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高松で朝を迎えました。<br />今日は高松で行きたかった場所の一つである高松城へ。<br />歴史好きには一度訪れたい生駒氏~松平氏のお城です。<br />海城と言われるだけあって、一方は海に面していて、三方を囲む堀は海水。<br />堀に船着場があって、瀬戸内海にすぐに船で出れる(出撃できる)城でした。<br />ここで瀬戸内海の水運をおさえていたのですね。<br />「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われていたようです。<br />全国的にも珍しい海城だったのですね。

8日間で香川県をクルっと巡ってきました。⑭高松初日は高松城へ。海城だ~~

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2026/02/24 - 2026/03/04

1898位(同エリア1974件中)

nichi

nichiさん

高松で朝を迎えました。
今日は高松で行きたかった場所の一つである高松城へ。
歴史好きには一度訪れたい生駒氏~松平氏のお城です。
海城と言われるだけあって、一方は海に面していて、三方を囲む堀は海水。
堀に船着場があって、瀬戸内海にすぐに船で出れる(出撃できる)城でした。
ここで瀬戸内海の水運をおさえていたのですね。
「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われていたようです。
全国的にも珍しい海城だったのですね。

  • 早朝!<br />部屋からの景色です。<br />日の出前です!

    早朝!
    部屋からの景色です。
    日の出前です!

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • 顔洗って部屋でコーヒー飲んでたら、陽が上ってきました。<br />ちょうど、長~いアーケードの延長上に朝陽があります。<br /><br />さあシニア夫婦はランニングに出発です。<br />土地勘が無いので、判りやすい大通りを走りました。<br />約5㎞を30分。<br />初めての街はキョロキョロしながら走ってしまいます。

    顔洗って部屋でコーヒー飲んでたら、陽が上ってきました。
    ちょうど、長~いアーケードの延長上に朝陽があります。

    さあシニア夫婦はランニングに出発です。
    土地勘が無いので、判りやすい大通りを走りました。
    約5㎞を30分。
    初めての街はキョロキョロしながら走ってしまいます。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • シニア夫婦はホテルに戻り、ザッとシャワーを浴び、洗濯物を持って3階のコインランドリーに寄ってから朝食へ。

    シニア夫婦はホテルに戻り、ザッとシャワーを浴び、洗濯物を持って3階のコインランドリーに寄ってから朝食へ。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • ビュッフェ形式の朝食です。

    ビュッフェ形式の朝食です。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • メニューは豊富です。<br />地物の食材も多く並んでますね。

    メニューは豊富です。
    地物の食材も多く並んでますね。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • 私の朝食。<br />アッサリ系の身体に良さそうなものが多いです。

    私の朝食。
    アッサリ系の身体に良さそうなものが多いです。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • コインランドリーで洗濯物が仕上がるのを待ってから出発です。<br /><br />ホテルの入口にこの装飾。<br />高松東急REIホテルは3月末で閉店です。<br />43年間の感謝のゲート装飾でした。<br />私たちは初めての来訪ですが、長い間、ご苦労様でした。

    コインランドリーで洗濯物が仕上がるのを待ってから出発です。

    ホテルの入口にこの装飾。
    高松東急REIホテルは3月末で閉店です。
    43年間の感謝のゲート装飾でした。
    私たちは初めての来訪ですが、長い間、ご苦労様でした。

    高松東急REIホテル 宿・ホテル

  • ホテルを出て歩いて高松駅にやってきました。

    ホテルを出て歩いて高松駅にやってきました。

  • この像は何?<br />アニメチックな青鬼君?<br /><br />香川県の観光客を迎えるキャラクターなのですね。

    この像は何?
    アニメチックな青鬼君?

    香川県の観光客を迎えるキャラクターなのですね。

  • 左はJR高松駅<br />右はJRホテル<br />その右奥には高松港があります。<br /><br />宇高連絡船で列車ごと岡山まで結ばれていたのですね。

    左はJR高松駅
    右はJRホテル
    その右奥には高松港があります。

    宇高連絡船で列車ごと岡山まで結ばれていたのですね。

  • ガラス張りで近代的な高松駅ですね。

    ガラス張りで近代的な高松駅ですね。

  • 駅構内に入ってみました。<br />ここが終点駅であることがわかりますね。

    駅構内に入ってみました。
    ここが終点駅であることがわかりますね。

  • ここに多くの客車や貨車が並んで、宇高連絡船で岡山に運ばれていったのかな~?

