2007/05/03 - 2007/05/03
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SUR SHANGHAIさん
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前日は、福州の街から泉州、厦門(アモイ)の街をかすめて、いよいよ今回の最大の目的地、南靖土楼群が待つ南靖県に辿り着いたSUR SHANGHAIとその旦那。
福州からは全部で400kmほどの道のりでも、厦門(アモイ)のあとの漳州市と龍岩市を結ぶ漳龍高速を南靖料金所で下りた先の道が拡張工事中で悪路。
最後の詰めの南靖の町から書洋の町へは40kmほどなのに、4WDでも2時間かかってしまったので、福州からの合計所要時間は6時間半!
07年中はこの道筋は要注意。工事期間中は永定土楼群のある永定県側から行くのがいいかもです。
着いた先の、書洋の町の土楼飯店はこざっぱりと居心地がよくて食事もおいしかったのが大きな救い。
今日は、その書洋の町も去り、まずは南靖土楼群の中の一つ、田螺坑土楼群の集落を訪れます。
閩西(閩の別称を持つ福建省の西部が江西省や広東省と接するあたり)の≪五つの金の花≫とも≪梅の花≫とも称される田螺坑土楼群の集落はどんな姿を見せてくれるのか。
表紙の画像は、展望台から見下ろした田螺坑土楼群の集落。
方楼の歩雲楼を中心に、花のような形に身を寄せ合う田螺坑土楼群。
-
書洋の町で見つけた≪土楼飯店≫で一泊後の朝。
その≪土楼飯店≫前のメイン・ストリートではバイク・タクシーのおじさんが客待ち。
「乗らないか〜。」と声を掛けられたけど、今回は車で来たSUR SHANGHAIとその旦那はパス。
商売にならなくて、ごめんなさい。 -
書洋の町の一軒のお店。
ヤカンで沸かしたお湯をポットに入れている店番のおじさん。
その頭のそばには、毛沢東主席のポスターが今も貼られていた。 -
これは、この旅行記の前編でも出した南靖土楼群と永定土楼群周辺の地図。
主だった土楼群や土楼の名前と大体の位置関係が記されています。
画像をクリックして元画像で見てみるとはっきり表示されます。
注: 地図上の1〜41の数字は、右側にリストの出ている土楼群や土楼の番号です。距離を示しているわけではありません。
各見所の東西南北の位置を厳密に表した地図ではないので、ご注意ください。
右側のリストの土楼の名前の横に(国保)と出ているのは、≪全国重点文物保護単位≫の意味です。
実際にはこれらの土楼以外にも、さらに多くの土楼があるのはこれまでにも述べたとおりです。
これはパンフレットからとった地図ですが、画像中に出ている永定土楼関連のサイトにも同じ地図が出ています。http://www.ydtulou.com 中国語簡体字・繁体字版
この旅行記の前編では黄色い○を付けた漳州から赤い○を付けた書洋の町を目指したSUR SHANGHAIとその旦那。
今日は、その書洋の町から青い○を付けた田螺坑土楼群や、その途中にある緑の*印を付けた塔下村、下坂土楼群、河坑土楼群を訪れる予定。
注: 書洋の町と田螺坑土楼群の間にも直通の道があるようですが、この旅行記では塔下村、下坂土楼群を経由する道でまず田螺坑土楼群へ行ってみます。 -
さて、今日の最初の目的地、田螺坑土楼群の集落に向けて書洋の町を出発。
出発したのは午前8時15分。
あ、昨日の南靖の町から書洋の町までの道路工事はここでは一応終わっているね、よかった〜と思ったら…、 -
…そうは問屋が卸さなかった…。(^^ゞ
ひゃ〜、ここはまだまだ崖を崩して道路を広げるらしい。 -
書洋の町から田螺坑土楼群へ向かって、河坑土楼群への分岐点、塔下村、下坂土楼群方面も、07年5月上旬は道路拡張工事で悪路。
この画像はまだ状態がいいほう。
この部分もいつ工事が終わるのか分かりませんが、07年中は注意が必要かもです。 -
書洋の町から田螺坑土楼群への道筋。
河坑土楼群への分岐点を過ぎて塔下村の手前にはこんな川があって、臨時の木橋が架かっていました。
前を行く車は広東省から来たグループだな。
ナンバープレートに、広東省で登録された印の≪粤≫という字が付いている。
SUR SHANGHAIたちが昨日通った南靖の町→書洋の町の道も、今日のこの道も、普通車でずっと通って来たとしたら表彰物だ〜。
道路の状態がいい永定土楼群のある永定県側から来たのかも? -
塔下村でもガードレールの無い川沿いの道が細くて、対向車とすれ違うのがちょっと怖かった。
これは、塔下村から先にある下坂土楼群の集落への道筋。
行く先に土楼が見えたり、新しいタイル張りの民家があったり、天秤棒を担ぐ人がいるかと思えば、そのそばにはチャイナ・モバイルの大きい看板もある不思議な眺め。 -
この日は塔下村、下坂土楼群、河坑土楼群はあとで見学することにしてあるので、先に田螺坑土楼群の集落へ。
下坂土楼群の集落を過ぎても、まだ道路拡張工事の続く道。
あ、この辺は半分出来てるね、という場所からは…、 -
…棚田の向こうの斜面に出来た土楼群が。
あ、あれが田螺坑土楼群の集落だね!
