2014/02/01 - 2014/02/01
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ねいちゃさん
第48回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開
平成26年1月10日(金)〜3月18日(火)
午前10時から午後4時
有料 一寺院につき600円
公益社団法人京都市観光協会
http://www.kyokanko.or.jp/huyu2013/
毎冬、京の恒例行事、普段は公開されていない文化財の特別公開。
今回はすでに48回目を迎えています。
私は滅多に行かないんですけど・・・だって京都の冬は寒いし。^^;
でもこの日は2月なのになんと15度(?!)で、4月並の気温。
これだったら行けるよね〜と、例によって
自転車で洛北の見所を巡って参りました。
非公開文化財は写真撮影禁止なので、文化財の写真こそありませんが
京の寺院の閑かな佇まいをご覧下さい。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
-
阿弥陀寺[あみだいじ]
京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町14
織田信長の帰依を受けた清玉上人が開山で、織田信長公の本廟所となっています。
元々は近江坂本にあったそうですが、今出川大宮に移転。その後秀吉によって寺町今出川に再度移転されました。阿弥陀寺 寺・神社・教会
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本能寺の変の時、清玉上人は本能寺に駆け付け、信長の遺骸を寺に運んだといいます。
本能寺や二条城で討死した織田家中百余名と共に供養、埋葬しました。
境内には信長・信忠父子墓と森蘭丸ほか家臣の墓があります。
また信長公の木像や位牌、弓掛や鞍覆、手槍先など信長ゆかり遺品も残され
本能寺・二条城討死衆合同位牌、明智光秀・木下藤吉郎の書状なども今回公開されています。 -
実はここのお寺は私の家の菩提寺だったんです。
小さい頃から毎年正月には墓参りに来ておりました。
だから、信長公のお墓にもお参りを欠かしたことはありません。
今回12年ぶりの公開ということですが、檀家でもあって
何度か木像を拝見したことはあるんですよね。 -
もっとも遺品の数々や書状などは見たことはありませんが
それでもなじみのあるお寺さんなんです。
「京の冬の旅」で取り上げられて、なんか変な気分でもあります。 -
織田信長公・信忠公御廟
とても小さな墓石です。昔はこんなに立派に整備されてなくて
ただ小さな案内版のみだった記憶はあるのですが・・・。 -
本能寺の変 1582年(天正十年)6月2日
本能寺の変を知らない方は、まぁ居られないとは思います。
ただ明智光秀がなぜ主君信長を討ったのかという理由については、諸説あって日本史最大の謎と言ってもいいでしょう。
また、当時の本能寺は堀や塀を構えた防御施設であって、単なる寺ではなく、信長が手を入れた兵舎であったと思われます。
手勢五百余、平時の防衛力としては十分な数です。しかし明智は中国攻めの援軍として一万二千の軍勢・・・これではひとたまりもありません。 -
イチオシ
「敵は本能寺にあり」、有名な言葉ですが、これは作り話。
光秀軍には間者も貼り付いていたでしょうから、こんなことを言えばすぐにバレますよね。
中国攻めの前に信長公にご挨拶を、とかなんとか誤魔化したんでしょう。
写真は信長と共に討ち死にした「森蘭丸・坊丸・力丸」の墓石 -
一方、信長最後の言葉とされる「是非に及ばず」は興味深いですね。
訳せば「仕方がない」なのでしょうが、色々意味を考えてしまいます。
「光秀ならしゃーないな」とか「戦国の世のならい、しゃーないか」とか
「やばっ、油断したわ、しゃーないわな」など・・・色々想像すると面白いです。 -
もし、本能寺の変がなかったら、秀吉政権はまず無いし、江戸幕府もなかったかもしれません。
歴史に「if」を持ち込んでも、それこそ「是非に及ばす」なのでしょうが、この政変だけは色々と想像力を掻き立てられてしまいます。 -
清玉上人の墓
光秀が見つけられなかった信長の遺体を、混乱の中、一僧侶がそれも親子どもども見つけ出し隠したという。
あり得ないようなお話です。ただこのお寺に墓石や遺品があるのもまた事実なので、何か不思議な縁があったのでしょうか? -
明智光秀はこの十一日後に小栗栖で落武者狩りにあい落命します。
