2001/09/30 - 2001/10/13
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SUR SHANGHAIさん
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★2025年9月:新たに出てきた画像をアップします。★
この旅行記のタイトルを見て、「女のSUR SHANGHAIが何で?!」とびっくりする人や何か期待を抱いた人は、ソープランドの旧名を知ってる人ですね。
お年がばれますよ~。(笑)
本場のトルコ風呂はハマムと申しまして、健全な蒸し風呂です。
初心者のSUR SHANGHAIが選んだのは観光客用でした。
そこは表からは一見してわからない所にあった。
半地下の古びた階段を下りる。ドキドキ。
暗~い階段の途中には怪しい老婆が一人。 ギョッ!
でも、ただそこに座っているだけの人だった。 ホッ!
中に入ると、ステンドグラスの衝立と番台代わりの机。
妙齢の女性が応対に出る。
メニューの中から予算に応じてお好みのサービスを選ぶ仕組み。
どうせならセルフサービスより、お相手にいろいろしてもらうコースがいいな。
垢すり+泡マッサージ+シャンプー=1時間20ドル(当時)は高いか安いか。
一番高いのは30ドルだけど、+飲み物と時間がちょっと長いだけじゃないの?
明朗会計前払い。
衝立の後には、待機している三助おばちゃんの群れ。
誰が私のお相手? ワクワク。
ドーム状の屋内には小部屋がずらり。
何をどうしたらいいのかわからないぞ。 ウロウロ。
私を初心者と見た受付の妙齢女性が「小部屋で服を脱いで、置いてあるタオルを巻いて来てね。」と指示。
ほの暗い小部屋の中は休憩用の簡易ベッドと着替えるためのスペースだけ。
タオルを巻いて出て来ると、案内のおばちゃんが手馴れた様子で木製便所下駄風の履物を手渡す。
小部屋に備え付けの鍵をかけたら、おばちゃんと共にいよいよ奥へ。
控えの部屋を通り過ぎる。すでに蒸気が立ち込め始めたぞ。 ムンムン。
次がお待ち兼ねのトルコ風呂の浴室。
年代を経たドーム状の総大理石造り。
「ウワーッ!」
天井に嵌め込まれたガラスカップから差し込む光に反射する、漂う湯気が神秘的。
夜には、中央に下がったシャンデリアが点灯するんだろうな。
床は定期的に石を換えるらしくてツルツルだけど、壁に沿って立ち並ぶグレコローマン風の石柱は半風化してるから、古代遺跡の中に湯浴みに来たような贅沢感。
周りに見とれていると、おばちゃんはいきなり私のタオルを剥ぎ取り、
「アレーッ!」…と気を持たせておきながら、無愛想に「ここでお湯をかぶって待っていろ!」と場所を指定して立ち去りました。
壁に取り付けられた洗面台に蛇口をひねって溜めたお湯をかぶる。 ザブザブ。
蒸気に程よく温められた壁にもたれて脚を伸ばすと、すでに夢心地。 ウトウト。
先客の西洋人娘が3人。
2人はやはり、壁にもたれて桃源郷入りの風情。
1人は中央の一段高くなった洗い場でマグロ状態。
さっきからいい歌声が聞こえて来るな?、と思ったのは彼女付きの三助おばちゃんの哀愁こもったトルコ民謡。
エコーが効いて雰囲気満点。
飲み物の注文取りはあっさりしていて、要らないと言うと一回で退却。
さて、いよいよ本番です。
土俵入りして来た私の三助おばちゃんはド迫力でした。
お相撲さんの胸とお腹をたるませた感じ、と言えばいいのでしょうか…。
パンツも、でかパンを通り越した麻袋風。
「洗い場に横になれ。」と指示を受け、恐る恐る横たわると、皿洗いスポンジの背中に付いてるようなザラザラの垢すりタオルを出されて二度びっくり。
でも上手で優しかったですよ。
床石に腰骨がガチガチ当たって痛いのが玉に瑕でしたが。
シャンプーは彼女の偉大な膝の間に挟まれてしてもらい、子供時代に戻った気分。
最後に頭からドドーッとお湯をかけてもらっておしまい。
別れ際、彼女に「よかった?」と聞かれて、訳も無くドギマギしてしまったSUR SHANGHAIでした。
温泉も嫌いな旦那は例によって「風呂? … その辺で待ってるよ。」だったので、当然の事ながら男湯方面の情報は「?」です。ただ確実なのは、男湯の三助さんはおじちゃんだという事。
最後までお読みいただき、お疲れ様でございました。
