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唐歌舞ショー紹介の締め括りです。これまでに千手観音の演技は、中国での舞台や、日本のテレビでも目にしたことはありましたが、改めて中国障害者芸術団の演技を動画で再確認しました。昔の感動が、すぐさま現在に蘇りました。

2019秋、中国旅行記25(12/34):11月18日(10):西安(10):唐歌舞ショー、舞踊・千手観音、フィナーレ

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2019/11/17 - 2019/11/21

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旅行記グループ 2019秋、中国旅行記25(上巻)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

唐歌舞ショー紹介の締め括りです。これまでに千手観音の演技は、中国での舞台や、日本のテレビでも目にしたことはありましたが、改めて中国障害者芸術団の演技を動画で再確認しました。昔の感動が、すぐさま現在に蘇りました。

  • 中国障害者芸術団は、団長および団員104名、そして芸術監督、舞踏・音楽監督の全員が障害者です。目の見えない者、耳の聞こえない者、身体に障害のある者が、夢の実現のために一丸となって作り上げました。演目は、独唱、重唱、合唱やミュージカル、民族楽器、西洋楽器、電子楽器の演奏、民族舞踊、バレエ、京劇など多彩です。

    イチオシ

    中国障害者芸術団は、団長および団員104名、そして芸術監督、舞踏・音楽監督の全員が障害者です。目の見えない者、耳の聞こえない者、身体に障害のある者が、夢の実現のために一丸となって作り上げました。演目は、独唱、重唱、合唱やミュージカル、民族楽器、西洋楽器、電子楽器の演奏、民族舞踊、バレエ、京劇など多彩です。

  • 団員たちは、自分自身に誇りを持ち、自分を信じ、互いに助け合い、また政府や他人の資金援助に頼ることなく、公演による収入によって社会で自立し、この世の中に奇跡を起こし続けています。彼らは毎年10数カ国で150以上の公演を行い、これまでに訪問した国は5大陸60カ国以上に上っています。

    団員たちは、自分自身に誇りを持ち、自分を信じ、互いに助け合い、また政府や他人の資金援助に頼ることなく、公演による収入によって社会で自立し、この世の中に奇跡を起こし続けています。彼らは毎年10数カ国で150以上の公演を行い、これまでに訪問した国は5大陸60カ国以上に上っています。

  • 一列に並んでの千手観音の演技から、今度は三列に分かれての演技です。千手観音の分身といった趣です。軽快な動作に代わりました。

    一列に並んでの千手観音の演技から、今度は三列に分かれての演技です。千手観音の分身といった趣です。軽快な動作に代わりました。

  • 彼らは世界に愛を伝えるため、数多くのチャリティー公演を行いました。また、公演収入の中から積み立てた資金で『私の夢』という基金を設立し、世界の調和発展に寄与する公益事業に対し、年間80万ドル以上もの寄付を行っています。

    彼らは世界に愛を伝えるため、数多くのチャリティー公演を行いました。また、公演収入の中から積み立てた資金で『私の夢』という基金を設立し、世界の調和発展に寄与する公益事業に対し、年間80万ドル以上もの寄付を行っています。

  • この舞踊・千手観音の演技は、障害を持った方達ではなく、健常者の方達です。中国障害者芸術団の方達が巻き起こした感動が、広く支持されていることの表れかも知れません。若い方達のグループの記念撮影でも、よく千手観音のポーズを見掛けます。これで、千手観音の舞踊はおしまいです。(中国障害者芸術団・日本公式ウェブサイト)

    この舞踊・千手観音の演技は、障害を持った方達ではなく、健常者の方達です。中国障害者芸術団の方達が巻き起こした感動が、広く支持されていることの表れかも知れません。若い方達のグループの記念撮影でも、よく千手観音のポーズを見掛けます。これで、千手観音の舞踊はおしまいです。(中国障害者芸術団・日本公式ウェブサイト)

  • 舞踊・千手観音の演技が終わって、舞台の背景が宮殿の建物に変わりました。踊り手はすべて男性です。左手を回して腰に当て、右手の長い袖を使った演技です。

    舞踊・千手観音の演技が終わって、舞台の背景が宮殿の建物に変わりました。踊り手はすべて男性です。左手を回して腰に当て、右手の長い袖を使った演技です。

  • 男性ダンサーによる、右手の長い袖を使った演技が続きます。袖の色は、照明により、赤く見えているものもあります。

    男性ダンサーによる、右手の長い袖を使った演技が続きます。袖の色は、照明により、赤く見えているものもあります。

  • 新体操のリボンの演技を連想させる踊りの場面です。もちろん、新体操のようなアクロバット的な演技ではなく、帯の幅も広く、優雅な演技です。帯の色は照明で青色に見えているようですが、正直なところ、青色か、この後の緑色か判断が付きませんでした。

