2026/02/24 - 2026/03/04
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nichiさん
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高松からJR予讃線に乗って丸亀駅で下車しました。
目的は丸亀城です。
でも、この日は大雨の為、丸亀城内にある丸亀市立資料館へ。
ここで丸亀城主だった3つの家について知ることができました。
元々ココには室山時代の砦がありましたが、天正15年(1587年)に豊臣秀吉の命で生駒親正が讃岐の領主となって高松城を築城。そして西の守りの為に亀山に城を築いて亀山城と名付けました。
亀山城には親正の子であった一正が城主として入城しました。
慶長5年(1600年)の関ケ原の戦いの際、生駒家を守るため、父親正は西軍、息子一正は東軍に味方します。
真田親子みたいですね。
関ヶ原の後、負けた西軍の親正は出家し、一正は讃岐の領主となって高松城の城主となります。
江戸時代になって一国一城令で丸亀城は廃城となり、生駒家は4代続きましたがお家騒動で出羽の国へ改易となりました。
そして幕府の命で肥後の国から山崎家治が丸亀城の城主となり、丸亀藩を立藩しました。
この頃、最初の丸亀の城下町が築かれています。
山崎家は3代で後継ぎが無く、今度は播磨から京極高次が城主となり、城や街を再整備します。
その後京極家は7代続いて明治維新を迎えています。
明治時代になると、丸亀城は藩庁として使われていましたが、その後陸軍の管轄となり、廃城令があったにもかかわらず、大手門や天守は見事に残りました。
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高松からIR予讃線で約30分。
丸亀駅に到着しました。 -
駅のコインローカーにコロコロの荷物2つを預け、大雨の中、丸亀の街に出てみます。
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ド~ンと広い南口。
近代的な建物の現代美術館がある以外、何もないただ広い駅前。
何か誘致したけど失敗したのかな?
再開発前の写真を拝見しましたが、駅舎も駅前も前の方が良かったのでは? -
大雨の中、南に進みます。
途中、6階建てか7階建てのドン・キホーテがありました。
元、ダイエーの丸亀店があった所のようです。
さらに大雨の中、南に進むと、丸亀城が見えてきました。 -
標高66mの亀山に築かれたお城です。
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石垣のお城として全国的に有名です。
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内堀越しに大手二の門。
そして右には大手一の門の白い櫓。
奥には山の上に天守が見えます。 -
内堀を渡って、丸亀城に向かいましょう。
大雨なので、今日は天守には向かわず、丸亀市立資料館へ。 -
広く大きな内堀ですね~
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丸亀城の内堀は、ほぼ完全に残存しているのだそうです。
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大手二の門をくぐって桝形虎口の中に入ると右に大手一の門。
-
大手一の門をくぐって振り返ります。
この櫓の中に太鼓があって、城下に時を知らせたそうです。 -
大雨の中、三の丸や二の丸に向かわず、右の方に進みます。
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玄関先御門が見えてきました。
薬医門ですね。 -
そして丸亀市立資料館へ。
雨が酷いので、早く建物の中に入りましょう。
入場は無料です。 -
2階が展示室で、丸亀城の城主だった、生駒家、山崎家、京極家に関する展示です。
これは嬉しい!! -
この図は上が南です。
瀬戸内海が下になってます。
山崎氏の時の城と城下町の絵図です。
外堀の内側に家臣が居住する侍町があります。
北側(下)には寺町があり、有事の際に城を防衛する拠点になっています。
海に面した所には町人町があり、武士と町人で住む場所が分かれ、職業によっても区分されていたようです。 -
で、こちらが京極家の時の丸亀城の絵図です。
大きなお城になりましたね。 -
ここから丸亀城の城主だった3つの家について。
まずは生駒家。
この掛け軸は、織田信長から豊臣秀吉に仕えた生駒正親。
関ヶ原の戦いの後で出家していますね。
生駒家は4代続き、お家騒動で出羽の国へ改易となりました。 -
こちらは山崎氏。
幕府の命で生駒氏に代わって肥後の国から山崎家治が丸亀城の城主となり、丸亀藩を立藩しました。
山崎家は3代で後継ぎが無く、改易となっています。 -
で、山崎氏に代わって丸亀城主になった京極氏。
明治維新まで7代続いた京極家です。 -
京極家って、戦乱の世の中、信長~秀吉~家康に翻弄されて、転々として生き延びてきたのですね。
石高は、高島の2500石から松江の264200石とずいぶん差があります。
一番長かった丸亀藩は60000石だったのですね。 -
幕府から山崎氏に送られた書状(複製)です。
丸亀城の建築費として銀300貫目が与え、この年の参勤交代を免除することを伝えています。
この時の幕府って太っ腹だったのでしょうか?
