風来坊之介さんのクチコミ(22ページ)全2,655件
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-
投稿日 2018年11月30日
総合評価:3.5
地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の忍小通りにある大正寺を訪ねた折、山門左手前に「川路聖謨墓」の説明板があり、見ると、
略歴などとともに米使ペリーの浦賀、露使プチャーチンの長崎来航とか江戸湾品川沖に台場を築く。
など、聞いたことがある名前もあるので興味が湧き、どんなお墓かと思い探してみた。
が、なかなか分からず諦めかけたが、ここまで探してたのだからと思い寺務所で聞くことにした。
住職の奥さんと思われる方が出てこられ、本堂の後方にある川路聖謨の墓を初め墓地の奥にある身内の方の墓も親切に案内し説明もして貰えたものの、申し訳ないが殆ど覚えていない今日です。
お墓には、綺麗な菊の花が供えられているので聞くと、親切に案内し説明してくれている奥さんと思われる方が供えたとのこと。
これを聞き、大切に見守っていることなどが分かり感心した次第です。
身内の方の墓はそうでもないが、川路聖謨の墓は、大きくはないが立派で、正面に法号が、右側面に氏名や自害した日付、享年などが、左側面に再興の日付や建立者の氏名が刻まれています。
説明板を見てからお墓に行くといろいろ分かるのでお墓までご覧になることをお勧めします。
なお、川路聖謨は、説明板によると概要だが
嘉永5年 (1852) 勘定奉行兼海防掛に任じられ、翌年、米使ペリーの浦賀、露使プチャーチンの長崎来航により、国防の急務を痛感し、江戸湾品川沖に台場を築く。
特に露使とは、応接全権となって交渉に当たり、樺太の北緯50度以南、千島列島エトロフ島のわが国領有を主張した。
など、幕末に活躍し、江戸開場直前の明治元年 (1868) 3月15日に自害した。
とのことです。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し4分位進んだ左手なので出入口2から歩いて4分半位の大正寺の墓地内です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折はお寺の方以外誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- お墓の周りは凸凹しているが境内は整備されているので大丈夫でしょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- 川路聖謨の墓は大きくはないが立派でそれ程年月が経っていないが身内の方の墓には歴史を感じます
-
投稿日 2018年11月30日
総合評価:3.0
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
忍小通りに入り南方向に4分位進んだ左手 (東側) にあるのがここ大正寺で、本堂の向こうに超高層ビルが見えるものの、庭には手入れされた松など緑が多く落ち着きのある日蓮宗の寺院です。
ここまで訪ねて来た忍小通りの寺社で、門前から超高層という近代的なビルが見えるのは初めてで、これまでは全て右手 (西側) にあり後方が東京大学のキャンパスや低層の住宅地なので大きな建物は見えなかったが、大正寺は、左手 (東側) なので不忍通り沿いの超高層ビルが見えてしまうという次第です。
それはそれとして、瓦葺の本堂の右手に永代供養塔があり、墓地は、本堂の後方と右手の前方に縦長で、嘉永5年 (1852) 勘定奉行兼海防掛に任じられ、国防の急務を痛感し江戸湾品川沖に台場を築くなど幕末に活躍した川路聖謨の墓などがあります。
ここ大正寺は、手入れされた松など緑が多く落ち着きのある寺院とともに墓地に川路聖謨の墓などがあるので訪ねてみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し4分位進んだ左手なので出入口2から歩いて4分半位です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- 山門手前に若干の傾斜と墓地内に凸凹しているところもあるが整備されているので大丈夫でしょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- 瓦葺の本堂と手入れされた松など緑が多く落ち着きのある境内です
-
投稿日 2018年11月29日
総合評価:3.5
地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の忍小通りにある正慶寺の山門左手前に、「都史跡 北村季吟墓」との大きな石柱が建ててあるのを見掛け探してみることにした。
山門を入ると右手に説明板があり見ると、江戸時代前期の歌人、俳人 とのこと。
また、墓石の形なども詳しく記されているのでこれを頼りに探すことにした。
本堂左手から結構広い墓地に入り探し始めたところ、右手に一寸行ったところにあり直ぐに見付けることが出来良かったです。
お墓は、小ぢんまりした墓石と後ろに卒塔婆が1本あるだけなのでやや寂しい感じがするところです。
