2025/11/10 - 2025/11/13
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ソウルの旅人さん
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今更、観光地を訪ねる旅でもないだろう。よって今回は私の興味ある場所だけを巡ったので偏った選択となる。北村・西村・乙支路3街の路地裏巡りと、南山麓・世運商街・付岩洞・旧米軍基地・西氷庫洞などである。ソウルの歴史と現在に関心のある方には少しは面白い部分もあるか。
そして今年は4日間とも素晴らしい秋晴れに恵まれて「ソウルの秋天」を心ゆくまで楽しんだ。紅葉写真も満載となった。
タイトル写真は南山にある「ソウルユースホステル」。何故ユースホステルが訪問地になるかは本文を参照願う。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- エアトリ
-
出発地は阪神電車甲子園駅である。
自宅から歩いて10分。 -
11月10日AM5時
飛行機の時間が9時の為、阪神電車5時1分発の始発に乗る。阪神電車に50年以上乗っているが始発に乗るのは初めてである。
いまだ暗いが、多数の乗客が並び、大阪梅田行き普通電車は満員だった。 -
関西国際空港
梅田からの空港リムジンバスは予定通り空港に6時40分に到着。
チェックイン・イミグレなどに時間を要したが、特に不都合はなし。
久し振りの韓国旅行なので気持ちは昂ぶる。 -
搭乗口
驚いたことに9年前の訪韓時もアシアナOZ115便だった。
長く継続している飛行機便もある。 -
搭乗機が待機していた。
LCCは事故があったし、大韓航空は何となくタッチがあわない。
アシアナが好みである。 -
機内
通路側なので外が見えず。残念。 -
機内食
何度も書くが、2時間弱のフライトでは機内食を食べていると直ぐに到着する。
この弁当はまったくニンニク臭が無かった。 -
仁川空港第一ターミナル。
予定通りに到着。前回は第二ターミナルだったので、ここに来るのは久し振りである。この広い通路が仁川を象徴する。ソウルに来た実感が沸く。 -
以前に比べ人が少ないように感じた。混雑していない。
第二ターミナルができて第一は余裕が出来たのだろうか。 -
空港バス乗り場
仁川空港ではeSIMに関してトラブルがあり、韓国の通信会社と繋がるまでに1時間かかった。窓口の韓国人青年はたどたどしい日本語で「このスマホは変な設定になってました」と説明してくれた。スマホは以後4日間は完全に作動し、大活躍した。 -
宿泊ホテルが乙支路3街であるため地下鉄では乗り継ぎが大変である。ソウル市内へはリムジンバスを利用する。
-
リムジンバスは6015系統だった。この系統だけ長蛇の列であり、1時間近く並んだ。明洞経由の為、乗客が圧倒的に多い。
11時に着いてイミグレもスムース・昼食も食べずだったが、出発は1時30分を大きく越えた。 -
空港からソウル市内に向う途中景色。
リムジンバスはこの辺りを100Km/h以上のスピードで突っ走る。大型バスが猛スピードで疾走する韓国を堪能する。(当初は怖ろしかった。) -
しかし、市内に入ると極度の渋滞で再三の立ち往生。明洞辺りではバスと車がスレスレに競って車線変更する。接触事故が起きないのが不思議な運転だった。
よって目的停留所(乙支路4街)には3時過ぎに到着した。大失敗のバス選択だった。本日の予定は大幅変更となる。 -
宿泊は乙支路3街と4街の中間にある「ホテルザボタニックセウン明洞」
このホテルとその周辺は詳細を後述する。
取り敢えずチェックイン後直ちに出発する。時間は3時30分頃か! -
到着は地下鉄明洞駅。
明洞散策が目的ではない。ここから南山に向う。 -
世宗ホテルの前から南山に向うきつい坂道を上っていく。
南山北面の中央部である。 -
ソウル市消防本部の右側道を上っていく。
ソウルタワーが微かに見えている。 -
リラ幼稚園後扉。
南山院に入る為9年前にここに来た。扉は閉っていたが、偶然横の出入口から出て来た女性(ヤン・ミギョンに似た美人だった)に頼んで中に入れて貰い、南山院を見る事が出来た。
その思い出を確認するために来たが、門番がいる守衛所が出来ており、観光客が入れる雰囲気ではなかった。 -
一帯は南山の山裾に当たるが、辺り一帯は見事な紅葉だった。
しかし、これが目的ではない。 -
消防署を曲りきった交差点
この右側一帯が目的地である。 -
9年前は雑然としていたように思うが、そこは綺麗に整備された公園になっていた。
-
入口には『記憶の場』あるいは『記憶の跡』と訳すことが出来るハングル表記の碑が立っている。
何の記憶か? -
ここには石碑が立ち中央には写真付きの金属パネルが嵌め込んである。
-
金属パネルの写真は20世紀初頭と思える。右側は台座にのった彫像の写真である。
