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 モンテネグロの世界文化遺産、古都・コトルの紹介です。人気が上昇している観光地らしく、大型の豪華客船が次々に寄港しているようでした。

2012初夏、クロアチア等の東欧旅行(45/50):6月25日(10):コトル、旧市街、断崖の城壁、ドブロブニクへ

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2012/06/20 - 2012/06/27

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 モンテネグロの世界文化遺産、古都・コトルの紹介です。人気が上昇している観光地らしく、大型の豪華客船が次々に寄港しているようでした。

  • 裏山のアップ光景です。コトルの町の背後から攻められないよう、険しい岩肌に城壁が見えました。地形を綿密に計算した上での防御施設のようです。

    イチオシ

    裏山のアップ光景です。コトルの町の背後から攻められないよう、険しい岩肌に城壁が見えました。地形を綿密に計算した上での防御施設のようです。

  • 『モンテネグロ』が『黒い山』を意味することが分かる裏山の光景です。ネグロはラテン語の『黒い』が語源のようですが、『ニグロイド(ネグロイド)』は、黒色人種を意味する学術用語としても使われます。人に対して使用する場合には、差別用語とならないよう注意が必要な用語です。

    『モンテネグロ』が『黒い山』を意味することが分かる裏山の光景です。ネグロはラテン語の『黒い』が語源のようですが、『ニグロイド(ネグロイド)』は、黒色人種を意味する学術用語としても使われます。人に対して使用する場合には、差別用語とならないよう注意が必要な用語です。

  • 険しい地形に立地するコトルの街並み光景です。基礎自治体全体の人口は約2万3千人、コトル市街の人口は1万3千人余とされます。コトルが『コトルの自然と文化歴史地域』として世界文化遺産に登録されたのは、1979年のことでした。

    険しい地形に立地するコトルの街並み光景です。基礎自治体全体の人口は約2万3千人、コトル市街の人口は1万3千人余とされます。コトルが『コトルの自然と文化歴史地域』として世界文化遺産に登録されたのは、1979年のことでした。

  • 『黒い山』をバックに、レストランの看板人形の光景です。黒い山を意識したのでしょうか、真っ白な姿の、少しメタボのシェフの姿です。

    『黒い山』をバックに、レストランの看板人形の光景です。黒い山を意識したのでしょうか、真っ白な姿の、少しメタボのシェフの姿です。

  • 城壁が築かれた裏山と、更にその背後に控える黒い岩山の光景です。外敵との戦いのほか、自然災害としての地震災害も繰り返し起きています。記録に残っている範囲では、最初の大地震は、361〜367年に発生し、その後、1537年、1563年、1667年、そして1979年に発生しています。

    城壁が築かれた裏山と、更にその背後に控える黒い岩山の光景です。外敵との戦いのほか、自然災害としての地震災害も繰り返し起きています。記録に残っている範囲では、最初の大地震は、361〜367年に発生し、その後、1537年、1563年、1667年、そして1979年に発生しています。

  • コトル旧市街の背後に控える、黒い岩山のアップ光景です。さすがにこの岩山までは城壁を造り必要な無かったようです。道路を含め、人為的な施設は何も見当たりませんでした。

    コトル旧市街の背後に控える、黒い岩山のアップ光景です。さすがにこの岩山までは城壁を造り必要な無かったようです。道路を含め、人為的な施設は何も見当たりませんでした。

  • オレンジ色の屋根腰に眺めた裏山の光景です。激しい造山活動で出来上がった山のようにも思えます。大地震が定期的に起こっているのも肯けます。

    オレンジ色の屋根腰に眺めた裏山の光景です。激しい造山活動で出来上がった山のようにも思えます。大地震が定期的に起こっているのも肯けます。

  • 城壁と要塞の光景です。最も高い地点は、海面から250メートルの聖ジョバンニの要塞です。城壁の幅は、2〜16メートルと多様であり、最も高い城壁は、地上20メートルとされます。数百年を要して作られました。

    城壁と要塞の光景です。最も高い地点は、海面から250メートルの聖ジョバンニの要塞です。城壁の幅は、2〜16メートルと多様であり、最も高い城壁は、地上20メートルとされます。数百年を要して作られました。

  • 険しい岩肌を這うように築かれた城壁の光景です。自然その上に石もうまく利用しながら、石垣が積み上げられているようです。今の形が完成したのは、ヴェネチア共和国が統治していた17世紀頃とされます。