表紙の画像は、ギョレメ谷を飛ぶ熱気球。
●注: 画像とともに出て来た記録を元に編集し直しますが、ネガは不完全なので、どこで撮った写真なのかはっきりしない物は独断で分別します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 船 レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前日、イスタンブールで旦那と落ち合ってまずは一泊。
イスタンブール観光は後回しにして、サフランボル、カッパドキア、パムッカレ、ボドルム、エフェス、イズミールなどを先に回ってみようと思います。
計画通り車を借りて、まず向かったのは世界遺産に登録されたサフランボルの町。
イスタンブールから見ると東方向の山間にある町で、当時イスタンブールから6時間かかって到着。 -
サフランボルで泊まったホテルの名は何だっただろう。
伝統的造りの民家を改装した外観と内装でおもしろかったな。 -
これはサフランボルの町並み。
こんな形の尖塔を持つモスクを見たのはこれが初めてで珍しかった。 -
サフランボルは、11世紀にまで遡る歴史を持つ町。
古建築が多く、その美しい町並みが≪サフランボル市街≫として、1994年に世界遺産の文化遺産に登録されました。
今この町並みを改めて見てみると、アルバニアのベラトの歴史地区に似ているな、と思う。 -
イチオシ
サフランボルの町並み。
素朴な美しさがあって、散策するのが楽しい町だったな。 -
サフランボルの木組みのユニークな建物は、遠景だけではなく近くからも見てみましょう。
SUR SHANGHAIたちのように、民家を改装したお宿に泊まってみるのもよし!
これは、ハーフティンバー風に木組みが壁面に現れている建物。
二階部分のせり出した部分を斜めの柱で支えている構造が面白い。
ここは老朽化してもう誰も住んでいないのかな。 -
このお宅は、2階、3階に行くに従って、段々にせり出していく造り。
でも、斜めになった支えの柱は無いのね。 -
サフランボルの町の骨董屋さんと言うか雑貨屋さんと言うか。
この雰囲気は、後年行ったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォにある職人街とそっくり! -
これもサフランボルの町並み。
それとも、車で30分の隣町のYORUK KOYUだったかな。
もう廃墟のようだけど、こんな崖際に細い柱だけで立つ家もあって、見ている方がハラハラ。
これはスペインのロンダのような雰囲気よね。 -
サフランボルの家々の合間に立てかけられていたのは馬車のパーツ?
-
サフランボルで出会ったこの子たちは兄弟姉妹?
最初は異邦人のSUR SHANGHAIを不思議そうな目で見ていたけど、最後には笑顔も見せてくれたっけ。 -
サフランボルに一泊後、KASTAMANUという街を経由してアマスヤの町へ。
KASTAMANUまでは、当時は車で2時間、アマスヤまではさらに3時間。
アマスヤは、岩窟墳墓とリンゴが有名な山間の町。
岩山の下を流れるイェシル川沿いにオスマン時代の邸宅が並んでいるほか、背後の崖にはポントス王家の岩窟墳墓が。
この画像でも岩壁に墳墓らしき構築物が見えています。 -
イチオシ
SUR SHANGHAIたちも、岩山に上ってアマスヤの町を見下ろしながら、岩窟墳墓を探してみます。
ああ、いい眺めだね。(^◇^)(^◇^) -
アマスヤの町の岩山の中腹で見つけた岩窟墳墓らしき岩屋。
ただし、内部は空っぽ。
改葬されたためなのか、学術調査のために研究機関に移送されたのかは不明。
岩窟墳墓はまだあるんですが、お次のトカットの町へ行くべくここで引き返します。 -
アマスヤからトカットの町へは、車で当時は1時間半。
トカットの町にも古い街並みがあった。
これは、トカットの町の宿から見た月。
どんな宿だったのか覚えていないのに、この満月はよく覚えているのが不思議。 -
トカットからスィワス経由でギョレメに向かう。
トカットから当時車で2時間のスィワスでは、ギョク神学校を見てみたかったのにこの時には修復中だったのが残念。 -
カッパドキアのギョレメ到着。
トカットからは当時車で6時間の道のり。
奇岩の合間に立つモスクの尖塔がシュール。
ついにここにもやって来た!
