2018/04/29 - 2018/05/05
7位(同エリア360件中)
ウェンディさん
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ウズベキスタンの古都:ヒヴァがあるのはホレズム地方。
ホレズム地方はヒトの歴史が始まって以来、1年間に300日は雨が降らないエリアで、日干し煉瓦で作られた建築物が何世紀も補修をされながら、今なお生き続けている場所です。
母(74歳)と私にとって2回目となるウズベキスタン。
初めてウズベキスタンを訪れたのは、この旅のちょうど1年前。
中央アジア入門編として、ブハラ、サマルカンドを訪ね、ちょっと背伸びをしてアイダクル湖でキャンプをしました。
そして、1年後の2018年5月には背伸びどころかグンと冒険して、トルクメニスタンの地獄の門とウズベキスタンの古都;ヒヴァへと旅立ちました。
ウズベキスタンの何が私たちを駆り立てたのかって?
そんなことは旅を始める前も、旅を終えて1年以上が経過した今も、分かりません。
強い日差しの中に浮かび上がる陽炎の如き町、
何処へ行っても笑顔で接してくれる町のひとたち
私たちは、シルクロードが紡ぐ幻に呼ばれたのかもしれません。
☆★ この世の果て〈地獄の門;Darvaza Gas Crater〉へ♪ 旅程 ☆★
□4/29 成田09:25-11:50仁川15:45-19:20タシケント(大韓航空)
□4/30 タシケント06:10-07:50ウルゲンチ(ウズベキスタン航空)
ウズベキスタン→徒歩で国境越え→トルクメニスタン
クフナ・ウルゲンチ遺跡→地獄の門へ(テント宿泊)
□5/1 地獄の門→国境越え→ヒヴァ
■5/2 ヒヴァ観光
□5/3 カラ巡り/カラカルパクスタン共和国
ウルゲンチ21:00-23:45タシケント(ウズベキスタン航空)
□5/4 タシケント観光
タシケント21:20-
□5/5 07:35仁川
10:00-15:00 ソウル・トランジットツアー
仁川17:40-20:00成田(大韓航空)
☆★ 2018 トルクメニスタン&ウズベキスタン旅行記☆★
【1】74歳の挑戦は中央アジアの北朝鮮!? http://4travel.jp/travelogue/11357817
【2】人生初のテント泊は地獄の淵で https://4travel.jp/travelogue/11361217
【3】独裁者政権の国って…? https://4travel.jp/travelogue/11368500
【4】ヒヴァで両替難民となる https://4travel.jp/travelogue/11384186
【5】ホレズム国で異文化交流 https://4travel.jp/travelogue/11578357
【6】潜入!カラカルパクスタン共和国 https://4travel.jp/travelogue/11579369
【7】地図にない“失われた砂の国” https://4travel.jp/travelogue/11668444
【8】タシケント別腹 バザール紀行 https://4travel.jp/travelogue/11669984
姉妹旅行記☆2017ゴールデンウィーク ゆるゆるウズベキスタン旅☆
・闇両替も悪徳警備員も、どんと来い♪ http://4travel.jp/travelogue/11240625
・夜行寝台列車はクリスティの世界 http://4travel.jp/travelogue/11243491
・古のオアシスが微睡む夢 http://4travel.jp/travelogue/11247059
・アレクサンドロスの追憶 https://4travel.jp/travelogue/11340022
・砂漠のユルタでキャンプ https://4travel.jp/travelogue/11346596
・生ける王が眠る青い古都 https://4travel.jp/travelogue/11349106
・Win-Win詐欺事件 https://4travel.jp/travelogue/11351077
【姉妹旅行記☆2017ゴールデンウィーク ゆるゆるウズベキスタン旅】
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・アレクサンドロスの追憶 https://4travel.jp/travelogue/11340022
