旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

tabi47さんのトラベラーページ

tabi47さんのクチコミ(159ページ)全4,355件

条件をクリア
エリア
カテゴリ
並び順

  • ホテル
  • ショッピング
  • グルメ・レストラン
  • 交通機関
  • 観光スポット
  • 基本情報
  • いろんな歴史のある川

    投稿日 2016年05月04日

    隅田川 浅草

    総合評価:3.5

    両国にある回向院をからてくてく歩いて隅田川に出てみました。下町に流れる川、隅田川。川沿いは桜の名所などもあり、賑やかですが、東京大空襲の際は、この辺りの被害が大きかったという悲しい歴史も忘れちゃいけないですね…。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 納涼花火大会発祥の地

    投稿日 2016年05月04日

    両国花火資料館 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院から隅田川のほうにちょっと歩いたところに両国花火資料館はありました。

    両国は、納涼花火大会の発祥の地なんだそうです。享保18年(1733年)に両国川開きとして始まったそうです。

    それらの歴史が学べる資料館は無料だけど、7~8月以外は休館日も多いので要注意です。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 山東京伝の弟

    投稿日 2016年05月04日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院の境内に、岩瀬京伝墓という案内板と並んで「岩瀬京山墓」という案内板がありました。

    岩瀬京山は、岩瀬京伝(山東京伝)の弟さんで、この弟さんもお兄さんと同じく戯作家なんだそうです。お兄さんのお墓を建てたのは、弟の京山なんだそうです。

    実際の墓石は、案内板の近くには見当たりませんでした…。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 山東京伝

    投稿日 2016年05月04日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院の境内に、岩瀬京伝墓という案内板を見つけました。岩瀬京伝とは江戸時代の戯作家で、京橋南伝馬町に住んでいたから、京伝、愛宕山の東に当たるので山東といったそうです。おぉ!山東京伝!こっちの名前はちょっと聞いたことがあります。

    浅草の浅草神社の裏側の駐車場の片隅に、山東京伝の机塚の碑があったのを思い出しました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 歌人

    投稿日 2016年05月04日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院の境内に「加藤千蔭墓」の案内板を見つけました。

    加藤千蔭は、江戸時代中期から後期にかけての、国学者・歌人、書家で、八丁堀の与力だった父の職を継いだものの、病気のために辞職し、学問に専念したそうです。

    著書には「万葉解」「香取日記」など。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 供養のために

    投稿日 2016年05月04日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院の境内に「石造明暦大火横死者等供養塔」がありました。案内板によると、江戸市中の繁華街を焼いた明暦の大火による横死者・溺死者をはじめとした、さまざまな横死者に対する供養のために延宝3年(1675年)ごろに造立されたそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 塩が雪のように…

    投稿日 2016年05月01日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国の回向院の境内に、塩地蔵さまがいらしゃいました。お願いごとが叶った折には、お塩を供えるんだそうです。その供えられた塩が雪のように見える時もあったそうです。

    東都四十八塩地蔵の第四十七番目と書かれていました。四十八塩地蔵というものがあるんですねー。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 6基の供養碑

    投稿日 2016年05月01日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国の回向院の境内に「石造海難供養碑」というものがありました。

    ここ、回向院は明暦の大火の犠牲者を供養するため…として開かれた寺院で、その他の様々な災害の犠牲者の供養碑もありました。

    石造海難供養碑は、全部で6基の碑が並んでいました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • ねずみ小僧

    投稿日 2016年05月01日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    江戸時代後期に、お金持ちからお金を盗んで貧しい人たちに盗んだお金を分け与えた…として知られているねずみ小僧の供養墓が、両国の回向院にありました。

    お前立を削ってください…と札が建てたれていました。長年捕まらなかった幸運にあやかるらしいです。きっと墓石を削っちゃう人がいるんでしょうねー。

    実際に盗まれたお金が貧しい人に配られたという記録はなく、賭博などで使っていたという説が定着しているそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 力塚

    投稿日 2016年04月28日

    回向院 両国

    総合評価:3.0

    両国にある回向院へ…。門をくぐって参道をまっすぐ行くと最初に「力塚」が見えてきます。

    真ん中の大きな石碑には「力塚」と書かれています。そしてその碑のまわりをぐる~っと様々な相撲関係者の名前が書かれた石碑が囲んでおりました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • あらゆる生命が埋葬供養