俗に「三日天下」などと言われますが、余りにも短い天下人でした。
彼なりの勝算や天下人としてのビジョンはあったとは思うのです。
秀吉の「中国大返し」など予測不能の行動から一気に坂を転げ落ちる。
歴史が彼に与えた役割は「信長殺害」だけとなってしまいました。 -
本能寺の変について語り出すと、また収拾がつかなくなるので・・・。
「今日はこのへんで勘弁しといたろ〜。」(笑) -
京都でも実はあまり知られてない阿弥陀寺。
公開期間が終わっても、お墓は常時見られます。
信長に想いをはせたい歴史ファンの方なら必見です。
一度おたずねになってはいかかでしょうか。 -
報恩寺[ほうおんじ]
京都市上京区小川通寺之内下ル射場町579
通称、鳴虎の報恩寺とも言われ、中国の画人四明陶佾が描く猛虎の絵が有名です。
豊臣秀吉が所望し、聚楽第に飾ったところ、一晩中虎の鳴き声が止まず、すぐに寺へ戻されたとのお話があります。
この絵が「鳴虎」と呼ばれ、寅年の正月三が日に限り特別公開されるそうですが、今回非公開文化財として公開されています。 -
また、この寺には黒田官兵衛の子、長政臨終の間が残っています。
今回の特別公開では、長政の位牌や寺宝である信長・秀吉の肖像画も見ることができます。 -
毎年「冬の旅」では、NHK大河ドラマが始まる1月に催されることから大河にちなんだ展示が行われています。
昨年は「八重の桜」にちなみ、会津藩ゆかりの金戒光明寺が含まれておりました。
今年は「軍師官兵衛」ゆかりの寺院が含まれ、報恩寺はまさに企画の目玉となっているようです。 -
まぁ京都などは、どの時代で切り取っても「犬も歩けば棒にあたる」ではないにしても、何かのゆかりはあるもので・・・。
今年は「秀吉・信長」ゆかりの寺院が多く含まれているような気がします。 -
イチオシ
いずれにせよ、観光シーズンではない時期の集客方法としては、商魂のたくましさは否定できませんが・・・。
非公開文化財が手軽に見られる僥倖でもあるわけで、自分なりにチョイスした寺院をポイント的に見る楽しみはあります。 -
よく見知った寺院でも、新しい発見があったりして、これはこれで楽しいものです。
公開に向けて寺院側も手入れがなされているので、ふとした景色に「綺麗やん!」と思うこともしばしば・・・。 -
たぶん、報恩寺さんにしてもこんなこともなければ、来なかった所です。
でも、こぢんまりしながらもなかなか美しいお庭もあったりして・・・。
来歴や由来なども結構面白いお話もありましたね。 -
「鳴虎図」
画像については朝日新聞のHPでご覧下さい。
http://www.asahi.com/travel/kobunka2012/news/OSK201211010096.html
非常にリアルな絵で、毛の一本一本まで描き分けられています。 -
「鳴虎図」は左右から見え方が違う、3D画像となってます。
左からだと、頭が強調され、細身に見えるのですが
右からでは、頭・身体・お尻と同じ大きさに見えるのです。
実際やってみました。やや微妙ではありますが、言われると確かにそのように見えてきます。なかなか面白いですね。 -
「墓飛びの仁王尊」
何でも享保の火事の時、お墓の真ん中に仁王尊が火事を避けたかのように、立っていたことからこのように呼ばれるそうです。
塗料などもはがれ、恐ろしげな表情ですが、火事は怖かったようですね。 -
小さなお寺で、文化財もやや地味ですが、それぞれの来歴がちゃんと残っていてなかなか興味深い寺院でした。
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こういう些末な、悪く言えば何の役にもたたない、どうでもよいような伝承こそが寺院めぐりには欠かせないものです。
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絵に描いた虎が鳴くわけはないし、木の仁王像が自分で逃げるはずもない。
ただ、それだけ写実的だったとの賛美の一つなのでしょうね。
観光目的以前に、そういった話をしっかり残していることも、京のお寺の奥深さなのかもしれません。 -
で、最後のお話。「撞かずの鐘」、平安後期の作、重要文化財。
普段はつかず、大晦日の除夜の時にしかつかれない鐘。
昔、丁稚はこの寺の鐘は8回鳴るといい、女工は毎日9回鳴るといって、口論となります。
丁稚は言い争いに勝ちたくて、内緒で寺の小坊主に8回つくよう頼みます。
争いに負けた女工は余りの悔しさに鐘楼で首をつって自殺したというお話。
それ以来、撞くと良くないことがおこるので、大晦日だけ撞くようになったそうです。 -