江戸幕府老中3名の花押がありますね。 -
これは、幕府から山崎氏宛てですが、丸亀城の石垣や堀、櫓の修理を許可する旨の書状(複製)です。
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山崎家が3代で後継ぎが無かった為、備中に国替えを命じられた書状(複製)です。
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これが、山崎氏に代わって丸亀城主になった京極高次です。
幼少の頃は織田信長に人質として仕えていた高次です。
母は浅井長政の姉のマリアでキリシタンです。
秀吉に可愛がられ、関ケ原の戦いでは大津城で西軍の関ケ原への進軍を止め、家康に認められます。
京極家はこの後丸亀城主として7代続き、明治維新を迎ええます。 -
京極高次の妻は、浅井長政の妻で織田信長の妹であったお市の方の娘のお初です。
そのお初が、妹のお江から夫であった徳川秀忠との間の初姫を養子にしています。
この手紙はお江がお初の娘となった初姫に宛てた手紙です。
達筆すぎて読めないけど、綺麗ですね。
お江は徳川三代将軍である徳川家光の母になります。 -
これもお江から初姫に宛てた手紙です。
読めないけど、美しいですね。
「散らし書き」という手法だそうです。
挨拶やお礼が書かれているようですが、生母が娘に宛てた愛ある手紙のようです。 -
京極高次の次男であった京極忠高です。
妻は徳川秀忠とお江の娘であった初姫です。
つまりいとこ同士で結婚しているのですね。
京極家は徳川家とのつながりを重視していたためのようです。
忠孝は松江城主として有名で、京極家最大の26万石を納める領主になっています。 -
七代続いた京極家の丸亀城主の絵が並んでいますね、
-
この方は、京極家七代目丸亀城主の京極朗徹。
幕末の動乱を乗り越え、明治になって丸亀藩の知事に就任しています。
丸亀藩は廃藩置県で明治4年に丸亀県になっています。 -
ココから先は丸亀の伝統工芸品や文化の展示です。
これは盆燈篭の模型です。
故人の霊を迎える美しい装飾です。 -
この絵に目が留まりました。
洋館の前を、盆燈篭を吊るした長い竿を肩にかけた人が歩いていますね。 -
糸車ですね。
左は機織りで横糸を通すための刀杼ですね。 -
広報誌「まるがめ」の表紙だった絵です。
機を織る女性が描かれています。
障子の外に雪が降った屋根となまこ壁の民家が見えます。 -
これは「亥の子石」といって、旧暦10月の最初の亥の日に行われた「亥の子」という行事で使われていた石です。
子供たちがこの石を曳いて、一軒一軒巡り、家の前で歌を歌いながら上下に石をつきました。
その家庭は子供たちに餅や菓子を振舞ったそうです。 -
これが亥の子の様子を表す絵ですね。
子供たちが家の前で歌を歌いながら上下に石をついている様子です。
これも広報誌「まるがめ」の表紙の絵です。
素敵ですね。 -
丸亀の注連縄ですね。
正月に家の中に災いが入り込まないように年神様を迎える為の結界です。 -
丸亀の注連縄をつくる絵です。
これも広報誌「まるがめ」の表紙の絵です。
顔が怖いけど・・・ -
咸臨丸?
なんで~~? -
この説明書きを読んでビックリ~~
咸臨丸は、勝海舟を艦長として日本人のみで太平洋を横断したことは有名ですが、実際に艦の操船をあたった水夫50名のうち、35人が丸亀の塩飽諸島の島民だったそうです。
塩飽諸島は古くから「日本有数のプロ船乗り集団の島」で、幕府から特別な航海役務を任されてきたようです。
咸臨丸で水夫に抜擢されたのも、当然だったようです。 -
讃岐木綿を織った織機です。
丸亀藩の城下では、さぬき三白の一つであった綿が多く産出されました。
さぬき木綿として各地に出荷され、藩の財政を潤していたのですね。 -
丸亀市立資料館を出て、駅近くのアーケードにやってきました。
-
えっ?
