2015/11/14 - 2015/11/14
2位(同エリア6件中)
さっくんさん
パキスタン最後の訪問地はガンダーラ地方のタキシラの遺跡群です。仏教と西洋のヘレニズム文化が此処で出逢い、その結果仏像が生まれました。一方仏教はそれまで小乗仏教が信仰されていましたが、大乗仏教が生まれました。この二つの仏教んとっての大きな出来事、それは偶然だったのでしょうか?タキシラに遺された仏跡を辿りながら私なりに推測して見ました。
来週から10日間ほど旅に出ます。今年も再び中東を旅します。な訳で二週間程更新が止まります。宜しくお願いします。
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パキスタン最後の一日はガンダーラ遺跡が残るタキシラを訪れます。
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本日もデコトラを眺めつつ旅は続きます。
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デコトラさんお仕事中です。
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パキスタンの首都イスラマバードに建つファイサル・モスク。サウジアラビアの国王寄進のモスクで国王の名がモスク名になっています。
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ファイサル・モスク内部です。
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険しい山が迫ってきました。
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グランド・トランク・ロードと呼ばれる太古の大幹道です。昨日訪れたロータス・フォートを築いたシェール・シャーが大整備を行いました。
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なんとバングラデシュのチッタゴンからアフガニスタンのカブール迄続いているのだそうです。
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タキシラを紹介する前に、ラホール博物館に所蔵されているガンダーラ関連の展示品を紹介します。(タキシラのものだけではありません。)
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エキゾチックなお顔立ちです。
以下博物館の画像は許可を取ってのものです。 -
アレクサンダー大王の遠征等を経て、この地に彫像の文化が伝わりました。
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逆に東からは仏教が伝来し、西からやって来たギリシャの文化と出逢います。それまで仏教界では仏の姿を偶像化すると言う概念を持ち合わせてはいませんでした。しかし奔放に彼等の信じる神の姿を彫る姿に触れ、そして仏像が産まれました。
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ですから最初は仏像も西洋の面影を強く残しています。
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Buddhism meets Hellenism in Gandhara
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仏像はやがて丸みを帯び、彫りが浅くなっていき、やがて馴染み深い顔立ちへと変わります。
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この仏像なんて上手い事東西文明がブレンドした御尊顔に思えます。
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インド特有の丸みを帯びたスタイルながら表情にうっすら西洋の面影を残しています。
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これはもう◯◯大王と言う風体ですね。
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この仏陀様はかなりマッチョです(笑)
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彫りが深く、ナマズ髭の彫像。どう考えてもアジアとはイメージがかけ離れます。
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かなり私達がイメージする仏像に近づきましたが未々バタ臭いです。
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顔もエキゾチックですが、手の結び方も未だ型に嵌っていない気がします。
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この仏様は手はちゃんと印を結んではいますが、髭を生やすは葉っぱつけた冠かぶっているし現在とは全然違った部分もあります。
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断食するシッダールタ。断食し瘦せ細り、浮かび上がった血管さえ彫り込まれた珠玉の逸品。
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これだけの為にもラホール博物館へ行く価値があると思います。
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続いて遺跡に併設されているタキシラ博物館です。
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ここから話す事は学の無いにわかの旅人の妄想と思って聞いてください。昔々インド周辺では宗教と政治は密接な関係にありました。インドならずともインドネシアのブランバナンとボロブドゥール。カンボジアのアンコールワット等ヒンズー教と仏教は国教の座を巡って競い合っていました。インドで仏教が衰退した理由も国教の座をヒンズー教に奪われたからです。
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では国王の視点で見たら、どんな宗教が国教として魅力的でしょうか?先ず国教なのですから多くの国民が信じてくれなくてはいけません。でもそれまでの上部座仏教は出家して修業を積み…と、庶民にとっては難し過ぎるとは思いませんか?
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キリスト教もユダヤ教から飛び出して世界的宗教へ変革していく時、パウロ
主導の下、多くの戒律を捨て去りました。仏教の世界でも国教として国王の認可を受ける為大きな改革が必要だった、若しくは国王から要請があったのではないでしょうか?