イチオシ
これまた微妙なお話ですが、実際お寺のお隣も織機の音がしていました。
寺の前は河村織物という、京の町屋そのものの立派な店構え。
観光地でも何でもない所ですが、京の古の風情漂う光景です。
こんな所も京の奥深さなのでしょうね。 -
報恩寺前はかつては小川だったそうで、擬宝珠六個がついた石橋が門前にあります。
写真は復原されたものですが、慶長七年(1602)の銘がある擬宝珠二個が現存し、寺宝として公開されています。
何でも秀吉公の侍尼仁舜尼公より寄進されたものだそうで、こういう所にもしっかり歴史が残されています。
私的には、大変面白く楽しいお寺でした。 -
「大徳寺勅使門」
大徳寺さんって余りにも有名すぎてほどんど行かないお寺さん。
今回は塔頭二院が公開されているので、足を伸ばしてみました。
何年ぶりなんだろう?ちょっとワクワクしてます。(笑)大徳寺 寺・神社・教会
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「平康頼の塔」鎌倉後期の地蔵像です。
平康頼は鹿ヶ谷の陰謀で、俊寛らとともに鬼海ヶ島に流罪になった人。 -
その康頼が故郷を思う気持ちを和歌に託して海に流した所、巡り巡って紫野に住む母の元に送られます。
これが都の評判になり、慌てた平清盛が赦免し帰京できたそうです。
この地蔵尊がなぜこう呼ばれるのはよくわかりませんけれども。 -
イチオシ
大徳寺は「勅使門」から一直線に三門である「金毛閣」・仏殿・法堂が並んでいます。囲いの中にあるので公開時しか中には入れないようです。
「大徳寺三門、金毛閣」は最初下層のみが作られ、上層部は千利休によって造営されました。 -
「利休にたずねよ」って本、読まれましたか?
冒頭に切腹する前の描写があるのですが、その切腹の原因がこの「金毛閣」。
上層に千利休の木像を置いたことから、参拝する豊臣秀吉は利休の足下を通ることになると激怒したとか・・・。
小せぇ奴ですが、すでに秀吉と利休の間には埋められない齟齬があったので、これは言いがかりだったのでしょうね。 -
「興臨院」普段は非公開の寺院です。
「京の冬の旅」イベントの目玉の一つ。
私のチャリンコ巡りの3つめとなります。大徳寺 寺・神社・教会
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イチオシ
方丈玄関の唐門は、室町時代の禅宗様式で、破風の流れが美しいですね。
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大徳寺には20余りの塔頭があるのですが、塔頭(たっちゅう)ってなんでこんなにあるの?とピンと来ないですよね。
大徳寺は本寺より塔頭メインだったりするし・・・。 -
何でも、禅宗では大寺の高僧の死後、その威徳を慕った弟子がその敷地内に小寺院を建てたものを塔頭と言うそうです。
塔は高僧の墓、頭はそばの意味とか・・・。
難しいことはわかりませんが、大寺院に隣接する小寺院でいいでしょう。 -
で、その中の「院」は大名家などが、帰依した僧を開祖として創建したもの。
この「興臨院」は室町期の能登の畠山家が建て、後に加賀の前田利家が再興したと伝えられています。 -
禅寺なので、塔頭の方丈内の庭園はほぼ「枯山水」一色。
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一般的には「蓬莱山」という築山があって、そこから水に見立てた小石が流れ落ち躍動感を見せる構造です。
回遊式池泉庭園も美しいですが、枯山水の庭園はじっくりと腰を落ち着かせて、黙って眺めてみて下さいね。 -
方丈裏手に回ってみましょう。
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手前の小さな緑の木は、葉のウラに文字が書けるもの。
ガイドさんによると、これが「葉書」の語源になった木だとか。
何とかの木と仰ってましたが、忘れました。 -
禅寺には必ず茶室が設けられていて、その前にはつくばいがあります。
少々綺麗すぎますが・・・。 -
イチオシ
つくばいは、私のフォトジェニック!!
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興臨院の表門は、創建当時のもので「興臨院の古門」として、国の重要文化財となってます。
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さて、まだ時間はあるし、次はどこへいこう?