説明板によると、
円頂角石の正面に楷書で「再昌院法印季吟先生」と題し、右側面には丸に井桁の家紋を書き、下に行書で「花も見ず郭公をも待ち出つこの世後の世、おもふ事なき」と辞世の句が刻まれている。
とのことで、楷書や家紋は良く分かったものの行書の辞世の句はあまり読み取れず残念だったが、説明板に記されているので分かり助かった次第です。
82歳で逝去されてから既に300年以上経ち、墓石が何時建てられたのかは分からないが、刻まれた文字などが非常に分かり易いのには驚きでした。
山門前に大きな石柱や説明板があり、分かり易いところにあるので訪ねてみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し4分弱進んだ右手なので出入口2から歩いて4分強の正慶寺の墓地内です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 墓石の周りは砂利敷きだが境内は整備されているので大丈夫でしょう
- 見ごたえ:
- 3.5
- 小ぢんまりした墓石で刻まれた文字などが分かり易く後ろに草木と池などがある良いところです
-
お寺らしさをあまり感じない小ぢんまりした質素な本堂の寺院です
投稿日 2018年11月29日
総合評価:3.0
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
忍小通りに入り南方向に4分弱進んだ右手 (西側) にあるのがここ正慶寺で、山門左手前に「都史跡 北村季吟墓」との大きな石柱が建ててある臨済宗の寺院です。
山門を入ると植え込みの奥に小ぢんまりした質素な本堂があり、左手に一般の方の住居と思われる建物が2棟程建っているのでお寺らしさをあまり感じない境内です。
本堂と左手の建物の間を進むと結構広い墓地があり、整備されているので整然としています。
また、墓地に入り直ぐの右手には、草木や小さいが池があり自然を大切にしていることが窺えます。
見るものがあまりない寺院だが、墓地に江戸時代前期の歌人で俳人の北村季吟の墓があるので訪ねてみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し4分弱進んだ右手なので出入口2から歩いて4分強です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 3.5
- 山門手前に若干の段差があるが境内は整備されているので大丈夫でしょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- 本堂は小ぢんまりしているが墓地は結構広く草木や池があります
-
投稿日 2018年11月28日
総合評価:3.0
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
忍小通りに入り南方向に3分強進んだ右手 (西側) にあるのがここ妙顕寺で、通り沿いに石柱の山門がある日蓮宗の寺院です。
山門を入ると正面にどっしりしたコンクリート造りの本堂があり、左手前の植え込みに険しい顔をした日蓮聖人像が建ててあります。
左手の植え込みには「鳥居清信墓」の説明板もあり、折角なので探そうと思い左手から墓地に入ったところ、通路近くで墓参りの読経をされていたので通り難く、墓探しは次の機会にすることにして戻ってきた次第です。
ここ妙顕寺は、「鳥居清信墓」を見れなかったので何とも言い難いが、普通の寺院では と思います。
因みに、鳥居清信は、
江戸時代中期の浮世絵師で、鳥居派の始祖
とのことです。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し3分強進んだ右手なので出入口2から歩いて4分弱です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 墓地内で墓参りの方たちを見掛けた位で他には誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 境内は手入れされているので良いが本堂に上がるのには手摺があるものの結構高い階段なので大変でしょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- 「鳥居清信墓」は見れなかったが普通の寺院では と思います
-
藤棚や腰掛があり一休みするのに都合良いところでは と思います
投稿日 2018年11月28日
総合評価:3.5
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
寺院が多い忍小通りの中間辺りの西沿いにある稲荷神社だが、鳥居が朱くなく狛狐でなく狛犬なのでお稲荷さんの感じがしないところです。
鳥居左手奥の手水舎の横にある由緒書きによると、概要だが
江戸幕府の米蔵のあった浅草蔵前に鎮座7つの倉の守護神として崇められこれが社号の由来となっている。
明治維新後蔵前より七軒町に遷り更に明治9年現在の地に遷座した。
現社殿は平成元年の御造営である。
とのこと。
これを見ると、社号の由来や社殿がとても綺麗なことなどが分かります。
