2018/04/22 - 2018/07/15
292位(同エリア507件中)
おくさん
フランス人の道14 コリアツアー添乗員
5月23日 歩き30日目
サリアのアルベルゲ、5時過ぎに起床。団体行動してる訳じゃないので目が覚めれば何時に行動開始するのは自分の自由だ。階下のキッチンに下りて冷蔵庫に入れといたヨーグルト、チーズ、チョコパンで朝飯とする。
洗濯物は室内干しだったのでやっぱり乾いてないな。ここは町の中なので物干し場が無いのが玉にキズ。特に厚手の短パンが乾かないこと著しい。今回初の海パンの出番となる。この海バンは昨年のオウレンセでオンセンに入るために買ったもので、これで歩くと下着のパンツを履かなくても良いので洗濯物が1枚減って楽チン。雨が降ったとしても海パンなので濡れて構わないし。て言うより濡れてナンボの海パンだし。本格的に暑くなってきたら海パン主力にして荷物を軽くするために厚手の短パンは捨ててしまおう。まだ寒いので海パンの上にジャージズボンを履いて、暑くなったらジャージは脱ぐ作戦。
6時過ぎには出発準備が完了したが、外は真っ暗なのでキッチンで日記を書いている。面倒でも日記を付けるのは大事。毎日せっせと書いている。お陰でこれが作れている。帰ってからのお楽しみ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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まだ暗いけど6:40に出発、今日はポルトマリンまで歩く。フランス人の道は真っ暗な内から歩く人が何人もいるので心強い。少し離れた所にも数人が歩いているから自分で矢印を探す必要ないのでそれも気楽。その代わり前の人が道を間違えたらアウトだけど。
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昨日はサリアのアルベルゲは泊まれないか知れないと思っていたのでサリア通過後のアルベルゲを幾つかチェックしていた。その中の私営アルベルゲは(上の写真)凄くおしゃれだったが周りには何もないので併設のレストランで食べざるを得ないようだな。金を使いそう。次に公営の新しいアルベルゲが現れたがこちらも周りには何もないので食糧持参しないと喰いっぱぐれそうだった。サリアの公営が混んでなかったし、建物も記憶より良かったのでサリア泊は正解だった。
3日前にトラバデロ村を出発したときに少しお喋りした日本語ぺらぺらのコリアン青年に再会した。軽装の青年は歩くのが早いが私と歩調をあわせてくれたのでずっとお喋りしながら歩くことになった。ツアーの一員かと思っていたが、この青年はその添乗員だった。もう何度も同じフランス人の道を添乗員として歩いているそうだ。面白い話をいっぱいしてくれる。 -
今回は総勢22名のツアーだけど食事や泊まる宿はそれぞれメンバーの自由らしい。アルベルゲに泊まる人もいればホテルを希望する人もいるそうだ。全部歩く人もいるけどまったく歩く気はなく、全て車で移動して巡礼の気分だけ味わう人とか、想像もできないような形で巡礼(それじゃ巡礼じゃないけどね)してる人たちの凸凹集合体だ。観光気分の人は一食50ユーロの豪勢な料理なんかも平気で食べる人がいるそうだ。一番の苦労はメンバー同士で喧嘩が絶えないことだって。韓国は儒教の影響で年配者を敬わなければならないお国だ。2段ベッドの下に若いのがいると年配者は当たり前のように下段を譲れと言うそうだ。時には上と下のベッドで喧嘩を始める始末。たった一人でその仲裁をして回るのでストレスも溜まるようだ。そんな話を聞いていたら「あれ?これはどっかで聞いた話だぞ」と思い出した。以前読んだブログと同じだよ。旦那はコリアンで奥さんが日本人のサンチャゴ巡礼ツアー添乗員の話。それを尋ねたら「それ多分私です」と!間違いなかった。嘘みたいな出会いだった。ブログは奥さんが作っていて、自分は見たことがないそうだ。夫婦で巡礼したのに、そんなもんなんか。奥さんが一緒に歩いたのは一度きりだったようで、今回も一人で添乗していた。
自分から韓国人はあまり人のことを考えない国民性との話をしたので、私が昨日キッチンで体験した「無断で人の物を動かすんじゃねえよ」を話したところ、ごめんなさいと謝られてしまう。「いやいや、あなたが悪いんじゃないですから」とダチョウ倶楽部みたいな受け答えをする。韓国は受験勉強に直結するような教育には凄く力を入れるそうだ。時期になると日本のニュースでも紹介されるよね、試験に遅れそうになった学生をパトカーが送り届けたとか。ニュースを見ていて、国を挙げて受験生を応援して凄いなと単純に思っていたが、その背景はもっとドロドロしたものがあるのかも知れないと思った。それに反して道徳面の教育は一切しないそうだ。なのでその子供たちも当たり前のこととして他人の荷物を無断で動かしたんだろうと言っていた。人に迷惑を与えるのが良くないことと教わらずに育ってしまうようだ。この青年は奥さんが日本人だし日本でも働いた経験があるので、そう感じることが出来るようになったんだろう。急成長を続ける韓国の歪(いびつ)な面を垣間見た気がした。
青年は日本人が巡礼しながら何を考えているのか非常に興味があるそうだ。歩きながら考えることねー、そう言われても特に伝えられるようなことはないんだがな。今は脛を怪我してるので痛くならないように歩くことかなー。「痛いのに歩くのを止めようと思わないんですか?痛いのに何で巡礼を続けるのですか?」と、こっちが意外なほど疑問に思っているらしいが、自分としたら当たり前と思っているので「それが巡礼だから」と簡潔に答えたら、予想外の答えだったのか「なるほどー」と、ひどく感心したようだった。そうなの?
