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文献上に残る、中国最古の仏教寺院とされる白馬寺の紹介です。河南省の洛陽郊外にあります。中国の歴史書『三国志』中の魏志倭人伝に記された卑弥呼の時代より200年ほど前のことになります。

2019秋、中国旅行記25(13/34):11月19日(1):洛陽(1):白馬寺(1):西安北駅、洛陽龍門駅、白馬寺、石馬

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2019/11/17 - 2019/11/21

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旅行記グループ 2019秋、中国旅行記25(上巻)

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旅人のくまさん

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文献上に残る、中国最古の仏教寺院とされる白馬寺の紹介です。河南省の洛陽郊外にあります。中国の歴史書『三国志』中の魏志倭人伝に記された卑弥呼の時代より200年ほど前のことになります。

  • 西安で泊まったホテルの前から眺めた早朝光景です。時刻は6時40分頃、向かいのホテルのネオンサインが灯り、タクシーもライトを点けて走っていました。左手には、ブロンズの麒麟の姿が見えています。

    西安で泊まったホテルの前から眺めた早朝光景です。時刻は6時40分頃、向かいのホテルのネオンサインが灯り、タクシーもライトを点けて走っていました。左手には、ブロンズの麒麟の姿が見えています。

  • まだ7時前の泊まったホテルの玄関先光景です。大型の回転式ドアが備わっていました。まだ人の姿は見えませんが、煌々と明かりが灯っていました。出発は7時半の予定ですから、もう少し待ち時間があります。

    まだ7時前の泊まったホテルの玄関先光景です。大型の回転式ドアが備わっていました。まだ人の姿は見えませんが、煌々と明かりが灯っていました。出発は7時半の予定ですから、もう少し待ち時間があります。

  • 予定の時刻に出迎えの観光バスでホテルを出発し、西安北駅(西安北站)に到着しました。その玄関光景です。西安市の末央苦に位置します。ネット情報によれば、『将来、当駅を西安市の主要駅とし、西安駅にとって代わるものとしている。全てが完成すると、アジア最大の旅客駅になる』と紹介していました。

    予定の時刻に出迎えの観光バスでホテルを出発し、西安北駅(西安北站)に到着しました。その玄関光景です。西安市の末央苦に位置します。ネット情報によれば、『将来、当駅を西安市の主要駅とし、西安駅にとって代わるものとしている。全てが完成すると、アジア最大の旅客駅になる』と紹介していました。

  • 西安北駅の前から眺めた朝明けの光景です。茜色に染まった東方面と思われる方角に、高層ビルのシルエットが並んでいました。西安北駅は、中国国鉄の鄭西旅客専用線、西宝旅客専用線、大西旅客専用線と西成旅客専用線が利用し、西安地下鉄(北客駅および北広場駅)、2号線、4号線および機場城際線が乗り入れています。

    イチオシ

    西安北駅の前から眺めた朝明けの光景です。茜色に染まった東方面と思われる方角に、高層ビルのシルエットが並んでいました。西安北駅は、中国国鉄の鄭西旅客専用線、西宝旅客専用線、大西旅客専用線と西成旅客専用線が利用し、西安地下鉄(北客駅および北広場駅)、2号線、4号線および機場城際線が乗り入れています。

  • 西安北駅前の案内標識の光景です。出発層(階)が、3層(階)に分けて表示してありました。2Fがメインで、他には1FとB1階です。観光バスで到着したのが、2F階だったようです。

    西安北駅前の案内標識の光景です。出発層(階)が、3層(階)に分けて表示してありました。2Fがメインで、他には1FとB1階です。観光バスで到着したのが、2F階だったようです。

  • 現地ガイドさんと一緒での団体行動です。西安北駅は、西安市中心部の鐘楼まで12キロ、咸陽まで21キロ、西安咸陽国際空港まで20キロ、西安市政務センターまで3キロの所に位置する駅です。駅構内の四隅に切符売り場があるようでした。

    現地ガイドさんと一緒での団体行動です。西安北駅は、西安市中心部の鐘楼まで12キロ、咸陽まで21キロ、西安咸陽国際空港まで20キロ、西安市政務センターまで3キロの所に位置する駅です。駅構内の四隅に切符売り場があるようでした。

  • ネット情報では、『西安北駅は1~2Fが出発階、地下1Fが到着階そして地下鉄プラットホームの階という地上二階、地下二階の四層構造になっています。』と紹介されていました。出発階である2Fは、主に待合エリアとも紹介されていました。その2F会で、出発までしばらく待ちました。

