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3.40
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16 件
ピックアップ特集
ホテル クチコミ人気ランキング 29 件
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モーベンピック リゾート ペトラ
3.81
28件
- アイスクリームを頂きました
- ペトラ遺跡入口すぐのエリアNo,1ホテル
ホテルランク -
ラ メゾン ホテル
3.48
14件
- 親切!!
- ペトラ遺跡の入口近くて便利!
ホテルランク -
17件
- 遺跡に近いのがうり。
- ペトラ遺跡内にある、唯一のホテル★
ホテルランク
観光 クチコミ人気ランキング 15 件
グルメ・レストラン クチコミ人気ランキング 5 件
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パームコートレストラン
3.2
1件
- コスパ良く美味しい
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3件
- ペトラ内
- 可もなく不可もなく
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レッド ケイブ レストラン
3.05
1件
- 昼食ブッフェで利用。
- ペトラ ショッピング (0件)
旅行記 565 件
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ここはすごい!新・世界七不思議のひとつ。シニアのためのヨルダンのペトラ遺跡の(楽な)歩き方。
- 同行者:カップル・夫婦(シニア)
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関連タグ:
- 旅行時期:
2014/03/03 -
2014/03/04
(約8年前)
93 票
ここに来るまでは、ペトラ遺跡というと、あのインディジョーンズに出てきた、エル・ハズネの写真のイメージしかなかった。そこだけが見どころなんだろうと、勝手に思い込んでいた。ところが、これは大きな間違いであった。エル・ハズネ(宝物殿)も、もちろん感動ものであるが、そこに行くまでのシーク(高さ100メートル岸壁の割れ目の谷間にできた小道)も迫力がある。さらに、800段の岩山道をハアーハアー言いながら登ってやっと到達できるエド・ディルもすごい!なんで、こんなところに、こんな巨大な建築があるの?、しかも2000年も前に!それ以外に見どころが、たくさんあるのである。ただ、高低差のある砂漠の岩山のあちこちに点... もっと見る(写真50枚)
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2012SA特典Cで行く8カ国周遊 (4)ヨルダン ペトラ遺跡
- 同行者:一人旅
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関連タグ:
- 旅行時期:
2012/07/07 -
2012/07/08
(約10年前)
38 票
月の4個目以降のポイント対象外旅行記、4travelのマップ塗りも兼ねて^^;今のところ最後のヨーロッパ&中東方面の8カ国周遊旅の記録の4回目になります。この日は、クロアチアのドブロブニクから飛行機でドブロブニクーザグレブーウイーンーアンマンと乗り継いで中東ヨルダンまで移動し、ペトラ遺跡の一番奥までウォークの1日です。 もっと見る(写真38枚)
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ペ「トラ」のライオン
- 同行者:一人旅
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関連タグ:
- 旅行時期:
2011/02/10 -
2011/02/14
(約11年前)
2 票
ヨルダンのペ「トラ」でライオンを見た!当時はANAマイルでエティハド航空の全路線を特典航空券で獲得出来たのですべてビジネスクラスで発券2011年2月10日 セントレア21:30(EY889)北京経由 アブダビ6:552011年2月11日 アブダビ8:10(EY513)ヨルダン アンマン9:40 死海へ! アンマン泊 ←いまここ2011年2月12日 ジェットバスにてペトラ遺跡 アンマン泊2011年2月13日 アンマン市内観光 ヨルダン15:30(EY516)アブダビ20:30 アブダビ22:00(EY888)北京経由セントレア14:30 もっと見る(写真28枚)
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古代都市ペトラ
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関連タグ:
- 旅行時期:
2020/02/22 -
2020/02/22
(約2年前)
35 票
イスラム圏二日目となるこの日は、アカバから北上してヨルダン随一の世界遺産、ペトラを目指します。その後、夜に出るシナイ半島行きの船に乗るために日帰りでアカバに戻ってくるという、ややハードスケジュールな計画となっています。 もっと見る(写真120枚)
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インディ・ジョーンズの舞台を訪ねてヨルダン・ペトラへ=1990年中東・中欧の旅3
- 同行者:友人
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関連タグ:
- 旅行時期:
1990/02/12 -
1990/02/14
(約32年前)
45 票
スティーブン・スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズ第3作の「最後の聖戦」の舞台となったヨルダンのペトラ。映画の公開が1989年でヨルダンを旅したのが1990年ですから、とてもタイムリーでした。ヨルダン一の観光地とはいっても、まだまだヨルダンを訪れる観光客が少なかったこの頃、遺跡の入場料も当時は非常にリーズナブルでした。映画の気分に浸りながらの雄大な古の遺産を見て歩くのは楽しいもの。 また、最初の中東の国で衛生面に不安いっぱいだったシリアを抜けたことで気持ちが楽になったのか、苦しんでいた腹痛も治まり旅を楽しむ余裕もかなり回復してきました。少ないとはいっても、旅行者の数もシリアに比... もっと見る(写真41枚)
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Q&A掲示板 35件
クチコミ(579)
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定住化とナバテアへのキリスト教の浸透はちょうど時を同じくしたようで、この時代はキリストの生誕に前後する時代でもあった。ナバテア文明 ウディ・レヴィ (著)ではナバテアと隣国のユダヤの国の比較が興味深い。自由を重んじるナバテアは、多様で柔軟、隊商交易をおこなっていたので事業における文書のやりとりもあり、全体的に識字能力も高かったとある。そもそも遊牧の民なので首都は要しながらも実は土地への執着はない。宗教上の神も特定の場所に結びつけることがなかったという。つまり、神殿などをあまり造らなかった。一方、立法の民でもあるユダヤ。ラビなど限定された人が文字を司り、次世代への伝承も彼らが担い、文字による伝承を重視した。また、宗教上の生け贄の儀式も神殿の中で一般に隠されて祭司の面前でだけおこなわれた。人の目にもつく郊外の高い山頂、野外の祭壇で生け贄の儀式をしたナバテアとは大違いである。そして、ナバテアは元来のペルシャやヘレニズムの宗教とも共存しつつも平和裡にキリスト教もとりこみ、あげくローマの属国にも円滑に納まった。キリスト教ともローマとも大揉めに揉めたユダヤとの違いは顕著だ。詳細はコチラから↓htt...
