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ミナミ(難波・天王寺)の寺・神社・教会 ランキング

1~20(全95件中)
  • 4.02
    評価詳細
    アクセス
    3.51
    人混みの少なさ
    3.63
    バリアフリー
    3.15
    見ごたえ
    3.58

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    1400年前の推古天皇元年(593)、物部守屋と蘇我馬子の合戦に勝利したことを受けて、聖徳太子が四天王を安置するために建立したと伝えられる、日本初の本格的な仏教寺院。その伽藍配置は大陸の影響を色濃く受けた「四天王寺式伽藍配置」といわれるもので、南から北へ向かって中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、それを回廊が囲む形式。日本では最も古い建築様式のひとつだそうだ。仏教の根本精神の実践の場として、中心伽藍の北には、仏法修行の道場である「敬田院」、病者に薬を施す「施薬院」、病気の者を収容し病気を癒す「療病院」、身寄りのない者や年老いた者を収容する「悲田院」の四箇院が設けられている。その後、幾度の戦禍と災難によって伽藍は焼失へ。現在の伽藍は昭和38年(1963)、当初のものを厳密に再興したものだそうだ。全敷地面積33,000坪、甲子園球場の3倍の広さをもつ四天王寺の境内には、聖徳太子を祀っている「太子殿」や、近畿三十六不動尊第一番の霊場の「亀井不動堂」、日本庭園の「極楽浄土の庭」など、たくさんの見どころが。また毎年4月22日、聖徳太子を偲んで行われる「聖霊会舞楽大法要」では、「天王寺舞楽」が舞われている(国の重要無形民俗文化財)。

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    聖徳太子が建立した日本で最古の官寺です。

    • 5.0
    • 旅行時期: 2024/05
    • by hijuno
    593年に聖徳太子が建立した日本最古の官寺です。本尊は救世観音。 伽藍の配置が四天王寺式と呼ばれるもので、中門、塔、金堂続きを読む

    593年に聖徳太子が建立した日本最古の官寺です。本尊は救世観音。 伽藍の配置が四天王寺式と呼ばれるもので、中門、塔、金堂、講堂が一直線に並んでいます。境内は広く、多くの建物が立ち並んでいます。 21日と22日は骨董市が開かれていて、境内には多くの店が立ち並び、とても賑やかでした。

    アクセス
    地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」から徒歩で5分
    営業時間
    4~9月 8:30~16:30 *毎月21・22日 ~17:00
    10~3月 8:30~16:00 *毎月21・22日 ~16:30
    六時堂 8:30~18:00 *毎月21・22日 8:00~
    本坊庭園 9:00~16:00
    休業日
    年中無休(庭園の臨時休園日あり)
    予算
    中心伽藍:大人300円、高大生200円 
    宝物館:大人500円、高大生300円 
    本坊庭園:大人300円、高大生200円

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  • 3.89
    評価詳細
    アクセス
    3.90
    人混みの少なさ
    3.41
    バリアフリー
    3.47
    見ごたえ
    3.79

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    繁華街にあるお寺

    夕飯の予約がしてあった心斎橋にあるお店まで、せっかくだから大阪の繁華街の雰囲気を感じつつ・・と日本橋駅から歩いている時通り続きを読む

    夕飯の予約がしてあった心斎橋にあるお店まで、せっかくだから大阪の繁華街の雰囲気を感じつつ・・と日本橋駅から歩いている時通りかかりました。 法善寺とか法善寺横丁とか、演歌の歌詞で聞き覚えのある名前ですが、 実際には広い通りからちょっと入ったところにあって、見事に苔に覆われた不動明王が鎮座していました。この水掛け不動に地元の人にお作法を教えてもらいつつ、たっぷりお水をかけてお詣りしました。

    アクセス
    地下鉄なんば駅から徒歩5分
  • 3.49
    評価詳細
    アクセス
    3.62
    人混みの少なさ
    3.68
    バリアフリー
    3.48
    見ごたえ
    4.22

