2021/07/01 - 2021/07/01
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kojikojiさん
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「ウポポイ」の後半は「国立アイヌ民族博物館」の見学です。「ウポポイ」は国立博物館の予約が事前に必要なのでホームページから手続きしましたが、余裕をもって昼の12時にしておきました。実際は早く着いてしまったので見学の順序を入れ替えましたが、この予約は面倒だと思いました。混雑している時期であれば必要だと思いますが、コロナと雨の平日ですから混んでいる訳がありません。最初に1階まで上がり、入場時間まで間があったのでシアターに案内されました。ここで約20分の「世界が注目したアイヌの技」というプログラムは良く出来ていて、18世紀以降に世界から高い注目を集め、ヨーロッパとアメリカの博物館に約1万点収蔵されているアイヌ民族資料について紹介されました。悔しい思いをしたのはサンクトペテルブルグの「クンストカメラ」(驚異の部屋)のロシアのピョートル大帝のコレクションが紹介されたことです。サンクトペテルブルグでは夜にしか自由時間が無くて、妻と2人でネヴァ川のクルーズ船から恨めしく眺めたことが思い出されました。入場時間になって2階の博物館を見学しましたが、大きなホールに展示品が点在しているだけで思ったほどではありませんでした。エリアも北海道に住むアイヌ民族の物がメインと思えました。とはいえ、初めて見るものも多く学ぶものは多かったです。お昼を挟んで夕方まで見学をして、コーヒーを飲みながら絵葉書を書いて苫小牧ミッションも終わりです。苫小牧駅まで戻って荷物を持ってタクシーでフェリーターミナルに戻ると北海道の旅も終わりです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
今回の旅の前に古い写真の整理をしていたのですが、父と弟が北海道旅行をした時のフィルムが出てきました。その中にあった写真がこれで、登別の熊牧場とアイヌコタンへ行ったみたいです。50年以上前はこんな風に衣装を借りて写真が撮れたのですね。チセのイオイキリ(宝壇)に向かってアペオイ(囲炉裏)から撮ったのだと分かります。家の中に大きな熊がいるわけがありませんが、ちょっとその姿は…。現在アイヌ文化に興味を持って旅した者としては羨ましいことです。
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朝までいた支笏湖温泉街の船着き場には弟も来ていたのだと分かりました。確か3歳までは飛行機が無料だったので連れて行ったはずなので、現在の年齢から逆算すると昭和44年の1968年になります。
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そして当時の苫小牧駅の写真までありました。駅のどちらかがわまでは分かりません。
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「国立アイヌ民族博物館」の予約した時間前に1階のシアターで「世界が注目したアイヌの技」を観ましたが、ロシアの「クンストカメラ」のコレクションの質の高さと豊富さには驚かされました。これは博物館の見学前に観た方が良いと思います。
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予約制とはいえ時間には我々だけしかいませんでした。おかげで誰もいない写真が撮れます。2階の全面ガラスのエントランスからはチキサニ広場の芝生とポロト湖が綺麗に見渡せます。
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ワクワクして入口に向かうとプロジェクションマッピングが始まりましたが、そのまま素通りします。
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見学者は我々を入れて7人だけでした。大きな1つのホールなので数えるのは簡単です。
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チセコロカムイ
イナウ(家を守護するカムイと付属の槍)
イナウはカムイや先祖と人間の間を取り持つもの(贈り物・メッセンジャー・神霊の依り代)とされ、強いて言えば神道における御幣に相当します。 -
アイヌとは人間のことで、カムイとは動植物や太陽などの天体、山や川、雷などの自然現象、人間の造った道具類までにも人間同様にラマッ(霊魂)があり、それそれ役割があると考えられています。イナウは人間からカムイへの贈り物で使者で、人間の暮らしを見守る役割があり、様々な形が造られます。
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イナウをつくるには直径が3センチほどのヤナギやミズキの枝を採集し、大体70センチほどの長さに切ります。そしてきれいに皮を剥ぎ、木肌をあらわにして乾燥させます。充分に原料の枝が乾燥したら、先に木片を刺した小刀を使って木の端の方向に薄く削り、あたかも枝の先に木片の房が下がる形にします。
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イクパスイ/イクニシ(酒を捧げる祭具)
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イクパスイ はアイヌ民族が儀式で使用する木製の祭具で、カムイ(神)や先祖に酒などの供物をささげる際に人間とカムイの仲立ちをする役割を果たすものとされました。
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名称はイクが「酒を飲む」、パスイが「箸」の意で、日本語では「(カムイに)酒を捧(ささげる)箸」として捧酒箸と訳されるそうです。
