2007/05/04 - 2007/05/05
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SUR SHANGHAIさん
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閩西と呼ばれる福建省の西部に集中する土楼群のうち、龍岩市永定県にある≪永定土楼群≫、漳州市南靖県にある≪南靖土楼群≫の中の主だった土楼の数々を車で見て回ったこの数日。
注:≪閩(びん)≫という字は福建省の別称。
注:日本では県の中に市がありますが、中国では市の中に県があります。
SUR SHANGHAIもその旦那も、最後にはどこでどの土楼を見たのか混乱してしまうほどでも、まだまだ見残してしまった土楼や、他地区の土楼群もあるんですよ。
全部見て回ろうと思ったら、一体何日かかることやら。
個人での土楼巡りに興味のある方は、道路事情や交通事情で移動に時間がかかる可能性も考慮に入れて、余裕あるスケジュールを立てて行くのがお勧めです。
さて、土楼は星の数ほどあるけれど、今回の土楼見学に予定してきた手持ちの日数は今日で時間切れ。
永定土楼群の中の南溪実佳土楼群で、土楼博物館になっている≪振福楼≫を見たあとは、この日の宿をとってある厦門(アモイ)へ。
そしてそのあとは、前回3月から4月にかけての一人旅ではクローズしていた福州市の林則徐紀念館のリベンジ訪問へ。
表紙の画像は、福州市の林則徐紀念館敷地内にある榕樹(ガジュマル)
-
前回の旅行記でご紹介した南溪実佳土楼群にある≪振福楼≫を見終わったところで降り始めた雨。
今日はもうこのまま厦門(アモイ)に行っちゃうからちょうどいいタイミングだったねえ。
出発したのは午前11時半頃。
その南溪実佳土楼群を去る道筋で、前を行くのはワラを満載したトラクター。
追い越すにも追い越せず。(^^ゞ
やっとどうにか追い越して…、 -
…最後に目にするタバコ畑。
4月の福建省旅行記でも書きましたが、南溪実佳土楼群もある永定県周辺は昔からの有名なタバコの産地。
タバコの葉を刈り取るナイフを売り出して財を成し、永定土楼民族文化村内に福裕楼を建てた林氏一族がいるほど。
雨がぱらついてきた農村風景の中、タバコ畑も霞んで見える。 -
今回、土楼巡りのドライブ旅の初めに通った南靖の町⇔書洋の町の道は道路拡張工事で悪路だったので、厦門(アモイ)への戻り道は龍岩市をかすめて漳龍高速道路経由で行く事に。
南溪実佳土楼群を去ったあとはまず龍岩市方面へ向かいます。
あ、龍岩市から永定土楼民族文化村に行くミニバスだ。 -
龍岩市と永定土楼民族文化村の間の道は、4月にSUR SHANGHAIが一人旅で来た時にもミニバスやタクシーで通った道。
道筋にある撫市と言う町の周辺には、石炭の小規模炭坑がたくさんありますよ。
この画像でも行く手の山の上の方にその炭坑の一つが見えています。
黒い屋根が何段にもなっているのがこの画像で見えるかな。
わ、あんな高い所にも! とびっくり。
永定県周辺の村の名前に≪坑≫の字が多いのも、炭坑が多いからなのかも。 -
上でも言ったように、龍岩市から永定土楼民族文化村方面の道筋にある撫市周辺は小規模炭坑が多い。
その石炭を積んでお隣の広東省方向へ移動するトラックも多数。
そのお陰で道路は炭塵まみれ、舗装されているのに凹凸もありますよ。 -
SUR SHANGHAIがちょっと居眠りしている間に、永定県から龍岩市に入る前に小さい料金所があって4元徴収されたと旦那が言ってました。
領収書は失くしたのかどうか出て来ないので、真相は(・・?