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    古来、難波一帯の産土神として信仰を集め、かつては七堂伽藍、子院十二坊を有する繁栄ぶりだったが、兵火に遭い、衰退。明治維新後、神仏分離で寺は廃絶し、昭和20年(1945)の空襲で社殿も焼失した。現在の社殿は戦後に再建されたもの。巨大な獅子頭をかたどった高さ12m、幅11m、奥行10mの絵馬殿がとくに目を引く。毎年1月第3日曜日に行なわれる綱引神事は、祭神の素戔鳴尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、民の困苦を除いたという故事に基づいて始められたもの。平成13年(2001)度、大阪市で初めての無形民俗文化財に指定された。

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    迫力の獅子殿

    • 4.0
    • 旅行時期: 2025/03
    • by hidezou
    難波八阪神社の獅子殿を見たくて訪問せり~ 朝9:00前なのに観光客がワンサカでした…(自分もですけど) 獅子殿前は続きを読む

    難波八阪神社の獅子殿を見たくて訪問せり~ 朝9:00前なのに観光客がワンサカでした…(自分もですけど) 獅子殿前は写真を写す方で混み混み、待って何とか撮りました。 有名なだけあって獅子殿は迫力あり、口の中で演舞等が出来る舞台になってます。 大きな口で勝利を呼び、邪気を飲み勝運(商運)を招くと、学業向上、就職、入試あるいは、会社発展を祈願するために、全国各地からのご参拝者が多いとの事(ネットより)

    アクセス
    各線「なんば駅」から徒歩で5分
    休業日
    無休
    予算
    拝観無料

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  • ピックアップ特集

  • 3.46
    評価詳細
    アクセス
    3.41
    人混みの少なさ
    3.02
    バリアフリー
    3.03
    見ごたえ
    3.66

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    夕陽丘の一角に位置する一心寺は、文治(ぶんじ)元年(1185)、法然(ほうねん)上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだのが始まりとされる浄土宗の寺院。後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に向かって念仏を唱え、極楽生涯を願う「日想観」の修行を行ったといわれる。現在の境内地は、秀吉の夫人高台院からの拝領によるもの。大坂冬・夏の陣では徳川家康の本陣が置かれた場所としても有名だ。また、一心寺は「お骨佛の寺」としても知られ、納骨堂には人骨でつくられた仏像が安置されている。これは、江戸時代末期から宗派を問わず庶民が納骨に訪れ、明治20年(1887)に約5万体の納骨でもって「お骨佛」がつくられて以来、10年ごとに1体の仏像をつくることになった。現在まで12体の仏像がつくられ、納骨堂には戦後の6体が安置されている。建築家でもある現住職の設計による山門や日想殿も見どころ。

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    かつて、大阪冬の陣、夏の陣の激戦の中心にありました。

    • 4.0
    • 旅行時期: 2024/06
    • by hijuno
    かつて、大阪冬の陣、夏の陣の激戦地となった場所にありました。 近くの茶臼山という小高い山には、徳川家康が冬の陣で陣を布き続きを読む

    かつて、大阪冬の陣、夏の陣の激戦地となった場所にありました。 近くの茶臼山という小高い山には、徳川家康が冬の陣で陣を布き、夏の陣では真田幸村が陣を布いています。 今もお寺には多くの参拝者が訪れており、境内の墓地は広く、著名人のお墓や戊辰戦争で命を落とした会津藩士のお墓もあります。 酒封じで有名な本多忠朝のお墓もあり、徳川方の優秀な武将だった本多忠朝が冬の陣で、お酒のために戦いから逃れ、家康の怒りを買い、夏の陣では汚名返上のために奮闘、結局は敗れて討ち死にしてしまうという結末を迎えたといわれていますが、今は、断酒の神様として祀られいました。しゃもじに願いをかき、お墓の周辺には多くのしゃもじが奉納されていました。 大阪の陣などの歴史散策をする際には、その案内所となっている一心寺の存牟堂へまず立ち寄り、情報を得るのをお勧めします。シアターのコーナーもあり、休憩のスペースもあります。パンフレットもあり、とても助かりました。

    アクセス
    1) 地下鉄御堂筋線天王寺駅から徒歩で15分
    2) 地下鉄谷町線四天王寺前夕陽丘駅から徒歩で12分
    3) 地下鉄堺筋線恵比須町駅から徒歩で8分
    営業時間
    9:00~16:00