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約30センチほどの木の棒を平らに削って、通常は表面に彫刻した飾りがほどこされて一端は尖っています。尖端の裏側には通常、パルンぺ(舌)と呼ばれる矢尻のような形が刻まれ、これがないイクパスイはカムイに対して言葉を伝えられないと考えられています。
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トゥキ タカラサイ イクスパイ(カムイへの祈りに使う祭器)
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左手に酒を入れた椀を持って、右手でイクパスイを持って先端にお酒をつけて揺らすようにして捧げます。蒔絵の美しい天目台と揃いの椀は江戸か明治の時代に造られた本州以南からの移入品だと分かります。
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「カパラミプ」は色とりどりの絹や木綿の布を細い帯状にして直線や緩い曲線を描くように配置して縫い付けています。その上から刺繡を施し多彩で華やかに仕立てています。「サパンペ」と呼ばれる儀礼用の冠に儀礼刀という姿は子供時代の弟の写真が伝統にのっとったものだと分かります。
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儀礼における男性の装いは年齢や立場や地域によって違いはありますが、頭にイナウを削るようにして造られたサパンペをかぶり、交易で手に入れた耳飾りをつけました。
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肩からはエムシアッという刀掛け帯を下げて、エシムという儀礼刀を佩き、陣羽織を羽織ったそうです。
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妻はどんどん先に進んでしまいます。
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女性の木綿の衣装の流水の模様はアイヌ民族のものではない移入品のように思えました。反物を仕立てて布を縫い刺繍を刺しているのでしょう。内側にはモウルという日常着を着ています。頭にはマタンプシという鉢巻きをまいたそうです。
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飾板のある首飾り全体がシトキと呼ばれ、内側の玉だけのものはタマサイ(玉彩)といい、シトキは重い宗教的儀式に用い、タマサイは盛装した時、あるいは普通の儀式に使われたということです。アイヌ女性にとって玉類はとても大切なもので、祖母から母へ、母から娘に女の魂として代々伝えられ、家の上座にある宝物座の玉手箱などに安置されました。
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首飾りのデザインは中国の少数民族のチベット族を思い出させます。銀の飾り板のデザインも中国の苗族やトン族の物やベトナムの山岳少数民族の物を連想させます。
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貴州省辺りでは十数年前でも素晴らしい立体刺繍のネンネコが5,000円、銀の素晴らしい首飾りも3,000円なんて金額で買えましたが、刺繍は台湾の観光客が買い占めていると聞きました。実際台湾でとんでもない金額で売られているのを見たことがあります。
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衣服の地布や模様をを形づくる布には無地や縞や絣、多彩な染の木綿など様々な素材が使われました。襟を飾る布には小袖や型染や更紗など、本州や海外の貴重な布が使われました。この衣服の襟に使われた布には三浦屋とか御神燈の文字が見えます。
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熊や狐や黒テンなどの毛皮は重要な交易品で、動物の通り道にトリカブトなどの毒矢を用いた仕掛け弓などの罠を使って狩猟していました。明治になると毒矢の仕掛け弓が禁じられます。これに抗議の請願書がだされますが、猟銃が使われるようになり狩猟は大きく変化します。
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サラニプという編袋は「編みぶくろ」や「背負いぶくろ」と呼ばれ、採取した山菜や果実や捕獲した魚を入れたり、狩猟の道具を入れるなど運搬するために使われるほか、倉庫に置いておく貯蔵袋としても使われました。
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材料は主にシナノキやオヒョウの木の皮を使い、たて糸とよこ糸を組み合わせて編まれています。その形は円錐型や円柱型や四角形など技法によって変わります。特に口縁部と底のデザインが特徴的です。
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イタは盆のことで、表面にはアイヌ文様であるモレウノカ(渦巻き)やラムラムノカ(ウロコの形を模したもの)が刻まれます。他にもアイウシノカ(刺・とげ)やシクノカ(目)やコイノカ(波)といった文様で構成された装飾が彫刻されます。
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アイヌの喫煙具はタバコ入れとキセルが1組となっています。アイヌ語でタバコ入れはタンパクオプ、キセルはキセリまたは「木のキセル」を意味するニキセリと呼びます。
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モレウノカ(渦巻き)とコイノカ(波)の組み合わせの美しい丸盆です。古いものだと思いますが無垢材にもかかわらず歪みもありません。こうやって見ていると欲しくなってきます。博物館の1階にガラスケースに入って販売されていましたが、ちょっとお土産にと手が出る値段ではありません。
