2024/01/28 - 2024/01/28
56位(同エリア181件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1780冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,492,599アクセス
- フォロワー171人
この旅行記のスケジュール
2024/01/28
この旅行記スケジュールを元に
午前11時30分にマラケシュを出たバスは「アイト・ベン・ハッドゥ(Ayt bin Haddū)」に向かい4時間の移動です。マラケシュ辺りまではまだ地中海性気候の影響を感じましたが、この後の「アトラス山脈」に入ると気候帯が変わっていくのが分かりました。「アトラス山脈」はサハラ砂漠と地中海と大西洋の海岸部とを分離し、モロッコとアルジェリアとチュニジアにまたがり、全長は約2500キロメートルにも達します。また山脈は4つの地域に分類されるということは今回初めて知りました。そのうちの「オートアトラス山脈(高アトラス)」というモロッコ中央部の大西洋岸からアルジェリアの国境まで東方向に伸びている山脈に向かっていると説明がありました。バスは1時間もすると山道に差し掛かり、左右の景色はどんどん変わっていきます。緑は極端に減り始め、道路の脇を流れる小さな川の周囲にしか見られなくなり、標高が上がるにつれてその川筋からも離れていきます。街道沿いの乾燥した土地には日干し煉瓦で造られた集落が現れては消えていきます。また道端では陶器や化石を売る店も現れては消えていきます。そんな街道沿いの数軒の店が並ぶところでバスを降ります。「Argane Tichka Shop&Restaurant」という店でまずは昼食をいただいて、食後は隣接するショップでアルガンオイルの抽出の実演を見学してショッピングです。オイルはめちゃくちゃ高いので我が家にはとても手が出ず、並びにあるお土産屋を覗いてみます。すると店員さんたちが車座になってタジン鍋を中心に食事をしています。邪魔しては悪いなと思いましたが、「こっちに来て一緒に食べない。」と誘われて車座の中に加わります。少し料理をいただいた後は欲しかったモロッコの民族衣装の「ジュラバ( Jellaba)」を見せてもらいます。最初は70ユーロなんて金額でしたが、最後は20ユーロなのか30ユーロなのかの攻防です。「現金が必要なんだ。」という親父の哀願する表情にほだされ、金額は30ユーロだけど7ユーロほどの陶器を付けてもらうことで商売成立です。実際はもっと安いのかもしれませんが、元々は昨年10月のMSCスプレンディダのカジノで勝ったお金ですから気にはなりません。その場で着込んでみんなと記念写真を撮っていい思い出が出来ました。バスはさらに東に向かって走り続け、「ティチカ峠(Tizi n'Tichka)」で写真ストップがありました。そして夕方になって「アイト・ベン・ハッドゥ(Ayt bin Haddu)」に到着します。ここでは全員でハドゥ一族が築いた集落の坂道を登ります。旅行前に古いテレビ番組の録画を見ていたのですが、菅野美穂がモロッコを旅するというものでした。その時に映っていた家や看板がそのまま残っていました。山頂の手前で20分のフリータイムになりましたが、妻は登らずに近くの店を見ていました。駆け足で山頂まで登って周囲と山頂の倉庫の写真を撮って駆け足で戻りました。10分も立っていないので妻もびっくりです。「先に降りるよ。」と妻に声掛けして1軒の絨毯屋に入ります。ここは登り道で入口の脇に掛かっていたベルベル絨毯が気になっていました。値段を尋ねると200ユーロとのことでしたが、「時間がないから最初にラストプライスを言います。100ドルしか持っていません。クレジットカードも日本円もバスのあります。」最初はダメと言われましたが、「もう集合時間なので。ありがとう。さよなら。」というと仕方ないなという感じでOKしてくれました。店の中には大きな木製の古い織機があり、カラフルな毛糸が繋がっていて、まさに織っている途中でした。梱包してもらいながら尋ねてみるとこの近くに住んでいる女性が織っているとのことです。値切ったということは彼女の手取りも減ってしまうので申し訳ない気にもなります。「ジュラバ」を着てベルベル絨毯を担いでいると、ようやくモロッコに来たという実感が湧いてきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
