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《2021.November》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのXXXV坂本前編~比叡山坂本秋のライトアップ・日吉大社編~<br /><br />今年の秋のテーマは〝紅葉〟と〝ライトアップ〟で決まり…と意気込んだのはいつの日か。連休を取るためには連勤をせねばならないシフト勤務の辛さはあるが、何故か〝金曜日〟の休みが続いている。記録を見ても11月19・26日と。平日ではあるのだが週末絡みで特に夜は人が多いような気がする。まあ名目上は外出規制が解かれたと言っていることもあり、ある意味観光地に人が集まることは仕方がないのではあるが、〝密回避〟をモットーに行先を決めている私にとってはいささか勝手が違う。しかし手をこまねいているとまた出掛けるきっかけを失うのが今年の定石。また紅葉の見頃を考えても11月末迄だろうということもほぼ間違いはない。それに加えて夜間拝観等の〝イベント〟は大凡土日を最後にして終了するようだ。<br /><br />とは言え当日に候補地を抽出しているようではあまり遠出をするわけにもいかない。先週訪れた〝石山寺あたら夜もみじ〟もそんな理由から決めたようなものだ。それから1週間が経ち仕事中に比較的近くてライトアップされている〝名所〟を探してみた。ピックアップしたのは〝比叡山坂本ライトアップ〟の一環である〝日吉大社〟と〝西教寺〟。17:00~20:30と時間も長めで尚且つ駐車場・入山料ともに〝無料〟となれば行ってみる価値はある。おまけに琵琶湖の水位低下から普段は見ることができない〝坂本城跡の石垣〟が見えることもある。元々このコースは公共交通機関+徒歩で回る予定だったので時間にはかなり余裕を取っていた。今回は上手い具合に車を借りることができた。そのため移動時間を短縮することができる。そんな理由から場所は知っていながら今まで訪れることがなかった園城寺町にある〝戦跡〟を訪ねることを組み入れてみた。<br /><br />令和3(2021)年11月26日金曜日<br />ライトアップをテーマに出かけるならばその〝開園時間〟に合わせて行かなければならないことは仕方がない。今回の〝比叡山坂本秋のライトアップ〟は17:00から始まることであったが、最初はバスと電車の利用を考えていたため、行程を組んではいたが車を使うことができることがわかり立ち寄り地点を増やして予定通り14:00過ぎに出発する。いつものローソン大津大平1丁目店であらかたのコースをナビに入力をするが、若干行きたいところと異なる場所が示されているように感じ、スマホナビのバックアップも付け加える。ファミリーマート大津国分店に再び立ち寄り、コース設定を変更し改めて出発する。まず目指した場所は大津市歴史博物館。正確にはその北側に位置する〝大津市民文化会館〟の駐車場である。<br /><br />文化会館建物横の階段を登る。左手に進むと〝若鷲の碑〟が建立されていた。昭和18(1943)年4月に大津陸軍少年飛行兵学校が開校。入学一年目に操縦・通信・整備で適性を分けられ、その後適正により陸軍飛行学校・陸軍航空通信学校・陸軍航空整備学校へと進み、戦況が悪化する陸軍航空隊を支える兵士となっていった。国民学校初等科卒業程度の14歳以上19歳未満という今ならば中学から高校生の少年達がお国のためと志願した史実である。飛行学校に搭乗員候補として進んだとしても実際には訓練が間に合わず単独で操縦するところまでは出来なかったと言われているが、太刀洗飛行場に配属され知覧まで特攻機の搭乗員を輸送することはあったようである。しかし大津陸軍少年飛行兵学校跡地に滋賀県立大津商業高等学校が開校し、その山手にひっそりと〝若鷲の碑〟が建立されていることはもう少し近江の歴史を知るのにクローズアップされても良いように思えてならない。人によっては大津市歴史博物館会館がその存在を消し去るかのように開館したとまで言っている。湖国でも戦跡は至る所にあることは忘れないで貰いたい。そうふと思った私であった。<br /><br />若鷲の碑と階段を挟んで北側には〝歩兵第九聨隊之跡〟碑がある。西南戦争にも従軍した歴史ある部隊であるが、大正14(1925)年の宇垣軍縮による軍制改革により京都に移駐し、第16師団に編入されている。昭和になって日中戦争中に北志那方面軍とともに新設された第2軍零下部隊となった後に一度帰還した。太平洋戦争では昭和16(1941)年に第14軍戦闘序列に編入され、緒戦のフィリピン攻略に参戦しマニラ陥落後はフィリピンに駐屯している。昭和19(1944)年には第35軍隷下となりレイテ島に移駐する。その後レイテ島の戦いに於いてブラウエン飛行場を奪回する〝和号作戦〟を敢行するが、米軍の激しい反撃を受け連隊は壊滅状態となった。その後の調査で米軍の包囲網を突破して連隊陣地まで帰還できた将兵はなかったとされ、戦闘に於いて玉砕したとされている。しかし生存者がいなかったことから〝推定〟されたという意見も有るようである。<br /><br />ここでは戦跡に対してあれこれ述べるのは控えておくが、この〝歩兵第九聨隊之跡〟碑。の隣には〝不死美臺〟と刻まれた石碑も残されている。現在語に訳すると〝富士見台〟となるが、以前はここから〝近江富士〟である三上山が望めたのであろうと記されたものが散見される。しかし敗戦後米軍に接収されたものが返還された昭和33(1958)年には、この界隈に視界を遮るような高層階の建物などある訳もなく、今でも方向を知るものであれば、大津商業高校の屋根越しに三上山が望めることはわかっているはずである。疑う訳ではないがどうもこの辺りは後世の創作によって作られた感を感じざるを得なかった。<br /><br />そんなことを考えながら車へ戻り、次の目的地を目指す。昨今の天気によって琵琶湖の水位が下がり、14年ぶりに坂本城の石垣が見えているという情報から、坂本城址公園駐車場を目指したのであるが、現地についてまさかの光景を目にしてしまう。まさかの〝駐車場閉鎖〟の表示が。地元民として恥ずかしい限りだが、坂本城址公園に関して調べたものに関してはその記載はなかった。後日〝大津市内の県営公園〟のHPに於いてその一文が記載されていることを知る。坂本城遺跡への観光客の駐車場利用が著しく、駐車場に入れない車両による県道高島大津線の停滞により、通行に支障を来しているため、やむなく令和3(2021)年11月22日月曜日から当面の間、湖岸緑地・下阪本公園の駐車場閉鎖するとのこと。訪れたのは11月26日金曜日、つまり4日前から閉鎖されていたことを知る。しかしこういう意味のないことを当たり前のようにやってのけるおバカな滋賀県のお役人、閉鎖したから改善したことがないことは外出規制をかけた昨年以降は〝意味をなしていない〟事実。むしろ路駐が増え見通しが悪くなり対歩行者の事故リスクが高まる〝だけ〟にしかならないことを(怒)。結局は平日であっても南行き車線には複数台の駐車があり、渋滞まではしなくともナビ上はそこで流れが悪くなっていた。確か南に下ったところにも駐車場はあったような…と向かったがこちらは車内にドライバーがいない車の置き場化していた。車で来なければ…と悔やんだところもあったが仕方がない。来年どうやって滋賀県に税金を納めないようにするかを考えながら車を転回し坂本の街中へと向かうことにした。<br /><br />予定では坂本城址滞在時間分が浮いた形になるのでライトアップも始まってはいない。取り敢えず予定していた市営大宮川観光駐車場へと向かうが、面食らうほど空いている。