2007/05/04 - 2007/05/04
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SUR SHANGHAIさん
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今回の土楼群巡りも今日で終わり。
SUR SHANGHAIとその旦那は厦門(アモイ)へ向かう前に、前日宿をとった湖坑の町から永定土楼民族文化村と南溪実佳土楼群を訪れます。
永定土楼民族文化村と南溪実佳土楼群はどちらも湖坑の町から車で10分ほど。
湖坑の町には小さい宿も多いので、永定土楼民族文化村ゲート前の宿が混んでいそうな時にはこちらに泊まってみるのもいいと思います。
4月に一人で土楼巡りをした時には大雨に降られて中途半端な訪問になった永定土楼民族文化村。
この日は薄曇の天候で歩きやすそう。
ここ数日は中国も5月初めの連休で、日中は永定土楼民族文化村を訪れるツアーも多いので、朝一番に訪れてみることに。
その後は土楼博物館になっている振福楼がある南溪実佳土楼群へ。
表紙の画像は、土楼前の畑で野菜摘みをする親子。(永定土楼民族文化村)
-
これは、この一連の旅行記でも出している南靖土楼群と永定土楼群周辺の地図。
主だった土楼群や土楼の名前と大体の位置関係が記されています。
画像をクリックして元画像で見てみるとはっきり表示されます。
注: 地図上の1〜41の数字は、右側にリストの出ている土楼群や土楼の番号です。距離を示しているわけではありません。
各見所の東西南北の位置を厳密に表した地図ではないので、ご注意ください。
右側のリストの土楼の名前の横に(国保)と出ているのは、≪全国重点文物保護単位≫の意味です。
実際にはこれらの土楼以外にも、さらに多くの土楼があるのはこれまでにも述べたとおりです。
これはパンフレットからとった地図ですが、画像中に出ている永定土楼関連のサイトにも同じ地図が出ています。http://www.ydtulou.com 中国語簡体字・繁体字版
前日は、オレンジ色の○を付けた湖坑の町に泊まったSUR SHANGHAIとその旦那。
この日の前半は、その湖坑の町からオレンジ色の*を付けた1〜6番の土楼が並ぶ永定土楼民族文化村、その後は南溪実佳土楼群のうち同じくオレンジ色の*を付けた14番の土楼を訪問。
注: 地図上では1〜6番の土楼の間がずいぶん離れているように見えますが、この間の距離は実際には1kmほどなので徒歩で大丈夫です。 -
前編でご紹介した高北土楼群の≪承啓楼≫からだと永定土楼民族文化村の入口ゲート(上の画像)まで3kmほど。
そのゲート外側には、中段の画像のように食堂兼安宿が並んでいます。SUR SHANGHAIたちが泊まったのはここから車で10分ほどの湖坑の町なのでお値段は分かりませんが、二人部屋で100元位からじゃないかと思います。
ゲート脇には広い駐車場(下の画像)があって、車や観光バスで来るとここに停めて村の中に入って行きます。
画像奥の建物にチケット売り場がありますよ。その赤い机がこの画像でも見えています。チケットは50元。
売店もあるので、飲み物くらいは買っていくのがよし。
トイレもここのほか村内にもあります。ペーパー必携。
永定土楼民族文化村のサイトはこちら http://www.hakkatulou.com/ 中国語簡体字版
前日の午後は、中国でも5月初めの連休でドッと繰り出した観光客や車で渋滞するほどだったゲート付近も、この朝は一番でやって来たのでまだ閑散。
あとは小川に沿った道で村の中に入る手前にチケット改札の係の人がいます。
徒歩で行くほか、電動車(お値段は未確認)でも村を村を回れるようになっていました。 -
前回4月に一人で来た時には、雨がドッと降ったり止んだりだった空も、この日は薄曇で歩きやすいお天気。
前日の午後は、ゲート付近でもひしめくほどだった観光団もまだ来ていない時間帯でのんびりゆったり。