また境内には、大樹とともに藤棚やその下に腰掛が、更に広くはないが遊具のある児童遊園があり、近くの方々に親しまれていることが窺える稲荷神社です。
ここ忍小通りを散策の折などに、一休みするのに都合良いところでは と思います。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し2分強進んだ右手なので出入口2から歩いて3分弱です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 訪ねた折は二人のお子さんが児童遊園で遊んでいたのと親御さんがいた位でした
- バリアフリー:
- 2.5
- 鳥居前の石段は左手の通りから段差無しで整備された境内に入れるので良いが社殿には石段があります
- 見ごたえ:
- 3.5
- とても綺麗な社殿や社殿左手に「皇紀二千六百年記念」の石碑などがあります
-
山門左手前に「『渡邉の綱』・『槍に半蔵』由縁の寺」との解説板がある寺院です
投稿日 2018年11月27日
総合評価:3.5
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
忍小通りに入り南方向に1分強進んだ右手 (西側) にあるのがここ忠綱寺で、通り沿いに綺麗な塀と小ぢんまりした瓦葺で木造りの山門がある真宗大谷派の寺院です。
山門をくぐると正面が、未だ新しく見えるすっきりした本堂で、左手に墓地との区切りの塀が、右手前に石碑や保護樹木のヌマスギなどがあり、本堂前が手狭に感じます。
ところで、この石碑だが、歴史を感じ「逸齋樋口翁碑」とあるものの碑文が読み取れないのが残念で、説明板などあれば と思うところです。
山門左手前には「『渡邉の綱』・『槍に半蔵』由縁の寺」との解説板があり、見ると、
姓を渡邉と名乗るようになったことから始まり、代々の活躍が記され、途中知っている名前もあり、渡邉院忠綱寺と名を冠した一寺を建立した訳などが分かり易く記されており、
興味がいろいろ湧き、長かったが最後まで見てしまった次第です。
ここ忠綱寺を訪れた際は、興味が湧いてくる と思う解説板なので、長いが最後まで見ることがお勧めです。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し1分強進んだ右手なので出入口2から歩いて2分弱です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 山門前に若干の傾斜があるが境内は良く整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 境内にある石碑は良く分からなかったが山門左手前にある解説板には興味が湧くことがいろいろ記されています
-
投稿日 2018年11月27日
総合評価:3.5
久方振りに上野不忍池を訪ねる折、今回は、地下鉄・根津駅から不忍通りの一本西側の寺院などが沢山ある忍小通りを回って行くことにした。
忍小通りに入り直ぐの右手 (西側) にあるのがここ休昌院で、通り沿いに小ぢんまりした瓦葺で木造りの山門がある臨済宗の寺院です。
山門をくぐると正面にこれまた瓦葺で木造りの昔ながらの本堂があり、左手と奥に良く整備されたお墓などが並んでいます。
広くはないが静かで落ち着きのある境内とともにこの通りに馴染んでいるように見える寺院です。
また、この忍小通りは、昔から続いているような店が両側に結構あり、歩いていて何となくホッとするところです。
近くに来られた折などに、忍小通りを歩きここ休昌院に立ち寄ってみては如何でしょう。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・根津駅出入口2を出て右手に行き直ぐ右折して突き当りを左折し30m位進んだ右手なので出入口2から歩いて1分位です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 山門前に若干の段差があるが右手に通路があり境内とともに良く整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- お墓は新しく整備されているが山門と本堂は昔ながらの造りで落ち着きを感じます
-
投稿日 2018年11月18日
総合評価:3.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた帰路、JR御茶ノ水駅方面に向かう途中寄り道して通ってみたところです。
この辺りは、高低差がかなりあるところなので階段や坂が多く、その一つがここ立爪坂で急な坂なので付けた名前とかだが、胸突坂というのはよく聞くが立爪坂とは珍しい と思います。
そのため、どんなに急な坂かと思い通ってみたが、勾配がそれなりにあるもののそれ程急でなく期待外れでした。
が、珍しいと思ったのは、坂下と坂上が階段になっていることで、脇に完全ではないがスロープが付いているので、自転車など用ではと思うものの坂が短い上それなりに勾配があるので乗るのは厳しいのでは と思うところです。
まぁ 普通の生活道路とか知ってる人が抜け道として使ってると言った感じの細くて短い坂です。