一旦車は停めたものの目的地である日吉大社・西教寺の中間に位置するため、どちらへも徒歩10分程かかる場所なので、ヘタレとしては出来れば歩かなくても済む駐車場を探す。目指した先は坂本ケーブル入口付近の観光駐車場。他府県ナンバーが停まっていることに良くは思わないが、取り敢えず駐車できることがわかり安心する。<br /><br />車を停め歩いて行くと懐かしい景色を見ることとなった。延暦寺学園比叡山中学校高等学校の校舎だ。〝一隅を照らす〟と書かれた看板が目印の県内屈指の私立学校である。私はここの卒業生ではないが、太古の昔高校入試で訪れたことがある。大津エリアでは結構卒業生が同僚に居たりするが、うちの職場にも2人いる。そんな校門前を通り過ぎ、日吉大社の表鳥居へと辿り着く。諸説あるがこの鳥居は湖岸から歩いて来ると三番目になると言うことで〝三ノ鳥居〟と呼ぶこともあるらしいが、聞いただけでは確認が取れなかった。<br /><br />時間的に余裕はあるので閉門した旧竹林院へと向かってみる。土日祝祭日は予約制でライトアップがみられるということであったが、なんせ数日前に行先を決めている私にとって予約を取るなどということは不可能である。昼間でも楽しめる場所だということは聞いていたので、来年の紅葉の時期を楽しみにして今回は先を急ぐ。<br /><br />日吉大社は大別して5つのエリアから構成されている。今回のライトアップ会場となっているのは〝大宮橋エリア〟と〝西本宮エリア〟であるが、その会場外でも参拝個所はある。今回は〝東本宮エリア〟を目指し歩いて行く。昼間ならば入山料を払う受付は既に閉まっており、灯篭が並ぶ参道の奥に楼門が見えている。人がいないことがまた厳か感を引き立てており、参道は独り占めして写真撮影ができる。楼門奥には東本宮本殿や樹下宮本殿等が暗闇の中にライトアップされている。紅葉のライトアップ会場として書かれていれば、そこだけに人が集まることはいつものこと。順路を少し離れるだけでこんなフォトジェニックな場所があることを探すことも旅の醍醐味である。<br /><br />そんなことを考えながら山王鳥居付近からライトアップゾーンに入る。この西本宮メイン参道はほぼ直線に西本宮桜門前広場まで繋がっている。それ故に参道中央付近でカメラを構えると同じような写真しか撮れないために、敢えて参道の端に三脚を立ててナイトモードとバルブ機能を利用して撮影した方がいろいろなシーンをカメラに収めることが出来る。宇佐竈殿社参道手前には日吉大社ならではの〝神馬舎〟〝神猿舎〟が設けられている。神馬は作り物であるのはいつものことではあるが、神猿は実物のお猿さまである。もっとも建物内が暗いので実際にいらっしゃるのかどうかは確認はできなかった。<br /><br />その隣には白山宮本殿につながる白山宮参道がある。ここは参道自体に加えて拝殿が照明でライトアップされており、その色合いにつられて行く者も多いようだったが、写真で切り取ると意外にも明る過ぎてレンズ内で光が乱反射をしており、目で見たものとはかなり違う印象を受ける。白山宮参道に対しそのすぐ隣にある宇佐宮参道は、参道のライトアップはされているものの拝殿のライトアップはなく、人も歩いてはいない。大丈夫とはわかってはいても暗いところは警戒する人間の性が垣間見えるようにも思った。<br /><br />時折振り返って今来た参道を振り返ってカメラを構えると、長時間露光をするため動いている人は写り込まなくはなるのだが、それでも帰り道は足早になっていくことが感じられるものとなっている。山王総本宮日吉大社の顔出しがあるので三脚もあることからチャレンジしようとも思ったがやはり恥ずかしいのでやめておく。西本宮桜門前広場には〝春日岡〟と書かれた霊石が置かれている。これに関しては特段記載が見られなかったので〝ありがたいもの〟と心に思いつつ先を急ぐ。この広場から大宮川に下りられるような道があるようだが、そちらには照明もないため今回のライトアップ会場になっていないと考え行かなかった。西本宮桜門前には何やらゲームの主人公的なイラストが置かれている。なにが徳川家康なのかはわからないが〝コラボレーションデジタルスタンプラリー比叡山戦国BASARA〟というものが今年の12月5日まで行われており、その必須ポイントの日吉大社が徳川家康とコラボしているらしい。ゲームは目が疲れるから手を出さない私には、特段興味を惹くものではなかった。それよりも桜門から西本宮を眺めてみる。拝殿は照明が当てられているだけであるが、本殿はイルミネーションライトアップとなっているようだ。中には入れないので桜門から参拝する。そして振り返るとそこには最近よくインスタ等で見かける〝手水舎〟があった。ライト系を用いると水面に乱反射してしまい被写体がぶっ飛ぶ典型的なシーンなので、いつもと同じようにシャッターを開けて撮影する。最も〝撮影機材〟を持ってきているからできることであり、スマホだけではできる技でもない。最近はナイトモード搭載のスマホを持つ者が増えなにがしらの手腕で撮影できているように思うものの、そこまでの機能を搭載していない端末ではライトを用いるしかない。上手く撮れない~とおばさま達がボヤいていたが、端末の値段の差ですよ~と販売人は心の奥底でほくそ笑むのであった(笑)。<br /><br />ライトアップ時には東門同様西本宮桜門内の参拝はできないためにこの広場が最終目的地となる。後は今上って来た参道を下りて行くのみとなる。写真を見るだけでは人通りが少ないように見えるようだが、スマホのナイトモードやカメラの長時間露光をしているために動く人間は写り込んでいないだけのことである。つまりそれなりの数の参拝客はいたのが事実である。<br /><br />下る一方の参道は上りに比べると歩き易く時間もかからない。しかしカメラ構えるには人通りを見ながら三脚を立てないといけないためにどうしても参道中心ではなく、脇の位置から構えないといけないのが現状である。実際に山王鳥居等は斜めの位置から撮影しているが、それが逆に普段目にするものとは違って新鮮味を感じるところがある。実際に手持ちのスマホで景色をする方々が多く、敢えて斜めの位置からカメラを構えている私の姿が珍しく見えたようなところもあったのか?〝アングルパクらせて貰いました〟等という声も掛けてもらったりしたこともあった。<br /><br />行きは山王鳥居付近から入って来たため、三の鳥居へ至る部分は今日初めてとなる区間である。日吉大社の紅葉ライトアップは、スタンダードなライトアップが中心で彩られており、色付いた紅葉等の落葉樹が黄色や赤の〝暖色系〟のライトによりその雰囲気を盛り立てているものが多い。ただ一部参道に掛かる大宮橋から眺める走井橋付近一帯は〝寒色系〟のライトアップがされており、メインの紅葉ライトアップとは違う印象を持つものとなっていた。<br /><br />大宮橋を過ぎると走井元三大師堂が見えて来る。間もなく日吉大社の紅葉ライトアップの終点が近付くのであるが、この付近の石垣は〝穴太衆〟と呼ばれる石工達によって積み上げられものが残っている。そんな石積みを見ながら下ると〝表鳥居〟でライトアップエリアの日吉大社は終わりとなる。この日吉大社の参道をどこに始点を置くかは複数の説があり決まってはいない。坂本城址隣の琵琶湖に浮かぶ〝七本柳鳥居〟からとか滋賀県道316号線にある〝一ノ鳥居〟からだとか。そう言った意味では〝表鳥居〟は〝三ノ鳥居〟となる訳だが、そんな表記をされているものもないようだ。<br /><br />まあわからない事だらけではあるが時間は過ぎて行くため、所要時間をオーバーしての滞在だったことも踏まえ車に戻る。次の目的地迄は10分とかからない場所にある天台宗の〝西教寺〟に向かうことにする。<br /><br />   《続く》

