2007/04/04 - 2007/04/05
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SUR SHANGHAIさん
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今回の福建省の旅はこれで一旦打ち切って、この日は上海へ戻る飛行機に乗るべく厦門(アモイ)へ移動。
厦門(アモイ)は中国華南地方では最大規模の港湾都市。
市の中心部が厦門(アモイ)島にあるほか、そばにはフェリーですぐ渡れる風光明媚な鼓浪嶼(コロンス島)や、沖合いには台湾に属している小金門島や金門島も浮かんでいます。
注: ≪厦門≫の発音は、普通話(北京語)だと≪シアメン≫ですが、 福建省周辺で話されている方言の閩南語では≪アモイ≫に近い発音だそうで、それが国際的にも通じる名前になっています。現地ではもちろん≪シアメン≫の発音でも通じます。
さて、これまでにもお付き合いで2,3度訪れた厦門(アモイ)は、今回はちょっと寄ってみるだけの中継地。
鼓浪嶼(コロンス島)の見所もデジカメで撮っておきたいけど、ここ数日続いている雨模様の天気だとどうなるかなあ。
その時はその時で、まだ行っていない華僑博物館や南普陀寺に行ってみようっと。
上海に戻る飛行機も、厦門(アモイ)で出る賽の目で決めることにした、超アバウト・スケジュールのSUR SHANGHAI。
どうなることやら…。
表紙の画像は、南普陀寺の有名だという≪佛≫の字にお参りする地元の人
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 中国東方航空
-
客家の土楼群観光の拠点の一つ龍岩市から沿岸の厦門(アモイ)へは、高速道路が出来たので長距離バスで2時間の道のり。
龍岩市の西安北路と人民路の角にある≪龍岩長途汽車站≫は小さく、上の画像3枚のようにまだ古い建物。
チケット予約は4日先まで。
厦門(アモイ)へは毎日多数の便があるので、5月、10月の連休、春節(中国の旧正月)などを除いた普通の日ならチケットが買えないということは無いとは思いますが、○日の○時頃のバスで行きたいという希望があれば、あらかじめ買っておいたほうがやはり安心。
厦門(アモイ)へは朝6時頃から夕方6時台まで多発。
上から4番目の画像は、龍岩市近郊へのミニバス。
土楼群訪問で永定県周辺を回る時にはこの形のバスになります。
車体は新旧の差が大きい感じですが、以前のような車内での喫煙は禁止になったので、タバコの煙が充満することはありません。
長距離バスのチケットのお値段はバスの車体の新旧によって違い、一番下の画像のようなデラックス・バス型だと保険(2元)込みで72元。
この時乗ったバスは結構空席がありましたが、定刻の出発でした。
乗車時間が2時間くらいだと、途中のトイレ休憩は無いのが普通。出発前に用は済ませていくのが○。ペーパー必携。
荷物スキャンの機械は一応待合ホール入り口にありましたが、この時はフリーパス。
待合ホールには売店もあるので、スナック菓子や飲み物を買っていくといいですよ。
厦門(アモイ)では、湖濱南路20号にある湖濱長途汽車站に到着。ターミナル周辺では厦門(アモイ)の地図を売っている人が多いので、手に入れるといいと思います。
古い地図を売っている人もいるので、地図の作成年度に注意してくださいね。 -
厦門(アモイ)到着後は、これまでも数度泊まったことのある≪鷺江賓館≫へ。四つ星。
最近流行の新しい設備の宿ではありませんが、コロンス島が見える岸壁そばのその立地でお勧め。
長距離バスターミナルの≪湖濱長途汽車站≫からタクシーだと初乗り料金の8元。
厦門(アモイ)高崎国際機場(空港)へのタクシーは、渋滞が無ければ30分位で45元くらい。
ホテルから鼓浪嶼(コロンス島)行きフェリー乗り場まで徒歩2分。
繁華街で歩行者専用道になっている中山路がホテルの脇を通っているので、食事も買い物も便利。
1階のビジネス・センターにはネット・コーナーもあり、30分使用で15元。
SUR SHANGHAIはメールチェックだけ。日本語は読めました。
ビジネス・センターとは別に航空券売り場もロビー階にあって便利。
この≪鷺江賓館≫は、海側のコロンス島が見える部屋がお勧め。
今回はお天気が悪くてコロンス島も霞んでいるし一泊だけなので、窓はあっても外の景色の無いシングルに泊まってみました。
395元(朝食付き)のこの画像の部屋はちょっと狭く浴室も多少古い感じですが、立地のよさを考慮に入れるとこれで十分。テレビはBSが見られます。
朝食ブッフェは、外国人客が多いせいか品揃えはまずまず。中華朝食、洋風の品のほか、サンマの塩焼きなどの和風もあり。朝は少人数用のテーブルがずらりと並びます。
そのほかのお部屋の様子、お値段などはhttp://www.lujiang-hotel.com でどうぞ。中国語簡体字版、英語版
所在地:厦門市 鷺江道54号 -
鷺江賓館から徒歩2分と近い輪渡碼頭(フェリー乗り場)へまず行って、鼓浪嶼(コロンス島)行きのチケットをチェック。
ここでは観光でコロンス島に行く場合、フェリーと見所込みのチケットを買います。
選ぶ見所によって料金が異なります。それにこのチケットに料金が含まれない見所もあるのでご注意。チケット売り場の上にも説明が出ています。
A:日光岩(百鳥園)60元
B:菽庄花園(鋼琴(ピアノ)博物館)30元
C:皓月園15元
D:風琴(オルガン)博物館20元
E:国際刻字館10元
となっていて、これら全てを含めたチケットは80元というお値段。
コロンス島に行ってから入場したい場所を決めたいという場合は、往復8元のフェリー1階席で行けますよ。
ただ、個々の見所で個別にチケットを買うと、見所の数と組み合わせによっては上記のチケットより却って高くつく場合もありえます。
そのほか、小金門島などの近くまで行く遊覧船や、周辺を回るモーターボートなどを取り扱うブースも輪渡碼頭の周辺に出ているので、お天気の状態も見て検討してみては?