永定土楼民族文化村へ入って行く道筋にある水車がまた出迎えてくれた。 -
永定土楼民族文化村に入って行くと、まず目に入るのはここの土楼の目玉の一つ≪振成楼≫。
この円楼(ドーナッツ型の土楼)の≪振成楼≫は宿泊可能で、1階部分にはお土産屋さんも入っています。普段は1ベッド20元〜。お隣に食堂あり。5月と10月の連休、春節(中国の旧正月)などにはお値段も倍位だそうです。
この5月初めの中国の労働節の連休には観光団体やアトラクションで賑やか過ぎるくらいになったので、泊まるなら訪れる人の少ない時期がいいような気がします。
?:0597 5532336
この≪振成楼≫周辺の紹介は4月の旅行記にアップ済みなので、下記をご参照ください。
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10149333/
この日は、前回雨でいい写真が撮れなかった村の奥の方へと先に行ってみます。 -
永定土楼民族文化村のゲートから村のメインストリートに沿って1kmちょっと位。このあたりが観光で行く人にとっては一番奥になる部分。
そこには林氏が建てたという府第式(五鳳楼)の≪福裕楼≫そばに、門の上に≪日新学堂≫と名の付いた昔の学校だったらしい建物が(上の画像奥)。
建物の方には≪林氏蒙学堂≫とも名が出ていたので、上記の林氏が村の子弟啓蒙のために開設したのかも?
門も閉まっていたし、外側には説明がなかったので不明。
ちょっと洋風な造りなのが不思議な感じ。
その隣には、今現在の小学校(下の画像右)や、バスケットボールのコートもありました。
連休で、子どもたちの姿も見えない朝。 -
上記の≪日新学堂≫そばには、林氏が建てたという府第式(五鳳楼)という造りの≪福裕楼≫もありますが、SUR SHANGHAIとその旦那は、まず先に小川向こうの≪如升楼≫に行って見ることに。
この≪如升楼≫は、中に出ていた説明によると直径(外径かな?)が23mの3階建てで、1900年代初めにやはり林氏によって建てられたらしいです。
他に数ある巨大な円楼と違って、その小さくて可愛らしい外見から≪米を計る升の如く≫という意味で≪如升楼≫と名付けられたのだそう。
この画像だと向かって左手に小さい橋が架かっているので難なく歩いて行けました。 -
その≪如升楼≫そばでは家族(?)らしい人たちが何やら作業中。
通りがかりに挨拶して見てみたら、烏龍茶の茶葉の選別作業のようでした。
今回、あちこちの土楼群の集落で見てきた烏龍茶製造の最終工程。
≪如升楼≫の中に入って行くと…、 -
…入口から入ってすぐの所に、床に作り付けの臼らしき物が。
脱穀にでも使うのかな。
今も使っているのか、文物として残してあるだけなのかは不明。 -
≪如升楼≫自体小さいので、その中庭には祖堂は無し。
いかにもこぢんまりした内部には、今も人が住んでいて、洗濯物も架かるし炊事仕度をする人も。
上を見上げると、空にぽっかり穴が開いたように見えましたが、この日は曇って冴えない写真だったのでアップはパス。 -
≪如升楼≫を出て、ちょっと斜め下から見上げるとこんな感じ。
巨大な円楼には無い愛らしさ。
前を流れる小川の向こう側には…、 -
…これから行ってみる府第式(五鳳楼)という造りの≪福裕楼≫。
土楼らしく見えないスタイルですが、このほかの円楼、方楼と比べると一番歴史が古いんだそうですよ。
日本でよく知られているドーナッツ型の円楼がその次で、箱型の方楼は歴史が新しいのだそう。
この≪福裕楼≫は、タバコの葉を刈り取るナイフを売り出して財を成した林氏の3人息子が1880年頃に建てたもので、永定県内では最大規模の府第式(五鳳楼)土楼ということです。
この画像では全く見えなくなっていますが、小川に面した塀には、ところどころ消えかけてよく読み取れない「……高挙毛沢東思想…奮勇前進…」のスローガンが残っていましたよ。 -
これは、≪福裕楼≫の左お隣にある方楼の≪光裕楼≫の正面。
