2025/03/04 - 2025/03/04
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2025年2月~3月のネパール→インド→パキスタンの旅を記録します。タキシラの安宿で夜を明かした翌日です。
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石板みたいに重く、墳墓みたいに朽ちたにおいのするふとんのなかで目を覚ます。詳述しないがバスルームの状況も厳しい。とはいえ、空条徐倫が入れられた懲罰隔離房のほうが1000倍はつらいよな、と思いつつチェックアウト。
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朝7時からターリクのトゥクトゥク(正確には貸切チングチー)で朝霧の街を出る。ここタキシラにあるガンダーラ時代の遺跡群を見て回るのだ。
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朝靄のなか、鳥たちの声が四方から聞こえる。ダルマラージカーの遺跡。だれもいない。往年の雰囲気は想像するしかないが、ここは2000年前に仏教のメッカだった
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アレクサンドロス大王に同行したとの伝説もあるチャンドラグプタは、紀元前4世紀後半にマウリヤ朝を建てる。その第3代アショーカ王が仏教を広めたとき、この地に数多くの僧たちが集まった。
僧房、瞑想室などと推定される遺跡を歩きながら、在りし日の賑わいを思う。タイムスリップして物語が始まりそうだと思う。 -
存在感を示す仏塔(ストゥーパ)は、アショーカ王が建てたと伝わるもの。釈迦入滅のとき、その遺骨(仏舎利)は8つの仏塔に納められたが、アショーカ王はそれらを回収してさらに細かく分骨し、インド亜大陸にたくさんの仏塔を建てた。つまり仏教が世界宗教となる最初期の仏塔のひとつがこれということになる。
さらに世界へ伝播し、1000年後には法隆寺の五重塔となった仏塔。その最古のオリジナルだ。完全な形で見てみたかった。 -
鳥の声とともに遺跡に佇んでいると、どこからともなく管理人らしき老人が現れて見学料を徴収し、ガイドを始める。あなたはブッディストかと聞かれてそうだと答えると、ほほう、という顔をする。ブッディストは仏塔をぐるっと回るのだろう、といって先導する彼はもちろんムスリム。
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ジョーリヤーン遺跡。アショーカ王の時代より400年のち、クシャーナ朝のカニシカ王が建てた僧院とのこと。細密な彫刻が施されていたらしい層状の台座がいくつもあるが、ほとんどの頭部が破壊されていて物哀しい。
フン族や、その後のイスラーム王朝による破壊らしい。 -
どこまでが当時のものかわからないが、隙間なく組み上げられた石壁や丁寧につくられた壁龕に往時の佇まいを思う。
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モーラ・モラドゥ遺跡。カニシカ王時代よりさらに1世紀以上のちに建てられた僧院で、ここもかなり徹底された破壊跡にたじろぐが、宇宙を示す塔が興味深かった。
中心の直方体が我々のいる大地で、その上方と下方にそれぞれ七層があるらしい。須弥山の宇宙観にも近いものを感じる。最下層には「世界を支えるものたち」が掘られているが、これは「アトラス」だとの説明があった。ガンダーラでは、(様式だけでなく)ギリシャ神話の要素も仏教に混入していたのだろうか。
※なお、よく流用される大亀に支えられたインド宇宙観は19世紀あたりのヨーロッパ文献による脚色らしいので、ここでは考えない。 -
以上の3つに加え、昨日も含めると7つの遺跡を見て回った。毎度ブッディストなのかと尋ねられるせいか、観終えるころには、95%がムスリムのこの国で仏教哲学に親しみを覚えるものとしての謎のアイデンティティが生まれている。ターリクが「どうだった?」と聞くので、「仏像の頭部は破壊されてるしそもそも荒廃の極みだし、ブッディストとしては悲しいよ。でも、これが歴史ってやつだね」などと答える。
なお写真は、遺跡と遺跡を移動するとき、道いっぱいに広がる羊の群れをかきわけるところ。どの遺跡もすぐそばにひとびとの現在の日常がある。ちなみに昨日も今日も、外国人はおろか観光客のひとりも見かけない。世界遺産なのだが……。