そしてそれに応えて産まれたのが大乗仏教だったのではないでしょうか?キリスト教が戒律を捨てた事で、民族宗教から世界宗教へと変革したのと同様、仏教も経典を唱えるだけで極楽浄土へ行けるとし、敷居を大きく低く設定し直し国民の誰もが参加出来る宗教へと変貌したのです。 -
キリスト教はその後ローマ帝国の国教となり、二ケア公会議等を経て国主導でそれまで多神教で偶像崇拝の地盤のヨーロッパでキリスト教が浸透する様に改変が為されます。これはダヴィンチ・コードで有名ですね。これによってイエスは預言者では無く神性が与えられ、十字架に架けられたキリストがその象徴として像として建てられ、絵画として描かれる様になります。
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一方仏教も、大乗仏教が生まれた頃とざっくり同じ時期、仏像が生まれています。それまで仏教は偶像崇拝の習慣はありませんでした。これは偶然では無く。仏教が国教となる為に大乗仏教が生まれ、国民に敷居を低くすると同時に、国民に広くアピールし、教えを広める為に大乗仏教とセットになって仏像が生まれたのではないでしょうか?
私はこれれを勝手にダヴィンチ・コード仏教バージョンと呼んでますが如何でしょう?学者さんに笑われてしまう様な事かもしれませんが、そんな空想を楽しむ事も歴史散策の楽しいところだと思います。 -
仏教もキリスト教も世界的仏教と成長していく為に時に為政者の力を借りながら、より多くの信徒を増やす為、本来の戒律を捨て、仏像なり十字架に架けられたイエスなり本来は無かったシンボルが生まれ、より解りやすいスタイルへと変遷していきました。
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その過程で仏像や彫像、そしてそれぞれの宗教画は言葉の壁を乗り越えて宗教の意図をより広範囲の人々に伝える手段として大いに発展を遂げ、やがて芸術的価値さえ伴う様になります。
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只、此処でとても不思議な事があります。私の旅のテーマとしているイスラーム。イスラームは戒律を守り通しています。コーランもアラビア語しか認められていません。(翻訳すると徐々に語彙が変わってしまう為。)これでさえ違う言語を使う人々に伝え難いと言うのに、更にイスラームは偶像を認めていないので宗教画による布教さえ出来ないのです。
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翻訳も許されず図説さえしない。そんなアラブ人以外にとって敷居の高そうな宗教が何故現在カソリックと同等の信者数を獲得する世界宗教に育ったのかは本当不思議な事です。勿論創建当初こそ戦いの中で勝ち取った領土はあります。しかし東南アジア、中国西部、アフリカサハラ砂漠以南等、イスラームが一兵たりとも派遣していない地域、勿論言語も文化も大きく違う地域にもイスラームは浸透しているのです。
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季節柄なのか博物館には多くの地元の学生さんが訪れていました。彼等から質問責めの楽しいひとときを過ごしました。
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東西様々な文明が交差するガンダーラ遺跡に社会科見学で訪れる事が出来るなんて、とても羨ましい事だと思いました。
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普段博物館等滅多に入らない私が、興奮しっぱなしの時間を過ごせました。この像もアジアの柔和さと西洋の荘厳さが微妙に混じり合う素晴らしい作品と思います。
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それではタキシラ遺跡を見学します。遺跡は多くの地域に点在しています。
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先ずは巨大な仏塔跡が残るダルマラージカーと呼ばれる仏教遺跡を訪れました。
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紀元前3世紀マウリヤ朝アショカ王が仏陀の聖遺物を収集し8つのストゥーパに分納したうちの一つが此処だったとされています。
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ガンダーラと言えば、どうしても三蔵法師の旅を思い出してしまいます。中国、西安を出発した彼は今日のウイグル自治区を経由しそのまま西へ、ウズベキスタンのブハラで進路を南に向け、アフガニスタンのバーミアンを経由しガンダーラに到達しました。
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しかし玄奘三蔵がこの地を訪れた頃には、この地は仏教が衰退した後だったと言います。人形劇と違い三蔵の旅は未だ続く事となります。
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「其処に行けばどんな夢も叶うと言うよ♪」
ゴダイゴさんの嘘つき! -
いえいえ、ゴダイゴさんの歌に憧れて、実際ガンダーラに訪れる日が来たのですから、夢は叶ったのです。
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台座を支えている力強そうな人物像、これはアトラスなのだそうです。ギリシャ神話の神が仏教の世界観を支えている、まさに東西文明の融合が此処に記されていました。
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ストゥーパの基礎がありました。
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石組みの中に大きな石が均等に配置されるのがガンダーラの石組みの特徴に感じます。
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発掘されたコインです。
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菩提樹がありました。