2時間ほど一緒に歩いたけど、ポルトマリンの町が近づいて来たら、添乗員なのでみんなが到着する前にやることがあるからと速度を上げて歩き出した。みるみる内に姿が見えなくなる。
楽しくお喋りしながら一緒に歩いたので、思ったよりずっと早くポルトマリンには到達できた。でも青年に合わせて少し早めに歩いたのと下りが多かったので脛がいつもより痛くなってきたので悪化すると困るなーと心配になった。今の状態では自分のペースで歩くことはいつにも増して大事。
そう言えばフェイスブックで脛の騒ぎを読んだスペインのカルロスが(昨年の銀の道で仲良しに)、「その怪我は私が昨年経験したのと同じだ」と投稿してきた。カルロスは足の怪我で病院に行ったことがあって、医者で処方された冷却スプレーが効いたと言ってたのを思いだした。あの時のカルロスは膝の故障と思い込んでいたが、脛の疲労骨折だったのかと1年後に気がついた。またずっと後になって、私もカルロスみたいに冷却スプレーを処方されたら良かったと思いついたが遥か後の祭りだ。 -
小さな石の祠を覗くと色んなカードに交じって日本のマリア様のカードが一枚置かれていた。へー、誰だろ?このカードはきっと日本のカトリックの人が置いた気がする。一般的に売られているもんじゃないから。私と同じように出会った人に上げようと持ち歩いている人がいるらしい。
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とんでもない高さのある長い橋を渡り終えて長い石段を登りきるとポルトマリンの町。ダム建設に伴い現在の湖底から高台に引っ越した町だ。町の教会も湖底に沈む筈だったが、町民が教会の石を一つ一つ担ぎ上げて高台に再構築したという歴史がある。大きくて石つくりの教会なのに、すごいことをやったもんだね。スペイン人が教会を大切に思っているのが感じられるエピソードだ。町に入ると道端には巡礼グッズを売る店があったので、後でスティックを見に来ようかな。今使っているのは先端がぼろぼろに壊れだしたので。
12:15に公営アルベルゲに到着。チェックインは1時なのでまだ待たなくてはならない。入り口にはバックパックが1つ立てかけてあるので先着が一人いるようだ。中には入れないけど勝手知ったるアルベルゲなので、裏の物干し場に回って生乾きの衣類をロープに掛けておく。脛を冷やしたいので水を探していると、上手い具合に近くに水道があったので蛇口からかけ流しにして冷やすことができる。 -
1時少し前になったら受付を開始してくれる。脛が痛いので下段をお願いしたけど、部屋の番号「B」とだけ告げられる。ここは早いもん順に好きなベッドを取れるスタイルだった。こういうのが一番好き。隣はイタリアの親子で青年になった息子と親父の巡礼なんて羨ましいなと思った。イタリア人と分かると必ず言う魔法のことば「ぴあっちぇーれ(始めまして)」を言うと間違いなく距離が縮まる。ときどき「ぐらっちぇ、ぷれーご(ありがとう、どういたしまして)」の両方を言うと苦笑いされる。まぁこっちもギャグの積もりで言うのだが。親父さんはイタリア語だけだが息子の方は英語を話せた。イタリア・フランスの年配者はほぼ英語を喋れないが、若い子は喋れる人が多いようだ。これは教育制度が変わったかららしい。日本でも小学校から英語授業が入ったしね。今の子は色んな面で恵まれてるね。もっとも私は中学・高校と英語の授業があったことはあったが、興味がなかったのでまったく勉強しなかったという歴史がある。なのでサンチャゴ巡礼を計画し出してから60歳を過ぎてやっと英語を勉強を始めたという間抜けな歴史がある。なのでいつまで経っても片言しか喋れない。とほほ
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シャワー、洗濯して干し終わったら買い物に出かける。キッチンに何もないのを確認したので、グラスがない今日は1リットの瓶ビールじゃなくて500ミリの缶ビールだ。イチゴ1パックに YATEKOMO のカップ麺。不味いと承知のインスタント麺だがコリア青年とこの話をしたら無性に食べたくなってしまった。パン大袋にヨーグルト4、それに石鹸がちびてきたので固形石鹸を買って合計7.9ユーロ。キッチンには食器類は何もないが、電子レンジだけはあるので麺のカップに水と手持ちのスープの素を加えてチンする。このカップ麺は非常に薄味なので、少し味付けをした方がいくらかマシになる。久しぶりに箸で麺を食べたので意味も無く嬉しい。食べ終わっていいことを思いついた。ガリシア州の公営アルベルゲはここと同じく食器類がない。だったらカップ麺を食べ終わった容器は捨てないで再利用すればビールもスープも飲めることに気がついた。洗ったのをバックパックの外付けポケットに大事に仕舞っておく。
巡礼で持っているような町なので土産物兼巡礼グッズの店が近くに2店もあった。スティックは幾らかなと覗いてみるとどちらの店も1本が10数ユーロと高い。ポルトマリンに来る途中に道端の店にスティックがあって、1本8ユーロ、2本なら15ユーロと表示されていたが相場が分からないので買わなかった。あれは格安だったのかと今頃気づいたが後の祭りだ。ここでは買わないことにする(いじらしい)。 -
教会前の広場にフリーの Wi-Fi 電波を拾いに行く。一応あることはあったが、鈍すぎて使い物にならない。でも放っといたらメールチェックだけは勝手にしてくれたので読むことが出来た。ここで広場を歩いていたKさんと再会。この人ともアチコチで良く会うなぁ。Kさんはどっかで日本人のカップルと会ったそうだ。まだ私は会ってないけどチャンスはありそうだな。楽しみ。
ジュースを買ってアルベルゲの玄関前にあったベンチで飲んでいたら、勝手に荷物を動かした親子がやってきた。父親は満面の笑みで「こんにちは」と日本語で挨拶してきたので人は良さそうだ。コリアンの印象が少し上向いた。勝手に動かしたのは子供だったのかも知れない。
やっぱり今日の歩きは無理したようで、脛が膨れて筋肉のように硬くなっている。熱もあるのでちょっと心配になる。もう一度水道で冷やしてボルタレンを塗っておく。
フランス人の道15 全員神父
5月24日 歩き31日目
ポルトマリン、6時に起きてキッチンへ移動。部屋のスイッチが見つからないので暗い中でパン、ヨーグルト、コーヒーで朝食。後からやって来た人もスイッチを探しているが、やっぱり見つけられないので諦めたな。その後も数人やってくるがみんなスイッチが見つからないので暗い中で何か食べたり出発準備をしている。スイッチはきっと鍵の掛った管理室の中なんだろう。巡礼者の行動パターンをあまり分かってないね。 -
7時、薄暗い中を出発。昨日の夕方雨が降ったし、ダムの町なので元々湿度が高いから凄い霧が出ている。痛み止めは飲んだがまだ効いてはこない。朝から脛が痛むので休みながら歩くのがいいだろう。やはり昨日の無理が祟っているようだ。良くなって来ているとは言っても予断は許せる段階ではないらしい。これからは調子づいて歩かないよう気をつけよう。
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今日も沢山の巡礼がゾロゾロと歩いていて、まるで歩け歩け大会のイベントのようだ。本当にフランス人の道は巡礼銀座。