もう一息! -
道路拡張工事中の道を上って行くと、田螺坑土楼群の集落へ行く道と、田螺坑土楼群を上から見下ろす展望台へと続く道に分かれる分岐点がありました。
そこには、上の画像のバス停があって、07年5月上旬時点では、山城⇔下版を結ぶ路線の途中でここにも停まるようでした。
ちなみに下版から山城に向かうバスがここを発車するのは午前は6:40、7:20、午後は15:00。
山城から下版に向かうバスがここを発車するのは、午後13:00、14:45、19:00と出ていましたよ。
やはり公共の足の便は少ないようです。
下の画像でバイクがやって来る方向が田螺坑土楼群の集落に行く道ですが、SUR SHANGHAIたちはまず展望台への道を行きます。 -
田螺坑土楼群を見下ろす展望台への道も、07年5月上旬現在は拡張工事の真っ最中。
距離的には、上記の分岐点から2,3km程度。 -
…やれやれ、やっと田螺坑土楼群の集落を見下ろせる展望台がある場所に着いた。時は午前9時15分。
書洋の町を出たのが8時15分だったから、ちょうど1時間。道路拡張工事が済めば、時間はもっと短縮されるはず。
上の画像は土楼を模して新しく造られたと思しきチケット売り場。
田螺坑土楼群見学のチケット20元。
これには展望台からの眺め+集落内見学も含まれていました。
このチケット売り場とは道路を隔てて、下の画像の展望台がありました。チケットはここでチェックされます。
あとで集落に入る前にもチェックされるので、チケットは失くさないでくださいね。
さて、展望台からの田螺坑土楼群の眺めは…、 -
…わ、これまでに写真で見ていた通り、田螺坑土楼群は花の形に並んでいるんだ〜。≪五つの金の花≫とか≪梅の花≫と呼ばれているのもうなずける。
ただ、たった今車で上って来た工事中の道がはっきり見えすぎて無粋だなあ。
工事が終わって、削られた山肌が草木で覆われる頃になったらもっと風情がよくなるのでは?