※ターリクには遺跡巡りの移動チャーターで2000ルピー(約1000円)を払っている。 -
遺跡周遊後、2泊したタキシラを離れ、まずは交通の要衝ラーワルピンディまで戻る。相乗りバスで150ルピー(約75円)。行きはタクシーに乗ったが2000ルピーだったので段違いに安い。
ここで1泊かと思ったが、まだ午後も早いので、そのまま次の目的地・スワート地方へ向かうことにする。 -
まずはバスターミナルのカウンターでスワート行きの便と時刻を聞こうと思ったが、ここ、なにか思っていた「バスターミナル」じゃない……。
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とにかくバンとひととでごった返しており、みな大声でなにやら叫んでいる。こういうときは、ひたすら色んなひとに話しかけるのみ。すぐに猛烈な勢いでひとびとが押し寄せる。
「I want to go to Swat...」
「なにスワート?」
「おい! スワートだってよ。どこだ?」
「スワートはあっちだ。ほら、あそこのひとだかりの先だよ」
「こっちだこっち! ああ写真撮ってる場合じゃねえ、連れてってやるから!」
「おい、このひとスワート行き希望だってよ。まだ乗れるか?」
「ああ、ほら乗った乗った」
「I want to go to Swat...」
「ああわかったわかった。よし定員だ、出るぞ!」
例によって朝から飲まず食わずだったので(※)、ここらで少しジュースを舐めておこうと思ったが、そのための数秒すらなく乗り換えは瞬時に終わる。それにしても、なんだかんだでみんな優しい。
※お腹を壊しているあいだは、移動中は飲まず食わずが基本となる。すぐに駆け込めるトイレが確保できないため。 -
バスには補助席含めひとりの空席もない。密集しているせいか、汗、体臭、香水、その他いろんなにおいも強め。
たまたま私が最後に乗り込んだひとりだったが、外国人だからだろう、乗った瞬間に奇妙な歓声とざわつきがあった。珍しいので好奇心いっぱいといったふうで、こちらからも周囲に語りかけてみるとすぐ仲の良い雰囲気になる。言葉はあまり通じないが……。 -
スワートまで約4時間とのことだが、途中で休憩に。何人かが、両手を両耳にあててなにかを聞くようなジェスチャーをしてくる。これはもしや……と思って降りると、やはり礼拝だった。流れのなかで、私も参加させてもらうことに。撮影は控えたが、一連の流れは以下のとおり。
①同じバスの乗客たちがなんとなく好意的にこちらを意識している様子。お互い言葉がほぼ通じないので、その表情を「無理にしなくていいが、やるなら一緒にどうだ?」と解釈し、人の流れについていく。
②学校の手洗い場のように蛇口が連なったところがあり、順番にそこで手足や顔を清める。なんとなく見よう見まね。この時点で靴を脱いで裸足になる。
③靴を置いて、その先の礼拝スペースへ。宗派の違いか単なる敷地の都合か、屋内と屋外のふたつの礼拝スペースがあり、屋内のほうへ向かう。
④礼拝。まず立って、祈るように両手を合わせる。次に床に伏して頭をつける。正座になって祈る。繰り返し。
以上、終始周りのひとたちが視線やジェスチャーで私を誘導してくれるのが暖かかった。沢木耕太郎が『深夜特急』(※)で同じくムスリムの礼拝に参加したエピソードを書いていたはずだが、予想だにしないタイミングで自分もそんな体験ができるとは。ガンダーラに入ってすぐということもあり、どこかいい偶然を感じる。
※私のバックパッカーとしての旅はこれで4度目だが、そのきっかけとロールモデルになっている本。 -
ところが、さらに意外な出来ごとが起こる。スワート地方に入ったタイミングで警官たちがバスをあらためており(このこと自体は日常的な決まりらしい)、外国人がいることが知れると、ひとり降ろされてしまう。
彼らの主張によれば、セキュリティ上の観点からスワート地方での外国人の移動は制限されるとのこと。実は、デリーで会ったKさんから似た話を聞いていた。彼の場合はペシャワールだったが、滞在中はどこへ行こうにも警官たちへの申請と同行が必要となり、とても気ままな旅ができなかったという。もしかしてこの旅もそうなるのか? 不安が募る。 -
最初の関所(?)で会った警官とは、長い問答の末に、Instagram(たまたま両者が使っていた)のメッセージで連絡を取り合えるなら行っていいぞ、となり放免。日本大使館に確認させてくれといったのが効いたか?