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ずっと歩き続けて、陸橋を渡るために巡礼路がぐるっと回る特徴のある所にでた。あー、ここは覚えてるな、ポルトマリンを越えた所にあったのかと気づく。覚えている風景が出てきても、それが何処だったのかは記憶が薄いので突然現れたりする。橋のたもとにバルがあったので寄って行こう。コラカオ1.5ユーロ。私しかいない外のテラス席だったが、呼び水になったのか後からやってくる巡礼が沢山ここで休みだしてアッと言う間にテラス席が埋まっていった。サクラって大事なんだな。
ここんとこ6日間はネットの巡礼紹介サイトでモデル区間となっている20数キロのコースをなぞって歩いていられる。まぁ痛くても脛の怪我は確実に上向いているということだろう。是非そうであって欲しい。サンチャゴに到着した後もリスボンからのポルトガルの道とフィステラ・ムシアまで歩く予定なので、この先800キロ以上も残っているのだから。サンチャゴまで100キロを切ったと言っても、まだまだ全体の距離的には半分も歩いてないのだ。お願いだから早いとこ治ってくれ。 -
りゴンデの村には泊まったことのある小さな公営アルベルゲがある。ドイツのイーデンと久しぶりに再会した思い出があるアルベルゲだ。ここで3人のイタリアおばちゃん達とも仲良くなった。まだ時間が早いのでオープン前だが懐かしいので写真だけ撮っておく。近くに店がなくて不便だったが少し歩くとバルがあるので食べるには困らない。そしたらバルから少し歩いたところに同じリゴンデの公営アルベルゲが新設されていた。えっ、なんでこんな近くに!?古い方は負けちゃうでしょ。
パラスデレイの入り口に差し掛かったら巨大な公営アルベルゲがあった。オスピタレロがホースで水を撒いていてのどかな風景だが近所には店がなさそうなので私には不便だな。そこを通り越して行くと前方にKさんを発見する。すぐ追いつきそうだが直前に巡礼路を外れたので私営アルベルゲかオスタルにでも行くようだな。Kさんは良く予約して泊まっているらしいので私みたいに倹約してるのでもなさそうだ。 -
町の中に入って3年前にも寄ったパラスデレイの教会に寄ったら少し話したことのある同じ神父さんがいて、前にも寄ったと伝えたら何と私を覚えていると言われた!!やっぱ日本人は目立つのかな。ミサは7時と言われたのでこれは来なくてはだ。公営アルベルゲはここから200mだよと教わる。だがアルベルゲの横を通ったのに気がつかなくて町を通り越してしまった地点でおかしなことにやっと気づく。タブレットの地図で確認すると、とっくに通り越していた。面倒でも早めにタブレットを出すのが吉だが何度やっても懲りない。アルベルゲの位置を確認して戻って行くと確かにあったが、建物の前に立木があってすぐ隣りを歩いても気がつかないような凄く目立たないアルベルゲだった。
受付に行くと時々見かけるコリアンの年配二人組がチェックインの最中だった。一人は愛想がいいがもう一人はいつ会ってもニコリともしない。韓国の「日本憎し教育」の成果なんかなと思った。ま、そういう人とは仲良くしなくちゃいいだけの話だ。二人は共に下段ベッドをお願いしているな。自分も痛みを抱えていて薬を飲んでいると何となく伝えて下段をお願いする。ここもガリシアなので6ユーロ。教会に寄ったら神父さんが私を覚えていたよと何となく伝えてみると、なんで?との返事。きっとハポネスは珍しいからだろうと何となく伝えてみる(スペイン語オンリーなのでいつも何となく)。 -
さっきのコリアンには上げてなかった頑丈な買い物バッグを頂ける。へー、何でだろう?でもごっついバッグだなー。嵩張るし少しだけ重たそうなので持ち歩くのは遠慮したいな。あとで考えよう。お礼の積もりで和風マリアカードを進呈すると喜ばれる。このカード何かと活躍してくれる。
シャワー、洗濯したら早速もらった黄色いバッグを下げて買い物に出かけていく。シエスタの時間だが細い小道を入った所にある大手のスーパーが開いていた。バケツ野菜はいつもよりちょっとだけ高い2.89ユーロのを買ってみる。1リットルビール、オムレツ、オイコスヨーグルト2で合計6.61ユーロ。帰りは雨が降り出してた。洗濯物を干した場所は屋根がないので取りこみに行ったところ、誰かが屋根の下に動かしてくれてた。オスピタレラのお姉さんかな?ムチャグラシアス。 -
ガリシアのアルベルゲなので、キッチンにコップはないから昨日のカップ麺の空き容器の出番だ。これとても便利。今回は珍しいオムレツが加わったので何となく手料理ぽくて私のいつものご飯とは一味違う気がして嬉しい。チンしたから温かいし。大きいので半分食べて残りは朝飯に取っておく。初めて冷凍のオムレツを買ってみたが、これはヒットだ!いいモンを選ぶことができたので私のレパートリーがひとつ増えた。レパートリーって言うか、買う種類が増えただけだが。隣でおばちゃん巡礼が同じスーパーから買ってきた物でお昼にしているが、パンに水とチンして食べられるパスタを食べている。公営アルベルゲに泊まるような人はみんな質素なので仲間だ。
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同じ部屋に一昨日のサリアで隣のベッドになったフィリピンの3人組が入ってきたのでヤァヤァと盛り上がる。もう一人、ブラジルのメタボ旦那も入ってきたので再度盛り上がる。近くのベッドには前にも見かけたことのあるペルーのお嬢さん二人組が入ったので「友達がアレキパに居る」と片言スペイン語でちょっと話せる。アレキパはペルー第二の都市なのでペルー人なら誰でも知っている。二人ともフレンドリー。最後に昨日一緒だったイタリア親子もやってきたので知ってる人だらけになった。もう2回目なので親父さんは自分をフランチェスコと名乗ってきたな。道で出会ったときもこちらから「ちゃお」と言うと嬉しそうにしてくれてた。逆に、愛想の悪いコリアンは相変わらずブスッとしていて何処かぎこちない。同じアジア人なのに。韓国の「日本憎し教育」は双方に取ってひとつも良いことない。あるとしたら国民の目を政府じゃなくて日本に向けるための工作だろう。それは韓国政治の歴史を読めば一目瞭然だ。大統領の都合で反日キャンペーンが唐突に始まる。
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写真は今日のパラスデレイのアルベルゲ。私のベッドは真ん中の下段でその上段と両隣をフィリピン3人組とブラジルのメタボ君が埋めている。部屋はいつも男女混合。今日は歩き出しこそ脛が痛かったが、2時間歩くとまったく痛みがなくなってきて下りもオーケーだった。このアルベルゲまで痛み止めが切れずに続いたので快調に歩くことができた。6時に薬を飲んで1時半にチェックインだから調子が良けりゃ痛くないままアルベルゲに到達できるってことだ。4時5時に飲めればスタートから痛くないことになるが、それも難しい。