その後、龍岩市から厦門(アモイ)方面へ南下する漳龍高速道路へ。
この龍岩料金所でカードを受け取ったのは午後2時。
南溪実佳土楼群を出て来たのは午前11時半頃だったので、ここまでの所要時間は2時間半ほど。 -
龍岩市から漳州経由で厦門(アモイ)方面へと続く漳龍高速道路も山が多い道。
当然ながらトンネルも多数。
坂道も多くて、このままずっと厦門(アモイ)まで下り坂か? と思うほど。
ブレーキ故障時に使う退避道もよく見かけました。
ちなみに中国語では≪避険車道≫と言います。
ついでに言うと、高速道路は≪高速公路≫になりますよ。 -
金山停車区でちょっと一休み。
サービスエリアの名称は服務区と停車区がありますが、服務区の方が総じて設備がいいような気がします。 -
漳龍高速道路もだいぶ下って、ここは漳龍高速道路の出入り口になる漳州料金所。
ここから先も、厦門(アモイ)を含む福建省沿岸を通る高速道路に続いています。
SUR SHANGHAIたちはこのまま厦門(アモイ)へと向かうので、この料金所は直進して素通り。
時は午後の3時20分。 -
福建省沿岸の高速道路に出てからは、今日の宿泊予定地の厦門(アモイ)へ。
一口に厦門(アモイ)と言いますが、鼓浪嶼(コロンス島)観光で有名なのは空港がある厦門(アモイ)島。
厦門(アモイ)市は本土側にも広がっていますよ。
SUR SHANGHAIたちが高速道路を下りたのは厦門料金所。
あれ?一つ手前の杏林料金所から下りようと思っていたのに、見落としていたなあ。
ともあれここで龍岩市からの料金を精算。85元でした。
ここを通過したのは午後4時近く。
やれやれ、これで一安心、厦門(アモイ)島ももうすぐ。 −と安心するには早すぎる。 -
…と言うのは、本土側の厦門(アモイ)市集美区から厦門(アモイ)島へ渡る厦門(アモイ)大橋がよく渋滞するんですよ〜。
片側2車線の橋だけど、そのうち車線を増やしてほしい。
まだ橋の本体手前なのにこの有様。(^^ゞ -
やっとの思いで厦門(アモイ)大橋を渡ったあとも、宿がある方向の道が混んでいたので、とりあえず厦門(アモイ)島の西側を通って行くことに。
はあ〜、しんど。
あ、向こうに見える橋は島の西側と厦門(アモイ)市海滄区を結ぶ海滄大橋。1999年に竣工したそうな。 -
さて、厦門(アモイ)島で予約していたのは、厦門喜來登大酒店(シェラトン・アモイ・ホテル)。
南溪実佳土楼群を出て来た時にはパラパラだった雨がいよいよ降り出して来た頃の到着。
ひゃ〜、南溪実佳土楼群からの所要時間は6時間近く。
車のメーターで計算するとこの日の走行距離は256kmだったけど、高速道路以外の道や渋滞でこんなにかかちゃったね。
思わずロビーで一息入れる。 ふう〜。
今朝まで目にしていた土楼の内部とは180度違うこのロビー内装だあ〜。
同じ福建省とは思えない。
厦門喜來登大酒店(シェラトン・アモイ・ホテル)の所在地は、厦門(アモイ)島のちょうど真ん中あたりのビジネス街、嘉禾路386−1で、嶼浦路との角そば。
外から見ると、ちょっとホテルらしく見えないツルリとした金ぴかの外観ですぐ分かります。
サイトはこちら。http://www.starwoodhotels.com/sheraton/property/overview/index.html?propertyID=1545 日本語版 -
スターウッドのポイントで予約しておいたのはスイート。
これまた今朝まで見ていた土楼内部の部屋とは大違いで、時代が全く違う別世界に来てしまったような不思議な気持ちになったSUR SHANGHAI。
旦那も同じ気持ちになったそうな。(^○^)
落ち着いた間接照明がちょっと暗めと感じる人はいるかも。 -
浴室は浴槽の隣にシャワーが付いていて浴槽の外でも体が洗えるようになっていたのが○。
最近、中国に新しくできたホテルでちょっと気になるのは、寝室と浴室の間の壁が素通しのガラスになっていることが多いこと。
このホテルだけではないので、流行のデザインなのかも。 -
厦門喜來登大酒店(シェラトン・アモイ・ホテル)は、立地的には厦門(アモイ)島のちょうど真ん中あたりで、鼓浪嶼(コロンス島)行きのフェリー乗り場まで車で20分くらい。
スイートをいただいても、海の景色が見えないのは残念。 -
ホテル到着後、SUR SHANGHAIとその旦那が真っ先に行ったのは、スターウッド・プリファード・ゲスト用のラウンジ。
ラウンジの様子も見てみたいし、ここ数日飲んでいなかったコーヒーも飲みたいし。
ラウンジは喫煙席、禁煙席もある落ち着いた雰囲気で…、 -
…頼んだカプチーノも一緒に出て来たスナックも、おいしい!