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  • 3.45
    評価詳細
    アクセス
    3.71
    人混みの少なさ
    3.34
    バリアフリー
    3.13
    見ごたえ
    3.46

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    浪速区恵美須西1丁目に鎮座、大阪の商売の神「えべっさん」として信仰を集める神社。推古天皇の時代に聖徳太子が四天王寺を建立した際、同地西方の鎮護神として祀ったのが始まりとされる。祭神は天照皇大神・事代主命(戎さん)・外三神。戎さんはもともと漁業の守り神であり、古代にはこの辺りは海岸沿いで、海・里・野の諸産物が物々交換される「市」が開かれ、その市の守り神としてもこの戎さんが祀られていたそうだ。その後、福徳を授ける神、商業の繁栄を祈念する神としても篤く信仰されるようになった。とくに江戸時代になると、1月9・10・11日の三日間にわたって「十日戎」の祭礼が開催され、宝恵籠の奉納も行われるようになった。現在では、年の最初の祭りとして十日戎の3日間に約100万人を超える参詣者が訪れ、神社から授与される笹がついた小宝・「吉兆」(きっちょう)を買い求め、活気あふれる。

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    歴史を感じます

    えべっさんで知られる神社です。 石柱に記載されているお名前には、有名企業がカタカナではなく漢字で書かれており、ここから歴続きを読む

    えべっさんで知られる神社です。 石柱に記載されているお名前には、有名企業がカタカナではなく漢字で書かれており、ここから歴史を感じます。 南海・今宮戎駅からすぐの場所にありますが、ひっそりした雰囲気で静かになにわの商売を見守っているかんじがしました。

    アクセス
    1) 南海高野線「今宮戎駅」から
    2) 地下鉄御堂筋線「大国町駅」から徒歩で5分
    3) 地下鉄堺筋線「恵美須町駅」から徒歩で5分
    営業時間
    9:00~17:00
    休業日
    無休
    予算
    拝観無料

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  • 3.45
    評価詳細
    アクセス
    3.42
    人混みの少なさ
    3.83
    バリアフリー
    2.70
    見ごたえ
    3.59

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    天王寺区逢坂1丁目に鎮座、少彦名神(すくなひこなのかみ)、菅原道真を祀る古社。昌泰4年(901)菅原道真が太宰府に左遷された際、河内の道明寺にいた伯母覚寿尼を訪ねて行く途中、ここへ立ち寄って安井(休憩)した。当時、道真に同情した村人がおこしを差し上げると、お礼にと菅原家の紋所「梅鉢」をもらった。これが、今でも大阪名物の「粟おこし」の商標の梅鉢となったといわれている。安居天神社は、その道真の死後の天慶5年(942)、道真の霊を祀るために村人たちが建てたもの。また、当地は四天王寺の僧侶がここで夏安居(げあんご:雨季の間に外出を控え寺院で修行に専念すること)することもあり、「安井」が「安居」になったという。境内には、道真も口にしたといわれる天王寺七名水のひとつ「かんしづめ(癇鎮め)の井」のほか、大坂夏の陣で徳川方に討たれて戦死した真田幸村の記念碑が建つ。

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    真田幸村最後の地

    昔、司馬遼太郎の「真田太平記」を読んで、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。幸村ファンなら、誰でも知っているであろう続きを読む

    昔、司馬遼太郎の「真田太平記」を読んで、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。幸村ファンなら、誰でも知っているであろう幸村最期の地となった場所。都心の中にひっそりとたたずむ神社です。特に何もあるわけではありませんが、好きな人が訪れれば、感慨深い気持ちになります。

    アクセス
    地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」より徒歩6分
  • 3.43
    評価詳細
    アクセス
    3.59
    人混みの少なさ
    3.73
    バリアフリー
    3.06
    見ごたえ
    3.38

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    石山崎(現在の大阪城付近)に生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)を祀ったのが始まりとされる延喜式名神大社。天正8年(1580)の石山合戦の時に焼失したが、天正11年(1583)豊臣秀吉が大阪城を築く際、現在の地に移転。本殿は移転の2年後に造営され、本殿と幣殿をひとつの流造で葺きおろし、正面に千鳥破風、すがり唐破風、千鳥破風の3つの破風を据えたという、神社建築史上ほかに例のない「生國魂造」様式を用いる。現在の本殿は戦後に建て替えられたコンクリート造銅板葺きだが、桃山時代の遺構を伝えているそうだ。毎年6月30日には厄災・病を払う「大祓式」、7月11・12日には「いくたま夏祭」、8月11・12日には「大阪薪能」、9月の第1日曜日とその前日には上方落語の祖である米澤彦八に因んだ「彦八祭」が開催され、大勢の参拝客で賑わっている。地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩3分。

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    大きな神社

    谷町九丁目駅近くにある大きな神社です。 広い敷地にありますし、案内板もたくさん出ていますので、思わず覗いてみたくなりまし続きを読む

    谷町九丁目駅近くにある大きな神社です。 広い敷地にありますし、案内板もたくさん出ていますので、思わず覗いてみたくなりました。 訪問したときには、保育園児たちが遊びに来ていました。 幅広い世代にとって、憩いの場になっているようです。

    アクセス
    地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩で3分
    営業時間
    9:00~17:00 季節により異なる
    休業日
    無休

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  • 3.42
    評価詳細
    アクセス
    3.55
    人混みの少なさ
    3.89
    バリアフリー
    2.96
    見ごたえ
    3.35

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    第33代・推古天皇の時代、四天王寺建立と同時期に、聖徳太子が叔父の第32代・崇峻(すしゅん)天皇を偲んで茶臼山に建立したと伝えられ、四天王寺七宮のひとつに数えられる神社。古くから明治中期まで境内の南沿いに美しい堀があり、この堀を越えて参詣したので、「堀越」という名がつけられたという。境内には、かつて八軒家の渡辺の津にあった熊野第一王子の窪津王子が祀られている。交通量の多い谷町筋に面しているが、樹齢数百年におよぶ樹木などによって、境内は閑静な雰囲気を保持している。大阪では、「堀越さんは一生に一度の願いを聞いてくださる神さん」との言い伝えがあり、古くから親しまれている。

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    堀越神社

    • 5.0
    • 旅行時期: 2023/02
    • by DAMMANN
    堀越神社はなんとあの聖徳太子が四天王寺と共に建てたといわれている由緒ある神社です。神社ですが、夜は中に入れなくなるので、参続きを読む

    堀越神社はなんとあの聖徳太子が四天王寺と共に建てたといわれている由緒ある神社です。神社ですが、夜は中に入れなくなるので、参拝をするのであれば早いうちにしたほうがいいです。このあたりには最近カフェなどもありますので、観光にはもってこいです。

    アクセス
    1) 地下鉄・JR「天王寺駅」から徒歩で約10~15分
    2) 近鉄「あべの駅」から徒歩で約10~15分
    営業時間
    6:00~17:00

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  • 3.41
    評価詳細
    アクセス
    3.62
    人混みの少なさ
    3.83
    バリアフリー
    2.53
    見ごたえ
    3.81

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    天王寺区の宰相山公園にあり、仁徳天皇・天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る三光神社。社伝によれば、寛文元年(1661)に当社は南東方向にある鎌八幡の隣に移転されたが、その後宝永3年(1706)に再び現在地に戻ったという。古くは「日月山神社」とも、「姫山神社」とも呼ばれたらしい。明治11年(1908)に陸奥国青麻の三光宮の分霊を勧請・合祀したことから、「三光神社」と呼ばれ、今日に至っている。「三光さん」は中風封じの神として良く知られており、毎年6月1日から1週間の中風除け祈願の期間には、全国各地から参拝者がやってくる。また、境内は桜の名所としても知られるほか、大阪城と地下道でつながっていると伝えられる「真田の抜け穴」の跡がある。この抜け穴の脇には真田幸村の陣中での指揮姿の銅像が建っている。

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    真田ゆかりの神社、大阪城とつながる「真田の抜け穴」があります