《2021.November》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのXXXV坂本前編~比叡山坂本秋のライトアップ・日吉大社編~

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《2021.November》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのXXXV坂本前編~比叡山坂本秋のライトアップ・日吉大社編~

今年の秋のテーマは〝紅葉〟と〝ライトアップ〟で決まり…と意気込んだのはいつの日か。連休を取るためには連勤をせねばならないシフト勤務の辛さはあるが、何故か〝金曜日〟の休みが続いている。記録を見ても11月19・26日と。平日ではあるのだが週末絡みで特に夜は人が多いような気がする。まあ名目上は外出規制が解かれたと言っていることもあり、ある意味観光地に人が集まることは仕方がないのではあるが、〝密回避〟をモットーに行先を決めている私にとってはいささか勝手が違う。しかし手をこまねいているとまた出掛けるきっかけを失うのが今年の定石。また紅葉の見頃を考えても11月末迄だろうということもほぼ間違いはない。それに加えて夜間拝観等の〝イベント〟は大凡土日を最後にして終了するようだ。

とは言え当日に候補地を抽出しているようではあまり遠出をするわけにもいかない。先週訪れた〝石山寺あたら夜もみじ〟もそんな理由から決めたようなものだ。それから1週間が経ち仕事中に比較的近くてライトアップされている〝名所〟を探してみた。ピックアップしたのは〝比叡山坂本ライトアップ〟の一環である〝日吉大社〟と〝西教寺〟。17:00~20:30と時間も長めで尚且つ駐車場・入山料ともに〝無料〟となれば行ってみる価値はある。おまけに琵琶湖の水位低下から普段は見ることができない〝坂本城跡の石垣〟が見えることもある。元々このコースは公共交通機関+徒歩で回る予定だったので時間にはかなり余裕を取っていた。今回は上手い具合に車を借りることができた。そのため移動時間を短縮することができる。そんな理由から場所は知っていながら今まで訪れることがなかった園城寺町にある〝戦跡〟を訪ねることを組み入れてみた。

令和3(2021)年11月26日金曜日
ライトアップをテーマに出かけるならばその〝開園時間〟に合わせて行かなければならないことは仕方がない。今回の〝比叡山坂本秋のライトアップ〟は17:00から始まることであったが、最初はバスと電車の利用を考えていたため、行程を組んではいたが車を使うことができることがわかり立ち寄り地点を増やして予定通り14:00過ぎに出発する。いつものローソン大津大平1丁目店であらかたのコースをナビに入力をするが、若干行きたいところと異なる場所が示されているように感じ、スマホナビのバックアップも付け加える。ファミリーマート大津国分店に再び立ち寄り、コース設定を変更し改めて出発する。まず目指した場所は大津市歴史博物館。正確にはその北側に位置する〝大津市民文化会館〟の駐車場である。