マラケシュの「ジャマ・エル・フナ広場」を午前11時30分に出発して、バスは東に向かって走ります。
ジャマ エル フナ広場 広場・公園
-
この日はマラケシュからワルザザードまでの移動ですが、途中に「アイト・ベン・ハッドゥ(Ayt bin Haddu)」という遺跡があり、そこに立ち寄るのも楽しみです。
-
マラケシュの市街を向けてしばらくすると荒涼とした風景が広がります。荒地には羊の遊牧が行われています。昨年10月にウランバートル郊外でたくさんの羊を見た後はスイスでも羊の群れ、インドでも羊の群れを見てきましたが、モロッコでも同じことでした。
-
標高が高くなるにつれて周囲から背の高い樹木の姿がなくなってきます。
-
荒野の中にポツンと建物が現れ、それが絨毯屋だと確認できた頃には後方へ過ぎ去っていきます。こういったところで絨毯を買ったらまずは洗濯することを考えないとなりません。最近はコインランドリーでも絨毯を洗えるところが増えたのはありがたいです。
-
オリーブ畑も通過しますが、機械化されていないだろうから、収穫時は下に布を敷いて、誰かが木に登って実を落とすのではないでしょうか。
-
通り過ぎる集落には1つのモスクが必ずあります。それは住民が住む家に比べるとはるかに立派で美しいことが分かります。
-
斜面が崩落しているのも見えました。この辺りはまだ大雨が降ることがあるのでしょうか?この後どんどん変化していく地層の変化のスタートでしたが、モロッコの風景はすごかったです。
-
車窓から見える集落の建物の多くが日干し煉瓦で造られているのが分かります。一見すると貧しさからこの建物を選んでいるようですが、それだけではないということをガイドさんから説明がありました。
-
粘土と水と有機物の藁や木屑や動物の毛のようなを混ぜてできている日干し煉瓦は、単純な技術と土着の材料を利用します。混合された材料は木製の型に流し込まれ、太陽の下で約15日間かけて乾燥させます。日干し煉瓦の構造物は住宅の建築には一番強い素材の1つといえます。さらに日干し煉瓦の壁の構造は厚く、断熱に優れています。
-
暑い気象条件の下ではこういった構造物は熱から守り、夜間の涼しさを保ちます。煉瓦の厚さで断熱性を増したり減らしたりと調節することもできます。日干し煉瓦には使用上の制限もあり、実際に使う前に考える必要があることがあります。水に長時間さらされると煉瓦が弱くなり崩壊する可能性があります。そのために積み上げた煉瓦の上に漆喰のように泥を塗り固めることも行われています。
-
バスはヘアピンカーブの道を延々と登り続けて、景色の広がった中を走り続けます。この辺りにはまだ木々の緑が残っています。
-
旅行のスケジュールからもアトラス山脈を越えるルートであることは分かっていましたが、その広大な絶景に車窓から目が離せません。
-
集落以外にもロードサイドには陶器を売る店が現れては消えていきます。売っているのは陶器製のタジン鍋が多いようです。これらの軟陶は割れたり欠けたりするので一定数の買い替えが見込まれるのでしょう。
-
陶器はモロッコの人目当ての商売だと思いますが、観光客目当ての化石も売られています。モロッコは世界の代表的な化石産地の1つで、三葉虫や化石を原材料にした工芸品などそのジャンルは多岐に渡るようです。
-
モロッコをバスで走破していて謎だったのが、道路を歩いている人がどこから現れてどこへ行こうとしているかでした。バスで延々と走っても家の1軒も無いからです。
-
さらに高度が上がると木々はまばらになり、険しい岩山が現れてきます。
-
グーグルマップによるとウエ・ティシェッカという川筋に沿って街道が繋がっています。
-
そしてまた日干し煉瓦の集落を通り過ぎていきます。この土地の土で造られた日干し煉瓦なので周囲の岩肌と同じ色をしています。
-
集落では近隣で取れたであろう野菜や果物が売られています。ただ、そんな畑や果樹はバスの車窓からは全く見えません。
-
マラケシュを出て2時間ほど走ったところでバスは数軒のお土産店とレストランのある道端で停車しました。
-
通りの反対側にはタジン鍋やラクダの置物、ベルベル絨毯などが売られています。
-
「Argane Tichka Shop&Restaurant」に入ります。食事の後はアルガンオイルの実演と販売があるとのことです。この店はグーグル・マップにも掲載されていました。
