モスクワ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 モスクワを代表する赤の広場とレーニン廟、そしてイワン雷帝が戦勝記念に創建した、聖ワシリー寺院、グム百貨店等の紹介です。

2009夏、ロシア旅行記(9/43):6月6日(7):モスクワ、赤の広場、レーニン廟、聖ワシリー寺院、国立歴史博物館、グム百貨店

17いいね!

2009/06/05 - 2009/06/10

634位(同エリア1835件中)

旅行記グループ 2009夏、ロシア旅行記(上巻)

0

30

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 モスクワを代表する赤の広場とレーニン廟、そしてイワン雷帝が戦勝記念に創建した、聖ワシリー寺院、グム百貨店等の紹介です。

交通手段
観光バス
  • 今日の最後の見学地は、赤の広場とレーニン廟、そしてワシリー寺院です。最初は、カラフルな聖ワシリー寺院の尖塔の紹介です。赤の広場に面した聖ワシリー寺院も世界遺産に登録されています。

    今日の最後の見学地は、赤の広場とレーニン廟、そしてワシリー寺院です。最初は、カラフルな聖ワシリー寺院の尖塔の紹介です。赤の広場に面した聖ワシリー寺院も世界遺産に登録されています。

  • 今度は違った色の組合せです。形もそれぞて違っていましたが、先端の十字架だけは同じです。

    今度は違った色の組合せです。形もそれぞて違っていましたが、先端の十字架だけは同じです。

  • お伽の国の建物のような造作と色彩です。寺院と言うより、プレイランドのイメージです。

    お伽の国の建物のような造作と色彩です。寺院と言うより、プレイランドのイメージです。

  • 尖塔の頂部より、少し下の部分のアップです。鐘が並んだ鐘楼でした。

    尖塔の頂部より、少し下の部分のアップです。鐘が並んだ鐘楼でした。

  • ワシリー寺院の建物の中間付近のアップです。イワン雷帝が戦勝記念に造ったとされるこの寺院の外観は、戦勝気分を今に伝えているようです。

    ワシリー寺院の建物の中間付近のアップです。イワン雷帝が戦勝記念に造ったとされるこの寺院の外観は、戦勝気分を今に伝えているようです。

  • カメラアングルを縦にしてのワシリー大聖堂の尖塔のアップです。

    カメラアングルを縦にしてのワシリー大聖堂の尖塔のアップです。

  • 同じく少し角度を変えての尖塔のアップです。

    同じく少し角度を変えての尖塔のアップです。

  • 赤の広場に面した場所には、舞台ステージのようなものがありました。ソビエト時代では聖地だった赤の広場も、今は商業使用されています。

    赤の広場に面した場所には、舞台ステージのようなものがありました。ソビエト時代では聖地だった赤の広場も、今は商業使用されています。

  • 赤の広場の中心施設のレーニン廟です。クレムリンに隣接した敷地の中央部分に位置します。ソビエト崩壊後に、レーニンの遺体の処理を巡って論争がありましたが、今も当時のまま保存されています。

    赤の広場の中心施設のレーニン廟です。クレムリンに隣接した敷地の中央部分に位置します。ソビエト崩壊後に、レーニンの遺体の処理を巡って論争がありましたが、今も当時のまま保存されています。

  • 赤の広場のレーニン廟と、その背後に控えるクレムリン宮殿の大統領府の光景です。クレムリンには、レーニンが執務した当時の部屋や私室が残されていますが、見学は出来ません。

    赤の広場のレーニン廟と、その背後に控えるクレムリン宮殿の大統領府の光景です。クレムリンには、レーニンが執務した当時の部屋や私室が残されていますが、見学は出来ません。

  • ロシア語の大文字で『ЛЕНИН』と赤く刻まれています。アルファベットに置き換えますと、『Lenin:レーニン』となります。レーニン廟の出入口です。

    ロシア語の大文字で『ЛЕНИН』と赤く刻まれています。アルファベットに置き換えますと、『Lenin:レーニン』となります。レーニン廟の出入口です。

  • レーニン廟と一体になったように見える緑の塔ですが、クレムリン宮殿の塀に付属した塔です。

    レーニン廟と一体になったように見える緑の塔ですが、クレムリン宮殿の塀に付属した塔です。

  • レーニン廟の正面の光景です。クレムリン宮殿の緑の塔が真後ろに見えます。

    レーニン廟の正面の光景です。クレムリン宮殿の緑の塔が真後ろに見えます。

  • 赤の広場とクレムリンを隔てる高い塀です。レーニンが死去したのは1924年です。この時、全国から弔問に訪れる市民に応えるため、その遺体に保存処理が施され、赤の広場に木造の遺体安置所が約3日間で建設されました。1930年により恒常的な施設として、現在の石造の廟が建設されました。

    赤の広場とクレムリンを隔てる高い塀です。レーニンが死去したのは1924年です。この時、全国から弔問に訪れる市民に応えるため、その遺体に保存処理が施され、赤の広場に木造の遺体安置所が約3日間で建設されました。1930年により恒常的な施設として、現在の石造の廟が建設されました。