小さい頃からの憧れの地の一つだったのよね。(〃▽〃)ポッ
近所のおばさんの息子さんが持っていた世界名所写真集に載っていたギョレメの黒いほど青い空を背景にした奇岩が見られるだろうか。 -
日が傾きかけたギョレメの町。
ずっと眺めていても飽きなかったね。 -
ギョレメでのお宿になったホテル・アタマン。
奇岩をくり抜いて造られた高級ホテルで、当時のSUR SHANGHAIたちにはちょっと敷居が高いはずなんですが、この時はアメリカの9.11同時多発テロの後でガラガラ。
「普段は180米ドルの部屋を75米ドルにするから!」と客引きさんに連れて来られて部屋も好きに選ばせてもらいましたが、お客は二組だけで怖いくらいに寂しかったです。(^^;
受付の女性スタッフの日本語が上手でびっくり!
ここのレストランの鱒料理は、肉料理が続いた後だったので格別な味わいでした。 -
ギョレメには三泊し、SUR SHANGHAIは毎朝早起きして、一人で朝の散策へ。
SUR SHANGHAIの旦那は早起きが苦手なんです。(^^;
よって、朝の散策タイムの画像は三日分まとめてアップしようと思います。
奇岩と町並みが混然一体となった部分もあるギョレメ谷。
ちょっと不思議な眺め。 -
朝の散策は、どこへ行くという目的も無く、足の向くまま気の向くまま。
背後から太陽が昇って来て、行く手には沈み行く白い月が。
道の傍らの奇岩が朝日を受けて金色に染まる頃。
SUR SHANGHAIの影も長く伸びる。 -
ギョレメ谷の枯草の小道。
日が昇り始めると、一面金色になって干草の匂いも立ち上る。
ちょっとした丘に続く小道。
ふと見上げると、沈みかけの月の姿もあったギョレメの朝。 -
ギョレメ谷上空を飛んで行く熱気球。
この時はアメリカの9.11同時多発テロの影響でお客が激減したたため、見かけた気球はほんの数えるほど。 -
ギョレメ谷を行く熱気球。
その光景だけを見ると静寂そのものなのに、時折、熱気を噴射するゴオオオオッと言う音が凄まじい。 -
さ、そろそろ旦那の待つお宿に戻ろうか。
…と、ギョレメ谷を下りて行く。 -
翌朝は、日の出前にホテル・アタマンから奇岩の立ち並ぶギョレメ谷へ。
奇岩の合間を自由に歩き回ってみたかったのよねぇ。(((o(*゚▽゚*)o)))
早起きの苦手な旦那は、いつもの如く
「岩?… おまえ、一人で行ってこい。」でした。(^^;
これはギョレメ谷の奇岩の一つ。
ギリシア正教の修行僧たちが住むために、窓や出入り口がくり抜かれたこの岩は、まるで烏帽子をかぶった人の顔のよう。(笑) -
早朝のギョレメ谷の奇岩の合間に見えた白い月。
-
ギョレメ谷の奇岩の合間を縫って歩く。
手前の岩には、亡霊のような顔が浮かんで見えてちょっとヒヤリ。 -
そろそろこの日の太陽が昇り始めた。
奇岩が立ち並ぶギョレメ谷の朝は、風の渡る音と自分の足音ばかり。 -
朝日を受けて、柔らかいピンク色になったギョレメ谷。
ここは以前はギリシア正教の修行僧の洞窟住居だった岩?
今では廃墟になっていました。 -
ギョレメ谷には、現代人の住む岩もちらほら。
適度な大きさがあって居住性のよさそうな岩ならありえるけど、これって岩一つ単位で賃貸・売買しているんだろうか。
岩をくり抜いて部屋を造るだけならともかく、水回りや電気なんかの設備はどうするんだろう。
出来たら内部を見学してみたかった。 -
イチオシ
この岩山の一角には、現代の人々が住む洞窟住居もあった。
洞窟住居というと、中国のヤオトン、イタリアのサッシなんかが有名よね。
あ、そういえば、チュニジアにもあった!
住み心地とか、ちょっとお試ししてみたくなる。 -
同じギョレメの奇岩と言っても、場所によってその形はさまざま。
この一画には、鉛筆を何本も立てたような形のものが林立。 -
また戻って行ってみたいギョレメ谷。
現在も自由に歩けるのかな。 -
この一画の奇岩はずんぐり・むっくり型。
ちょうど一軒分の大きさよね。 -
これもギリシア正教の修行僧の住居に使われていた岩?
