2007/04/03 - 2007/04/03
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SUR SHANGHAIさん
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前日の永定土楼群・洪坑民族文化村(永定土楼民族文化村)に続いて、この日は萬金油(タイガーバーム)で有名になった胡文虎の父祖の故郷≪中川古村落≫と、永定県の山の中の風情が美しい≪初溪土楼群≫を訪れる目論見のSUR SHANGHAI。
朝、ホテルの窓から見てみると、前日の雨は止んだもののいつまた降り始めるか分からないどんよりした空。
天気がよければ≪龍岩長途汽車站≫からミニバスで湖坑か下洋の町へ行って、そこからバイク・タクシーを雇って行こうと思ってたんだけどなあ。
う〜ん…。(ーー;) 土楼群の集落巡りは公共の交通の便もよくないし、お天気が命。
バイク・タクシーも、山の中で昨日のような雨が降ったら大変だ〜。
小さい町だとタクシーはどこでも拾えるわけじゃないみたいだし…。
よし、≪龍岩長途汽車站≫からとりあえずミニバスで永定県の中心の町・永定へ行ってみて、そこでのお天気で出方を決めようっと!
さて、この日の土楼巡りはどうなることやら。
表紙の画像は、中川古村落への途中で見たタバコ畑
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
-
龍岩市の≪龍岩長途汽車站≫からまずミニバスで永定の町へ(1時間半、18元)。
これは永定の町の≪永定汽車站≫。
画像には写っていませんが、バイク・タクシーも客待ちしています。
永定に来る途中でも通り雨に遭ったり、山には霧もかかっているので結局バイク・タクシーは取り止めて、タクシーで行くことに決めたSUR SHANGHAI。
画像右手の商店脇にタクシーを手配してくれる窓口がありましたよ。画像に写っている車の運転手さんを待っている場面。
≪永定汽車站≫から≪中川古村落≫と≪初溪土楼群≫を含めた日帰り往復料金の言い値は300元でした。
お天気がいい時に≪中川古村落≫や≪初溪土楼群≫に行くなら、龍岩市の≪龍岩長途汽車站≫からまずミニバスで湖坑か下洋の町へ行き、そこからバイク・タクシーを雇って行くのがいいと思います。 -
これはこの日訪れる≪中川古村落≫や初溪土楼群を中心にして、各地からの距離を示した地図。初溪土楼群のパンフレットからとったものです。
数字はキロ数を表しています。
画像をクリックして元画像で見ると、はっきり表示されます。
注: これは距離数を示すために作られた地図なので、各地の東西南北の位置は度外視されています。
線の長さも距離に比例していないのでご注意ください。
赤い線は県道、緑の線は省道、赤い太線は国道、黄色い線は高速道路です。
≪机場≫と書いてあるのは≪機場≫の簡体字表記で、日本語では≪空港≫のことです。 -
永定の町から初溪土楼群や≪中川古村落≫方向へ向かう途中で見たタバコ畑と土楼の集落。
ちょっと車を停めてもらって見学。
永定県のあたりは昔から有名なタバコの産地。
タバコの葉を刈り取るナイフを売り出して財を成し、永定土楼群・洪坑民族文化村(永定土楼民族文化村)に福裕楼を建てた林氏一族がいるほど。
この画像のタバコ畑は永定県湖雷鎮の上南村のもの。
タバコ栽培の模範基地になっているようです。
遠くに作業中の人たちがいますが、この画像で見えるかどうか。 -