-
4人づつのテーブルに座り、今回のツアーで最初のランチです。大きなプレートに野菜がたっぷり乗ったサラダが出てきます。玉ねぎにレタスにキュウリにズッキーニにニンジン、ビーツにツナが真ん中に乗り、オリーブが散らばっています。マヨネーズ味なので、混ぜ合わせるとロシアのオリヴィエ・サラダのようでとても美味しいです。
-
「ホブズ(Khobz)」という丸いパンが出てきました。モロッコのレストランでは基本的にこのパンが料金に含まれていて必ず出てきますし、足りないときはおかわりを持ってきてくれます。家庭でも食べられますが、普通は仕込んだものを近所のパン屋さんに持って行って焼いてもらうそうです。インドでも同じような話を聞いたばかりです。
-
同席の方々が注文した「ハワイ(Hawai)」というココナッツのような風味の南国風炭酸飲料とレモン味のシュウェップスです。
-
「クスクス・ビダヴィ」は7種の野菜が入る伝統的で人気のあるクスクス料理です。イスラム圏のモロッコでは安息日である金曜日はクスクスを大皿に盛り、家族で囲む習慣があるそうです。野菜の下の中央にはチキンも盛り付けてあります。
-
自分のプレートに取り分けた後に野菜を煮込んだスープをお好みで描けていただきます。モロッコへ初めて来たのは1998年のことで、スペインを1カ月ほど旅した後半のことで、アルへシラスの旅行会社に日帰りのタンジールツアーを申し込みました。スペイン最南端のタリファの港からジブラルタル海峡を渡ったのは良い思い出です。その時のランチがクスクスとチキンの煮込み料理でした。
タンジールの旅:https://4travel.jp/travelogue/10420221 -
モロッコのオレンジは水分が少なく、当たり外れが大きかったです。食べきれない分は持ち帰ってホテルでいただきました。
-
食事の後は隣接する「アルガン・オイル(Argane oil)」の専門店で圧搾の実演を見せてもらいます。地元のおばさんたちが横並びで順序に沿った実演をしています。
-
アルガン油は広葉常緑樹のアカテツ科のアルガンノキ属に属する唯一の種である「アルガンノキ(Argania spinosa)」から採取されます。伝統的にはアルガンノキの付ける硬い種子を石で割り、ペースト状にすり潰してから搾油するという非常に手間が掛かる工程を経て製造されます。
-
アルガン油はモロッコのベルベル人の間ではクスクスなどに用いる食用油、またスキンケアなどに用いる薬用、化粧用の油として利用されてきました。20世紀後半になってビタミンEの含有量や不飽和脂肪酸量が評価され、化粧品用の基油または油を直接利用されるようになります。
-
ヒンドゥー教のリンガとヨニの原点はここにあるのではないかと思います。石臼で挽かれた木の実からは茶色いペースト状のものが流れ出て、木製のボウルの中に貯まっていきます。
-
一番奥が絞ったペースト状のもので、手前に来るにつれて精製されていきます。カゴに入ったパンをちぎって味見をさせてもらいました。最後にショッピングとなりますが、小さい小瓶が150DH(2400円)くらいするのでとてもお土産にはできません。皆さんたくさんお買い物されていてびっくりです。
-
レストランの奥には土産物店があり、モロッコの民族衣装の「ジュラバ( Jellaba)」を見たかったのですが、食事中だったので店に入るのをためらっていると「こっちで一緒に食べない。」と声を掛けられます。昔トルコのカッパドキアのギョレメで絵葉書を買おうとしたら同じように食事に誘われたことがありました。その時の出会いは現在も続いているのでここでもお邪魔します。
ギョレメ:https://4travel.jp/travelogue/11568143 -
食事が終わったところで「ジュラバ( Jellaba)」を着させてもらいます。これは冬用のもののようで、かなり厚いウールの生地で織り上げられています。
-
最初は700DH(10,000円)なんて法外な値段を行ってきますが、最後は200DHか300DHでの攻防になります。左の主人が「現金が必要なんだ。」と哀願するので300DHの30ユーロ払うけどお土産を付けてということで交渉成立。70DHくらいのタジン鍋形の調味料入れを付けてもらいました。10月に乗ったMSCスプレンディダのカジノで勝った原価の無いユーロ紙幣ですし、買い物自体よりも交渉が楽しいので良しとします。
-