この写真は「この地は朝鮮が日本の植民地になる契約を結んだ総督府長官官邸跡である事」「銅像は当時の朝鮮公使であった林権助である事」を示している。 -
古い『写真』を3枚紹介する。
1)南山の総督府1910年代の写真
植民地朝鮮を支配した中心はこの総督府である。さきほどの消防署より少し上った辺りあった。上記総督府長官官邸はこの左側になる。 -
2)1910年代と思われる総督府長官官邸の写真
この写真の道の左側が現在の『記憶の場』とされている場所になる。
この官邸内にて朝鮮が植民地になる書面が交わされた。朝鮮側は総理大臣であった李完用が署名している。ここは韓国人にとっては忘れたいが忘れられない恥辱の場であり、記憶すべき場所なのである。
この場所は歴史の証言者である。 -
3)南山麓の総督府側から見た1910年代のソウル市内。
路の右側に総督府、左端に明洞聖堂が写っている。
大きな屋根瓦の建屋は今は破壊されてなくなったが、西本願寺京城寺院である。
この辺が現在の世宗ホテルか? -
現在に戻る。
『記憶の場』に建っている石碑の裏側を見ると林権助君像と彫り込まれている。
つまりこの石碑は最初の写真の右側にあった銅像の台座そのものなのである。それを上下逆にして記念碑としている。 -
『記憶の場』を奥に進むと階段がある。
それを上る。 -
ここが実際に総督府長官官邸のあった場所である。
何も無い平地を枯葉が舞い散っている。
何の残滓もない。 -
階段から『記憶の場』を見下ろすと紫の支柱が林立している。
-
紫の支柱は従軍慰安婦の慰霊塔だった。
この『記憶の場』は植民地になった場として残されたはずである。
それが同時に従軍慰安婦を慰撫する場所になっていた。 -
鵲が無邪気に飛び跳ねていた。
-
すぐ横には「世界人権宣言」が木版に彫り込んで貼り付けてあった。
『記憶の場』は韓国人にとって記憶すべき場になっている。
日本人にとっても・・・・。 -
そこから道なりに奥に進んでいくと、大きな建屋が見えて来た。
-
全景
ソウルユースホステルである。
しかし、それにしては屋上に場違いな大きなアンテナがたっている。
此処は韓国中央情報局(KCIA)の本部だった建物である。
1988年迄の軍事政権時代は南山といえばKCIAを連想された。映画『南山の部長たち』はKCIAの最高権力者であった部長たちの物語である。
秘密の扉に閉ざされているはずの中央情報局の建屋がユースホステルになっているのは皮肉だけでは終わらない筋悪の冗談かと思うが、本当である。
本当にKCIA本部がユースホステルに化けている。 -
入口
KCIA本部の内部を是非見てみたい。
Papagoにて「泊まることができますか?」などの質問を用意して中に入っていった。怖い制服がたっていると思いきや、受付カウンターには優しそうな若い女性が一人で座って居た。
Papago経由の会話はそれなりに通じた。「予約なしに宿泊出来ない」等の会話を交わした。 -
本当の目的は館内の写真を撮ることであり、「写真をとっても良いですか?2~3階に上がってもいいですか?」と聞く。
2階より上は取調室だったはず。奥で拷問を受けている呻き声を聞きながら取り調べを受ける恐怖の場所を見たかった。
「写真はロビー周辺はOKです。宿泊客が滞在している2階以上は不可。」との回答だった。残念。 -
よって、変哲のない平凡なロビー写真だけである。
恐怖の中央情報局南山本部の雰囲気は全く感じられなかったが、KCIA本部がユースホステルになっている事だけはわかった。 -
ユースホステルから引き返し『記憶の場』に戻ってきた。
ここから道を渡って階段を降りると整備された南山芸場公園にでる。長年に亘って工事中であったと覚えている。 -
古代遺跡発掘址のような石組がある。
地図には「朝鮮総督府官舎遺構」とある。 -
1910年~1945年
官舎遺構となっているが、ここは総督府のすぐ北側にあたり、憲兵隊の兵舎があった。ここでは想像を絶する拷問が日夜行われたと記録されている。 -
韓国歴史ドラマでは[取調べ=拷問]であることが赤裸々に描写されている。
1945年以降は中央情報部がここを引き継ぎ、権力に反抗する人々を捕らえ、この場所で取調べをしたとのことである。
南山のこの北面中央部は植民地時代から戦後軍事政権にいたるまで血塗られた歴史の場所であった。
記憶すべきか・・・・・・。 -
周辺には真っ赤に燃えた紅葉が・・・
-
遺構公園(南山芸場公園)からの景観
西は明洞方面にあたり、夥しい車輌が東西南北に行き交っている。
最早、植民地時代の影も軍事政権時代の闇もまったくない。 -
東側 乙支路方向
同じ様に穏やかな世界が展開されている。
ここまで韓国は成長した。
厳しい過去は『記憶から消し去れば・・・』いいのだが。 -
芸場公園からはユースホステル屋上の巨大アンテナが見える。
盗聴を繰り返した圧政のシンボルは今も残っている。 -
地下鉄に乗るために明洞に降りてきた。
ロッテヤングプラザのクリスマスイルミネーションが見られた。
夥しい車輌が行き交い、歩道は人々で溢れ、何処からか流れて来るKPOPが騒音となる雑踏を歩いた。 -
