【スマホでラクラク入場!】ハルカス300(展望台)一般入場券
2,000円(税込)
ハルカス300では、プロジェクションマッピングを使った「NAKED CITY LIGHT FANTASIA 2023 ハルカス300」が開催されるということでしたが、時間は18:30~21:50。ちょうど晩飯を予約していたので、直前で退出することに。確かにこの高さはなかなか味わえないものなのですが、やっぱりそれだけでは寂しいかな。こうしたイベントはあった方が風物詩的でいいと思います。
70年以上の歴史と、日本、中国の絵画・彫刻・工芸など約8000件を超える収蔵品を持つ、老舗美術館。
天空のアトラス イタリア館の至宝 @大阪市立美術館 2000年のフェルメール展以来の同館訪問、ここは狭いながら天井が高くて良い施設。大反響の企画展を閉幕前に滑り込んだ。さすが大阪、万博展示の使い回しで更なる収益。 おかげで炎天下の会場には行かずにイタリア館展示を堪能できた。 面白かったのはダ・ヴィンチのちいちゃな手稿の展示。これに顔を近づけて見るのはNGで、長い行列を並びながらスマホ写真を撮る形式。なんだか撮影会のようである。 お土産の白眉はありきたりなイタリア展より大阪市立美術館のおちゃらけた多彩なお土産、つい欲しくなる。アイテム選びのセンス抜群。
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古来、難波一帯の産土神として信仰を集め、かつては七堂伽藍、子院十二坊を有する繁栄ぶりだったが、兵火に遭い、衰退。明治維新後、神仏分離で寺は廃絶し、昭和20年(1945)の空襲で社殿も焼失した。現在の社殿は戦後に再建されたもの。巨大な獅子頭をかたどった高さ12m、幅11m、奥行10mの絵馬殿がとくに目を引く。毎年1月第3日曜日に行なわれる綱引神事は、祭神の素戔鳴尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、民の困苦を除いたという故事に基づいて始められたもの。平成13年(2001)度、大阪市で初めての無形民俗文化財に指定された。
難波八阪神社の獅子殿を見たくて訪問せり~ 朝9:00前なのに観光客がワンサカでした…(自分もですけど) 獅子殿前は写真を写す方で混み混み、待って何とか撮りました。 有名なだけあって獅子殿は迫力あり、口の中で演舞等が出来る舞台になってます。 大きな口で勝利を呼び、邪気を飲み勝運(商運)を招くと、学業向上、就職、入試あるいは、会社発展を祈願するために、全国各地からのご参拝者が多いとの事(ネットより)
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夕陽丘の一角に位置する一心寺は、文治(ぶんじ)元年(1185)、法然(ほうねん)上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだのが始まりとされる浄土宗の寺院。後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に向かって念仏を唱え、極楽生涯を願う「日想観」の修行を行ったといわれる。現在の境内地は、秀吉の夫人高台院からの拝領によるもの。大坂冬・夏の陣では徳川家康の本陣が置かれた場所としても有名だ。また、一心寺は「お骨佛の寺」としても知られ、納骨堂には人骨でつくられた仏像が安置されている。これは、江戸時代末期から宗派を問わず庶民が納骨に訪れ、明治20年(1887)に約5万体の納骨でもって「お骨佛」がつくられて以来、10年ごとに1体の仏像をつくることになった。現在まで12体の仏像がつくられ、納骨堂には戦後の6体が安置されている。建築家でもある現住職の設計による山門や日想殿も見どころ。
かつて、大阪冬の陣、夏の陣の激戦地となった場所にありました。 近くの茶臼山という小高い山には、徳川家康が冬の陣で陣を布き、夏の陣では真田幸村が陣を布いています。 今もお寺には多くの参拝者が訪れており、境内の墓地は広く、著名人のお墓や戊辰戦争で命を落とした会津藩士のお墓もあります。 酒封じで有名な本多忠朝のお墓もあり、徳川方の優秀な武将だった本多忠朝が冬の陣で、お酒のために戦いから逃れ、家康の怒りを買い、夏の陣では汚名返上のために奮闘、結局は敗れて討ち死にしてしまうという結末を迎えたといわれていますが、今は、断酒の神様として祀られいました。しゃもじに願いをかき、お墓の周辺には多くのしゃもじが奉納されていました。 大阪の陣などの歴史散策をする際には、その案内所となっている一心寺の存牟堂へまず立ち寄り、情報を得るのをお勧めします。シアターのコーナーもあり、休憩のスペースもあります。パンフレットもあり、とても助かりました。
