだるま)』とも呼ばれる、中国禅宗の開祖とされるインド人仏教僧です。『ダルマ』は、サンスクリット語で『法』を表す言葉とされます。南天竺国に生まれ、中国で没しました。達磨が面壁九年の座禅によって手足が腐ってしまったという伝説が起こり、玩具としてのだるまができました。(同上)
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金銅仏座像の矩形です。推測ですが、『陽山朝陽禅寺』の御本尊かも知れません。施無畏印と与願印のような印相でした。両脇に脇侍を従えていました。(同上)
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立派な冠を被った金銅仏の光景です。赤色を基調にした華やかな衣装でした。赤い棒の先に尖った金属が付いた道具は、『金剛杵(こんごうしょ)』でも『宝棒(ほうぼう)』でもないようです。他にも『羂索(けんじゃく)』、『錫杖(しゃくじょう)』、『宝戟(ほうげき)』等の持ち物があるようです。インドの武器が由来の物が多いようです。(同上)
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脇に『南無阿弥陀仏』の文字が記された、近代的な造りのお堂の入口光景です。『南無』は、『帰依します』の意味で、『阿弥陀仏』は、『阿弥陀如来(あみだにょらい)とも呼ばれます。大乗仏教の如来の一尊です。(同上)
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『阿弥陀如来』の座像姿のようです。右手の印相が指を丸めた『来迎印』、あるいは、『思惟印』かも知れません。左手の上には、薬師如来などが持つ薬瓶のようなものがありました。(同上)
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広くて長い、朝陽禅寺の石段の光景です。お寺の例祭の時には、大勢の参拝kyカウが訪れていることを思わせる石段でした。朝陽禅寺は、日本の建長寺は、大覚禅師所縁のお寺で、今も往来があるようです。朝陽禅寺の復興には、建長寺もお手伝いしたことが紹介されていました。(同上)
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名前:『ハナズオウ(花蘇芳)』
分類:マメ科ジャケツイバラ亜科ハナズオウ属
分布:中国原産。
その他:花は紅色から赤紫、白花品種もあります。(同上) -
名前:『ハナズオウ(花蘇芳)』
分類:マメ科ジャケツイバラ亜科ハナズオウ属
分布:中国原産。
その他:日本でも庭木としてよく鎖倍されています。(同上) -
名前:『ハナズオウ(花蘇芳)』
分類:マメ科ジャケツイバラ亜科ハナズオウ属
分布:中国原産。
その他:白色品種のハナズオウのようです。(同上) -
名前:『キリ(桐)』
分類:キリ科 キリ属
分布:中国、日本、韓国に自生しますが、原産地は不明とされます。
その他:ちょうど花が見頃の時期でした。空が晴れてきますと、もっと見栄えがしましたが、残念でした。(同上) -
イチオシ
振り返って眺めた石段の光景です。中々風情があった朝陽禅寺の参道光景です。石段も、程よく年代を経ていました。春霞と、新緑の中の参道光景です。ゆったりとした踊り場が造られ、地形に沿った造りの石段でした。(同上)
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