文化会館建物横の階段を登る。左手に進むと〝若鷲の碑〟が建立されていた。昭和18(1943)年4月に大津陸軍少年飛行兵学校が開校。入学一年目に操縦・通信・整備で適性を分けられ、その後適正により陸軍飛行学校・陸軍航空通信学校・陸軍航空整備学校へと進み、戦況が悪化する陸軍航空隊を支える兵士となっていった。国民学校初等科卒業程度の14歳以上19歳未満という今ならば中学から高校生の少年達がお国のためと志願した史実である。飛行学校に搭乗員候補として進んだとしても実際には訓練が間に合わず単独で操縦するところまでは出来なかったと言われているが、太刀洗飛行場に配属され知覧まで特攻機の搭乗員を輸送することはあったようである。しかし大津陸軍少年飛行兵学校跡地に滋賀県立大津商業高等学校が開校し、その山手にひっそりと〝若鷲の碑〟が建立されていることはもう少し近江の歴史を知るのにクローズアップされても良いように思えてならない。人によっては大津市歴史博物館会館がその存在を消し去るかのように開館したとまで言っている。湖国でも戦跡は至る所にあることは忘れないで貰いたい。そうふと思った私であった。

若鷲の碑と階段を挟んで北側には〝歩兵第九聨隊之跡〟碑がある。西南戦争にも従軍した歴史ある部隊であるが、大正14(1925)年の宇垣軍縮による軍制改革により京都に移駐し、第16師団に編入されている。昭和になって日中戦争中に北志那方面軍とともに新設された第2軍零下部隊となった後に一度帰還した。太平洋戦争では昭和16(1941)年に第14軍戦闘序列に編入され、緒戦のフィリピン攻略に参戦しマニラ陥落後はフィリピンに駐屯している。昭和19(1944)年には第35軍隷下となりレイテ島に移駐する。その後レイテ島の戦いに於いてブラウエン飛行場を奪回する〝和号作戦〟を敢行するが、米軍の激しい反撃を受け連隊は壊滅状態となった。その後の調査で米軍の包囲網を突破して連隊陣地まで帰還できた将兵はなかったとされ、戦闘に於いて玉砕したとされている。しかし生存者がいなかったことから〝推定〟されたという意見も有るようである。

ここでは戦跡に対してあれこれ述べるのは控えておくが、この〝歩兵第九聨隊之跡〟碑。の隣には〝不死美臺〟と刻まれた石碑も残されている。現在語に訳すると〝富士見台〟となるが、以前はここから〝近江富士〟である三上山が望めたのであろうと記されたものが散見される。しかし敗戦後米軍に接収されたものが返還された昭和33(1958)年には、この界隈に視界を遮るような高層階の建物などある訳もなく、今でも方向を知るものであれば、大津商業高校の屋根越しに三上山が望めることはわかっているはずである。疑う訳ではないがどうもこの辺りは後世の創作によって作られた感を感じざるを得なかった。

そんなことを考えながら車へ戻り、次の目的地を目指す。昨今の天気によって琵琶湖の水位が下がり、14年ぶりに坂本城の石垣が見えているという情報から、坂本城址公園駐車場を目指したのであるが、現地についてまさかの光景を目にしてしまう。まさかの〝駐車場閉鎖〟の表示が。地元民として恥ずかしい限りだが、坂本城址公園に関して調べたものに関してはその記載はなかった。後日〝大津市内の県営公園〟のHPに於いてその一文が記載されていることを知る。坂本城遺跡への観光客の駐車場利用が著しく、駐車場に入れない車両による県道高島大津線の停滞により、通行に支障を来しているため、やむなく令和3(2021)年11月22日月曜日から当面の間、湖岸緑地・下阪本公園の駐車場閉鎖するとのこと。訪れたのは11月26日金曜日、つまり4日前から閉鎖されていたことを知る。しかしこういう意味のないことを当たり前のようにやってのけるおバカな滋賀県のお役人、閉鎖したから改善したことがないことは外出規制をかけた昨年以降は〝意味をなしていない〟事実。むしろ路駐が増え見通しが悪くなり対歩行者の事故リスクが高まる〝だけ〟にしかならないことを(怒)。結局は平日であっても南行き車線には複数台の駐車があり、渋滞まではしなくともナビ上はそこで流れが悪くなっていた。確か南に下ったところにも駐車場はあったような…と向かったがこちらは車内にドライバーがいない車の置き場化していた。車で来なければ…と悔やんだところもあったが仕方がない。来年どうやって滋賀県に税金を納めないようにするかを考えながら車を転回し坂本の街中へと向かうことにした。

予定では坂本城址滞在時間分が浮いた形になるのでライトアップも始まってはいない。取り敢えず予定していた市営大宮川観光駐車場へと向かうが、面食らうほど空いている。一旦車は停めたものの目的地である日吉大社・西教寺の中間に位置するため、どちらへも徒歩10分程かかる場所なので、ヘタレとしては出来れば歩かなくても済む駐車場を探す。目指した先は坂本ケーブル入口付近の観光駐車場。他府県ナンバーが停まっていることに良くは思わないが、取り敢えず駐車できることがわかり安心する。

車を停め歩いて行くと懐かしい景色を見ることとなった。延暦寺学園比叡山中学校高等学校の校舎だ。〝一隅を照らす〟と書かれた看板が目印の県内屈指の私立学校である。私はここの卒業生ではないが、太古の昔高校入試で訪れたことがある。大津エリアでは結構卒業生が同僚に居たりするが、うちの職場にも2人いる。そんな校門前を通り過ぎ、日吉大社の表鳥居へと辿り着く。諸説あるがこの鳥居は湖岸から歩いて来ると三番目になると言うことで〝三ノ鳥居〟と呼ぶこともあるらしいが、聞いただけでは確認が取れなかった。