・砂漠のユルタでキャンプ https://4travel.jp/travelogue/11346596
・生ける王が眠る青い古都 https://4travel.jp/travelogue/11349106
・Win-Win詐欺事件 https://4travel.jp/travelogue/11351077
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2018年5月2日
ウズベキスタンのヒヴァで迎える初めての朝。
母と私は相変わらず早起きで、太陽が顔を出すと同時に行動開始。
朝の柔らかな日差しの時にしか見ることのできない景色を探しに、あるところへやってきた。
そこは、普通の団体観光客ならばあまり近寄らないだろうが、旅人とか、ネコならば大好きな場所・・・高いところだ。
私たちが朝6時にいたのは、城壁都市ヒヴァを囲む城壁の上だ。 -
朝5時。
部屋の窓から射し込む朝日に起こされた私たちは、10分で身支度完了。
まだ、観光客も行商人もいない、ひっそりとした町の中へと歩き出す。
(写真:150年前から建設途中のままの姿のカルタ・ミナル)建設途中が美しい by ウェンディさんカルタ ミナル 建造物
-
神学校の土台の下にあるお土産屋さんの扉も堅く閉ざされたまま。
昨晩の観光客とお土産屋さんが繰り広げていた喧噪は何処へ行った?という感じだった。
道行く人は、朝早く出勤するヒトか、お散歩をするお爺さんくらい。
そんな彼らは、私たち母娘を見かけるとサラーム(イスラム圏のこんにちは!)と声を掛けてくれるので、私たちも元気にサラームとお返し。
昨年のUZ旅では、そんな挨拶にも慣れない内に帰国してしまったが、2年目となるとその辺は余裕。
現地のお爺さんの仕草をまねて、手を胸に当てて優雅にサラーム!と挨拶できたりもする。 -
古都;ヒヴァを取り囲む城壁。
その城壁に登れるなんて情報はガイドブックには、書いてはない。
城壁の情報はブログなどから得たのだが、見つけたのは数年前の情報ばかりで最近の情報は見つからなかった。
城壁はヒヴァの町を乗り囲むように東西南北にあるのだが、その全ての壁に登れるわけではなく、登り口の階段が生きているのは北門から東門を護る城壁部分との情報がブログにあった。
だから、西門から城壁伝いに北門方向へと歩き、登り口を探した。
雨がほとんど降らないホレズムの国。
ホレズムとは太陽の国を意味する。
ヒヴァの建物や城壁は日干し煉瓦で作られていて、日中の容赦ない日差しに照らされその壁面は乾燥でボロボロなのだが、泥でその表面を修復しながら何世紀も生きながらえている。 -
北門の近くで、登りスロープを発見!
今にも崩れ落ちそうな坂道が現れると思っていただけに、それなりにしっかりした路だった。
城壁の上には人影もあり、私たちのような物好きが他にもいるらしいし、とりあえずこのスロープは上ったくらいでは崩れる心配は無いらしい。 -
城壁の上に登ってみて、驚いた。
城の壁というからには、いわゆる板状のウォールを想像していたのだが、城壁の上にはそれなりの広さの平らな空間が広がっていた。
でも、よく考えてみれば当たり前の話。
敵が城壁の外側から攻めてきたら、城壁の穴から銃で狙撃したり大砲台から大砲を撃ち敵を打ち負かすのだから、重機や兵士が大勢乗っても大丈夫な広さが城壁には必要だったのだろう。 -
城壁の上を東へと歩いていたら、私たちの宿イスラムベック・ヒヴァの建物の前を通過。
-
城壁は町の形に添って作られているので、緩いカーブがかかっている。
カーブ部分には円柱型の柱があり、壁に掛かる力を分散していた。 -
城壁の上にはドーム型の小部屋があり、多分昔は兵士の詰め所だったのではないかと思われる場所なのだが、天井からつり下がるランタンを見つけた。
もしかして、今も有事の際には(トルクメニスタンとの国境の町なので)、城壁の上は兵士の待機場所にでもなるのだろうか。 -
城壁の上を歩いて10分位で東門の真上へと到着。
城壁の向かいには東門から南門へと続く城壁へと登るスロープが見えるが、実は北門から登ったスロープの降り口は東門側にはなく、城壁から降りるには北門側へと来た道を戻るしかなかった。
城壁の上からは町の様子がよく見えて、面白かったが、此処は暗くなってから登る場所ではない。
