2012/12/14 - 2012/12/19
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旅人のくまさんさん
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マレーシアの首都、クアラルンプールの市内見学です。国家記念碑を見学しました。ブロンズ製の兵士像は、ワシントンにある海兵隊戦争記念碑の作者ウェルドンの作とされます。第1次大戦に始まる、三つの大きな戦争の期間を刻んだモニュメントもあります。(ウィキペディア、るるぶ・マレーシア)
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逆光での撮影になりますが、イギリス統治時代の慰霊碑の光景です。このモニュメントには、1914~1918(第1次世界大戦)、1939~1945(第2次世界大戦)、1948~1960(マレーシア独立戦争)の三つの戦いの期間が記されています。(同上)
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慰霊碑の脇から眺めた、ドーム屋根の光景です。この付近の広場や丘には名前が付いていないようでしたから、便宜上『独立記念碑の丘』と呼んでおくことにします。(同上)
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名前:『ハイビスカス』
分類:アオイ科フヨウ属
分布:ハワイ諸島、モーリシャス島原産。
その他:ハイビスカスは、赤や黄色、白、ピンク、オレンジ色など原色の鮮やかな花色が魅力の熱帯花木です。『独立記念碑の丘』で咲いていた赤い花です。(同上) -
『独立記念碑の丘』に建つ、イスラム建築を思わせるネギの頭のような飾りが載った円形の屋根の光景です。真夏にこの場所を見学した日本人観光客の皆さんのブログには、『コンクリートの照り返しで暑い』との書き込みで一杯でした。(同上)
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直近からズームアップした、ネギ頭と、吹き抜け構造の建物の光景です。前回の旅行は、2007年の9月20日で、秋に入っていましたので、それほど暑いとは感じなかった記憶です。(同上)
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振り返って眺めた、『独立記念碑の丘』の『慰霊塔』の光景です。前回旅行の時に碑文をズームアップで紹介しましたが、先に紹介した三つの戦いの期間などが記されていました。(同上)
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『サラワク州』の州章です。ボルネオ島にあるマレーシア領の西側3分の2を占めます。州都はクチンです。マレーシア国内において高度な自治権を有していて、州外との行き来には入境管理が行われ、マレーシア国民であってもMyKadと呼ばれる身分証明書が必要となります。1963年、サバ州やシンガポールとともにマラヤ連邦と統合してマレーシアを結成しました。マレーシアの国土の37.5%を占めます。(同上)
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『クランタン州』の州章です。マレーシア東海岸の北部に位置し、南部はパハン州です。南東部はトレンガヌ州、西部はペラ州、北部・北西部はタイ王国(ナラーティワート県)と接します。州都は、コタ・バルです。(同上)
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『トレンガヌ州』の州章です。マレー半島東海岸の北部に位置し、西をクランタン州、南をパハン州に隣接します。東岸は南シナ海に面しています。レダン島、プルフンティアン島、カパス島もこの州の一部です。15世紀に明の鄭和が寄航した「丁機宜」もここと比定されています。スルタンが治めている立憲君主制をとります。州都はクアラ・トレンガヌです。(同上)
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『バハン州』の州章です。マレー半島部における最大の州です。人口はおよそ129万人です。州都はクアンタンです。州の大半を熱帯雨林に覆われていて、マレーシアで最も有名な国立公園・タマンネガラのジャングルは1億3000万年前から形成され、無数の動植物が棲息しています。観光はマレーシアの主要産業の一つで、パハンではゲンティン・ハイランドやフレイザーズ・ヒル、キャメロン・ハイランドといった高原リゾートとチェラティンやテロッ・チェンペダのようなマリンリゾートの両方が存在します。(同上)
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『ジョホール州』の州章です。マレーシアの半島部最南部に位置する州で、州都はジョホール・バルです。州全体の面積は約2万平方キロ、人口は約280万人です。ジョホール海峡を挟んだ隣国シンガポールとはジョホール・シンガポール・コーズウェイで結ばれていますが、交通渋滞が激しいため、ジョホール・バル郡西部のタンジュン・クパンからもシンガポール西部と結ぶ橋(マレーシア・シンガポール・セカンドリンク)が1998年に完成しました。マレーシアの州のなかで唯一、独自の軍隊を持つ州です。かつて、ジョホール王国がありました。(同上)