  • 引続いて、赤の広場を取り囲む建物の紹介です。北東側にはグム百貨店、北西端には国立歴史博物館とヴァスクレセンスキー門、南東端には聖ワシリー大聖堂と処刑場・布告台だったロブノエ・メストがあります。この建物は、国立歴史博物館です。

    引続いて、赤の広場を取り囲む建物の紹介です。北東側にはグム百貨店、北西端には国立歴史博物館とヴァスクレセンスキー門、南東端には聖ワシリー大聖堂と処刑場・布告台だったロブノエ・メストがあります。この建物は、国立歴史博物館です。

  • 逆光になりましたが、クレムリン宮殿内の尖塔のスパスカヤ塔です。時計の針は、丁度4時半当たりを指しています。クレムリンの東側の正門とされます。

    逆光になりましたが、クレムリン宮殿内の尖塔のスパスカヤ塔です。時計の針は、丁度4時半当たりを指しています。クレムリンの東側の正門とされます。

  • 今度は逆光となる位置から少しずれての撮影です。時計塔の文字盤は直径6.12メートル、時計の針の長さは2.97メートル、分の針の長さは3.28メートルとされます。また、重さが25トンあります。

    今度は逆光となる位置から少しずれての撮影です。時計塔の文字盤は直径6.12メートル、時計の針の長さは2.97メートル、分の針の長さは3.28メートルとされます。また、重さが25トンあります。

  • モスクワ川方面の駐車場から、赤の広場に向かう上り坂の途中からの撮影です。右正面に見える建物は、旧・国立百貨店です。

    モスクワ川方面の駐車場から、赤の広場に向かう上り坂の途中からの撮影です。右正面に見える建物は、旧・国立百貨店です。

  • 旧・国立百貨店の建物の一部です。ソビエト崩壊後には、株式会社化されました。現在は、名前の頭文字の『グム』が正式名称になったようです。

    旧・国立百貨店の建物の一部です。ソビエト崩壊後には、株式会社化されました。現在は、名前の頭文字の『グム』が正式名称になったようです。

  • 旧・国立百貨店の正面玄関です。ブランド品などを扱うお店が入った巨大なマーケットです。

    旧・国立百貨店の正面玄関です。ブランド品などを扱うお店が入った巨大なマーケットです。

  • 旧・国立百貨店の建物入口上部の、飾り部分のアップです。ビザンチン風の聖人像らしいものがありました。

    旧・国立百貨店の建物入口上部の、飾り部分のアップです。ビザンチン風の聖人像らしいものがありました。

  • 旧・国立百貨店の建物の側面光景です。典型的なロシア・ゴチック様式とされます。

    旧・国立百貨店の建物の側面光景です。典型的なロシア・ゴチック様式とされます。

  • 国立百貨店の建物のコーナー部分の光景です。屋上の施設は、赤の広場のライトアップ用の照明器具のようです。

    国立百貨店の建物のコーナー部分の光景です。屋上の施設は、赤の広場のライトアップ用の照明器具のようです。

  • 旧・国立百貨店の紹介の次は、国立歴史博物館の建物の紹介です。正面からの光景です。

    旧・国立百貨店の紹介の次は、国立歴史博物館の建物の紹介です。正面からの光景です。

  • 建物の中間付近のアップです。インドで目にした建物と同じイメージの色彩です。茶色ないしは、ベンガラ色が主役です。

    建物の中間付近のアップです。インドで目にした建物と同じイメージの色彩です。茶色ないしは、ベンガラ色が主役です。

  • 建物の入口付近の光景です。今日は土曜日ですが、ドアが閉まって、休館日のように見えます。

    建物の入口付近の光景です。今日は土曜日ですが、ドアが閉まって、休館日のように見えます。

  • 4ヶ国語で記された『歴史博物館』のプレートです。メインのロシア語の下に、英語を始め3カ国語が記されています。

    4ヶ国語で記された『歴史博物館』のプレートです。メインのロシア語の下に、英語を始め3カ国語が記されています。

  • 正面入口は閉まっていましたが、他の入口が開いていたかもしれません。入場して見学する時間はありませんでしたから、ざっと確認しただけです。

    正面入口は閉まっていましたが、他の入口が開いていたかもしれません。入場して見学する時間はありませんでしたから、ざっと確認しただけです。

  • 左手がスパスカヤ塔、その手前がレーニン廟、右奥が大統領府です。

    左手がスパスカヤ塔、その手前がレーニン廟、右奥が大統領府です。

  • 最近再建されたカザン聖堂の建物光景です。ソ連時代の1936 年に、スターリンの命によって破壊されましたが、建設当時そのままの姿で、1993年に再建されました。

    最近再建されたカザン聖堂の建物光景です。ソ連時代の1936 年に、スターリンの命によって破壊されましたが、建設当時そのままの姿で、1993年に再建されました。

この旅行記のタグ

17いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ロシアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ロシア最安 422円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ロシアの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP