2025/11/10 - 2025/11/13
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ソウルの旅人さん
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中央博物館から米軍基地跡の現在の様子を観察し、館内にて白磁を観賞した後、観光市場ではないソウル市民の台所である京東市場へ行き、隣の薬令市場に寄っってから帰国した。
タイトル写真は京東市場の最寄駅である祭基洞駅の賑わい風景。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- エアトリ
-
国立中央博物館
同行者が「疲れ切って歩けない」と言うので、西氷庫からバスに乗って二村に引き
返す。中央博物館は再訪となる。 -
博物館庭園内の石塔
博物館の敷地も元は米軍基地だった。
広大な基地跡を何に再利用するのか?
誰が決定権を持っているのか知る由もないが、公園・博物館・美術館・野球場・サッカーグラウンド他不明箇所も多く、多彩な転用がなされている。 -
庭園内の鏡池と二村のアパート群
博物館の庭園は広い。最初に来た時は迷子になった。
博物館前に延々と続くアパート群にも最初は驚いた。さすがにこの風景には馴れた。 -
博物館入口
博物館内は前回訪問時に丁寧に見ている。
今回は展示品観賞とは別にもう一つの目的がある。
正面階段の奥に大きな空間が広がっている。その空間の奥を見たい。 -
正面階段を上って前面に拡がる景色
この土地は全て旧米軍基地だった。跡地の現状はここからが最も良く見通せる。
遠く南山とNタワーが霞み、基地跡には様々な建造物が見える。地図上では緑色に塗りつぶされ、何の表記もないが、実際はかなり変化が進んでいる。 -
左(西側)方向
沢山の建造物がある。地図上に記載あるのは南山の二箇所だけである。緑→の大きく重厚な建造物は当然表記があって然るべきだが、無記載である。返還後に造った建屋ではなく、旧米軍の施設か?
赤→ 南山Nタワー
青→ ソウル教育研究情報院
緑→ 不明 -
西方向拡大写真
青→はボタニックホテルベランダからも見えた。遠方から見たソウル地図のランドマークになる。赤→はソウル駅南に広がる旧日本人街があった地域になる。中央に延びる道路は途中で途切れ、基地の外へは繋がっていない。
青→ソウル教育研究情報院
赤→付厚洞方面 -
より西側の写真
赤→は国防部の建物群と思われる。尹前大統領が青瓦台から大統領執務室を移したのはここである。一時は大統領府になって、周辺が騒がしかった。大統領府は既に青瓦台に引き返したので、従来の国防部に戻った。
野球場、サッカー場が見える。一般に開放されているのだろう。
赤→国防部が米軍基地内にあったことが韓国の戦後を物語る。そしてこの前には『戦争博物館』がある。軍事が中心政策に成らざるをえない国からの脱却を図る景色である。
青→スポーツフィールドと記載
緑→三角地方面 -
右(東側)の写真
めぼしい建造物が見当たらない。一帯は樹木に覆われている。基地跡と思しき景観でもない。
樹木の中央を越えた辺りが梨泰院になる。 -
東側拡大写真
梨泰院方面が望めるかと思ったが、残念ながら見えなかった。
その方向では大きな工事が行なわれている様子が見える。
米軍跡地の全貌が俯瞰出来ると思っていたが、案外に不確かな景観だった。今でもこの大部分は進入禁止になっている。 -
博物館内に入る。
-
正面から入るとその奥に聳える「敬天寺十層石塔」
博物館の主峰を見上げる。 -
上階から平行目線に見る。
-
最上階から見下ろす。
博物館は一日かけても見終わらない。今回は時間が無いので3階中心に観賞する。 -
3階の北側は陶磁器類展示箇所である。
説明書きは見ていない。間違っているかも知れないが、この姿は18世紀前半の金沙里で焼かれた瓶か。 -
左に傾いで、消え入るように仄かに輝いている。
この不揃いの形姿こそ朝鮮白磁の特徴である。 -
博物館と比べると貧相過ぎるが、一応我家の宝物。
しかし、こうして比べるとその格差が歴然とする。博物館展示品の選定は抜群の審美眼を持った人だったのだろう。 -
一昨年にサムスン美術館に行った。そこで見たのは眼を瞠るほど堂々たる完璧に仕上がった白磁だった。真っ白に輝いていた。こんな弱々しい陶磁器ではなかった。成り上がりの大金持ちが金にあかして収集した品々だった。
-
ここの白磁は特別に輝く形姿でなく、平凡な姿である。
中央博物館の白磁は第四代中央博物館館長の崔淳雨氏の選定になる。サムスンにあった19世紀の完成期白磁ではなく、17~18世紀の広州方面で焼かれた作品を多く展示している。そして、これこそが『朝鮮白磁』である。 -
白磁の酒瓶
超有名品 -
我家にも国宝があった。まさか!!