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小さなストゥーパが幾つかあります。仏像が出来る前は、こうしたストゥーパ信仰が中心だったと言います。
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貯蔵庫だとの事です。
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小ストゥーパの方形基壇。
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洗濯に使われていたそうです。
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何もこんなストゥーパのそばで洗濯しなくても良いような気もしますが…。
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此処は何に使われていたのでしょう?円盤状の石器が沢山あって一つはテーブル上に乗せられています。石を熱してテーブル上の突起に差し込んで固定して、そこに焼き肉を乗せてバーベキュー?ちょっと食い意地張り過ぎの想像でしょうか?
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昼食はビリヤーニです。
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此方はシルカップ。紀元前2世紀にギリシャ人により建造された都市遺跡です。
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整然と区画割りが行われています。
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グレコバクトリア王デメトリウスによって建設されたインド・ギリシャ王国の都だと言う事です。
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アレクサンダー大王の遠征は知っていましたが、遠征だけに留まらずギリシャ系の人々がこれ程大規模な都市を築き、定住していたとは初めて知りました。
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でも良く考えて見れば侵攻だけで終わったのなら、文化が伝わる訳が無く、一定の人々がこの地に移住し彼等の文化をこの地で営んだからこそ、文化が伝わったのだと思います。
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此処に残るストゥーパは、インド亜大陸に残る最古のもののひとつだそうです。
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寺院跡だったと思います。
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双頭鷲のストゥーパ。インド、チャイティヤ堂のファザードが彫られている中、ギリシャのコリント式の柱も彫られ、東西文明の融合を如実に具現しているストゥーパの基壇。
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ストゥーパがあり、其処にギリシャ由来のレリーフがあると言う事は、此処に暮らしたギリシャ系の人々がやがて仏教を信仰するに至ったと言う事でしょうか?
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此処で暮らしたギリシャ系の人々はその後、混血を繰り返し今のパキスタン人の祖先となったのでしょうか?故郷へ戻ったのでしょうか?今となっては知る由もありませんが、彼等が残していった彫像の技術は此処で仏像に姿を変え、私達の国迄伝わりました。
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遺跡発掘は現在進行形で行われています。
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最早新規分譲地の基礎だけが出来ている状態の様な遺跡ですが、そこを注意深く観る事で遺跡は物言わずとも多くの歴史を語ってくれました。
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次の遺跡へ向かう為丘を登ります。良い眺めです。
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ジョーリアンは紀元2世紀クシャーナ朝時代の仏教遺跡です。
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ストゥーパの基壇には一段一段に夥しい仏様のレリーフが彫られています。
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細かなところにも抜かり無く仏様が彫られています。
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此処にはかなり大規模な仏塔があったのかもしれません。
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遺跡に残されたストゥーパの基壇。
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優しい御尊顔の仏様です。ジョーリアンは仏像も多く残り、一番ガンダーラでイメージ通りの遺跡でした。
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この地で仏像が生まれた事は、仏教の伝播の速度や信仰の形、あらゆる事に影響を与えたに違いありません。正に革命的出来事であった事でしょう。(仏像誕生の地は幾つか異説もあります。)
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但し他の仏像発祥地と説がある場所で発掘された仏像はまるっきりのインド様式の仏像なのです。仏像を拝むと言う習慣が無かった仏教の世界で、いきなり仏像が生まれるものでしょうか?