隣のお店の人に着こなしを教えてもらったり、記念写真も撮らせてもらいます。
-
やっぱりたった今初めて来たのとは年季が違います。このまま着たままでバスに戻りました。両脇にスリットが入っていて、ズボンのポケットに手が入れられるので意外に便利です。
-
お土産物屋の横にはロバが1頭じっとしています。前脚にはやはりスークで見たのと同じで足がくくられています。
-
前足を左右一緒に踏み出せれば歩けるのでしょうが、それが出来ないのだと初めて知りました。
-
レストランの裏側にはアーモンドの花が咲いていました。ここまでの車窓からも白い花がきれいでした。昔アメリカ人の友人宛に富士山と桜の花の絵葉書をシチリアのエトナ山とアーモンドの花だと偽って送ったら信じていたことを思い出しました。
-
食事と買い物を終えたツアーバスはさらに高度を上げていきます。
-
ヘアピンカーブの連続なので、今まで走ってきたルートが手に取るようにわかります。そしてすごいところへ来てしまったと改めて感じます。
-
わずかな平地は水脈があるようで、羊の餌になる草が残っているようです。
-
その先は突然に巨大な岩山だったり、わずかな草地を求めて放牧を続けているのでしょう。近くには住居はおろかテントのようなものも無い大自然の中で厳しい生活だと感じます。
-
午後3時過ぎに「ティチカ峠(Tizi n'Tichka)」に到着しました。この峠はマラケシュの南東とハイアトラス山脈を通ってワルザザートの街を結んでいます。マラケシュの大平原の上にあり、サハラ砂漠への玄関口でもあります。
ティシカ峠 山・渓谷
-
11月から3月にかけては峠に雪が降ることが多いようでガイドさんも心配していましたが、今年は暖冬で周囲には全く雪は見えませんでした。
-
最高標高は2,207メートルで、北アフリカで最も高い主要な峠でもあります。この道路は1936年にフランス軍によって古いキャラバン・トレイルに沿って建設されました。
-
モロッコで最後に確認された野生のバーバリライオンは1942年にこの峠の近くで撃たれました。バーバリーライオンは北アフリカのライオン、アトラスライオン、エジプトライオンとも呼ばれ、モロッコからエジプトまでの北アフリカのマグレブの山岳地帯や砂漠に生息していました。エジプト美術で描かれるライオンや古代ローマの円形闘技場で剣闘士と戦わされたのもこのバーハリライオンと言われます。
-
峠での休憩の後にバスはさらに走り続けます。通年ではこの辺りでは雪景色が見えるということですが、そんな気配は感じません。10月下旬に行ったモンゴルでは季節外れの雪が降り、草原は一面真っ白でしたが地球の気候は大丈夫だろうかと心配になります。
-
峠を越えて緑が多くなったような気がしましたが、近くの岩山を見ると強風で枝ぶりが曲がってしまった木々が多く、自然の厳しさを感じさせます。
-
多分名前すら無いであろういくつもの岩山の間を抜けていきます。
-
そして日干し煉瓦の建物の並ぶ集落を越えていきます。時間帯的なことなのかバスで通過していても人の気配は全く感じられません。
-
周囲に何もないような地でどのような生業で生活をしているのかも分かりません。多分わずかな農業と牧畜業だと思いますが、羊が飼われているような場所も見られません。
-
日干し煉瓦の住宅の構造がよく分かります。開口部のドア枠などには切り石で補強がされています。確かに熱伝導を考えれば理に適った建築資材だと思えます。
-
廃墟となった建物も車窓から見掛けますが、ただの住宅だったのか歴史的な価値のある廃墟なのか見分けはつきません。
-
アラビア語で「インシャーアッラー」と書かれているようです。直訳すると「もし神が望んだならば」で、イスラムの教義において将来や未来に関する発言に付け足すようにと定められている文言です。これはトルコを旅していても車窓に見掛けますが、白い石を積み上げて文字にしています。
-
こちらも同じ文言ですが、中央に緑の五芒星「スレイマンの星」という国家安泰の象徴です。スレイマンは「クルアーン(コーラン)」に登場する預言者で、旧約聖書ではソロモンを指します。以前はコーランと呼ばれた聖典は現在はクルアーンという呼び方が一般的になりました。
-
「Station Service Ziz」
モロッコのガソリンスタンドはシンプルで美しいデザインでした。ZIZの何とも言えないグリーンの美しさに目を惹かれます。モロッコではプロパンガスが一般的なので、この会社もガソリン以外にプロパンガスを扱っています。 -
