ねいちゃさんへのコメント一覧(7ページ)全208件
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息子さんつながりもご縁ですよね。
ねいちゃさん、こんばんは。
息子さんのご卒業おめでとうございます。
宮崎県とは息子さんつながりですかー。それもご縁ですね。
本をただせばどこから始まるのか知りたくて、息子さん引越し準備の宮崎編も読ませていただきました。
ご子息は4年で卒業なさってメデタシです。
うちの長男は大学へは現役で入ったものの、その後留年。(-_-;)
次男は高校4年間行ってます(1年間アメリカへ留学)。その後、アメリカの大学へ進学。こちらは無事に4年で卒業。
ねいちゃさんの宮崎編を見て、私も息子たちの世話を焼いていたあの頃が懐かしくなりました。
>宮崎は昭和の初めに人気のハネムーンコース
ぐさっ。
私の新婚旅行も南九州だったんですよー。大学を卒業してすぐのこと。昭和の初めどころか終わり頃だったというのに。私の頃は新婚旅行はハワイが全盛。大学の卒業旅行でさえ、友人たちはヨーロッパへ行ったというのに。それはないですよねぇ。
でも夫の両親が良かれと思って考えてくれた行き先。費用も出してもらったので文句は言えません。
大阪南港からフェリーで行き、青島神社へも行きました。あと鹿児島も回りました。懐かしく拝見しました。
最後の写真、私もとても惹かれます。船のランプ(?)と海がキラキラしてる写真です。
ニッキーRE: 息子さんつながりもご縁ですよね。
ニッキーさん、早速のご訪問ありがとうございます。
> 本をただせばどこから始まるのか知りたくて、息子さん引越し準備の宮崎編も読ませていただきました。
古い旅行記にまでおいでくださり、ありがとうございます。
宮崎編は他にも「鹿児島編」と「高千穂編」もあります。
高千穂編からコンデジを卒業し、デジカメに変え、本格的な4トラ参入になったんで、記念すべき(笑)旅行記です。
また、お暇な折にのぞいてやってください。
> ご子息は4年で卒業なさってメデタシです。
浪人しているから、ニッキーさんところと同じようなものです。
それに宮崎で体調壊したりしたんで、結構大変な4年間ではありました。
何とか無事に京都に戻ってきたので、今はようやくほっとしています。
子育ては、親の最大の道楽、だと思いませんか?
> 私の新婚旅行も南九州だったんですよー。
あらまー、とても遠い懐かしい記憶をほじくり返してしまいましたかー。
私たちの新婚旅行は、中国だったんです。
私、大学で東洋史専門だったし、妻も中国文学専攻だったんで。
今の中国にはちょっと行く勇気はありませんけど・・・。
> 大阪南港からフェリーで行き、青島神社へも行きました。
宮崎カーフェリーかな?新婚旅行なら一等寝台なんでしょうね。
一回くらいは乗りたいねーと話しております。
船旅はのどかでいいですよね〜。
> 最後の写真、私もとても惹かれます。船のランプ(?)と海がキラキラしてる写真です。
青み強くして、かなり加工しちゃってます。
私もお気に入りの1枚。ニッキーさんに褒めてもらってうれしいですっ。
ねいちゃ2014年05月10日14時25分 返信する -
はじめまして
ねいちゃん様
エジプト旅行記拝見いたしました。
自分も一昨年訪れた場所を
他の方がどう感じたか どう記録されたか?