このまた左お隣には、別の方楼≪慶福楼≫もあるので、一緒に合わせて見に行ってみます。 -
小川脇には小さい畑もあって、自家用に菜っ葉や豆類などが植えられていました。
その畑の合間には、収穫したササゲ(?)を干しているおばさんが。 -
ちょっと渓流風にもなった部分の小川。
上記に出した≪福裕楼≫や≪光裕楼≫、≪慶福楼≫を見学に、また小さい橋を渡ります。
この画像で見えているのは、≪慶福楼≫の一部。 -
≪慶福楼≫へはこの小さい門からも入って行けますが、SUR SHANGHAIたちは先に府第式(五鳳楼)の≪福裕楼≫へ。
ん? その肩に担いだ笹は何に使うのかな。 -
さて、ちょっとグルリと遠回りしてやって来た≪福裕楼≫の入口。
これだけ見ると、中国でよく見る昔の邸宅の門と同じ感じだなあ。
土楼に入って行く、と言うのはまた別の気分。
≪福裕楼≫の建物自体には三つの部分に区切られていて、それぞれ出入り口が付いていました。
この画像奥に赤い服を着た女性が出てくるのが見えているのがそのうち一番右の出入り口で…、 -
…その上には≪常棣≫という文字が。
この≪常棣≫と言うのはニワウメとかニワザクラという花の咲く木の事らしいのですが、『詩経−小雅(宮廷歌)常棣』の中ではその群れて咲く花に例えて、兄弟の情愛を表す言葉なのだそう。
↑は辞典の受け売りですが。(^^ゞ
≪福裕楼≫のこの部分の内部は宿泊できる土楼になっていて、英語でも看板が出ていました。
見せていただいたところ、他の宿泊できる土楼のお部屋よりこざっぱりと整えられていました。
私が見せていただいた二人部屋(トイレやシャワーの設備は外にあって簡素な造りです)は60元でした。
このお部屋の様子は下記にアップ済みですので、必要な方はどうぞ。
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10149333/ -
上記の≪常棣≫の名のとおり、林氏一族の3兄弟たちがこの≪福裕楼≫を建てたあとは、それぞれの家族とともに住んでいたのだそう。
その内部外壁の白い化粧塗りも、今はその歴史を示すかのように剥がれ落ちている箇所がありました。 -
≪福裕楼≫の≪常棣≫と名が出ている部分内部は、上で書いたように宿泊が可能のほか、こんな植え込みのある中庭では食事も出来るようになっていました。
この時はお昼には早すぎた時間帯でSUR SHANGHAIたちはお試ししませんでしたが、客家料理などもメニューに出ていたので、ちょっと一休みしていくのもよさそうです。 -
≪福裕楼≫の三つある入り口のうち、これは中央の入口部分。
この中は? と入って行ってみると…、 -
…奥には林氏の祖先を祀っているらしい祭壇があって、ちょっとした廟のような雰囲気。
壁際には、下の画像の≪廻避≫などと書かれたプラカードのような木の板も。
これって、これまでも航海の守り神の女神≪媽祖≫を祀ったあちこちの媽祖廟でも見たなあ。
ここは媽祖廟と何か関連が?と思っても説明なし。 -
周辺の部屋の扉の雰囲気も、ちょっと人が住んでいるという感じじゃないみたい。
はっきりした説明が出ていないので、分からずじまい。 -
≪福裕楼≫の、三つ並んでいる入り口のうちのこれは左側。
この入口に書かれている≪華葶(?)≫という字は、辞典で調べてみましたが、今ひとつ意味がつかめないSUR SHANGHAI。
≪華≫の次の字が≪葶≫だとしたら、≪イヌナズナ≫という利尿剤の漢方薬になる植物の名だそうですが、ちょっとこの場合にはそぐわない気が。
別の字と間違っていたらすみません。m(__)m
その内部は…、 -
…洗濯物も下がって、グッとくだけた様子の住居になっていました。
-
さて、府第式(五鳳楼)の≪福裕楼≫を出て、次は小川向こう側からから見た時には左お隣に見えていた方楼の≪光裕楼≫へ。
間に小さい土楼を挟んだ先には≪光裕楼≫敷地へと入るいかめしい門。 -
上の画像と同じ≪光裕楼≫敷地へと入って行く門。