さて、永定の町からタクシーで約1時間。ここまでの道のりは舗装が出来ていました。
これが胡文虎一族の父祖の故郷≪中川古村落≫遠景。
左手の円楼が客家土楼関連の博物館になっている栄昌楼。
その右隣のグレーの建物は、今は胡氏一族の歴史を物語る博物館になっている虎豹別墅。
右手の小高い場所に建っているのは胡文虎基金会によって建てられた中川小学校。
駐車場とチケット売り場が中川小学校手前にあります。
≪中川古村落≫のチケット30元。
≪中川古村落≫と≪初溪土楼群≫の紹介が次のサイトで見られます。
http://www.chuxi.com.cn 中国語簡体字版
初めに出てくる画面下の≪中文≫をクリックします。 -
≪中川古村落≫の中には虎豹別墅や栄昌楼以外にも、胡氏一族の廟≪胡氏家廟≫、胡文虎が10〜14歳まで過ごした家≪胡文虎故居≫などなどが見られます。
この旅行記でご紹介する以外にも、まだまだ見所がありますよ。
これは、チケットに付いていた≪中川古村落≫の村内の見所地図。
画像をクリックして元画像で見るとはっきり表示されます。
画像左下が駐車場とチケット売り場。トイレもここにあります。ペーパー必携。
赤い字で書いた場所名が主要な見所です。 -
客家土楼関連の博物館になっている栄昌楼、胡氏一族の歴史を物語る展示が豊富な虎豹別墅は最後に見ることにして、SUR SHANGHAIはまず≪中川古村落≫の中へ。
小川も流れる農村風景の中に、有名無名の土楼や古い町並みも見られるので、お時間のある方は寄ってみてもいい所だと思います。 -
これが1930年代にこの地域の抗日幹部の養成講座を開いたという建物≪得気先≫。
主な見所には、赤いプレートに説明書きが中国語(簡体字)と英語で出ているので、ちょっと足を止めてみるといいですよ。
あれ、門が閉まっているなあ。
残念ながら中の見学は出来ず。 -
村落より小高い場所にある胡氏一族の廟≪胡氏家廟≫へは、民家の並ぶ細い道を通って行きます。
各見所への標識が出ているので、方向を見失うことはありませんでした。
あ、こんな所にもパラポラ・アンテナが。
これまでにも中国各地の田舎でも見てきた新旧の取り合わせ。 -
≪功名柱≫が敷地に立ち並ぶ≪胡氏家廟≫。
≪功名柱≫と言うのは、徳が高く学問にも通じた客家の名門一族が子孫を激励するために建てたものなのだそう。
SUR SHANGHAIは数えてみませんでしたが、この≪胡氏家廟≫にはこの形の物は15基あるそうですよ。2基は地震で倒れてしまったのだそう。
この形の≪功名柱≫以外にも…、 -
…旗を立てる時の支えになるらしい石柱も、≪胡氏家廟≫の前に新旧取り混ぜて並んでいました。
これも≪功名柱≫の内に入るのかどうか、はっきりしませんでしたが、もしそうならこの形の物は21基あるようなので、≪胡氏家廟≫には36基の≪功名柱≫がある計算になります。
上の画像の≪功名柱≫やこの石柱が並ぶ≪胡氏家廟≫敷地は強大な霊気と福の気を放射しているとのことで、40歳以下の人がこれらの柱の間を歩くと感化されて功成り名を挙げる事が出来るんだそう。
40歳より上の人はその磁気を受けて健康長寿が望めるんだそうですよ。
本当かなあ? (^^ゞ
信じる者は救われる(?)と、SUR SHANGHAIも歩いてみました。 -
≪胡氏家廟≫の入口。
扁額に書かれた≪文武世家≫の≪世家≫は、封建時代の名門の家という意味らしいので、≪文武に秀でた名門≫という意味になるのかも。
小さいながら、胡氏一族の誇りを表しているような重厚感ある造り。
祭壇のあるあたりは意外と質素。
暗すぎて写真は撮らず。 -