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折角の大徳寺さんだし、常時公開の塔頭も見ておこうかな。
というわけで、お隣の「瑞峯院」にお邪魔しましょう。瑞峯院 寺・神社・教会
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瑞峯院は、九州の戦国大名大友宗麟が開いた塔頭。
瑞峯というのは、宗麟の法名だそうです。 -
大徳寺の塔頭は、だいたいどこも同じような作りなんですね。
表門から入ると石畳の回廊があって、方丈に続くようになってます。 -
「閑眠庭」(方丈北庭)
ここも枯山水、石が等間隔に・・・この絵ではよくわかりませんが、上から俯瞰で見ると石の配置は十字架になっているのが、わかりますか?
大友宗麟といえばキリシタン大名、こういう所に意趣を凝らしているわけですね。 -
隣には茶亭も置かれてますし、閑眠庭の向こうの墓地には、宗麟夫妻のお墓もあるそうです。
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「独坐庭」(方丈南庭)
大変躍動感のある枯山水。枯山水はわびさびの極致なのですが、ここのは少し趣きが異なるようです。 -
波に打ち寄せられる蓬莱山が、龍の如く力強くその手を伸ばしているよう・・・。
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さっきの「興臨院」さんの枯山水が「静」なら、ここのは「動」ですね。
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こういう表し方もあるんですね。
さすがは常時公開の塔頭だけあって、見せる工夫は一枚上手かもしれません。 -
イチオシ
表紙に使った写真・・・いいと思ったんだけど、どうですかね?
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イチオシ
この御簾ごしの茶庭は、私のお気に入り。
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で、やっぱつくばい・・・(笑)。
石灯籠も良い味だしてますよね。 -
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瑞峯院の表門もまた、創建当時のもので、やはり重文です。
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こちらはなんだったかな?
たぶん、大慈院に向かう石畳だったと思います。 -
じゃあ、ここらで戻りましょう。
椿を撮ったつもりが、微妙にピントあってませんなぁ。(笑) -
大徳寺山門と仏殿との間にあったイブキビャクシン。
仏殿創建時の植樹で、1600年代中頃のものとか。
京都市指定天然記念物だそうです。 -
イチオシ
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仏殿から法堂には回廊でつながれています。
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こちらが大徳寺そのものになります。
奥に見えているのが、大徳寺唐門の一部だと思うんです。
微妙ですけど・・・唐門だとすれば国宝となります。
正面からは残念ながら見せてもらえません。ケチですよね〜(笑)。 -
大徳寺にある、もういっこの非公開文化財「聚光院」。
少々疲れたので、ここには入りませんでした。 -
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右手に奥に進む道があったので、お邪魔しました。
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おぉ、ここは「大仙院」に向かう道じゃないですか!
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正面に「真珠庵」があるということは・・・、左だ!
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「大徳寺大仙院」
大徳寺の塔頭の中で、おそらく一番有名でしょうね。大仙院 寺・神社・教会
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今回はマイナー系(失礼?)非公開文化財を訪ねるのがコンセプトなので・・・。
涙をのんで、ここにはあえて入場しませんでした。
いつか、旅行記でご紹介できる日をお楽しみに。(笑) -
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さぁて、そろそろ日も陰って来たようなので、帰りましょうか。
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千利休の「金毛閣」も赤く染まってきました。
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「興臨院」を背景に。
夕暮れの塔頭を撮ると見せかけて、実は狙っていた被写体は手前の女性陣。
フランスの方だとお見受けいたしましたが、美しい方だったのでつい・・・(笑)。 -
このずっっっっと奥に、国宝の唐門があります。
わずかに石段のみしか見えていません。
やっぱし、大徳寺さんはケチです。(笑) -
これが冬の賀茂川です。場所は北大路烏丸東。
冬枯れで茶色ですけど、北山が雪を被るととても趣があります。
夏の風景はこちらです。緑色が鮮やかでしょう。
http://4travel.jp/travelogue/10795695 -
今回の「京の冬の旅」いかがでしたか?