「siège Commune AIT ZINEB」というたった1軒の企業の建物のために道路が整備されています。車も通らないその道では地元の子供がインラインスケートの練習をしています。シュールレアリスム絵画のような風景です。
-
天地がひっくり返らない限りこんな地層は出来ないのではないかと思えます。風化した大きな岩の塊ですが、地面になると整地したかのような水平線が形成されています。
-
子供の背丈からしたら大きな自転車だと思います。子供はすぐに大きくなるので、大きめを買い与えるのはどこの国も一緒です。陽射しがだいぶ傾いてきたと感じる時間帯です。子供の頃に自転車を買ってもらえないのは近所では我が家だけでした。友人たちのウインカー付きのサイクリング車の後を走ったことをよく覚えています。その当時家族でスキーをやる家はほとんど無く、1年おきにスキー板は買ってもらえても自転車はダメだったのは子供心にも悲しかった思い出です。
-
家の1軒も羊の1頭もいない荒涼とした荒野をしばらく走ると目的地が近づいてきました。添乗員さんから下車の準備をするようにアナウンスがあります。
-
「Panoramic viewpoint Aït Ben Haddou」というグーグルマップにも載っている展望台にバスは停まりました。
-
隊商交易の中継地として栄えたこの地にはカスバと呼ばれる邸宅が数多く建築され、中でも特に有力であったハドゥ一族が築いたのが「アイト・ベン・ハッドゥ(Ayt bin Haddu)」の集落です。
アイット・ベン・ハドゥの集落 史跡・遺跡
-
映画「ソドムとゴモラ」「アラビアのロレンス」「グラディエーター」のロケ地としても有名な場所です。「グラディエーター」ではこの近くに円形闘技場が建設されました。「ナイルの宝石」では戦闘機が地上を走るシーンの背景に映っています。それ以外にも「ハムナプトラ」や「キングダム・オブ・ヘブン」などが挙げられます。
-
バスは「Guesthouse the Etoile Filante D'or」というゲストハウスの前で停車して、ここから先は歩くことになります。その前にトイレにも行っておきます。往復1時間以上はトイレには行けません。有料ですが人数分まとめてガイドさんが支払いを済ませてくれます。今回現地の7日間のトイレチップとしてガイドさんに1人3ドルを渡してあります。
-
「アイト・ベン・ハッドゥ(Ayt bin Haddu)」の「アイト」は住民の民族グループの名称で「ベン=ハッドゥ」が姓です。もとは「ベン」が息子、「ハッドゥ」は指導者を意味し、「ハドゥの息子たちによって築かれた集落」ということを示しています。
-
集落は「クサール(ksar)」と呼ばれ、このエリアのオアシス住民の伝統的な居住スタイルになっています。モスクや穀倉が建てられ、粘土や日干し煉瓦で出来た素朴な家々が密集しています。その手前にはウニラ川が流れています。
-
遺跡へは橋を渡らないといけないのでその道中にはたくさんの土産物店が並んでいます。ベルベル絨毯に使われているシンプルな基本形( 菱形、山形、X字型、ハッチング付きの直線など)は、紀元前3万年から1万年頃のヨーロッパの洞窟壁画や角や骨にも抽象的な記号として残されているのは驚くべきことです。
-
城塞化した村を「カスバ(砦・城塞)」と呼び、数ある「カスバ(Kasbah)」の中で特に保存状態が良いとして1987年に世界遺産に登録されたのが、この「アイト・ベン・ハッドゥ」です。
-
要塞化された村という意味の「クサール(ksar)」の遺跡は11世紀のアルモラビド朝時代から要塞化され、現在の建物はどれも17世紀以前のものとは考えられていませんが、何世紀にもわたって使用されていたのと同じ建設方法とデザインで建てられた可能性が高いとされます。この場所の戦略的重要性はサハラ砂漠を横断する主要な交易路の1つに沿ったオウニラ渓谷に位置していたためです。
-
現在のクサール自体にはいくつかの家族がまばらに住んでいるだけです。時間の経過に伴う過疎化は20世紀に渓谷の戦略的重要性が失われた結果で、現在ほとんどの地元住民は川の対岸の村の近代的な住居に住んでおり、農業と特に観光業で生計を立てています。2011年に古いクサールと現代の村をつなぐ新しい歩道橋が完成しました。クサールをよりアクセスしやすくし住民が歴史的な家屋に戻ることを奨励することを目的としています。