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水面に映る美しいネオンが印象的な道頓堀水辺の遊歩道。天神祭や歌舞伎の船乗り込みが行われるスポットでもある。
大阪難波界隈を散策した際、その中心を東西に流れる道頓堀川にそって、遊歩道が整備されていました。川にかけられた橋から下に降りられるようになっており、川面をすべるリバークルーズ(ちょっと大げさですが)の船や、きついネオンの輝く大阪の風景を楽しむことが出来ました。店舗の立ち並ぶ通りは人混みで歩きにくいですが、こちらの川沿いのリバーウォークに降りると、比較的人も少なくて移動もスムーズでした。
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HISの当日クーポンが手軽で安くてよさそう。 うちは使うつもりが、しっかり取得できていなかったようで、現地で普通に購入することに・・・大人2,000円/子ども1,200円。 値上がりしたとはいえまだまだ安いですね。 カード払い可能です。 ビニールシート持参で荷物置き/食事の場所取りが通例なのですが、夏が終わったタイミングと、雨の日だったのでみんな家から出ないのか10時回っててもガラガラでした。 館内Wifiあり、浮き輪の空気入れ3機あり。 スライダーは大人用2つと、キッズエリアにいくつか。 それぞれ別料金です。 夏のときは60分待ちとかばかばかしいくらい混んでましたがこの日はMAX20分程度。 流れるプールもあったかいし、冬はここいいかもしれません! 食事処はあまり選択肢がありません。 ピークタイムは混みあうので、少しずらすことをおすすめします。 温泉エリアは、男女でフロアが異なります。 正確にいうと月ごとにヨーロッパ/アジアの入れ替え制で、両方行ってみた感想としては、どちらも楽しめます◎ とにかく広いので洗い場で待つこともないし、種類が豊富、見た目も飽きさせないテーマパークのような感じなので、なるほどプールなど入らなくても温泉だけ楽しみに来るのもアリと思います。 大阪いって雨だったらここ、で間違いのない施設かと思います。
天王寺区逢坂1丁目に鎮座、少彦名神(すくなひこなのかみ)、菅原道真を祀る古社。昌泰4年(901)菅原道真が太宰府に左遷された際、河内の道明寺にいた伯母覚寿尼を訪ねて行く途中、ここへ立ち寄って安井(休憩)した。当時、道真に同情した村人がおこしを差し上げると、お礼にと菅原家の紋所「梅鉢」をもらった。これが、今でも大阪名物の「粟おこし」の商標の梅鉢となったといわれている。安居天神社は、その道真の死後の天慶5年(942)、道真の霊を祀るために村人たちが建てたもの。また、当地は四天王寺の僧侶がここで夏安居(げあんご:雨季の間に外出を控え寺院で修行に専念すること)することもあり、「安井」が「安居」になったという。境内には、道真も口にしたといわれる天王寺七名水のひとつ「かんしづめ(癇鎮め)の井」のほか、大坂夏の陣で徳川方に討たれて戦死した真田幸村の記念碑が建つ。
浪速区恵美須西1丁目に鎮座、大阪の商売の神「えべっさん」として信仰を集める神社。推古天皇の時代に聖徳太子が四天王寺を建立した際、同地西方の鎮護神として祀ったのが始まりとされる。祭神は天照皇大神・事代主命(戎さん)・外三神。戎さんはもともと漁業の守り神であり、古代にはこの辺りは海岸沿いで、海・里・野の諸産物が物々交換される「市」が開かれ、その市の守り神としてもこの戎さんが祀られていたそうだ。その後、福徳を授ける神、商業の繁栄を祈念する神としても篤く信仰されるようになった。とくに江戸時代になると、1月9・10・11日の三日間にわたって「十日戎」の祭礼が開催され、宝恵籠の奉納も行われるようになった。現在では、年の最初の祭りとして十日戎の3日間に約100万人を超える参詣者が訪れ、神社から授与される笹がついた小宝・「吉兆」(きっちょう)を買い求め、活気あふれる。