しかし次の関所(?)で登場した警官からは、問答無用で「この先は我々の同行なしにはどこへも行けない」と告げられる。旅、終了か……。
どのホテルに泊まる予定かを聞かれ、目処をつけておいたところを伝えると、いまからそこへ向かうぞとなり、警官の車が追走。私はひとりの警官とともにリキシャに乗り込む。AK-47(かな?)で武装した人間と同乗する経験は初めてだが、もうあまりしたくない。相手がテロリストではなかったのは幸運だが……。 -
ホテルに着くと、ぞろぞろとついてきた警官たちがなにやら話しかけてくるが、互いに片言英語で訛りもひどいのでよくわからない。とりあえずチェックインが済むと
いなくなったが、今日は外に出るなっぽいことをいっていた気がする。
幸運と不穏さが重なるかたちで到着したここは、フィザガットと呼ばれる街。パキスタン北西部、風光明媚で知られるスワート地方の中心都市・ミンゴーラから北へ車で10分ほどの川沿いのエリアだ。タキシラからさらに中国やアフガニスタンとの国境へと近づいたことになる。ここはまさしく、古代ガンダーラ王国が栄えたエリア。そしてこの旅の最後の目的地だ。 -
部屋に入った途端に気が緩んだからか、お腹のなかのものをすべて出してしまう。しかし、前泊のつらさの反動もあって、中級ホテルを選んだのだ。さすがに(手動)ウォシュレット付き。これなら安心だ。
気が大きくなり、2日ぶりに外のレストランで外食を試みる。ラマダーンは続いているが、もちろん夜はお店も開く。警官の姿はないし、かまわないだろう。 -
お店ではGoogle翻訳の出番だ。
「私はお腹を壊しています。胃腸に優しいものが食べたいです」
丁寧に話を聞いてくれたお店のシェフの提案Mixed Vegetableと英訳された野菜煮込み。 -
これは優しい味。いい店だからか、油臭さもあまり感じない。空っぽの胃をゆっくり温めてくれる。追加でいただいたチャイのおかげもあり、この2日のあいだでようやくひと息つけた気がする。ホテルのすぐそばにいいレストランもある。これはやはり、旅が上向きになっている感がある。
※店名はKRACHI BAR BQ。Mixed Vegetable200ルピー(約100円)、チャイ60ルピー(約30円)。なお、これで合計260ルピーのところ、精算時になぜか10ルピーまけてもらえる。メニューに明示された価格を向こうから下げてもらったのははじめてだ。げっそり頰のこけた顔でふらふらやってきた外国人が、野菜煮込みを泣きそうに食べながら「Good!!」と連発していたせいで、哀れに思ったのかも知れない。 -
帰ると、広く清潔なベットが待っている。Park Way Hotel、1泊6000ルピー(約3000円)。24時間安定したお湯が出ること、ランドリーサービスがあることも確認済み。さすがにこの価格帯だと安心感がある。
とうとう最後の目的地に辿り着いたのだ。細かい計算は明日やるが、ここからは節約というより、現金化した原地通貨をどううまく使い切るかのフェーズに入る。不安なく眠れるのが嬉しい。いや、あの警官たちが一抹の不安を煽るのだが、まあすべては明日だ。
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