これまた今朝まではインスタント・コーヒーも売っていなかった土楼群周辺の町との格差を感じてしまう。
ラウンジの女性スタッフも柔らかい物腰だし、土楼の町々で見かけた威勢のいい女性たちとは違う都市の女性を感じさせる…。
車で数時間の距離にある中国の現代都市と地方都市の差を歴然と感じたテーブルの上の眺め。
初めは久々に鼓浪嶼(コロンス島)へも行こうかなんて話したけど、外は雨だしコーヒーももう少し楽しみたいし、と不思議なギャップ感に包まれながらラウンジで過ごしたこの日の夕暮れ。 -
夕食ブッフェは一人160元くらいで、こまごまとイタリアンから東南アジアのエスニック料理まで取り揃えてあって、色々楽しめました。
一旦ぐるりと見て回ってからお皿に取り始めるのがいいですよ。
和食はあまり人気の無いソバがちょっと乾いていたり、お寿司は握り方がちょっと違うなあと思いましたが、そのほかは○。
いつになく何度も足を運んだSUR SHANGHAIとその旦那。
土楼巡りのあとで、地元の食べ物以外の味に飢えていたせいもあるんでしょうが。
デザートもいろいろあって目移りしました。
朝食ブッフェの方も味・品揃えともによかったと思います。 -
鼓浪嶼(コロンス島)行きのフェリー乗り場まではちょっと遠くて残念な立地だけど、土楼巡りの〆の宿として大合格の厦門喜來登大酒店(シェラトン・アモイ・ホテル)。
ぐっすり一泊したあとは、福建省沿岸を北上して上海を目指します。
この日は途中の福州で、休憩も兼ねて林則徐紀念館を訪れる予定。
外を見てみたら、ザーザーの大降り。
だけど、ロビー階の階段あたりは爽やかな光が満ちる。 -
ホテルを出たのは午前10時半。
厦門(アモイ)島から本土の集美区に渡る厦門(アモイ)大橋手前まで15分。
あれ? 昨日は橋の通行料は取られなかったような気がするけど、12元だって。
島を出る時だけ徴収されるのかな。
毎日使う人はどうしてるんだろう。 -
福州へ北上する高速道路へは、昨日も通った厦門(アモイ)料金所から。
ここでカードを受け取って、今日もドライブ旅は続く。
ここから先は、このドライブ旅で上海を出てきた時と同じ道を逆に辿ります。 -
これこれ、行き先に迷った挙句、無理な割り込みをするのはやめなさい!
高速道路の出入り口なんかの分岐点ではウロウロピタリと止まる車がいたり、行き過ぎてからバックで戻ってくる車もあるので要注意。 -
お昼前に泉州市の洛陽停車区でガソリン補給。
ガソリン・スタンドは中国語だと≪加油站≫と言います。
ついでに言うと、「加油!」という掛け声は「がんばれ!」の意味。
SUR SHANGHAIたちもガソリン補給してこれからの道もがんばります。
#97と番号の付いたハイオクが、この時の中国石化(SINO PEC)で1リットル4.96元。
中国ではどこでもスタッフが給油してくれて、必要なら領収書も出してくれますよ。 -
雨の中、ひたすら福州を目指す道。
高速道路脇のお寺さんはいつ建てられたのか分からないけど、高速道路が目の前に出来るとは思わなかっただろうなあ。 -
高速道路で通り過ぎるだけの町の向こうに墨絵のような山が見える。
分厚い雲に包まれて、昼間とは思えないほど暗くなってるし、雨は強くなるばかり。 -
この暗さと雨、そして車輪が巻き上げる水煙に包まれて視界悪し。
なのに、なんで誰もハザードランプを使わないんだろ。
危ない、危ない。 -
霧の中から顔を覗かせる山。
晴れていたら全然違う風景になりそうな福州への道筋。 -
福州の料金所までやって来たら、曇り空ながらいつの間にか雨は上がっていた。
雨雲の下を通り抜けてここまで来たんだな、と時計を見てみたら午後の1時半近く。
厦門(アモイ)島の厦門喜來登大酒店(シェラトン・アモイ・ホテル)からちょうど3時間の計算。
厦門料金所からの料金は130元也。 -
福州は福建省の省都。
込み入った街の中の道は、ナビゲーターにお任せ。
旦那が使いたがっていたこのナビゲーター、今回のドライブ旅の最終盤に入ってからやっとセット方法も解明してホッ。
ハードはヒューレット・パッカード5900で400ドルもしたんだぞ、ソフトはDESTINATOR6で250元だったけど、というこの文明の利器も使えなかったら宝の持ち腐れだしね、旦那!