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石山崎(現在の大阪城付近)に生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)を祀ったのが始まりとされる延喜式名神大社。天正8年(1580)の石山合戦の時に焼失したが、天正11年(1583)豊臣秀吉が大阪城を築く際、現在の地に移転。本殿は移転の2年後に造営され、本殿と幣殿をひとつの流造で葺きおろし、正面に千鳥破風、すがり唐破風、千鳥破風の3つの破風を据えたという、神社建築史上ほかに例のない「生國魂造」様式を用いる。現在の本殿は戦後に建て替えられたコンクリート造銅板葺きだが、桃山時代の遺構を伝えているそうだ。毎年6月30日には厄災・病を払う「大祓式」、7月11・12日には「いくたま夏祭」、8月11・12日には「大阪薪能」、9月の第1日曜日とその前日には上方落語の祖である米澤彦八に因んだ「彦八祭」が開催され、大勢の参拝客で賑わっている。地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩3分。
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世界無形遺産にも指定された、日本独自の伝統芸能「文楽」を観劇できる劇場。
堺筋線の「日本橋駅」で下車すると、すぐ【国立文楽劇場】の建物が目に入りました。表情が変わる人形を三人で扱う、大阪で盛んになった日本の伝統芸能である文楽を鑑賞できる劇場で、入口前で記念撮影をする方もいて、非常に華やいだ雰囲気でした。掲示板に目をやると文楽以外にも落語などの演目もあるようで、肩ひじはらない芸能を幅広く楽しめる場所であることを実感しました。
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天王寺区の宰相山公園にあり、仁徳天皇・天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る三光神社。社伝によれば、寛文元年(1661)に当社は南東方向にある鎌八幡の隣に移転されたが、その後宝永3年(1706)に再び現在地に戻ったという。古くは「日月山神社」とも、「姫山神社」とも呼ばれたらしい。明治11年(1908)に陸奥国青麻の三光宮の分霊を勧請・合祀したことから、「三光神社」と呼ばれ、今日に至っている。「三光さん」は中風封じの神として良く知られており、毎年6月1日から1週間の中風除け祈願の期間には、全国各地から参拝者がやってくる。また、境内は桜の名所としても知られるほか、大阪城と地下道でつながっていると伝えられる「真田の抜け穴」の跡がある。この抜け穴の脇には真田幸村の陣中での指揮姿の銅像が建っている。
一泊二日の弾丸で夫の慰労の旅ということで、夫の希望で姫路城・大阪城を巡る旅です。 大阪城に行くならどうしても行きたい場所ということで、まずは茶臼山で、大坂の陣の本陣があった場所と、ここ三光神社へ行きたいというリクエストがありました。 JR玉造駅から歩いても10分はかかりません。 神社境内に入ると、赤い六文銭が描かれた旗が参道の両側に。 誰が見ても真田ゆかりの神社ということが一目瞭然。 大阪城から地下を掘って出た場所がこの三光神社ということで、その抜け穴と言われる場所があります。 戦国時代が大好きな夫ならではのマニアックな場所、当然私は茶臼山も真田の抜け穴もどちらも知りません。 と言ってたら同年配ぐらいのご夫婦が先客、マニアック仲間がいました。 大阪城はまだかなり距離があり、本当の話だったらすごいなと。 穴自体は、入れませんし小さなものですが、歴史を実際に感じられる場所だと思います。 ちなみに三光神社からは、大手門から入りたかったので徒歩で大阪城に向かいました。 大阪城公園の敷地までは20分、そこからは10分ほどで大手門につきます。
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通天閣に行こうと恵美須町駅で下りて、目の前に通天閣が見える通天閣本通商店街を歩き始めたら右にちょっとディープな雰囲気のアーケード街があったので行ってみました。 シャッターの閉まっているお店もありましたが、食べ物屋さんから洋品店・雑貨店まで昭和感のあるお店が並んでいました。 通りを抜けるとすぐ左に通天閣! 夜はわからないけれど、昼間なら歩いてみるだけでも楽しめる風情のある通りでした。
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東京の秋葉原と並ぶ電化製品小売りの町。界隈の店舗案内をする総合案内所も新設。
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第33代・推古天皇の時代、四天王寺建立と同時期に、聖徳太子が叔父の第32代・崇峻(すしゅん)天皇を偲んで茶臼山に建立したと伝えられ、四天王寺七宮のひとつに数えられる神社。古くから明治中期まで境内の南沿いに美しい堀があり、この堀を越えて参詣したので、「堀越」という名がつけられたという。境内には、かつて八軒家の渡辺の津にあった熊野第一王子の窪津王子が祀られている。交通量の多い谷町筋に面しているが、樹齢数百年におよぶ樹木などによって、境内は閑静な雰囲気を保持している。大阪では、「堀越さんは一生に一度の願いを聞いてくださる神さん」との言い伝えがあり、古くから親しまれている。
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地下鉄谷町線谷町九丁目駅下車徒歩5分。貞観8年(866)、清和天皇の勅令によって難波高津宮の遺跡が探され、あったと定められた地に仁徳天皇を祀る社が建立されたのが始まりとされている。700年後、正親町天皇の天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城を築城した際にご神体を現在地に移したが、第2次世界大戦時の大阪大空襲で神社は悉く全焼。現在の社殿は、戦後に再建されたもの。同社は古典落語「高津の富」「高倉狐」「祟徳院」の舞台として知られ、古くから大坂町人の文化の中心地として賑わっていた。現在も境内にある「高津の富亭」で、五代目桂文枝一門による落語の寄席が定期的に行われている。また、境内に桂文枝の石碑も。春の高津宮桜祭は大勢の花見客で賑わい、夜桜はとくに評判だという。
高津の富や崇徳院などの上方落語の舞台となっています。少し南には、これまた落語の聖地とも言える生魂神社があります。 大通りから北へ一本上がり、建物と建物の間を通り、公園を右手に見て、鳥居をくぐります。落語にある羊羹食べたい!そんなお店はないでしょか?
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【大阪ミナミ】を散策した際、夕方に道頓堀川にかかるこちらの【太左衛門橋】を渡りました。木製の欄干など雰囲気のある造りになっていました。【戎橋】の人混みから避けようと東にあるこちらまで歩いて来たのですが、夕方はこちらも大勢の人でごった返していました。観覧車なども見えますし、ネオンが映る川面の風景も風情がありました。
地下鉄谷町線四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩2分、四天王寺の四箇院のひとつである「施薬院」として推古天皇元年(593)に、聖徳太子によって建立された。施薬院とは、仏教の教えによって設けられたもので、薬草を栽培し、あまねく人々に病に応じてそれを与える福祉施設だった。後に聖徳太子が勝鬘経を人々に講ぜられ、経に登場するシュリーマーラー夫人(勝鬘夫人)の仏像を本堂に祀ったことから、当院は「勝鬘院(しょうまんいんあいぜんどう)」と呼ばれるようになった。また金堂には本尊として、良縁成就・夫婦和合で有名な愛染明王が奉安されていることから、「愛染堂」としても親しまれている。境内には、豊臣秀吉が再建した桃山時代の代表作である、多宝塔(国の重要文化財)のほか、飲むと愛が叶うといわれる「愛染めの霊水」があり、若い女性に人気だ。毎年6月30日、7月1・2日には、大阪の三大夏祭りのひとつとして有名な愛染祭が行われる。
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