-
これから見学する遺跡も魅力的ですが、道すがらの絨毯にも目が離せないです。キリムのようなウールの平織りと絨毯が組み合わされた不思議な魅力を感じます。
-
グーグルマップでは涸れ果てた川のようでしたが、実際はわずかに流れがあるようです。遠くで乗馬を楽しんでいる観光客が見えました。
-
クサールを見下ろす丘の頂上には大きな要塞化された「穀倉(アガディール)」の遺跡が見えます。この建造物は通常は穀倉と要塞で構成されており、周囲の農場や家畜を敵から守るために岩だらけの高台に設けられます。 モロッコでは日干し煉瓦または石積みのいずれかで建てられました。
-
村の建物は角の塔と門を含む防御壁の中に小さな家から塔が付いている高い建物までさまざまなサイズの住居があります。一部の建物の上部には幾何学的なモチーフで装飾されています。モロッコでは幾何学的なモチーフが好まれるようで、鉄板で造られた扉や折戸には菱形のデザインが付けられています。
-
山頂まで石垣が積み上げられ九十九折の道が続いているようです。多分妻は上まで登らないだろうなという予感が頭に浮かんできます。
-
たくさんある住居には人が住んでいないので扉が閉ざされています。この扉を見ていたら「閂(かんぬき)」という漢字が頭に浮かんできました。門に鍵をかけるそのままの姿です。
-
午後の遅い時間ということもあるのか我々のツアー以外にここを訪れる観光客もほとんどいませんでした。上に昇る道は1本だけのようなので、写真を撮りながら最後尾を歩きます。
-
旅行前に昔撮りためたテレビ番組の録画を見直してきました。その1つが菅野美穂がモロッコを旅するというもので、今回のルートとは逆ルートで旅していました。彼女はここにも訪れていて、この看板の前で写真も撮っていました。
-
迷路のような道を歩き進みますが、ツアーの皆さんと遅れることで2人で迷宮に迷い込んだような気分に浸れました。
-
このところずっと足の調子が良くないので、わざと遅れているわけではありません。足元ばかり見ていると大切なものを見落としますよ。
-
妻は足元に気を取られて視界に入っていませんが、このベルベル絨毯をひと目見て欲しいと思いました。ただ勝手に買い物するわけにもいかないので先を急ぎます。値段がついていて、見学している間に包んでおいてなんて買い物は出来ませんから。
-
ようやく先を行くツアーの人たちに追いつきました。ここで20分ほどの自由行動になりました。
-
急ぎ足で山頂まで行って、急いで戻ってくれば絨毯屋で値段交渉も出来そうです。ところがその道中にもたくさんの店が並んでいます。
-
日干し煉瓦の上に広がられたというロケーションですから、実際よりも見栄えが良く見えるので注意しなければなりません。
-
やはり先ほど見たものが一番良さそうです。妻はやはり山頂まで登らないというので1人で先を急ぎます。
-
5分ほどで山頂に撞くことができました。ここまで歩いてきた迷路のような集落が見渡せます。ウニラ川の水脈により周囲はオアシスのような緑が広がっています。現代のようにトラック輸送がメインになる前は交易で栄えたのであろうことが想像できます。
-
俯瞰してみるとそれほど大きくない集落にもかかわらず大きな塔が多いのにも驚かされます。これらの建物は土と日干し煉瓦、粘土レンガと木材で構成されています。ピセ、タビア、アルルーとも呼ばれる日干し煉瓦は非常に実用的で費用対効果の高い材料でしたが、継続的なメンテナンスが必要でした。
-
日干し煉瓦は 圧縮された土と泥でできており、通常は接着を助けるために他の材料と混合されていました。ここでは土と藁の混合物を使用しており、水の透過性が高いために時間の経過とともに雨によって侵食されやすくなっています。
-
その結果このタイプの村は放棄されてからわずか数十年で崩壊し始める可能性があります。「アイト・ベン・ハッドゥ」では高い構造物は1階まで突き固められた土で作られ、上層階は壁の負荷を軽減するために軽い日干し煉瓦で作られました。
-
丁度そのメンテナンスの状態を見ることができました。この日に塗られた赤茶色の土はまだ夕日に輝くほどの水分を残していました。この美しさには日本の侘び寂びに通じるものを感じます。
-
山頂に積まれた石はほとんど恐山の賽の河原です。両親のために小石を2つ積んでおきました。
-
山頂から下ってくると妻が手を振っていました。そのまま妻を置いて道を下ります。