興味を覚え
ついついエジプト旅行記をみつけると
拝見させていただいております。
アブシンベルのベストショット
ほんとステキです。
私はあのアングルの写真は一枚もないので
「ステキ」って思っちゃいました。
人によってエジプトの魅力の切り取り方が違うんだなぁって
とても楽しく拝見いたしました。
「私 このレリーフ観てない!」っていうのありました。
もうきっと行く事は出来ないんだろうなぁっておもいつつ
再び訪れたい地 エジプトです。
突然に失礼たしました。
はにぃp8 -
ねいちゃさん、お久しぶりです。
ねいちゃさん、お久しぶりです。
引越しはようやく終わりましたが、その後父が亡くなりまして、このところ4トラベルはご無沙汰していました。以前は4トラ中毒みたいに毎日見ずにはいられませんでしたけど、見なくても生活は変わらないんだとわかりました(笑)。久々に戻ってまいりました。
京都の冬の旅、いいですね〜。ねいちゃさん家の菩提寺、阿弥陀寺のたたずまいや白壁の塀、卒塔婆が立つお墓の様子は私の祖父が住んでいたお寺を思い出させます。祖父は妙顕寺の塔頭の○○院の住職でした。住所は寺之内新町西入ルみたいなアバウトな住所だったと思います。祖父のお寺の裏庭の奥の家からも機織りの音が聞こえて来てました。妙顕寺の境内では時々時代劇の撮影をやってましたよ。
表紙の写真、いいですよ〜。写真教室の先生が言ってました。削ぎ落した方がいい写真になることが多いんですよって。何を見せたいかがすぐにわかるでしょって。ああいう写真は空間を空けることで写真に写ってない部分を想像させる良い写真の例なんだそうですよ。
私は石の写真の次の写真、簾越しの茶庭の写真が好きです。「つくばい」の写真を集めるの、楽しそうですね。坪庭とかつくばいとか、私も関心あります。
枯山水のお庭でもいろいろあるんですね。竜安寺の石庭しか思い浮かばない私には新鮮でした。それに石畳のお洒落なこと。お寺の一つ一つに由緒や伝説があって、京都ってやっぱり奥深いです。
お寺を撮る振りして綺麗な人を撮る・・・はは、わかります。私もやることありますもん。みごとな金髪の人とかお相撲さんの後ろ姿とか(笑)。ま、みんな大なり小なりやってるでしょう。
生活はほとんど落ち着いてまた日々の生活に戻りました。また旅行記も書きますね。
ニッキー -
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地元紹介
ねいちゃさん、こんにちは。
非公開画像、ありがとうございます。
私みたいな「超」のつく観光客には足を踏み入れられない領域、
そこへ自転車でささーっと行けてしまうんですね〜
夕暮れ時のオレンジ色の光が妙に哀愁ただよっておりましたよ。
私の祖父母の眠るお墓も上野(谷中)界隈にあって、
静かで文芸的な良い場所にあるのですけど、歴史はあるのかなぁ…
とても落ち着く場所ではあるので日本に帰る度に必ず行きます。
歴史もある意味では答えのない面白い学問ですよね。
書物や自分の置かれている背景によって微妙に変わってくる歴史、
事実は一つじゃないからこそ学者と言う職業が存在するのでしょうが、
歴史は永遠ですね(色々な意味で)。
ねいちゃさんにとって京都と言う場所はうってつけの場所ですね。
私はとりわけ歴史好きではないですが、パリと言う町(フランスと言う国)も、
歴史という背景と現在の文化が一つの線になって重なる時、
何か一つ大きなものを理解できたような気がして嬉しくなります。
(これでもこの国を理解しようと努力してるんですよ^^;)
冬の京都、まだまだ寒い時期は続きそうですがお体ご自愛ください。
そしてまた素敵な私の行けない京都の風景を見せて下さいね。
ippuniRE: 地元紹介
こんばんは、ippuniさん。
> そこへ自転車でささーっと行けてしまうんですね〜
何を仰る、欧州の美景にささーっと行けてしまう場所にお住まいのippuniさんのお言葉とも思えませんが(笑)・・・。
住めば都とはよく言ったモノですが、住んでいるからこそ気づかないことも多々ありまして・・・何事も勉強ですかね。
> とても落ち着く場所ではあるので日本に帰る度に必ず行きます。
ippuniさんにとって、日本は憧憬の国になっておられる気がします。
その中で落ち着ける場所があるというのは幸せなことなのでしょうね。
谷中という所は、以前るな姉さんの旅行記でも拝見しましたが、写真だけですけど、良いところのようですね。今度東京行ける時は行ってみたいと思います。
> 事実は一つじゃないからこそ学者と言う職業が存在するのでしょうが、
> 歴史は永遠ですね(色々な意味で)。
ホントその通り、自分なりにいかようにでも解釈できます。