    一泊二日の弾丸で夫の慰労の旅ということで、夫の希望で姫路城・大阪城を巡る旅です。 大阪城に行くならどうしても行きたい場所続きを読む

    一泊二日の弾丸で夫の慰労の旅ということで、夫の希望で姫路城・大阪城を巡る旅です。 大阪城に行くならどうしても行きたい場所ということで、まずは茶臼山で、大坂の陣の本陣があった場所と、ここ三光神社へ行きたいというリクエストがありました。 JR玉造駅から歩いても10分はかかりません。 神社境内に入ると、赤い六文銭が描かれた旗が参道の両側に。 誰が見ても真田ゆかりの神社ということが一目瞭然。 大阪城から地下を掘って出た場所がこの三光神社ということで、その抜け穴と言われる場所があります。 戦国時代が大好きな夫ならではのマニアックな場所、当然私は茶臼山も真田の抜け穴もどちらも知りません。 と言ってたら同年配ぐらいのご夫婦が先客、マニアック仲間がいました。 大阪城はまだかなり距離があり、本当の話だったらすごいなと。 穴自体は、入れませんし小さなものですが、歴史を実際に感じられる場所だと思います。 ちなみに三光神社からは、大手門から入りたかったので徒歩で大阪城に向かいました。 大阪城公園の敷地までは20分、そこからは10分ほどで大手門につきます。

    アクセス
    1) 地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」から徒歩で2分
    2) JR大阪環状線「玉造駅」から徒歩で5分
    営業時間
    9:30~16:00 利用時間は社務所の開いている時間
    休業日
    年中無休
    予算
    拝観無料

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  • 3.40
    評価詳細
    アクセス
    3.34
    人混みの少なさ
    3.89
    バリアフリー
    2.52
    見ごたえ
    3.21

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    地下鉄谷町線谷町九丁目駅下車徒歩5分。貞観8年(866)、清和天皇の勅令によって難波高津宮の遺跡が探され、あったと定められた地に仁徳天皇を祀る社が建立されたのが始まりとされている。700年後、正親町天皇の天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城を築城した際にご神体を現在地に移したが、第2次世界大戦時の大阪大空襲で神社は悉く全焼。現在の社殿は、戦後に再建されたもの。同社は古典落語「高津の富」「高倉狐」「祟徳院」の舞台として知られ、古くから大坂町人の文化の中心地として賑わっていた。現在も境内にある「高津の富亭」で、五代目桂文枝一門による落語の寄席が定期的に行われている。また、境内に桂文枝の石碑も。春の高津宮桜祭は大勢の花見客で賑わい、夜桜はとくに評判だという。

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    落語の聖地です

    高津の富や崇徳院などの上方落語の舞台となっています。少し南には、これまた落語の聖地とも言える生魂神社があります。 大通り続きを読む

    高津の富や崇徳院などの上方落語の舞台となっています。少し南には、これまた落語の聖地とも言える生魂神社があります。 大通りから北へ一本上がり、建物と建物の間を通り、公園を右手に見て、鳥居をくぐります。落語にある羊羹食べたい!そんなお店はないでしょか?

    アクセス
    地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩で5分
    営業時間
    9:00~16:30

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  • 宿公式サイトから予約できる大阪のホテルスポンサー提供

  • 3.38
    評価詳細
    アクセス
    3.56
    人混みの少なさ
    4.04
    バリアフリー
    3.34
    見ごたえ
    3.40

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    地下鉄谷町線四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩2分、四天王寺の四箇院のひとつである「施薬院」として推古天皇元年(593)に、聖徳太子によって建立された。施薬院とは、仏教の教えによって設けられたもので、薬草を栽培し、あまねく人々に病に応じてそれを与える福祉施設だった。後に聖徳太子が勝鬘経を人々に講ぜられ、経に登場するシュリーマーラー夫人(勝鬘夫人)の仏像を本堂に祀ったことから、当院は「勝鬘院(しょうまんいんあいぜんどう)」と呼ばれるようになった。また金堂には本尊として、良縁成就・夫婦和合で有名な愛染明王が奉安されていることから、「愛染堂」としても親しまれている。境内には、豊臣秀吉が再建した桃山時代の代表作である、多宝塔(国の重要文化財)のほか、飲むと愛が叶うといわれる「愛染めの霊水」があり、若い女性に人気だ。毎年6月30日、7月1・2日には、大阪の三大夏祭りのひとつとして有名な愛染祭が行われる。

    アクセス
    地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」から徒歩で2分
    休業日
    年中無休
    予算
    参拝・拝観無料