窓兼通気口らしき設備がいくつもあるのに、人が出入りできる大きさの玄関(?)が無い。 -
上掲の画像と同じ岩の一部。
窓兼通気口らしき設備が何段もあるから、中はロフト式の部屋が入っているんだろうか。
内部構造も見てみたかったな。 -
1985年に、世界遺産の文化遺産に『ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群』として登録されただけあって、ギョレメ谷には奇岩をくり抜いて造られたギリシア正教教会の廃墟も多数。
すでに無人になって久しいようで、半ば崩れているマイナーな教会廃墟も見て回れました。
まだ残っていた窓や…、 -
...壁と天井の装飾が廃な美しさ。
マイナーな教会だと、保護の手もなかなか届かないのかも。
ギョレメに隠れ住んでいたギリシア正教徒たちがこれらの洞窟教会を放棄したのは1923年以降。
トルコに住んでいたギリシア正教徒と、ギリシア国内に住んでいたイスラム教徒の交換が両国間で合意されてからの事だったそうです。 -
へっぴり腰で入ってみたギョレメ谷の教会廃墟の一つ。
これはごくシンプルな内装ながら、柱や壁面に三角形の窪みがずらり。
物を置く棚の替わり?
装飾としての意味合いもあったんだろうか。 -
最後の朝もまた一人歩いてみたギョレメ谷。
今日もまた、奇岩の山を越えて気球がやって来る。
このまま飛び去って行くんだろうな、と朝の散策を続行。
すると...、 -
...不意にゴオオオオッ!!という轟音が空から降って来てびっくり!
飛び去って行ったと思っていた気球がずいぶん下まで降りて来ていた。 -
イチオシ
この気球は、一旦、地面すれすれくらいにまで下りて来たからまたびっくり。
一人荒野を行くSUR SHANGHAIを驚かそうとわざとそうしたのかな。
お客さん全員で、SUR SHANGHAIに手を振ってくれました。ヾ( ´ー`)ノ~ -
青さが増してきたギョレメの空を背景に、やたら薄い板状に残っていたギョレメ谷の奇岩。
Σ(゚ж゚;)ギクッ!! このタイミングで崩れて来ないでよ! -
朝の光の中、ギョレメ谷を歩く。
踏み分け道の雑草が金色に輝く朝。 -
イチオシ
これがギョレメ谷の奇岩の元?と思わせる岩山発見。
たまの雨で浸食されて、残った部分が徐々に柱状の奇岩になるのかも。 -
ギョレメ谷に日が昇る。
廃墟になった奇岩に映るSUR SHANGHAIのシルエット。 -
槍の穂先のような奇岩が立ち並ぶギョレメ谷。
不思議な景色よね。 -
ギョレメ谷の周辺には見どころ多し。
この画像の奥に見える小山は、ギョレメ谷南西部にあるウチヒサルの要塞。
あそこへは車で行った方がいいな。 -
この日の散策の振り出しになった岩まで戻って来てみたら、もう日が高く昇っていたため、今朝見た雰囲気とは一変!