私はいつも歴史に登場する人物が、この時にどう考えたんだろうと、常にそれこそ「答えのない」解答を求めているような気がします。
そんなかで、自分なりの答えを見つけて満足しちゃってるような、独善的な歴史観の持ち主なんですけど。
> 歴史という背景と現在の文化が一つの線になって重なる時、
> 何か一つ大きなものを理解できたような気がして嬉しくなります。
点と点がつながる瞬間って、歴史にはあるんですよ。
ある一瞬に世界が見える時、その多くは単なる誤解だったりもするわけですけど、自分の感じたことを自分の言葉で表現できそうだと思える時が、歴史の醍醐味のような気もします。
ippuniさんは常に前向きだから、フランスを本気で愛そうと思われていることは何となく感じます。それに応えてくれないジレンマも何となくわかる気がします。えらそうな物言いですけど・・・。
> そしてまた素敵な私の行けない京都の風景を見せて下さいね。
京都という町に今までただ漫然と暮らしておりましたが、4トラをはじめまして、折角の僥倖、これではいかんと少々変な使命感を持ち始めました。(笑)
観光地じゃない京都というコンセプトは、結構お気に入りなので、暇ができたら色々巡ってみようかなと思っています。
ippuniさんの旅行記のような完成度はまだまだ遠い憧れですけど、私なりの「街歩き」みたいなものを残せればいいかなー。
いつも覗いて下さって、本当にありがとうネ。
ippuniさんのコメントはいつも私の糧になってます。。。
ねいちゃ2014年02月22日02時46分 返信する -
一人じゃない。
初めまして、ねいちゃさん今晩は。
「光秀が見つけられなかった信長の遺体を、混乱の中、一僧侶がそれも親子どもども見つけ出し隠したという。」
現在の感覚ですと、お寺さんには僧侶とその家族と、通勤の僧侶ぐらいですが。
戦国時代のお寺さんには、必ず僧兵が居ました。
さらに寺侍と言って、大名や幕府との交渉係が致し、雑事一切を取り仕切る奉公人達が居ました。
混乱した現場に一僧侶がのこのこ行くはずもなく、僧兵を引き連れ明智軍に押し寄せて行ったはずです。
それと、学僧(まじめに勉強している僧侶)が居て、もっともらしい旗印を掲げ、詭弁を弄する事は容易いはずです。
明智光秀は僧兵と事を構えず。(僧兵を敵に回すと、味方してくれる大名が居無くなるから。)
僧兵達が死体を回収したドサクサに、回収に成功した可能性が高いと思われます。
しかし、遺体は火事で焼かれているはずなので、判別不可能だったと思われます。
また、明智光秀は羽柴秀吉が中国から帰還してくる事を読んでいて、かなり強力な布陣を引いていました。
しかし、毛利家が乗ってこなかった為、光秀は敗走するしかなかった。
毛利家が羽柴を追ってくれば挟み撃ちとなり、光秀に天下が転がり込んだと思われます。
現在の様に電気通信網が発達した状況ならいざ知らず、負け戦の毛利家に「うわさ」と「一通の手紙」だけが来て、真贋を確かめようがない状況で、羽柴秀吉を追って京まで行くにはリスクが高すぎます。
この事が、羽柴秀吉をして天下人に成らしめたと思われます。
墨水。RE: 一人じゃない。
はじめまして、墨水さん。
> 「光秀が見つけられなかった信長の遺体を、混乱の中、一僧侶がそれも親子どもども見つけ出し隠したという。」
私が使った「一僧侶」という言葉は「一介の僧侶という存在が」という意味です。
阿弥陀寺の縁起によると、「塔頭の僧徒廿人余りを召し連れ本能寺に駆けつけられ」とありますから、おそらく20数名なのでしょう。
信長の遺体を竹林に居た兵士が荼毘にしているのを見て、自分は僧侶だから手厚く葬ると約して遺骨を、本能寺から逃げる僧侶に紛れて持ち帰ったと記されています。
僧兵として押し寄せたという記述はなく、事を構えようとした様子もありません。一万三千余の明智勢に対し、二十数名の僧侶で対峙するというのも考えにくい話だと思います。
一方で、生け垣の隙間から侵入し、たまたま信長の遺体に出くわしたというのも偶然としては少々出来すぎの感もあり、この縁起そのものも江戸時代に再録されたもので、史料としては一級の価値とは言えないでしょう。
ただ、お話としては大変面白いし、事実はわかりませんが、「ありえない話」として紹介させてもらっています。
> しかし、毛利家が乗ってこなかった為、光秀は敗走するしかなかった。
これも「彼なりの勝算」という記述で齟齬はないと思ってます。
毛利の追撃がなかったとしても、停戦協定を結ぶにしても、数日で帰洛できないはずと思っていたのではないでしょうか。
さて
私の旅行記にコメントまでしていただいて、こういう言い方は不躾だとも思うのですが、初めてコメントを下さる方のタイトルとして、「一人じゃない。」というのは、かなり礼を失した書き方ではないですか?