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飼育したヒグマを対象とする儀式はイオマンテ、狩猟によって捕殺した野生のヒグマを対象とする儀式はカムイ・ホプニレと呼んで区別されます。冬の終わりに穴で冬眠しているヒグマを狩る猟を行い、冬ごもりの間に生まれた小熊がいた場合は母熊は殺すが(その際カムイ・ホプニレを行う)、小熊は集落に連れ帰って育てます。最初は人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったそうです。
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大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移しますが、やはり上等の食事を与えて育てます。1年か2年ほど育てた後に集落をあげての盛大な送り儀礼を行い、丸太の間で首を挟んでヒグマを屠殺し、解体してその肉を人々にふるまいます。宗教的にはヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきたカムイを一定期間大切にもてなした後、見送りの宴を行って神々の世界にお帰り頂くものと解釈されます。
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長い柱は仔熊をつなぐトゥクシシという杭で、お腹に巻かれたつなぎ縄と、チプイフと呼ばれる耳飾りも美しい装飾ですが、綺麗に飾られた子熊の行く末を考えるとやるせない気持ちになります。
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イナウとござのデザインの美しさを感じます。
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左のチセコロセニシテヘは家を守護する女のカムイの姿で、右のチセコロセニシテヘは男のカムイのイナウです。
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上に乗ったイクスパイ以外の蒔絵の美しい天目台と揃いの椀は江戸か明治の時代に造られた本州以南からの移入品だと分かります。手前左のイクスパイは天目台の蛸唐草と三つ巴の紋が同じなので、誂えたものかもしれません。
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こちらはキラウシパッチという角盥(つのたらい)です。アイヌの人は湿気を作らなかったと聞くので、これも移入品だと思われますが、不思議なデザインの漆器です。
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エムシシリカとエムシイペは儀礼刀の鞘と刀身です。アイヌは高度な製鉄技術を持たなかったため、刀身は和人が作製したものを交易で入手していました。刀身は日本刀の太刀の形式を取りますが、儀礼刀であることや儀式によっては刃を自分に向けて持つこともあるため、刃引きされていたり、最初から刃を付けない場合もあるそうです。また踊りの際に音が鳴るようにあえて鍔を緩めているそうです。
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左のサパンペは儀礼用の冠で弟も同じようなものを被っています。首飾りのタマサイはアイヌ文化独特の形態をもつ首飾ですが、玉はシベリアもしくは日本から輸入したものでガラスで出来ています。小さな青玉をとくに山旦(さんたん)玉と呼んで珍重し、下端には淡青大珠が目を惹きます。
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イカヨプは儀礼用の矢筒で、自らが手作りしたものと、和製品とを入手したものがあるそうです。手作りの場合の本体は朴の木で、ふたにクマの毛皮を使いました。半割にした本体を貼り合わせる接着剤にサイハイランの根とかシカのつま先から煮出したニカワなどが用いられます。
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ヘペレアイ/エペレアイは花矢で、熊などの動物の霊魂をカムイの国へ送り返すときに持たせる土産になります。
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カムイとアイムの世界観が簡単に分かるように説明されています。
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先ほど伝統的コタンで見たヘペレセッと呼ばれる仔熊の檻の模型です。
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北海道各地から集められた花矢はどれも美しいです。
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ニポポと呼ばれる木偶は、樺太アイヌが子供の廟魔除けや成長を祈願した人形です。
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シャマンは特殊な能力を持つ人で太湖などを打ち鳴らし、踊りながらトランス状態に入って神の言葉や意思を伝えます。シャマンという呼び名はシベリアのツングース系の先住民族の言葉に由来します。同様の人々は世界中におり、アイヌのトゥスクルや本州のイタコ、沖縄のユタなども同じ役割を担います。個人的には運ナ商の麗江の東巴教のシャーマンを思い出します。
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イモカシケはイヨマンテのときにカムイへ持たせる土産のことで、酒や団子、鮭や木の実をはじめイナウや花矢が贈り物として祭壇に捧げられます。カムイの世界に届くと数倍の量に増えて、カムイたちは人間界での歓待を話しながら酒宴を行います。