なお、この坂には標柱や説明板などがないので、坂名を知らずに通ると強いて言えば 前後が階段になっている珍しい坂 位にしか感じなないのでは と思います。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 近いのは地下鉄・末広町駅からだが湯島駅出入口5からでもほぼ南西方向に歩いて5分位の妻恋坂の中間辺りから北側に上がる細い坂です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 通った折は誰とも会いませんでした
- バリアフリー:
- 1.5
- 細くて短い坂だが勾配がそれなりにあり坂下と坂上が階段になっているのでかなり大変では と思います
- 見ごたえ:
- 3.0
- これと言って見るものもないが強いて言えば坂下と坂上が階段になっている珍しい坂です
-
投稿日 2018年11月18日
総合評価:3.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた帰路、JR御茶ノ水駅方面に向かう途中寄り道して通ってみたところです。
この辺りは、高低差がかなりあるところなので階段や坂が多く、その一つがここ三組坂では と思います。
坂上から坂下まで行き来してみたが勾配が結構あり、下りはまだ良かったものの上りは思ったより大変でした。
散策途中に通った坂なので「大変だったぁ~」位で済むが、この坂を毎日使っている方は、さぞ大変だろうと思う反面身体のためには非常に良いのでは と思います。
坂自体は、真っ直ぐで両側に歩道がありビルが並ぶ結構急な坂で、坂上辺りに「三組坂」の説明板があり、坂名の由来とともに元禄以来呼びなれていることなども分かるので、散策の折などに通ってみるのも良いかも知れません。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・湯島駅出入口5を出て右手(南)方向に2分弱の交差点が坂下で右折し3分位上がったところが坂上の交差点です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 通った折は人や車がたまに通る位でした
- バリアフリー:
- 1.5
- 両側に歩道があり整備されているが結構急な坂なので上りは特に大変でしょう
- 見ごたえ:
- 3.0
- これと言って見るものもなく結構急だが普通の都会の坂です
-
投稿日 2018年11月18日
総合評価:4.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた帰路、JR御茶ノ水駅方面に向かう途中寄り道して訪ねたのが、湯島2丁目にあるここ真言宗の寺院です。
湯島天満宮の表鳥居を出て三組坂上交差点を右折し西方向に進んで行くと、右手に瓦葺の屋根が二重で非常に大きく背が高い立派な建物が見え、それが本堂です。
通り沿いにある両脇が土塀で瓦葺の立派な山門をくぐると、緑もあり整然とした境内の左手前方に本堂があり正面に進むとその大きく立派なのに圧倒され緊張してしまいます。
本堂左手に行くと、横の通用門と思われるところに小さいが寺号標があり、本堂の左手奥に境内稲荷寶幢閣が見え、この辺りが駐車場になっているのを見ると庶民的な感じがし何故かホッとしてきます。
山門右手にある説明板によると、
真言宗霊雲寺派総本山で、五代将軍徳川綱吉が徳川家のため、天下泰平、武運長久の祈願寺として、元禄4年 (1691) 創建した。
大正12年の関東大震災により焼失し、その後の仮本堂も戦災で焼失した。
現在の本堂は昭和51年に再建された。
とのことで、由緒ある寺院なのでこのように大きく立派な本堂なのも納得するところです。
周りにビルが建ち並ぶ中に、緑もあり整然とした境内に大きく立派な本堂が建っているので、訪ねることをお勧めしたい寺院です。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・湯島駅出入口5を出て右手(南)方向に2分弱の三組坂下交差点を右折し三組坂を上がりそのまま行った右手なので出入口5から歩いて7分位です
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 訪ねた折は誰とも会わずとても静かな境内でした
- バリアフリー:
- 2.0
- 境内は石畳などで整備されているので大丈夫だが山門前に2段位の石段と本堂に上がるのには手摺があるものの非常に高い石段があるので大変です
- 見ごたえ:
- 4.0
- 緑もあり整然とした境内に瓦葺の屋根が二重で非常に大きく背が高い立派な本堂があり圧倒されてしまいます
-
「有教無類」などが書かれた大きなパネルがあるのに気が付きました
投稿日 2018年11月18日
総合評価:4.5
10月というのに真夏日になり暑い日だったが天気が良かったので、久方振りに湯島聖堂を訪ねることにした。
数年前にも訪ねたことがあるが、今回、孔子銅像に向かって右手の斯文会館裏手 (西側) の軒下に、「有教無類」などと書かれたパネルがあるのに気付き、前回気付かなかったのが不思議な位大きなパネルです。
パネルは4枚あり、その中の1枚の「有教無類」が分からなかったので調べたところ、これは論語の中の一つで