これは前回の訪問時に博物館売店で買ったイミテーションである。
よく出来てるでしょう。ここの売店は面白いお土産が揃っている。 -
白磁壺
変形だが正立の形状、白色ではないが白、輝いていないが微かに光っている艶。この深い造詣は意図して出来ない姿かもしれない。
名もなき陶工が偶然に創りあげた奇跡だろう。
この姿を崔淳雨氏は追い求めて、博物館に蒐集した。 -
「如何にも不安定なひっくり返ってしまいそうな壺だ。どうして下部が小さく上部が広いのか。刷毛目も目立つ。こんな壺は失敗作だろう。何故、これが国立の博物館に麗々しく展示されているのか不思議だ。」
といった感想はあなたの審美眼を疑われます。実際に実物を見れば暫くこの壺から眼が離せなくなる。これが『朝鮮白磁』である。 -
恥ずかしながら我家の壺も紹介する。
19世紀韓半島で焼かれた壺だろうと検定されたが、余り当てにならない。 -
粉青沙器
朝鮮陶磁器は青磁→粉青沙器→白磁と変貌する。 -
粉青沙器は私の趣向には合わない。
しかし、これが白磁に繋がった。 -
青磁
高麗王朝時代に全盛期を迎える。青磁はこの写真のように青色(実施は淡い緑色)と思われている。しかし、サムスン美術館でみた立派な青磁は粉青沙器の色合いに近かった。 -
ここまで来ると完璧な芸術品
白磁と青磁が全く異なる精神で創られたことが判る。 -
前述のようにサムスン美術館でみた青磁はこんな色調だった。
-
我家の青磁
10年以上前に仁寺洞で購入した。
大変嬉しくて空港の通関に引っ掛かることを恐れた。
だが、今から考えると吹っ掛けられた値段だったようだ。 -
朝鮮の焼物に少しでも興味がある方は3階303~305室を尋ねて下さい。
『朝鮮の美』を堪能できる。 -
陶磁器から歴史遺物館へ移った。
慶州、金海、高霊、扶余にて沢山みた。
詳しい解説は不要だろう。 -
半跏思惟像
日本のそれと比較すれば・・・。 -
王冠
詳しい個々の説明なし。
目立つ展示品を列挙した。 -
日本館にも寄った。
展示の形が日本の博物館より冴えている。 -
白磁と比べてどうか?