    ここに多くの客車や貨車が並んで、宇高連絡船で岡山に運ばれていったのかな~?

  • 周辺案合図を見るとよくわかります。<br />高松駅の先に高松港があって、流通はつながっていたことを想像しちゃいます。

    周辺案合図を見るとよくわかります。
    高松駅の先に高松港があって、流通はつながっていたことを想像しちゃいます。

  • 宇高連絡船の鉄道レールモニュメントがありました。<br /><br />ここはその埠頭があった所です。<br />香川県の高松と岡山県の宇部を結んでいました。<br /><br />就航したのは、なんと明治43年(1910年)だったのですね。<br />瀬戸大橋が開通した昭和63年(1988年)にその役目を終えたわけですが、78年間も船で鉄道を運んでいたのですね。<br />

    宇高連絡船の鉄道レールモニュメントがありました。

    ここはその埠頭があった所です。
    香川県の高松と岡山県の宇部を結んでいました。

    就航したのは、なんと明治43年(1910年)だったのですね。
    瀬戸大橋が開通した昭和63年(1988年)にその役目を終えたわけですが、78年間も船で鉄道を運んでいたのですね。

  • で、これがそのモニュメントです。

    で、これがそのモニュメントです。

  • 港につながるレールがかつて青函連絡船まで線路がつながっていたことを想起させます。

    港につながるレールがかつて青函連絡船まで線路がつながっていたことを想起させます。

  • 線路のモニュメントは、高松港旅客ターミナルビルの中につながっています。

    線路のモニュメントは、高松港旅客ターミナルビルの中につながっています。

  • JRホテルの横を抜けて行くと、

    JRホテルの横を抜けて行くと、

  • すぐ隣は高松城址(玉藻公園)です。

    すぐ隣は高松城址(玉藻公園)です。

  • ココに来たかったんだよな~<br /><br />グルっと巡ってみましょう。

    ココに来たかったんだよな~

    グルっと巡ってみましょう。

  • 西門から城内に入ります。

    西門から城内に入ります。

  • 入場料は、200円×2名

    入場料は、200円×2名

  • この高松城は、織田信長そして豊臣秀吉の家来だった生駒親正によって築城されました。<br />生駒氏は、4代54年続きますが、江戸初期の寛永17年(1640年)に出羽の国矢島(今の秋田県由利本荘市)に移されました。<br />その後は、松平頼重(水戸光圀の兄)が入り、明治維新まで11代228年もの長きにわたり松平が高松城の城主で高松藩を治めていました。

    この高松城は、織田信長そして豊臣秀吉の家来だった生駒親正によって築城されました。
    生駒氏は、4代54年続きますが、江戸初期の寛永17年(1640年)に出羽の国矢島(今の秋田県由利本荘市)に移されました。
    その後は、松平頼重(水戸光圀の兄)が入り、明治維新まで11代228年もの長きにわたり松平が高松城の城主で高松藩を治めていました。

  • 中に入って振り返ると高松港にあるJRホテルが見えます。

    中に入って振り返ると高松港にあるJRホテルが見えます。

  • かつてココには鉄門(くろがねもん)がありました。<br />この両側の石垣を渡すように建てられた櫓門だったようです。<br />ここで、お城の三の丸から二の丸に入ります。

    かつてココには鉄門(くろがねもん)がありました。
    この両側の石垣を渡すように建てられた櫓門だったようです。
    ここで、お城の三の丸から二の丸に入ります。

  • 内堀です。<br />生駒家に代わって松平家が高松藩の藩主になった際、初代藩主頼重は<br />「讃岐の国は、海辺の国なれば、水練は武道の一班たるべし」<br />と命じ、堀で藩士に水練の指導を指せたそうです。<br />「水任流」という和泳法で、無形文化財として今でも受け継がれています。