京都人でも滅多に見ることができない、非公開文化財の数々。
京都散策がてらに覗かれると、また違った京都が見えて面白いかと思います。
今回もここまでご覧頂きありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (9)
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- ニッキーさん 2014/03/05 23:35:48
- ねいちゃさん、お久しぶりです。
- ねいちゃさん、お久しぶりです。
引越しはようやく終わりましたが、その後父が亡くなりまして、このところ4トラベルはご無沙汰していました。以前は4トラ中毒みたいに毎日見ずにはいられませんでしたけど、見なくても生活は変わらないんだとわかりました(笑)。久々に戻ってまいりました。
京都の冬の旅、いいですね〜。ねいちゃさん家の菩提寺、阿弥陀寺のたたずまいや白壁の塀、卒塔婆が立つお墓の様子は私の祖父が住んでいたお寺を思い出させます。祖父は妙顕寺の塔頭の○○院の住職でした。住所は寺之内新町西入ルみたいなアバウトな住所だったと思います。祖父のお寺の裏庭の奥の家からも機織りの音が聞こえて来てました。妙顕寺の境内では時々時代劇の撮影をやってましたよ。
表紙の写真、いいですよ〜。写真教室の先生が言ってました。削ぎ落した方がいい写真になることが多いんですよって。何を見せたいかがすぐにわかるでしょって。ああいう写真は空間を空けることで写真に写ってない部分を想像させる良い写真の例なんだそうですよ。
私は石の写真の次の写真、簾越しの茶庭の写真が好きです。「つくばい」の写真を集めるの、楽しそうですね。坪庭とかつくばいとか、私も関心あります。
枯山水のお庭でもいろいろあるんですね。竜安寺の石庭しか思い浮かばない私には新鮮でした。それに石畳のお洒落なこと。お寺の一つ一つに由緒や伝説があって、京都ってやっぱり奥深いです。
お寺を撮る振りして綺麗な人を撮る・・・はは、わかります。私もやることありますもん。みごとな金髪の人とかお相撲さんの後ろ姿とか(笑)。ま、みんな大なり小なりやってるでしょう。
生活はほとんど落ち着いてまた日々の生活に戻りました。また旅行記も書きますね。
ニッキー
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- ippuniさん 2014/02/21 01:15:18
- 地元紹介
- ねいちゃさん、こんにちは。
非公開画像、ありがとうございます。
私みたいな「超」のつく観光客には足を踏み入れられない領域、
そこへ自転車でささーっと行けてしまうんですね〜
夕暮れ時のオレンジ色の光が妙に哀愁ただよっておりましたよ。
私の祖父母の眠るお墓も上野(谷中)界隈にあって、
静かで文芸的な良い場所にあるのですけど、歴史はあるのかなぁ…
とても落ち着く場所ではあるので日本に帰る度に必ず行きます。
歴史もある意味では答えのない面白い学問ですよね。
書物や自分の置かれている背景によって微妙に変わってくる歴史、
事実は一つじゃないからこそ学者と言う職業が存在するのでしょうが、
歴史は永遠ですね(色々な意味で)。
ねいちゃさんにとって京都と言う場所はうってつけの場所ですね。
私はとりわけ歴史好きではないですが、パリと言う町(フランスと言う国)も、
歴史という背景と現在の文化が一つの線になって重なる時、
何か一つ大きなものを理解できたような気がして嬉しくなります。
(これでもこの国を理解しようと努力してるんですよ^^;)
冬の京都、まだまだ寒い時期は続きそうですがお体ご自愛ください。
そしてまた素敵な私の行けない京都の風景を見せて下さいね。
ippuni
- ねいちゃさん からの返信 2014/02/22 02:46:27
- RE: 地元紹介
- こんばんは、ippuniさん。
> そこへ自転車でささーっと行けてしまうんですね〜
何を仰る、欧州の美景にささーっと行けてしまう場所にお住まいのippuniさんのお言葉とも思えませんが(笑)・・・。
住めば都とはよく言ったモノですが、住んでいるからこそ気づかないことも多々ありまして・・・何事も勉強ですかね。
> とても落ち着く場所ではあるので日本に帰る度に必ず行きます。
ippuniさんにとって、日本は憧憬の国になっておられる気がします。
その中で落ち着ける場所があるというのは幸せなことなのでしょうね。
谷中という所は、以前るな姉さんの旅行記でも拝見しましたが、写真だけですけど、良いところのようですね。今度東京行ける時は行ってみたいと思います。
> 事実は一つじゃないからこそ学者と言う職業が存在するのでしょうが、
> 歴史は永遠ですね(色々な意味で)。
ホントその通り、自分なりにいかようにでも解釈できます。
私はいつも歴史に登場する人物が、この時にどう考えたんだろうと、常にそれこそ「答えのない」解答を求めているような気がします。