フィリピングループと日程について話した中で、自分はサンチャゴに到着したらリスボンからファティマ経由で歩くと伝えたところ、彼らもファティマに寄るそうだ。歩きじゃなくてバスらしいが、5月末に行くそうなので、もしかしたらファティマで再会するかなと漠然と想像した。 -
雨になったが少し離れた教会まで合羽を着込んで行ってみる。聖堂は巡礼でいっぱいで後ろには立っている人が何人もいた。ミサが始まる前になったらフィリピンとブラジルの4人が急いで香部屋に入って行ったので不思議に思っていたが、この4人が地元の神父と共にミサを始めたので全員が神父だったのが分かる。アルベルゲに帰ってきてから尋ねたら、もちろんその通り。メンバーの中の大柄の人は今日が誕生日という事でサンチャゴケーキを1ホール買ってきていた。自分も誘われるが歯を磨いたし一人分のケーキが小さくなりそうなので遠慮しておく。階下の談話室から賑やかな声が届くのを聞きながら眠りについた。
フランス人の道16 南米の巡礼者
5月25日 歩き32日目
パラスデレイのアルベルゲ。5時半に起床。キッチンに下りて昨日半分残したオムレツをチンしてコーヒー、ヨーグルト、ミニパンで充実の朝飯。オムレツはちょっと楽しみだった。脛は今朝も痛むのでボルタレンをすり込み痛み止めを一粒飲んでおく。良くなったり悪くなったり。
昨日、フィリピングループと話したところでは、彼らは5月末にポルトガルのファティマにバスで行くそうだ。私もファティマにその頃に到着するかな?いや、もう6月まで数日しかないのでちょっと無理か。フレンドリーな人たちなので再会したいが。 -
6:50に出発しようとしたらフィリピングループと記念撮影タイムになってしまったので10分遅れでスタートする。みんなとてもフレンドリー。この人たちとはサリアで初めて会ったので、サリア出発かと思っていたが、あとでフェイスブックを見た所では、フランス国境の町サンジャンから出発したのが分かった。ここまで700キロも歩いて来たのだった。
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アルベルゲを一歩でたら雨が降っている。すぐUターンして雨仕様に模様替えして再出発。20m前をKさんが歩いているのに気が付く。町の出口に差し掛かったらKさん、クルリと向きを変えて町に戻りだした。あれ、忘れ物したかな?「今日はバス移動にします」とのこと。あらまと思った。まぁ天気が悪い中を歩くのは誰でも嬉しくないけど、それにしても判断が早いなー。このことからKさんはきっと今までも交通機関を利用していたんだなと想像した。時間が遅くなったとか雨とか足が痛いとか、なにか理由があるとバスや電車の選択肢が目の前にぶらさがる人はその度に誘惑と戦わなくてはならないのかも知れない。何が何でも歩くと決めてるとそういった誘惑は体験しないで済むが、何かあるとたんびに二者択一を迫られるのは、それはそれで大変なのかも知れないな。Kさんはいつもバックパックの配達サービスを利用しているし、一度利用してしまえば止めることは出来ないんだろな。節約してるようでもないし、配達代金の5ユーロなんか気になる程ではないのだろう。私にとって毎日余計に5ユーロ使うか使わないかは大問題だ。
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透明のゴミ袋をすっぽりと被っている人が誰かに頼まれてシャッターを押している。その姿が面白いのでこちらからもパチリ。日本人女性らしいので声を掛けてみると台湾の人だった。台湾と日本はフレンドリーと言うと、その女性もそう思っていたので嬉しくなる。日本と台湾とかトルコとか、お互いにフレンドリー同士の国と言う自覚があるのは素晴らしいことだ。それに引き換え・・・以下省略。
今日はプルポ(蛸)で有名なメリデを通過する。昨年はプリミティボの道がメリデで合流して、メリデで一番タコが有名なエセキエルで食べたので今回もそこで食べるのを楽しみにしている。今日ばかりは節約旅の私も解禁だ。フランス人の道はメリデの町にどの方面から侵入するのか覚えてなかったので、プルポ屋とは別方向から入ると思っていたが記憶とは違って巡礼路上にエセキエルはあった。もちろんバックパックを担いだまますぐ店内に入る。まだ時間が早いので客はパラパラだ。なのにバカにコリアンが多いなーと思ったら日本語ペラペラのゴンさんが率いてるツアーだった。前回会ったときに彼の奥さんの巡礼記を読んでいたので、彼の名前はゴンさんと言うのを覚えた。ゴンさんは今日もツアー客22人の支払いに呼び出されて奮闘していた。ゴンさん毎日大変だね。 -
コリアンツアーの人たちが出発して行った後に今度はフィリピン神父さん達が到着して来た。みんなこの店でタコを食べるのを楽しみにしてるんだね。一緒に写真を撮る。みんな念願のタコにテンションが上がっているようだ。
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プルポとビール、更に茶碗の白ワインを追加したので合計12.5ユーロと、私にしては食に金を使ったほうだが来る前から楽しみだったので満足。 Wi-Fi もあったので11時までのんびりと過ごして歩き出す。
メリデの公営アルベルゲには2回泊まったことがある。大きくて近代的なアルベルゲだが、今日はあと11キロ歩いてRibadixo da Baixo に泊まる予定。どうしてもこのアルベルゲに泊まりたかったので、数日前から距離を調整してきた。小さな村でアルベルゲとバル以外はないので節約派の私は手前で食料を調達しなければならないが、それ以上にこのアルベルゲは魅力的だ。メリデのスーパーで取りあえずの食料を仕入れる。塗るチーズにヨーグルト、パンは3日前の残りとタコ屋で食べ残したパンがあるので十分だろう。ビールもと言いたいところだが、やっぱりビールは冷えたのを飲みたいので現地のバルで飲むことにする。 -
スティックが限界を越えているので安いところを物色しながら歩いていると、メリデを越えた所の小さな土産屋に安いのが置いてあった。1本7.85ユーロを2本買うから負けてと身振りを交えて交渉したところ15ユーロにしてくれる。今までの最低価格だ。値引き額は円ならたったの90円ほどだが、スペインで値引き交渉して成功したのは初めてなので値段以上に嬉しい。今まで使っていたスティックは1本15ユーロ、2本で30ユーロだった。サンジャンで買ったものだがフランス人の道の出発地点なので少しボラレたようだ。このスティックで4年間で4,000キロ以上歩いた旅の相棒だが記念に持ち帰ることは不可能だ。お土産屋に処分をお願いする。
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前を昨日のアルベルゲで一緒だったペルーの女の子二人が歩いている。前を歩いている子の手元を見たらロザリオを繰っている。へー、歩きながらロザリオしてる人を始めてみたよ。Kさんが言っていた「南米の人は信仰が篤い」という言葉を思い出した。ロザリオしてる人を始めて見たと言って、その姿を写真に撮らせてとお願いしてたら、後ろを歩いていた相棒の女の子もバッグからせっせとロザリオを取り出してたのが微笑ましかった。「私も持ってるんだよ」と言いたいのはすぐ分かったので、二人がロザリオを片手に並んでいる所をパチリと撮らせてもらう。