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  • 3.37
    評価詳細
    アクセス
    3.58
    人混みの少なさ
    3.62
    バリアフリー
    2.95
    見ごたえ
    3.93

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    大事なことは聖徳太子の思いを踏まえたその世界観の継承

    四天王寺の建物は鉄筋コンクリートで復元されたものが多くて、この金堂も昭和36年の再建。法隆寺の金堂を基本として復元されたも続きを読む

    四天王寺の建物は鉄筋コンクリートで復元されたものが多くて、この金堂も昭和36年の再建。法隆寺の金堂を基本として復元されたものだそう。寺の本堂にあたる建物ですけど、中はどうなっているのかなあと思ったら、本尊の救世観世音菩薩とその四方に四天王像が配されて、しっかり荘厳な雰囲気。ただ、建物の空間に対して、けっこうスカスカでその時はやっぱり残っている仏像は限られているから仕方ないんだろうなと理解しましたが、調べるとそうではない。救世観世音菩薩は平櫛田中作だし、四天王像は京都の仏師、松久朋琳・宗琳の作。飛鳥時代の時代考証をしたうえでの作だと思いますが、当時のものと言われていても信じていたと思います。もちろん当時のものが残っていればそれがいいに決まっていますが、そうでなくても大事なことは聖徳太子の思いを踏まえたその世界観の継承。そういう意味では十分にその役割を果たしているのではないかと思います。

    住所
    大阪府大阪市天王寺区四天王寺町1-1-18
  • 3.35
    評価詳細
    アクセス
    3.48
    人混みの少なさ
    3.84
    バリアフリー
    3.26
    見ごたえ
    3.28

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    勝鬘院(愛染さん)の近くに鎮座、聖徳太子によって建立された、四天王寺七宮(上之宮・小儀・土塔・乾・河堀・堀越・久保)のうちのひとつ。四天王寺の乾(いぬい=戌亥=西北)に位置しているから、江戸時代では「乾社」と呼ばれていた。また毘沙門天を祀っていたので、「毘沙門堂」ともいった。『摂津名所図会』には、乾社のお祭りを描いた「六月十六日勝曼阪毘沙門祭」の挿絵が描かれている。慶応3年(1867)には大江神社に改称。毘沙門天も明治維新後の神仏分離で大津坂本に移ったという。また、明治40年(1907)には、上之宮・小儀・土塔が大江神社へ合祀された。かつては夕陽の名所だったことから、境内には「夕陽岡」の碑があり、歌人・藤原家隆が晩年を過ごした「夕陽庵」もこの辺りにあったという。

    アクセス
    地下鉄谷町線四天王寺前夕陽丘駅から徒歩で0.10km
  • 3.35
    評価詳細
    アクセス
    3.50
    人混みの少なさ
    3.55
    バリアフリー
    2.85
    見ごたえ
    3.73

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    住所
    大阪府大阪市天王寺区四天王寺1丁目
  • 3.35
    評価詳細
    アクセス
    3.33
    人混みの少なさ
    3.88
    バリアフリー
    2.67
    見ごたえ
    3.64

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    住所
    大阪府大阪市天王寺区餌差町2番22号
  • 3.35
    評価詳細
    アクセス
    3.38
    人混みの少なさ
    3.83
    バリアフリー
    2.72
    見ごたえ
    3.57

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    住所
    大阪府大阪市天王寺区伶人町5-8
  • 3.34
    評価詳細
    アクセス
    3.91
    人混みの少なさ
    3.66
    バリアフリー
    3.58
    見ごたえ
    3.69

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    国道沿いにあります

    サイクリングに来ていて、国道沿いを走っていた際に、敷津松之宮の前を通りました。別名、大国主神社とも呼ばれているようです。 続きを読む

    サイクリングに来ていて、国道沿いを走っていた際に、敷津松之宮の前を通りました。別名、大国主神社とも呼ばれているようです。 国道沿いとあって参拝客も多くて、活気ある神社でした。造られた年数は不明ですが、歴史ある感じでした。入口の大きな鳥居も貫禄があります。車の駐車場が少ないので、参拝客は地下鉄、自転車、近所の方って感じです。