広い庭になった先に見える小さい建物は何かと言うと、昔はこの≪光裕楼≫住人の子弟教育に使われていた教室だったんだそうです。
今はもちろん扉は閉まって、その前ではニワトリたちが日向ぼっこをしてました。 -
化粧塗りが立派な≪光裕楼≫正面入口。
方楼も、これだけの大きさと重々しさがあると豪壮という文字が似合う。 -
≪光裕楼≫1階内部も、中庭を囲んで戸口に赤い春聯を貼った小部屋がいくつも並ぶ。
階段の上り口で寝ていたワンちゃんが
「ん? 何?」
という感じで顔をちょっと挙げた。
ごめん、ごめん、起こしちゃったね。 -
扉が開いているお部屋があったので、戸口からちょっと中を失礼。
≪光裕楼≫に限らず1階部分の部屋は家族単位で使う食事スペースや居間になっていることが多いですが、このお部屋は立派。
テレビもデジタル壁掛け時計もあるし、これだけ見たら、一般のアパートの内部と見間違えそう。
ほかにも扉が開いているお部屋を失礼して覗いてみたら、土間のままの床にシンプルなテーブルだけが置いてあるお宅もありました。 -
≪光裕楼≫1階の片隅では、お酒の匂いがプンプンする場所が。
自家製のお酒なのかな。
酒壺がずらり。 -
≪光裕楼≫のそのまたすぐお隣の方楼≪慶福楼≫の正面写真は無し。
内部1階の祖先を祀ったらしい祭壇の前は柵があって中に入れませんでした。これはちょっと珍しい。 -
≪慶福楼≫は、生活の匂いの濃い土楼。
物置風に、あちこち色々な物が雑多に置いてある。
上海あたりの骨董家具屋さんでは、こういう椅子も買い取ってリフォームした後はいいお値段で売ってますよ。
木材にもよるけど、この赤い椅子はシンプルな作りだから、1000元するかしないか位になるんじゃないかな。
罰当たりですみません。m(__)m -
≪慶福楼≫1階にも毛沢東主席のポスターが。
ずいぶんお若い頃のお顔のようですが。(^^ゞ -
さ、今度はまた永定土楼民族文化村へと戻ります。
前には通らなかった路地を通ってみると、小型ながら今も健在の土楼もあれば…、 -
…すっかり崩れ去って、元の土に返った土楼も混じる眺め。
-
この永定土楼民族文化村を含めたあたり一帯の土楼群は世界遺産に登録申請されているはずだけど、何の保護もされていないのかな。
-
永定土楼民族文化村の土楼の目玉になっている≪振成楼≫近くの≪福興楼≫は、方楼の一部の屋根がちょっと下がって変型になっているのがここからも見える。
その前に作られた畑では、まだ若いお母さんとその息子さんが野菜摘み。
ちょうどこれからお昼ご飯の支度に使うのかな。
お母さんが手に持っているのは青梗菜。
おいしいおかずになるといいね。 -
永定土楼民族文化村では誰もが訪れる≪振成楼≫まで戻ってくると、そろそろ各地からの観光団が訪れる時刻。
画像奥がその≪振成楼≫。
≪振成楼≫の前の広場でこの日のアトラクション第一弾を繰り広げていたらしい地元の人たちがご退場する場面。 -
SUR SHANGHAIは前回の一人旅の時にも訪れた≪振成楼≫だけど、今回は旦那も一緒なので再度内部見学。
これは、二重構造になっている≪振成楼≫内側の土楼2階の通路。
この部分の柵には鉄も使われていました。 -
これは、二重構造になっている≪振成楼≫外側の土楼で、4階建てになっています。
前回は雨の中だった≪振成楼≫も、今回は薄曇の空の下。
この日は中国でも5月の初めの連休で、通路には観光客が溢れるほど。ちょっと写真を撮るタイミングが難しい。
下を見てみると…、 -
…≪振成楼≫内部のお土産屋さんも、この日は通路まで商品を並べる眺め。
-
≪振成楼≫4階部分。
柵の補修かな。トントンカンカン金槌の音も響く。
落ちないように気を付けてくださいね〜。 -
≪振成楼≫の通路に出ていた洗濯物。
ここだけに限った事じゃないんだけど、誰の眼にも止まる場所に女性の下着類も堂々と干してあるのはちょっと…。
これも中国的景観の一つと言えますが。(^^ゞ -
≪振成楼≫の外に出て来たら、観光団が続々訪れるお昼前で、広場は賑やか過ぎるほど。
