2024/06/09 - 2024/06/09
21位(同エリア69件中)
kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/06/09
この旅行記スケジュールを元に
チュニスでの夜が明けてこの日はようやく北アフリカのローマ時代の遺跡の見学ができます。午後に行く「バルドー美術館」の前にこの見学は必要だと思えます。宿泊したホテル・アフリカの朝食は素晴らしいビュッフェで、夕食と言っても過言でないような料理が並んでいます。ジュースのおいしさとフルーツのおいしさも特筆ものです。午前中に行く「ドゥッガ遺跡(Dougga Ruines)」はチュニスから約100キロほど西に行った場所にあります。町中を抜けるとオリーブ畑が続き、さらに麦畑が延々と続きます。ちょうど麦の収穫時期で畑によっては収穫が始まっていました。麦秋というのはこんな季節を言うのだろうなと実感します。午前8時にホテルを出発して2時間ほどで遺跡に到着します。最後の20分ほどはかなり山道を登ることからも遺跡自体が高度の高いところにあるのだと感じます。バスを降りてガイドさんと遺跡の見学に移りますが、まだ観光バスは1台も来ておらず、自家用車で来た人たちが1組いるだけで広大な遺跡を貸し切りで見学できました。「ドゥッガ遺跡(Dougga Ruines)」はもともとチュニジア西部に勢力をもったベルベル人の王国ヌミディアの都市で、古くはトゥッガ(Thugga)と呼ばれていたそうです。アウグストゥスの治世中にカルタゴの植民地が創設され、ローマ植民地に含まれていたことから2世紀にわたり、この都市は2つの市民および制度機関によって統治されていました。かなり保存状態の良い町の道路を歩いているとその当時の情景が浮かんでくるようです。約2時間ほどかけてじっくり見学できたのも良かったです。駐車場に戻るころには観光バスが何台も連ねていたので、朝早い時間で良かったと実感しました。時間はすでにお昼になっていて、チュニスに向かって戻りつつ15分ほど走った「ホテル・トウッガ(Hotel Thugga)」でバスを降ります。ここでは地元で獲れた猪を使った料理をいただきました。ムスリムであるガイドさんはイノシシは食べられないので別の料理を1人で食べています。そういう彼は日本へ来た際においしい料理を知ってずっと食べ続けていたそうです。その料理は日本で覚えた言葉で「とんかつ」でした。後で知って驚いたけど美味しかったなと懐かしそうに話してくれました。食後はチュニスに向かって麦畑の中を走り抜けます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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午前8時にホテルのロビーに集合なので午前7時に朝食をいただきます。さすがにチュニスを代表する5星ホテルなので朝食のメニューも充実しています。いつも料理をまとめてこのようなサンドイッチにしていただくのでこれはありがたいです。
エル ムラディ ホテル アフリカ チュニス ホテル
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チュニジアの野菜はとても美味しく、味も日本のものに比べて濃厚でした。
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卵料理やサラダなどは欧米のホテルと同じですがベーコンが無いのはムスリムの国だからでしょうか。ハリッサの効いたピリ辛のジャガイモの煮込み料理もありました。
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甘いお菓子も充実していましたが、ほとんど食べられなかったのが残念です。
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朝からこれは日本人の胃袋には重たいです。
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バスでの移動中に見掛けたフルーツも並んでいます。真っ赤なプラムも美味しかったですが、チュニジアで1番美味しかったのは右側にある平べったいモモでした。日本の感覚だと1玉500円以上の高級なものと同じくらいの甘さでした。
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大きなレストランですが、朝早くから食事しているのは忙しい日本人ツアー客ぐらいでした。つまり我々10人くらいしかいないということです。
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ガイドさんが初日の最初に話していた通り、チュニジアでの食事はどこで何を食べても美味しかったです。
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赤いソーセージはメルゲーズという名前で、羊肉にハリッサを利かせて羊腸に詰めた辛口のスパイシーな非加熱のソーセージです。主に鉄板や網で焼いて調理します。最も古典的な製法で作るメルゲーズはチョリソを思わせるほど赤く、保存の為に塩分が強く、ハリッサの発酵匂でかなり味わい深い個性的な味です。モロッコでもこれを食べてハマりました。
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このホテルで美味しかったのがイチゴのネクターです。濃厚であまり甘くなく、何杯もおかわりしてしまいました。
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ホテルの部屋からは1月14日広場の池の中に建つオベリスク型の時計塔と騎馬像が見えました。その向こうにはチュニス湖が望めます。
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午前8時にホテルを出発しました。先ほど部屋から見えたのは「ハビーブ・ベン・アリー・ブルギーバ騎馬像(Memorial to President Habib Bourguiba )」でした。チュニジア王国第2代首相でチュニジア共和国初代大統領を歴任しました。西欧化を目指したことからトルコのケマル・アタテュルクとよく比較された人物です。離婚を合法化したり一夫多妻制を非合法化したり、女性の結婚可能年齢を17歳に引き上げるなど女性地位向上につとめました。