でも、このソフトだと○○路○号の住所では目的地が探せないみたい。
目的地の最寄の十字路の名でしか探せないってちょっと不便なんじゃないの。 -
ともあれ、ナビゲーターのお陰で福州市澳門路16号にある林則徐紀念館に迷わず30分で辿り着いたSUR SHANGHAIとその旦那。
正面に向かって右手には小さいながら有料駐車場完備。5元でした。
林則徐紀念館のチケットは正面入口を入った所で係の人から買うようになってました。10元也。
さ、前回4月の一人旅ではお昼休みで見られなかったこの紀念館に入って行きます。 -
林則徐紀念館の敷地内に入ると、すぐ次には『林文忠公祠』と書かれた扁額の出ている門。
この≪林文忠≫という名は、林則徐が死去した後に清朝から贈られた諡(おくりな)なんだそうです。
昔の人は、幼名から始まっていろんな呼び名や号があるから覚えるのが大変だ〜。 -
上の画像の門をくぐってからが林則徐紀念館の本番。
まず、通路奥に見えるのが碑亭で、そこには林則徐が死去したのちに下賜されたという聖旨、祭文、碑文の三つの碑が立っています。
下の画像がその三つの碑。SUR SHANGHAIには難解な碑文が彫られていました。(^^ゞ
この通路にはアヘン戦争の時にでも使われたような大砲も置いてありましたが、説明が無かったので使途不明。 -
福州市は≪榕城≫という別称があるほど榕樹(ガジュマル)が多い街。
この林則徐紀念館敷地にも、岩を抱え込んだように根を張った立派な榕樹がありました。
その後ろ側に見えている小さい門をくぐると…、 -
…その奥には林則徐の坐像が。
今は林則徐紀念館になっているこの建物は、1905年に林則徐の子孫によって祠堂として建てられたのだそう。
福州は林則徐の故郷なので、市内にはその故居やお墓もあるようです。
SUR SHANGHAIHAIは行きませんでしたが、故居は市内の西湖公園の南側に、お墓は北郊外の馬鞍村・金獅山麓に今もあるそうです。 -
林則徐紀念館敷地は、蘇州周辺でよく見かけるのと同じような、岩や水、木々を組み合わせた小さな庭園になっていました。
こぢんまりながら風情ある造り。 -
これだけ見たら、蘇州の庭園の一つ、と言っても信じてもらえそうな林則徐紀念館敷地。
木々の配置、瓦屋根を乗せた白壁や、小石をモザイク風にはめ込んだ通路が美しい。
厦門(アモイ)の雨雲が追いついてきたのか、どんよりした曇り空になってしまって惜しい! -
そんな庭を囲むように、今は展示室になった建物部分がある林則徐紀念館。
これも蘇州の庭園にあるのと同じような造りだなあ。
文化大革命の頃には、一時期この建物を住居として使用していたこともあるんだそうですよ。
中に入って行くと…、 -
…林則徐関連資料が並んでいます。
1785年、福州生まれの林則徐は1811年に科挙に合格し、清朝の官僚に。
大量の銀の流出と中毒患者をもたらしていた外国からのアヘン(中国語では鴉片と言います)禁止のため広東に赴任した林則徐は、イギリス商人などからアヘン2万箱あまりを押収し、虎門海岸で海水と石灰に漬けて処分。(画像3段目)
この場所は≪林則徐銷烟池旧址≫として残されているようです。(画像4段目) -
清廉潔白だった林則徐の上記のような強硬なアヘン対策が結局はイギリスにアヘン戦争(1840〜1842)の口実を与えてしまった形になり、敗戦後、林則徐は新疆の伊犁(イリ)に左遷されてしまったのだそう。
そこでの3年間は、開墾・水利事業に力を尽くしたので伊犁(イリ)にも林則徐紀念館があるようです。
1845年に召還されて後、1850年に起こった太平天国の乱を平定に向かった道中の潮州で病死したという波乱万丈の経歴の持ち主だったんだなあ。 -
林則徐紀念館には、その生涯を示す説明(中国語+英語)のほか、衣類・調度品、アヘンの害やアヘン戦争前後の様子を示す展示品もありました。
福州の他の見所≪烏石山風景区≫や≪于山風景区≫の近くにあるので、興味のある方はちょっと寄ってみてもいいと思います。 -
林則徐紀念館の2階からは、下の庭園とともに現代の市街地も見える。
林則徐が甦って向こうに並ぶマンション街を見たら、何だと思うだろう。 -