かと思うと、のちに香港やシンガポールに造られたハウパー・ヴィラ(タイガーバーム・ガーデン)の彩りを思い出させるような色合いの部分もある≪胡氏家廟≫。
-
梁の上にいる二頭の獅子の木彫りも、ハウパー・ヴィラ(タイガーバーム・ガーデン)に立ち並ぶキッチュでコミカルな像に相通じる色と表情。
-
門を守っているらしい神様の描かれた≪胡氏家廟≫の扉をくぐって、SUR SHANGHAIはさらに≪中川古村落≫を探索します。
-
手書きの黒々と肉太の文字が躍る春聯が貼られた奮躍堂。
決して上手な字ではないんだろうけど、大きく力強い。
これを書いたであろうこの家の主の風貌も髣髴とさせる。 -
一軒のお宅の木の扉。
錠前を何度も取り替えたみたい。 -
土楼には、よく知られているドーナッツ型の円楼以外にも四角い箱型の方楼や、それらの変型がサイズも大小あることは前編でも言いましたが、この≪中川古村落≫でも同じでした。
普通の家と大して変わらぬ大きさと形をした土楼もあれば、これまで見て来たような大規模な物までさまざま。
そんな土楼が込み合う村の私道を地元の人がやって来る。 -
右手奥に入口が見えているのは慶餘楼と名付けられた方楼。
そこへの道には、昔は家畜を飼っていたらしい小屋もずらり。 -
慶餘楼の中をちょっとだけ覗かせてもらうと、これまでに見た土楼と同じように、中庭を囲んで回廊と部屋が連なっている造り。
ここにも住人がいる気配。 -
また歩き始める≪中川古村落≫。
村の規模は大きくはありませんが、1〜2時間は取って村や人々の様子を見ながら歩いてみたい所。 -
門の奥に見える方楼は、一時期は人民公社の建物として使われていたらしい。
この門が付いている壁に、消えかけて全部は読み取れないながらも≪××人民公社≫という字が残っていました。
人民公社は簡単に言うと、1958年から1982年までの間、中国の農村を単位とした農業生産、行政、経済、学校、軍事、医療などが一体となっていた政社合一の組織のこと。1982年の新憲法では経済と行政を分離することが定められて、1985年には活動が停止したらしいです。
かつて人民公社が入っていた建物は、あちこちで見られます。
一例として、上海市金山区の水郷≪楓≫でも、かつての人民公社や防空壕がミニ博物館として公開されていますよ。 -
≪中川古村落≫を流れる小川に架かる石橋。
福建省沿岸の泉州市郊外で見た洛陽橋や安平橋とは規模は全然違っても、花崗岩を板状に切り出して渡してある点は同じ。
あ、向こうの方楼の手前にもパラポラ・アンテナが。 -
小川と水田に沿って集落を抜けると、林の中へ続く道。
稲の香りも山の匂いも、雨上がりの空気に混じる。 -
林の小道も歩いてみたかったなあ。
でも、今日はこの≪中川古村落≫のあとに≪初溪土楼群≫も待っている。
小川のほとりにこんな小さい祠がある場所で折り返して、村の中へと戻ります。 -
小道が方楼の一つに続く。
あれは裏手の勝手口だな。
規模の大きい土楼には、正面の入口のほかにもいくつか出入り口が付いています。 -
≪中川古村落≫だけではありませんが、もう廃墟になって崩れかかっている土楼もありました。
向こうに見える馬山楼と名の付いた土楼は表が白く化粧塗りしてあるだけに、左手の崩れた土楼がいっそう侘しい。
馬山楼の中庭にもパラポラ・アンテナが白く光って見えるのが不思議な取り合わせ。
ん? なんで道の真ん中に井戸があったりバイクが停めてあるんだろう? -
あ、≪中川古村落≫の廃墟になった民家入口にも『毛主席万歳』の文字が残っている。
-