この日は、コロンス島の日光岩も≪曇り空岩≫で冴えないし、コロンス島行きはパスしたSUR SHANGHAI。 -
鷺江賓館脇を通る中山路は歩行者専用道になっていて、小さい宿や商店、お食事処が並んでいます。
ここにもシンガポールの≪肉乾≫で有名な≪美珍香 BEE CHENG HIANG≫の支店がありました。
≪肉干≫と言うのは、豚肉をノシイカのように加工して炙った物で、焼きたての熱々だと何枚でも食べたくなるおいしさ。
小さく切った物を味見させてくれるので、お試しを。
オリジナルの豚肉のものがお勧めで、100g10元台から。
あれ? 平日の半端な時間のせいか、今日の中山路は人通りが少なくて寂しい。 -
今日は活気の無い中山路を脇道に入ってみると…、
わ! \(◎o◎)/!
ピアスや刺青、プチ整形の小さいお店がズラリ。
でも、これ見て行きたくなる人って…、いるのかなあ。
(^^ゞ
あれ? 刺青って、中国語だと≪文身≫だと思ったけど、ここでは≪紋身≫になっている。発音は同じだからいいのかな。
そのほか、鼻ピアスは≪鼻釘≫、へそピアスは≪臍環≫、耳のピアスは≪耳洞≫?
痛そうな名前ばかりで怖い。((+_+)) -
…かと思うと、中山路の道端には、果物売りのおばさんが。
この時の商品はビワの実とクワの実。
クワの実だって、懐かしい!
買おうかなあ…。
ビワが1斤(500g)7元、クワの実が1斤5元の言い値。
「安くしておくよ〜。」と言われたけど、これから南普陀寺や華僑博物館方面に行くSUR SHANGHAIはパス。
「夕方に帰ってきたら買うね。」と、あとで戻ってみたら、おばさんはもういなかった…。 -
さて、鷺江賓館そばの海濱大厦前から2路のバスで15分くらい、1元。
路線バスはお釣りを出してくれないので、小銭を用意していくのが鉄則。
ワンマン・バスの時には先に運転手さんに行き先を告げて、言われた金額を料金箱に入れます。
華僑博物館前で降りたSUR SHANGHAIは、開館しているのを確かめてから、その先1km足らずの南普陀寺の方にまず行ってみます。
テクテクテク。
これは南普陀寺の山門前にある池。睡蓮が咲いていたり、コロンス島の別名≪鷺島≫の由来となった白サギが遊びに来ていました。
山門前は無料の公園になっていて、地元の人たちも大勢。 -
南普陀寺は、五老峰の麓にある唐代創建の仏教寺院。
清代の初めに再建した時に、浙江省の普陀山の南にあるということから今の≪南普陀寺≫と名付けられたのだそう。
再建が重ねられているので、歴史の割りに新しい建物が多いです。
山門から中は有料で3元。
あれれ、本殿らしき建物は大規模な補修中。
工事を見守るお坊さんが二人。 -
南普陀寺の、この時は補修中だった本殿右脇に、素食(ヴェジタリアン・フード)を出す食堂がありました。
あ、さっき中山路でお昼を食べちゃったよ〜。
…と思っても、メニューを確かめずにいられないSUR SHANGHAI。
普通は肉や魚を使った料理の名前も出てますが、ヴェジタリアン・フードの食堂ではグルテンなどを肉や魚に見立てて調理します。
料理は全て普通盛りと大盛りがあって、普通盛りの一品料理は20元台が多いという印象。麺類や炒飯もあり。ここは有名らしいので、ここで食事をしてみるのもいいと思います。
壁に掛かっているメニューを見て決めたら、そのそばのこの窓口で食券を買う仕組みになっていました。 -
南普陀寺本殿裏の五老山には遊歩道も付いていて散策も楽しめるようですが、SUR SHANGHAIはこのあと華僑博物館に行くので、その取っ付きにある有名な≪佛≫の字を刻んだ岩まで行ってみました。
ここまでは、普通の体力がある人は誰でも上れます。
この字を見て、思い出したのは、
「あ、ここは前にも来た。」
もう何年も前に、旦那やお客さんと一緒に来た所だった。
さっき、お昼を食べたばかりなのに、≪佛≫の字の右側が串焼きの≪串≫に見えてしょうがない。
お寺さんに来てまで、なまぐさい事を連想してしまう罰当たり者でございます。m(__)m -
南普陀寺のこの≪佛≫の字の前にはお線香や供物を持ってお参りに来る人たちがいます。