その理由は、城壁の上に空いた穴。
城壁の上は整備してはあるが、それなりにでこぼこで、深さ20cm程度の穴がボコボコ空いていた。
明るい時間帯ならば足下もよく見えるが、暗くなってからは危険。
簡単に捻挫級の怪我に繋がるだろうし、城壁の上には転落防止の策はない。
城壁へと登るならば、暗くなる夕方よりも、朝の方がお勧めかな。 -
朝7時。
宿に戻ると朝食の準備ができていた。
宿泊したホテル;Islambek Khiva(イスラムベック・ヒヴァ)はツインで1泊52ドルの安宿だったが、寝泊まりする分には何の問題も無いし、朝食だって種類がたっぷり。
高級ホテルのようにゴージャスさは全くないが、宿のスタッフのお兄さんは英語が通じるし、各国からの旅行者に大人気の宿だった。 -
朝8時半。
この日はヒヴァの古都を1日かけて堪能する日。
ヒヴァは町そのものが世界文化遺産で、2重の城壁に囲まれたイチャン・カラ地域(宿のある地域)は各観光施設を見学するためには入場券が必要となる。
その入場券も施設ごとの販売ではなく、イチャン・カラ共通入場券という形で販売していて、西門にあるチケット売り場で購入しなければならない。
実は前日の夜にもこの西門へと来てチケット売り場というモノを探したのだが、見つからなかった。
この日の朝は、再度のチャレンジなのだが、西門の何処にもチケットブースらしきモノはなく、途方に暮れていた時、写真のおばちゃん(椅子に座っている方)に呼ばれて、Entrance(入場券)?と聞かれた。オタ ダルヴァザ門 (西門) 史跡・遺跡
-
「そうそう、Entrance Ticket!」と答えると、おばちゃんは手元の紙に何やら書き込んで、手渡しながらで二人で20万スム(約25US$)と教えてくれた。
チケット売り場と聞いていたので、きちんとした窓口があるのかと思っていたらまさかの露店販売。
イチャン・カラ入場券は1日有効で、リストにある場所に入場でき、各施設1回のみ有効だ。 -
イチオシ
入場券を手に入れた私たちは、早速町歩きへ。
朝9時を過ぎるとお土産屋さんもぼちぼち店開き。
古都が動き出した感じだ。 -
この日、最初に訪れたのはキョフナ・アルク。
ここは昨日の夜にその城壁の上へ夕景を眺めに来た場所なのだが、まだ建物本体は見ていない。日没の直前、王の座所から見るヒヴァは幻想的 by ウェンディさんキョフナ アルク 城・宮殿
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キョフナ・アルクは別名;クフナ・アルクと呼ばれている。
ウズベキスタンの言葉でクフナとは古い、アルクとは城を意味し、その昔の王様の居城だったところと言う意味だ。
その見所は青系のタイルが彩るモザイク模様の王の謁見場。 -
扉に施された細かい細工だって見逃せない。
-
上を見上げると、天井も豪華絢爛。
クルミ柱が持ち上げる天井は、木を組み合わせた寄せ木細工。
元々は17世紀の建築物だが、ペルシアの侵略により破壊され現在の建物は19世紀初頭に作られたそうだが、それでも200年位前の建物だ。 -
イチオシ
そんな建物を見るのも楽しいのだが、ウズベキスタンの古い町を歩いていて楽しいのは、ウズベキスタンの人たちとのふれあい。
日本人は親近感をもたれやすいようで、あっちこっちで一緒に写真撮ろう!の渦に巻き込まれた。
言葉は全く通じないので、身振り手振りで会話。
でも、なんとなく意思疎通ができてしまうのが不思議なところ。 -
ヒヴァは町そのものが世界遺産なので、町のどんな裏通りを歩いていても、気になる風景を見つけることになる。
-
道具屋さんの店先で見つけたのは、クギが飛び出した判子のようなモノ。
コレは、ウズベキスタンの伝統的なパンであるナンの表面に模様をつけるための道具。
この道具を焼く前のナンの生地に押しつけると、押しつけた部分がくぼみとなり、平らなナンの表面に模様が入る。
市場に行くとナンの売り場があるのだが、あまりに店の数が多すぎて、前に美味しかったナンがある店が何処にあったかなんて覚えていられない。
だから、町の人たちが目印にするのはナンの表面につけた模様。
ナンの刻印模様はお店によって模様の組み合わせが異なり、各お店ごとに特徴ある模様にしてある。
美味しかったお店の刻印模様を覚えておいて、次に探すときは同じ模様のナンを探すのだって。