こら等は秀吉の朝鮮遠征時に連れ去られた朝鮮陶工が日本に土着して創りあげた『日本陶器』である。 -
前述の様に博物館の売店は興味あるお土産品を沢山売っている。
レベル高い。
今回の購入品 「蝶と花」ナム・ウ(1811~1890)作 -
無愛想な我家の壁に掛けると少しは華やいだ。
-
地下鉄1号線「祭基洞駅」2番出口
中央博物館から京東市場に向った。この駅が最寄駅。
広蔵市場のような観光市場ではなく、現在もソウル市民の台所として機能している“市場”を見たかった。路地を見るような感覚で・・・。 -
駅から市場に向う。
建物側の商店と道路側の露店がびっしり並び、道路を塞いでいる。そこを買物客が道幅一杯に広がり、大混雑である。なんと賑やかなことか。 -
市場へ向う通路。
肩を触れ合わなければ進めない。
私の好きなユーチューバーであるエマ氏(「ソウルをお散歩」の制作者)は龍山区在住のはずだが、この市場に買物に行く動画を再三アップする。これほど混むのは市場周辺の住民だけではなく、市内各所から買物客が押し寄せているのだろう。 -
京東市場は名前の通りソウルの東にある。祭基洞駅は東大門駅から3駅目、清涼里駅の一つ手前になる。東端とはいえソウル中心部の一端である。
-
市場内に到着
高い天井アーケード、広い通路、整頓された店舗群だった。古い伝統市場をイメージしていたので以外だった。
精肉店・八百屋・魚屋・青果店・乾物屋など食品関係が多い。恐らくここに来れば必要な食品は全て入手できるだろう。 -
市場はとんでもなく広く、何を何処で売ってるのかも判らない。呆然と眺めていたが、西氷庫ではつまらなそうだった同行者はこの市場に来たら俄然元気になった。あちこちの店舗を覗きまくって、欲しいものを買いあさっていた。
-
これだけ整備されていれば、買物するのに不便はない。
最新鋭の市場に見えた。 -
しかし、メイン通り以外にも脇道が延びており、そこは写真の様に20世紀の世界だった。
全体が広いので裏道に入るとどこに居るのか皆目分らない。迷子になってアチコチを彷徨う。 -
店舗を真正面から撮影すると強く叱責された経験が再三なので、店舗を写すのは憚られる。人々を写さずに、山積みのニンニクを写す。
マヌルコルモク(ニンニク通り)・トラジコルモク(桔梗の根通り)もあった。 -
アーケードのない青空市場も広い。
アーケードのない通路空間も混みあっている。
車が通り、車が駐まっている。中央には露店が並ぶ。 -
青空部分は駐車場にもなっている。
予想どおりのソウル市場風景である。
アーケードのある区域との落差が激し過ぎる。 -
車道と歩道を別けるべきだろう。
しかし、歩行者は迷惑そうに見えないし、車は当然のごとく突っ込んでくる。自然な感じで共存している。 -
そこから見渡すことの出来る景色は“これぞソウル”と言える。
最新超高層アパート群と旧式市場のコラボが現在ソウルの標準風景である。 -
何処を歩いているのかは判らない。とにかく市場の方々を歩き回った。
行程説明は不可能。 -
また、脇道に入ってみる。
屋根のない陽の差さない横道。
この市場全てを廻るなら1日でも足りないだろう。 -
何処を写したのかさっぱり記憶がない。
市場の中のスナップショット。 -
前記の様に商品撮影は避けた。
果物、野菜、調味料、その他ありとあらゆる食材があった。 -
肉屋
以上の様にこの市場では人に酔い、道に酔い、商品に酔い、全ての環境に酔った。 -
購入品の紹介
果物・キムチ・お餅・パンチャンなど欲しいものは山程あったが、持ち帰ることは不可能である。
よって、栗・海苔・芋・韓菓などのお土産を買った。特筆は栗である。
栗 1Kg 10,000ウォン(約1,100円)
キャリーバックは送付済み、大きなリュックサックを持っていったが、余りに重すぎて1.5Kgだけしか買えなかった。残念。5Kgは欲しかった。 -
自宅ではオーブンにて単純に焼栗にして食べる。
渋皮も綺麗に剥がれて超美味。 -
お土産ついでにもう一点紹介する。
「ハニーバターアーモンド」 明洞の本店購入。
韓国土産は当初は苦労した。韓国の高級韓菓を渡しても全く反応無く、不評だった。結局「ハニーバター」が圧倒的に人気だった。これを大量購入した。日本でも購入可能だが、ここで買うと遥かに安価である。 -
市場から少し駅方向に戻る。
対面の「東医宝鑑タワーオフィステル」ビルに大きな太極旗がデザインされている。
この通りはソウルの中心路である鐘路大通に繋がっている。地下鉄は1号線である。つまり此処はソウルの古い中心部と直接繋がっている場所なのだ。 -