田螺坑土楼群の由来:
明の時代に永定からこのあたりに移り住んだ黄と言う苗字の人が山の麓にある小川でアヒルを飼ったところ、その小川の田螺(タニシ)を食べたアヒルがよく卵を産み、黄氏一族は次第に裕福になったのだそう。
そこで後世の黄氏一族は、本来は理想的とは言えないこの斜面に土楼を建てたんだそうですよ。
その土楼がこの画像でも見えている四角い形をした方楼の≪歩雲楼≫で、あとで≪歩雲楼≫の中に出ていた説明を見てみたところ、黄氏の12代目によって1662〜1722年にかけて建てられたんだそうです。
そのほか四つの土楼の名はと言うと…、 -
…この画像で四角い方楼の≪歩雲楼≫を中心とすると、その手前に大きく見えている円楼が≪和昌楼≫。
そこから時計回りに≪瑞雲楼≫、≪文昌楼≫、≪振昌楼≫になります。
≪文昌楼≫も円楼ですが、完全な円形ではなく楕円形の変型土楼。
集落に入ってそばから見ると分かりませんが、展望台から見ると、確かに左右に引き伸ばされた形だと言うのが見て取れます。 -
展望台から車で下りて来て、上記で出したバス停のある分岐点から田螺坑土楼群の集落への道を進もうとしたら、
「連休で車が多いから、今日はここに停めて。」
と交通整理のおじさんの声が。
バス停周りも土砂が積んである工事中でしたが、そこもそのうち駐車場になるのかも。
車を停めて、徒歩で集落へと向かったSUR SHANGHAIとその旦那。
距離的には1km足らず。
その道から見る田螺坑土楼群の集落は、山に囲まれた棚田の上の斜面にあるのがよく分かる眺め。
この画像で見えている土楼は≪文昌楼≫。
ここからだと、注意しないと楕円形の土楼だとはすぐに気付きません。 -
田螺坑土楼群の集落に入って、まず目にしたのは土楼周辺の草むしり作業中の人々。
刈ったりむしり取った雑草は、天秤棒で運ばれて行きました。 -
集落の中で最初に訪れてみたのは、前述した田螺坑土楼群の由来に出てきた黄氏12代目が建てたという方楼の≪歩雲楼≫。
前述したように1662〜1722年に造られたということで、現存する田螺坑土楼群の中では一番古い土楼です。
田螺坑土楼群の主だった五つの土楼には、門を入ってすぐの壁に、その土楼の歴史や由来、規模などが書かれた表示が出ていました。
中国語簡体字と英語で書かれていましたよ。
ちなみにこの≪歩雲楼≫は3階建てで高さ11.93m、敷地面積1050?、建築面積1393?で、各階には26の部屋があるんだそうです。
中の階段の造りが「青雲を平らかに歩む」=「出世する」の意味を踏まえていて、≪歩雲楼≫の名もそこから来ているのだそう。
その≪出世≫階段の写真も撮ったのですが、ハレーションを起こしていたので画像はありません。(^^ゞ -
≪歩雲楼≫の正面の門から入った所には木製の農機具が置いてあり、そこではここの住人らしき子たちが遊ぶ姿。
5月初めの連休で小学校もお休みなんだろうな。
中国では、その年の曜日の組み合わせによって、5月1日の労働節前後の1週間ほどが連休になります。
この田螺坑土楼群の集落は、小学校を造るには小さすぎるようだけど、この子達の通学はどうしてるんだろう。
集落内に複式学級の教室があるのかな…。
聞いてみればよかったなあ。
このあと、赤い服を着た子がポケットから取り出したのは小さいふかし芋。
二人で仲良く分け合っていた姿も見られました。 -
≪歩雲楼≫の正面門から入ってすぐ左の壁には、ほかの土楼でも見られたような小さい祭壇。
これは門や土楼を守る神様の祭壇なのでは?