16時30分ですが、ほとんどのお店が開いてません。 -
ここは老舗店を利用した、まちの駅。
入ろうと思ったら、仲間内のおばちゃんたちが、お茶飲んで話し込んでいるようで、入りづらい。
パスしました。 -
空いているお店がほとんどない、シャッター商店街です。
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これは深刻ですね。
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駅から反対側の北側の港近くの居酒屋真さんにやってきました。
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カウンターの席に案内され、生ビールで乾杯!
香川県最後の夜です。 -
おでん
こんにゃく
たまご
大根
牛すじ -
焼き鳥
ねぎま
かわ
せせり
はつ -
つくね
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日本酒にしました!
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すりきれ~~
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しいたけ
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香川名物の骨付き鶏です!
この後、シニア夫婦は日本酒を2合づつ飲んだかな?
美味しかったね~ -
丸亀駅のコインロッカーで荷物をピックアップして、タクシーに乗ります。
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タクシーでわずか5分。
歩いたら30分かな? -
オークラホテル丸亀に到着しました。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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チェックイン!
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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真向かいの眩しい光は、丸亀競艇場です。
巨大な施設でした。
今や丸亀市の大きな収入源なんだそうです。 -
大きなホテルですね~~
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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部屋は10階です。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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お部屋へ。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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アサインされたのは1015号室です。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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お部屋の中へ。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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ツインルームです。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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ベッドが大きめですね。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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このようなスペースもあります。
冷蔵庫が小さいですね。オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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窓からの景色です。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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光っているのは瀬戸大橋ですね。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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瀬戸内海の奥のあっちは岡山県。
オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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ユニットです。
バストイレが一緒なのが残念・・・
ビジネスホテルみたいですね~
ここのシャワーは浴びないので、まいっか~~オークラホテル丸亀 宿・ホテル
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シニア夫婦は、酔いを醒ましてから展望風呂へ。
瀬戸内海のパノラマを望むことができました。 -
部屋に戻ってシニア夫婦は缶ビール飲みながら瀬戸内海&瀬戸大橋をながめます。
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素敵ですね~
つづく
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この旅行記へのコメント (2)
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- 横浜臨海公園さん 2026/04/29 03:53:46
- 昔の丸亀
- nichiさま、おはようございます。
旅行記を篤と拝見させて頂きました。
小生、昭和58年(1983年)に初めて丸亀訪問当時は、駅が現在の駅前広場にあり、駅本屋も駅構内も風情を有し仰せの様に風格があり、また駅前商店街もソレなりに活気を帯びておりましたが、丸亀駅高架化工事着工で旧駅と商店街が事実上分断されてしまい、更に瀬戸大橋開通で、地元の方々は買い物飲食は岡山に出る様になってから、高松市内のライオン通りと共に衰退の一途を辿ってしまい、今や見る影も無くなってしまいました。
名古屋以西で商店街が衰退廃絶一歩手前と化した所として丸亀駅以外では、近鉄四日市駅、山陽本線柳井駅が著しいと考えております。
以前丸亀出身の女子学生を扱った事がございましたが、1人子ながら、卒業後は地元香川に魅力などは無く、帰る意思は無いとはっきり断言し、事実東京の商社に就職しました。
次作旅行記上程を心待ちにしております。
横浜臨海公園
- nichiさん からの返信 2026/04/29 21:59:27
- Re: 昔の丸亀
- 横浜臨海公園さん
こんばんは
コメントありがとうございます。
>小生、昭和58年(1983年)に初めて丸亀訪問当時は、駅が現在の駅前広場にあり、駅本屋も駅構内も風情を有し仰せの様に風格があり、また駅前商店街もソレなりに活気を帯びておりましたが、
→再開発前の丸亀駅をご存じなのですね。ネットで写真は拝見しました。
そもそも商店街と駅が離れていて、何か不自然に感じました。
>丸亀駅高架化工事着工で旧駅と商店街が事実上分断されてしまい
→では、この駅前再開発の目的は何だったのでしょう?
やたらと広い、何もない駅前広場ですね。
本四架橋開通の影響で衰退した街は、今治を拝見したことがあります。
しまなみ海道の開通で、港町今治は壊滅的になり、今治発の瀬戸内海航路はほとんど廃止。大丸と高島屋が撤退。見たこともないような、なが~いシャッター商店街を歩きました。
高松の日本一の長いアーケードは一時の危機を乗り越え、三越を中心に活気があって素晴らしかったです。
丸亀も何とか復活してほしいですね。
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