「教え有りて類無し」と読み、
「人は教育によって善くも悪くもなるのであって、生まれつき差や種類の違いなどがあるのではない」
とのことだが、ウゥ~ン と思ったところです。
もう1枚の「孔子銅像建立記」に、「・・・本像ハ丈高15尺重量1噸半蓋シ巨大ナルコト世界第一・・・」との記載があり、前回見た孔子銅像の右手前に建ててある「孔子銅像建立ノ記」の石碑と違うところもあるが、世界一巨大な孔子銅像であることには相違ないようです。
他の2枚は、漢文らしく書かれてあることが分かりませんでした。 多くの人に分かるよう解説板などがあればより良いのに と思うところです。
訪ねたのが休日だったためか、この銅像を熱心に写生している人がいました。
この孔子銅像は、仰高門と入徳門の間位のところなので、ここ湯島聖堂を訪ねた折は、パネルとともにご覧になることをお勧めします。
なお、ここ孔子銅像へは、最寄りのJR御茶ノ水駅の北方向にある聖橋門からも来れるが、多少時間は掛かるものの正門から入り仰高門をくぐってから来ることをお勧めしたいです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- JR御茶ノ水駅聖橋口から北方向の聖橋を渡り下の外堀通りに出て左折しばらく進み左手の正門奥の仰高門から30m位の右手なので駅から徒歩4分強です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ている間数人の方が近くを通ったが見る人はいませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- 銅像周辺は舗装されてないので気を付けましょう
- 見ごたえ:
- 4.5
- 近付くとその大きさや立派さが改めて分かります
-
投稿日 2018年11月16日
総合評価:3.5
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折、境内に数多くの記念碑があるので回ってみることにし、その一つが泉鏡花の筆塚で、もう一つが表 (銅) 鳥居の左手奥にある筆塚です。
数年前梅まつりに来た折は泉鏡花の筆塚は見れたが、表鳥居近くの筆塚に気付かなかったのは、表鳥居付近から屋台が並んでいたからだろう と思います。
今回は、菊まつりの展示場用パイプが組み立ててあるものの、筆塚があるのに気付き何とか見ることが出来だ次第です。
こちらの筆塚は、泉鏡花のものと違い平らな自然石に竹の絵が彫られ、大きくはないが台石に苔が生え歴史を感じるものです。
左手前に説明板があるので見ると、
梅園の中には、満天下の子女の紅涙をしぼらせた「婦系図」のゆかりの地として里見 外16名の文筆家ら旧知関係者によって昭和17年 (1942) 9月7日に泉鏡花の筆塚が設立されました。
と湯島神社のことなどとともに記されているが、目の前のこちらの筆塚については触れてないので何も分からず残念なところです。
境内にあるので何らかの係わりなどがある筆塚とは思うが裏側まで見れなかったので、次の機会に裏側に何か刻まれているかも知れないと思い覗いてみようと思っているところです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 二つの筆塚は湯島天満宮拝殿の前方 (南側) なので地下鉄・湯島駅出入口3から西方向に歩いて3分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 泉鏡花の筆塚は見る人が結構いるがこちらの筆塚の前は拝殿への通りなので行き来する方はいるが筆塚を見る人は誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 3.0
- 泉鏡花の筆塚は整備された通路から見れるので良いがこちらの筆塚は付近に障害物があり大変でした
- 見ごたえ:
- 3.5
- 泉鏡花の筆塚は「婦系図」のゆかりの地なのでここにあるのが相応しいがこちらの筆塚は歴史は感じるものの他に何も分からず残念でした
-
投稿日 2018年11月16日
総合評価:3.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折、境内に数多くの記念碑があるので回ってみることにし、その一つがここ新派の碑です。
数年前梅まつりに来た折は、近くに屋台がありこの新派の碑を見るのが精一杯だったが、今回は屋台などなく広々としており、また休日だったもののお詣りや見物客がそれ程おらず、ゆっくり見ることが出来良かったです。
この新派の碑の直ぐ左手並びに文房至宝碑や瓦斯灯などが、一寸離れたところに、講談高座発祥の地の碑があるのを初めて知り、境内に数多くの記念碑があるとは言え、ここにこんなに並んでいるのも珍しいのでは と思ったところです。
また、左手の「新派」碑 由来 に記されている昭和31年に献木された左側の梅樹とのことだが、近くに梅樹が見当たらず分からなかったのが残念でした。
ところで、この「新派」の記念碑は
新派劇創立90年を迎えた昭和52年に新橋演舞場玄関脇に建てられ、新橋演舞場の改築にあたり当湯島天神様のご好意により新派とは深い縁で結ばれているこの境内に移させていただいたもの