-
上りでは気が付きませんでしたが、彼の着ている「ジュラバ( Jellaba)」が全く同じものでした。ということで一緒に記念写真を撮らせてもらいます。彼の店はアクセサリー屋だったのでちょっと覗きましたが、頭の中は絨毯で一杯です。
-
店に戻って値段を尋ねると「200ユーロです。」とのことです。それほど高くないのですが、「ツアーで来ていて集合時間がすぐなので100ドルなら買いたいんだけど。」「時間がないからこれがラストプライス。」というと「カードも使えるよ。」と来ますが「カードは他の現金と一緒にバスの中にあるから無理。」、100ドルでは売れないと来たので「ありがとう。みんな降りてきたから。さようなら。」
-
ツアーのメンバーと合流しようとすると「OK 100ドルでいいですよ。」ということで店の中に入ります。すると中には織機が置かれ、カラフルな実にモロッコらしい毛糸が束ねられています。
-
降りてきた妻に写真を撮ってもらいます。大至急で小さく梱包してもらっています。
-
このままここで半日過ごせるなと思います。伝統的な柄を教えてもらったり、毛糸を染める染料などについても教えてもらいたいところです。いままでトルコのアナトリアではそうやってキリムやジジムを買ってきていました。
-
ナントも魅力的な店内です。この店を選んで正解でした。カッパドキアのギョレメのメフメットという友人のことを思い出します。その友人はトルコの絨毯のオーソリティで講演を行ったり新聞にも載っています。彼から教えてもらった染料やモチーフの意味や織り方はこういった場面でとても役に立ちます。
-
買うと決めてここまで3分くらいの早業です。時間が無いのは時として優位に働くこともあるのだなと思いました。ここで追っているのは地元の女性だということを聞くと値段を半額にしてもらったことが心苦しくなります。
-
トルコのヘレケのシルクの絨毯は材料であるシルクの糸の重さと織手の手間と聞いたことがありますが、この羊毛の毛糸とその染料と手間を考えたら収入はいくらにもならない気がします。
-
若い頃に遊んだ任天堂のテレビゲームの「ドラゴン・クエスト」を思い出しました。ロールプレイングゲームのダンジョンの中で宝物を発見したような気分です。
-
ツアーの人たちと先に降り始めた妻の後を追いかけます。
-
もう少し彷徨い歩きたかった「アイト・ベン・ハッドゥ」です。
-
ここへは自転車屋バイクの持ち込みは禁止されています。内容を知ってしまうと大したことないものですが、ビジュアルとしてはカッコいいです。
-
元気なうちに遠いところや険しいところには行っておかないとと思う年頃になりました。そろそろ南アメリカとか真剣に考えないと行けなくなってしまいそうです。
-
バイク屋自転車はダメでも馬やロバは大丈夫なようです。先ほど川辺で乗馬を楽しんでいた人たちでした。
-
このままどこまで登っていけるのか疑問ですが、多分ルートがあるのでしょう。
-
ようやく橋を渡って戻ってきました。気に入ったのが小さい絨毯で良かったと思います。今回はカタール航空を利用なので1人23キロ2個、2人で96キロまで荷物が運んでもらえるので重さには心配はありません。この日だけで7キロほど荷物が増えました。
-
日暮れ前にここを出発してワルザザードまで移動しなければなりません。ツアーはカスバ街道とその先のサハラ砂漠へ向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2024モロッコの旅
-
前の旅行記
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(4)クトゥビアの塔から迷宮という言葉がふさわしいメディナを歩き、ジャマ...
2024/01/28~
マラケシュ
-
次の旅行記
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(6)アトラス・スタジオを抜けてタウリルト・カスバの前の映画セットのよう...
2024/01/28~
ワルザザート
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(1)カタール航空で初めてのドーハ空港に驚嘆し、24時間かけてモロッコの...
2024/01/26~