そんなかで、自分なりの答えを見つけて満足しちゃってるような、独善的な歴史観の持ち主なんですけど。
> 歴史という背景と現在の文化が一つの線になって重なる時、
> 何か一つ大きなものを理解できたような気がして嬉しくなります。
点と点がつながる瞬間って、歴史にはあるんですよ。
ある一瞬に世界が見える時、その多くは単なる誤解だったりもするわけですけど、自分の感じたことを自分の言葉で表現できそうだと思える時が、歴史の醍醐味のような気もします。
ippuniさんは常に前向きだから、フランスを本気で愛そうと思われていることは何となく感じます。それに応えてくれないジレンマも何となくわかる気がします。えらそうな物言いですけど・・・。
> そしてまた素敵な私の行けない京都の風景を見せて下さいね。
京都という町に今までただ漫然と暮らしておりましたが、4トラをはじめまして、折角の僥倖、これではいかんと少々変な使命感を持ち始めました。(笑)
観光地じゃない京都というコンセプトは、結構お気に入りなので、暇ができたら色々巡ってみようかなと思っています。
ippuniさんの旅行記のような完成度はまだまだ遠い憧れですけど、私なりの「街歩き」みたいなものを残せればいいかなー。
いつも覗いて下さって、本当にありがとうネ。
ippuniさんのコメントはいつも私の糧になってます。。。
ねいちゃ
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- 墨水さん 2014/02/20 22:51:33
- 一人じゃない。
- 初めまして、ねいちゃさん今晩は。
「光秀が見つけられなかった信長の遺体を、混乱の中、一僧侶がそれも親子どもども見つけ出し隠したという。」
現在の感覚ですと、お寺さんには僧侶とその家族と、通勤の僧侶ぐらいですが。
戦国時代のお寺さんには、必ず僧兵が居ました。
さらに寺侍と言って、大名や幕府との交渉係が致し、雑事一切を取り仕切る奉公人達が居ました。
混乱した現場に一僧侶がのこのこ行くはずもなく、僧兵を引き連れ明智軍に押し寄せて行ったはずです。
それと、学僧(まじめに勉強している僧侶)が居て、もっともらしい旗印を掲げ、詭弁を弄する事は容易いはずです。
明智光秀は僧兵と事を構えず。(僧兵を敵に回すと、味方してくれる大名が居無くなるから。)
僧兵達が死体を回収したドサクサに、回収に成功した可能性が高いと思われます。
しかし、遺体は火事で焼かれているはずなので、判別不可能だったと思われます。
また、明智光秀は羽柴秀吉が中国から帰還してくる事を読んでいて、かなり強力な布陣を引いていました。
しかし、毛利家が乗ってこなかった為、光秀は敗走するしかなかった。
毛利家が羽柴を追ってくれば挟み撃ちとなり、光秀に天下が転がり込んだと思われます。
現在の様に電気通信網が発達した状況ならいざ知らず、負け戦の毛利家に「うわさ」と「一通の手紙」だけが来て、真贋を確かめようがない状況で、羽柴秀吉を追って京まで行くにはリスクが高すぎます。
この事が、羽柴秀吉をして天下人に成らしめたと思われます。
墨水。
- ねいちゃさん からの返信 2014/02/22 01:58:35
- RE: 一人じゃない。
- はじめまして、墨水さん。
> 「光秀が見つけられなかった信長の遺体を、混乱の中、一僧侶がそれも親子どもども見つけ出し隠したという。」
私が使った「一僧侶」という言葉は「一介の僧侶という存在が」という意味です。
阿弥陀寺の縁起によると、「塔頭の僧徒廿人余りを召し連れ本能寺に駆けつけられ」とありますから、おそらく20数名なのでしょう。
信長の遺体を竹林に居た兵士が荼毘にしているのを見て、自分は僧侶だから手厚く葬ると約して遺骨を、本能寺から逃げる僧侶に紛れて持ち帰ったと記されています。
僧兵として押し寄せたという記述はなく、事を構えようとした様子もありません。一万三千余の明智勢に対し、二十数名の僧侶で対峙するというのも考えにくい話だと思います。
一方で、生け垣の隙間から侵入し、たまたま信長の遺体に出くわしたというのも偶然としては少々出来すぎの感もあり、この縁起そのものも江戸時代に再録されたもので、史料としては一級の価値とは言えないでしょう。
ただ、お話としては大変面白いし、事実はわかりませんが、「ありえない話」として紹介させてもらっています。
> しかし、毛利家が乗ってこなかった為、光秀は敗走するしかなかった。
これも「彼なりの勝算」という記述で齟齬はないと思ってます。
毛利の追撃がなかったとしても、停戦協定を結ぶにしても、数日で帰洛できないはずと思っていたのではないでしょうか。
さて
私の旅行記にコメントまでしていただいて、こういう言い方は不躾だとも思うのですが、初めてコメントを下さる方のタイトルとして、「一人じゃない。」というのは、かなり礼を失した書き方ではないですか?