とのことです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・湯島駅出入口3を出て右手(南)方向に1分弱の信号を右折そのまま1分半位行った突き当りの天神石坂(天神男坂)を上がり一寸行った左手です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ている間近くを行き来する人はいるが見ようとする方はいませんでした
- バリアフリー:
- 2.5
- 天神石坂 (天神男坂) や女坂 (天神女坂) を上がるのは大変だが境内からはほぼ平坦で整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.0
- 珍しい形の碑では と思うとともに献木された梅樹が分からず残念に思います
-
投稿日 2018年11月16日
総合評価:4.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねてみた。
数年前梅まつりに来た折は、梅の見物客を初め合格祈願やお詣りの方などが多い上、屋台も沢山出ていて落ち着かずゆっくり見て回れなかったので、今回は休日だったが訪ねてみたところ、参拝者や見物人などが意外と少なく良かったです。
先ず、銅製で立派な表鳥居をくぐり直ぐの左手にある「湯島神社 由緒」を、(ゆっくり見てたら大変なので) ざっと見てから参道を進むと、左手に手水舎があり左右に撫で牛がいます。
ここで面白いと思ったのは、右手の撫で牛は頭を上げ堂々としていて、よく撫でられるのか特に頭の部分が光っているが、一方左手の撫で牛は頭を下げうずくまっていて、あまり撫でられないのか寂しそうにしているように見えることで、ご覧になってみては如何でしょう。
それはそれとして、更に進むと拝殿なので願い事をし、右手の授与所のところに行くと境内案内図があり、名前や場所がいろいろ分かりとても役立ちます。
という具合で、訪ねたのが休日だったためか結婚式は沢山あるようだったが、参拝客や見物人などが思ったより少なくいろいろゆっくり見て回れて良かったです。
何か催し物があるのに合わせて訪れるのも良いが、そうでない時に訪ねると参拝者や見物人など少なく、境内をいろいろとゆっくり見て回れるのでお勧めでは と思います。
今回は、いろいろゆっくり見て回れとても良い訪問だったと満足しているところです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・湯島駅出入口3を出た天神下交差点左手の春日通りを左手(西)方向に1分半位進み左手の夫婦坂(石段)を上がると境内で本殿の斜め後方です
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 訪ねたのが休日だったが参拝者や見物人などが思ったより少なかったです
- バリアフリー:
- 4.0
- 境内は殆ど平坦でよく整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 4.0
- 銅製の表鳥居や撫で牛を初めいろいろ見るものがあり楽しむことができるところです
-
投稿日 2018年11月16日
総合評価:4.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折くぐったところで、拝殿の正面 (南側) にある銅製の鳥居です。
また、遠いがJR御茶ノ水駅方面から来る際は、湯島天満宮が正面になり遠くからも見え目標になる鳥居です。
とは言うものの今回は、近いルートで地下鉄・湯島駅から湯島天満宮の東側にある天神石坂 (天神男坂) を上がり、境内に入ってからここ表鳥居のところに来た次第です。
数年前梅まつりに来た折は、屋台や人通りが多く落ち着いて見れなかったが、今回は、休日なのでそれなりに人通りがあるもののゆっくり見ることが出来ました。
表鳥居の左手奥にある「湯島天満宮」の説明板に、社殿や祭神のことなどどともにこの銅製表鳥居 (都指定文化財) のことも記してあり、
寛文7年 (1667) 9月創建され、同11年 (1671) 修理した銘がある。
下脚部に唐獅子頭部の装飾は鳥居として特異なものである。
とのこと。
下脚部のことなど今まで気付かなかったことが多く、今回じっくり見ることが出来とても良かったです。
ここ湯島天満宮を訪ねた折は表鳥居は勿論、特に下脚部にある唐獅子頭部の装飾をご覧になることをお勧めしたいところです。
因みに、鳥居の大きさは、
柱の下から上端についた台輪までの長さが3.88m、笠木上端の長さが6.81m
とのことです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 拝殿の正面 (南側) 40m位のところなので地下鉄・湯島駅出入口3から西方向に歩いて3分位です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 拝殿正面の鳥居なので行き来する方がそれなりにいるが鳥居の見る人は殆どいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 付近はよく整備されているので大丈夫だが若干の段差があるところがあるので気を付けましょう