この角度からお参りに来た人と比べてみると、≪佛≫の字の大きさが分かると思います。
ついでに言うと、この≪佛≫の字のある岩の後には、小さい仏像が並ぶ千仏堂と呼ばれる洞穴状の場所が二つあります。撮影不可。
そこに置かれた仏像は持ち帰って拝むことも出来ると説明を付けてくれる人がいて、最後にお布施をやんわり求めてきます。
地元の人たちは1元、2元程度を払っているようでした。払いすぎにご用心。
その千仏堂の岩場の階段で、いつに無く足を踏み外して転んでしまったSUR SHANGHAI。
一瞬、膝が!カメラが!\(◎o◎)/とパニック。
何事も無かったものの、さっき≪佛≫の字が串焼きの≪串≫に見えると思ったが故の仏罰か〜。((+_+))
恐れ入りました〜。m(__)m -
南普陀寺では、上の画像の≪佛≫の字のほかにも、岩に刻みつけられた書が多数。
この≪五老峰≫という字は、≪佛≫の字の岩の近くにあって、これも有名らしいんですが、書とは縁の無いSUR SHANGHAIが見ると、その良さが分からない。
思ってたほど大きくないし…。
…と思うと、また仏罰が当たりそうなので、思わなかったことにしておきます。(^^ゞ -
あれれ、またどんよりと曇ってきた厦門(アモイ)上空。
≪佛≫の字のある岩場から一段低い所にある岩にも色々と書が刻まれていて、訪れる人が一度は試す南普陀寺でのエンターテイメントが。
この斜めになった大岩にコインを投げて、落ちてこなかったら幸運の印なんだそうですよ。
この画像では少ししか見えませんが、岩の上には落ちて来なかった幸運のコインがたくさん乗っています。
黒い服の男の人が投げているコインの運命は? -
子どもたちにコインを投げさせているお父さんとお母さん(?)。
ん? 地元の人だったら、一人っ子政策で子どもは二人作れないはずだけど。
年齢を見ると、この子達は双子でもなさそうだから、里帰りしてきた華僑のご夫婦と一緒に来たのかな、とか
親戚か友人の子も一緒に連れて来たんだろうか、とか想像させる人員構成。 -
さ、そろそろ華僑博物館へも行かないと閉まってしまう。
南普陀寺の境内をまた通って、徒歩でテクテク。 -
画像奥が華僑博物館の外観。
所在地:思明南路493号
入場料:10元
開館は9:30〜16:30。月曜はお休みです。
内部の撮影OK。 -
華僑博物館内の展示品は、展示方法も新しくこぎれいにディスプレーされていました。
1階部分のほか、2階にも展示室が続いています。
これは、入ってすぐの所にあった中国南部で使われていた帆船の模型。
あ、この帆船にもへさき両側に魔除けの目が付いている。 -
華僑と言うと、お金儲けのために中国を去って世界に散って行った中国の商人たち、というイメージが強かったSUR SHANGHAI。
この華僑博物館に来て、そのイメージが一転。
すべての華僑が初めから商人として外国に渡った中国人だったわけではなく、アヘン戦争(1840〜42)で福建省や広東省に溢れた貧困層の人々が≪華工≫と呼ばれる肉体労働者(苦力 クーリー)集団になって海外に流出したケースが多かったのだそう。
そう言えば、タイガーバームで有名な胡文虎の父親になった胡子欽も、貧困に迫られて1862年にビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)に華僑として移住したって中川古村落の虎豹別墅の展示に出ていたっけ。
この展示は当時の子どもの服装。 -
アヘン戦争以前の英国の黒人奴隷制廃止(1833年)による労働力の欠乏も主要な原因になって、黒人奴隷に代わる苦力(クーリー)を合法化させたかった英国が北京条約(1860年)で中国人の海外移住を認めさせたそうなんですよ。
それ以降大量に海外に移り住んだ≪華工≫たちは、契約されたという名目であっても、実質は奴隷同様の労働を強いられたのだそう。
この展示は、船底に詰め込まれて海を渡った≪華工≫たちの様子を再現したもの。
劣悪なこの環境で、命を落とした人々も多かったそう。 -
この写真には、
≪1917年 カナダ検疫所に到着した華工≫
とだけ説明が付いていました。
注:華僑博物館内の説明は中国語簡体字と英語。