私どもの思う旅行記のコメントというものは、その方の旅における素晴らしい写真であったり、旅行記のおもしろさであったり、新たな発見であったり、常に見る側をワクワクさせてくれたことに対するお礼であったり、感想であったりするものと解釈しております。
また、旅行記を作成される方も、自分の感想や意見、想いを書く場であるわけで、その方の「想い」であって、正しいも間違いもありません。
史学会の論文ではないわけですし、明らかな事実誤認が仮にあったとしても、意見の不同意が仮にあったとしても、その場でそう感じられたという「想い」を大切にしたいと常に思っています。
墨水さんは歴史に造詣のある方だと察しますが、単なる旅行記のコメント欄に、揚げ足をとるような筆致で書かれることに違和感を感じます。
また旅行記について、写真や構成や寺院などについての何の記述もなく、ただ歴史の部分だけを一方的に記されるというスタイルは、4トラ内の趣旨とはなじまないものと思いますし、歴史的な論議をこの場でしようとも思いません。
4トラは私どものささやかな「楽しみ」の場であるので、そういう空間に不愉快な想いを今後も持ち込みたくはありませんので、以後レスは不要でお願いいたします。 ねいちゃ
2014年02月22日01時58分 返信する -
こちらこそありがとうございます。
ねいちゃさんはじめまして。
私の拙い旅行記ですがご投票していただいてありがとうございました。
http://www.date-navi.com/odaiba/rainbow.html
↑スペシャルライトアップでクリスマスや年末年始など特別な日に年間数日実施というのなのかなと思います(クリスマスに妻とインターコンチネンタル東京ベイに泊ったときのものです)
私はホテルから見える夜景が好きなので七色のレインボーブリッジはとてもきれいで素敵だなと思いました。
いつか妻と二人で京都へお伺いできたらと思っています。
二条城のライトアップとても素敵ですね。
確か近くにクラウンプラザがあったような?そこから二条城を見たいなぁと思っていました。
ねいちゃさんの写真よく撮れていらっしゃいますね。とても素敵です。
妻と二人で京都に行く為に参考にさせていただきますね^^
2014年02月19日02時00分返信するRE: こちらこそありがとうございます。
こんにちは、かな様さん。
フォローしていただき誠にありがとうございます。
ホテルからの風景のお写真拝見いたしました。
詳細な情報も満載ですね。
またいつか東京に訪れた時には是非参考にさせていただきます。
お台場には数年前のガンダムが立っていた頃にお邪魔しましたが
ほぼ素通り・・・一度ゆっくり歩いてみるのもいいかもしれませんね。
> ねいちゃさんの写真よく撮れていらっしゃいますね。とても素敵です。
写真を撮り始めて間がない素人ですが、少しずつ観光地だけではない京都も
ご紹介できればとも思っています。
奥様と是非京都に遊びにきてくださいませ。
ねいちゃ2014年02月20日06時17分 返信する -
これからも京都の紹介、お願いしまーす♪
ねいちゃさん、こんにちは!
昨日は投票だけですみません。
コンピューターの様子がおかしくなって、不具合を直していたので、その間iPadで拝見しました。
阿弥陀寺って、[あみだじ]じゃなくて[あみだいじ]と読むんですね。
こうやって振り仮名を書いてもらえると助かります。
この阿弥陀寺の織田信長公・信忠公御廟を見ていたら、東京にある浅野長矩と赤穂浪士が葬られている泉岳寺を思い出しました。 ちょうどこんな感じで似ているな、と思いました。
それぞれの説明が面白くて、とても分かりやすかったです。 誰もがそれぞれの理由・目的を持って行動し生きているわけですが、それが後世からみると、これが歴史を変えるきっかけになったとか、彼の役割は彼が全く意図していなかったことになっていた、とか、面白いですよね。
今回、ローアングルからの写真が結構多いですね。 この構図は私も好きで、近所の写真を撮る時によくやります。 (旅行中はあれこれ体勢を変えながら撮る時間なんてないので、ほとんどやりませんが。) ボケている写真もどれもうまく綺麗に撮れていて、もうカメラを使い慣れている感じがしましたが、如何ですか?