お決まりの横断幕を持って記念撮影のグループも。
この人たちは広東省から来たんだな。
そこに入場して来たのは…、 -
…今度は龍の舞を見せてくれる地元の人たちのグループ。
龍の珠を持ってるおじさんは、ちょっとお疲れ気味のご様子。
さ、SUR SHANGHAIたちは、この永定土楼民族文化村を去って、今回最後に予定していた南溪実佳土楼群へと向かいます。 -
永定土楼民族文化村から南溪実佳土楼群までは、湖坑の町を通って車で行くと20分足らず。
湖坑の町の中にも看板が出ていたのですぐ分かりました。
注:南溪実佳土楼群は、単に南溪土楼群とも呼ばれています。
これは南溪実佳土楼群の入り口駐車場にあった南溪実佳土楼群内の地図。
画像をクリックして元画像で見てみるとはっきり表示されます。画像中央下の緑の部分がその駐車場。チケット売り場がそのそばにありました。チケット40元。
SUR SHANGHAIたちは、画像中央の赤い○が付いた円楼の≪振福楼≫に行ってみます。
≪振福楼≫は、土楼関連博物館になっていますよ。 -
南溪実佳土楼群の駐車場で車を降りた後は徒歩で≪振福楼≫へ。
脇にはこんな畑もある道を5分足らずで…、 -
…美麗溪と呼ばれるこの川のほとりに≪振福楼≫があります。
あれ、薄曇だった空がちょっと泣き出したなあ。 -
これが土楼関連博物館になっている円楼の≪振福楼≫入口。
中の見学料はチケットに込み。
下記のサイトに紹介が出ています。
http://www.chinatulou.com 中国語簡体字版
周辺地図なども出ています。 -
南溪実佳土楼群の≪振福楼≫の土楼関連展示品の一部。
これによると、土楼の原型は、陜西省西安にある半坡遺跡の住居だったんだそうですよ。
それが、中原(ちゅうげん:中華文化の発祥地になった黄河中下流域の平原)一帯に住んでいた漢族が客家となってこの福建省の西寄りに移り住んでから、今見られる形に発展して行ったんだそうです。
ここでの写真や展示方法は今ひとつでしたが、さまざまな形の土楼紹介もありました。
これまでの旅行記でご紹介してきた各地の円楼や方楼も変型が多くて、円楼の変型としてはD字型、U字型、半月型などなど、方楼の変型としては三角型、五角、六角、L字型などなどがあるのも、実例の写真が出ていました。
この旅行記の初めの方に出した≪福裕楼≫−府第式(五鳳楼)というスタイルの土楼にも、変型があるんだそうです。 -
≪振福楼≫は二重構造になっている円楼で、永定土楼民族文化村の≪振成楼≫と同じように内側の土楼には祖堂がありました。
祖堂は、祖先を祀ったり一族の儀式などを執り行う場所だったのだそう。 -
≪振福楼≫の祖堂の脇には井戸も。
今回の旅で見たほかの土楼でも、敷地内には必ずと言っていいほど井戸がありました。 -
≪振福楼≫の祖堂入口の柱には、由緒ありげな書や装飾が。
これはSUR SHANGHAIたちが見た限りでは、一番趣のある造り。 -
≪振福楼≫の祖堂祭壇が奥に見えています。
祭壇自体はどこも質素な造り。 -
≪振福楼≫の祖堂もある内側の土楼には、ちょっとした骨董を売るお店もありました。
その店番のおばあさんが戸口に立っている場面。
SUR SHANGHAIは骨董を見分ける眼力はありませんが、古いものを見るのは好き。
商品を見せていただいたところ、これまでに取り壊した住居や家具のパーツや日用品がありました。
彫刻や透かし彫りを施して家具などにはめ込む花板というパーツや、毛筆立てがいい感じでしたが、強気の言い値でギブアップ。
このおばあちゃん、商売に関してはまだまだ現役です。 -
もうそろそろ、今日の宿泊地の厦門(アモイ)へ向かうことにしたSUR SHANGHAIとその旦那。
「たくさん土楼も見たし、堪能したね。」
「おれはもう、どの土楼がどこにあったのか覚えてないよ。」
≪振福楼≫を出てきたら、いつの間にか降り始めた雨。
予定していた土楼群は見終わったあとでラッキー!