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二人とも満面の笑顔だ。後で写真を見たら、最初の子を撮ったその後ろに偶然、バッグからロザリオを取り出している子が小さく写っていた。「むちょむちょ」と言いながらロザリオの周りを指でぐるぐる回す仕草をして、巡礼中にいっぱい唱えるんだろねと言って見ると何となく伝わるようで笑っている。気持ちのいい女の子達だったが、今晩は私が予定してるより先のアルスア泊りだそうだ。フィリピングループもアルスアと言ってたな。残念ながらこの子たちとはこれ切り会うことはなかった。
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Ribadixo da Baixo のアルベルゲには2:20に到着。ここは写真のように川の畔に石つくりの建物が点在している雰囲気抜群の人気アルベルゲ。受付開始時間からちょっと過ぎているが、まだシーズン前なので余裕で泊まれた。ここも6ユーロ。受付の所にいたおっちゃんがテンションがとても高くて良く分からないことを何やら色々言ってくるな。ここは年配者はベッドの下段にしてくれてるようだ。愛想の良いのと悪いコリアン二人組みもやってきた。今日も一人はニコリともしないし挨拶もしない。勝手にしてろ。
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でっかい一眼を持った本職のカメラマンがやって来たので何が始まるんだろうと思ってたら、アルベルゲ前の巡礼路でレースが始まった!!ポルシェやスズキがけたたましい爆音を轟かせて巡礼路をぶっ飛ばしている。さすがに巡礼を追い越す時には徐行してるが、世界遺産の道だぞ、いいんか!?スズキは2017年も別の町でラリーしてるの見たし、スペインでは人気自動車のようだ。
隣のバルに Wi-Fi 求めて行ってくる。ビール1.6ユーロで粘っていると、韓国ツアー添乗員のゴンさんがやって来た。今日のツアーはここに泊まる人と次の町アルスアに泊まる人とに別れているそうだ。ゴンさんとしたらそれも面倒そうだなー。1ヶ月のあいだ喧嘩の仲裁までやって神経が磨り減ることだろう。
夜中に顔見知りのスペイン青年がでっかいマットレスを担いで外に出て行った。きっと別棟のキッチンに行くんだろなと思った。ひとつ隣のメタボおっちゃんが鼾をかいているので、それでかな?鼾回避にそんな手があったとは目からウロコだった。いつか真似したい。
フランス人の道17 カップめんの空きカップ -
5月26日 歩き33日目
Ribadixo da Baixo のアルベルゲ。朝飯にしようと別棟のキッチンに移動するが、夜中にマットレスごと移動したカップルが隅っこの床で熟睡しているので明かりを点けられない。(写真は前日撮ったキッチンなので明るいです)。薄暗い中での朝飯となる。スープにパン、ヨーグルトをそそくさと食べて7時過ぎに出発。今朝も霧が巻いているが大したことはない。歩き出すとまもなくアルスアの町に到着。意外なほど近い。北の道と合流する交差点を今回もまた一枚写真に撮る。アルスアの公営アルベルゲは巡礼路沿いにあるが、さすがにこの時間では順番待ちをする人の姿はなくてみんな素通り。 -
村外れにあったバルでコラカオを頼んで手持ちのパンをパクパク食べる。このバルはタイミングのいい所にあるので多くの巡礼が寄って行くだろな。一人勝ちの大儲けだろう。ゴミ袋を被った台湾のおばちゃんもやって来たので挨拶。今日は同じ台湾の女性と一緒で私を紹介してくれる。コリアツアーのメンバーも続々と到着してきたところで出発する。ゴンさん今日もご苦労様。
この辺りを歩くのはもう4回目なので見慣れて退屈になった道をひたすら歩く。12:15、ペドロウソのアルベルゲに到着する。既に数人が開くのを待っていて私は3番目だった。昨年ここに到着したときは2番の到着だったので、数少ない2階の平ベッドをゲットできると喜んでいたが、そうは問屋が卸してくれなくて平ベッドは受付順3番と4番に割り振られるのが分かった。今日は3番目。これはもう平ベッド当選間違いないでしょうとほくそ笑む。
昨日のアルベルゲでマットレスをキッチンに持ち込んで寝ていた青年もやって来たので、話してみたところ、カップルで寝ていたと思ったのは私の早合点で、実際は後からやって来た男友達と一緒だったらしい。カップルと思ってた女の子は今日も一緒だったので「違いますよー」みたいなことを言ってたな。 -
1時になったので受付がスタート。シングルベッドが取れるかと皮算用していたが、今日はシングルがない1階からベッドを割り振りだしたのでついてない。でも下段だからオッケー。私の上段にはすぐ大柄の女の子が入ってきた。ベッドルームはご覧のようにベッド同士の間隔が狭くて野戦病院の雰囲気だが慣れれば悪くないです。
残念なのはすぐ隣にあるスーパーがやってなかった。今日は土曜日なので開店日だ、ラッキーと思ってたので非常に残念。店はシャッターが下りて改修中のようだった。シャワー、洗濯してからスーパー探し。地元の人に聞いたら、近くに ONDA というミニスーパーがあるそうだ。へー、ペドロウソにそんなのがあるとは初耳だ。「恩田」って日本人経営かなと思ったが違った。スペイン語で「おんだ」ってなんだろう。翻訳してみたら「波」だったが、そうなんかな?スペイン語はローマ字読みでいいので日本語みたいのが結構ある。「食べるな」はスペイン語では食堂のことなのでそのままギャグみたいだ。バカは牛、アホはにんにくと枚挙にいとまがない。
オンダでチョリソー、パン袋詰め、おかきみたいなツマミ一袋にヨーグルト4、白ワインにオレンジ1個で6.44ユーロ。キッチンに帰ってきてパンにチョリソーとムースチーズを挟んで食べるととても美味い。ワインにおかきみたいのも良く合うようだ。 -
ペドロウソのアルベルゲはガリシア州にしては珍しく食器が充実していたのが魅力だったが、年々それらが減ってきて、4回目の今日はとうとう何も置いてなかった。なので今回も YATEKOMO の空き容器が大活躍。こんなアルベルゲではナイフも必需品だ。
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夕方の6時7時になっても前の道路を巡礼がパラパラと歩いている。私みたいに午後の早い時間にアルベルゲを決めたい者に取っては驚異的だ。こんな時間まで歩くのは宿は予約がしてあるとしか思えないがどうなんかな。外のベンチで顔見知りがわいわいやってたので、1リットルビールとプラカップを買ってきて振舞う。数人に飲ませて上げても円なら200円もしないので気楽。
アルベルゲに Wi-Fi は無いが、近くのバルの Wi-Fi が前の道路に行くとそのまま使えた。昨年、このバルを利用したときに設定したパスワードがそのまま使えているようだ。タブレットの中にはいったい幾つのパスワードが残っているのか知らないが、とても便利。明日はいよいよサンチャゴ到達の日だ。
フランス人の道18 Santiago 到着
5月27日 歩き34日目