実は、先週になってやっと、自分のカメラをあれこれ本格的にいじって、今頃になって発見したことがいくつかあります。 (旅行前にやれよ!って感じですが。苦笑) これからの撮影に役立てるように頑張ります!(*^^*)
ピー :)
RE: これからも京都の紹介、お願いしまーす♪
こんにちは。ピーちゃん。
いつもありがとう♪
> 阿弥陀寺って、[あみだじ]じゃなくて[あみだいじ]と読むんですね。
あぁ、これは(あみだじ)が正解です。私ら小さい頃から(あみだいじ)って呼んでいたもので・・・。
PCではどっちのふりがなでも変換できるようですね。
> 東京にある浅野長矩と赤穂浪士が葬られている泉岳寺を思い出しました。
あぁ東京よった時、泉岳寺いけばよかった・・・。ピーちゃんのお言葉で今更ながらに後悔しています。(笑)
> それが後世からみると、これが歴史を変えるきっかけになったとか、彼の役割は彼が全く意図していなかったことになっていた、とか、面白いですよね。
歴史なんて後付けだからね、評論家みたいなもんで・・・。
ただ人によっては180度違う結論になったりするのが、面白い所です。
> 今回、ローアングルからの写真が結構多いですね。
被写体の長い直線とか結構好きかもしれません、遠近法みたいなの。
私のデジカメはビューモニターがパカパカできるタイプのやつなので
腰をかがめるだけで簡単に撮れるの。
ボケは単焦点の方がうまくでるんだけど、標準でも色々試行錯誤中。
ピントが合ってると思ってても、微妙にずれることがあるんで、ちょっと考え中。老眼のせいかもしれませんが・・・。(笑)
> 今頃になって発見したことがいくつかあります。
あぁありますねぇ。こんな機能があったとは!って。
旅行前はそれこそいっぱいやることあるんで、なかなかカメラまではねぇ。
日常で何回も使って慣れるしかないのかな。
買ってから1年以上たったので、一度オーバーホールだそうかなと思ってます。
出したことなくて、初経験・・・ドキドキ。 ねいちゃ2014年02月12日09時54分 返信する -
歴史に「if」
おはようさんです、ねいちゃさん。
土曜日の大雪にはまいりましたよ。あんな雪でも優雅にランチなんて行っちゃった私は、風も強くてモスクワどこじゃない街歩きでした--;そもそも出かけるなんて!!ですよね。はは。
歴史博士炸裂ですなぁ〜
私なんかこんな旅行記とても仕上げられませんわ。
歴史好きなねいちゃさんが京都に住まわれてるのは何か理由でも?
でも、住人じゃなく、たまに訪れるようだとそれこそえらいこっちゃ@@;かもしれないね。あっちも見たいこっちも見たい!になっちゃうでしょ?
歴史に「if」...これって何事にもそうだと思ってるの。
いわゆる「たられば」で言ったらキリがないもんね。これで言い換えたらかなり人生変わってるだろうね(笑)
信長のお墓、ホントに小さいんだね。
これがいい!って写真がいっぱいあるけど、4トラの表示が変わっちゃって、イチオシ写真にコメント出来ないから残念。最近色々表示の変わった4トラにやや不満なるなでやんす。私だけかな?
町屋風景はとても素敵。私の京都観光の一番でした♪
枯山水のお庭ももちろん優美で見ごたえあるよねぇ〜日本の誇る「美」だと思う。
冬の凛とした京都もいいなって思う。
でも、秋の京都をいつか歩いてみたいな。次は冬だな^0^
るなRE: 歴史に「if」
こんばんわ〜。るな姉さん!
> 土曜日の大雪にはまいりましたよ。
45年ぶりだそうで、東京も「えらいこっちゃ」ですね〜。
で、ランチ行っちゃいましたかっ、行動力の権化ですなぁ。
ただ大雪とかになると、必要もないのに、なぜだか出かけてしまいたくなるというのは何となくわかるのですけれど・・・。
非日常にちょっぴとワクワク感もあったりしてね。
> 歴史好きなねいちゃさんが京都に住まわれてるのは何か理由でも?
何というか、たぶん逆なんだと思う。家のお墓の近くに信長の墓があって、誰だろう?から始まったような気がします。
京都に住んでいたから、歴史が好きになったのかな?
もっとも京都人全員が歴史好きではありませんけど・・・。
> あっちも見たいこっちも見たい!になっちゃうでしょ?
そうかもねぇー、あちこち歴史だらけだもんね。えらいこってす!
でも他府県から来られる方は、かなり京都にお詳しいのでびっくりです。
「おもてなし」というより、ただの道案内くらいしかできませんね。
> 歴史に「if」...これって何事にもそうだと思ってるの。
なるほどぉ〜、かなり含蓄ある深い洞察ですね。
「たられば」で言えば簡単に人生変えられる・・・その通りです。
「宝くじ」が当たったら・・・キリはないです。
> 最近色々表示の変わった4トラにやや不満なるなでやんす。私だけかな?
トラベラーのページでプロフィールなくなったので、一度に俯瞰で旅行記眺められなくなりましたね。
この方はどこへ行かれたのかな?ってぱーって見るの好きだったのに。
トラベラーの背景を代えられることを最近気づいた私です。
ちょこちょこと仕様変更があるので、なんかねぇ〜。
> でも、秋の京都をいつか歩いてみたいな。次は冬だな^0^
姉さん、秋は激コミですぜぇ〜。でも来て下さいなっ。
後悔はたぶんしないと思います、いいよぉぉぉ。
案内まかして♪ 「泥舟」に乗ったつもりで・・・。
P.S. るなさんの写真、変わったんだねっ。 ねいちゃ2014年02月10日17時08分 返信する