同じ対象物でも、光の当たる角度によって雰囲気が変わるのよね。 -
旦那も起きて来た後は、二人になってカッパドキアのギョレメ周辺を見て回った3日間。
まずは、カッパドキアの観光資料にもよく出て来るギョレメ野外博物館の岩山あたりへ。 -
妖精の煙突、キノコ岩と呼ばれる奇岩も目白押しのギョレメのパシャバー地区。
何だか、ミニ・エリンギが並んでいるみたい。(笑)
今では風化も進んで、頭部分が落ちている岩も有るかも? -
ギョレメ谷の林立する奇岩の中を歩く。
アメリカの9.11同時テロ後のギョレメはどこへ行っても人影がまばらだった。
SUR SHANGHAIはこんな景色の中をどこまでも歩いて行きたいタイプだけど、普段あまり歩きたがらない旦那がどこまで付いて来れるかな。 -
ギョレメ谷の一画。
ここの奇岩は、屋根部分がツンと尖った形。
ここに多数のギリシア正教の修行僧たちが住まっていた頃を想像してみる。
当時は耳を澄ませても谷を渡る風の声しか聞こえなかったに違いない。 -
個人的に好きだったのは、ゼルヴェ野外博物館の岩山と奇岩、そして濃い色の空との取り合わせ。
ここの奇岩群は、三角の兜をかぶった兵士たちの頭に見える。 -
イチオシ
ゼルヴェ野外博物館のワイルドな眺めが好きだったな。
-
徐々に崩れて砂になって行く岩山、その麓の奇岩。
ゼルヴェ野外博物館には、子どもの頃に見てみたいと思っていた景色があった。 -
イチオシ
天然の岩窓から覗き見たゼルヴェ野外博物館の岩山。
シュールな風景。 -
ちょこんと飾りを乗せたような三角帽子風の奇岩。
手前の岩はエリンギそっくり。 -
一つだけポツンと荒野に立っていた奇岩。
いつからいつまでそこに立っているんだろう。 -
荒野の中にポツリと立つ、首を伸ばした怪獣のような奇岩。
どこまで行っても静寂な景色が続いていた。 -
後年行ったイースター島のモアイを思わせる岩もあったっけ。
-
夕暮れが近づき、行ってみたローズ・バレー。
ここの岩はピンク色を呈しているため、お天気がいい日には夕日でバラ色に輝く場所。 -
もう少し岩が赤く染まるまで眺めていたかったローズ・バレー。
でも、この後、雲が出てしまったのよね -
ギョレメ谷南西の高台にあるウチヒサルは巨岩要塞。
その岩にも岩窟住居が多数あるんですが、それらの写真は行方不明。
誰かに送ったりもしたんだろうな。
これは、その村の道で出会った親子。(o^―^o)ニコ -
ウチヒサルの道の傍らで、朽ちて行く車があった。
-
ウチヒサルで見た石造りの家も今は廃墟。
ぽっかり空いた窓から見える空が深い青! -
これは、デリンクユの地下都市を見に行った時、道端で出会った子どもたち。
砂遊びをしてたのかな? (^▽^)/ -
上掲の画像の子たちを撮っていたら、「あんたも撮ってもらいなさい!」とおばあさんにけしかけられたらしき子も寄ってきた。(^^;
パンを片手に持ってジッと見て来る目力に負けてパチリ!
デリンクユの地下都市では偽ガイドさんに出遭ってしまい、地下に下りたものの見学もそこそこに出て来たような記憶がある。
ご用心! -
ギョレメ近郊のソーアンル渓谷とソーアンル村。
-
上掲の画像の渓谷を眺め下ろす場所にいた男の子。
ボクちゃん、お母さんは? 一人でここまで来たの? -
ソーアンル村にも多数の岩窟教会や岩窟住居があるんですが、旦那は「もう飽きたよ~。」
博物館とか美術館に行ってもいつもそうなのよね~。(´;ω;`)ウゥゥ
で、ソーアンル村では、村の中だけをちょっと歩くだけになったSUR SHANGHAIとその旦那。
村からは、一見すると要塞のように見える岩山が見えた。 -
ソーアンル村の中。
ここでのお土産はソーアンル人形。
カラフルな民族衣装を身に着けた女の子の人形で、掌サイズ。
手作りでそれぞれ表情も衣装の細部も異なるので、お気に入りを見つけたらぜひどうぞ。
SUR SHANGHAIも一つお買い上げ。
今ではさすがに色が褪せてしまいましたが、本棚の上に鎮座しています。 -
ここは、ギョレメ北近郊のアヴァノスの町。
陶器が特産なので、こんな古風な荷車に壺類を積んだお土産屋さんがありました。
ただ、この時は、やはりアメリカ9.11の同時テロの後で、どこに行ってもお客がほとんどいなかった。 -
アヴァノスの町には、入り口の階段にお洒落な陶器オブジェを置いたお宅も。
芸術家肌の人のお宅かも。 -
アヴァノスには、家を飾るセンスがいい人がたくさんいるみたい。
門の上に置かれた壺のマリーゴールドが枯れかけた風情までいい! -
これはもう廃墟になったアヴァノスの町の建物。
住む人がいなくなった廃墟って、悲しいような不思議な魅力があると思う。 -
これもアヴァノスの町で見かけた建物。
いや~、今にも崩れそう。 -
カッパドキア→3.5時間(当時)→コンヤ→4時間→エイルディル(一泊)。
その後、エイルディル→2.5時間→パムッカレ→4.5時間→ボドルムへと移動。
なのに、コンヤ、エイルディル、パムッカレ周辺の写真は未発掘。
コンヤからエイルディルに向かう途中のベイシェヒル湖やエイルディル湖の眺めがよかったのにな。
パムッカレの写真が無いのは、当時は水が枯れていてほとんど撮らなかったせいもありそう。
で、これは地中海に面したボドルムの港。 -
ボドルムで泊まったホテルはちょいと洒落た感じだった。
そのホテルの踊り場に描かれた騙し絵。 -
ボドルムの人たちもいいセンス!