時間的に余裕はあるので閉門した旧竹林院へと向かってみる。土日祝祭日は予約制でライトアップがみられるということであったが、なんせ数日前に行先を決めている私にとって予約を取るなどということは不可能である。昼間でも楽しめる場所だということは聞いていたので、来年の紅葉の時期を楽しみにして今回は先を急ぐ。

日吉大社は大別して5つのエリアから構成されている。今回のライトアップ会場となっているのは〝大宮橋エリア〟と〝西本宮エリア〟であるが、その会場外でも参拝個所はある。今回は〝東本宮エリア〟を目指し歩いて行く。昼間ならば入山料を払う受付は既に閉まっており、灯篭が並ぶ参道の奥に楼門が見えている。人がいないことがまた厳か感を引き立てており、参道は独り占めして写真撮影ができる。楼門奥には東本宮本殿や樹下宮本殿等が暗闇の中にライトアップされている。紅葉のライトアップ会場として書かれていれば、そこだけに人が集まることはいつものこと。順路を少し離れるだけでこんなフォトジェニックな場所があることを探すことも旅の醍醐味である。

そんなことを考えながら山王鳥居付近からライトアップゾーンに入る。この西本宮メイン参道はほぼ直線に西本宮桜門前広場まで繋がっている。それ故に参道中央付近でカメラを構えると同じような写真しか撮れないために、敢えて参道の端に三脚を立ててナイトモードとバルブ機能を利用して撮影した方がいろいろなシーンをカメラに収めることが出来る。宇佐竈殿社参道手前には日吉大社ならではの〝神馬舎〟〝神猿舎〟が設けられている。神馬は作り物であるのはいつものことではあるが、神猿は実物のお猿さまである。もっとも建物内が暗いので実際にいらっしゃるのかどうかは確認はできなかった。

その隣には白山宮本殿につながる白山宮参道がある。ここは参道自体に加えて拝殿が照明でライトアップされており、その色合いにつられて行く者も多いようだったが、写真で切り取ると意外にも明る過ぎてレンズ内で光が乱反射をしており、目で見たものとはかなり違う印象を受ける。白山宮参道に対しそのすぐ隣にある宇佐宮参道は、参道のライトアップはされているものの拝殿のライトアップはなく、人も歩いてはいない。大丈夫とはわかってはいても暗いところは警戒する人間の性が垣間見えるようにも思った。

時折振り返って今来た参道を振り返ってカメラを構えると、長時間露光をするため動いている人は写り込まなくはなるのだが、それでも帰り道は足早になっていくことが感じられるものとなっている。山王総本宮日吉大社の顔出しがあるので三脚もあることからチャレンジしようとも思ったがやはり恥ずかしいのでやめておく。西本宮桜門前広場には〝春日岡〟と書かれた霊石が置かれている。これに関しては特段記載が見られなかったので〝ありがたいもの〟と心に思いつつ先を急ぐ。この広場から大宮川に下りられるような道があるようだが、そちらには照明もないため今回のライトアップ会場になっていないと考え行かなかった。西本宮桜門前には何やらゲームの主人公的なイラストが置かれている。なにが徳川家康なのかはわからないが〝コラボレーションデジタルスタンプラリー比叡山戦国BASARA〟というものが今年の12月5日まで行われており、その必須ポイントの日吉大社が徳川家康とコラボしているらしい。ゲームは目が疲れるから手を出さない私には、特段興味を惹くものではなかった。それよりも桜門から西本宮を眺めてみる。拝殿は照明が当てられているだけであるが、本殿はイルミネーションライトアップとなっているようだ。中には入れないので桜門から参拝する。そして振り返るとそこには最近よくインスタ等で見かける〝手水舎〟があった。ライト系を用いると水面に乱反射してしまい被写体がぶっ飛ぶ典型的なシーンなので、いつもと同じようにシャッターを開けて撮影する。最も〝撮影機材〟を持ってきているからできることであり、スマホだけではできる技でもない。最近はナイトモード搭載のスマホを持つ者が増えなにがしらの手腕で撮影できているように思うものの、そこまでの機能を搭載していない端末ではライトを用いるしかない。上手く撮れない~とおばさま達がボヤいていたが、端末の値段の差ですよ~と販売人は心の奥底でほくそ笑むのであった(笑)。

ライトアップ時には東門同様西本宮桜門内の参拝はできないためにこの広場が最終目的地となる。後は今上って来た参道を下りて行くのみとなる。写真を見るだけでは人通りが少ないように見えるようだが、スマホのナイトモードやカメラの長時間露光をしているために動く人間は写り込んでいないだけのことである。つまりそれなりの数の参拝客はいたのが事実である。

下る一方の参道は上りに比べると歩き易く時間もかからない。しかしカメラ構えるには人通りを見ながら三脚を立てないといけないためにどうしても参道中心ではなく、脇の位置から構えないといけないのが現状である。実際に山王鳥居等は斜めの位置から撮影しているが、それが逆に普段目にするものとは違って新鮮味を感じるところがある。実際に手持ちのスマホで景色をする方々が多く、敢えて斜めの位置からカメラを構えている私の姿が珍しく見えたようなところもあったのか?〝アングルパクらせて貰いました〟等という声も掛けてもらったりしたこともあった。

行きは山王鳥居付近から入って来たため、三の鳥居へ至る部分は今日初めてとなる区間である。日吉大社の紅葉ライトアップは、スタンダードなライトアップが中心で彩られており、色付いた紅葉等の落葉樹が黄色や赤の〝暖色系〟のライトによりその雰囲気を盛り立てているものが多い。ただ一部参道に掛かる大宮橋から眺める走井橋付近一帯は〝寒色系〟のライトアップがされており、メインの紅葉ライトアップとは違う印象を持つものとなっていた。