カナダのどこかは書かれていませんでしたが、この写真だと船の上から陸地に上がっているように見えるし、西岸のバンクーバーあたりなのかも。
そうだとしたら、この画像に写っている人々は現在のバンクーバーのチャイナ・タウンを基礎を築いた人々だったのかも。 -
これは、1938年に僑民(本国以外に居留する国民)としてシンガポールに登記した人の登記証。
注:華僑の≪僑≫という字には≪仮住まい≫という意味があります。落ち着いた先の国籍を取得した華僑は≪華人≫と呼ぶのだそう。
この1938年は、現在の中国が中華民国だった時代なので、登記証には≪中華民国 僑民登記証≫と出ています。
この時代には民国という年号を使っていたので、1938年は民国でいうと民国27年です。 -
これは年代が出ていませんでしたが、シンガポールでの町並みを再現した展示。
人力車のおじさんの後ろの町並み写真を見てみるとプラナカン・スタイルの家々が連なっています。
プラナカンと言うのは簡単に言うと、17世紀にマレー諸島に渡った中国系移民の子孫のことらしいので、大量に流出した≪華工≫たちも、この町並み造りに一役も二役も買ったのでは?
ついでに言うと、プラナカン・スタイルというのは、文化、伝統、生活様式、食生活も、中華風にマレー風の入り混じったスタイル。
住居は西洋+東洋の建築様式や装飾が折衷されたスタイルで、コリント様式の柱、地中海風の窓や鎧戸、中国風絵柄の装飾タイルが見られます。 -
これも、華僑博物館内の展示の一つ。
大きな写真の方には≪マレーシアの鉱山の華工≫とだけ出ていたので年代も場所も不明ですが、マレーシアは錫で有名なので、錫の鉱山の一つで働いていた人々ではないかと思います。
写真や身分証明書などのほかにも、華工たちが逃げられないように、給料はその鉱山や農園内でしか通用しない貨幣で支給されたとのことで、その貨幣なども展示されてしましたよ。 -
そして、≪日軍全部投降≫と出ていた1945年の第二次世界大戦の終わりを告げる絵入り新聞の展示。
-
華僑博物館の終わりには、華僑や華工として海外に渡った父祖の困難や苦労を乗り越えて名を挙げた子孫たちの紹介も出ていました。
世界各地で政治家や企業家、音楽家などになって世に名を知られた人々も、上記のような華僑や華工の歴史から生まれてきたのかと思うと、運命とはつくづく不思議なもの、と感じるSUR SHANGHAI。 -
日本では、女性のバスの運転手さんはあまりいないのではないかと思いますが、中国ではよく見かけます。
この日の締めくくりも女性の運転手さんのバスで宿近くまで戻った翌日は…、 -
…早くも福建省から上海に戻る日。
≪鷺江賓館≫から厦門(アモイ)高崎国際機場(空港)へのタクシーは、渋滞が無ければ30分位で45元くらい。
空港は新しくて立派。
規模の割りにお土産屋さんも充実していて…、 -
…福建省名産の烏龍茶のほかには、対岸にある台湾名物のお菓子も色々。
メーカーは?と見てみたら、厦門(アモイ)で作られたもののようでしたが、台湾の台中で有名な太陽餅のほか、鳳梨酥もあって、懐かしい!
太陽餅というのは、小麦粉とラードで作ったパイ風の生地の中に麦芽糖の餡が入った素朴な焼き菓子。
食べる時、生地がポロポロこぼれるのが玉に瑕。
鳳梨酥というのは、よくパイナップル・ケーキと呼ばれますが、これはパイナップル・ジャムを入れたソフト・クッキー風の生地の焼き菓子。個人的にはこちらがお勧め。
数やパッケージによって、1箱100元以内のものもあるので、お試ししてみては?
ちなみに6個入りが25元でした。 -
さて、厦門(アモイ)から上海に戻る機上の人となったSUR SHANGHAI。
前日≪鷺江賓館≫に入っていた航空券売り場で買ったチケット片道560元。上海の虹橋空港までは1時間半。
その東方航空の機内食。機種はA319−112。
う〜ん、やっぱり食事は今ひとつだな〜と思いつつ、
いや、これでも昔よりはずいぶんよくなった!と思い直して、この後の福建省土楼群再訪を誓います。
今後の土楼群訪問記は、5月の旅行記へと続きます。
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