    投稿日 2016年04月24日

    回向院 両国

    総合評価:3.5

    赤穂浪士が本懐を遂げた後の引き上げルートの一つとして私の中では有名だった回向院。

    明暦3年(1657年)に起きた明暦の大火でなくなった人々を供養するため、この地に無縁塚を築き、念仏堂が建立されたそうです。

    境内には、動物慰霊碑や、小鳥供養碑などが多く、あらゆる生命が供養されています。

    ねずみ小僧のお墓もありました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 回向院の門の横に…

    投稿日 2016年04月24日

    旧国技館跡 両国

    総合評価:3.5

    両国の回向院の門の横に「旧国技館跡」という案内板がありました。

    天保4年(1833年)から、回向院で相撲興行が行われていたことから、明治42年(1909年)に、境内に建設されたそうです。

    東京大空襲までに三度の火災に見舞われたそう。戦後は進駐軍に接収、返還後は「日本大講堂」として利用され、昭和58年(1983年)に解体されたそうです。

    右となりにあるコアビルの中庭に、当時の土俵の位置を示す円形があるそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 手形あり

    投稿日 2016年04月20日

    国技館通りの力士像 両国

    総合評価:3.5

    回向院から国技館前までのびている国技館通りの左右の歩道に力士のブロンズ像がありました。このブロンズ像は全部で6体あるそうです。

    台座部分には歴代の横綱の手形がはめ込まれています。お好きな力士の手形を探すのも楽しそうですねー。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • 回向院の正面に…

    投稿日 2016年04月20日

    国技館通り 両国

    総合評価:3.5

    両国にある回向院の正面から両国駅を抜けて、国技館の前までのびている通りが「国技館通り」です。

    道幅が結構広めの大通りで歩道もゆったりしているので、力士さんたちが大勢で歩いていても平気だなって思いました。通り沿いには大相撲のおひざ元らしく、ちゃんこを食べられるお店などが並んでいます。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • 興行中に

    投稿日 2016年04月20日

    両国国技館 両国

    総合評価:3.0

    両国国技館の敷地内に、見上げるほどの高さの物体が…。思いっきり逆光ですが、こちらは太鼓櫓というそうです。大相撲の場所中には太鼓が打たれるんだそうですよ。

    なんでもこの櫓には、安全上、エレベーターが備えてあるんだそうです!上り下りの際に事故とかあったんでしょうねー。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • 昭和天皇の御製の句碑

    投稿日 2016年04月20日

    両国国技館 両国

    総合評価:3.5

    両国国技館の敷地内に、なにやら碑がありました。

    これは、昭和30年の5月、戦後初めて蔵前国技館(1984年閉館)にて大相撲を観覧された昭和天皇の御製「ひさしくも みざりしすまひ ひとびとと てをたたきつつ みるがたのしさ」が刻まれている句碑です。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • ここにもさざれ石

    投稿日 2016年04月20日

    両国国技館 両国

    総合評価:3.0

    あちこちの神社仏閣などをお散歩していると、さざれ石に出会うことが多いですが、ここ、両国国技館の敷地内にもありました!さざれ石。

    さざれ石は、全国の処石灰室の山で産ずる石だそうですが、こちらのさざれ石は、国歌発祥の地といわれる岐阜県楫斐郡春日村の山中にあったものなんだそうです。

    さざれ石のことより、国歌発祥の地があることに驚き、調べてみたら、他にも鹿児島や横浜という説も出てきました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • 理事長選の日でした

    投稿日 2016年04月20日

    両国国技館 両国

    総合評価:3.0

    両国駅のすぐ目の前にある両国国技館。言わずと知れた大相撲の聖地です。この界隈をお散歩した日は、3月の終わりごろ。ちょうど理事長選挙の日だったようで、国技館前にはたくさんのカメラがスタンバってました。

    大相撲は開催されていなかったけど、お土産物の売店は営業していて、敷地に入ることもできました。顔出しパネルなどもあって、ちょっと顔出して写真撮ってみたい気持ちになりました!

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    4.0

  • 架空なのに

    投稿日 2016年04月18日

    俵星玄蕃の道場跡 両国

    総合評価:3.0

    旧安田庭園から出て、国技館の横をてくてく歩いている時に、案内板を見つけました。

    なんでも「俵星玄蕃」という人は、忠臣蔵に出てくる架空の人物なんだそうです。物語の中の架空の人物の架空の道場の跡地ということで大々的に案内板を作るって、ちょっとびっくり!さすが、討ち入りされた吉良邸のある両国だ!と思いました。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

  • 横網で生まれたそうです

    投稿日 2016年04月18日

    花の生涯文学碑 両国

    総合評価:3.0

    旧安田庭園を見学して、国技館側の出入り口から退出…。国技館側へ信号を渡ったところに小さな碑がありました。

    「花の生涯」と彫られた碑は、井伊直弼の生涯を描いた小説「花の生涯」の作者、舟橋聖一の生誕記念碑なんだそうです。

    舟橋聖一は、この地、横網で生まれた方なんだそうです。

    旅行時期
    2016年03月
    アクセス:
    3.5

tabi47さん

tabi47さん 写真

0国・地域渡航

30都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示版 クリップ

tabi47さんにとって旅行とは

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

大好きな理由

行ってみたい場所

現在0の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在30都道府県に訪問しています