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バスは昨日と同じようにチュニス湖の近くの下町を通過します。
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周辺では昨日と同じく露店が立っていろいろなものが売られています。ガイドさん曰く、ここで手に入らないものは無いということです。日曜日は平日と同じ扱いだということでしたが、見たところ休日の朝のような雰囲気です。
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何十年前かにモルタルの上に直接書かれた看板が風雨に晒された状態で残されています。
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チュニス市内には大きく2つの湖があり、もう1つは「イシュケル湖(Lac Ichkeul)」で、ここは「イシュケル国立公園(Ichkeul National Park)」になっています。毎年何十万もの渡り鳥が訪れる重要な中継地になっているそうです。
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その中にはピンクフラミンゴも含まれています。今回のバス移動の中では一番近くで見ることが出来ました。
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「イシュケル湖(Lac Ichkeul)」の湖岸には高速道路と共に鉄道の郊外線RFRが並走しています。
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チュニス市内へ羊を運ぶピックアップトラックの姿をたくさん見ました。チュニジアにはISUZUの組み立て工場があるので、そのほとんどがいすゞ自動車の車両です。
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チュニス近郊の高速道路の料金所はこのタイプのものでした。南部の高速道路A-1で見掛けた近未来的な料金所が懐かしいです。
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チュニスのを離れてバスは高速道路A-3を使って西に向かいます。風景は美しい丘陵地帯に差し掛かります。
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ここでもオリーブ畑が見られますが、小麦畑が多いように思えます。
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道路脇では放牧されている羊の姿もたくさん見かけました。羊の放牧を行うのはベルベル人の人が多いようで、羊を連れながらチュニジア国内を南北に移動しています。オリーブの収穫時にはその農場に住みながら数カ月過ごします。
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ベルベルの人たちは簡易なテントでの生活をしながら遊牧を続けているのが分かります。
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風景写真の中には高い塀で囲われた一角がありました。社会から隔離された住んでいる場所のようです。
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羊の放牧のためにこの土地を借りているわけですが、対価として何かの労働を行うのかまでは分かりません。羊の糞がこの地の肥料になることは間違いないと思います。
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牧草地では刈り取った草を四角い束にまとめています。これはチュニジアではポピュラーな牧草の保存方法のようです。日本でポピュラーなロールベールラップサイロというビニールでラッピングする方法は見掛けませんでした。ロールベールの場合牧草は発酵することにより栄養価は変わらないようですが、家畜の嗜好性が関係するようです。
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四角くまとめられた乾草はきれいにトラックの荷台に積み上げられていきます。高速道路のサービスエリアでは乾草を積み上げたトラックをよく見掛けました。
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昨年のモンゴル旅行からスイスのクリスマスマーケット巡り、モロッコの旅に続いてのチュニジア旅行とこの半年ちょっとの間にずっと羊の放牧の風景写真を撮っている気がします。
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広大な草原にたくさんの羊が放牧されています。心に残る風景です。
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丘陵地から低い山が見えてくると目的地も近いようです。バスは高速道路を降りて一般道を走ります。
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ここでもロバは現役で働いています。モロッコのロバ車はパーキング時には前脚を2本まとめて紐でくくってありましたが、チュニジアでは結ばなくても大人しくしていました。
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観光地でもないのにI LOVE看板を設けるのはチュニジアの習わしになっているようです。「スローイア(Slouguia)」という地名をグーグルマップで検索しても、スーパーが1軒とガソリンスタンドが1軒しか出てきません。
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観光には縁の無い村ですが、バスの車窓から見る限りとてもきれいな所でした。
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スイカや売りと一緒に大粒の苺がたくさん売られていました。ホテルの朝食時に飲んだ美味しい苺ジュースが思い出され食べたくなってしまいます。