    ネット情報では、『西安北駅は1~2Fが出発階、地下1Fが到着階そして地下鉄プラットホームの階という地上二階、地下二階の四層構造になっています。』と紹介されていました。出発階である2Fは、主に待合エリアとも紹介されていました。その2F会で、出発までしばらく待ちました。

  • 建物内から眺めた、西安北駅の出入口方面の光景です。遠くに西安の街並みが霞んで見えました。朝一番の時間帯ですから、駅構内はまだ空いていました。

    建物内から眺めた、西安北駅の出入口方面の光景です。遠くに西安の街並みが霞んで見えました。朝一番の時間帯ですから、駅構内はまだ空いていました。

  • 新幹線車内の速度表示です。時速299キロを表示していました。300キロ以下の自足で運行しているようでしたが、時々端数で300キロを超えることがありました。上海国際空港から何度か乗車した、時速430キロの磁気浮上列車に比べれば、こちらの方が乗り心地は勝れています。

    新幹線車内の速度表示です。時速299キロを表示していました。300キロ以下の自足で運行しているようでしたが、時々端数で300キロを超えることがありました。上海国際空港から何度か乗車した、時速430キロの磁気浮上列車に比べれば、こちらの方が乗り心地は勝れています。

  • 到着した駅(站)は、華山北駅です。ネット検索によれば、陝西省渭南市華陰市華嶽大道に位置する駅です。『高鉄旅客専用の三等駅で、主体建築は二階建て、ブラットホーム2箇所が設置されます。華山北駅は切符発売窓口4個、自動券売機2台が設置されています。』とも紹介されていました。

    到着した駅(站)は、華山北駅です。ネット検索によれば、陝西省渭南市華陰市華嶽大道に位置する駅です。『高鉄旅客専用の三等駅で、主体建築は二階建て、ブラットホーム2箇所が設置されます。華山北駅は切符発売窓口4個、自動券売機2台が設置されています。』とも紹介されていました。

  • 目的地の洛陽龍門駅に到着しました。2010年2月6日に開業した駅です。河南省洛陽市洛龍区龍門鎮に位置する中国鉄路総公司鄭州鉄路局が管轄する駅です。西安北駅から乗車して、1時間40分ほどの所要時間でした。時速が300キロを超える中国の新幹線です。その駅前光景です。洛陽での見学地は、白馬寺と龍門石窟です。最初に白馬寺に向かいました。

    目的地の洛陽龍門駅に到着しました。2010年2月6日に開業した駅です。河南省洛陽市洛龍区龍門鎮に位置する中国鉄路総公司鄭州鉄路局が管轄する駅です。西安北駅から乗車して、1時間40分ほどの所要時間でした。時速が300キロを超える中国の新幹線です。その駅前光景です。洛陽での見学地は、白馬寺と龍門石窟です。最初に白馬寺に向かいました。

  • 洛陽郊外に位置する白馬寺に到着しました。北魏時代の『洛陽伽藍記』巻4によれば、後漢時代(25~220年)の明帝が建立した寺として、洛陽城の城西、西陽門外3里の地点にあったと記されています。西暦68年のことです。(ウィキペディア)

    洛陽郊外に位置する白馬寺に到着しました。北魏時代の『洛陽伽藍記』巻4によれば、後漢時代(25~220年)の明帝が建立した寺として、洛陽城の城西、西陽門外3里の地点にあったと記されています。西暦68年のことです。(ウィキペディア)

  • 『大千世界』の文字が記された山門のズームアップ光景です。『大千世界』とは、『須彌山(しゅみせん)』を中心として、日月・四天下・六欲天・梵天がその周囲を囲むものを一世界とし、この一世界を千個集めた世界を小千世界、さらに、小千世界を千個集めた世界を中千世界、そして、この中千世界を千個を集めた世界をいいます。

    イチオシ

    『大千世界』の文字が記された山門のズームアップ光景です。『大千世界』とは、『須彌山(しゅみせん)』を中心として、日月・四天下・六欲天・梵天がその周囲を囲むものを一世界とし、この一世界を千個集めた世界を小千世界、さらに、小千世界を千個集めた世界を中千世界、そして、この中千世界を千個を集めた世界をいいます。

  • 日本で例えれば『門前町』の光景になるようです。人口の多い中国ですから、随分と道幅の広い門前町の通りでした。日本では、賑わいを強調するために、門前町の道幅はあまり広くはしないようです。

