ソウルの旅人さんへのコメント一覧全79件
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お疲れ様でした。
お土産に買った絵がステキですね。廊下の壁にマッチしてますよ。
栗🌰も美味しそうですね。 -
韓国の裏の顔
ソウルの旅人さん、こんにちは
今回の旅も、日本人が知らない裏の顔の旅でしたね。
龍山米軍基地跡が、撤退して、お洒落な街になってますね。
こんな住宅なら、誰でも住みたくなるような外観と色調ですね。
ソピンコホテル、恐ろしい拷問の場所だったのですね。
日本でも特高警察で、小林多喜二らが恐ろしい拷問を受けて、殺害されたように、韓国でもそのような施設があって、苦しんだ人もいたのですね。
歴史博物館の屋上が、私にとっては、嬉しい写真でした。
青瓦台が背にしてる山、北岳山特徴的な山ですが、この山を見ると、今ソウルにいるのだと感無量になります。
ソウルまた行きたくなりました(*´艸`*)
Re: 韓国の裏の顔
みちる 様
コメントを有難うございます。
出雲・富山の旅を楽しく拝見しています。みちる様は富山に短期間に何度も訪問されています。大変お好きな街になっているようにお見受けします。私は富山に若い頃住んでいましたので、懐かしいです。出雲も何度も旅している大好きな場所です。
韓国歴史博物館は光化門前ですからソウルに行けば目にする建物ですが、来訪客は少ないようです。屋上からの景観も案外知られていないですが、写真の通り素晴らしい景色に出会えます。本当にエレベーターに乗ると、「8F ROOF」のボタンがあります。次回ソウル旅行時には是非御訪問下さい。
ソピンコホテル・南山ユースホステルなどの現代史がそのまま残置している施設が沢山あります。ところがその怖ろしい場所が小学校の直ぐ隣だったり、若者の宿舎だったりで、その落差に本当に目眩がしました。
日本では特高警察の建物をユースホステルに改造しないでしょう。韓国の特徴かも知れません。
ソウルの旅人2026年01月20日17時39分 返信する -
西氷庫にそのような施設があったとは知りませんでした。
お久しぶりです。fmiと申します。
西氷庫駅付近は、鉄道の撮影地点に適していることもあり、何回か訪れましたが、軍政時代の歴史とその名残の施設があるとは全く知りませんでした。勉強になりました。有難うございます。
現在は漢江の側にある下町、といった趣です。京義中央線はここから先が、漢江沿いに走行し、風景の美しい所となります。
なお、西氷庫の隣の二村界隈は、ソウルに駐在する日本人が多く住む街でもあると、韓国に詳しい友人から教えてもらったこともありました。
二村から西氷庫までは結構距離があって歩くのが大変だったと思います。
次回の韓国旅行記も楽しみにしております。今後ともよろしくお願いします。Re: 西氷庫にそのような施設があったとは知りませんでした。
fmi 様
コメントを有難うございます。
京義中央線は西氷庫から漢南ー玉水ー鷹峰と漢江に沿ってます。乗ったことはないですが、確かに漢江と向こう岸の狸鴎亭が見える美しい風景でしょうね。悪名高い韓明澮が別荘を作った土地だと承知しています。しかし、この辺りは韓国でも余り知名度がないと思います。ここが鉄道写真を撮るに適した場所だとする情報は何処からみつけられるのですか?いずれにしても西氷庫に何回か訪れておられることに敬意を表します。
重々ご承知と思いますが、私が行ったソピンゴホテルの前に踏切がありました。市内では数少なくなった貴重な踏切とのことですが、丁度、列車が通り、踏切が開閉されていました。fmi様が見られたら列車の種類や行き先まで判るのでしょう。写真を撮っておけば良かった。
今回の旅行は阪神電車にて締めます。宜しければ最後までお付き合い下さい。
ソウルの旅人2026年01月19日17時22分 返信するRE: Re: 西氷庫にそのような施設があったとは知りませんでした。
ご返信ありがとうございます。
>ここが鉄道写真を撮るに適した場所だとする情報は何処からみつけられるのですか?