5時半起床。キッチンへ移動して朝飯。ヨーグルト2個にパンとスープ。昨日同様、カップ麺の空き容器を利用してスープを作るのだが、何度やってもなかなか熱いスープにならない。そのうち容器が変形し出してきた。変形して分かったが、外側が紙で内側がプラの二重構造だった。その内側がぐにゃぐにゃと波打っている。こりゃもう限界だな。ちょうど今日はサンチャゴに到着するのでもう使わないからスープを飲んだ後でゴミ箱に捨ててしまう。何回もごくろうさんでした。
夜が明ける少し前にスタート。ペドロウソの町も沢山の私営アルベルゲがあるので、あちこちから何人もの巡礼が歩き始めたので暗いけど心細さはない。町を外れてユーカリの森の入り口が漆黒の闇だったので仕方なくヘッドライトを引っ張り出して点けるが、暗かったのは入り口だけだった。今日もゾロゾロと行進してる感じ。 -
3時間ほど歩くとモンテドゴソのモニュメントが遠くに見え出してきた。その手前の村には何度も利用した小さなバル兼売店があるので大きなトマトとジュースにチョコパン1袋で3.2ユーロを仕入れる。すぐ見えてくるのはローマ教皇がやって来た記念に作られたモニュメントだが、ほとんどの人は近くにある有名な歓喜の丘を見ることなくゴソを通り過ぎて行ってしまうので勿体無い。モニュメントの側にあった石のベンチに座って、さっき仕入れたもので2度目の朝飯にする。ゴミ箱も水道も近くにあるから食べるには最高の場所。
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丘を下って行くとゴンさんから工事中と教わった橋に差し掛かる。ここは通行止めで2キロの迂回と言われてたが、工事は既に完了していて足元は木の板でなく頑丈なコンクリートに変身していた。もうおっかなびっくり足元を注意しながら渡る必要はなくなったが、今考えるとあれはサンチャゴ到達感が半端なかったので面白かったな。
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橋を渡り終えると「Santiago De Conpostera」と書かれたモニュメントがお出迎え。昨年、サンダルを拾った場所だ。市内に入ってもカテドラルまでは1時間は歩かなくてはならない。
リュックを載せた引き車を引っ張っている老夫婦が近くを歩いていたので、巡礼のベテランなのはすぐわかった。でもフランス人の道でベテラン巡礼は珍しいなぁ。きっと北の道かプリミティボの道だろうと想像し、出発地を聞いてみたらオランダとのこと。ん?出身地でなく出発地だよと聞き直してもオランダだそうだ。そこでやっとこの夫婦はオランダの自分ちから歩き始めたのだと分かった。いるんだよなー、自分ちから何千キロも歩き通してサンチャゴに到達する人が。私はオランダ、ベルギー、ドイツ、スイスから歩き通してる人たちと話したことがある。スペインの隣はフランスで、みんなそのフランスの外側の国だ。本当に凄いと思う。いったいどんな心積もりでこの旅を始めたのか聞いてみたいところだが、残念ながらそれだけの英語力がない。ただただ簡単な英語で褒め讃えることしかできない。 -
11時20にカテドラル前のオブラドイロ広場に到着。マドリッドから歩き始めて34日掛かった。これで第一部完了だ。今回での特記事項は何と言っても雪の峠越えだろう。無事に越えられれば何でも良い思い出だがひとつ歯車が狂えばどうなっていたか分からない。ここでフィリピンの神父さんと再会する。もう旅支度はといて青いローマンカラーになっていた。
12時の巡礼者のためのミサに参加したいので、すぐ巡礼事務所にバックパックを置いてカテドラル入り口を目指す。そしたら入る人の行列がこれでもかと言う位続いている。その数300名くらいはいそうだ。カテドラル内には一定数以上の人は入れないので、いま並んでいる人たちの殆どはミサが終わるまでは入れないだろう。こりゃ駄目だとすぐ断念。また巡礼事務所に逆戻りする。
※お役立ち情報
みんな知ってると思うけど、カテドラルの中はバックパックを背負っては入れません。近くに有料で預かってくれるところもあるそうですが、私はいつも巡礼事務所の庭に置いときます。事務所に入るにはクレデンシャルを持った巡礼かどうかを警備員がチェックしてるので、敷地内のそこら辺にバックパックを置いといてもまぁ安全だと思います。
事務所の奥には ALSA のバスと Lenfe 鉄道の出張所があるので、まずリスボンへ行くためのバスチケットを買うことにする。自分の前に観光でやって来た年配のフランス4人グループがいて、なんだか凄く要領が悪くて20分位カウンターでやり取りしている。余りに長いので隣のブースにいる郵便局員さんと顔を見合わせて「しょーがないねー」と目でコンタクトする。言葉がロクに通じないのが分かってるんだから、行き先のポイントを書いた紙くらい用意しとけよ。やっと自分の番がやってきたので希望の日時と行き先の Lisboa と書いた紙を見せてチャッチャとチケット購入。こうするんだよと見せてやりたいよ。サンチャゴ発が29日の12時でリスボン到着が20:30。夜の8時半か、上手くすると明るい内に到着できるかな。バス代50ユーロは高いのか安いのか。今日もカードでお支払い。
さて次は一ヶ月以上先になるがマドリッドへ戻るための列車チケットの購入だ。奥まった所にあるLenfe のブースを訪ねる。ここでチケットを買うのは3度目だが、毎回受け付けの人が違ったな。今日の男性はとても愛想が良くて片言の日本語を喋った!日本語を勉強しているが、実際に日本人と話すのは私が初めてだそうで嬉々としている。やり取りにはたまに日本語を交えられるので何となく安心するものがある。ここでも希望の日時と行き先の Madrid と書いた紙を用意するのは言うまでもない。こう言う大事な場面では片言でやり取りすると思い違いで失敗する可能性がある。失敗したら「あらま」じゃ済まないので毎回真剣だ。でも書いておけば間違って伝わる可能性は格段に減るのでいつもこうしている。
マドリッド行きの電車チケットは過去2回買ったことがあるが、そのどちらも直通なのはいいが早朝6時頃の出発なので前日から若干の緊張と当日朝が慌しい。でも今回この係りの人は9時台の出発を提示してきたな。そんな時間は初めてなので詳細を教えてもらうと、マドリッド直通じゃなくてオウレンセで乗り換えがあるそうだ。乗り換えは不安なので嫌なんだよなーと伝えると、小さい駅だから大丈夫と言うのでそれに決める。9時39分サンチャゴ発、OURENSE で乗り換えてマドリッドには15:04着なので申し分ない。時間どおり行けばだけどね。こっちは35.65ユーロと安めだった。 -
長い行列に並んで巡礼証明書も無事にゲットして本日の宿、アルベルゲ・メノールにチェックイン。2泊で28ユーロと公営にしては高いほう。ここはベッドルームが2階と3階にあるのだが、今回は2階だった。ラッキーだ。3階は日本で言えば4階にあたり、階ごとの天井が日本の5割増しくらい高いのでベッドルームが3階だったりすると実質的には日本の5階まで階段を上らなくてはならない。1階の差は結構重要だ。