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盥(たらい}は日本語名称と同じように把手の形状によって名称が異なります。小さな板状のものが付いた耳盥は「キサルシパッチ」とか「トコムシパッチ」と呼ばれます。これも家紋の入った移入品ですが、漆器に木の実をそのまま入れる使い方が面白いです。
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カムイへの贈り物はどれも美しく飾られています。乾燥サケのサッ・チェプも見えます。
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製作中のアットゥシです。ここまで糸を作るのは大変だったと思います。
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ござも製作中です。このような編み方はいろいろな国を旅しましたが初めて見ました。
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チセ(家屋)の内壁を覆うチタラペ(ござ)には神窓が設けられ、これはカムイの出入り口になります。神窓から見て右座が主人夫婦の座で、左座が来訪者や子供の座になります。
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チセ内部の名称はこの図面が一番詳しく書かれてありました。
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囲炉裏の上にはトゥナと呼ばれる囲炉裏に吊り下げられた火棚で、暖をとったり煮炊きをするためにたいた火の粉が上へ舞いあがり、屋根裏に火がついて火事になるのを防ぐ役目があります。そこから下げられるのがスワッと呼ばれる炉鉤で、自在鉤のようなものです。ここにスと呼ぶ鉄鍋が下げられて煮炊きが行われます。この鉄鍋も移入品だと思います。
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マトゥンキと呼ばれるこね鉢は自分で蕎麦を打つことも多いので欲しいなと思いました。チポロニマ/イニハバッチはスジコをすり潰す道具です。チポロシトという イクラをまぶした団子の料理があり、ジャガイモを塩ゆでして完全に冷ましてから食べやすい形の団子にします。 ジャガイモの団子をうっすらと焦げ目がつくまで焼いて、 焼き上がりにすり潰したイクラをたっぷりとまぶして出来上がりです。
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伝統的コタンの囲炉裏にもあったラッチャクという灯明台です。魚油を帆立貝の皿に入れ、糸によった綿を灯芯としたものです。
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トンコリという弦楽器も展示されています。苫小牧のfリーターミナルで美しい女性がトンコリを持ったポスターに気分が高まりました。
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トンコリはアイヌに伝わる伝統的な弦楽器で、通常は五弦であることから「五弦琴」と訳されます。現在判明している製作法や演奏法は、すべて樺太アイヌのものだそうです。ギター等と異なりフレットがないだけでなく、弦を指板におしつけて音を変えることなく開放弦のまま演奏します。したがってハープと同じく基本的には弦の数しか音が出せません。
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楽器についてはこのような分かりやすいイラストもありました。
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ムックリという木製の口琴とカニムックルと呼ばれる鉄製の口琴です。子供の頃にお土産でもらったことがありますが、全く出来なかったことを覚えています。ムックリはモンゴルなど、世界に類似の楽器が多数あります。また、口腔を利用し倍音を変化させる楽器は他にディジュリドゥなど、声楽表現としてはモンゴル族のホーミーがあります。
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やはりこれも中国雲南省の麗江の納西族の口琴の演奏です。これを現地で聞いたときは日本のアイヌ文化との共通性を知って感動したことがあります。こういった伝統文化を簡単に知る場面は日本より中国の方が多いと思ったことも事実です。民族衣装を着た女性たちが町中を普通に歩いているのですから。
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死者用のお膳のパケカイオッチケとライクルケレという死者用の靴には胸が詰まりました。昨年母が亡くなった際に経帷子に手甲や脚絆をほどこしたことが重なってしまいました。ある意味一番印象に残った展示品です。
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仕掛け弓は動物の通り道に設置された罠です。さわり糸が張られ、そこに触れると矢が飛び出します。鏃には毒が塗られてあるので雨などで流されないように筒状の覆いもあります。明治9年の1876年に人に当たる危険があるという事で開拓使により禁止されます。
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北海道全域のアイヌの各部族は「武具ではない、主に狩猟や漁に用いる小型の刃物」を指す言葉としてマキリの語を用いているそうです。マキリの中でも特に小型で女性用、又はアイヌ男性によってアイヌ女性に贈られたマキリを特別に「メノコマキリ」と呼び分けることもあります。マキリはイタヤカエデの様な比較的硬い木や鹿角を材料としたアイヌ独自の装飾が施された鞘や柄を持ち、その装飾のなかでもウロコ彫りと呼ばれる地模様は他に類を見ないアイヌ独自の手法で彫られます。