ソウル薬令市場
京東市場の西隣が漢方薬の大市場である。 -
門から北に向って漢方薬店舗と漢方医院が軒を連ねる。
-
右手前の看板はテウ薬業社と読める。
韓国では漢方薬が大きな地歩を占めている。いまだ薬として日常的に飲まれているし、漢方医院も信用保持している。
韓国で目立つもの筆頭はハングル表記の「薬(ヤク)」の看板である。 -
横道に入っても漢方関連の店舗のようだ。
左側の奥は三和韓医院と地図には表記されている。 -
周辺一帯が漢方の世界だった。
右手前はベッポン韓医院となっている。
漢方独特の匂いが漂っていると思ったが、そんな事は無く、特別な臭いはなかった。 -
ベッポン韓医院の隣は東医韓材の店舗名である。
医院と薬屋が混在している。 -
街路から見える薬店舗内。
膨大な数の薬箱が並んでいる。いかにも漢方らしい。 -
門から150メートルほど歩くと、「ソウル漢方振興センター」と「薬令市韓医薬博物館」がある。
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立派な博物館である。
中央に置かれた『薬」壺がいかにもいかにもだ。
時間不足で入場せず。 -
会館の三階まで上がってみた。
下に見える韓屋は博物館付属のカフェである。 -
そのカフェで漢方のお茶を飲む。本格的漢方茶が飲める。
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内装は韓屋の造だった。
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座ったテーブルに飾ってあった置物
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本格的漢方薬が処方された飲物を注文する積もりだったが、メニューをみると何とも苦そうに見えた。
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熟考の上、無難な五味茶にした。(漢方は無理有りか。)
左は私のホット、右はアイスの同行者。
美味しいお茶を飲んで、これにて今回旅程は終了。
あとは帰るだけである。 -
薬令門
振興センターから祭基洞駅へ向う。 -
薬令市場側から外を見る。
薬令門と太極旗を外壁にデザインした最新ビルのコラボ。 -
祭基洞駅
地下鉄の標準駅だろう。
私のソウルの旅は地下鉄の旅だった。
当初は何度も乗り間違った。地下鉄網はこみ入ってるので反対方向電車に乗ったり、終点に気付かずもう少しで車庫まで連れて行かれそうになったこともあった。 -
現在は地下鉄何号線であろうが乗換え自由自在である。
地下鉄のプロを自認している。 -
ソウル地下鉄Tマネーカードのチャージ機械。
長年お世話になって親近感ができた。 -
ソウル駅から空港鉄道にて仁川へ向う。
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仁川空港は島にある。その途中は潮の干満差が大きい遠浅の干潟である。
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この季節は赤い干潟と呼ばれる真っ赤に色づいた七面草が見られる。
最初に来た時は海面に赤い絨緞が引き詰められているようで感激した。 -
干潟
今年はどうだろうか。 -
赤くはなっていたが、従前ほどではなかった。
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イミグレも終っているので仁川空港は難なく通過するはずだった。しかし、ことはそうスムースに進行しない。荷物検査でトラブルがあり、なんと留め置かれた。誤解は解けたが、ギリギリで飛行機にのることになった。仁川ではトラブル多し。
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関西空港までは順調飛行で、1時間20分だった。
予定通りに阪神電車で甲子園まで帰ってきた。22時20分着。 -
11月10日5時1分に出発し、11月13日10時20分に帰着した。
合計89時間19分の『ソウルの旅』だった。 -
駅からは甲子園球場のナイター照明が季節外れに点灯しているのが望めた。
この灯をみて帰ってきたと実感する。
マニアックな旅行記を最後までお読みくださった方には感謝です。ありがとうございました。
完
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