    新体操のリボンの演技を連想させる踊りの場面です。もちろん、新体操のようなアクロバット的な演技ではなく、帯の幅も広く、優雅な演技です。帯の色は照明で青色に見えているようですが、正直なところ、青色か、この後の緑色か判断が付きませんでした。

  • 二人の男性ダンサーに支えられた女性ダンサーの緑色のリボンは、先程青色に見えていたリボンです。手前の黄色のリボンは、男性ダンサーの演技役割でした。

    二人の男性ダンサーに支えられた女性ダンサーの緑色のリボンは、先程青色に見えていたリボンです。手前の黄色のリボンは、男性ダンサーの演技役割でした。

  • ここでいったん幕となりました。リボン演技をしていた男性二人が先導で、二人の男性ダンサーに支えられた、頭に白いリボン付けた主役の退場です。リボン演技を独演していた方です。

    ここでいったん幕となりました。リボン演技をしていた男性二人が先導で、二人の男性ダンサーに支えられた、頭に白いリボン付けた主役の退場です。リボン演技を独演していた方です。

  • 場面が変わります。主役らしい方が、頭に赤い牡丹の髪飾りをしていました。推測ですが、この幕で楊貴妃を演じる主役の方のようでした。楊貴妃(719~756年)は実在の人で、中国唐代の皇妃で、姓は楊、名は玉環です。玄宗皇帝が寵愛し過ぎたために『安史の乱』を引き起こしたと伝えられたため、傾国の美女とも呼ばれます。

    場面が変わります。主役らしい方が、頭に赤い牡丹の髪飾りをしていました。推測ですが、この幕で楊貴妃を演じる主役の方のようでした。楊貴妃(719~756年)は実在の人で、中国唐代の皇妃で、姓は楊、名は玉環です。玄宗皇帝が寵愛し過ぎたために『安史の乱』を引き起こしたと伝えられたため、傾国の美女とも呼ばれます。

  • 楊貴妃は、世界三大美人の一人に数えられ、古代中国四大美人にも数えられます。世界三大美人は、日本発の情報らしく、クレオパトラ、楊貴妃に、小野小町とされます。古代中国四大美人は、西施(春秋時代)、王昭君(前漢)、貂蝉(後漢)と楊貴妃(唐)とされます。この中で、貂蝉は『三国志演義』で有名ですが、正史には登場しない架空の人物です。

    楊貴妃は、世界三大美人の一人に数えられ、古代中国四大美人にも数えられます。世界三大美人は、日本発の情報らしく、クレオパトラ、楊貴妃に、小野小町とされます。古代中国四大美人は、西施(春秋時代)、王昭君(前漢)、貂蝉(後漢)と楊貴妃(唐)とされます。この中で、貂蝉は『三国志演義』で有名ですが、正史には登場しない架空の人物です。

  • 映像での仕掛けのようです。白い鳥の羽が舞う光景となりました。楊貴妃役と推定した、赤い牡丹の頭飾りの方がグループ先頭の右端に見えます。楊貴妃は、壁画等からの類推から、スリムではなく豊満な女性だったようです。現在とは基準が違いますから、当時の美女の基準に適っていたのかも知れません。才知があり、琵琶を初めとした音楽や舞踊に多大な才能を有していたことでも知られます。

    映像での仕掛けのようです。白い鳥の羽が舞う光景となりました。楊貴妃役と推定した、赤い牡丹の頭飾りの方がグループ先頭の右端に見えます。楊貴妃は、壁画等からの類推から、スリムではなく豊満な女性だったようです。現在とは基準が違いますから、当時の美女の基準に適っていたのかも知れません。才知があり、琵琶を初めとした音楽や舞踊に多大な才能を有していたことでも知られます。

  • 楊貴妃は、735年(開元23年)、玄宗と武恵妃の間の息子の寿王の妃となりました。740年(開元28年)、玄宗に見初められ、長安の東にある温泉宮にて一時的に女道士となりました。その後、宮中の太真宮に移り住み、玄宗の後宮に入って皇后と同じ扱いを受けました。

