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tabi47さんのトラベラーページ

tabi47さんのクチコミ(158ページ)全4,355件

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  • 広い公園

    投稿日 2016年06月13日

    両国公園 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。勝海舟の生誕の地の碑や案内板がある公園が両国公園。意外と広い公園ですが、私が行った時には、なにか囲んであって工事をしていました。

    この公園の一角に勝海舟のエリアがあり、見どころも多い公園です。春には桜が咲いたら、すごくキレイだと思います。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 生誕の地

    投稿日 2016年06月13日

    勝海舟生誕の地 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。両国公園という、広い公園の一角に、勝海舟生誕の地を大々的に盛り上げてる一角があります。どれもこれも新しい感じです。「勝海舟の歩みと出会い」をテーマにした展示もあり、楽しいです。

    この地で、文政6年(1823年)1月30日に、勝海舟は生まれたそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 文学碑

    投稿日 2016年06月13日

    芥川龍之介の文学碑 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩。てくてく…。ちょっと歩いただけでいろいろな見どころのぶちあたる両国。楽しいですねー。不知火の錨を見た後に見つけたのは「芥川龍之介 文学碑」です。

    この碑も、小学校の敷地内にありました。代表作の一つである「杜子春」の一節を引用したものなんだそうです。

     芥川龍之介文学碑

    「−お前はもう仙人になりたといふ望も持っていまい。
    大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。
    ではお前はこれから後、何になったら好いと思ふな。」
    「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」
    杜子春の聲には今までにない晴れ晴れした調子が罩(こも)っていました。」

    「杜子春」より

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • いかりがデーンと…

    投稿日 2016年06月13日

    駆逐艦「不知火」の錨 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。吉良邸跡を見学したあと、さらにてくてくしていたら、両国小学校の角に、目を引くものが…。

    日露戦争で活躍した駆逐艦「不知火」の錨なんだそうです。1898年製造と推定されているこちらの錨。軍艦の解体作業で得た錨を、鉄鋼業の会社から小学校に寄贈されたものだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 鏡師

    投稿日 2016年06月13日

    鏡師中島伊勢住居跡 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。吉良邸跡の本所松坂町公園のすぐ近くにある飯澄稲荷神社の横に「鏡師中島伊勢住居跡」の案内板がありました。

    この中島伊勢という人は、幕府御用達の鏡師で、葛飾北斎の養父さんなんだそうです。のちに養子縁組を破たんにしたそうですが、北斎はその後も中島姓を名乗っていたそうです。


    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 五穀豊穣

    投稿日 2016年06月13日

    飯澄稲荷神社 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩。てくてく…。忠臣蔵の討ち入りで有名な吉良邸跡にある本所松坂町公園のすぐ目の前にある小さな稲荷神社が、飯澄稲荷神社です。

    メシスミではなく、イイズミだそうで。名前の通りに五穀豊穣の神様「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」がご祭神だそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 吉良邸跡に…

    投稿日 2016年06月13日

    本所松坂町公園 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩。てくてく…。忠臣蔵の討ち入りで有名な吉良邸の跡地にある「本所松坂町公園」の中に小さなお稲荷さまがありました。

    吉良邸討ち入り後に、地所清めのために遷された兼春稲荷と、既存の上野稲荷が、昭和10年に合祀され「松坂稲荷」になったそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 吉良邸跡に公園

    投稿日 2016年06月13日

    本所松坂町公園 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。忠臣蔵の討ち入りで有名な吉良邸の跡地に、小さな公園があります。目にまぶしい白い壁で囲まれた公園で、少しだけどベンチなどもあります。

    吉良上野介にまつわるあれこれや、小さな神社もありました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 今は小さな公園に

    投稿日 2016年06月13日

    本所松坂町公園 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩。てくてく…。忠臣蔵で有名な、討ち入りされた吉良上野介義央の邸宅跡があります。白い壁に囲われております。

    表には吉良邸跡の石碑やのぼり、中に入ると、吉良上野介義央の像や、追慕と書かれた碑や、討ち入りで犠牲となった家臣の名前を刻んだ碑、みしるし洗いの井戸などがありました。

    たしか泉岳寺にも、首洗いの井戸ってあったなー。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 今はマンション

    投稿日 2016年06月13日

    吉良邸裏門跡 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩。てくてく…。史跡めぐりと言いますか、お散歩してるとたくさんの案内板に出会うので楽しいエリアです。

    マンションの片隅にひっそりと、吉良邸裏門跡という案内板がありました。大石主税以下、二十四名が、この付近にあった裏門から侵入したそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 飲食店の横にひっそり

    投稿日 2016年06月05日

    江東義塾跡 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩。てくてく…。みきやという名前の飲食店のわきに案内板を発見しました。