村の中心には理髪店の看板が出ている場所も。
中に鏡や椅子も見えますが、ここは家屋保存だけでもう営業はしていないのかもしれません。
床に座り込んでいるおじさんは、理髪とは関係なさそうな作業中。
よく見ると、理髪店の看板が打ち付けてある壁にも『中国共産党万歳』の文字が大きく残っていました。 -
上の画像の理髪店からすぐそこの一軒のお宅。
開け放った窓からレトロな毛沢東主席のポスターが見えたので、1枚撮ろうとカメラを向けたら、中に座っていたおばさんがフッと頭を挙げた。
誰もいないと思っていたのでチョイびっくり。
おばさんも、いきなりカメラと目が合ってギョッとしたかも。すみません。m(__)m -
≪中川古村落≫の民家の合間から、白い塔が顔を覗かせているのがこの画像で見えるかな。
確か、中川小学校が建っているのと同じ小高い丘の上にあったと思います。
新しいせいなのかこの塔だけ異様なくらい真っ白で、ちょっとこの町並みとミスマッチ。
塔が建つ丘の上まで行ったら、この≪中川古村落≫も見渡せるんじゃないかなあ。
時間があったら行ってみようっと。
…とは思っても、時間切れになりそうだったのでパスしてしまったSUR SHANGHAI。
その時には惜しいと思いましたが、結局このあとで行った≪初溪土楼群≫からの帰り、龍岩市に戻るミニバス最終便(?)にやっと間に合ってホッ。 -
これが胡文虎が10〜14歳まで過ごした胡文虎故居で、慶福堂と名前が付いていました。
胡文虎は、ビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)生まれですが、華僑となってビルマに渡った父親の胡子欽が息子には自分の故郷である≪中川古村落≫で中国の伝統文化も学ばせようと、自ら胡文虎を連れて来たのだそう。
肝心の胡文虎は勉強嫌いでしょっちゅうサボり、教師も10数人取り替えたのだそう。『西遊記』や『水滸伝』、『三国演義』が好きな少年だったようです。
この胡文虎故居の中も見てみたかったのに、門が閉まっていました。 -
胡文虎一族についてはこの旅行記の最後にもう少しお話しすることにして、次の見所へ。
これは1723〜1735年にかけて造られた富紫楼と名付けられた土楼。
形としては変型土楼の一種で、永定県では唯一の字形楼なのだそう。
富紫楼は何の字を形作った土楼なのかというと、小さい土楼が≪富≫の字形の配置になっているんだそうです。
SUR SHANGHAIもちょっと入ってみます。 -
正面の門から富紫楼に入って行くと、ここが≪富≫の字の下にある≪田≫の部分になっているのかな、という感じで土楼が並んでいました。
高い所から全体を見下ろしたら本当に≪富≫の字に見えるのかも知れないけど、内部を歩いているとちょっとピンと来ない、というのが偽らざる気持ち。 -
富紫楼の内部にある小さい土楼の一軒。
半開きになった木の扉には八卦図を象った金具が付いて、日本で言うとお守り札のような意味合いの絵が貼られていました。
絵柄はどこでも家内安全や商売繁盛の神様が多いようですが、時には戦車などの絵も見られます。
正面奥に見えるのは、ここでも先祖を祀った祭壇。
その手前に赤ちゃん用の歩行器が置いてあるのがほほえましい。 -
富紫楼内部の別の一軒。
この富紫楼は胡氏一族の者によって建てられたあとは、代々著名な作家、音楽家、教育者、科学者などの人物を世に送り出したのだそう。
ここでも≪家≫の歴史を垣間見た思い。 -
≪中川古村落≫を流れる小川に架かる橋。
そのたもとで一人の少年が物思い。