間違っていたらすみません。m(__)m
≪歩雲楼≫のこの祭壇の赤い紙には、≪福徳正神≫、≪神霊千家祀≫、≪正神百世喜≫と書かれていました。
ご先祖様を祀る祭壇は、どこの土楼でも正面の門を入って中庭を挟んだまっ正面の壁にありました。 -
≪歩雲楼≫を出た後は、画像で青い服を着た女性が向かっている円楼の≪瑞雲楼≫へ行ってみます。
田螺坑土楼群の集落には、画像にも出ているような土楼の名を書いた標識が立っているので、自分が今どの土楼に向かっているのか分かります。
この標識は新しく作られた物のようで、集落入口には集落全体の紹介を記した標識もありましたよ。 -
≪瑞雲楼≫の中に出ていた説明によると、≪瑞雲楼≫は≪歩雲楼≫同様に黄氏一族によって建てられた円楼なのだそう。
建てられたのは1936年。
え? (◎o◎) 20世紀になってから造られた土楼もあったんだ。
≪瑞雲楼≫内にも居住する人が多いらしく、この日はお掃除中。
上から絶え間なく埃が降って来るので写真はこれだけ。
おじいさん、今日はお鍋の見張り番ですか。 -
≪瑞雲楼≫を出て来たら、≪歩雲楼≫との間の空き地で不要になったらしい道具類が燃やされていた。
お掃除で出たゴミだったのかな。
近寄ってみると…、 -
…竹を編んで作ったらしい籠類や、ゴザも一緒に炎に包まれていた。
これを見ていると、≪炎≫の字が本当に浮かび上がって来るみたい。
古い物がまた消えていく…。
籠が焼け落ちるまで見守っていると、何とはなしに物悲しい気持ちになったSUR SHANGHAI。 -
またさっきの標識のある角。
今度は、おばあさんが歩いて行く方向にある円楼の≪和昌楼≫に行ってみます。
田螺坑土楼群の集落は、前回行った永定土楼群の一つの初溪土楼群よりも傾斜が幾分きつい斜面にありましたが、集落の規模はずっと小さいので、普通の体力がある人なら問題なく見て回れると思います。 -
≪和昌楼≫の中にも井戸があって、ここに住んでいるらしき女性がお洗濯。
≪和昌楼≫に出ていた説明によると、≪和昌楼≫は元々は1354年頃に造られた方楼だったんだそう。
え! (◎o◎) ≪歩雲楼≫より古い土楼だったの?と思ったら、そのオリジナルの方楼は1930年代の戦乱で壊れたそうなんです。
1930年代って言ったら、満州事変や日中戦争があった頃だなあ。日本軍は関係していたんだろうかと思っても、それ以上のことは書いてありませんでした。
で、≪和昌楼≫が今見られる円楼としてやはり黄氏一族によって再建されたのは1953年なのだとか。
え! (◎o◎) その頃にもまだ土楼が造られていたの? とまたまた驚くSUR SHANGHAI。
土楼見学は本当にびっくり続き。 -
≪和昌楼≫内部も、1階部分は各家族の食事スペースになっていました。
1953年に建てられた新しい土楼のせいか、壁はタイル張り、床はレンガが敷いてありましたよ。 -
さっきまで女性が洗濯をしていた井戸端には、また別の女性が来て洗濯を始める≪和昌楼≫の中庭。
今日はお天気がいいからすぐ乾きそうですね。(*^。^*) -
≪和昌楼≫の中にも、場違いなほど立派なバイクがあった。
田螺坑土楼群の集落に限らず、このあたりは公共の足の便が少ないみたいだし、生活の必需品なんだろうな。
それにバイク・タクシーも兼ねて収入源にしている人も多いのかも。 -
≪和昌楼≫の中庭にも、ほかの土楼同様、いろいろな家畜が同居。
このワンちゃんはまだ午前中なのに、気持ちよさそうにお眠り。
そのそばでワンちゃんのお守をするかのように、姿勢を正して座っているガチョウお母さん(?)の生真面目な目が好対照。
可愛い〜。(*^。^*) -
≪和昌楼≫の外に出て、さっき上って来た石段と≪歩雲楼≫を見てみる。
今日は遠くの山もよく見える五月晴れ!
車でこの田螺坑土楼群の集落に来た時の工事中の道も見えてます。 -
展望台から田螺坑土楼群の集落を見下ろした時には主だった五つの土楼しかないように見えましたが、実際に歩いてみると普通の家とさほど変わらない大きさと外見の土楼も混じっています。
それらの間を縫うように坂や石段が付いていますよ。
坂道の下から何かを担いだ人が上って来る一場面。 -
そして、田螺坑土楼群の集落には共同の露天井戸もありました。
大きな土楼の中庭にはその土楼専用の井戸がありますが、これは井戸を敷地内に持たない小さい民家に住んでいる人が使うのかも。
ここではおばあさんが水汲み中。
このおばあさんが集落のどの位置に住んでいるかまでは分からないけど、バケツを持って行き来するのは大変だろうなあ。お疲れ様。
向こうに見える普通の家のような造りの土楼は何やら工事中。
行って見てみると…、 -
…修復工事かと思ったら、取り壊し作業中だった。
え? なんで? (・・?