ドーハ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(2)カサブランカ空港からツアーバスでマラケシュを目指し、ジャマ・エル・...
2024/01/27~
マラケシュ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(3)サンローランのマジョレル庭園にスリランカのジェフリー・バワ兄弟とロ...
2024/01/28~
マラケシュ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(4)クトゥビアの塔から迷宮という言葉がふさわしいメディナを歩き、ジャマ...
2024/01/28~
マラケシュ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(5)民族衣装のジュラバを着てティチカ峠を越え、アイト・ベン・ハッドゥで...
2024/01/28~
カスバ街道周辺
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(6)アトラス・スタジオを抜けてタウリルト・カスバの前の映画セットのよう...
2024/01/28~
ワルザザート
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(7)タウリルトとティフォルトートの2つのカスバからアトラス・スタジオを...
2024/01/29~
ワルザザート
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(8)トドラー渓谷を散策し、灌漑施設ハッターラの地下を見学し、エルフード...
2024/01/29~
エルフード
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(9)月明かりのメルズーガ大砂丘でラクダの背に乗り「月の砂漠」を謡いなが...
2024/01/30~
エルフード
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(10)ジズ渓谷からイフレンを経てフェズに至る風景に映画シェルタリング・...
2024/01/30~
イフレン
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(11)ボルジュ・サッド展望台から朝日の当たるフェズの全景を眺め、アート...
2024/01/31~
フェズ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(12)迷宮都市フェズを現地ガイドの案内で彷徨い歩き、なめし皮工房のタン...
2024/01/31~
フェズ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(13)迷宮の喧騒を逃れてパレス・マネビでモロッコ料理を堪能し、モロッコ...
2024/01/31~
フェズ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(14)フェズから緑豊かなモロッコ北部を走り抜けシャウエンに至り、早朝の...
2024/01/31~
シャウエン
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(15)本当にあったモロッコの青い町を彷徨い歩き、ようやく買い物を楽しむ...
2024/02/01~
シャウエン
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(16)シャウエンからロバとヒツジに見送られ、ラバトを経て最終地カサブラ...
2024/02/01~
ラバト
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(17)霧のハッサン2世モスクを見上げて、中央郵便局から絵葉書を投函して...
2024/02/02~
カサブランカ
-
JTB 異世界への誘いモロッコ9日間(18)カサブランカからの帰路はドーハで成田便に間に合わず、羽田便に振り...
2024/02/03~
ドーハ
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2024モロッコの旅
0
113