- 見ごたえ:
- 4.0
- 銅製のうえ下脚部の唐獅子頭部の装飾が特異で立派な鳥居です
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御鳳輦や湯島天満宮所蔵の宝物類などいろいろ観ることが出来ます
投稿日 2018年11月14日
総合評価:3.5
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折入ったところで、神楽殿と併設して建築され平成11年10月に開館したところ とのことです。
建物は、地上2階、地下1階建てで新社殿とよく合致して神殿造風の優雅な造りなので如何にも宝物殿といった感じがします。
宝物殿は、地上1階が御鳳輦や神輿などの展示室、地下1階が湯島天満宮所蔵の宝物類の展示室と保存収蔵庫で、地上2階は神楽殿と管理室並びに学芸員室になっている とのことなので、今回入ったのは、地上1階と地下1階の展示室です。
展示室はそれ程広くなく、1階の御鳳輦や神輿が思ったより小さく、地下の宝物類の種類や数が、意外と少ないように感じたものの観ていると結構時間が掛りました。
地下の展示品は、ここ湯島天満宮の御祭神の菅原道真公にまつわるいろいろの天神画像を初め「龍虎鷹山水図」や「社号額」などがあり、入館時頂いた展示配置図付の展示紹介・作者一覧を見ながら回ると分かり易く、また、観ている人は他に誰もおらず、ゆっくり回れて良かったです。
湯島天満宮所蔵の宝物類に興味のある方は勿論、そうでない方も有料だがご覧になってみては如何でしょう。
因みに、拝観料は、一般 500円、シルバー (65才以上) 300円などで、 原則無休です。
なお、写真は、お断りしてから撮らせて貰ったものです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 湯島天満宮拝殿の前方30m位の左手 (東側) なので地下鉄・湯島駅出入口3から歩いて3分位のところです
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 観ている間他に誰もおらず寂しい位でした
- バリアフリー:
- 4.5
- 通路は結構広く地下へはエレビーターがあるので良いがトイレへは数段の段差があります
- 見ごたえ:
- 3.5
- 御鳳輦を初め天神画像など珍しいものがをいろいろ観ることが出来ます
-
投稿日 2018年11月14日
総合評価:3.5
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折、境内に数多くの記念碑があるので回ってみることにし、その一つが梅園の中に建つこの梅園建設碑です。
数年前梅まつりに来たこともあるが、その折は梅花や人混みに気を取られていたためでしょう見逃し、今回この石碑があるのに気が付いた次第です。
昭和48年12月付のこの石碑は、縦書きの「梅園建設碑」の右横に「返り咲く 湯嶋の白梅」と彫られ、その下に、湯島神社 (今は湯島天満宮) 境内に梅樹が植えれらた由来が刻まれ、概要だが
明治大正両時代は、立派な梅樹の神苑であったが、第二次世界大戦後いつか雑木に植えかえられ荒廃していた。
それを、昭和30年11月より約3年半に亘り、氏子を初め多くの関係者が、日夜に及ぶ勤労奉仕作業により近郷より梅の古木を探し譲り受けて移植し湯島神社梅園建設の基となり、
今日湯島の梅園として東京の名所となる。
とのこと。
この素晴らしい梅園は、氏子を初めとした関係者の長年に亘る勤労奉仕作業の賜物であることが分かると、今まで漠然と観ていたのが、申し訳なくなってきたところです。
今も、その勤労奉仕作業は続けていることでしょうし、これからもずっと東京の梅の名所として多くの方々に喜ばれていくことと思い、感謝の気持ちで一杯になった次第です。
今回訪ねたのが10月下旬なので緑葉の梅園だったが観方が変わり、花の時季に再訪しじっくり観させて貰おうと思っています。
ここ湯島天満宮を訪れた折は、この石碑もご覧になり氏子らのかつてと今後の努力に感謝しつつ、梅園を大いに楽しませて貰いましょう。
なお、梅園は、拝殿左手前と女坂のところにあり、この石碑は、拝殿左手前の梅園の北 (拝殿) 側に建ててあります。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 地下鉄・湯島駅出入口3から西方向に歩いて2分位のところが女坂の坂下で坂を上がって行くと拝殿前なので出入口3から歩いて3分強です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 石碑を見ている人はいないが拝殿前は参拝者などが結構おり女坂には殆ど誰もいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 石碑の前の通路は平坦でよく整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 訪ねたのが時期が時期なので緑葉の梅園だったが石碑をじっくり見ることが出来ました