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『ムラカ(マラッカ)州』の州章です。マレー半島西海岸南部に位置し、州都はムラカ(マラッカ)です。飛び地を一つ有していて、隣のヌグリ・スンビラン州のポート・ディクソンの南にあるタンジュン・トゥアン岬は、ムラカ州の飛び地となっています。面積: 約1,650平方キロ(マレーシアではプルリス州、ペナン州に次いで狭い面積の州)で、人口は 約74万人です。ムラカ州の住民の大半はマレー人(約61%)や華人(約26%)ですが、ポルトガル人とマレー人の混血の子孫がいて、彼らは今でもポルトガル語の方言を話し、カトリック信仰を持ちます。また、中華系(ババ、ニョニャ)、インド系(ママッおよびチッティ)も独自の民族を構成しています。かつて、マラッカ王国がありました。(同上)
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イチオシ
『マレーシア国章』です。1948年にマラヤ連邦のために制定された国章を基にしています。子の国章は、盾(エスカッシャン)、盾を支える2頭のトラ(サポーター)、盾の上にある黄色い三日月と14個の頂点のある星(クレスト)、下のバナー(モットー)の各部分に分かれ、それぞれにマレーシアを構成する諸州を表す意味があリます。イギリス統治下で定められた植民地の紋章が基となっているため、西洋の紋章学的記述による部分が多いとされます。(同上)
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『ヌグリ・スンビラン州』の州章です。首都クアラルンプールの南側に位置し、一部をマラッカ海峡に面します。人口はおよそ88万人です。マレー語で『九つの州』という意味です。事実、かつてはマレー人の首長が支配する九つの独立した地域により構成されていました。州都はスレンバン、州の港町であるポート・ディクソンは、クアラルンプールやシンガポールからの観光地として人気があります。(同上)
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『スランゴール州』の州章です。首都クアラルンプールを取り囲んでいる州です。金融・サービス業が発達したクアラルンプールに対し、第二次産業を中心とした経済活動が盛んな地域です。日系企業も商工業を問わず多く進出しています。こうした背景から、マレーシア国内第1位の自動車メーカーであるプロトンや、同じく第2位の自動車メーカーのダイハツ工業との合弁会社であるプロドゥアも本社を構えています。首都郊外という立地の良さと、実体経済に支えられた分厚い中流層が多く存在するため、小売業も好調です。例えば、イオン系列のショッピングモールとしては東南アジア最大にして世界第3位の規模を誇るイオンブキティンギショッピングセンターもスランゴール州に位置しています。通称、ブルーモスクを中心とした観光業も盛んです。(同上)
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『ペラ州』の州章です。マレーシア西海岸の北部に位置し、北部はケダ州、タイ(ヤラー県、ナラーティワート県)、南部はセランゴール州、東部はパハン州、クランタン州と接します。州都イポーは、もともとスズ鉱山で発達した都市のため、人口の約75パーセント以上を中国系が占めます。中国系の広東人と客家人が多いため共通語は広東語(広府話)になっています。スズ生産量が激減する一方で、工業化に成功したとされるマレーシアにあって、産業構造の変化によりペラ州の国内での相対的地位は低下し、州のGDPは13州中8番目となっています。(同上)
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『ペナン州」の州章です。人口は177万人で人口密度が高く、クアラルンプールに次ぐ規模の都市圏を形成しています。南北24キロ、東西15キロのペナン島、対岸のマレー半島部分のスブランプライから構成されます。両地域は長大橋ペナンブリッジで結ばれています。ペナン州は元々ケダ王国(現ケダ州)の土地でしたが、イギリスにだまし取られてしまった歴史があり、独自の王(スルタン)を持ちません。このためマレーシア国王が州首相と協議して任命する任期4年の知事(ガバナー)が置かれます。知事は儀礼的存在であり、州政府の長は州議会の多数会派(与党)から選ばれる州首相です。(同上)
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『ケダ州』の州章です。半島部マレーシアの北部西岸に位置しています。州の北側にはプルリス州があり、北東にタイ南端(ヤラー県、ソンクラー県)と国境を接し、南側にはペナン州とペラ州と接しています。州都はアロー・スターです。水田が一面に広がり、国内有数の穀倉地帯です。初代首相のラーマンやマハティール首相の出身地としても知られます。ケダ州の面積は 9,428 平方キロで、稲作に適する平野部がそのほとんどを占めています。(同上)
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『プルリス州』の州章です。マレーシア最北端に位置し、北側はタイ(サトゥーン県、ソンクラー県)と国境を接し、南側はケダ州と接します、最も小さな州で、人口はおよそ20万人です。州都はカンガーで、ほかにクアラ・プルリスやパダン・ブサールなどの都市があります。稲作農業のほかに、めだった産業はないとされます。(同上)