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ここでも羊売りの市が立っていました。犠牲祭のイード・アル・アドハー(Eid al-Adha)はもうすぐそこまで来ています。
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クルアーン(コーラン)によれば肉の大部分は飢えた貧しい人々に与えられるべきであり、これらの人々はイード・アル・アドハーの宴会に参加できるとされます。残りは家族にお祝いの食事として分けられ、親族や友人を招いてこれを食べます。
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1週間バスの中からスイカ売りのトラックを数多く見てきましたが、皆さん暇を持て余しているように見えました。でも、チュニジアのスイカはみずみずしくて美味しかったです。
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1頭だけポツンと赤毛の牛が草を食んでいます。その向こうには刈り取られた乾草の束が積み上げられています。
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これから見に行く「ドゥッガ遺跡(Dougga Ruines)」も楽しみですが、そこに着くまでの風景も忘れられないものになりました。
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大きなニンニクが山積みになって路肩で売られています。チュニジアの料理にニンニクは欠かせない食材で香辛料です。
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今回の旅ではチュニジアで農業に従事する人はとても働き者だという印象を受けました。
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広大な小麦畑は刈入れを待つばかりに実っています。「麦秋(ばくしゅう)」とは麦の穂が実り、収穫期を迎えた初夏の頃の季節のことで、麦が熟して収穫の「秋」であることから名づけられた季節です。まさにそんな時節なのだと感じます。
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バスはさらに山間部に差し掛かり、高度が上がるにつれて周りの風景がきれいに見渡せます。
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オリーブ畑と小麦畑のコントラストが美しいです。
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道路標識にドゥッガ遺跡の文字が見えてきました。
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さらにバスはくねくね道を登っていくと丘の向こうに遺跡の柱が見えてきました。ようやく「ドゥッガ遺跡(Dougga Ruines)」に到着です。
ドゥッガ遺跡 史跡・遺跡
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まずはトイレに寄ってから見学を始めます。見学は2時間ほどかかりますが途中にトイレは無いということです。
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分かりやすい地図があったので、これで説明すると真ん中あたりにある「シアター」の所までバスで行くことが出来ます。そこからは①から⑳までの中を主だったところを見学して約2時間かかりました。
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ドゥッガは元々ベルベル人、ポエニ人、ローマ人の集落でした。現在の遺跡は65ヘクタールの規模になっています。ユネスコは1997年に「北アフリカで最も保存状態の良いローマの小さな町」として世界遺産に登録しました。
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田園地帯の真ん中にあることから現代の都市化の侵食から保護されているため非常に保存状態が良いと考えられています。
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ローマの劇場(シアター)はアウグストゥスの治世から都市の記念碑的な要素でした。西暦168年または169年に建てられたこの劇場は、ローマ時代のアフリカで最も保存状態の良い例の1つです。ドゥッガの人口は5,000人しかいなかったにもかかわらず、3,500人の観客を収容することができたそうです。
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これはドゥッガで建設されローマ帝国の建物の1つで、地元の地形を考慮に入れて適応されているという点でのみローマの通常の建築様式から逸脱しています。いくつかの小さな調整が行われることにより、地元の建築家は建物の装飾に関して一定の自由を持って設計できました。
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今日の都市遺跡は基本的にローマ時代の遺跡で構成されており、その大部分は2世紀と3世紀だそうです。ローマの建設者はこの場所の特に岩だらけの地形と都市建設の両方を考慮に入れる必要がありました。
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案内板にはローマ時代のドゥッガの町並みの鳥観図がありました。非常によくできたもので、遺跡を歩いていても往時を想像することが出来ました。
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劇場のパースも今は失われてしまっている部分を想像することが安易にできました。
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この劇場は現在も演劇やコンサートなどで使われているとのことでした。