ここで2泊して骨休めしたら5月29日にリスボンへ移動する。 Wi-Fi があるのでリスボンの安宿を2泊予約しておこう。もちろん私の泊まるのはドミトリーの2段ベッドなのでアルベルゲと似たようなものだ。予約したのは誰かのブログで紹介されていたお勧めの宿だった。This is Lisbon Hostel 2泊で34ユーロ。Maps.me にも位置が登録してあるので安心だが、バスがリスボンのどこに到着するのかが分からないので少し心配。
地階のキッチンへ降りていってビールを飲もうと思ったが、売店は時間外でクローズされていたし自販機にもビールは置いてなかった。残念。前はあったような覚えがあるんだがなぁ。今回初使用のアスパラスープの素を濃い目に作ってみる。これが結構美味いのでヒットだ。キッチンに誰かが置いていった麦芽パンがあったので食べてみたらこれも美味いのでみんな平らげる。乞食か。 -
テーブルで食事を楽しんでいると肩をポンと叩かれた。ボビーだ!!「ボビー久しぶり~」と言う英語を知らない。最後に話したのは14日のアストルガだったので、実に13日振りの再会だ。アストルガの翌日はラバナルデルカミーノのイギリス人経営のアルベルゲに泊まろうと約束してたのにボビーはいなかったと伝えたら、時間が早かったので同じ村にある公営アルベルゲに泊まったそうだ。なんだ約束してた村にいたのか。その日は私の方が1つ先の村へ進んだ訳だが、そのあと疲労骨折になってチンタラ歩かざるを得なかったのでボビーの方が先行したのだろう。既にここは3泊目と言ったので私より2日早くサンチャゴに到達したのか。ボビーは明日フィステラへ行って豪華にホテル泊。次ぐ日はサンチャゴへ戻りマドリッドからドイツへ帰るそうだ。二人であれやこれやお喋りする(簡単な英語で)。
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夕方になったので売店がオープンしたが缶ビールが高いので値段が同じなら実力のある3ユーロの白ワインボトルとエンパナダを買ってみる。ボビーは今日も野菜中心の食事をしているな。それに今日もノンアルコールビールを飲んでいる。いつもアルコール類を飲んでいる私を「ドランク」と悪態ついているが、これはボビー流の親愛表現だ。。何にしても再会できたのは喜ばしい。
玄関外にある椅子に腰掛けて遠くの街並みを眺めていたら千春さんからチャットが入った。これから向かうリスボンで会う約束をしているので、初めて訪れるリスボン行きを前にして心強い。私がリスボンに到着した次ぐ日に何時にホステルに迎えに行けばいいのかとか、地下鉄やバスの乗り方について教えてくれる。バスは運転手からチケットを買えるが地下鉄は苦手の自販機になるそうだ。話が込み入ってきたので通話に切り替えて再会計画を続ける。 私のタブレットは電話はできないが、 Wi-Fi さえあればメッセンジャーで通話も可能。Wi-Fi があるともう物凄く便利。千春さんの友達が日本料理の店をやってるので、そこでランチを食べましょうとか提案してくれる。
今日は目まぐるしく色々あった日だった。いつもはペドロウソからゴソの丘の16キロまでしか歩かず、ゴソの巨大アルベルゲで一息付いて次ぐ日にサンチャゴ入りするのが恒例だったが、今回はアクシデントのお陰で思いのほか日にちを使ってしまった。なので少し日程を詰めときたいのでペドロウソからサンチャゴまで一遍に歩いた。まぁ大した距離でないので普通の人はそうするけどね。サンチャゴに到着してからはバスと電車のチケット購入、巡礼証明書ゲット、リスボンの安宿予約にボビーとの再会に千春さんとの交信と盛りだくさんだった。明日は骨休めで一日ゆっくりする。
フランス人の道19 サンチャゴの休日
5月28日 日本出発から37日目(今日は歩いてないので)
Santiago de Compostela 2日目。ずっと歩いてきたので連泊するのはこれが初めてだ。今回、疲労骨折したので気づいたことがある。やっぱり年齢と共に体は衰えて来てるんかなー。ここ3年間は毎年何かしら不調が出ていて、2年前は酷い腰痛が飛び出し、昨年は坐骨神経痛、そして今年は疲労骨折。スタートしてから3週間ほど歩いたら、その辺りで連泊を入れて体を休ませる必要があるのかも知れない。最初にサンチャゴ巡礼した4年前は自分がどのくらい歩けるのか自信がなかったので、ショートコースを頻繁に入れたのが結果的に故障することなく無事に歩き通せた理由だと思う。それが2年目3年目になって慣れて来ると段々と強気になるし無理もできると思いこんでしまうからの故障だろう。来年もあるとしたら良ーく考えよう。
キッチンで朝飯にしようとしたら食料を入れといたレジ袋が見当たらない。あれー、どこ行ったかな。一通り探してみても見つからないので諦める。入っていたのはインスタントコーヒー数袋に緑茶1袋、チョコパンにスープの素、それとプラスプーンとフォーク位だ。今日の買い物で同じようなのを仕入れて来よう。明日はリスボン行きのバスに8時間乗るので、バスの中で食べる食料も必要だな。 -
食糧が消えちゃったのでキッチンの売店で大きなクロワッサンとコラカオで2.6ユーロ。ボビーもやって来ていつもの野菜サンドを作って食べだした。ボビーの食べるものはいつも同じなので、どっかで読んだ小話を思い出した。ドイツと日本人がそれぞれの国に行って食事をする話。「日本人:ドイツはいつも同じ食事で飽きる」「ドイツ人:日本はいつも違う食事で疲れる」まぁそんなモンなんかな。日本の食事はレパートリーが多く、一週間の夕飯では毎回違う料理が出てくる可能性があるが、一年中同じものを食べる国はそれはそれで良いのかも知れない。
ボビーはこれからフィステラへバスで行って帰ってくるのは明日だ。延べ1ヶ月ほども一緒に旅してきたがこれが今生の別れとなる。ハグしてお別れしたところ、なんか頭にキスしやがったな。 -
近くのテーブルにフィリピンの神父さん達がやってきた。同じテーブルに同じフィリピンの人たち4人がいて食事をしていたので合流。米のご飯を食べていたので一口食べさせてもらう。肉のおかずも勧めてくれるが久しぶりの米の飯はそれだけで美味かった。神父さん達のグループも、今日はフィステラへ10時のバスで行くそうだ。この人たちともこれでお別れになるが、二人の人とはフェイスブック友達になっている。
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アルベルゲは9時半からクリーニング時間になるので連泊の私も外に出てなくてはならない。まぁどっか行くと言ってもオブラロイド広場しかないのでブラブラと行ってみる。広場には見たことある女性がいた。えっ、間違いない。今年の1月にトラピクスのツアーでサンチャゴ・ポルトガルの旅に友達とやってきたことがあった。そう、今年サンチャゴは2回目なんですよ。しかもツアーでやって来るとは想像もしなかった。そのときの現地ガイドのお姉さんがいるではないか。今日もガイドでツアー客を引き連れている。仕事が一段落したのを待って話しかけてみたところ、最初は分からなかったが、1月にあったときに巡礼で何度もサンチャゴへ来ている話をしていたので思い出してくれた。お姉さんはポルトガルの道を歩いた巡礼経験者だったから私のことを覚えてくれてたのかも知れない。一緒に写真を撮らせてもらう。その後もこの広場で顔を見かけたので、一日に何度もガイドをやっているようだ。
