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ヨルダンの世界文化遺産、ペトラ遺跡紹介の続きです。王家の墓の紹介です。再集合時間までまだ余裕がありましたから、山の上のアル・デイル(修道院)見学の後に立ち寄りました。王家の墓には、『宮殿の墓』、『アーンの墓』、『シルクの墓』や『コリント式の墓』と呼ばれる遺跡があります。

2011冬、シリア等・中東旅行記(42/54):ペトラ、ペトラ遺跡、王家の墓

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2011/02/22 - 2011/03/02

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旅人のくまさん

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ヨルダンの世界文化遺産、ペトラ遺跡紹介の続きです。王家の墓の紹介です。再集合時間までまだ余裕がありましたから、山の上のアル・デイル(修道院)見学の後に立ち寄りました。王家の墓には、『宮殿の墓』、『アーンの墓』、『シルクの墓』や『コリント式の墓』と呼ばれる遺跡があります。

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  • 一番左側(北側)に位置する『宮殿の墓』の光景です。バロック式宮殿とよく似たファサードがあるための呼び名です。三階建の最上階は、岩を削ったものではなく石材が運ばれて建設されたようです。

    一番左側(北側)に位置する『宮殿の墓』の光景です。バロック式宮殿とよく似たファサードがあるための呼び名です。三階建の最上階は、岩を削ったものではなく石材が運ばれて建設されたようです。

  • 斜め前から眺めた『宮殿の墓』の光景です。ネット情報でいろいろ調べてみましたが、ナパテア王国の王様としては、紀元前後のアレタス4世の名前だけか分かりませんでした。この方も、在位年数などは分かりませんでした。

    斜め前から眺めた『宮殿の墓』の光景です。ネット情報でいろいろ調べてみましたが、ナパテア王国の王様としては、紀元前後のアレタス4世の名前だけか分かりませんでした。この方も、在位年数などは分かりませんでした。

  • 『宮殿の墓』の中央付近のアップ光景です。ナパテア王国時代の王墓と思われますが、被葬者は特定されていないようです。

    『宮殿の墓』の中央付近のアップ光景です。ナパテア王国時代の王墓と思われますが、被葬者は特定されていないようです。

  • 4つ並んだ神殿風の造りの部分のアップ光景です。左目から2つ目の部分です。少し風化が進んだ光景でした。

    4つ並んだ神殿風の造りの部分のアップ光景です。左目から2つ目の部分です。少し風化が進んだ光景でした。

  • 『宮殿の墓』の前から眺めた、右手方面の光景です。南側方面になるようです。

    『宮殿の墓』の前から眺めた、右手方面の光景です。南側方面になるようです。

  • 次に紹介するのが、『『宮殿の墓』の南に隣接する『コリントの墓』です。柱の造作が、コリント様式に掃除していることからの呼び名です。風化が進んでいました。

    次に紹介するのが、『『宮殿の墓』の南に隣接する『コリントの墓』です。柱の造作が、コリント様式に掃除していることからの呼び名です。風化が進んでいました。

  • 『コリントの墓』の上部に見えていた丸い屋根を持った建物光景です。先に見学してきた、『ハル・エズネ』の様式に類似していました。私見ですが、同時代に造られたように感じました。

    『コリントの墓』の上部に見えていた丸い屋根を持った建物光景です。先に見学してきた、『ハル・エズネ』の様式に類似していました。私見ですが、同時代に造られたように感じました。

  • 今度は下部の部分のアップ光景です。風化ではなく、崩落したような部分がありました。かつての大地震の被害でしょうか。

    今度は下部の部分のアップ光景です。風化ではなく、崩落したような部分がありました。かつての大地震の被害でしょうか。

  • 『Royal Tombs(60BC-50CD)』のタイトルがあった説明看板の紹介です。4つの王家の墓の名前の由来などが記されていました。左から1番から4番の記号が付けられ、奥の部屋を含めて平面図が記載されていました。

    『Royal Tombs(60BC-50CD)』のタイトルがあった説明看板の紹介です。4つの王家の墓の名前の由来などが記されていました。左から1番から4番の記号が付けられ、奥の部屋を含めて平面図が記載されていました。

  • 大きなお墓でしたから、少し離れた場所から撮影した『壷の墓』の光景です。王家の墓として造られましたが、5世紀頃からはキリスト教会の施設に転用されたようです。

    大きなお墓でしたから、少し離れた場所から撮影した『壷の墓』の光景です。王家の墓として造られましたが、5世紀頃からはキリスト教会の施設に転用されたようです。

  • 左から3つ目の王家の墓は、『シルクの墓』と呼ばれています。岩壁の下地にカラフルな縞模様があることからの命名です。

    左から3つ目の王家の墓は、『シルクの墓』と呼ばれています。岩壁の下地にカラフルな縞模様があることからの命名です。

  • 『シルクの墓』の右側に隣接する部分です。これも『シルクの墓』の一部分だったかもしれません。

    『シルクの墓』の右側に隣接する部分です。これも『シルクの墓』の一部分だったかもしれません。

  • アーチ門がいくつも並んだ『壷の墓』のアップ光景です。『壷の墓』の名前は、上部に壺(アーン)のような飾りがあることからの呼び名です。『アーンの墓』とも呼ばれます。

