2021/03/06 - 2021/03/06
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ハンクさん
「奥の細道」巡りのため、実に久しぶりに日光東照宮を訪れた。芭蕉は1689年にここを訪れ、「今この御光一天にかかやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏なり。」と家康の御威光に最大の賛辞を送っている。しかし、建築物については、「なほはばかり多くて筆をさし置ぬ。「あらたうと 青葉若葉の 日の光」」とはあまりにも素っ気なさすぎる。最高権力者にたいする皮肉が含まれている、と評論する方もおられ、私も同感である。
日光東照宮は、徳川家康を神格化した「東照大権現」を祀る神社であり、1617年に建設された。陽明門など近年改修されており、絢爛豪華な装飾に驚かされる。しかし、明らかにこれは日本古来の建築様式ではなく、ドイツ人建築家のブルーノ・タウトが桂離宮を絶賛した後、日光については「すべてが威圧的で少しも親しみがない」と酷評している。芭蕉もこれと同じ印象も持ったのかもしれない。
二荒山神社は東照宮に隣接し、男体山、女峰山を含む広大な神社域を持つ。周囲は巨大な杉の木が立ち並ぶ神聖な雰囲気を感じさせる大空間だ。霊場としての日光の始まりは、勝道上人が修行場を求め、大谷川北岸に766年に紫雲立寺を建てたことに始まる。そして上人が767年二荒山(男体山)の神を祭る祠を建て、この祠は現在の別宮となっている本宮神社である。上人は782年二荒山を登頂し、そこに奥宮を建てて二荒修験の基礎を築いた。その後、神仏習合の霊場となり多くの人々が訪れるようになった。なお、「奥の細道」には開山は弘法大師である、とあるがこれは芭蕉の勘違いで、正しくは勝道上人であるというから面白い。「芭蕉にも筆の誤り」か。
東照宮から少し下ると巨大な本堂を持つ輪王寺がある。766年勝道上人の開基という日光で最も古い寺。徳川家の庇護を受けて繁栄、国宝、重要文化財など多数の文化財を所有し、徳川家光を祀った大猷院霊廟や本堂である三仏堂などを有する。
さて、芭蕉と曾良は日光の後、裏見の滝を訪れている。音で聞くとどうしても「恨みの滝」と聞こえてしまうがさにあらず。本文では突然門人の曾良の素性について語りだして、なぜ裏見の滝に向かったのか、曾良の希望だったのか詳しくは書かれていない。実際の滝まではかなりの距離があり、東照宮からなら少なくとも1時間、一番近いバス停の「裏見の滝口」から緩い坂道を思いっきり速足で歩いて約20分、あまり特徴があるとは思えない小さな滝だが、ここで「しばらくは 滝にこもるや 夏の初め」と詠んでいる。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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「見ざる、聞かざる、言わざる」解説を見ると子供にあまり余計なことを教えるべきではない、とも取れる
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極彩色に修復された建物
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豪華絢爛の極、陽明門
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手の込んだ陽明門の装飾
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陽明門のクローズアップ
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東照宮内の建物
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重要文化財の水屋
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眠り猫、天下泰平の象徴だとか
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重要文化財の上神子、中神子、下神子
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同上全景
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極彩色の五重塔
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東照宮の入り口
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祈祷願、とある
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本堂
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豪華な装飾
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仁王様ではなくリアルな門番
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芭蕉の句碑、ほとんど読めない
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芭蕉句碑の解説「あらたふと 青葉若葉の 日の光」
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重要文化財の奥社宝塔
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二荒山神社の入り口
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二荒山神社の鳥居
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二荒山神社の門
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二荒山神社の鳥居
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二荒山神社の本殿
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二荒山神社の幸福の神
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二荒山神社の建物
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二荒山神社の建物
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二荒山神社の建物
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輪王寺の勝道上人の像
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輪王寺の山門
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輪王寺の本殿
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輪王寺の本殿
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輪王寺
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裏見の滝に向かう
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裏見の滝に向かう道
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裏見の滝に向かう道
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裏見の滝
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裏見の滝に向かう道の地蔵様
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この旅行記へのコメント (2)
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- 墨水さん 2021/03/14 11:40:27
- 価値観。
- ハンクさん、今日は。
松尾芭蕉は、江戸の尼寺より紹介状を貰い、養源院(現在廃寺)で紹介状を渡して、東照宮拝観の手続きをしてもらってます。
当時の拝観は経蔵までで、陽明門を下から仰ぎ見るまでしか出来ませんでした。
庶民に至っては、禁足の場所です。
「はばかり多く。」と言っている通り、何も見ていないに等しいです。
廃藩置県後、社寺領地を没収され、徳川家の庇護も無くなったので、拝観料で食い扶持を稼ぐ事に為り、現在の拝観形式が成立してます。
日光の簡単な歴史。
大和朝廷成立以前より、日光は修験道の聖地として成立してます。
大和朝廷に帰属するかで大和朝廷と戦てます。
しかし、日光は大和朝廷と和睦に至り、朝廷側の人物として勝道上人が派遣されてます。
現在で言う所の「大使」に当たります。
その後も、勝道上人側と日光側とで争いが続きますが、最終的に勝道上人側が勝利して、基盤として紫雲立寺が成立します。
元々日光は、女峰(汝の崇拝する峰の意)をすうはいのたいしょうとしてましたが、勝道上人が男体山を崇拝の対象とする様に変更してます。
(「勝道上人以前の歴史を消した。」と言う事です。)
平安時代に為ると、弘法大師が真言密教を日本に伝えた事により、真言宗ブームが日本中に興り、日光も真言宗へと改宗していきます。
この時に、光明院という寺が日光を統括する寺として成立します。
光明院は、豊臣秀吉と争い寺領を没収され没落しますが、徳川家康が是を救ってます。
秀忠が東照社を建て、家光が大造替を行い現在の二社一寺を形成するに至ってます。
輪王寺は、比叡山延暦寺、東叡山寛永寺、日光山輪王寺を統括する寺として成立します。
この時、天台宗に改宗させられてます。(大人の事情ですね。笑)
輪王寺には、天皇家門跡が代々入る事と為り、輪王寺宮と言われました。
二社一寺は総て「礼記」の世界観を基軸としてます。
桂離宮も「礼記」の世界観を基軸としてます。
現在の価値観で、過去を推し量っても、何も見えては来ません。
戦後は、日本古来の価値観は禁止されてしまいました。
西洋的近代価値観で見た所で、見た目の違いしかわからない世界観で論じても無意味です。
伝統的価値観で、何を求めようとしたかを深く推し量る必要が有ります。
「礼記」を読まれる事をお勧めします。
墨水。
- ハンクさん からの返信 2021/03/21 18:52:08
- Re: 価値観。
- 墨水さま
長文のメッセージをいただき誠にありがとうございます。返信するにあたり少し調べてみました。私は建築をかじった技術屋で、礼記は少しハードルが高いのですが、昔学校で習ったところを懐かしく思い出しました。
現代は国際化の時代、ブルーノ・タウトのような日本文化を理解してくれる外国人の意見に耳を傾けることは必要だと思います。伝統的価値観と西洋的価値観の比較、私の専門の分野でもあります。
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