緑に囲まれた赤い門が素敵だわ~。 -
石の壁に嵌め込まれたこの窓の風情もいい。
-
ボドルムには2泊。
街の中心部より、その周辺の港やビーチの方が落ち着いていてよかったな。 -
ボドルムの中華料理レストランの壁。
万里の長城らしき絵があるけど、その隣の人物像は中国人なのか? (o'ω'o)?
その服装にちょいと違和感。 -
このレストランは、全面的に改装工事中?
そんな奥の方で待っていられても…。(^^; -
ボドルムからイズミールへの途中で立ち寄ったクシャダスは大きな港町だった。
ボドルムからクシャダスへは車で3時間(当時)。
クルーズ船がやって来る岸壁にいた親子がいい雰囲気。(o^―^o)ニコ
親子で紫色のペアルック。 -
クシャダスのお土産屋さんは馬車仕立て。
-
クシャダスの後は、さらに車で30分ほどのドライブで古代ギリシア遺跡が残るエフェスへ。
こういう古代の町並みが残る遺跡って好きだな。
長い時を経て、遠い昔に帰ってきた気分になる。 -
エフェスでは、勝利の女神のニケにも会えた。
-
エフェスの古代ギリシア遺跡の一つ。
よく、細い柱の上の構造物が崩れずに残っていたなぁ。
それともこれは修復された後の姿? -
エフェスに残るこのアーチが見事。
壁や屋根が落ちた後も残るアーチの構造って強いのよね。
ほかの遺跡でも、出入り口や窓のアーチ構造だけ残っている建物はよく見るし。 -
上掲の画像のアーチ部分のアップ。
これを造り上げた人々は死に絶えても、その作品が現代まで残っているのは不思議な気分。 -
エフェスの古代ギリシア遺跡。
あの観客席すべてが人で埋め尽くされていた様子はちょっと想像できない。
エフェスの後は、さらに車で30分ほどのシリンジェ村を経由してイズミール(一泊)へ。
イズミールはシリンジェ村から1時間半(当時)。
シリンジェ村やイズミールの写真が出て来ないのは何故かな?
誰かにあげちゃった? -
イチオシ
イズミールの街で見かけた小粋な眺め。
ワンちゃん、この車の持ち主のご主人を待ってるの? -
イズミールの街では、こんな丸まっこい形と赤い色、それに古びた風情が魅力の車に出会った。
助手席のボクちゃんは、お父さんを待ってるの? -
イスタンブールに戻る前日は移動のみで、イズミールから車で8時間(当時)のYOLOVAと言う港町からはフェリー(30分)でPENDIKへ。
そこからさらにイスタンブールへは車で1時間半。
いや~、この頃は疲れ知らずだったのね。(^◇^;) -
イチオシ
イスタンブールでの宿になったのは、スルタンアフメット地区にあるEMPRESS ZOE。
奮発して、市街地の眺めがいい広いテラス付きのペントハウスにしてみました。
ちょっと古びた感じですが、それがまたこのホテルのいいところ。
テラスからは…、 -
…近くの町並みの奥のブルーモスクや…、
-
...アヤ・ソフィア博物館も見えて、もちろん徒歩でのアクセスも楽々。
立地最高、雰囲気もよしのお宿でした。
このEMPRESS ZOEはこの旅行記を再編している2025年9月現在も営業しているようです。
泊まってみたい方は、最新の情報をチェックしてみるといいですよ。
●注: 当時のEMPRESS ZOE内にはエレベーターが無く、大きな荷物がある人には不向きな感じでした。
今はどうなんでしょうね。 -
EMPRESS ZOEのテラス。
お天気さえよければ、このテラスは居心地最高! -
言わずと知れたイスタンブールのブルーモスク。
ブルーモスクもアヤソフィア博物館も、当時の内部を撮った画像が出土していないのは残念。 -
イチオシ
イスタンブールには3泊。
毎日よく歩いてあちこち行った思い出が。
これはトプカプ宮殿の内部。
細やかなモザイクと窓から差す光が美しい。 -
これもトプカプ宮殿内のドームと窓だったかな。
不思議な構造。 -
屋内にベランダがあるって、これまた不思議な構造。
これもトプカプ宮殿内部だったような。 -
EMPRESS ZOEがあるスルタンアフメット地区には、ちょいといい雰囲気のお土産屋さんも多数。
ただ、この時はアメリカの9.11同時多発テロの影響で、この地区もガラガラだった。 -
焼きサバ・サンドが名物になっているガラタ橋近くの魚屋さん。
魚のエラを裏返して赤く見せているのは、新鮮さを強調するため?