    楊貴妃は、735年(開元23年)、玄宗と武恵妃の間の息子の寿王の妃となりました。740年(開元28年)、玄宗に見初められ、長安の東にある温泉宮にて一時的に女道士となりました。その後、宮中の太真宮に移り住み、玄宗の後宮に入って皇后と同じ扱いを受けました。

  • 楊貴妃は、745年(天宝4載)に貴妃に冊立されました。このことで、父の楊玄?夢は兵部尚書、母の李氏は涼国夫人に追贈され、また叔父の楊玄珪は光禄卿に遇され、さらに従兄の楊銛(楊玄珪の子)は殿中少監、従兄の楊?籤(楊玄珪の子)は?薊馬都尉に封じられました。楊?籤は、玄宗の愛娘である太華公主と婚姻を結びました。

    楊貴妃は、745年(天宝4載)に貴妃に冊立されました。このことで、父の楊玄?夢は兵部尚書、母の李氏は涼国夫人に追贈され、また叔父の楊玄珪は光禄卿に遇され、さらに従兄の楊銛(楊玄珪の子)は殿中少監、従兄の楊?籤(楊玄珪の子)は?薊馬都尉に封じられました。楊?籤は、玄宗の愛娘である太華公主と婚姻を結びました。

  • 楊銛・楊?籤と楊貴妃の3人の姉の五家は権勢を振るい、楊一族の依頼への官庁の応対は詔に対するもののようであり、四方から来る珍物を贈る使者は門を並ぶほどであったと伝えられます。これだけの影響力を持った楊貴妃に取り入ったのが、安禄山です。力を付けた安禄山は、楊国忠と次第に対立し、755年(天宝14載)に『安史の乱』が起きました。

    イチオシ

    楊銛・楊?籤と楊貴妃の3人の姉の五家は権勢を振るい、楊一族の依頼への官庁の応対は詔に対するもののようであり、四方から来る珍物を贈る使者は門を並ぶほどであったと伝えられます。これだけの影響力を持った楊貴妃に取り入ったのが、安禄山です。力を付けた安禄山は、楊国忠と次第に対立し、755年(天宝14載)に『安史の乱』が起きました。

  • 白い鳥の羽が舞う場面を強調しながら、このの場面は幕となりました。全くの推測ですが、白い鳥の羽が舞う様子が、楊貴妃の死をイメージしているようでした。楊貴妃死後50年経った、806年(元和元年)頃に、玄宗と楊貴妃の物語を題材にして白居易が長編の漢詩の『長恨歌』を詠み、陳鴻が小説の『長恨歌伝』を著わしました。

    白い鳥の羽が舞う場面を強調しながら、このの場面は幕となりました。全くの推測ですが、白い鳥の羽が舞う様子が、楊貴妃の死をイメージしているようでした。楊貴妃死後50年経った、806年(元和元年)頃に、玄宗と楊貴妃の物語を題材にして白居易が長編の漢詩の『長恨歌』を詠み、陳鴻が小説の『長恨歌伝』を著わしました。

  • 少し部隊の趣向が変わって、宮殿の建物をバックにした、宮廷楽師らしい人の演奏の披露です。実に器用に吹奏楽器を演奏されていました。チャルメラ風の楽器のようです。

    少し部隊の趣向が変わって、宮殿の建物をバックにした、宮廷楽師らしい人の演奏の披露です。実に器用に吹奏楽器を演奏されていました。チャルメラ風の楽器のようです。

  • 舞台を移動しながらの、宮廷楽師らしい人の演奏です。衣装の色が変わりましたが、照明による変化でした。先程は青色系でしたが、こちらが地の色に近い緑色系です。

    舞台を移動しながらの、宮廷楽師らしい人の演奏です。衣装の色が変わりましたが、照明による変化でした。先程は青色系でしたが、こちらが地の色に近い緑色系です。

  • 観客の拍手に応えて、手を振って挨拶される宮廷楽師役の方です。実に多彩な音色で、変化に富んだ闊達な演奏でした。

    観客の拍手に応えて、手を振って挨拶される宮廷楽師役の方です。実に多彩な音色で、変化に富んだ闊達な演奏でした。

  • 背景に、宮殿内らしい黄金色の柱が5本映し出されました。その隙間から別の宮殿の建物姿が見えました。舞台ではカラフルな衣装に身を纏った、若い踊り子さん達の舞踊が続きます。