    「江東義塾跡」と書かれています。江東義塾とは、かつてこの辺りにあった私立学校だそうで、文豪・夏目漱石が、明治十九年から一年間、教師をしたいたそうです。

    いつ開校で、いつまであったのか、詳しいことはわかりませんでした。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 真言宗のお寺

    投稿日 2016年06月05日

    大徳院 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩…てくてく。大徳院というお寺を見つけました。大きな、キレイなビルで、ぱっと見は、お寺には見えないけれど、案内板が出ていました。

    高野山真言宗のお寺だそうです。総本山は、高野山に徳川家康によって開かれ、弘法大師の「大」と、徳川の「徳」で「大徳」なんだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 握り寿司発祥

    投稿日 2016年06月05日

    与兵衛寿司跡 両国

    総合評価:3.5

    両国散歩で見つけた案内板です。「与兵衛鮨発祥の地」と書かれた案内板。与兵衛鮨というのは、イコール、江戸握り鮨のことなんだそうですよ。

    江戸握り鮨は、小泉与兵衛という人が考案したものなんだそうです。文政の初め(1810年代後半)だそうです。大阪寿司と呼ばれる、押し寿司や巻き寿司も好きだけど、やっぱり握り寿司のほうが圧倒的に好きな私は、小泉与兵衛さんに感謝せねばなるまい!

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 隅田川のほうを向いて

    投稿日 2016年06月05日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国散歩の折り、回向院のかつての正門跡の案内板を見つけました。

    現在の正門は京葉道路沿いで、両国駅、国技館のほうを向いて建っていますが、かつての正門は、江戸城から両国橋を越えると真正面にあり、橋の上からも見えたそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • かつての繁華街

    投稿日 2016年06月04日

    藤代町跡 両国

    総合評価:3.0

    隅田川にかかる両国橋の東側には史跡をたどることができる案内板がいくつもあり、散策の楽しいエリアです。こちらの藤代町跡の案内板もそのひとつ。

    紀伊生まれの毛利藤左衛門は自分の支配地を幕府に召し上げられて、代わりにこの土地を賜ったそうで、藤左衛門が代わりに賜ったので藤代町なんだそう。商家が軒を並べかなり賑やかな繁華街だったそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 本所七不思議

    投稿日 2016年06月04日

    片葉の葦 両国

    総合評価:3.0

    隅田川にかかる両国橋の東側には史跡をたどることができる案内板がいくつもあり、散策の楽しいエリアです。こちらの片葉の葦の案内板もそのひとつ。

    駒留橋がかかっていた堀に生える葦は、同じ方向にしか葉を出さなかったことから、片葉の葦と呼ばれたそう。

    横網町に住んでいた留蔵が三笠町のお駒に惚れるものの、振り向かせることができず、腹を立ててお駒を殺害し、片手片足を切り落とし堀に投げ込んで以来、生える葦は片葉になり、本所七不思議のひとつとされたいたんだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 小さな橋があったそうです

    投稿日 2016年06月04日

    駒留橋跡 両国

    総合評価:3.0

    隅田川にかかる両国橋の東側には史跡をたどることができる案内板がいくつもあり、散策の楽しいエリアです。こちらの駒留橋跡の案内板もそのひとつ。

    この辺りに、入り堀にかかっていた4.5メートルほどの石の橋があったそうで、それが駒留橋。夜になると夜鷹が集まったそうですよー。わーぉ。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.0

  • 大山巌書

    投稿日 2016年05月04日

    表忠碑 (両国橋児童遊園) 両国

    総合評価:3.0

    隅田川にかかる両国橋の東側にある、ちょっとした広場「両国橋児童遊園」に、大きな大きな石碑があります。

    「表忠碑」と彫られています。元帥陸軍大将の大山巌書だそうです。この碑は、日露戦没での戦没者のための慰霊碑なんだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 四十七士のひとり

    投稿日 2016年05月04日

    大高源五句碑 両国

    総合評価:3.0

    隅田川にかかる両国橋の東側のたもとに「日の恩や忽ちくだく厚氷」と彫られた句碑がありました。この句は、吉良邸に討ち入りした赤穂の四十七士のひとり、大高源五忠雄が、本懐を遂げた後に詠んだ句とされているそうです。

    太陽のおかげで厚く張った氷をたちまち砕くことができた…ということらしい。

    子葉という俳号があるそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 隅田川にかかる橋

    投稿日 2016年05月04日

    両国橋 両国

    総合評価:3.5

    両国にある回向院の山門前の通りを西に少し歩くと隅田川に出ます。そこにかかっている橋が「両国橋」です。とても大きな橋。西側は中央区の東日本橋、東側は墨田区の両国です。

    1600年代中ごろにかけられた両国橋は、千住大橋に続いて、隅田川に2番目にかけられた橋なんだそうです。現在の両国橋は1932年に完成したものだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

tabi47さん

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