    内堀です。
    生駒家に代わって松平家が高松藩の藩主になった際、初代藩主頼重は
    「讃岐の国は、海辺の国なれば、水練は武道の一班たるべし」
    と命じ、堀で藩士に水練の指導を指せたそうです。
    「水任流」という和泳法で、無形文化財として今でも受け継がれています。

  • これは水門です。<br />堀と海の間にあります。<br /><br />堀の水位は潮の干満によって変わりますが、水門によって水位調整を行うことが可能です。<br />因みに潮位差は約3mだそうです。<br />そんなにあるのね~

    これは水門です。
    堀と海の間にあります。

    堀の水位は潮の干満によって変わりますが、水門によって水位調整を行うことが可能です。
    因みに潮位差は約3mだそうです。
    そんなにあるのね~

  • 水門の海側です。<br />ココだけ堀とつながっています。

    水門の海側です。
    ココだけ堀とつながっています。

  • シニア夫婦はこの図に見入ってしまいました。<br /><br />北側(下)は海に面し、残り三方は内堀、中堀、外堀の三重の堀に囲まれています。<br />明治時代に埋め立てが進み、築港工事の影響で堀は海とは接しなくなりました。<br />

    シニア夫婦はこの図に見入ってしまいました。

    北側(下)は海に面し、残り三方は内堀、中堀、外堀の三重の堀に囲まれています。
    明治時代に埋め立てが進み、築港工事の影響で堀は海とは接しなくなりました。

  • 堀に船が描かれています。<br />屋根付きの門に船が接岸されていますね。<br />城内を船で行き来していたことが判ります。

    堀に船が描かれています。
    屋根付きの門に船が接岸されていますね。
    城内を船で行き来していたことが判ります。

  • 城内の海沿いを東に歩きます。

    城内の海沿いを東に歩きます。

  • 右側の庭園に入ってみます。

    右側の庭園に入ってみます。

  • 大正時代になって、松平家の第12代当主の松平?壽が、かつて三の丸に存在した藩主御殿の跡地に、新たな迎賓施設として披雲閣を建築し庭園を造営しました。<br />それがココ披雲閣庭園です。

    大正時代になって、松平家の第12代当主の松平?壽が、かつて三の丸に存在した藩主御殿の跡地に、新たな迎賓施設として披雲閣を建築し庭園を造営しました。
    それがココ披雲閣庭園です。

