2021/07/06 - 2021/07/06
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kojikojiさん
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旅の最終日はそのまま東京に帰るのではつまらないので、「ノリタケの森」に行きたいと妻に申し入れしましたが、あまり乗り気ではありませんでした。まあ10日に渡る旅なので疲れもあったと思います。タクシーで行くこととお昼を食べて帰ることで手を打ちましたが、「ノリタケの森」は思っていたよりも面白かったです。まず間違えて入ってしまったギャラリーで「工房てつ」という木工作家の中村哲郎さんという方と知り合い、玄関用のスツールを買ってしまいました。続いて「クラフトセンター」と「ノリタケミュージアム」の見学に移りました。1階2階がクラフトセンターで実際の職人さんが陶器の製作を行っています。これは数年前に行ったマイセンでも見ていますし、母方の親せきの多くが京都の清水で陶器を造っているので、その工程はよく分かっています。3階4階のミュージアムはこれまで知らなかったオールド・ノリタケの素晴らしい作品が年代別に並んでいてとても勉強になりました。お昼は同じ敷地内のある「Kiln」というレストランでフレンチのランチをいただきました。これが今回の旅の最後の食事で、ホテルに戻って荷物をピックアップして、新幹線の座席を予約してようやく旅は終わりました。台風5号の影響でフェリーが運航するかから始まった旅は梅雨前線の影響や線状降水帯の影響もありましたが、おおむね天気も良くて良かったです。ただ、熱海を新幹線が通過するときは徐行したので、行方不明者の無事を祈りながら通過させていただきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅の最終日は朝から天気がよさそうです。
-
各部屋にはネスプレッソのコーヒーメーカーがあるので美味しいコーヒーが飲めます。昨日コンビニで買ったもので軽く朝ご飯にしました。3日同じ朝ご飯は飽きてきていました。
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金のシャチホコの無い名古屋城もこれが見納めです。旅が終って数週間後にヘリコプターで再設置されたニュースを見ました。昨日に続き延泊したので2回目のチェックアウトをして、昼過ぎまで荷物を預かってもらいました。
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「ノリタケの森」までは近いので歩こうといったのですが、妻が「疲れたのでタクシーに乗りたい。」というので駅前からタクシーに乗りました。近いのであまりよい顔をされないだろうなとは思ったのですが、「ノリタケの森というところまで。」といった途端に返事もされず、営業していない工事中のエリアまで行って「どこで降りるの?」今回の旅で唯一嫌な思いをしたことでした。
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工事現場の前をしばらく戻ると「ノリタケの森」の看板がありました。気を取り直して見学に入ってみます。
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まず目に入ったのは明治37年に建てられた赤煉瓦の旧製土工場の建物です。
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そして明治末期に建てられた赤煉瓦建築の旧陶磁器センターなどが並びます。広大な敷地の半分は工事中で中に入れないのが残念です。赤煉瓦の建物内にもレストランがあるのですが休業になっていました。
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床に敷かれた煉瓦は耐火煉瓦の刻印があります。古い建物のからのリサイクルなのだと思います。
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森村市左衛門によって設立された貿易会社「森村組」は陶磁器製造のために明治37年の1904年に日本陶器合名会社の最初となる工場を建設しました。昭和50年の1975年まで稼動したこの赤レンガ造りの建物は、まさに日本の洋食器の歴史を象徴するものだと感じます。
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敷地の中には「日陶神社」という社がありました。社運の隆盛と安全の祈願を込めて天照大神と熱田大神と迦具土神の三神を祀り、1940年に建てられました。ノリタケの初代社長の大倉和親はこの工場敷地内に家を建てましたが、その後跡地に社殿が造営されたそうです。
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敷地内にはギャラリーとレストランの建物もあり、ノリタケのコレクションが展示してあるのかと思ったら全く違う展示室でした。中にいた方の視線が集まったので中を見てみましたが、木工の作家さんの造ったスツールの出来が良いのと、値段が手ごろなのでしばらく話し込んでしまいました。
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そして玄関に置けるくらいの低いスツールを買ってしまいました。そろそろスニーカーなどを履く時にスツールが必要だと考えていました。「工房てつ」の中村哲郎さんという作家さんでした。