大宮橋を過ぎると走井元三大師堂が見えて来る。間もなく日吉大社の紅葉ライトアップの終点が近付くのであるが、この付近の石垣は〝穴太衆〟と呼ばれる石工達によって積み上げられものが残っている。そんな石積みを見ながら下ると〝表鳥居〟でライトアップエリアの日吉大社は終わりとなる。この日吉大社の参道をどこに始点を置くかは複数の説があり決まってはいない。坂本城址隣の琵琶湖に浮かぶ〝七本柳鳥居〟からとか滋賀県道316号線にある〝一ノ鳥居〟からだとか。そう言った意味では〝表鳥居〟は〝三ノ鳥居〟となる訳だが、そんな表記をされているものもないようだ。

まあわからない事だらけではあるが時間は過ぎて行くため、所要時間をオーバーしての滞在だったことも踏まえ車に戻る。次の目的地迄は10分とかからない場所にある天台宗の〝西教寺〟に向かうことにする。

   《続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • ファミリーマート大津国分店から出発する。

    ファミリーマート大津国分店から出発する。

    京阪バス (大津エリア) 乗り物

    中・小型バスの運行が増えました。 by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
  • 大津市文化会館駐車場に到着する。

    大津市文化会館駐車場に到着する。

  • 大津市民文化館横の階段を上って行く。

    大津市民文化館横の階段を上って行く。

  • 大津陸軍少年飛行兵學校関連碑・若鷲の碑。

    大津陸軍少年飛行兵學校関連碑・若鷲の碑。

  • 大津陸軍少年飛行兵学校 第一校歌<br /><br />1.翔け集う 若鷲<br />  仰げ 無敵の操縦<br />  競う神技は 燐たり燐たり<br />  いざ征かむ 鵬翼<br />  志賀の古都の 花匂う<br />  ああ畏し 五条の聖諭<br />  旨と励まむ 旨と励まむ<br /><br />2.翔け集う 若鷲<br />  見よや手練の 通信<br />  樹つる勲は 赫たり赫たり<br />  いざ伸べむ 鵬翼<br />  鳰の入江に 朝日映ゆ<br />  ああ畏し 五条の聖諭<br />  旨と励まむ 旨と励まむ<br /><br />3.翔け集う 若鷲<br />  誓え無縫の 整備<br />  睦べ三技は 凛たり凛たり<br />  いざ張らむ 鵬翼<br />  長等の山の 松青し<br />  ああ畏し 五条の聖諭<br />  旨と励まむ 旨と励まむ<br /><br />※副碑より転記

    大津陸軍少年飛行兵学校 第一校歌

    1.翔け集う 若鷲
      仰げ 無敵の操縦
      競う神技は 燐たり燐たり
      いざ征かむ 鵬翼
      志賀の古都の 花匂う
      ああ畏し 五条の聖諭
      旨と励まむ 旨と励まむ

    2.翔け集う 若鷲
      見よや手練の 通信
      樹つる勲は 赫たり赫たり
      いざ伸べむ 鵬翼
      鳰の入江に 朝日映ゆ
      ああ畏し 五条の聖諭
      旨と励まむ 旨と励まむ

    3.翔け集う 若鷲
      誓え無縫の 整備
      睦べ三技は 凛たり凛たり
      いざ張らむ 鵬翼
      長等の山の 松青し
      ああ畏し 五条の聖諭
      旨と励まむ 旨と励まむ

    ※副碑より転記

  • 若鷲の碑。

    若鷲の碑。

  • 若鷲の記<br />大津陸軍少年飛行兵学校は、太平洋戦争が苛烈の度を加え、その戦域が益々拡大された昭和17年10月、航空戦力増強の要請に応じ、東京陸軍航空学校大津教育隊として此の地に開設され、翌18年4月、大津陸軍少年飛行兵学校に独立した。<br />当時15・6歳の少年たちは、祖国存亡のとき、陸軍航空の期待と栄光の重責を担い、「至誠・純真・元気・周到」の校風のもと、炎熱の朝、酷寒の夕、琵琶湖畔に、長等山麓に、幹部要員として徹底した1ヵ年の基礎訓練に励んだ。<br />その数、第15期生から第20期生に至るまで8千有余人。<br />ついで、操縦・通信・整備の各上級学校に学び、若鷲となって大空に巣立ち、北辺の空に南溟の果てに、本土防衛のさきがけとなって愛機と生死を共にした。<br />昭和20年8月、戦いは終り、これらの出身者、また未だ学業半ばの者は、ともに全国に離散し、本校もまたその歴史を閉じた。<br /><br />往時茫々、戦後30年。<br />教えし者、教えられし者相つどい、かつて青春のすべてを抛げうった思い出深きこの地に、永遠の平和を願って、茲に「若鷲の碑」を建立する。<br /><br />昭和50年10月12日<br />大津陸軍少年飛行兵学校 関係者一同

    若鷲の記
    大津陸軍少年飛行兵学校は、太平洋戦争が苛烈の度を加え、その戦域が益々拡大された昭和17年10月、航空戦力増強の要請に応じ、東京陸軍航空学校大津教育隊として此の地に開設され、翌18年4月、大津陸軍少年飛行兵学校に独立した。
    当時15・6歳の少年たちは、祖国存亡のとき、陸軍航空の期待と栄光の重責を担い、「至誠・純真・元気・周到」の校風のもと、炎熱の朝、酷寒の夕、琵琶湖畔に、長等山麓に、幹部要員として徹底した1ヵ年の基礎訓練に励んだ。
    その数、第15期生から第20期生に至るまで8千有余人。
    ついで、操縦・通信・整備の各上級学校に学び、若鷲となって大空に巣立ち、北辺の空に南溟の果てに、本土防衛のさきがけとなって愛機と生死を共にした。
    昭和20年8月、戦いは終り、これらの出身者、また未だ学業半ばの者は、ともに全国に離散し、本校もまたその歴史を閉じた。