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日本からのカトリック巡礼団がいた。各地から参加した人たちの集合体らしく、姫路のおばちゃんが私に興味津々で色々話しかけて来てくれる。頼みもしないのに自分の住所から電話番号まで書いたメモを渡してくれるので、こちらもメルアドやらHPのURLが印刷されたマリアカードを進呈する。ツアーメンバーの一人がルルドで奇跡にあったと興奮気味に語ってくれる。何でもルルドで71番目の奇跡と認定されたそうで日本人では初だそうだ。えっ、それって凄いことなんじゃ!?ルルドは奇跡の地として有名だが、認定の基準はとても厳しいと聞いている。まず精神的な疾患はすべて除外され、物理的で現代の医学では不可能な治癒のみが奇跡として認定されるそうだ(うろ覚え)。「この人ですよ」と私の前に奇跡にあったというおばちゃんを連れてきたが、ビフォーアフターのビフォーを知らないので特に変わったこともなさそうな普通の人だったな。
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スーパー FROIZ へ行って食料をたんまり仕入れる。普通のジャガイモのバラ売りがなかったので、奇妙なオレンジ色をした大きなジャガイモ1個と玉葱、ソーセージ、1リットルビール、塗るチーズにカット野菜、スープの素にヨーグルト4と明日のバスの中で食べる用にビスケット1本で7.05ユーロ。今日もにこにこカードでお支払い。帰り道にある手作りパン屋で大きなバゲットを買う。スペインにはこういうパン屋があちこちにあるので楽しい。しかも大きなバゲットが1本百円程なのでとても安い。安い美味い、更に焼きたての暖かいのなら最高。
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アルベルゲに帰ってキッチンでスープを大量に作る。ここには色んな調味料が沢山置いてあるが多くが意味不明なので怖くて使えない。その中にタカの爪の絵を見れば何の調味料なのかが一発で分かるものがあった。その名も「ピカンテ」。なんて分かりやすい名前なんだろう。ピカンテの意味は分からなくても辛いものだと言うのは音の響きですぐ分かる。予想どおり、これを入れると一味違った気がした。
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隣の鍋で何か作っているコリアの青年が「ソーセージが好きだが売店がクローズしてて買えなかった」と言ったので、カットしたソーセージを4本上げて喜ばれる。テーブルに移動して本日の至福の時間。御覧のとおりテーブルには食べ物がいっぱい。カット野菜にはボビーが置いてったマヨネーズを掛けてみる。いつもカット野菜は塩だけで食べることが多いので、野菜にマヨネーズって最高だな。もうスープと野菜だけで満腹になり、パンまで食べられない。ビールも飲みきらないので4分の1残したのを冷蔵庫に入れておく。
今日の巡礼者のミサで「オビエド、ハポン」と聞こえたのでプリミティボの道を歩いた日本人がいたのが分かった。ミサ後の広場で探してみたが会うことはできなかったが、何とその人、アルベルゲで隣のベッドだった。カミーノは3回目だそうだ。気の良さそうな人と久しぶりに日本語でお喋りができる。この人はパラドールのただ飯を食べたくて行ってきたそうだ。私は一昨年はサンチャゴを出たり入ったりしている間に3回食べさせてもらったが、昨年は時間になっても巡礼は誰もやってこないしパラドールの人も来ないので中止になったのかなと思ったので今年はチャレンジしてない。その人も行ってはみたものの始まらないのでフロントに尋ねたそうだ。「あれは止めました」と言われたって。そっかやっぱりな。でも確認できたのでよかった。 -
もうリスボン移動の日が明日になったので、ネットでリスボンにバスが到着するというオリエンテ駅から予約したホステルへの経路を調べ倒す。歩くには距離がありすぎるので地下鉄を使うしかないようだ。地下鉄、大丈夫かなと心配になる。そしたら千春さんがメッセンジャーでチケットの買い方ビデオを作って送って来てくれた!千春さんの説明が音声で入っているのでとても分かりやすく、心強いことこの上ない。ありがとう千春さん。
2018年のサンチャゴ巡礼第一部これにておしまい
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この旅行記へのコメント (2)
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- mametabiさん 2022/02/11 16:30:01
- フランス人の道、お疲れさまでした
- オリンピックを見ながら、引き続き巡礼の旅行記、楽しく読ませていただいます。
今回の旅行記、めちゃくちゃ面白かったです!ますます国際的になって来て、色々な国民性が分かって・・・特に韓国のガイドさんのお話が興味深かったですね。
それに、物の値段とか、食べていらっしゃるものとか、宿の様子とか、全て興味津々で読みました。私は明るかったりちょっとでもうるさかったりすると眠れないので、アイマスクと耳栓が必要だなとか思いながら・・・。それと、用意周到過ぎるので、荷物が異常に重くなるから、荷物運びサービスが必須かも・・・。
日本のマリア様のカードとは何なのだろう・・・と思ってたので、写真で見れて納得。とても綺麗で、外国人だけでなく日本人でももらえたらうれしいでしょうね!
それにしても、一か月以上歩き続けて、またポルトガルから何百キロも歩く・・・歩きなれていない私は、読んでるだけで足がボロボロの気分です・・・。
- おくさん からの返信 2022/02/12 09:35:10
- Re: フランス人の道、お疲れさまでした
- Mame F さん、おはようございます。
いつもコメントありがとうございます。
いつもとても嬉しいです。
2018年はマドリッドの道を困難も含めて楽しく歩き終えましたが、次に進むポルトガルの道も負けずに楽しいものでした。
それは、最初から旅の仲間を得られて、今回も親父連中とのへっぽこ道中のお陰でした。
年によってはご婦人が旅の仲間となる場合もありますが、この年は親父連中との縁が深くて不思議な年でした。
長距離を歩いたのは2015年が初めてでしたが、私も未知の世界だったので歩けるか不安でした。
でも、人間の体って良くできていますね、一週間も歩き続けると歩ける体になるんですよこれが。
翌年からは変な自信がついて複数のカミーノを計画するようになって、調子づき過ぎて腰が悲鳴を上げてしまいました。
でも、無理をしなければMame F さんも必ず歩くことができますよ。
経験者は語るです。
私は義足で歩いた人と3人会ったことがあります。
若い女性には話しかけなかったので分かりませんが、二人の年配男性はフランス人の道をずっと歩いて来た人でした。
凄い精神力に脱帽でした。
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