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観客席はコンクリートと石材で修復されてありました。遺跡保護の観点から見ると問題があるかもしれませんが現代に使える施設ということの方が理に適っているとも思えます。
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これまでイタリア半島をはじめ南仏やトルコのアナトリアでも数多くの円形劇場を着てきましたが、状態は非常に良いと思えます。またアスペンドスなどの劇場も見ているので鵜失われた部分も経験値で補うことが出来ます。
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最前列の席の奥行きが広い説明をガイドさんがしてくれました。当時の常識として寝転んで食事しながら観劇をしたことが彼のポーズからも分かります。
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後方の座席は後に修復されているのだと思います。年月が経って周りになじんでいます。
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円形劇場はやはり最上段に上がってみたくなります。過去の一人旅をしていた頃にはヨーロッパ各地で円形劇場のスケッチをしたことを思い出します。通りがかったドイツ人の観光客に絵を売ってほしいと言われたこともありました。
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最近脚の調子の悪い妻はこの先の見学路を考えて登ってきませんでした。一人だけ置いてきてしまって可哀そうなことをしたと思いました。
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何を思ったのか玉座のような席に座ってしまいました。心配しなくても大丈夫だったようです。
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実家の父の座っていた席は父が亡くなった後は妻が座っていたことを思い出します。自宅でも一番テレビが見やすい場所には妻が座っています。
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そろそろ戻った方が良さそうです。もう飽きてしまっているようです。
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曇り空で陽射しは強くありませんが、かなり暑いのでファンベストは必要でした。
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劇場からメインストリートを通って「フォーラム(議事堂)」に向かいます。スロープの横には地下の下水道の開口が見えています。
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敷石で舗装された道路の下にも下水道が完備されているそうです。2000年近く前の人々が歩いていた石畳の上を歩いていると思うと感慨深いものがあります。
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30年以上前に初めてポンペイへ行ったときにも同じような感覚を覚えたことを思い出します。歳を重ねていろいろな国を旅してもまだまだ新しいものに感動する力は残っているようです。
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巨大な「フォーラム」の遺構がかなり状態の良い姿を見せています。この遺跡まで個人で来ようとするとかなりハードルが高いので、こういった時はツアーで良かったと思います。
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「アレクサンダー・セウェルスの凱旋門」は222年から235年に建設され、アーチを除いた上部の構造が失われているにもかかわらずよく保存されています。アーチの高さは4メートルあります。
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「アウグストゥス神殿」が「フォーラム」の手前に残っていました。この小さな神殿はハドリアヌスの治世中に建てられました。1631年当時まだ存在していた碑文のおかげで神殿の名前が特定されました。祭壇は比較的低く南側にある7段の階段で上ることができます。ローマのフォーラムにある神殿と比べるとあまりにも小さいです。
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アウグストゥスは共和政ローマの政務官で、ユリウス・クラウディウス朝ローマにおける初代皇帝です。ガイウス・ユリウス・カエサルの姪の息子に当たり、カエサルの暗殺後に養子となってマルクス・アントニウスらを倒し、内乱を勝ち抜きプトレマイオス朝エジプトを併合して地中海世界を統一します。プリンキパトゥス(元首政)を創始して後にパクス・ロマーナと称される時代の礎を築きました。その名前はオーガスト(8月)として残されています。
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この地図も非常に分かりやすいものです。「ファーラム」の横にあった「メルクリウス (Mercurius)神殿」とその前に広がる「風とバラの広場」は180年から192年にロマのパゴスに属する夫婦の鬼神によって建てられました。
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このパースで現在の遺された遺構と見比べることが出来ます。
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平面図だとより位置関係や大きさを把握することが出来ます。
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「フォーラム」は2世紀に建てられたローマの神殿で、主にローマの3柱ユノーとユピテルとミネルヴァに捧げられています。これは皇帝ルキウス・ウェルスとマルクス・アウレリウスへの献堂の意味を持っています。そう判断すると「フォーラム」は166年から167年に完成していたと考えられます。