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此処でもちゃっかりアトラスさんが踏ん張っていました。
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いや、どちらが先なんてどうでも良い事だと思います。この地ガンダーラで仏教がヘレニズムと出逢い、それまで仏像を拝むと言う概念が無かった仏教徒がギリシャから伝わった彫像を取り入れて仏像が産まれ、仏像が礼拝の対象となった。最初の頃こそギリシャ風の顔立ちだった仏像の御尊顔が時と共にこの地の、私達に馴染みの深い御尊顔へと変わっていった、これは紛いも無い真実であり、その歴史の生き証人の仏様の御尊顔を拝めるのはガンダーラだけなのですから。
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アトラスが仏様を力いっぱい支えているでございます。
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嘗てシルクロードを旅した時、中国を西に旅すれば旅する程、石窟に描かれた仏様の御尊顔が中国人の顔立ちからウイグル人の顔立ちへ、やがてインド風な顔立ちへと変わっていくのを実感しました。最初はギリシャ人の彫刻家に委ねて制作された仏像も、やがて現地の人々に技術が伝わり、現地の人々が彫るに連れ仏様の御尊顔も緩やかに変化していった事でしょう。
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此方の仏様の御尊顔は鼻が高いです。
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玄奘三蔵も手を合わせたに違いありません。勿論私も。
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此方の仏様の顔立ちも西洋の面影をうっすら残しています。
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下半身のみ残されました。
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狭い空間に端正な顔立ちの仏様が座禅を組んでいらっしゃいました。
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ジョーリアンの僧院跡です。
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此方でもダルマラージカー遺跡同様の特徴を持つ石組みがありました。
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タキシラを後にします。物凄い歴史のターニング・ポイントを観る事が出来ました。清々しい光景です。
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旅の最期に空港から程近いラーワルピンディーの街を歩きました。
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パキスタン、ラホールに残るムガル帝国時代の数々の史跡。世界四大文明、インダス文明のハラッパー遺跡。仏像の産まれた地、玄奘三蔵が目指した地、ガンダーラ。歴史好きには涎が止まらなくなりそうな地でもあります。
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但し歴史に然程興味を持たない一般層には敷居が高いかもしれません。インダス文明としては貴重でも、モヘンジョ・ダロなら兎も角ハラッパー遺跡はまるで原っぱの様に味気無いですし、タキシラもガンダーラとしては誰もが知る遺跡ですが、アンコール・ワットの様な迫力を伴う外観はありません。ラホールに残るムガル帝国の史跡群も、インドのタージ・マハルには叶いません。
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更にソ連とアメリカの代理戦争に巻き込まれボロボロにされてしまったアフガニスタンのすぐ隣と言う立地故情勢に左右される事が多い事もあります。
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しかし、その観光客の少なさも相まって、イスラーム本来のホスピタリティー溢れる人柄を存分に体感出来る旅先である事は間違いありません。
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ホスピタリティーと言っても色々あると思います。ゴージャスなホテル、快適なインフラ、そうした側面もあるでしょう。でも所詮元バックパッカーの私にとってはそれらは不要です。快適、便利な事はその時嬉しくても直ぐ忘れてしまう類いの嬉しさです。豪華な事は、金の切れ目が縁の切れ目です。私が嬉しかったホスピタリティーとは、この国の人々が私と言う旅人を心から歓迎してくれているのが痛い程伝わってきた事です。そしてこの類いの嬉しさは、そう簡単には忘れられない嬉しさです。
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最後の時間は大好きなバザールの雰囲気に思い切り浸ります。狭い路地裏の商店街を通ります。ワクワクします。
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そろそろ空港へ向かう時間です。
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四大文明のひとつインダス文明のハラッパー遺跡、仏教の重要なターニング・ポイントとなったガンダーラ。ムガル帝国三大都市のひとつラホール。そのどれも素晴らしかったけど、やっぱり今回の旅のMVPはパキスタンの人々です。
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重厚な歴史と、世界一のホスピタリティ溢れる人々、大満足の旅となりました。パキスタンにありがとう、パキスタン、ジンダーバード!
最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。
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