  • 奥に進んでみます。

    奥に進んでみます。

  • 飛び石の上を歩いて行きます。

    飛び石の上を歩いて行きます。

  • 綺麗に整備されていますね~

    綺麗に整備されていますね~

  • 松も素敵に手入れされています。

    松も素敵に手入れされています。

  • 右奥にチラッと屋根が見える建物が披雲閣ですね。

    右奥にチラッと屋根が見える建物が披雲閣ですね。

  • この松も立派だな~

    この松も立派だな~

  • 庭園の中には枯川があって、そこに橋が架かっています。

    庭園の中には枯川があって、そこに橋が架かっています。

  • 広い庭園ですね~

    広い庭園ですね~

  • こちらが披雲閣ですね。

    こちらが披雲閣ですね。

  • 大正6年(1917)に建設された披雲閣は、高松城の三の丸に旧高松城主の高松松平家の別邸として、そして香川を訪れる賓客をもてなす迎賓館として使われました。

    大正6年(1917)に建設された披雲閣は、高松城の三の丸に旧高松城主の高松松平家の別邸として、そして香川を訪れる賓客をもてなす迎賓館として使われました。

  • 披雲閣の前から庭の眺めてみました。

    披雲閣の前から庭の眺めてみました。

  • 部屋の名前と木々の名がリンクしているそうです。<br />庭との一体感があるのですね。

    部屋の名前と木々の名がリンクしているそうです。
    庭との一体感があるのですね。

  • 現在はお茶会やコンサート、撮影会など多彩なイベントで利用されています。<br />平成24年7月9日には国の重要文化財に指定されました。

    現在はお茶会やコンサート、撮影会など多彩なイベントで利用されています。
    平成24年7月9日には国の重要文化財に指定されました。

  • 再び飛び石の庭を歩き、

    再び飛び石の庭を歩き、

  • このような所を通り、

    このような所を通り、

  • 披雲閣庭園から外に出ます。

    披雲閣庭園から外に出ます。

  • 目の前には櫓。<br />お城だ~~

    目の前には櫓。
    お城だ~~

  • 月見櫓です。<br />北之丸の最北端にあります。

    月見櫓です。
    北之丸の最北端にあります。

  • 瀬戸内海を監視するためにつくられた隅櫓です。<br />総塗籠造りの3重3階・入母屋造・本瓦葺きですね。

    瀬戸内海を監視するためにつくられた隅櫓です。
    総塗籠造りの3重3階・入母屋造・本瓦葺きですね。

  • 月見櫓の横までやってきました。

    月見櫓の横までやってきました。

  • 今は海との間に国道が走っていますが、以前はこの目の前は海でした。

    今は海との間に国道が走っていますが、以前はこの目の前は海でした。

  • 月見櫓は月を眺めるのに適した櫓という意味かと思っていたら、「到着を見る」という意味の「着見櫓(つきみやぐら)」が本来の名称で、藩主が江戸から船で帰ってくるのをこの櫓から見たことから名づけられたのだそうです。<br />な~るほど・・・・<br /><br />瀬戸内科の島々が見えますね~

    月見櫓は月を眺めるのに適した櫓という意味かと思っていたら、「到着を見る」という意味の「着見櫓(つきみやぐら)」が本来の名称で、藩主が江戸から船で帰ってくるのをこの櫓から見たことから名づけられたのだそうです。
    な~るほど・・・・

    瀬戸内科の島々が見えますね~

  • 月見櫓の横から南面に、続櫓と呼ばれる小規模な平櫓がくっついています。

    月見櫓の横から南面に、続櫓と呼ばれる小規模な平櫓がくっついています。

  • 内側から月見櫓、そして手前の平櫓を眺めます。<br />手前の土手に登ってみます。

    内側から月見櫓、そして手前の平櫓を眺めます。
    手前の土手に登ってみます。

  • 土手からの景色です。<br />以前はココは海でした。<br />

    土手からの景色です。
    以前はココは海でした。

  • 右側を見ると、海に面していた城の様子が判りますね。<br />船の乗り降りをした水手御門が見えます。<br />薬医門様式の水手御門は、いわば海の大手門です。<br />ここから瀬戸内海に船で出ていたのですね。

    右側を見ると、海に面していた城の様子が判りますね。
    船の乗り降りをした水手御門が見えます。
    薬医門様式の水手御門は、いわば海の大手門です。
    ここから瀬戸内海に船で出ていたのですね。

  • 左の方に見えるのは、初代松平藩主頼重が承応2年(1653年)に城下の人に時を知らせるために建立した時報鐘です。

    左の方に見えるのは、初代松平藩主頼重が承応2年(1653年)に城下の人に時を知らせるために建立した時報鐘です。

  • 本丸に向かいます。

    本丸に向かいます。

  • 本丸に行くには、この鞘橋を渡ります。<br />この橋は、二の丸から本丸に行く唯一の動線でした。

    本丸に行くには、この鞘橋を渡ります。
    この橋は、二の丸から本丸に行く唯一の動線でした。

  • 江戸時代に書かれえた画を観ると、二の丸から本丸に渡る鞘橋と、水に囲まれた本丸と天守が見えます。

    江戸時代に書かれえた画を観ると、二の丸から本丸に渡る鞘橋と、水に囲まれた本丸と天守が見えます。

  • 敵に攻められた時、橋を落として本丸だけ守ることができます。<br /><br />元々は屋根のない欄干の橋でしたが、幕末の画では屋根が付いてます。<br />今のこの鞘橋は、明治時代の天守解体時に架け替えられた橋で、大正時代に橋脚が木製から石製に替えられています。

    敵に攻められた時、橋を落として本丸だけ守ることができます。

    元々は屋根のない欄干の橋でしたが、幕末の画では屋根が付いてます。
    今のこの鞘橋は、明治時代の天守解体時に架け替えられた橋で、大正時代に橋脚が木製から石製に替えられています。

  • 鞘橋から西を見ると、高松のビル群が見えますが、ムム?