    往時茫々、戦後30年。
    教えし者、教えられし者相つどい、かつて青春のすべてを抛げうった思い出深きこの地に、永遠の平和を願って、茲に「若鷲の碑」を建立する。

    昭和50年10月12日
    大津陸軍少年飛行兵学校 関係者一同

  • 校訓は、至誠 純真 元気 周到。

    校訓は、至誠 純真 元気 周到。

  • 歩兵第九聨隊之跡之碑。

    歩兵第九聨隊之跡之碑。

  • 〝歩兵第九聨隊之跡〟碑。<br /><br />歩兵第9聨隊は明治7年此の地に創設せられ同年12月18日明治天皇より軍旗を親授された<br />尓来星霜70年 此処に修武練胆の将兵幾十万を算し 京滋を守る<br />西南の役には肥薩に勇戦 日清戦争には遼東に 翌年台湾に出征して武勲を樹てた<br />日露戦争には南山 遼陽 黒溝台等各地に勇戦<br />特に奉天会戦には終始力戦<br />真に屍山血河の激戦を重ね 将兵の大半を失うに至ったが 克く大敵を撃破し 全軍完勝に多大の貢献をした<br />また此の戦役に後備歩兵第9聨隊は旅順に苦闘 殆ど全滅の惨に瀕しつつ 要塞攻略に殊功を樹てた<br />越えて大正8年シベリアに出征<br />同14年第3大隊を当地に残し主力は京都に移駐した<br />昭和9年より2年間 聨隊は満洲に駐屯し 北安 黒河等に在って 北満を固めた<br />昭和12年支那事変が起り 聨隊は北支進攻の後 中支に転戦<br />同年12月南京攻略戦に参加し 続いて翌年5月徐州に戦い 10月長駆大別山を越えて武漢に進んだ<br />更に大東亜戦争には比島作戦に参加してマニラに進み バターン半島に転戦の後 主力は19年秋レイテ島において米軍主力の反攻を受け 敵を水際に迎撃 或は後方陣地に勇戦力闘したが 我第一線は相ついで全滅し 12月8日最後の突撃を敢行<br />聨隊長以下全員軍旗と共に玉砕したのである<br />また歩兵第9聨隊を母隊とし 動員編成された幾多の部隊は中支 ビルマ 沖縄など各地に戦い 不滅の武勲を樹てた<br />今や物換り星移って 在りし日の聨隊を偲ぶ俤も薄れつつあるが 祖国を守る輝かしい伝統と歴史は永久に伝えられなければならない<br />茲に聨隊関係一同相図り 県下有志多数の御協力を得て 由緒ある此の地を史蹟として保存し 平和の礎石となられた今は亡き戦友への餞とすると共に 国運の隆昌と世界の平和を祈念して 此の碑を建てるものである<br /><br />昭和42年4月18日<br />歩兵第9聨隊記念碑建設委員会一同

    〝歩兵第九聨隊之跡〟碑。

    歩兵第9聨隊は明治7年此の地に創設せられ同年12月18日明治天皇より軍旗を親授された
    尓来星霜70年 此処に修武練胆の将兵幾十万を算し 京滋を守る
    西南の役には肥薩に勇戦 日清戦争には遼東に 翌年台湾に出征して武勲を樹てた
    日露戦争には南山 遼陽 黒溝台等各地に勇戦
    特に奉天会戦には終始力戦
    真に屍山血河の激戦を重ね 将兵の大半を失うに至ったが 克く大敵を撃破し 全軍完勝に多大の貢献をした
    また此の戦役に後備歩兵第9聨隊は旅順に苦闘 殆ど全滅の惨に瀕しつつ 要塞攻略に殊功を樹てた
    越えて大正8年シベリアに出征
    同14年第3大隊を当地に残し主力は京都に移駐した
    昭和9年より2年間 聨隊は満洲に駐屯し 北安 黒河等に在って 北満を固めた
    昭和12年支那事変が起り 聨隊は北支進攻の後 中支に転戦
    同年12月南京攻略戦に参加し 続いて翌年5月徐州に戦い 10月長駆大別山を越えて武漢に進んだ
    更に大東亜戦争には比島作戦に参加してマニラに進み バターン半島に転戦の後 主力は19年秋レイテ島において米軍主力の反攻を受け 敵を水際に迎撃 或は後方陣地に勇戦力闘したが 我第一線は相ついで全滅し 12月8日最後の突撃を敢行
    聨隊長以下全員軍旗と共に玉砕したのである
    また歩兵第9聨隊を母隊とし 動員編成された幾多の部隊は中支 ビルマ 沖縄など各地に戦い 不滅の武勲を樹てた
    今や物換り星移って 在りし日の聨隊を偲ぶ俤も薄れつつあるが 祖国を守る輝かしい伝統と歴史は永久に伝えられなければならない
    茲に聨隊関係一同相図り 県下有志多数の御協力を得て 由緒ある此の地を史蹟として保存し 平和の礎石となられた今は亡き戦友への餞とすると共に 国運の隆昌と世界の平和を祈念して 此の碑を建てるものである

    昭和42年4月18日
    歩兵第9聨隊記念碑建設委員会一同

  • 〝不死美臺〟石碑。<br /> 不死美臺(富士見台)と言う事から、往時にはこの場所から琵琶湖対岸にある近江富士である〝三上山〟が見えていたということらしい。地元民であれば今でも見えるのだが…。

    〝不死美臺〟石碑。
     不死美臺(富士見台)と言う事から、往時にはこの場所から琵琶湖対岸にある近江富士である〝三上山〟が見えていたということらしい。地元民であれば今でも見えるのだが…。

  • 歩兵第九聨隊之跡碑から見た大津の街並みと琵琶湖。

    歩兵第九聨隊之跡碑から見た大津の街並みと琵琶湖。

  • 歩兵第九聨隊之跡碑から見た大津・湖南の街並みと琵琶湖。しっかりと近江富士(三上山)を捉えることが出来ている。

    歩兵第九聨隊之跡碑から見た大津・湖南の街並みと琵琶湖。しっかりと近江富士(三上山)を捉えることが出来ている。

    三上山(近江富士) 自然・景勝地

    近江富士の名に相応しい山です。 by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
  • 民生委員顕彰碑。渡辺ミッチーの揮毫とあるが何故ここにあるのかはわからない…。