私どもの思う旅行記のコメントというものは、その方の旅における素晴らしい写真であったり、旅行記のおもしろさであったり、新たな発見であったり、常に見る側をワクワクさせてくれたことに対するお礼であったり、感想であったりするものと解釈しております。
また、旅行記を作成される方も、自分の感想や意見、想いを書く場であるわけで、その方の「想い」であって、正しいも間違いもありません。
史学会の論文ではないわけですし、明らかな事実誤認が仮にあったとしても、意見の不同意が仮にあったとしても、その場でそう感じられたという「想い」を大切にしたいと常に思っています。
墨水さんは歴史に造詣のある方だと察しますが、単なる旅行記のコメント欄に、揚げ足をとるような筆致で書かれることに違和感を感じます。
また旅行記について、写真や構成や寺院などについての何の記述もなく、ただ歴史の部分だけを一方的に記されるというスタイルは、4トラ内の趣旨とはなじまないものと思いますし、歴史的な論議をこの場でしようとも思いません。
4トラは私どものささやかな「楽しみ」の場であるので、そういう空間に不愉快な想いを今後も持ち込みたくはありませんので、以後レスは不要でお願いいたします。 ねいちゃ
-
- サウスピーチさん 2014/02/12 01:02:34
- これからも京都の紹介、お願いしまーす♪
- ねいちゃさん、こんにちは!
昨日は投票だけですみません。
コンピューターの様子がおかしくなって、不具合を直していたので、その間iPadで拝見しました。
阿弥陀寺って、[あみだじ]じゃなくて[あみだいじ]と読むんですね。
こうやって振り仮名を書いてもらえると助かります。
この阿弥陀寺の織田信長公・信忠公御廟を見ていたら、東京にある浅野長矩と赤穂浪士が葬られている泉岳寺を思い出しました。 ちょうどこんな感じで似ているな、と思いました。
それぞれの説明が面白くて、とても分かりやすかったです。 誰もがそれぞれの理由・目的を持って行動し生きているわけですが、それが後世からみると、これが歴史を変えるきっかけになったとか、彼の役割は彼が全く意図していなかったことになっていた、とか、面白いですよね。
今回、ローアングルからの写真が結構多いですね。 この構図は私も好きで、近所の写真を撮る時によくやります。 (旅行中はあれこれ体勢を変えながら撮る時間なんてないので、ほとんどやりませんが。) ボケている写真もどれもうまく綺麗に撮れていて、もうカメラを使い慣れている感じがしましたが、如何ですか?
実は、先週になってやっと、自分のカメラをあれこれ本格的にいじって、今頃になって発見したことがいくつかあります。 (旅行前にやれよ!って感じですが。苦笑) これからの撮影に役立てるように頑張ります!(*^^*)
ピー :)
- ねいちゃさん からの返信 2014/02/12 09:54:31
- RE: これからも京都の紹介、お願いしまーす♪
- こんにちは。ピーちゃん。
いつもありがとう♪
> 阿弥陀寺って、[あみだじ]じゃなくて[あみだいじ]と読むんですね。
あぁ、これは(あみだじ)が正解です。私ら小さい頃から(あみだいじ)って呼んでいたもので・・・。
PCではどっちのふりがなでも変換できるようですね。
> 東京にある浅野長矩と赤穂浪士が葬られている泉岳寺を思い出しました。
あぁ東京よった時、泉岳寺いけばよかった・・・。ピーちゃんのお言葉で今更ながらに後悔しています。(笑)
> それが後世からみると、これが歴史を変えるきっかけになったとか、彼の役割は彼が全く意図していなかったことになっていた、とか、面白いですよね。
歴史なんて後付けだからね、評論家みたいなもんで・・・。
ただ人によっては180度違う結論になったりするのが、面白い所です。
> 今回、ローアングルからの写真が結構多いですね。
被写体の長い直線とか結構好きかもしれません、遠近法みたいなの。
私のデジカメはビューモニターがパカパカできるタイプのやつなので
腰をかがめるだけで簡単に撮れるの。
ボケは単焦点の方がうまくでるんだけど、標準でも色々試行錯誤中。
ピントが合ってると思ってても、微妙にずれることがあるんで、ちょっと考え中。老眼のせいかもしれませんが・・・。(笑)
> 今頃になって発見したことがいくつかあります。
あぁありますねぇ。こんな機能があったとは!って。
旅行前はそれこそいっぱいやることあるんで、なかなかカメラまではねぇ。
日常で何回も使って慣れるしかないのかな。
買ってから1年以上たったので、一度オーバーホールだそうかなと思ってます。
出したことなくて、初経験・・・ドキドキ。 ねいちゃ
-
- るなさん 2014/02/10 11:12:35
- 歴史に「if」
- おはようさんです、ねいちゃさん。
土曜日の大雪にはまいりましたよ。あんな雪でも優雅にランチなんて行っちゃった私は、風も強くてモスクワどこじゃない街歩きでした--;そもそも出かけるなんて!!ですよね。はは。
歴史博士炸裂ですなぁ〜
私なんかこんな旅行記とても仕上げられませんわ。
歴史好きなねいちゃさんが京都に住まわれてるのは何か理由でも?
