1993/06/16 - 1993/06/17
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SUR SHANGHAIさん
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1993年の6月16日は忙しい日だった。
午前にはダリの劇場美術館があるフィゲラスからガウディの作品が目白押しのバルセロナに移り、サグラダ・ファミリアを見た後はバルセロナに泊まりもせずにそそくさとアンドラ行きバスが出るターミナルへ。
そのバス・ターミナルでまず最初の出来事が。
チケットも買えて席に就き、ホッと一息ついている所へ頭上から降って来たのは「そこ、私たちの席よ!」と言う日本語。
ギョッとして見上げると、そこにいたのは当時のSUR SHANGHAIと似通った年頃の日本人カップル。
女性の方は今にもSUR SHANGHAIを押しのけて来そうな態度だったので、ずいぶん横柄な人!とムッとしながら「先にそちらのチケットを見せてださい。」と言うと、グイッと目の前に。
それを見てみると、席番号は同じながら全く別のバス番号のチケット。
「これはアンドラ行きのバスなんですけど、どちらへ?」に対しては、「すみません!」の一言も無く、あたふたと自分たちのバスを探しに出て行ったっけ。
おいおい、あの二人組は何だったんだ~! щ(゚д゚щ)ゴラー!
その後、無事に着いたアンドラとの国境ゲートでは入国チェックがやたら厳しくて、乗客全員、荷物はバスに置いたまま外に出され、パスポート・チェックのほかに、麻薬犬による身体と荷物のチェックがあったんです。
今はどうなんでしょうね。
やましい事はないSUR SHANGHAIも「スリルとサスペンスの映画のよう。」とドキドキの国境越えでした。
もう一つのアンドラ関連の出来事は、翌日アンドラからフランス側にちょっと出た所のロスピタレ=プレ=ランドールで、トゥールーズ方面行きの列車を待っていた時の事。
当時のSUR SHANGHAIの母親と同じ年頃の日本人女性二人も同じ列車を待っていて、その内の一人が話しかけて来ました。
始めは旅の話だったのが、いつの間にかその女性の娘さんの話になり、「うちの娘はねぇ、…。」の自慢話のオンパレード。
「そうなんですか~。」とだけ言って聞いていたら、いつまでも同じお話が繰り返されるので、鈍いSUR SHANGHAIもさすがに『ああ、これは称賛の言葉が欲しいんだ。』と気付き、「娘さん、すばらしいんですねぇ。」と言ったとたんに「そうでしょ、そうでしょ!」とお話がピタリ!
こんな外国の山の中に来ても、会ったばかりの人に延々と自慢話がしたい人もいるのねぇ。 ┐(´д`)┌ヤレヤレ。
表紙の画像は、アンドラの首都アンドラ・ラ・ベリャにあるサン・エステヴェ教会 。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
この時の旅では、バルセロナからアンドラの首都アンドラ・ラ・ベリャまでのバス運賃は2105ペセタ。
無事にアンドラ・ラ・ベリャ到着後は、バス・ターミナル近くのホテルに泊まって3500ペセタ。
アンドラの通貨はスペインと同じくペセタだったんですよ。
●注: 前編でも言ったように1993年にはまだユーロは無く、アンドラで一般にユーロが流通開始し、ペセタから完全に置き換えられたのは、周辺国のフランスやスペインと同様に2002年になってから。
アンドラはピレネー山脈の合間にある国。
首都のアンドラ・ラ・ベリャでも、山の景色がすぐそこまで迫っているのがよく分かります。
で、この画像の建物は、985年まで歴史を辿れるサン・エステヴェ教区教会。
ただし、今に残る姿は11世紀後半に以前の礼拝堂の上に建てられたものになるそうです。
全体が石造りで、内部も積み上げられた石がむき出し。
ずいぶんワイルドな雰囲気でしたが、残っているのはこの外観写真だけ。 -
フランスとスペインを分けているピレネー山脈の合間にポツンとあるアンドラの面積は468キロ平方メートルで、日本の金沢市とほぼ同じ大きさ。
こんなミニ国家の生い立ちを知りたい方は、次のウィキペディアのぺーじでどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
これは、高台から見た首都アンドラ・ラ・ベリャの街並み。
免税店だらけの街で、SUR SHANGHAIにとってはちょっとつまらなかったな。
食事を摂ったカフェのおじさんが、いちいち飲み物がどのくらい残っているかチェックに来て煩わしかったのをなぜか覚えてる。(笑)
でも、この翌日、表紙に書いたようにトゥールーズ方面行きの列車に乗るためにバスで行ったロスピタレ=プレ=ランドール周辺の山々の景色が素晴らしかった!
そのバス料金は680ペセタ。
ロスピタレ=プレ=ランドールからトゥールーズへの列車の運賃は98フラン。
次に来る時には、その時に見た山々の景色を堪能しようと思いつつ、まだそのチャンスが訪れていないアンドラ。
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