    イチオシ

    険しい岩肌を這うように築かれた城壁の光景です。自然その上に石もうまく利用しながら、石垣が積み上げられているようです。今の形が完成したのは、ヴェネチア共和国が統治していた17世紀頃とされます。

  • 『聖ニコラス教会』のドーム屋根のアップ光景です。『聖ルカの広場』に面して建つこの教会は、もともと、1540年に建てられたドミニカ会修道院があった場所とされます。1902年に建設が始まり、1909年に完成しました。

    『聖ニコラス教会』のドーム屋根のアップ光景です。『聖ルカの広場』に面して建つこの教会は、もともと、1540年に建てられたドミニカ会修道院があった場所とされます。1902年に建設が始まり、1909年に完成しました。

  • 石造りの壁をバックにして咲いていた野草の光景です。草花が野生化したものかも知れません。小さなピンクの花が咲いていました。

    石造りの壁をバックにして咲いていた野草の光景です。草花が野生化したものかも知れません。小さなピンクの花が咲いていました。

  • ピンクのベースに、濃いピンクの筋が入った花のアップ光景です。ハーブの仲間のセインテッド・ゼラニュウムに似た花でした。

    ピンクのベースに、濃いピンクの筋が入った花のアップ光景です。ハーブの仲間のセインテッド・ゼラニュウムに似た花でした。

  • 裏山の見学を終えて、戻る途中での光景です。コトルの見学を終えて、後はドブロブニクに戻るところですから、利用空く機会はありませんでしたが、オープンカフェースタイルのレストランがありました。個人旅行なら立ち寄ってみたい雰囲気のお店でした。

    裏山の見学を終えて、戻る途中での光景です。コトルの見学を終えて、後はドブロブニクに戻るところですから、利用空く機会はありませんでしたが、オープンカフェースタイルのレストランがありました。個人旅行なら立ち寄ってみたい雰囲気のお店でした。

  • 約束の時間が近付きましたので、再集合場所の『武器の広場』に向かうことにしました。その途中の光景です。

    約束の時間が近付きましたので、再集合場所の『武器の広場』に向かうことにしました。その途中の光景です。

  • コトル旧市街の裏山の光景です。街路樹が見えていますから、この撮影場所は、すでに城外に出た後だったようです。

    コトル旧市街の裏山の光景です。街路樹が見えていますから、この撮影場所は、すでに城外に出た後だったようです。

  • コトルの市章か国章です。石でできたレリーフでした。現在の市章とはデザインが違っていました。1943年11月29日の日付がありましたが、1941〜43年はイタリアに併合されていましたから、それを脱した後に制作されたようです。何となく、社会主義的なイメージがする紋章です。

    コトルの市章か国章です。石でできたレリーフでした。現在の市章とはデザインが違っていました。1943年11月29日の日付がありましたが、1941〜43年はイタリアに併合されていましたから、それを脱した後に制作されたようです。何となく、社会主義的なイメージがする紋章です。

  • 第二次世界大戦において、イタリアが連合軍に最終的に降伏したのは1945年5月、コトルは、1945年からユーゴスラビア社会主義連邦共和国内のモンテネグロ社会主義共和国になりましたので、年代を少し遡って造られた市章かも知れません。赤い旗は、市旗ではなくモンテネグロの現在の国旗です。2004年7月に制定されました。

    第二次世界大戦において、イタリアが連合軍に最終的に降伏したのは1945年5月、コトルは、1945年からユーゴスラビア社会主義連邦共和国内のモンテネグロ社会主義共和国になりましたので、年代を少し遡って造られた市章かも知れません。赤い旗は、市旗ではなくモンテネグロの現在の国旗です。2004年7月に制定されました。

  • 時計台の前に置かれたとんがり帽子のような石の置物です。1667年の大地震のほか、近年にも1979年の大地震がありました。時計塔は1667年の大地震で西側に傾いたままで、この屋根飾りも地上に置かれたままになりました。

    時計台の前に置かれたとんがり帽子のような石の置物です。1667年の大地震のほか、近年にも1979年の大地震がありました。時計塔は1667年の大地震で西側に傾いたままで、この屋根飾りも地上に置かれたままになりました。

  • 新しく彫刻されたレリーフの紋章のようです。羽根を持ったライオンは、ヴェネチアのライオンの紋章のようです。コトルがヴェネチア共和国(697〜1797年)の支配下に置かれたのは、1420〜1797年の間です。1979年は、ヴェネチア共和国がナポレオン一世に降伏した年です。