画像右手のおじさん二人が妙な格好をしているように見えますが、たまたまシンクロした動作を取っていただけです。(^^; -
金角湾に架かるガラタ橋あたりから見た対岸のカラキョイ地区とガラタ塔。
う~ん、イスタンブールを代表する眺めよね。 -
カラキョイ地区にあるガラタ塔は、この時には時間切れで行けず。
グランド・バザールやエジプシャン・バザールの写真も出て来ないな。
そのうちにまたどこからか出土する日もあるのかも?
2025年の再編はここまでにしておこうと思います。
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この旅行記へのコメント (13)
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- ちゃむたさん 2010/02/15 10:20:23
- トルコでハマム〜♪
- SUR SHANGHAIさん、こんにちは♪
トルコ旅行記楽しく拝見しましたm(__)m
トルコ、そしてハマムに興味があったので、あれこれと想像しながら(笑)楽しく読ませていただきました〜
スーパー銭湯の韓国式アカスリとかは何度もやっているのですが・・・あーゆーのとは全く違うんですかね〜?(^_^;)
とにかくオバチャンに身をゆだねる…所は同じかな?(笑)
いつか私もトルコに行ってハマム体験してみたいです!
ちゃむた
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2010/02/16 08:48:04
- RE: トルコでハマム〜♪
- おはようございます。
古〜い旅行記にお越しくださったようで恐縮です〜。(^^;
肝心のハマムの画像は一枚も無いんですが、ハマム体験が強烈な印象だったので、表紙の方にその時の話を笑い話風に書いてみました。
この時のトルコ旅行の紙焼き写真ももっと発掘しなきゃいけないなあと思いつつ手をつけていないんですよ。
私は逆に韓国垢すりに行ったことが無いので比較できなくてすみません。
韓国には数回行ってるんですけど、なぜか縁が無いんですよ。
去年行ったときには、有名店はもう予約で埋まっていたし…。
ちゃむたさん、その内に韓国垢すりVSトルコハマムの旅行記を書いてみてはいかがでしょう?(*^o^*)
> SUR SHANGHAIさん、こんにちは♪
>
> トルコ旅行記楽しく拝見しましたm(__)m
> トルコ、そしてハマムに興味があったので、あれこれと想像しながら(笑)楽しく読ませていただきました〜
>
> スーパー銭湯の韓国式アカスリとかは何度もやっているのですが・・・あーゆーのとは全く違うんですかね〜?(^_^;)
> とにかくオバチャンに身をゆだねる…所は同じかな?(笑)
>
> いつか私もトルコに行ってハマム体験してみたいです!
>
>
> ちゃむた
>
>
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- しゅんはさん 2008/02/25 16:50:20
- ホテルのハマムでちょっと体験
- SUR SHANGHAIさん
トルコに行ってきました。
是非、ハマムを体験したいと思っていたのですが、
何せ、8日間バスで2000kmという超過酷なツアーです。
余裕はありません。
最初のホテルにハマムがあるという情報を入手しましたので、気分だけでもと直行しました。
マッサージを受けたわけでないのですが、中央の大理石に寝転んで雰囲気だけ味わってきました。
しゅんは (*^_^*)
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2008/02/28 11:16:15
- RE: ホテルのハマムでちょっと体験
- おお、トルコへ行ってらっしゃったんですか。(^o^)丿
私はこの旅行記に出ている通り、街の中のハマムに行ってきたんですが、ドキドキでした。
ホテルのハマムの方が安心して楽しめるかもですね。
しゅんはさんも、まずは体験できたようでめでたし、めでたし。(*^。^*)
- しゅんはさん からの返信 2008/02/28 13:01:09
- RE: 日月潭、文武廟からの夕景
- SUR SHANGHAIさんは、台湾にも行かれていたのですか?