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ユノー(Juno)はローマ神話で女性の結婚生活を守護する女神で、主に結婚と出産を司り、6月の女神とされます。ヨーロッパの言語で6月を表す Giugno,、Juin,、June などはユノーに由来し、6月の花嫁(ジューン・ブライド)は6月に結婚することで花嫁にユノーの加護を期待する風習です。
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ミネルウァ(Minerva)は音楽や詩、医学や知恵を司るローマ神話の女神とされます。ユピテル(Juppiter)はローマ神話の主神で、最高位の女神であるユノーの夫でもあります。ギリシア神話のゼウスと同一視されます。
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柱廊玄関のエンタブラチュアは1903年から1910年の間に修復されました。1955年に地下室も発見されました。
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「フォーラム」が非常によく保存されている理由は、後のビザンチンの要塞に含まれていいたからと考えられます。11段の階段が正面玄関に通じています。神殿の正面のコリント式の柱の高さは8メートルもあります。
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コリント式の柱の上には完全な姿で保存されたペディメントがあります。
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ペディメントには皇帝アントニヌス・ピウスの神格への場面が描かれています。
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中央では皇帝アントニヌス・ピウスが鷲に運ばれています。鷲は強さや勇気、遠眼や不死などの象徴として使われ、空の王者や最高神の使者とも考えられました。神話ではギリシャ神話ではゼウス、ローマ神話ではユピテルを表します。
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過去にトルコの「エフェソス遺跡」には4回行く機会がありました。回を追うごとに遺跡が整備されていくのは素晴らしいと思いましたが、それに連れて観光客の数が多くなっているのにも驚きました。それに比べるとこの遺跡を訪れる人がほとんどいないのは残念に思います。
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ガイドさんがアンモナイトの化石があると教えてくれました。この遺跡の土地が過去には海中にあったことと石材が「石灰石」に分類される堆積岩の一種だということが分かります。
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セラーの基部には3つの彫像を納めたアルコーブがまだ残されていました。中央のアルコーブには巨大なユピテルの像があったのだと想像できます。
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側面のこの壁の石材の積み方はチュニジアの伝統的な建築方法として現在でも残っているそうです。
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神殿の内側からユピテルになった気分でコリント式の円柱を見上げてみます。
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屋根があれば建物として成立しそうです。3柱の神像が無いのが残念です。
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「フォーラム」の左側には「アゴラ(市場)」があります。35.5メートル×28メートルの長方形の形をしており、両側に柱廊と店舗に囲まれていました。北側には柱廊があり、南側にはエクセドラ(壁龕)があったと考えられています。そこにはにはおそらくメルクリウスの像が収められていました。
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往時はさぞ賑わったのだと想像できます。ビザンチン時代の砦の建設中に市場はほぼ完全に破壊されました。
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ここまで関増などを見ることはありませんでしたが市場の南側には何かの土台なのか彫刻の施された石柱が残されています。
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往時を想像させるものはこれらの彫刻だけでした。
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敷かれていたであろう石畳も失われ、現在は草が生えています。
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アザミは古くから栽培され、古代のエジプトやギリシャ、ローマ時代にすでに食用や薬用として利用されていました。現在は若い蕾を食用とするためヨーロッパやアメリカなど世界で広く野菜として栽培されています。アーティチョーク(artichoke)とカルドン(cardoon)が栽培される園芸種となっています。
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ドゥッガの町中の通りは都市のユニークなデザインの結果として、ローマの集落の通常のモデルで規定されているようにレイアウトされていません。街の中心部は舗装されていましたが、通りは曲がりくねった小道のようです。
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街にはマンホール代わりの石の蓋が設置されていることで証明されているように下水道がありました。丘のふもとにはカルタゴからテヴェステへの主要道路と合流する街道の痕跡があるそうです。
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家屋の中には水洗トイレの跡も残っています。