    住所
    大阪府大阪市浪速区敷津西1丁目2-12
  • 3.34
    評価詳細
    アクセス
    3.44
    人混みの少なさ
    4.43
    バリアフリー
    3.28
    見ごたえ
    3.33

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    阪堺電車の東天下茶屋駅から、もとの熊野街道を南へ約5分。安倍晴明神社は、近年ブームの陰陽師・安倍晴明を祀る、占いの発祥地でもある。安倍晴明は阿倍野の豪族だった父・阿倍保名(あべやすな)と葛の葉と名乗る白狐の間に生まれた伝説がある。葛の葉の正体が白狐であることがばれた時に、障子に葛の葉が書き残した歌「恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」は、あまりにも有名。社伝によると、安倍晴明神社は、晴明没後2年の寛弘4年(1007)の創設とされている。境内には、江戸の文政年間に建設された晴明誕生の地を示す碑や、産湯の跡などがあり隆盛を極めたが、幕末に衰退へ。大正10年(1921)、50m南にある安倍王子神社の末社として復興、大正14年(1915)には現在の社殿が建てられたという。境内で実施されている、日替わりの占いコーナーも大人気。

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    像がありました。

    すぐおとなり(ちょっとだけ建物や道を挟むが)にある阿倍王子神社とはなにげに「あべの」の漢字が違います。安倍晴明がルーツにな続きを読む

    すぐおとなり(ちょっとだけ建物や道を挟むが)にある阿倍王子神社とはなにげに「あべの」の漢字が違います。安倍晴明がルーツになっているというか生誕の地が神社になっているようで、境内には産湯の井戸跡もありました。想像以上にこじんまりとした境内でしたが、見るべきものがたくさんあって楽しめました。

    アクセス
    阪堺上町線東天下茶屋駅から徒歩で5分東南へ
  • 3.34
    評価詳細
    アクセス
    3.57
    人混みの少なさ
    3.89
    バリアフリー
    3.00
    見ごたえ
    3.30

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    鞴神社(ふいごじんじゃ)は、生國魂神社(いくたまじんじゃ)の境内にある8つの末社のうちのひとつ。祭神は天目一箇神(あまのめひとつのかみ)、香具土(かぐつち)神など。鞴(ふいご)は火をおこす道具で、鍛冶の神、カマドの神として信仰を集めている。毎年11月8日には、鍛冶(かじ)や鋳物業の繁盛を祈願する伝統行事「鞴(ふいご)祭り」が行われる。日本美術刀剣保存協会ら大勢の参拝客を前に、5人の刀匠が鞴を使っておこした火で玉鋼を真っ赤に焼き、大鎚(づち)を振り下ろして鍛錬、奉納する。

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    社殿や石の鳥居も立派で、見ごたえがありました。

    大阪の谷町九丁目駅から【生國魂神社】を訪れた際、境内にいくつもある摂社や末社のひとつで、鞴という火をおこす際に使った風を送続きを読む

    大阪の谷町九丁目駅から【生國魂神社】を訪れた際、境内にいくつもある摂社や末社のひとつで、鞴という火をおこす際に使った風を送るための道具の名前を冠しており、非常に興味深く感じました。宮崎駿のアニメ「もののけ姫」にも描かれる通り、製鉄には欠かせない火への信仰を感じることができました。 また、社殿や石の鳥居も立派で、神社らしい風格が感じられ見ごたえがありました。

    アクセス
    地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩で5分
    営業時間
    [11月8日~] 鞴祭

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  • 3.34
    評価詳細
    アクセス
    4.19
    人混みの少なさ
    4.12
    バリアフリー
    2.95
    見ごたえ
    3.47

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    赤い門が目立つ

    谷町九丁目あたりになると、お寺が目立ってきます。 とにかく隣り合うようにたくさんあります。 この藤次寺も、赤い門が目立続きを読む

    谷町九丁目あたりになると、お寺が目立ってきます。 とにかく隣り合うようにたくさんあります。 この藤次寺も、赤い門が目立ち、つい足を運びたくなります。 この都会に並ぶたくさんのお寺、天王寺区という地名からも納得してしまいそうです。

    アクセス
    地下鉄・谷町線 谷町九丁目駅より徒歩
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