(宿の朝食の写真にも、刻印入りの切り出したナンが写っている) -
歩いていたらハフラヴァン・マフブド廟へと辿り着いたので、入場しようとしたら、此処は共通入場券は使えません!と言われてしまった。
入場券にはウズベキスタン語で入場可能施設名は記載されているのだが、外国人にはその細かな内容を読み取るのは難しい。
入場料;一人8000スム(1US$)とを支払いして入場する。
(入場料にドルは使えない。現地通貨UZスムの準備が必要) -
ハフラヴァン・マフブド廟は聖人の廟(お墓)で、この聖人の近くに葬られると来世で幸せになれると言われている場所だと言われている。
美人になるか筋肉隆々となるか by ウェンディさんパフラヴァン マフムド廟 寺院・教会
-
廟のタイルは芸術品の如く美しい青。
確かに美しいが、この墓の近くに埋められるだけで来世の幸福が約束されるとは、ちょっと微妙な話。
この廟の裏庭は大きな墓地になっていて、其処にはたいそう立派なお墓が何基も建てられていたが、そんなところに墓地を購入できるのはものすごい富裕層のごく一部の方々だけで一般庶民には縁の無い話だ。
とは思うモノの、年配のおばあさまがお墓に向かい頭を床にこすりつけてお祈りを捧げている仕草を目の当たりにすると、そういうモノなのかも・・・と洗脳されそうな自分が・・・。
信仰の力というのはどんな方向性であれ、凄いのだなと改めて思わされた。 -
ハフラヴァン・マフブド廟にあるのは装飾が美しい墓だけではない。
美容強壮の神の水が、この廟からは湧き出ている。
この水の飲むと、女性は絶世の美女に、男性は筋骨隆々のマッチョになるらしいのだが、ウズベキスタンの女性に美人が多いのはこの水のお陰かな?
母と私で、唇を湿らす程度に神の水を味見。
で、その結果がどうだったか?は、神のみぞ知る・・・だ。 -
イチャン・カラ入場券には入場券を見せれば入ることのできる20近い博物館名が記されている。
歩き方のガイドブックにもその内のいくつかの博物館は紹介されてはいるが、全て網羅しているわけではない。
なので、イチャン・カラ内の博物館は、とりあえず入口まで行ってみて、入場券を見せて、入場券が使えるのかどうかを確認してから。
ハフラヴァン・マフブド廟の向かい側にあるシェルカジ・ハーン・メドレセはガイドブックに記載が無いが、共通入場券が有効な博物館で、アラビアの習字のアラビック・カリグラフィーなど、1500年頃からこのあたりに伝わる民族学関連のミュージアムだった。 -
アラビア習字の横には当時使われていた携帯型の筆入れと墨壺。
筆記具は筆ではなく竹のような棒。
細い竹を斜めに切った形だが、カリグラフィの独特の線の細さを出すためには馬などの毛では難しいのかもしれない。 -
昔のハン(王様)が着用していた装束の展示もあったが、意外に質素。
しかし、よく見ると細かな手刺繍が全面に施され、手間暇がかかっているであろうことは想像できた。 -
ヒヴァの町で此処だけは見ておきたいと思っていたのが、ジュマ・モスク。
ジュマ・モスクは中央アジアでも必見と言われるモスクで、トルコなどのドーム天井のモスクの雰囲気からはかけ離れたモスクだ。
ジュマ・モスクは柱のモスクと呼ばれ、10世紀に建てられて以来、213本の柱がそのホールを覆い尽くしている。 -
イチオシ
柱と光が描き出す、1000年の歴史を重ねてきた柱の寺院;ジュマ・モスク。
ジュマ・モスクの柱の陰影を見て思い出したのがスペイン・コルドバにあるメスキータ。
メスキータもイスラム教のモスクがその原型で、ローマアーチを多用した柱装飾が美しく、薄暗い寺院の中に射し込む光と柱の陰が作り出す陰影が印象的だった。
柱の形は異なるが、光の陰影を利用した建築法はジュマ・モスクもメスキータも同じ。
光と影は裏表で、神と悪魔のようなモノ。
祈りを捧げる場所には、ぴったりの演出だ。 -
ジュマ・モスクの1本1本の柱はクルミ材。
その表面には時代ごとに異なる模様が彫り込まれている。
日本だったら、古い柱に手を触れるなんてできないだろうが、ウズベキスタンはおおらかな国。
触れることから、その歴史とぬくもりを感じとれる。ジュマの尖塔は登るべし by ウェンディさんジュマ モスクとミナレット 寺院・教会
-
柱に彫り込まれた模様は繊細で、ダイナミックだ。
さすがに10世紀の頃の柱はもう彫刻も薄れ、かなり傷んでいた。 -