そろそろ林則徐紀念館を後にして、これも近くにある≪福州香格里拉大酒店(SHANGRI‐LA HOTEL FUZHOU)≫へコーヒー休憩に行ってみます。
最後に見て回る記念館敷地の庭園の風情。 -
≪福州香格里拉大酒店(SHANGRI‐LA HOTEL FUZHOU)≫の駐車場には、降り始めた雨に打たれて落ちたブーゲンビリアの花をちりばめた車が。
-
雨粒で車に貼り付いたブーゲンビリアの花の色と形。
ピンク色の蝶々が止まっているみたい。
何となく絵になる小さい風景。 -
今回のドライブ旅の初めには一泊した福州香格里拉大酒店(SHANGRI‐LA HOTEL FUZHOU)≫のロビー。
このロビーがやけに重厚豪華。
お隣の五一公園や古田路を隔てた于山風景区が見下ろせる位置で、徒歩圏内にはさっきSUR SHANGHAIたちが行った林則徐紀念館や、そのそばの烏石山風景区がそれぞれ1kmほど。
周辺にはオフィス街もあって便利な立地。 -
そんな≪福州香格里拉大酒店(SHANGRI‐LA HOTEL FUZHOU)≫ロビー階にあるカフェで一服。
もう3時近くなったけど、今日は浙江省の温州まで行っちゃおうね。
さてさて、次の旅行記でこの長かった福建省ドライブ旅も終わりとなりそうです。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 沖縄・八重山探偵団さん 2007/12/17 00:33:12
- こんばんは
- ここの通行料金、不思議ですよね。
地元の人は、もうちょっと安かったり、払わずに済んだり、いろいろあるって言ってました。
それから、浴室素通しガラス張りのホテル、増えてますよね。
こないだ上海で、シンポジウムで知り合った韓国出身の人(ホテルは別)に部屋に来てもらったとき、最初ちょっと気まずかったです(笑)
そういえば一昨年、アモイから福州に車で向かったとき、泉州に入る前に追突事故で病院送りになりました(苦笑)。いやはや、ほんとに車の運転荒いです(泉州は、人口700万で、交通事故死者が年間3000人と聞きました。ガセネタかもしれませんが。でも、さもありなんと思いましたよ)。どうぞ気をつけてください。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/12/18 10:00:43
- RE: こんばんは
- ご訪問と書き込み、ありがとうございます。
このアモイ島と本土の間の通行料金に限らず、あちこちで「ん?」と思うような料金設定がありますね。設定と言うより、気まぐれじゃないかと思うような時もあって、部外者には謎が多い気がします。
本当に中国の最近の新しいホテルは浴室と寝室の間の壁が素通しのガラスになっているデザインが多くてドキッとしますね。(◎o◎)
置いてある有料アメニティもちょっと怪しげな品があったり…。
間違えて変な宿を選んでしまったか、と思うとそうとは言えないし。
不思議なデザイン流行現象だと思います。
事故に遭われたとは大変でしたが、大事には至らなかったようでよかったです。
私も旦那もこれからはさらに気を付けようと思います。ありがとうございます。m(__)m
-
- たらよろさん 2007/10/13 19:49:00
- スゴイ
- こんばんわ〜〜
この榕樹(ガジュマル)ってスゴイですねぇ。。。
一体幹がどうなっているのやら・・・・
まじかで見てみたいです♪
たらよろ
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/10/17 02:43:33
- RE: スゴイ
- お返事が遅れて失礼しました〜。m(__)m
帰って来ても腰が落ち着かず、一つの旅行記を仕上げるのにポツリポツリとコメントを入れるのに異様に時間がかかっておりまする。(^^ゞ
ガジュマルは、不思議な形の木。
気根が地面に付くとそこも木の一部になって成長するらしいので、大木になればなるほど写真のような不思議な形になります。
花屋さんで見る小さい鉢植えになったものとはずいぶん違うなあと思います。
一度大木になった実物を見てみてくださいね。(*^。^*)
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