ロッテ百貨店のイルミネーション
来韓当初は何も知らないので街中の食堂に入る事が出来ず、安心出来るロッテ百貨店の地下食堂ばかりで食事をした。それを思い出して百貨店に行ったが、月曜日は休み。想い出のジャジャ麺を食べたかった。
雑踏を抜けて乙支路3街にあるホテルへ引揚げる。 -
宿泊ホテルのすぐ横なので夜の世運商街に寄ってみた。清渓川を跨ぐ箇所である。
早い時間だが殆ど人の姿を見なかった。
詳細は明日以降とする。
その2(世運・西巡羅ギル・北村の路地)に続く
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ひらしまさん 2025/12/05 10:52:14
- 南山の記憶
- ソウルの旅人様、こんにちは。
お元気そうでなによりです。
2年前に行かれたソウルはずいぶん悪天候だったと記憶していますが、今回は4日間とも素晴らしい秋晴れだったとのこと、ほんとによかったです。
お写真を見ても紅葉がきれいですね。
日本の紅葉がすっかりダメになってしまいましたから、とてもうらやましく思います。
表紙の写真を見て、ユースホステルに泊まられたのかと思ってしまいましたが、違いましたね。
まさか泣く子も黙るKCIA本部がユースホステルに変身しているとは、驚きです。
「南山のこの北面中央部は植民地時代から戦後軍事政権にいたるまで血塗られた歴史の場所であった」
わたしは朝鮮総督府は景福宮に最初からあったものと思い込んでいました。
併合前の韓国統監府時代を含め、しばらくはこの南山に総督府があったんですね。
掲載された写真を見て、意外に小規模で素朴だったんだと感じました。
しかし、韓国の人々にとってこの一帯は、恥辱の歴史の原点としていつまでも記憶される場所なのですね。
わたしも南山がそういうエリアなのだということを覚えておきたいと思います。
そして「世界人権宣言」…。
日本社会ではいまだに西洋からの借り物のような感じの残る「人権」ですが、韓国の方が幾多の動乱を経て人権を血肉としているのかもしれないなどと思いました。
ひらしま
- ソウルの旅人さん からの返信 2025/12/05 21:41:31
- Re: バルカン半島の景観に驚いています
- ひたしま 様
ご無沙汰しております。コメントを有難う御座います。
私もバルカン半島旅行記へのコメントを書こうと思っているのです。しかし、全く知識のない地域なので、世界地図を広げてひらしま様の足跡を追っていくのが精一杯です。情け無いですが、今まで聞いた事の無い街や都市ばかりです。少し勉強して、最終回に纏めてコメント致します。それにしても
マケドニア・アルバニア・モンテネグロ・セルビア等は遠い昔に世界史古代編で習ったような名前ばかりです。ひらしま様の旅行記にて『現在のこの地球上に現実に存在している』ことを実感します。
KCIA南山本部がユースホステルになっていることを知ったのはつい最近です。信じ難いでしょう。この事実をおおぴらに公言することはないようです。このような冗談とも本気ともとれる処遇をするのが韓国です。この後も軍事施設や米軍基地の変貌する姿を追ってます。
総監府が景福宮に移ったのは1925年です。丁度100年前です。だれも100周年記念行事をする気配はありません。
バルカン半島旅行記を楽しみにしています。
ソウルの旅人
-
- 熟年ドラゴン(もう後期高齢だけど)さん 2025/11/24 09:43:45
- 久し振りの旅行記ですね。
- まずはお元気そうでなによりです。
今回はひとり旅ですかね?ちょっとマニアックな訪問先ですね?
リラ幼稚園のハン尚宮はお元気なのかな?チャングムみたいな優秀な子どもを見つけて指導していると良いですね。
ユースホステル立派ですね。ホテル並みのロビーは凄いです。昔の日本のユースホステルは安い旅館やお寺の兼業がありしょぼい感じがしました。
李完用は国のために尽くしたにもかかわらず売国奴として評価されるのも何だかな~と思われます。
- ソウルの旅人さん からの返信 2025/11/24 16:03:02
- Re: 今回はつむじの曲った旅行記になるか
- コメントを有難う御座います。
ユースホステルは確かに立派でしたが、韓国中央情報局(KCIA)は金大中を拉致して日本海に沈めようし、長官が朴正熙を暗殺し、その他無数の殺害と拷問を繰り返した国家機関です。(北朝鮮のラングーン大韓民国爆破犯の生き残り女性が連れてこられたのもこの南山です。)KCIAとは似ても似つかないユースホステルに変身していることに歴史の皮肉を感じるのですが、こういう処理をするのが韓国流ユーモアかもしれません。
李完用が国の為に尽くした人物であるとの意見は初めて聞きました。李完用は旅行の後半に大変面白い形で再登場します。どんな形で出てくるか是非見てください。
ソウルの旅人
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