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跡と呼ぶには申し訳ないほど完全な形で残されています。そしてその形状は現代のものと変わりありません。自分が子供のころの和式の汲み取り式トイレよりこちらの方が進化しているように見えます。
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広大な町の中に我々10名ほどで歩いていると、世界が滅んでしまって取り残されたような不思議な気分になってきます。
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「ダル・ラチェブの門」まで歩いてきました。「ラチェブの家」として知られる建物の目的は明確に特定されていません。アスクレピオスに捧げられた聖域であると考えていて、ポインソットの神殿であるという仮説と一致しています。
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近世になってドゥッガの遺構を再利用して建てられた家屋は20世紀初頭に取り壊されれ近隣に住民は移動させられたということです。ダルラチェブは西暦164年から166年の間に「フォーラム」と同じ時代に建てられました。建物の入り口は玄関ポーチの柱の1つと同様に完全な形で保存されています。
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内部はかつて柱廊で囲まれていた中庭だけが残されています。南には完全に破壊された寺院の地下室がありました。
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ここからの眺めは素晴らしく、周辺の丘陵に広がる麦畑がきれいに眺められました。
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「リビコ・ブュニック廟」はチュニジアでは希少なローマ時代以前の建築物だそうです。
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碑文によると紀元前3世紀のポエニ戦争で活躍したヌミディア王国の指導者ダーアテバンの記念碑だと分かるそうです。
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ここは記念写真のポイントのようで、添乗員さんにカメラのシャッターを押してもらいました。ガイドさんとツアーの皆さんが先へ進んでから添乗員さんの写真を撮ってあげました。皆さんの前で撮っていてクレームにでもなったらいけませんから。今回女性の添乗員さんでしたが、ちゃんとポーズを取っているのが可愛らしかったです。
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一番高いところにある「フォーラム」など町の中心地からだいぶ下ってきました。遺跡全体を見渡しても我々以外に人の姿は確認できません。
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かなり離れたところにも神殿の遺構が残されていますが、ここまで歩いたら2時間の見学時間では済みません。
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ドゥッガの遺跡が状態良く残されているのは、それ以降ここに人がほとんど住んでいなかったからだそうです。
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近くに村などがあれば石材も持ち去られたと思いますが、そのようなことも無かったようです。状態良く残されていた「エル・ジェム(El Djem)」の円形闘技場も後の時代に大理石などは剥がされてしまっていました。
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この遺跡で発掘されたモザイクの多くが午後から見学する「バルド国立博物館(Musée national du Bardo)」に移設されています。
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幾何学模様のモザイクはそのまま残されているようです。三角形や四角形、六角形などの多角形や円、楕円、直線などの単純な図形を部品として、それに平行移動や反転、回転、色の変化、拡大・縮小、分割などの操作を加えながら連続して組み合わせたものです。これは紀元前10世紀から紀元前7世紀ごろのギリシャ人によって初めて用いられた文様様式です。
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遺跡の坂道をどんどん下っていきますが、劇場のレベルまで戻ると考えると同じだけ登らなければならなくなります。ポンペイの遺跡では轍の跡が石畳に残っていましたが、ここではそのような跡は見られませんでした。
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メインの通りから脇道に入ると迷宮に迷い込んで戻ってこれなくなりそうです。
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幾何学模様のモザイクが発掘されたままの状態で放置されています。
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食用ではありませんが、薄紫色のアザミの花が遺跡の中で生命を感じさせます。
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「トリフォリウムの家(メゾン・デュ・トリフォリウム)」
この邸宅はドゥッガでこれまでに発掘された中で最大のもので、3世紀の前半にさかのぼるようです。 -
1階の部屋は通りより5メートル以上低い大きな中庭の周りに配置されていました。庭はその四方に柱廊で囲まれ、その柱は漆喰で彫られていたと考えられます。
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この邸宅の中庭だけが復元されており、植栽が植えられていることにより、よりリアルに3世紀の時代を思い起こさせます。