    日本で例えれば『門前町』の光景になるようです。人口の多い中国ですから、随分と道幅の広い門前町の通りでした。日本では、賑わいを強調するために、門前町の道幅はあまり広くはしないようです。

  • 『白馬寺』の正式の山門は、この後、別の場所にありましたが、二番目の『山門』と呼んでおきます。こちらも入口が三つありますから、『三門』と呼んでもよさそうです。

    『白馬寺』の正式の山門は、この後、別の場所にありましたが、二番目の『山門』と呼んでおきます。こちらも入口が三つありますから、『三門』と呼んでもよさそうです。

  • 二番目の『山門』のズームアップ光景です。中央に架かった扁額の文字が『聖教来西』、右が『天禅』、左が『浄域』の文字でした。石柱には、『龍門道跡近』の案内文字もありました。

    二番目の『山門』のズームアップ光景です。中央に架かった扁額の文字が『聖教来西』、右が『天禅』、左が『浄域』の文字でした。石柱には、『龍門道跡近』の案内文字もありました。

  • 『白馬寺』の出入口光景です。白馬寺は、後漢永平11年(公元68年)に創建され、約2000年の歴史を持っています。日本では『卑弥呼(ヒミコ:生年不明~242年~248年)』の邪馬台国の200年ほど前で、『弥生時代(紀元前10世紀頃~紀元後3世紀)』のことになります。

    『白馬寺』の出入口光景です。白馬寺は、後漢永平11年(公元68年)に創建され、約2000年の歴史を持っています。日本では『卑弥呼(ヒミコ:生年不明~242年~248年)』の邪馬台国の200年ほど前で、『弥生時代(紀元前10世紀頃~紀元後3世紀)』のことになります。

  • 『白馬寺』の出入口光景です。白馬寺は、『後漢(ごかん:25~220年)』の時代の第2代皇帝の『明帝(めいてい:在位57年3月~75年9月)』により、『仏教の中国伝来に関する感夢求法説話に基づいて、洛陽郊外に建立された仏教寺院』とも紹介されています。(ウィキペディア)

    『白馬寺』の出入口光景です。白馬寺は、『後漢(ごかん:25~220年)』の時代の第2代皇帝の『明帝(めいてい:在位57年3月~75年9月)』により、『仏教の中国伝来に関する感夢求法説話に基づいて、洛陽郊外に建立された仏教寺院』とも紹介されています。(ウィキペディア)

  • 『白馬寺』の出入口に架かっていた『白馬寺』の扁額のズームアップ光景です。迦葉摩騰(かしょうまとう)と竺法蘭(じくほうらん)の二人の僧が、白馬に乗り『四十二章経』という経典を携えて、都の洛陽を訪れたという説話に因んで、白馬寺と名づけられました。(ウィキペディア)

    『白馬寺』の出入口に架かっていた『白馬寺』の扁額のズームアップ光景です。迦葉摩騰(かしょうまとう)と竺法蘭(じくほうらん)の二人の僧が、白馬に乗り『四十二章経』という経典を携えて、都の洛陽を訪れたという説話に因んで、白馬寺と名づけられました。(ウィキペディア)

  • お土産品などを打っていた門前町の光景で鵜S。飲食店もあったようです。三つ並んだ黒い看板は、左から『古玩玉器』、『昔(ムシヘン)染服装城』と『洛陽特産批〇』でした。『昔(ムシヘン)』は、蝋やワックスと和訳されているようですから、染を含めて、ろうけつ染めの意味のようです。一番左は、簡体字表記でした。

    お土産品などを打っていた門前町の光景で鵜S。飲食店もあったようです。三つ並んだ黒い看板は、左から『古玩玉器』、『昔(ムシヘン)染服装城』と『洛陽特産批〇』でした。『昔(ムシヘン)』は、蝋やワックスと和訳されているようですから、染を含めて、ろうけつ染めの意味のようです。一番左は、簡体字表記でした。

  • 『白馬寺導覧閲図』らしいタイトルがあった観光案内図の光景です。上側が北になった図面の左下付近に、現在位置が記されていました。眉のように描かれた池の左側です。

    『白馬寺導覧閲図』らしいタイトルがあった観光案内図の光景です。上側が北になった図面の左下付近に、現在位置が記されていました。眉のように描かれた池の左側です。

  • 『白馬寺』のシンボル、石造の白馬像の光景です。おとなしそうな顔をした、鞍を付けた姿です。言い伝えによれば、迦葉摩騰(かしょうまとう)と竺法蘭(じくほうらん)の二人の僧と一緒にやって来た白馬です。経文を運ぶ役割だったかも知れません。