ジュマ・モスクにあるのは光と柱の芸術だけではない。
モスクの隅にある小さな潜り戸をくぐると、 -
その先に続くのは、クルクルの螺旋階段。
-
ジュマ・モスクにはミナレット(尖塔)があり、そこへと上ることができる。
ミナレットは細く狭い階段で42mの高さを登るので、閉所恐怖症の方には厳しい空間だ。 -
ネコと母と私は高いところが、けっこう好き♪
だから、喜んで登った。
ミナレットのトップには小さなのぞき窓があり、そこからヒヴァの町を一望できる。 -
ジュマ・モスクがあるのが城壁内のちょうど中央付近なので、全部の窓から眺めればその全貌が分かる。
-
イチオシ
カルタ・ミナルのある方向が西門。
ウズベキスタンの神学校やモスクに特徴的な建物のたこ焼き天井も、この高さからならばその様子がよく分かる。 -
左に見えるのはヒヴァのもう一つのミナレットのイスラム・ホジャ・ミナレット。
右にあるトルコブルーのドームは、先ほど訪れた美人の湧き水がある聖人廟;パフラヴァン・マフムド廟だ。 -
ジュマ・モスクを堪能したら、再び町散歩。
ウズベキスタンの女性のお洋服やターバンなどをマネキンに着用させて販売している露天も多く、母はどうやらこのターバンが気になっている様子。
それとなく近づいて巻き方を研究しようとしていたら、売り子のおじさんに捕まってしまい、危うくターバンの巻き方モデルにされるところに・・・。
1枚の布を上手に巻き上げるこのターバンの巻き方。
知っていたら役に立つかもしれないよね。 -
ウズベキスタンでは昔は男の子は学校に行く代わりに神学校で勉強をするのがノーマルで、何処の町にも大なり小なりの神学校があったのだが、現代では子供達は男の子も女の子も普通に小学校・中学校へと進学し、神学校を選ぶのはごく一握りの家庭だけ。
そんなわけで昔の神学校は現在は使われていない場所が多く、日干し煉瓦の建物も風化するにまかされているのだが、ヒヴァでは神学校はレストランやお土産屋さん、ホテルへと転用されているところが多かった。 -
そんな神学校;アラクリ ハン メドレセの小部屋の一つで金物屋さんを営んでいるおじさん。
銅を打ち出して鍋やカップを作っていた。
英語で「写真撮っても良い?」と尋ねても言葉は通じず。
でも、カメラを軽く持ち上げ写真を撮る指のジャスチャーをしたら、ニッコリ笑いながら、OKという顔をしてくれたので、パチリ。 -
この日のランチは東門の側にあるバザールの露天で食べようかと思って東門へとやってきたのだが、東門の外にバザールなんて何処にもなかった。
ただ、建物があった残骸のようなモノと、ソレを撤去する重機が数台。
バザールは何処に?
近くにいたおじさんにバザール?と声を掛けたら、身振りでナイナイという返事。
この日の夜、宿のお兄さんに確認したところ、バザールは1年前に郊外に移転してしまい、現在はイチャン・カラの徒歩圏内にバザールはないとのことだった。
ガイドブックには、テフコン・バザールと大きくポイントしてあるが、今はもう、存在しない。パルヴァン ダルヴァザ門 (東門) 史跡・遺跡
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イチオシ
バザールには行けなかったが、東門の近くで素敵なご家族と会い、此処でも写真の取り合いっこ。
シルクロードのオアシスであるウズベキスタンの古都は、昔から人種が混ざり合うところ。
東洋系と西洋系の美しさがミックスされたエキゾチックな美人さんが多い。 -
結局、ランチはミルザホシで。
ディルのパスタや季節の野菜の炒め物、そして、お茶でのんびりと。
ミルザホシは旅人だけで無く地元の人たちにも評判の良いレストランで、味も美味しい。ディルのパスタがお勧め! by ウェンディさんミルザボシ 地元の料理
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ランチの後も、ひたすら町をブラブラ。
ムハンマド・ラヒム・ハン・メドレセも昔は神学校(メドレセは神学校の意味)だったのだが、今は楽器博物館となっていた。 -
ヒヴァの町中は狭く、1時間で東西南北の4つの門を全て回り尽くすことも可能なほど小さい。
そんな小さな町で丸1日掛けて何をしているの?と思われるかもしれないが、ただ歩き回っているだけだ。
歩き回るだけで何が楽しいのかって?