韓国鉄道を愛好するコミュニティやHP運営仲間が昔ありまして、その仲間通しで情報交換を行うなどして撮影地点を知りました。地図ををもとにロケハンも行っています。
私の場合、韓国で撮影したポイントの半分ほどは自力で探しました。そのためハングルや韓国語も独学で学びました。
>私が行ったソピンゴホテルの前に踏切がありました。市内では数少なくなった貴重な踏切とのことですが、丁度、列車が通り、踏切が開閉されていました。
駅の東側にある西氷庫洞踏切のことと思われます。そのすぐ東に漢江を渡る盤浦大橋があり、そこで撮影したこともあります。
あの路線はソウル都心を通りますが、風光明媚なうえ、江隆や安東、春川へ行くKTXや長距離列車と、貨物列車も走るので、それを狙って撮影しました。2026年01月19日17時56分 返信するRe: 西氷庫にそのような施設があったとは知りませんでした。
fmi 様
おはようございます。
韓国の撮影ポイントを探す為にハングルの勉強をされた由ですが、それでも馴染みのない韓国の地形などを考えると超大変な作業と想像します。素晴らしい鉄道写真を撮る為の御苦労を想い計れます。盤浦大橋から撮影されていますが、あの橋上からだと興味深い景色だと推測します。
あの踏切は「西氷庫洞踏切」の名前があるのですね。韓国ドラマにはこの踏切が再々登場しますので、ドラマのロケ現場になっているようです。龍山駅から少し南の同じ京義中央線踏切も映画ドラマに頻出します。鉄道の高架化が進んで踏切は少なくなり、過去と現在を繋ぐ象徴的景観となっているようです。鉄道は特に趣味でなくてもロマンなのでしょう。
ソウルの旅人
2026年01月20日10時13分 返信する -
...KTXがどこへ向かうのか
.. ソウルの旅人様、お久しぶりです。fmiと申します。
いつもソウル旅行記を楽しく拝読させて頂いております。私の全く知らない(特に北村や仁旺山等)所も回られているのに驚きました。
ソウル駅も、真上に架かっている高架道路が、歩行者専用になっているのですね、かつての荷物ホームも更地になっているのが画像で分かりました。
ソウル駅から北へ向かうKTXや長距離列車ですが、京義線の水色駅と幸信駅付近に、長距離列車やKTXの車両基地、貨物列車(特に製紙輸送)のターミナルがあり、ソウルで客を降ろした後、そこまで回送しています。そのため運転密度が高く、京義線の電車を思うように増発できないそうです。
今後とも韓国旅行記を楽しく拝読させて頂きます。宜しくお願いします。Re: ...KTXがどこへ向かうのか
fmi 様
今晩は!
沢山の「いいね」を有難うございます。人気のない旅行記ですので大変嬉しいです。友達からはマニアック過ぎると不評ですが、読んで頂き感謝いたします。
fmi様の旅行記を拝読いたしますと、鉄道については趣味を越えてスペシャリストかと思われます。鉄道関係にお勤めなのですか。神戸旅行記に登場した塩屋辺りは私が頻繁に利用する区間ですが、JR・阪神電車・山陽電鉄の電車が見間違うほど輝いていました。
ソウル駅の表側と裏側を繋ぐ高架橋は「ソウル路」と呼ばれています。駅構内を通らずに行き来できます。また、素人には良く判りませんが、列車撮影には適していると思います。京義線の水色駅・幸信駅の名前がでるのはさすがにプロです。この駅名を知っている日本人は極少数でしょう。表紙の写真がムグンファであることも納得です。日本は廃線でしょうが、韓国はまだ鉄道新線を作っているようです。是非、韓国鉄道を詳細に紹介下さい。
私は1913年に京城駅1番ホームからシベリア鉄道を経由してロンドン終着の切符が販売されていたことに感動します。韓半島がユーラシア大陸と地続きであることを実感させてくれます。
次回に京義中央線の西氷庫駅がチラッと登場します。宜しければ最後までお付き合い下さい。
ソウルの旅人
2026年01月07日20時19分 返信する -
李完用は悪い奴だったのですね。
日韓併合で日本は学校を作り、奴碑をなくし、インフラを整備し、産業を興し韓国の成長に貢献したので条約にサインした李完用は韓国の恩人かと思っていました。
朝鮮、韓国では常に二派が対立して優位な方が利権を独占して、汚職が横行というパターンを繰り返しているのですかね。
歴代大統領も失職するとかならず現職時代の悪事が露見し起訴されるというのも民族性なのかな。
歴史ドラマでは派閥、汚職、私利私欲、権力者の横暴が必ず描かれていますが彼らも自民族のことに自覚があるのでしょうかね?Re: 李完用は最悪の売国奴だった。