クチコミで、日月潭、文武廟からの夕景の事が出ていましたので
しゅんはの最初の海外旅行が台湾で、その時、日月潭のホテルを利用しました。
日の出は、残念ながら見えなかったのですが、文武廟の階段からの夕景は、
忘れられません。
しゅんは(*^_^*)
- しゅんはさん からの返信 2008/02/28 17:41:47
- RE: 備忘録i
- 旅行記備忘録(07年)
6月の遠野:未アップ
6月の成田山:未アップ
9月のタイ、ドイツ、ポーランド:編集途中
9月の甘粛省:未アップ
10月の雲南省ドライブ旅(元陽の棚田):未アップ
11〜12月のドイツ、オランダ、オーストリア、ギリシア:未アップ
12月〜08年1月の台湾:未アップ
(08年)
- しゅんはさん からの返信 2008/02/28 17:44:16
- RE: 備忘録に載っていましたね
- 備忘録に、
12月〜08年1月の台湾:未アップ
と載っていましたね。
しゅんは (*^_^*)
-
- 気楽トンボさん 2005/09/20 18:57:00
- 私もトルコのハマムに嵌りました。
- 最高に気持ちが良かったです。
1回目は少し恥ずかしい気持ちが有りましたが、
2回目からは平気に・・・
私の時は、いつも、おじさんの三助さんだった。
大きな大理石がポカポカ!
そこに、遠慮なく寝て洗ってもらいました。
何処まで洗って貰うかは個人の自由とか・・・
私ですか?そ・れ・は・・・内緒(笑)
もう一度でも2度でも、ハマムに行きたいです。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2005/09/21 00:52:42
- RE: 私もトルコのハマムに嵌りました。
- 気楽トンボさんのページに行って、ハマム体験記を探してみましたが、ここへの書き込みと同じくチラリとしか書いてなかった…。(T0T) 残念。
こういう健全なハマムが近所に出来たら、毎日でも行きたい。(^○^)
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- てるさん 2005/01/23 12:57:23
- トルコ風呂のこの色素敵ですね。
- トルコ風呂のこの色、異国情緒たっぷりで良いですね。しかしまあ、SUR SHANGHAIさんの旅行記は見ごたえたっぷりですね。これからじっくり読みます。・・・「トルコ風呂」ときいて、私がいかがわしく思うのは50%です。聞いたことはあるといった感じ。現在33歳。どの年代で分からなくなるのだろう?
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2005/01/23 23:34:34
- RE: トルコ風呂のこの色素敵ですね。
- 書き込みとお言葉をいただき、ありがとうございます。
一つ、訂正があります〜。(^○^)
このトルコの旅行記の表紙の画像は、ハマムではなく、イスタンブールにある宮殿の内部なんです。
この画像を表紙に使ったので、ハマムと誤解される方もあるかと思い、注意書きも付けておいたのですが、お気付きにならなかったようですみません。<m(__)m>
この旅行記には写真を追加する予定なので、その時にはもう少し見やすい所に書いておきますね。
「トルコ風呂」の名称は、30代半ば以上の方はご存知だと思いますが、20代の方となるとどうなんでしょう。まして、名称が変更になったいきさつを知っていらっしゃる方は…。あ、私の年がばれそうなので、やめておきます〜。(^・^)
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- まーがりんさん 2004/11/01 11:54:37
- 一人のトルコ青年の叫びが日本を動かした。
- トルコ記を読みました。写真が増えてさらにおいしくなっていますね。
あの青年の名前は教科書に載せるべきだ。海外を旅して日本が不当に扱われている事は沢山あるぞ。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2004/11/01 15:47:59
- RE: 一人のトルコ青年の叫びが日本を動かした。
- 「トルコ風呂」の名称を変えるよう抗議したトルコの青年ですね。そのあとで新名称を募ったんですよね。あれは印象的な出来事でした。
次元の違う話ですが、よくヨーロッパあたりでは食品の名称に「芸者」が使われてます。たとえば「GEISHA CHOCOLATE」とか、ツナ缶にもあったな〜。ポッキーチョコと同じようなお菓子が「MIKADO」だったり。なんかヨーロッパ人の日本に対する認識をうかがわせる命名だと思います。
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