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ツアーで宿泊しました。ペトラ遺跡の最寄りの街の中心部にあります。歩いて街のメインストリートにも行けます。また、ホテルの目の前には小さなコンビニ風な商店もあります。が、ヨルダンはイスラム教国なため、アルコール類は置いていません。アルコールはレストランや居酒屋でないと提供されないそうです。 ホテルですが、なんと屋根裏部屋的な部屋に通されました。それはそれで楽しかったです。部屋にはベッドが3台あり、スーツケース2つ拡げても充分な広さがありました。バスタブもありました。アメニティも、いろんな種類のシャンプーがあり、ホテルの備品なのか前宿泊者の忘れ物なのかと悩みました。朝食バイキングはパンハムチーズサラダ的なものでした。 屋根裏部屋的な部屋だったため、ホテルの最上階なため景色が凄い良かったです。朝焼けに眠る街並みや、遠くにはペトラ遺跡を抱える山並みが眺望できました。他の部屋はわからないのですが、このホテルに泊まるなら、再度この部屋に泊まりたいです。
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ペトラと言うとエルハズネのみをイメージしますが、実は、この柱廊通りがペトラのメインストリートとなります。 柱廊通りは、その名の通り柱で支えられたアーケード式の通りで、数百mに渡って石畳が敷かれていたそうです。今でも石畳は見ることができ、そして柱も数本復元されています。柱廊通りの終わりにはアーチ部分はかけてしまいましたが凱旋門があります。この通りの両脇には市場が並んでいたそうで、今では様々な寺院やら教会やら神殿やらの遺跡群が確認できます。ここを抜けて岩山を登っていくと、エドディルに抜けることができます。 特筆すべきは、この柱廊通りの先の山がラクダのように見えます。このため、ここにメインストリートができたとガイドさんがおっしゃっていました。確かに、フタコブラクダが左向きに鎮座しています。
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エルハズネを見終わった後、更に奥に進むとお土産屋や休憩どころがある広いエリアに出ます。その先の突き当りにどうどうと構えています。 ナバティア人によって1世紀頃に造られたものをローマ帝国時代に今の規模に拡張されたとか。数千~一万人弱程が収容できるそうです。エルハズネ同様に岩盤をくり抜いて造られており、ただただ凄いとしか言いようがありません。 手前に柵が設けられており、近づくことはできませんでしたが、遠目からも半円形上の階段状の緻密な客席が確認できます。それにしても、ペトラにローマ式の劇場があったとは驚きです。
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王家の墓は、エルハズネを過ぎ、ローマ円形劇場から柱廊通りに向かう右側の山肌にあります。 エルハズネ同様に神殿のような岩盤を削った建物群です。大きいお墓はローマ円形劇場側から壺の墓、シルクの墓、コリントの墓、宮殿の墓、フロレンティヌスの墓と命名されています。高台に位置していますので、近くで見るためには岩山の階段を登る必要があります。エルハズネやエドディルと違い、岩窟の中に入ることができます。ただ崩れかけている感が否めないので、自己責任で。 これらも同様に1世紀ごろに造られたとのことですが、実際に墓だったのかは明らかでないそうです。ただ、その後ベドウィン族が住居として使っていたとかで、内部はススで汚れていたりします。エルハズネほどは精工でなくても、岩窟をくり抜いて、このようなファザードを作ったとは、やはり驚きです。王家の墓の周りにも、小さな岩窟が複数あり、こららは、さほど裕福でない人たちの墳墓だそうです。