熟年ドラゴン 様
コメントを有難うございます。今回のテーマは重要な事項になりますので真面目に真剣に返答いたします。
【日韓併合で日本は・・・・産業を興し韓国の成長に貢献した・・。】
日韓関係論において必ず述べられる「朝鮮の近代化に日本は貢献した」とのご意見ですが、残念ながら基本的前提が抜けています。
ある国を植民地化する目的はその地を収奪することであり、実際に朝鮮は植民地になって民衆は塗炭の苦しみに陥っている。つまり、日本の朝鮮近代化諸施策とされるものは朝鮮の利益のためではなく、日本の利益の為になされた行為であると云うことです。この基本的認識が抜け落ちているのが「日本は近代化に貢献した」案です。
【歴史ドラマでは派閥、汚職、・・・自覚があるのでしょうかね?】
韓ドラでは政治家・警察・財閥・検事などの汚職が赤裸々に描写されます。容赦なくです。だが、日本のテレビドラマには賄賂を貰う悪徳警官は登場しません。何故か。そんなドラマを作れないからです。汚職・権力者の横暴をそのまま描く韓国ドラマとそれを避ける日本ドラマのどちらが現実を見据えているでしょう。自民族のことに自覚がある故にこれだけの描写ができるのです。
ソウルの旅人
2025年12月31日18時03分 返信する -
石坡亭♪
ソウルの旅人さん、こんばんは
石坡亭は、初耳です。
府院君の別荘でしたか。
飛ぶ鳥を落とす勢いの、府院君らしい素晴らしい別荘なんですね。
秋が、一番良さそうですね。
散策するには、良い時に訪問されましたね。
「明成皇后」の府院君と皇后のバトル、観るには辛いシーンもありましたが、「風と雲と雨」も、しかり。
府院君役の、チョン・グァンリョルの憎憎しい演技が、迫真的で、皇后が気の毒でした。
歴史をたどる旅、ドラマと関連できる旅は、私はいつ行けるのか分からないですが、こうして旅人さんが、案内してくださったので、行ったような気がしました。 ありがとうございました。
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こんばんは
ソウルの旅人さん、こんばんは
読み応えのあるレポートでした。
ソウルの旅人さんは、朝鮮史にお詳しいし、そして観光客の行かない裏のソウルをよくご存じですね。
地図を見ながら、歩かれてると思いますが、裏道なんて、迷いやすいのに、さすが目的の地まで到達してるのには、感心です。
イニョン王妃と明成皇后の住居の跡があるのですね。
私は、スマホの地図見ても、よくわからない人なので、たどり着くのは不可能な気がします。
ソウルの裏なんて、よくぞ紹介してくださいました。
ありがとうございます。Re: 花便りが楽しみです
みちる 様
こんにちは。ご無沙汰です。
みちる様の『花便り』を毎回楽しみに拝見しております。花を愛でる場所がこんなに沢山あるんですね。車運転を止めた為、最近は余り外出しません。居ながらにして春夏秋冬の素晴らしい花々を見る事が出来て最高です。みちる様の旅行記にて季節を感じています。
ソウル旅行記へのアナウンスをありがとう御座います。今回は特にマニアックな場所を選んでおり、友人からは「これでは付いていけん。面白くない。」と叱られております。仁顕王妃と明成皇后の感古堂は北村メイン通りの徳成女学校の正門ですから判りやすいです。地図を読まなくてもたどりつけるはずです。驪州にある移築された感古堂は明成皇后の生まれた家の横ですから、やはり有名場所です。驪州駅からタクシーで容易に行けます。次回ソウルにいらっしゃった折には是非お訪ねください。
この後も少しマニアックな旅行記になっておりますが、後半も読んで頂ければ幸いです。
ソウルの旅人2025年12月14日10時47分 返信する -
南山の記憶
ソウルの旅人様、こんにちは。
お元気そうでなによりです。
2年前に行かれたソウルはずいぶん悪天候だったと記憶していますが、今回は4日間とも素晴らしい秋晴れだったとのこと、ほんとによかったです。
お写真を見ても紅葉がきれいですね。
日本の紅葉がすっかりダメになってしまいましたから、とてもうらやましく思います。
表紙の写真を見て、ユースホステルに泊まられたのかと思ってしまいましたが、違いましたね。
まさか泣く子も黙るKCIA本部がユースホステルに変身しているとは、驚きです。
「南山のこの北面中央部は植民地時代から戦後軍事政権にいたるまで血塗られた歴史の場所であった」