    新しく彫刻されたレリーフの紋章のようです。羽根を持ったライオンは、ヴェネチアのライオンの紋章のようです。コトルがヴェネチア共和国(697〜1797年)の支配下に置かれたのは、1420〜1797年の間です。1979年は、ヴェネチア共和国がナポレオン一世に降伏した年です。

  • 年代を経た壁にあった、同じような年代を感じさせるレリーフ像です。聖母子像のようです。温かさを感じさせる素朴な作りです。

    年代を経た壁にあった、同じような年代を感じさせるレリーフ像です。聖母子像のようです。温かさを感じさせる素朴な作りです。

  • 再集合場所の『海の門』の内側付近の光景です。集合時間さえ間違えなければ、迷子になる心配がないコトル旧市街の見学でした。

    再集合場所の『海の門』の内側付近の光景です。集合時間さえ間違えなければ、迷子になる心配がないコトル旧市街の見学でした。

  • これでコトル旧市街の見学はおしまいです。振り返って眺めた入口門の光景です。正面に時計塔と落下したままの屋根飾りが見えました。

    これでコトル旧市街の見学はおしまいです。振り返って眺めた入口門の光景です。正面に時計塔と落下したままの屋根飾りが見えました。

  • この後紹介する、城壁で囲われたコトル旧市街の案内図では、一番右側に記された箇所です。城内からよりは、外から眺めた方が、全体の構造がよく分かります。『川の門』がある城壁です。

    イチオシ

    この後紹介する、城壁で囲われたコトル旧市街の案内図では、一番右側に記された箇所です。城内からよりは、外から眺めた方が、全体の構造がよく分かります。『川の門』がある城壁です。

  • 見学を終わった後で眺める、城壁で囲われたコトル旧市街の案内図です。世界遺産の標識が記されていました。現在位置は、『海の門』と呼ばれる正門近くです。

    見学を終わった後で眺める、城壁で囲われたコトル旧市街の案内図です。世界遺産の標識が記されていました。現在位置は、『海の門』と呼ばれる正門近くです。

  • 大型のクルーズ船は、まだ停泊したままでした。フィヨルドの地形が、大型船も停泊できる水深としているようです。

    大型のクルーズ船は、まだ停泊したままでした。フィヨルドの地形が、大型船も停泊できる水深としているようです。

  • 全員が約束の時間に再集合したところで、ドブロブニクへの戻りです。帰りはフェリーを使わず、陸路でした。湾に浮かぶ小島の光景です。『聖ジョルジェ島』に外観が似ていました。

    全員が約束の時間に再集合したところで、ドブロブニクへの戻りです。帰りはフェリーを使わず、陸路でした。湾に浮かぶ小島の光景です。『聖ジョルジェ島』に外観が似ていました。

  • 走る車の中からですから、中々うまく撮影できません。アップで撮影しようとしましたか、木が邪魔をしてしまいました。それでも何とか湾に浮かぶ島が写っていました。

    走る車の中からですから、中々うまく撮影できません。アップで撮影しようとしましたか、木が邪魔をしてしまいました。それでも何とか湾に浮かぶ島が写っていました。

  • 対岸に見える街並みと、その左手に見える島の光景です。コトル湾には、ゴスパ・オド・シュクルペラ島(岩礁の聖母島)がありますが、写真が不鮮明で、どの島かの特定はできませんでした。

    対岸に見える街並みと、その左手に見える島の光景です。コトル湾には、ゴスパ・オド・シュクルペラ島(岩礁の聖母島)がありますが、写真が不鮮明で、どの島かの特定はできませんでした。

  • コトル港に停泊していた船とそっくりの大型フェリーの光景です。停泊していた時には左右の向きが逆でしたが、同じ船に間違いありません。コトルの観光を終え、次の港に向かうようでした。

    コトル港に停泊していた船とそっくりの大型フェリーの光景です。停泊していた時には左右の向きが逆でしたが、同じ船に間違いありません。コトルの観光を終え、次の港に向かうようでした。

  • ドブロブニク旧市街の見学に始まり、隣国のモンテネグロのコトル旧市街の見学は、期待通りの景色と街並みでした。あとはドブロブニクで連泊したホテルで、美味しいワインを飲みながら一日を終えるだけです。

    ドブロブニク旧市街の見学に始まり、隣国のモンテネグロのコトル旧市街の見学は、期待通りの景色と街並みでした。あとはドブロブニクで連泊したホテルで、美味しいワインを飲みながら一日を終えるだけです。

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