この少年も将来はこの村に≪功名柱≫を立てられる人物になるのかも。
少年よ、大志を抱け! と言ってあげたくなる。 -
一軒のお宅の扉に貼られていたのは、これもやはり春節(中国の旧正月)に貼り替える紙。
春を迎えるおめでたい絵柄のまんなかにある文字は、一見難しそうに見えますが、よく見ると≪福禄寿≫を一文字のように組み合わせてあります。
このほかにも≪招財進宝≫や≪大吉≫を一文字のように組み合わせた文字もありますよ。 -
元々物置小屋として造られたのか、廃墟を物置にしたのかちょっと分かりかねる建物も混じる≪中川古村落≫。
-
ツルを伸ばし始めた畑の緑がこの土楼のアクセント。
-
振り出しの駐車場近くにあるのがこの栄昌楼。
中川文化館とか珍奇世界館とも呼ばれているようなので混乱にご注意。
ここは客家土楼関連の博物館になっています。
入場料は、最初に買ったチケットに込み。
中に行くと…、 -
…細かく仕切られた各部屋には、土楼で暮らしてきた人々の生活用品などが展示されていました。
これは、華僑としてこの≪中川古村落≫を出て行った人々が里帰りした時に持ち帰って来たもの。
このほかにも蓄音機や置時計など、土楼とはちょっとミスマッチなものもありました。 -
今は博物館になっている栄昌楼には住民はいないようですが、ちょっと上に行ってみます。
-
栄昌楼はドーナッツ型の円楼。
ここも住人で一杯だった頃は、大賑わいだったんだろうなあ。 -
胡氏一族のうちの肖像画や写真も数点。
上の画像が遠いご先祖様。
下の画像が胡文虎を含む近代の人物。
左から二人目が胡文虎で、その右隣が娘である胡仙。
胡氏一族についてはお隣の虎豹別墅の方に豊富な展示がありますよ。 -
栄昌楼のお隣にあるこのグレーの建物が虎豹別墅。
胡文虎の弟≪胡文豹≫の名前と合わせて名付けられた別荘で、胡氏一族の博物館になっています。
ここの入場料も最初に買ったチケットに込み。 -
虎豹別墅の展示によると、胡文虎の父親≪胡子欽≫(?〜1908)はこの≪中川古村落≫出身。
貧困に迫られ、1862年にビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)に華僑として移住し、そこで広東省潮州籍の華僑≪李金碧≫と結婚したのだそう。
上の画像がそのお二人。
その後、文龍(早逝)、文虎、文豹の三子をもうけたのだそう。
下の画像左側が胡文虎、右側が弟の文豹。
こうして見比べてみると、文虎はお母さん似、文豹はお父さん似のような気がします。
少年時代の文虎が≪中川古村落≫で過ごしたのは上の方で述べたとおりです。 -
胡文虎の父親の胡子欽は医学を学んでいたので、移住先のビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)では広東街644号に永安堂国薬行という漢方薬店を開業したのだそう。
この写真はのちに胡文虎が萬金油(タイガーバーム)を売り出してから撮ったものらしく、2階に≪萬金油≫の看板が出ています。
父親の死後は、文虎・文豹の二人で1932年に香港に本店を移し、萬金油は今のようにアジア一帯にまで知られるようになったのだそうです。
そのパワーには敬服! -
萬金油(タイガーバーム)で巨万の富を築いた文虎は、利益を世に還元する目的で、1935年に香港のハウパー・ヴィラ(タイガーバーム・ガーデン)を造り、その後本拠をシンガポールに移した時にももう一つのハウパー・ヴィラを建造したのだそう。
見た事のある方は、その不可思議な胡文虎ワールドにびっくりしたのでは?