    鞘橋から西を見ると、高松のビル群が見えますが、ムム?

  • アップで!<br /><br />駅です。<br />電車が走ってます。<br />琴電の高松築港です。<br />琴電の始発駅です。

    アップで!

    駅です。
    電車が走ってます。
    琴電の高松築港です。
    琴電の始発駅です。

  • 左の石垣は本丸です。

    左の石垣は本丸です。

  • 左には本丸の天守台が見えます。

    左には本丸の天守台が見えます。

  • 在りし日の天守の貴重な写真がありました!<br />立派な天守だったのですね~

    在りし日の天守の貴重な写真がありました!
    立派な天守だったのですね~

  • 本丸から渡って来た鞘橋を振り返ります。

    本丸から渡って来た鞘橋を振り返ります。

  • 本丸を歩きます。<br />奥に天守台が見えます。

    本丸を歩きます。
    奥に天守台が見えます。

  • おっ!<br />梅が咲いてます。

    おっ!
    梅が咲いてます。

  • 紅い梅も咲いてます。<br />可愛いですね。

    紅い梅も咲いてます。
    可愛いですね。

  • こちらが天守台です。

    こちらが天守台です。

  • 天守台に上がってみました。<br />ここは地下の部分。<br />この天守には地下があったのですね。<br />礎石が「田」の字に並んでます。<br />それぞれの礎石の上に柱が建っていたのですね。

    天守台に上がってみました。
    ここは地下の部分。
    この天守には地下があったのですね。
    礎石が「田」の字に並んでます。
    それぞれの礎石の上に柱が建っていたのですね。

  • 下に降りてみました。<br />この上に天守があったわけですが、3層5階建てだったようです。

    下に降りてみました。
    この上に天守があったわけですが、3層5階建てだったようです。

  • 真下には内堀。<br />正面奥は水門で、そのさらに奥は瀬戸内海です。

    真下には内堀。
    正面奥は水門で、そのさらに奥は瀬戸内海です。

  • 先ほど渡って来た鞘橋が眼下に見えます。<br />奥には高松駅周辺のビルが見えます。

    先ほど渡って来た鞘橋が眼下に見えます。
    奥には高松駅周辺のビルが見えます。

  • 右斜め前には披雲閣庭園の緑が見えます。

    右斜め前には披雲閣庭園の緑が見えます。

  • その木々の間から、月見櫓が見えました。

    その木々の間から、月見櫓が見えました。

  • 南側に見える櫓は、艮櫓(うしとらやぐら)ですね。

    南側に見える櫓は、艮櫓(うしとらやぐら)ですね。

  • 本丸から様々な角度で内堀を眺めてみます。

    本丸から様々な角度で内堀を眺めてみます。

  • この堀は水門で海とつながっており、タイ、クロダイ、ボラ、コノシロ、メバル、ベラ、サヨリ、フグ、コチ、カレイなどの海水魚が泳いでいます。

    この堀は水門で海とつながっており、タイ、クロダイ、ボラ、コノシロ、メバル、ベラ、サヨリ、フグ、コチ、カレイなどの海水魚が泳いでいます。

  • ここからも鞘橋が見えます。

    ここからも鞘橋が見えます。

  • ココで気づいたことがあります。<br />堀の水が綺麗です。<br /><br />潮の干満を利用して堀の水が入れ替わる自然の循環システムがあるからだそうです。