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肉眼だけでは把握できませんが、これだけの広さがあったことが分かります。
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「キュクロプスの浴場」
建物の名前は、キュクロプスがジュピターの稲妻を鍛造するモザイクにちなんで付けられ、現在は「バルドー国立博物館」に展示されており、浴場の発掘中に発見されました。こちらは集団用のトイレで、同じようなものをエフェソス遺跡でも見ることが出来ます。 -
約2時間の見学を終えて劇場まで戻ってくると高校生の社会科見学らしいバスが数台入ってきました。うまいタイミングで人のいない遺跡を見学できたと思います。遺跡で使われた石材は町の裏側に当たるこの辺りから切り出されたそうです。
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「ドゥッガ遺跡(Dougga)」からチュニスへ戻る前にお昼を食べる予定になっています。
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バスで15分ほど戻った「テブルスーク(eboursouk)」の村はずれに向かいます。
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「ホテル・トゥッガ(Hotel Thugga)」に到着しました。ホテルの名前は古いドゥッガの町の名前です。
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建物の前にはジャカランダの花が満開でした。和名の「紫雲木」の名の通り美しい紫色の花です。
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こんな町外れのホテルにしては規模も大きく共用スペースも広く取られています。
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そしてレプリカのモザイクが壁を飾っています。シカを射る女性はディアナで、元は樹木の神であったことからここでも木が描かれています。このモザイクはチュニスの北にあるウティカ(Utica)で発掘されたものです。
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レストランの暖炉の上には大きな猪のハンティングトロフィーが飾られています。猪はこの辺りでよく獲られる獲物だそうです。このホテルのレストランはイノシシ料理で有名です。
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1皿目はオリヴィエ・サラダです。新鮮なレタスとトマト、賽の目状にカットして茹でられたポテトやニンジンがマヨネーズで和えてあります。ゆで卵はチュニジア料理には欠かせません。
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メインはイノシシ肉の煮込み料理です。付け合わせのピラフのようなライスが美味しいです。
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デザートはイタリアのフルッタ・マチェドニアのようなカットフルートです。チュニジアの甘くておいしいモモが使われています。マチェドニアはマケドニアのことで、多民族国家であることからたくさんのかっつフルーツのデザートのことをそう呼びます。
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レストランの壁に飾っってあったベルベル人を描いた絵画が目に留まりました。マトマタのホテルで聴いたベルネルの音楽はもう遠い昔のように感じます。
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食事の後は一路チュニス市内に向かいます。
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午後は今回のツアーで一番行きたかった「バルドー国立博物館」の見学です。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- TKさん 2024/12/19 18:33:27
- ここは美しい世界遺産の遺跡ですよね!
- kojikojiさん
こんにちは!
ドウッガ、ここは美しい世界遺産の遺跡ですよね!
かつて、大繁栄したローマ時代の様子を思いはせるワクワクする遺跡ですね。
私達も行きましたよ!kojikojiさんの旅行記や写真で、その時の思い出が蘇りました。ありがとうございます。結構広い遺跡で、確か迷子になりかけた記憶があります。現地の農家の人に帰り路を教わって、助かりました。お礼に、日本の美味しい飴を渡しました。
kojikojiさんも、ローマの円形劇場の上に登られて、景色を楽しまれた様子。ここから、遺跡越しに見る、一面に広がる豊かな穀物地帯の景色は圧巻ですね。今回奥様は、登られなかった様子、少し残念でしたが、雰囲気は楽しめたのではないでしょうか?
のどかなドウッガを、詳しい写真集で再度楽しみました、ありがとうございます。
TK
- kojikojiさん からの返信 2024/12/22 09:14:38
- RE: ここは美しい世界遺産の遺跡ですよね!
- TKさん
旅行記にお立ち寄りいただきありがとうございます。
ドゥッガの遺跡は素晴らしかったですね。地中海に残るローマの遺跡の多くはその後の時代に家が建てられたり姿が大きく変わっていることが多いですが、ここはそのままの姿で残されていて、古代ローマの時代にタイムスリップしたような気分になれました。シーズンオフだったのか空いていたのも良かったです。チュニジアの旅行以降のいくつも旅行に出ていて、なかなか旅行記を作成できないでいます。あと4つぐらいで終わるのですが、心が折れかかっていましたが、こうやってお便りいただけると頑張ろうという気になります。たくさん撮った写真を残したくてやたら長い旅行記ですが、お付き合いいただいてありがとうございました。年内にチュニジアは終えたいと思っています。年末になって寒波が来て寒い日が続きますが、良いお年をお迎えください。
kojikoji
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