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投稿日 2018年11月12日
総合評価:3.0
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折、境内に数多くの記念碑があるので回ってみることにし、その一つがここ奇縁氷人石です。
と言っても、梅園の中にある幾つかの記念碑の内の一つで、最初目にした際は何の石標か分からず後程調べて分かった次第です。
湯島天神公式サイトの境内のご案内 (境内案内図) の「奇縁氷人石」によると、概要だが
この石柱の右側に「たつぬるかた」、左側に「をしふるかた」と記され、迷子の名を書いた紙を右側に、迷子がいた時はその子の特徴を書いた紙を左側に貼って知らせた「迷子しらせ石標」の名残りで、
境内が人で賑わい、江戸有数の盛り場であったことがわかる。
とのこと。
幕府公認の富くじが行われたところなのでさぞ賑わい、親御さんが夢中になったことだろうから迷子が出たのも分かるとともに、広報板か今は見掛けなくなった伝言板が、既にあったことに感心します。
ところで、他の記念碑などには、碑文や説明板がありその場で大方分かるので、この「奇縁氷人石」にも説明書きなど付けて欲しい と思うところです。
場所は、拝殿左手前にいる狛犬の後ろ (西) 側の梅園の中で、右手に「奇縁氷人石」との案内板が立ててある石標なので分かり易いです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 湯島天満宮の拝殿右手前にいる狛犬の後ろ (西) 側の梅園の中なので地下鉄・湯島駅出入口3から歩いて3分弱のところです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ている間近くを行き来する人は結構いるが見ようとする方はいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 前の通路は平坦でよく整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.0
- 歴史を感じる石標だが文字がはっきり読み取れます
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調べて王貞治さんの生涯の座右銘の石碑ということが分かりました
投稿日 2018年11月12日
総合評価:3.5
秋晴れの気持ち良い日だったので文京区湯島3丁目にある湯島天満宮を訪ねた折、境内に数多くの記念碑があるので回ってみることにし、その一つがここ努力の碑です。
と言っても、最初目にした際は何の石碑か分からず、何かの記念碑だろうと思い後程調べて分かった次第です。
湯島天神公式サイトの境内のご案内 (境内案内図) の「努力碑 (王貞治)」によると、概要だが
王貞治君は、昭和52年9月通算本塁打756号を達成、前人未踏の世界記録を樹立し、わが国初の「国民栄誉賞」と球界最高の「正力松太郎賞」の初の受賞者となった。
また、王君は、これを記念し崇敬する湯島神社に、白梅一樹を献木した。
ここに読売新聞社社主読売巨人軍オーナー 正力 亨 らが、 王君の生涯の座右銘である「努力」の碑を、昭和53年1月に建立し、青少年の亀鑑とするもの。
とのこと。
これを見ると、王さんのたゆまぬ努力の成果だったことが窺えるものの、近くに説明書きなど見当たらず調べなければ分からないのが残念に思います。
この石碑を見ている間、近くを行き来する人は結構いるが誰も見ようとせず、石碑がポツンと建ててあるだけなので説明板などあれば多くの方が見るだろうに、と王さんという素晴らしい方の石碑なのに寂しく残念に思うところです。
更に、合格祈願に来た受験生が、神頼みも必要だがたゆまぬ努力が必要だということが分かる と思い、合格率がアップするかも知れません。
他の記念碑には、碑文や説明板がありその場で大方分かるので、この「努力の碑」にも説明板などを是非考えて欲しい と思います。
場所は、本殿に向かって右手 (東側) で、夫婦坂から境内に入り20m位進んだ左手の石碑が四つ程並んでいる内の一つです。- 旅行時期
- 2018年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 地下鉄・湯島駅出入口3を出た天神下交差点左手の春日通りを左手(西)方向に1分半位進み左手の湯島天満宮の夫婦坂(石段)を上がって直ぐの左手です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ている間近くを行き来する人は結構いるが見ようとする方はいませんでした
- バリアフリー:
- 4.0
- 前の通路は平坦でよく整備されているので大丈夫です
- 見ごたえ:
- 3.5
- 一寸珍しい形の石碑で努力という字が目立っています






































































