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スツールはしばらく預かってもらって、「クラフトセンター」と「ノリタケミュージアム」の見学に移ります。1階と2階にあるクラフトセンターは実際に登記を造っている工房でもあるので、写真撮影は出来ませんでした。技術的なことはマイセンにも行って知っていますし、母の親せきは皆が京都の清水で陶器や磁器を造っています。
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コレクションの並ぶ3階に上がるとその量的なものに驚き、そしてそのクオリティの高さにも驚かされます。今までノリタケというとヨーロッパの窯業と比べて魅力を感じませんでしたが、オールドノリタケと呼ばれるジャンルの作品はすごいです。
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スリランカを旅した時に現地の工場を見学しましたが、もっとよく見てくればよかったなと思いました。
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「White &Gold」ディナーセット1930年
1912年の大正元年に花生けや飾り壺などファンシーウェアの絵柄として登録され、その後1930年にdinnerウェアに展開されます。金下盛り、金彩描きおこし、クリーム色塗りなど製作には手間がかかっています。この絵柄は2010年まで製造されています。 -
「HOWO」1908年から1943年
名前の通り鳳凰をモチーフにしたディナーセットです。 -
「鯉」1954年
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ビスクドール(陶磁器製人形)1916年から1922年
米国で販売していた頭部や手足が陶器や磁器で作られた人形です。森村組が設立した「日本玩具株式会社」で生産されました。米国の陶磁器製の人形は主にドイツからの輸入品で占められていましたが、第1次世界大戦の勃発により途絶えます。 -
そのためモリムラブラザーズからの進言を受けて人形の製作に着手します。大戦終了でドイツからの製品が復活するまでの間製造販売が続けられました。日本玩具社製の人形には首の後方に森村のマークがあり、「モリムラドール」と呼ばれました。1927年の米国から日本の子供に贈られた「青い目の人形」の中にもモリムラドールがあるそうです。
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「デミタス碗皿」1933年から1941年
白色硬質磁器に本金の梨地にリアルな桜が描かれたカップとソーサーです。日本的なモチーフながらデザインは西洋的でもあります。 -
年代順にプレートが飾られていますが、どしても自分の生まれた頃の物を探してしまいます。しかしどれだけのデザインがあるのか驚きです。
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このプレートのセンターが1941年の太平洋戦争の開戦時です。右側が戦前のデザインで左側が戦後のデザインです。
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「金鯱置物」ボーンチャイナ製 2008年
実際の1/8の縮尺のシャチホコです。今回の旅の初日に触ることが出来ましたが、10日後のこのミュージアムでお別れです。 -
金箔で仕上げられているのでかなりの値段になると思います。
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「ノリタケ」の歴史は森村市左衛門と豊(とよ)兄弟が明治9年の1876年に銀座に貿易商社「森村組」を立ち上げたことに始まります。渡米した豊はニューヨークの6番街に「モリムラブラザーズ」を設立し、森村組が輸出する日本の骨董品や陶磁器、うちわや提灯といった雑貨類の販売を開始しました。
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装飾性の強い花瓶や飾皿や飾壺などは「ファンシーウェア」と呼ばれますが、当時のアメリカでは上流階級の嗜好品としてヨーロッパ製ファンシーウェアが人気を博していました。商売を小売業から卸売業に転換したモリムラブラザーズは、陶磁器の将来性に確信を持ち、オリジナルの陶磁器作りを開始します。こうしてヨーロッパの製品にも引けを取らぬ完成度の高い製品を次々と生み出しました。
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素晴らしいミュージアムですが平日のお昼前は申し訳ないほどガラガラでした。
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「色絵盛上菊雀文皿」(井上昇山工場製)1884年から1890年
画柄は日本的な花鳥文で、19世紀後半んに欧米で流行したジャポニズムの影響がうかがえます。裏印の「昇山」は東京の画工の井上昇山の絵付け工房を指し、明治17年ころから森村組の画付けを行っていました。 -
「色絵金彩獅子牡丹文皿」(藤村興兵衛工場製)1884年から890年
色絵九谷のような絵柄は欧米人が好みそうですし、ヨーロッパの博物館い必ずありそうなデザインです。色数と金彩とで何度焼いたのか数えてしまいます。 -
「瑠璃金盛唐草文皿」(杉村作太郎工場製1884年から1890年
縁取りの瑠璃色の上に金彩を乗せて金彩の唐草模様には五弁の撫子のような花が咲いています。大きな金彩はザクロのようなデザインに見えます。 -