SUR SHANGHAIの旦那は、
「この辺一帯の土楼群の世界遺産登録申請に向けて、新しい普通の民家のような見かけの土楼は撤去してるんじゃないか。」
と言ってましたがどうでしょう。 -
楕円形の変型土楼の≪文昌楼≫前から見下ろした斜面。
斜面全体が棚田や段々畑になって麓まで続いているのがよく見えます。
そしてその麓には田螺坑土楼群とは別の土楼群も見えていますが、この画像で見えるかどうか。
畑仕事に行くらしい人が天秤棒を持って下りて行く。
連休だけど、畑仕事は待った無しの作業。 -
展望台からははっきり楕円形なのが分かった≪文昌楼≫も、近くから見てみると普通の円楼のように見えた。
これはその≪文昌楼≫の正面入口。
中に出ていた説明によると、この≪文昌楼≫も黄氏一族によって1966年に建てられたのだそう。
田螺坑土楼群でこれまでに見た中では一番若い土楼。
まだ見ていない残り一つの≪振昌楼≫はどうなんだろう。
さっき見た≪瑞雲楼≫も、再建された後の≪和昌楼≫も1900年代に建てられたと知ったあとでは、もうびっくりしないけど、土楼と言えば明・清の時代の物ばかりなんだろうと勝手に思い込んでいたので意外! -
≪文昌楼≫も、入口から入ってすぐの所には小さい祭壇があって、不要になったらしい家具や農機具が置いてありました。
こういう引き出しが付いた小箪笥も、上海の骨董家具屋さんでは買い取ってリフォームした後は結構いい値段で売ってますよ。
これはもともとは何の木で作ったのかな。
材質は別として、これはデザインはシンプルだけど、花瓶に生けた花やそのそばに置いてある梅の枝の絵がカラフルでおめでたいから、上海でのリフォーム後の売値は二千元にはなるんじゃないかな、と値踏みするSUR SHANGHAI。
罰当たりですみません。m(__)m -
≪文昌楼≫の中庭にも井戸があった。
日当たりのいいこの時間帯、井戸の周りも物干し場。
笊に入っているのは花ですが、もうかなり萎れていたので何の花だったのかは分かりません。 -
≪文昌楼≫を出て、今度は画像右上の方に見えている≪振昌楼≫に行ってみます。
画像にも出ているように、田螺坑土楼群の集落には主だった五つの土楼以外にも、普通の民家と同じような大きさの土楼も混じっています。
お土産屋さんになっていたり、売店になっていたりしますよ。
そうそう、SUR SHANGHAIが気付いた限りでは観光客用のトイレは見かけなかったので、ご用が出来たら土楼の外にあるトイレを使わせてもらいましょう。
設備はごく簡単です。ペーパー必携。 -
≪振昌楼≫の中に出ていた説明によると、これも黄氏一族によって1930年に建てられた円楼で、3階建て。
中ではおばあさんが干し野菜を観光客用に売ってました。
誰か入って来るたびに、おばあさんは様子をうかがうのに、誰も足を止めない…。
ごめんなさい、何も買ってあげなくて。m(__)m -
≪振昌楼≫も造られた年代は新しくても、細部を見ていくとやはり古典の趣が。
この木の扉の金具がいいなあ。 -
≪振昌楼≫1階部分の食事スペースの一つ。
ここも内部はタイル張り。
戸口全体の扉のほかに、この腰の高さの扉があると、中は見えても一応仕切りの役目がある。
いくら隣近所の顔見知りの人でも、いきなり中に入られる事が無くていいアイディアだ。 -
太陽の位置がちょっと悪かったけど、≪振昌楼≫上階から、最初に行った展望台方向を見た様子。
手前の山の木の間に展望台の建物があるのが見えるかな。 -
さ、そろそろ田螺坑土楼群の集落に来る途中で通り過ぎた下坂土楼群や塔下村、それに河坑土楼群にも行ってみようか。
今日はお天気も抜群だからよかったね。
ちょっと暑過ぎるくらいだけど、前回一人で永定土楼群の集落巡りをした時の雨空に比べたら、ワクワクしてくるほどの上天気。
≪振昌楼≫よ、さようなら。(^.^)/~~~ -
そうそう、田螺坑土楼群の集落では、楕円形の≪文昌楼≫のほか、その裏手にあるこの画像に出ている変型土楼にも泊まれるようですよ。
1ベッド20元。周辺を回るバイク・タクシーの便も図ってくれるようです。
周辺の撮影をする人たちがよく利用するらしいです。
?:0596−7775888 メール:tuloubg@163.com 07年5月上旬現在はHPは無いようです。 -
また徒歩で、車を停めたバス停そばへと戻る道から見た田螺坑土楼群の集落。
-
車で移動開始!