その胡文虎も今は亡き人。
香港やシンガポールに建造したハウパー・ヴィラも、一方は規模が縮小されたとか、もう一方も閉鎖されるとか聞きましたが、これも時の流れなのかも…。
萬金油の胡文虎一族の歴史もちょっぴりかじったSUR SHANGHAIは、お次は初溪土楼群へと向かいます。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- kaz-ykさん 2007/11/08 14:19:21
- 暫くです
- SUR SHANGHAIさん
小生のブログに、76回もご訪問頂き、感謝致します。
足跡を辿り「胡」一族の項を、拝見しました。
便利の悪いい田舎までタクシーで、訪問されたとは、そのエネルギーに
感服致しました。
いつもながら綺麗な画像と軽妙にして人を引き付ける描写、有難う御座いました。
特に中国は、何時もながら赤・緑ーー色鮮やかです。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/11/09 09:22:42
- RE: 暫くです
- ご訪問、ありがとうございます。m(__)m
思わぬ所で胡一族のルーツを見て、萬金油も元をただせばこの福建省の片田舎が故郷だったんだなあ、としみじみ思いました。
元々辺鄙な場所を訪れるのが好きなタチで、移動は苦にはなりませんでしたが、朝のお天気が悪かったので「どうしよう…。」と悩んだ時がちょっと辛かったです。
それでもいい想い出になりました。(*^。^*)
-
- arfaさん 2007/06/11 07:47:55
- おはようございます。arfaです。
- 70回目のご訪問ありがとうございます。
「龍岩市から中川古村落へ」の下から2枚目の写真って「ホテルプリ」みたいですね。華僑さんの家ってみんなこんな外観なんでしょうか。
SUR SHANGHAIさんの旅行記って写真が本当に綺麗ですね。写真好きの同僚に綺麗だろって見せたらここまで来たら先天的なセンスの問題だそうです。(暗にお前はセンスが悪いと)
土楼巡りはGWの西双版納ともう一つで成都、水郷と並び最終候補だったのですが一番日本から近いのでという理由で次回以降に持ち越しました。たっぷり参考にさせていただきます。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/06/11 17:41:53
- RE: おはようございます。arfaです。
- あれま、ほぼ同じ頃に掲示板に書き込み合っていましたね。(^o^)
お友達にもわたくしめのページをご披露くださったとのことで、ありがとうございます。m(__)m
>「龍岩市から中川古村落へ」の下から2枚目の写真って「ホテルプリ」みたいですね。華僑さんの家ってみんなこんな外観なんでしょうか。
そう言われてみると、確かにこの建物はマラッカのプラナカンの住居を改装した≪ホテル・プリ≫に見えますね。間口が狭い割りに奥行きがありそうな感じだし。
これは、昔はビルマのラングーンだったミャンマーのヤンゴンに、胡文虎の父親が開業していた漢方薬店だそうです。
- arfaさん からの返信 2007/06/11 20:20:28
- RE: おはようございます。arfaです。
- 私の表面を駆け足で抜けたような軽薄な旅行記にお越しいただきありがとうございます。
仰るとおりどちらかと言うと中国は辺境の方が好きなようです。一番最後まで迷ったのがカシュガルからフンジュラブ峠を抜けてパキスタンへのルートでした。これをやるとパキスタンから上海まで飛行機で帰って来るので他にいけずもったいないという気持ちで出発2日前に決めた次第です。当初より一日伸ばして7日取れば西双版納と成都を観光することが出来ると計算しましたがやはり上手くいかず雨と疲れで1日休んで水郷にいけませんでした。
プランでは最高の出来とほくそえんだのですが。
ではまたまた。
-
- naniwa ladyさん 2007/06/10 09:10:36
- おはようございまーーす。 8(*^o^*)8サザエ
- SHANGHAIさんn
- naniwa ladyさん からの返信 2007/06/10 09:19:30
- おはようございまーーす。 8(*^o^*)8サザエ
- 間違って送信してしまいました。アチャm()m
SHANGHAIさんのところ、台湾でしたか?は、今おはようでしょうか・・
それより中川古村群、見せていただきました。なんていったらいいのか、古式豊かな雰囲気がかもしだされています。きっとSHANGHAIさんの魔法にかかって、その村の持つ雰囲気がクローズアップされたみたいです。実際に見るより、SHANGHAIさんの旅行記で見る方が、色んなことを感じられそうです。
雨上がりのせいか、緑も綺麗で、それもいい効果を出していますね。
雨もいいもんだぁ・・
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/06/11 10:22:09
- RE: おはようございまーーす。 8(*^o^*)8サザエ
- 一朝遅れておはようございます。(^o^)丿
台湾は昔住んでいたんですよ。(*^。^*)
最近とみに、中国でもどこでも田舎を訪れるのが楽しくなっています。
最近日本に一時帰国した時にも『遠野物語』の遠野に行ってきました。
アップはいつになるか分かりませんが、当分あちこちの田舎の風景ばかりの旅行記なりそうです。(^^ゞ
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