「色絵エナメル金盛薔薇文パンチボールセット」1891年から1921年
白い磁器の生地に色絵で薔薇を描き、その後に金彩で模様を描き、さらにエナメルで文様を乗せています。 -
エナメル盛は光沢のあるガラス質の多い絵の具で盛り上げた技法です。宝石を埋めこんだように見えることからジュールともいいます。
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「色絵エナメル金盛水牛文飾壺」1891年から1921年
豪華絢爛なこの壺はノリタケミュージアムの中でも最大級の大きさを誇り、金彩にエナメル盛り、金彩の装飾で仕上げられた作品です。 -
精密に描写された水牛がいる水bの風景は転写紙による画付けで、当時の転写紙はおもにドイツ製の最新技術のものを使用しており、日本の職人の手描きより高価だったそうです。
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転写紙を張って焼き付けた後に金彩を施し、さらに金を盛り付けてエナメル釉載せています。
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「色絵エナメル金盛花文飾壺」1891年から1921年
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こちらの飾壺も溜息の出るような豪華な装飾が施されています。
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「色絵エナメル金盛婦人文飾壺」1891年から1921年
中央に窓枠を設け、ヨーロッパから輸入した点素足で夫人のポートレートが画付けされています。この夫人はプロイセン王妃の「クィーン・ルイーズ」です。窓の周囲は柔らかな色彩と繊細なタッチの金盛やエナメル盛りで加飾されています。 -
「色絵エナメル金盛白鳥文飾壺」1891年から1921年
「転写紙」は画柄をシート状の紙に印刷したもので、大量に同じ画柄を施すときに用いられます。明治から大正期の日本ではまだ多色印刷の技術が確立されておらず、ヨーロッパからの輸入に頼っていました。その当時は最新技術を使った高価な材料でした。大正3年の1914年に第1次世界大戦がはじまり、ヨーロッパからの輸入が困難になると、自社で開発した印刷工場で内製化していきます。 -
「金盛」はイッチン盛りで模様を施して焼成した上に、筆で金亦を塗り被せる技法です。焼成すると浮彫のような効果が出る非常に細かい手作業です。
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「色絵盛上柘榴文花瓶」1891年から1921年
これは一度色絵弟子がげ手焼成した後に、スポイト状の色絵の具の入ったチューブで、中に入った泥奨で葉と柘榴の実を立体的に描いたものです。分かりやすく言うとケーキのデコレーションでクリームを搾る道具のようなものです。 -
「色絵盛上稲穂雀文双耳花瓶」1891年から1921年
こちらも同じ技法で描かれた雀です。元々は加賀友禅の糊置きの技法を陶磁器の画付けに応用したもので、この道具の考案者の久隅守景の雅号の「一陳斎」に由来して「イッチン」と呼ばれます。 -
「色絵盛上龍文花瓶」1891年から1921年
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「色絵盛上草花文双耳花瓶」1891年から1921年
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「色絵盛上松オウム文皿」1891年から1921年
直径が30センチを超える存在感のある大皿には松とオウムが器面いっぱいに描かれています。その周囲には洋風の模様が帯状に装飾され、落ち着いた雰囲気に仕上がっています。 -
森村組は明治26年の1893年に開催されたシカゴ万博の視察の後に、それまで和風を主体とした文様を西洋風に転換していきます。
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「色絵盛上狩猟風景文ワインジャグ」1891年から1921年
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「色絵盛上薔薇文双耳花瓶」1891年から1921年
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「色絵盛上薔薇文双耳花瓶」1891年から1921年
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「色絵盛上犬文灰皿」1891年から1921年
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「色絵金盛葡萄文パンチボウルセット」1891年から1921年
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明治28年の1895年にモリムラブラザーズは米国人の好みや流行をいち早く反映するためにニューヨークに図案部を設け、日本人画家を採用したり、日本から派遣してデザイン画の製作に当たらせます。
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「色絵盛上藤文皿」は上記の画帳を元に製作されたものだと分かります。
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現地で描かれたデザイン画は日本へ送られて、専属工場でそれを忠実に画付けが施され製品が造られました。