    イチオシ

    『白馬寺』のシンボル、石造の白馬像の光景です。おとなしそうな顔をした、鞍を付けた姿です。言い伝えによれば、迦葉摩騰(かしょうまとう)と竺法蘭(じくほうらん)の二人の僧と一緒にやって来た白馬です。経文を運ぶ役割だったかも知れません。

  • 撮影場所を変えての頭部のズームアップでしたが、完全な逆光になってしまいました。白馬寺は建造された後、東漢の経文を翻訳する最も大切な場所になりました。その二人の高僧は、白馬寺で『四十二章経』という第一の漢文経書を初めて翻訳しました。

    撮影場所を変えての頭部のズームアップでしたが、完全な逆光になってしまいました。白馬寺は建造された後、東漢の経文を翻訳する最も大切な場所になりました。その二人の高僧は、白馬寺で『四十二章経』という第一の漢文経書を初めて翻訳しました。

  • 『金剛崖寺』という古称を持つ、『白馬寺』の山門光景です。本瓦が乗った、ベンガラ色の石造らしい建造物です。中央の扉は閉まっていましたが、左右の出入口が使用できました。『三門』の構造です。

    『金剛崖寺』という古称を持つ、『白馬寺』の山門光景です。本瓦が乗った、ベンガラ色の石造らしい建造物です。中央の扉は閉まっていましたが、左右の出入口が使用できました。『三門』の構造です。

  • ベンガラ色の壁に懸かっていた『白馬寺』の扁額のズームアップ光景です。文献に残る中国最古の仏教寺院として、1961年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に指定されました。

    ベンガラ色の壁に懸かっていた『白馬寺』の扁額のズームアップ光景です。文献に残る中国最古の仏教寺院として、1961年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に指定されました。

  • 現地ガイドさんが立ち止まって、白馬寺や天王殿についての解説を始められました。現地ガイドさんが手にした青い手旗が、左下に見えています。正面に見えてきたのが『天王殿』です。

    現地ガイドさんが立ち止まって、白馬寺や天王殿についての解説を始められました。現地ガイドさんが手にした青い手旗が、左下に見えています。正面に見えてきたのが『天王殿』です。

  • 中国一の古刹だけに、境内には鬱蒼とした木々の姿がありました。その木々の間に整備された、石造りの参道の光景です。その参道の先に、大きな線香立が置かれていました。前方奥の建物は、『天王殿』です。

    中国一の古刹だけに、境内には鬱蒼とした木々の姿がありました。その木々の間に整備された、石造りの参道の光景です。その参道の先に、大きな線香立が置かれていました。前方奥の建物は、『天王殿』です。

  • 『白馬寺』の境内光景が続きます。『白馬寺導覧閲図』で紹介しましたように、広大な寺域を持ちます。『中国第一古刹』と呼ばれ、中外の仏教界に中国仏教の「祖庭」と認められています。』(中国オーダーメイドツアー社)

    『白馬寺』の境内光景が続きます。『白馬寺導覧閲図』で紹介しましたように、広大な寺域を持ちます。『中国第一古刹』と呼ばれ、中外の仏教界に中国仏教の「祖庭」と認められています。』(中国オーダーメイドツアー社)

  • 『鐘楼』の建物光景です。開口した2階部分に、縦書きの『鐘楼』の扁額が、1階部分に横書きの『馬寺鐘声』の扁額が懸かっていました。開口部から、かすかに梵鐘の姿が見えていました。

    『鐘楼』の建物光景です。開口した2階部分に、縦書きの『鐘楼』の扁額が、1階部分に横書きの『馬寺鐘声』の扁額が懸かっていました。開口部から、かすかに梵鐘の姿が見えていました。

  • 『鐘楼』の建物のズームアップ光景です。本瓦を葺いた、ベンガラ色の壁面が主体ですが、軒に近い部分には、彩色の模様が描かれていました。草木をモチーフにした絵や、龍の姿などでした。

    『鐘楼』の建物のズームアップ光景です。本瓦を葺いた、ベンガラ色の壁面が主体ですが、軒に近い部分には、彩色の模様が描かれていました。草木をモチーフにした絵や、龍の姿などでした。

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