わたしは朝鮮総督府は景福宮に最初からあったものと思い込んでいました。
併合前の韓国統監府時代を含め、しばらくはこの南山に総督府があったんですね。
掲載された写真を見て、意外に小規模で素朴だったんだと感じました。
しかし、韓国の人々にとってこの一帯は、恥辱の歴史の原点としていつまでも記憶される場所なのですね。
わたしも南山がそういうエリアなのだということを覚えておきたいと思います。
そして「世界人権宣言」…。
日本社会ではいまだに西洋からの借り物のような感じの残る「人権」ですが、韓国の方が幾多の動乱を経て人権を血肉としているのかもしれないなどと思いました。
ひらしまRe: バルカン半島の景観に驚いています
ひたしま 様
ご無沙汰しております。コメントを有難う御座います。
私もバルカン半島旅行記へのコメントを書こうと思っているのです。しかし、全く知識のない地域なので、世界地図を広げてひらしま様の足跡を追っていくのが精一杯です。情け無いですが、今まで聞いた事の無い街や都市ばかりです。少し勉強して、最終回に纏めてコメント致します。それにしても
マケドニア・アルバニア・モンテネグロ・セルビア等は遠い昔に世界史古代編で習ったような名前ばかりです。ひらしま様の旅行記にて『現在のこの地球上に現実に存在している』ことを実感します。
KCIA南山本部がユースホステルになっていることを知ったのはつい最近です。信じ難いでしょう。この事実をおおぴらに公言することはないようです。このような冗談とも本気ともとれる処遇をするのが韓国です。この後も軍事施設や米軍基地の変貌する姿を追ってます。
総監府が景福宮に移ったのは1925年です。丁度100年前です。だれも100周年記念行事をする気配はありません。
バルカン半島旅行記を楽しみにしています。
ソウルの旅人
2025年12月05日21時41分 返信する -
はじめまして
「ソウルの旅人」様、はじめまして、fmiと申します。
私も韓国が好きで以前は毎年訪韓していました。ある国際交流団体の理事を勤めている関係で友好都市への表敬訪問も2度ほど行っています。
最近は国際関係やコロナが重なったことで10年ほど訪問が途絶えております。
まず、都羅山展望台のあまりもの変貌ぶりに驚きました。あの迷彩コンクリートの施設はもう使われていないのですか。
確か昔は展望台の床に線が引いてあり、そこから先は写真撮影が不可能だったと記憶しています。私が訪問した時はちょうど南北連結鉄道が復活したころで、貨物だけながら週に数本ほど南北を結ぶ列車が運行されていた時でした。
あのころに比べると南北関係は冷え切ってしまっていると感じます。
青瓦台の旅行記も拝見させていただきましたが、そこも含めて10年間で全く変貌していることにただ驚きの一言です。
もう一度、韓国へ行きたくなりました。有難うございました。
今後ともよろしくお願いします。Re: 韓国の変貌は激しいです
fmi 様
はじめまして、ソウルの旅人と申します。
〈訪問〉と〈コメント〉と〈いいね〉をありがとうございます。
私などより韓国についてお詳しいようですから大層な事は申せませんが、ソウルの変貌は目を瞠ります。青瓦台の開放などあり得ないことでした。私には都羅山にて南北連結鉄道が運行していたなんて信じられません。現在の大統領府が何処にあるかご存知ですか?龍山の旧陸軍参謀本部の跡です。昨年の戒厳令も吃驚ですが、テレビに写っていた大統領公邸は漢南洞です。
今回の旅行は主にソウル市街の移りゆく変化を記録するのが目的です。マニアックな内容ですからあまり面白い内容は含まれませんが、10~20年前のソウルをご存知なら興味深い箇所も有るかと思います。もし、そういう箇所がありましたら又コメントをお願いします。
ソウルの旅人2025年11月28日21時25分 返信する -
かなりマニアックですね。
二三日観光しただけの私にはちょっと付いて行けそうもありませんね。Re: おおいにマニアックです!!
申し訳ないです。
殆ど観光客が訪れない場所を選択しているので面白く無いと私も思っています。タイトル写真も特別に興味を惹かない屋内写真ですが、熱心な韓ドラファンなら喝采を送って下さると思います。それ程この居住区域の映像は有名ドラマ・映画に頻出するので、一度は見たいはず・・・。
後半もマニアックが続きますが、1~2枚は面白い写真が出てくるかも。我慢して最後までお付き合い下さい。
ソウルの旅人2025年11月27日23時02分 返信する