    ココで気づいたことがあります。
    堀の水が綺麗です。

    潮の干満を利用して堀の水が入れ替わる自然の循環システムがあるからだそうです。

  • それで綺麗な水なのね~

    それで綺麗な水なのね~

  • 二の丸に戻って城内を歩きます。

    二の丸に戻って城内を歩きます。

  • 内堀越しに本丸を眺めます。<br />立派な内堀だよな~~

    内堀越しに本丸を眺めます。
    立派な内堀だよな~~

  • グルっと巡って披雲閣の正面に出てきました。

    グルっと巡って披雲閣の正面に出てきました。

  • 披雲閣の正面にやってきました。<br />大正時代、高松の迎賓館の玄関だったことがわかります。

    披雲閣の正面にやってきました。
    大正時代、高松の迎賓館の玄関だったことがわかります。

  • 披雲閣の玄関の前に松の盆栽が並んでいます。<br />盆栽には興味がないけど、本物見ると凄いですね~~<br />特に幹に驚きます。

    披雲閣の玄関の前に松の盆栽が並んでいます。
    盆栽には興味がないけど、本物見ると凄いですね~~
    特に幹に驚きます。

  • えっ?<br />そうなの?<br /><br />高松の松の盆栽は日本一なのね~~

    えっ?
    そうなの?

    高松の松の盆栽は日本一なのね~~

  • 高松城址ガイダンス施設にやってきました。<br />館内に入って高松城についてもう少し勉強してみましょう。

    高松城址ガイダンス施設にやってきました。
    館内に入って高松城についてもう少し勉強してみましょう。

  • 江戸時代は、内堀・中堀・外堀の三重の堀があり、約66万平米の広大な面積がありました。<br />明治初期に外堀と中堀が埋め立てられ、今は8万平米だけが城址として残っています。<br />

    江戸時代は、内堀・中堀・外堀の三重の堀があり、約66万平米の広大な面積がありました。
    明治初期に外堀と中堀が埋め立てられ、今は8万平米だけが城址として残っています。

  • 城の東側の外堀を港として開放していた高松の町人用舟入です。

    城の東側の外堀を港として開放していた高松の町人用舟入です。

  • 西側には、公用型の舟入がありますね。

    西側には、公用型の舟入がありますね。

  • 城から直接瀬戸内海につながる港湾施設だったことがわかる絵ですね。

    城から直接瀬戸内海につながる港湾施設だったことがわかる絵ですね。

  • 元々高松はこのような地形だったのですね。。。

    元々高松はこのような地形だったのですね。。。

  • 高松城の歴史について色々知ることができました。<br />高松城天守の模型もありました。

    高松城の歴史について色々知ることができました。
    高松城天守の模型もありました。

  • 披雲閣の正面玄関を振り返って撮影。

    披雲閣の正面玄関を振り返って撮影。

  • これは高松城の貴重な井戸です。<br /><br />地下を流れる伏流水を狙って掘られた井戸だそうです。

    これは高松城の貴重な井戸です。

    地下を流れる伏流水を狙って掘られた井戸だそうです。

  • 竜櫓跡<br />南側の内堀の角に、櫓があったのですね。

    竜櫓跡
    南側の内堀の角に、櫓があったのですね。

  • 大きな櫓だったのかな~?

    大きな櫓だったのかな~?

  • お城の南にやってきました。

    お城の南にやってきました。

  • 櫻御門が見えてきました。<br />空襲で焼失しましたが、令和になって復元されたのですね。<br /><br />三の丸の入口にあった門です。

    櫻御門が見えてきました。
    空襲で焼失しましたが、令和になって復元されたのですね。

    三の丸の入口にあった門です。

  • くぎなどの金物を使わずに柱や梁を組み立てていく伝統的な工法で建てられています。

    くぎなどの金物を使わずに柱や梁を組み立てていく伝統的な工法で建てられています。

  • 見事に復元されました。

    見事に復元されました。

  • 当時のまま復元すると言っても、設計図があるわけではないので、当時の写真や絵、そして発掘調査、門をくぐったことがある方の証言などを参考に建てたようです。<br />大変だったろうな~~

    当時のまま復元すると言っても、設計図があるわけではないので、当時の写真や絵、そして発掘調査、門をくぐったことがある方の証言などを参考に建てたようです。
    大変だったろうな~~