でも、住人じゃなく、たまに訪れるようだとそれこそえらいこっちゃ@@;かもしれないね。あっちも見たいこっちも見たい!になっちゃうでしょ?
歴史に「if」...これって何事にもそうだと思ってるの。
いわゆる「たられば」で言ったらキリがないもんね。これで言い換えたらかなり人生変わってるだろうね(笑)
信長のお墓、ホントに小さいんだね。
これがいい!って写真がいっぱいあるけど、4トラの表示が変わっちゃって、イチオシ写真にコメント出来ないから残念。最近色々表示の変わった4トラにやや不満なるなでやんす。私だけかな?
町屋風景はとても素敵。私の京都観光の一番でした♪
枯山水のお庭ももちろん優美で見ごたえあるよねぇ〜日本の誇る「美」だと思う。
冬の凛とした京都もいいなって思う。
でも、秋の京都をいつか歩いてみたいな。次は冬だな^0^
るな
- ねいちゃさん からの返信 2014/02/10 17:08:41
- RE: 歴史に「if」
- こんばんわ〜。るな姉さん!
> 土曜日の大雪にはまいりましたよ。
45年ぶりだそうで、東京も「えらいこっちゃ」ですね〜。
で、ランチ行っちゃいましたかっ、行動力の権化ですなぁ。
ただ大雪とかになると、必要もないのに、なぜだか出かけてしまいたくなるというのは何となくわかるのですけれど・・・。
非日常にちょっぴとワクワク感もあったりしてね。
> 歴史好きなねいちゃさんが京都に住まわれてるのは何か理由でも?
何というか、たぶん逆なんだと思う。家のお墓の近くに信長の墓があって、誰だろう?から始まったような気がします。
京都に住んでいたから、歴史が好きになったのかな?
もっとも京都人全員が歴史好きではありませんけど・・・。
> あっちも見たいこっちも見たい!になっちゃうでしょ?
そうかもねぇー、あちこち歴史だらけだもんね。えらいこってす!
でも他府県から来られる方は、かなり京都にお詳しいのでびっくりです。
「おもてなし」というより、ただの道案内くらいしかできませんね。
> 歴史に「if」...これって何事にもそうだと思ってるの。
なるほどぉ〜、かなり含蓄ある深い洞察ですね。
「たられば」で言えば簡単に人生変えられる・・・その通りです。
「宝くじ」が当たったら・・・キリはないです。
> 最近色々表示の変わった4トラにやや不満なるなでやんす。私だけかな?
トラベラーのページでプロフィールなくなったので、一度に俯瞰で旅行記眺められなくなりましたね。
この方はどこへ行かれたのかな?ってぱーって見るの好きだったのに。
トラベラーの背景を代えられることを最近気づいた私です。
ちょこちょこと仕様変更があるので、なんかねぇ〜。
> でも、秋の京都をいつか歩いてみたいな。次は冬だな^0^
姉さん、秋は激コミですぜぇ〜。でも来て下さいなっ。
後悔はたぶんしないと思います、いいよぉぉぉ。
案内まかして♪ 「泥舟」に乗ったつもりで・・・。
P.S. るなさんの写真、変わったんだねっ。 ねいちゃ
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