    民生委員顕彰碑。渡辺ミッチーの揮毫とあるが何故ここにあるのかはわからない…。

  • 堤康次郎先生之像とあった。<br />この辺りの米軍キャンプ地返還に尽力して大津市名誉市民第一号になっている。滋賀で西武グループが蔓延っていたことは言うまでもない…。

    堤康次郎先生之像とあった。
    この辺りの米軍キャンプ地返還に尽力して大津市名誉市民第一号になっている。滋賀で西武グループが蔓延っていたことは言うまでもない…。

    大津市歴史博物館 美術館・博物館

  • 観光駐車場に停めることが出来た。

    観光駐車場に停めることが出来た。

  • 滋賀県の名門校〝比叡山中学校・高等学校〟。我が職場にも卒業生が2名いる。ちなみに私も受験はした。

    滋賀県の名門校〝比叡山中学校・高等学校〟。我が職場にも卒業生が2名いる。ちなみに私も受験はした。

  • 天台宗霊山院。

    天台宗霊山院。

  • まだ夜間拝観は始まっていないので付近を散策。

    まだ夜間拝観は始まっていないので付近を散策。

  • 旧竹林院は閉門後であった。

    旧竹林院は閉門後であった。

    旧竹林院 寺・神社

  • 止観院。

    止観院。

  • 先に東本宮を訪れる。東受付は勿論閉まっている。

    先に東本宮を訪れる。東受付は勿論閉まっている。

  • 日吉大社東本宮参道。

    日吉大社東本宮参道。

  • 日吉大社東本宮楼門。

    日吉大社東本宮楼門。

  • 日吉大社東本宮本殿。

    日吉大社東本宮本殿。

    山王祭 祭り・イベント

  • ライトアップ会場は西本宮エリアとなっている。東本宮から山王鳥居を経由して西本宮を目指す。

    ライトアップ会場は西本宮エリアとなっている。東本宮から山王鳥居を経由して西本宮を目指す。

    日吉大社もみじ祭 祭り・イベント

  • 山王鳥居をバックにたかティムさん。

    山王鳥居をバックにたかティムさん。

  • 西本宮まで頑張って歩いて行こう…。

    西本宮まで頑張って歩いて行こう…。

  • この辺りの巨木の樹齢は如何ほどか…。

    この辺りの巨木の樹齢は如何ほどか…。

  • ちょっとライトアップし過ぎか?

    ちょっとライトアップし過ぎか?

  • ほぼ中間地点まで歩いて来た

    ほぼ中間地点まで歩いて来た

  • 神馬舎・神猿舎。

    神馬舎・神猿舎。

  • ここまで上がって来た。

    ここまで上がって来た。

  • 白山宮参道。

    白山宮参道。

  • 白山宮拝殿。

    イチオシ

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    白山宮拝殿。

  • 白山宮参道を振り向くと…。

    イチオシ

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    白山宮参道を振り向くと…。

  • 間もなく参道終点となる西本宮桜門前広場に到着する。

    間もなく参道終点となる西本宮桜門前広場に到着する。

  • 宇佐宮参道。こちらはライトアップされていないようだ。

    宇佐宮参道。こちらはライトアップされていないようだ。

  • それにしても山王鳥居は存在感があり過ぎる。

    イチオシ

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    それにしても山王鳥居は存在感があり過ぎる。

  • 西本宮桜門前広場の〝顔出し〟。

    西本宮桜門前広場の〝顔出し〟。

  • 春日岡。霊石があるようだ。

    春日岡。霊石があるようだ。

  • 西本宮桜門前広場から大宮川に降りる道もある。

    西本宮桜門前広場から大宮川に降りる道もある。

  • 赤・黄・緑のコントラストが素晴らしい。

    赤・黄・緑のコントラストが素晴らしい。

  • 西本宮桜門。

    西本宮桜門。

  • コラボレーションデジタルスタンプラリー比叡山戦国BASARAの〝徳川家康〟のスタンプが日吉大社でgetできるらしい。

    コラボレーションデジタルスタンプラリー比叡山戦国BASARAの〝徳川家康〟のスタンプが日吉大社でgetできるらしい。

  • 西本宮桜門越しに見た西本宮拝殿。

    西本宮桜門越しに見た西本宮拝殿。

  • 西本宮拝殿。中へはこの時間は入れない…。

    西本宮拝殿。中へはこの時間は入れない…。

    日吉大社 寺・神社

  • インスタ映えする手水舎。

    イチオシ

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    インスタ映えする手水舎。

  • インスタ映えする手水舎。

    インスタ映えする手水舎。

  • それでは車へと戻ろうか。

    それでは車へと戻ろうか。

  • それなりの距離を感じる日吉大社参道。

    それなりの距離を感じる日吉大社参道。

  • 山王鳥居迄下りて来た。

    山王鳥居迄下りて来た。

  • 山王鳥居を後にして…。

    山王鳥居を後にして…。

  • 表鳥居を目指して参道を下る。

    表鳥居を目指して参道を下る。

  • 大宮橋から走井橋を望む。

    イチオシ

    大宮橋から走井橋を望む。

    紅葉の坂本 秋のライトアップ 祭り・イベント

  • ライトアップされた紅葉 with 大宮橋。

    イチオシ

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    ライトアップされた紅葉 with 大宮橋。

  • 走井元三大師堂。

    走井元三大師堂。

  • 表鳥居も間近になって来た。

    表鳥居も間近になって来た。

  • 穴太衆の石積みを見ることが出来る。

    穴太衆の石積みを見ることが出来る。

  • それでは次の目的地西教寺へと向かうことにする。

    それでは次の目的地西教寺へと向かうことにする。

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