鞘や柄の形態や装飾はアイヌの部族によって異なり、桜の皮で縫い合わされたものや水抜き用の穴があるもの、木や角製の根付がつくものなど様々な種類があります。 -
1680年にアムステルダムで作られたタブラ・タルタリアの中国の地図が展示してありました。この時代の古地図を収集しているので萌えます。この当時の蝦夷はアリューシャン列島の一部しか描かれていません。
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我が家にある1744年刊行のボーエンの日本地図にも松前辺りが島で描かれている程度です。
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最後までこんな具合に空いていました。妻はとっくに見学を終えています。
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次に入ってこられる人の姿もありません。
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体験交流ホールの窓が見えるので先ほどのステージの配置が想像できます。
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ほとんど貸切り状態で見学が出来たのが一番良かったです。
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お腹が空いたのでお昼を食べに行くことにします。もう午後2時を過ぎています。来るまでは焚火ダイニングカフェの「ハルランナ」にしようと思っていましたが。
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結果はフードコートでお手軽なランチにしました。妻は行者ニンニク入りのそばです。
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こちらはザンギ定食です。ザンギの作り方はにんにくや生姜、醤油、スパイスなどでしっかり下味を付け、粉をまぶして揚げるというものです。こちらのザンギは行者ニンニクの味が付いています。
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ザンギの発祥は釧路市の飲食店とされています。もとは焼き鳥店であったその店が1960年頃にブロイラーを骨ごとぶつ切りにした唐揚げを提供し大人気となったのがザンギの始まりです。ザンギという名前の由来は、中国語で鶏の唐揚げを意味する「炸鶏(ザーギー)」に縁起を担ぎ「運」の「ん」を加えたものとされています。9月には10日ほど釧路をベースに道東を旅する予定なので楽しみです。
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行者ニンニクがたっぷり入っています。生ビールを飲むとホッとしました。
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レストランは場外なので再入場券をいただいておきました。
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食後は特に見るところも無いので民族博物館の1階でお茶をいただくことにしました。
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旅行中は何とか1日1枚の絵ハガキを送ることが出来ました。
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ウポポイからは湖畔でムックリを奏でるアイヌの女性の後ろ姿です。
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妻は1人ポトロ湖を眺めています。
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絵葉書は「ウポポイ」前の青いポストに投函しました。
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そろそろ帰る時間になったので駅に向かいます。通過する特急列車の車両にはFURICOの文字が見えます。これはイタリアのペンドリーノやスペインのタルゴのような振り子列車だと思いました。調べてみると振子式気動車で、特急「スーパー北斗」の車両でした。
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白老の駅に着くと学校帰りの高校生で駅は溢れていました。これにはびっくりしましたが、座って苫小牧まで行くことは出来ました。
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息は1両でしたが帰りは2両編成になっていました。
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無事に「ウポポイ」の見学も出来ました。
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JR苫小牧駅前にある「苫小牧駅前プラザegao」(旧ダイエー苫小牧店サンプラザ)は閉鎖されて7年にもなるそうです。郊外にイオンモール苫小牧が出来てからは駅周辺の商業施設は壊滅状態だとタクシーの運転手さんがおっしゃっていました。
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駅周辺には見るところも無いので荷物を持ってフェリーターミナルに向かいました。
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今回の「大平洋フェリー創立50周年3船乗り比べツアー」もこれから乗船する「いしかり」で仙台を経由して名古屋に戻るだけです。戻るまで2日あるので船内ではゆっくりできるはずです。
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