田螺坑土楼群が正面に見える場所で、お名残にちょっとだけ停まる。
山と棚田の中にある田螺坑土楼群の集落。
この画像だと、手前右が楕円形の≪文昌楼≫。
その斜め左後ろが≪振昌楼≫。
お昼ごはんの炊事の煙が出ているように見えるのが方楼の≪歩雲楼≫でその右隣が≪瑞雲楼≫。
ここからだと≪和昌楼≫は、≪歩雲楼≫の上に屋根だけがちょっと見えています。 -
旦那が
「ここまで来た記念に、車も田螺坑土楼群の眺めに入れて撮っておこう。」
あれ、珍しい。そこで一枚パチリ。
このあとは、下坂土楼群、塔下村、河坑土楼群を訪れます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- kaz-ykさん 2007/10/09 12:17:46
- 暫くです
- SUR SHANGHAIさん 今日は
久し振りお邪魔しました。何時も綺麗な画像と詳細のご説明
有難う御座います。
司馬遼太郎氏を思い出しました。
描写されている社会は、パールバックさんの「大地」ですね
こんな旅は、中国語が出来ず、土地勘の無い我々には、とても出来ません。
又お邪魔致します。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/10/10 10:47:38
- RE: 暫くです
- こちらこそご無沙汰しておりました。
ご訪問、ありがとうございます。m(__)m
福建省にある客家の土楼群へは厦門(アモイ)からの日帰りツアーもあるようですよ。
厦門(アモイ)には風光明媚な鼓浪嶼(コロンス島)もありますし、沖合いにある台湾に属している小金門島や金門島近くを巡るボートもあるので、一度お越しになってみては如何でしょう。(*^。^*)
先日の台風が過ぎ去った昨日今日は、一気に秋が訪れたような過ごしやすい気温になった上海です。
-
- azianokazeさん 2007/07/26 10:03:34
- 形もいろいろ
- 土楼、とても面白いですね。
結構たくさんあるのですね。
形もいろいろ。
私は髭剃りに使う電気カミソリ(刃が円形のものがります。)を連想しました。
4トラ以外のサイトで、土楼の祠堂が演劇などの舞台にも使われるとの紹介がありました。
確かにまるで円形劇場ですから、正面上からの観劇はいいかもしれないですね。
お泊まりは、夜間のトイレ替わりのオマル・・・と聞いて怖気づいてしまいましたが。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/07/27 10:54:49
- RE: 形もいろいろ
- >私は髭剃りに使う電気カミソリ(刃が円形のものがります。)を連想しました。
そう言われれば、電気カミソリのヘッド部分に◎がいくつか並んでいるのにも似てますねえ。思わず旦那のカミソリと見比べてしまいました。(^○^)
以前は衛星写真で、ミサイル発射基地かと思われた土楼群の集落もあるそうです。これも確かに上空から見て大小の◎が並んでいたら、何だ、これは!になりますよね。
>お泊まりは、夜間のトイレ替わりのオマル・・・と聞いて怖気づいてしまいましたが。
土楼に限らず昔の日本の民家もそうだったように、トイレや水浴びの設備は屋外にあるんです。で、土楼のこの規模ですから、夜間はそのトイレには行かず、各部屋に置いてあるおまるを使用するようです。
上海の下町や近郊の水郷でも、自宅にトイレが無く、日中は外の共同トイレを使用して、夜はおまるという所も多数。
で、土楼に泊まるお客さんも、郷に入れば郷に従えで、夜間はおまる代わりのバケツ。
次にまた行くことがあれば、経験値向上のため(?)お泊りしてみようかと思ってます。
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