  • 石垣に合わせ、木が削られています。

    石垣に合わせ、木が削られています。

  • 土日のみ、門の中に入ることができます。

    土日のみ、門の中に入ることができます。

  • 中はまだ木のいい香りがします。

    中はまだ木のいい香りがします。

  • 内部では、復元工事で使用したしゃちほこの型などを展示していました。

    内部では、復元工事で使用したしゃちほこの型などを展示していました。

  • こちら側が、外側。<br />敵の侵入を防ぐ役割を果たしていた門ですね。

    こちら側が、外側。
    敵の侵入を防ぐ役割を果たしていた門ですね。

  • お城にやってくる人が良く見えます。

    お城にやってくる人が良く見えます。

  • 下には石落とし。

    下には石落とし。

  • 立派な梁ですね~

    立派な梁ですね~

  • 横には内堀が見えます。

    横には内堀が見えます。

  • 正面からです。<br />幅約12メートル、奥行き約5メートル、高さ約9メートルの門です。

    正面からです。
    幅約12メートル、奥行き約5メートル、高さ約9メートルの門です。

  • 正面から改めて。<br />風格がありますね~~<br />復元してよかったですね。

    正面から改めて。
    風格がありますね~~
    復元してよかったですね。

  • 少し離れてみました。<br />登城した人は、ここで気が引き締まるのでしょうね。

    少し離れてみました。
    登城した人は、ここで気が引き締まるのでしょうね。

  • 右側に内堀が見えてきました。

    右側に内堀が見えてきました。

  • ここは桜の馬場です。

    ここは桜の馬場です。

  • 右奥に見えるのは、艮櫓(うしとらやぐら)です。

    右奥に見えるのは、艮櫓(うしとらやぐら)です。

  • 3重3階、入母屋造の櫓です。

    3重3階、入母屋造の櫓です。

  • ここは、四方を石垣で囲まれた桝形です。<br />敵が侵入してきたら周りから狙われる所ですね。

    ここは、四方を石垣で囲まれた桝形です。
    敵が侵入してきたら周りから狙われる所ですね。

  • 石垣が複雑に積み上がっています。<br />モザイク状ですね。<br />かなりの高度で緻密な石積みの技術ですね。

    石垣が複雑に積み上がっています。
    モザイク状ですね。
    かなりの高度で緻密な石積みの技術ですね。

  • その石垣の中に、埋門(うずみもん)と呼ばれる小さい門があります。

    その石垣の中に、埋門(うずみもん)と呼ばれる小さい門があります。

  • 桝形から振り返ります。<br />左側に艮櫓が見えます。<br />その手前の石垣の所に櫓門があったそうです。<br /><br />自販機が目障りですね~~

    桝形から振り返ります。
    左側に艮櫓が見えます。
    その手前の石垣の所に櫓門があったそうです。

    自販機が目障りですね~~

  • 桝形から外に出ます。

    桝形から外に出ます。

  • 旭門をくぐって内堀を渡ります。

    旭門をくぐって内堀を渡ります。

  • 旭橋を渡ります。<br />艮門は、外側から見ると2面が堀に向いた隅櫓であることが判ります。

    旭橋を渡ります。
    艮門は、外側から見ると2面が堀に向いた隅櫓であることが判ります。

  • 旭橋の奥に見えるのは今くぐって来た旭門です。<br /><br />旭橋は正面の旭門に対して斜めに架橋されています。<br />敵は直進して攻めることができず、敵に向けて横から矢を射かけられることが可能だったのですね。

    旭橋の奥に見えるのは今くぐって来た旭門です。

    旭橋は正面の旭門に対して斜めに架橋されています。
    敵は直進して攻めることができず、敵に向けて横から矢を射かけられることが可能だったのですね。

  • 現在の旭橋は石製でコンクリート張りですが、江戸時代は木製であったようです。

    現在の旭橋は石製でコンクリート張りですが、江戸時代は木製であったようです。

  • 旭橋を渡って振り返ります。<br />橋の奥に旭門が見えます。

    旭橋を渡って振り返ります。
    橋の奥に旭門が見えます。

  • 内堀の外側歩いて、艮櫓の前までやってきました。<br />琴電がやってくるのを待って、パシャッ!<br /><br />つづく

    内堀の外側歩いて、艮櫓の前までやってきました。
    琴電がやってくるのを待って、パシャッ!

    つづく

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