    背景に、宮殿内らしい黄金色の柱が5本映し出されました。その隙間から別の宮殿の建物姿が見えました。舞台ではカラフルな衣装に身を纏った、若い踊り子さん達の舞踊が続きます。

  • 少しズームアップした、宮殿内の光景です。踊り子さんに代わって、軍旗を手にした兵士が揃いました。時代考証をされた軍旗かどうか分かりませんでしたが、数種類のデザインがありました。

    少しズームアップした、宮殿内の光景です。踊り子さんに代わって、軍旗を手にした兵士が揃いました。時代考証をされた軍旗かどうか分かりませんでしたが、数種類のデザインがありました。

  • 更にズームアップした、宮殿内の踊りの光景です。先程の軍旗を持った兵士に代わって、武器は手にしていない五人の兵士です。甲冑姿には変わりがありませんでした。最前列では、踊り子さん達が宮廷らしい華やかさを添えていました。

    更にズームアップした、宮殿内の踊りの光景です。先程の軍旗を持った兵士に代わって、武器は手にしていない五人の兵士です。甲冑姿には変わりがありませんでした。最前列では、踊り子さん達が宮廷らしい華やかさを添えていました。

  • バックが暗くなって、甲冑姿の5人の兵士と、その前で踊りを披露する同数の舞子さんの姿がクローズアップされました。本物の甲冑では動きが採れませんので、甲冑を模した布製の異称のようでした。

    バックが暗くなって、甲冑姿の5人の兵士と、その前で踊りを披露する同数の舞子さんの姿がクローズアップされました。本物の甲冑では動きが採れませんので、甲冑を模した布製の異称のようでした。

  • 楊貴妃の名前を冠した植物は、桜や梅などにありますが、牡丹にもあります。最大直径が20センチほどの大きな花です。牡丹の花をバックにした、フィナーレの踊りです。

    楊貴妃の名前を冠した植物は、桜や梅などにありますが、牡丹にもあります。最大直径が20センチほどの大きな花です。牡丹の花をバックにした、フィナーレの踊りです。

  • 中央やや左手には、『千手観音』を演じた黄金色を模したらしい、黄色の異称の三人の方の姿が見えました。10人以上のメンバーを代表してのご挨拶のようです。

    中央やや左手には、『千手観音』を演じた黄金色を模したらしい、黄色の異称の三人の方の姿が見えました。10人以上のメンバーを代表してのご挨拶のようです。

  • 舞踊の場面で主役を務めた方です。新体操をイメージさせるようなリボン演技で、独走をされていた方です。薄青色の衣装での舞台中央でのご挨拶です。

    舞踊の場面で主役を務めた方です。新体操をイメージさせるようなリボン演技で、独走をされていた方です。薄青色の衣装での舞台中央でのご挨拶です。

  • 背後に字幕が出て、グランド・フィナーレです。字幕の内容は、『感謝ニン光臨 陽光麗都大劇院:Welcome to the Sunshine Grand sheater』と『祝ニン旅途愉快:Hope you have a nice trip. Thank you very mach』でした。(注)ニンは、ニイハオのニイの文字、貴方の意味です。

    背後に字幕が出て、グランド・フィナーレです。字幕の内容は、『感謝ニン光臨 陽光麗都大劇院:Welcome to the Sunshine Grand sheater』と『祝ニン旅途愉快:Hope you have a nice trip. Thank you very mach』でした。(注)ニンは、ニイハオのニイの文字、貴方の意味です。

  • 挨拶は一切ありませんでしたが、出演者の方が舞台最前線に出て、軽く演技をしたり、軽く頭を下げたりしていました。舞台の上が、挨拶者でいっぱいになって来ました。

    挨拶は一切ありませんでしたが、出演者の方が舞台最前線に出て、軽く演技をしたり、軽く頭を下げたりしていました。舞台の上が、挨拶者でいっぱいになって来ました。

  • グランド・フィナーレの最後の締めは、主役を演じたお二人です。右が玄宗皇帝役、左が楊貴妃役の方です。『安史の乱』を巡って、厳しい評価もある二人ですが、盛期の唐王朝を語るには欠かせない二人です。

    イチオシ

    グランド・フィナーレの最後の締めは、主役を演じたお二人です。右が玄宗皇帝役、左が楊貴妃役の方です。『安史の乱』を巡って、厳しい評価もある二人ですが、盛期の唐王朝を語るには欠かせない二人です。

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