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デザイン画は大半が折本形式の画帳に仕立てられており、最も古い物には日本陶器創立の翌年の明治38年に描かれたものもあります。
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オールドノリタケの特徴である「盛上」と「金盛」「金点盛」「モールド」といった技法がデザイン画でも同じように表現されています。
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展示された画帳の素晴らしさは写真では表現できませんが、図案を元に製作された現物を見るとニューヨークと名古屋と離れていても気持ちは通じるのだと感じました。
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自分が仕事を始めた40年前はスマホやパソコンも無く、メールも無い時代でした。図面にしてもコピーして分割したものに印をつけて、番号を振ってファクシミリで送っていました。そのファクシミリもA4サイズでした。逆に送られてきた図面はロール紙の感熱紙で分割されていました。いろいろ工夫して苦労もしましたが、それより前の苦労も偲ばれます。
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「色絵モールド花文花瓶」1911年から1921年
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「色絵モールドインディアン文煙草壺」1911年から1921年
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「色絵モールドエジプト文煙草壺」1911年から1921年
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「色絵モールド栗文手付鉢」1911年から1921年
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「白盛龍文蓋物」1911年から1921年
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「ラスター彩アヒル付鉢」1920年から1930年
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「ラスター彩鳥付帆船文花瓶」1920年から1930年
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「銀彩色絵金盛花文手付鉢」1920年から1930年
大正14年の1925年にパリで開催された「アールデコ展」と急速に市民生活が発展と変化していった米国では、デザインもスピード感のある直線的な幾何学模様や色彩が取り入れられました。 -
「色絵幾何学文コンポート」1920年から1930年
ノリタケ・アールデコのモチーフは幾何学模様をはじめ装飾的に表現された草花や動物、流行の先端を行くモダンガールの姿が用いられました。 -
「色絵幾何学文皿・碗皿」192年から1940年(帝国ホテル注文品)
大正12年の1923年に完成した帝国ホテルの新館を設計したフランク・ロイド・ライトは建築内部の装飾や家具の他ショックのデザインもしています。食器はホテル内のレストラン用にデザインされたもので、建物の内装に使われたステンドグラスの意匠を取り入れています。 -
この食器は先日行った明治村に移築された帝国ホテルのファサードの中にも展示されていました。
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「ラスター彩花画婦人像付鉢」1920年から1930年
ラスター彩を用いた優雅できらびやかな表情は米国全土で高い人気を得て、多くの製品が販売されました。 -
「ラスター彩夫人形蓋物」1920年から1930年
ラスター彩とは焼成した白い錫の鉛釉の上に銅や銀などの酸化物で文様を描いて、低火度還元焔焼成で金彩に似た輝きを持つ、9世紀から14世紀のイスラム陶器の一種です。ラスターとは落ち着いた輝きという意味です。 -
「ラスター彩花人魚形ローズボウル」1920年から1930年
岐阜県の多治見の陶工で人間国宝の加藤卓男は古代ペルシア陶器の研究に打ち込み、25年にわたって中近東を遍歴し、さらに18年かけて幻の名陶ラスター彩の復元に成功しています。ノリタケのラスター彩との関係までは分かりません。 -
「ラスター彩婦人文皿」1920年から1930年
デイジーの愛称で呼ばれるノリタケ・アールデコを代表する飾皿で、当時流行していたモダンガールの肖像画を取り入れています。この画柄はアールデコのデザイナーの得る手が描いた絵をモチーフにしています。 -
「ラスター彩婦人文皿」1920年から1930年
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3階と4階の2フロアにオールド・ノリタケの磁器が膨大な量陳列されているのは圧巻でした。いままでテレビの「なんでも鑑定団」でたまに見かけるだけだったものが頭の中で整理できたような気がしました。
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「ノリタケの森」には2軒のレストランがありますが、現在は1軒だけが営業しています。他にあても無いのでここでお昼を食べて東京に帰ることにします。