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マレーシア独立戦争のモニュメントの国家記念碑は、レイクガーデン北端近くのなだらかな丘の上にあります。マレーシアの独立戦争に命を捧げた兵士たちの功績を称えるため造られた7人の兵士の像です。この像は、アメリカの首都ワシントンにある海兵隊の戦争記念碑の作者、アメリカ人彫刻家の『フェリックス・デ・ウェルドン(1907~2002年)』による作品で、高さ約15メートルの立体ブロンズ像です。オーストリア出身の彫刻家です。この像の一番上の人は勝利、左右の銃を構えた人は防御、真ん中の二人は介抱、下の倒れた二人は倒した敵を表しているようです。(同上)
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イチオシ
この国家記念碑は、第一次世界大戦(1914~1918年)、第二次世界大戦(1939~1945年)、マラヤ危機(1948~1960年)で亡くなった人を追悼するために1963~1966年に製作されました。ブロンズ像の台座に書かれた言葉は、『自由と平和のために勇敢な兵士達に捧ぐ(Dedicated to the heroic fighters in the cause of peace and freedom)』と、『彼らにアッラーの祝福あれ(May the blessing of Allah be upon them)』、とされます(世界トリップ)。(同上)
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横からズームアップした独立戦争のモニュメントの光景です。彫刻家のウェルドンは、アメリカ・バージニア州アーリントン墓地の近くにある海兵隊戦争記念碑(US Marine Corps War Memorial、通称:硫黄島記念碑)などを製作したことで知られています。夜にはライトアップもされます。天気がよければ記念碑のある丘から国会議事堂やペトロナスツインタワー、KLタワーなど市街地も一望できるようです。(同上)
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噴水の周りの蓮のオブジェの光景です。なんと金属製でした。オブジェであることを分かり易くしたのでしょうか、葉も花も同じ色でした。(同上)
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マレーシア独立戦争のモニュメントン周りの噴水の光景です。一斉に水柱が上がっていました。青い水面から噴き出した、白い水柱の光景です。背後の樹木も水柱の引立て役になっていました。(同上)
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『独立記念碑の丘』の植物の光景です。白い花と、赤い花が咲いていましたが、少し離れすぎて、名前が特定できませんでしたが、多分、ブーゲンビリア当たりです。右からせり出した樹木は、マメ科の植物でした。フェニックス・ツリー(鳳凰樹)のようです。(同上)
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イチオシ
左手に見えるのは、クアラ・ルンプール・タワーです。マレーシアの首都クアラルンプールにある通信塔です。現地ではKLタワーと呼ばれることが多く、通信塔としては東南アジアでは最も高く、世界第4位の421メートルあります。地上276メートルに展望台があり、エレベーターで上ることができます。右手前に見えるのは、1984~1988年に建設されたマレーシア最大の銀行『メイバンク』の本社ビルのようです。高さは243.5メートル(50階)です。(同上)
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商業施設も入った、大きな複合ビルです。『コンプレックス・ダヤブミ(Kompleks Dayabumi)』と呼ばれています。1982~1984年に建設された高さ157メートル(35階)の建物です。日本の熊谷組が施工を担当し、特徴的な外観が観光客の目を引きつけています。かつてはペトロナスの本社が入っていました(世界トリップ)。(同上)
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『独立記念碑の丘』からの眺めの紹介が続きます。公園らしい場所には、東屋風の副抜けの建物が見えました。鬱蒼とした林の背後には、クアラルンプールのビル群が見えていました。(同上)
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マレーシア鉄道公社の本社ビルのようです。外壁に火山岩を使ったムーア式の建物とされます。クアラルンプール駅の正面にある本社ビルは、海峡植民地時代にイギリスの建築家アーサー・B・ハボック によって設計され、1917年 11月に完成しました。(同上)
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ムーア式建築の建物であるマレーシア鉄道公社の本社ビルの周りの光景です。1983年に歴史記念物に指定され、法律により保護されているようです。ムーア式建築は、アラビア風の幾何学模様がある建物で、最も有名なのが、スペインのアルハンブラ宮殿です。今回のマレー鉄道の乗車駅になるようでした。
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