    アーチ門がいくつも並んだ『壷の墓』のアップ光景です。『壷の墓』の名前は、上部に壺(アーン)のような飾りがあることからの呼び名です。『アーンの墓』とも呼ばれます。

  • 『シルクの墓』の右側に隣接する部分です。これも『シルクの墓』の一部分だったかもしれません。

    『シルクの墓』の右側に隣接する部分です。これも『シルクの墓』の一部分だったかもしれません。

  • 『壷の墓』の内部光景です。カラフルな地肌の文様が見て取れました。

    『壷の墓』の内部光景です。カラフルな地肌の文様が見て取れました。

  • こちらも、『壷の墓』の内部光景です。中は空洞になっていました。

    こちらも、『壷の墓』の内部光景です。中は空洞になっていました。

  • お墓の一部は、お土産店として使用されていました。世界遺産とし登録されたことで、この地域の住民の立ち退きがあったようですが、商売をすることが許可されているようです。

    お墓の一部は、お土産店として使用されていました。世界遺産とし登録されたことで、この地域の住民の立ち退きがあったようですが、商売をすることが許可されているようです。

  • 王家の墓の南側に隣接する部分の光景です。切り石が煉瓦のように積まれていました。オリジナルな遺跡の光景ではないかも知れません。後代に手が加えられたようです。

    王家の墓の南側に隣接する部分の光景です。切り石が煉瓦のように積まれていました。オリジナルな遺跡の光景ではないかも知れません。後代に手が加えられたようです。

  • オーバーハングに削られた崖の光景です。ここには王冠の様に見える彫刻がありました。

    オーバーハングに削られた崖の光景です。ここには王冠の様に見える彫刻がありました。

  • 半ば埋まってしまった洞窟の光景です。お墓の後か、住居跡か分からない光景でした。立ち入り禁止用に並べられた石のようにも見えました。

    半ば埋まってしまった洞窟の光景です。お墓の後か、住居跡か分からない光景でした。立ち入り禁止用に並べられた石のようにも見えました。

  • 5世紀頃からキリスト教会に転用されたとされる『アーンの墓』のアーチ門の光景です。今はベドウィンの人達のお土産店に転用されていました。

    5世紀頃からキリスト教会に転用されたとされる『アーンの墓』のアーチ門の光景です。今はベドウィンの人達のお土産店に転用されていました。

  • 同じく、『アーンの墓』のアーチ門のアップ光景です。お土産品が、ところ狭しと並べられていました。

    同じく、『アーンの墓』のアーチ門のアップ光景です。お土産品が、ところ狭しと並べられていました。

  • 名前が付いた4つの王家の墓の内、『壷の墓』の壷に相当する彫刻だけは、探しても分かりませんでした。この場所は、既に『壷の墓』から外れているようです。

    名前が付いた4つの王家の墓の内、『壷の墓』の壷に相当する彫刻だけは、探しても分かりませんでした。この場所は、既に『壷の墓』から外れているようです。

  • 王家の墓に隣接する場所の光景です。観光案内用の馬が繋がれていました。

    王家の墓に隣接する場所の光景です。観光案内用の馬が繋がれていました。

  • 小高い場所にあった、王家の墓の付近から眺めた光景です。見晴らしが利きました。王家の墓に向かう道の脇に並ぶお土産店の光景がありました。

    小高い場所にあった、王家の墓の付近から眺めた光景です。見晴らしが利きました。王家の墓に向かう道の脇に並ぶお土産店の光景がありました。

  • 同じく、小高い場所にあった、王家の墓の隅の方から眺めた光景です。ペトラ遺跡のメインストリートが眼下に見えました。

    同じく、小高い場所にあった、王家の墓の隅の方から眺めた光景です。ペトラ遺跡のメインストリートが眼下に見えました。

  • 王家の墓の近くにあったお店の光景です。木陰をつくる樹木の光景がありました。首飾りや小さな置物などを展示したお土産店には、『ラブ・ライオン・スーベニア・ショップ』の看板がありました。

    王家の墓の近くにあったお店の光景です。木陰をつくる樹木の光景がありました。首飾りや小さな置物などを展示したお土産店には、『ラブ・ライオン・スーベニア・ショップ』の看板がありました。

  • 王家の墓の見学を終えて、帰り道での撮影です。往きに通った道を戻りました。ほかに通りはないようですから、道に迷うことはありません。

    王家の墓の見学を終えて、帰り道での撮影です。往きに通った道を戻りました。ほかに通りはないようですから、道に迷うことはありません。

  • 帰り道に撮影した光景が続きます。これから先、ローマの古代劇場址や、エル・ハズネ(宝物殿)をもう一度見学できます。

    帰り道に撮影した光景が続きます。これから先、ローマの古代劇場址や、エル・ハズネ(宝物殿)をもう一度見学できます。

  • まだシークと呼ばれる峡谷ではありませんが、両側から迫る岩壁は迫力があります。

    まだシークと呼ばれる峡谷ではありませんが、両側から迫る岩壁は迫力があります。

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