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お腹が空いている妻は値段も見ないで先に入ってしまいます。今回の旅の最後の食事はレストラン「Kiln」です。
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メニューの名前の「CONJUNTO(コンジュント)」はポルトガル語で集合を意味するノリタケのシンプルなシリーズの名前なのでなるほどなと思いました。
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グランドピアノも置かれた豪華な店内ですが、お昼過ぎなのに、お客さんは3組しかいませんでした。かなりの距離のソーシャルディスタンスです。
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まずは冷たいビールをお願いしました。熱々のパンが出てきたので食べてみるとこのお店が美味しいだろうという事が想像できました。
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メニューの名前の通りコンジェントのプレートが使われるのかと思いましたが、そういうわけではありませんでした。ロシェルプラチナというシリーズの大きなプレートに前菜が3種。どれも美味しかったのでメインの料理が期待できます。
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アラカルトというシリーズのスクエアのプレートにマナガツオのムニエルがやってきました。下にはクスクスが敷かれています。妻はベルギーのブルージュでミシュラン3星のレストランで魚料理で失敗して以来魚は食べません。De Karmelietというその店は次に行ったら無くなっていました。このマナガツオは皮目がパリパリで美味しかったですが、妻はやはりだめでした。
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アラカルトシリーズのディッププレートには三元豚と鴨肉のコンフィにもジェットのラグーとプロヴァンス風のカスレ。確かにこちら間は違いのない美味しさです。
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アフロディーテのプレートとコーヒーカップでデザートが出されます。
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このデザートも美味しかったです。パンは適宜熱々の物を持ってきてくれました。これで税サ込みで2,800円は安いと思いました。近所にあったら通いたいお店です。
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帰りは名古屋駅まで歩きました。タクシーに乗って嫌な気分は味わいたくありません。暑い表通りを避けてキッテ名古屋を通り抜けることにしました。
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妻が「あっ!」と声をあげるので指指す方向を見ると堀木エリ子さんの作品だと分かりました。夫婦共々何度か一緒に仕事をさせていただいたので懐かしく思います。
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「8(エイト)」をモチーフに10人で漉かれた高さ4メートルで幅13メートルの作品です。高い場所なるので設置するの大変だったろうなと過去の仕事を思い出しました。
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そのままJRタワーホテルに戻って荷物を持って名古屋駅に向かいました。各地で買った10日分のお土産に、スツールまで買ったので大荷物になったのですが、最後に友人に教えてもらった「ぴよりん」を買いました。
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午後2時31分のひかり652で東京へ帰ります。荷物が多いので6号車の最後尾の席も予約しました。
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車内は密にならない程度に空いていました。
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この10日間は例年より早く日本近海に来た台風5号や、その後の梅雨前線の影響と線状降水帯のために天候は大荒れでした。うまい具合にその合間をすり抜けた旅でしたが、車窓から見える三河湾は一万が霧で覆われていました。
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そして熱海を過ぎると新幹線は数分間は最徐行で走りました。車内の方は気にも留めてませんでしたが、2日前に土砂崩れがあった場所です。この時点では行方不明者がいるとのことだけの情報でした。どうなるかわからないので手を合わせて通過させていただきました。
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名古屋を出て約2時間で家にたどり着きましたが、「ぴよちゃん」は無事でした。つぶらな瞳がかわいそうでしばらく食べられませんでしたが。これで10日間の旅が終わりました。
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