≪振福楼≫前を流れる美麗溪にも大きな水車。 -
しとしとと降り始めた5月の雨。
まっすぐに駐車場には向かわずに、美麗溪越しに≪振福楼≫を眺めながらちょっとだけお名残の散歩。 -
これまでの4月5月の旅行記で、福建省の西側が広東省や江西省と境を接する閩西と呼ばれる地域にある客家(はっか)の土楼群をご紹介してきましたが、実際にはまだまだ多数の土楼群がありますよ。
全部見終わるには何日あっても足りないくらいなので、いくつかに絞っていくのがお勧めです。
SUR SHANGHAIも、本当はまだ見てみたい土楼群もあったけど、今回はこれで時間切れ。
このあとは、厦門(アモイ)を経由して福州、そして上海に帰る旅行記へと続きます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- カンゲンさん 2009/04/03 21:54:53
- 福建土楼群 参考にさせていただきます。
- SUR SHANGHAIさん 今晩は。
いつも楽しい旅行記拝見させていただいております。
近々、短い日程ですが福建省に行くことにしました。
土楼群も是非訪ねてみたいと思っておりますが、
多分、アモイからの日帰りになりそうです。
行ける場所は限られると思いますが、SUR SHANGHAIさん の旅行記を
参考にさせていただきます。
これからもよろしくお願いします。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2009/04/04 18:11:11
- RE: 福建土楼群 参考にさせていただきます。
- ご訪問と書き込み、ありがとうございます。(*^^*)
福建省に行っていらっしゃるんですね。
アモイからも日帰りで行ける土楼の村もあるようですから、是非一度ご覧になってください。
初めて行った時には、土楼のその規模についてはある程度知っていましたが、あれほど数が多いとは知らなかったので驚きました。
もう2年ほど前の旅行記なので、当時とは事情が変わっている点もあるのではないかと思います。あらかじめご了承ください。
お天気に恵まれて、良いご旅行になるようにお祈りしています。
いってらっしゃいませ〜。
-
- シベックさん 2007/08/22 12:24:10
- 土楼
- SUR SHANGHAIさん、こんにちは。
永定土楼民族文化村の土楼、拝見しました。
日本の昭和20年代の頃には、土壁の民家が沢山残っていました。
懐かしく、郷愁を感じる村の佇まいです。
今も、同じような手法でデザインする建築家がいますが、
なぜかそんな素朴で温かみを感じるデザインに心ひかれます。
シベック
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/08/28 16:27:31
- RE: 土楼
- お返事が遅れて失礼しました〜。m(__)m
最近は旅行記もなかなか書けず、皆様への訪問も出来ずにおります。
明後日からは留守勝ちになりますが、PCは持って行くので、お伺いできればいいなあと思ってます。
土楼は規模は違いますが、日本の土蔵にも共通する土壁の風情が好きでした。
アモイからも日帰りできる土楼群もあるので、機会があれば是非どうぞ。
秋は稲の刈入れ風景も見られる場所もありそうです。(*^。^*)
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