私たちが楽しんでいたのは、日差しによって変わる町の色の移ろい。
朝・昼・晩と太陽の方向が変わり、町の景色も色合いも時間と共に変化していく。 -
午前中は日陰だった街角も午後には、お日様の光が当たり、
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何世紀も経てきた壁の模様が、光の中に浮かび上がっていた。
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午後は、もう一つの王様の宮殿である、タシュ・ハウリ宮殿へ。
午前中に行ったキョフナ・アルクは17世紀の王宮建築で、20世紀には役割を終えた宮殿だが、タシュ・ハウリ宮殿は比較的最近まで使われていて、ハン(王)の執務室や公式の謁見所などがある。163人が愛人とは、いくら何でも! by ウェンディさんタシュ ハウリ宮殿 城・宮殿
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ハンの執務室の展示も豪華絢爛だったが、タシュ・ハウリ宮殿で目を引くのはハーレムの小部屋の装飾。
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2階部分の大きな部屋は4人正妻の部屋で、そのほかの163もの小部屋が妾の部屋。
一体、王には何人の愛人がいたのだろう。 -
部屋の壁は青いタイル装飾で、柱はお決まりのクルミ材の柱。
-
イチオシ
近づいてみると壁のタイルもその幾何学模様が複雑で、芸術作品みたい。
いくら雨が降らない土地だからって、こんな素敵な部屋が野晒しにされているのって、どうなの!!と思うが、太陽に晒されるからこそ味が出るのかもしれない。 -
ヒヴァの町は観光エリアと住民の居住区エリアが混在している。
ちょっと裏路地に入ると、普通のご家庭の家が並んでいる。 -
そんな裏道を通りながら向かったのは南門の側。
このあたりにはクルミ材彫刻の集落があり、小さな工房がある。 -
そのエリアに近づくと木材を削る音が聞こえてきて、そんな一軒の工房を覗くと、作りかけのクルミの柱が転がっていた。
-
部屋の中ではお父さんと息子さん3人が作業中。
-
イチオシ
息子3人と言っても下の二人は要らない木で遊んでいて、実際に作業しているのはお兄さんかな。
お父さんとお兄さんは英語を話せたので、小さなWood Bord(台敷)が欲しい旨を伝えたら、お勧めをセレクトして見せてくれた。
その中から母と私のお気に入りを1枚ずつ選んで、お買い上げ。
お値段は米ドルで13ドルと12ドル。
ウズベキスタンの物価から換算すると、日本円の感覚では1枚3000円くらいなので安くはないが、お兄ちゃんが手間暇掛けて彫った作品なのだから、価値はある。 -
路地裏で小さなお子さんを連れたお母さんが、樹の枝の中に手を突っ込んで何かをしていた。
興味津々の私たちはすかさず近づいて、何をしているの?と目で訴えた。
(英語は基本的には通じない) -
お母さんの足下にいたのは二人の子供。
彼らは、東洋人のおばちゃんとおばあちゃんに興味津々。 -
お母さんは木の中から白い塊をいくつもぎ、子供達の口の中へ。
そして、私たちにもいくつか分けてくれた。
お母さん、ありがとう♪
白い木の実は昨年、ブハラの町でも食べたモノとおんなじ実。
ベリー系の香りのある爽やかな甘い実で、口に含むとプチンとはじけて果汁が広がる。 -
この日の午後の最後は再び高いところへ。
-
ヒヴァの2本目の塔(ミナレット)であるイスラム・ホジャ・ミナレットへ向かう。
ミナレットに向かう途中で、椅子に座る3人のおばさまに声を掛けられた。
その声の感じは、「あら、あんた達、まだこの辺にいたのね。
今日はどの変をぶらぶらしていたの?」という雰囲気。
この3人のおばさまは朝、一番にキョフナ・アルクで一緒に写真を撮った方々。
ガイドブックの写真を見せて、此処と、ここと・・・に行ったのよ。と教えたら、
私たちも!と少女の様な笑顔で笑ってくれた。 -
イスラム・ホジャ・ミナレットは・ホジャ大臣を称えて建てられたモスクとミナレットで、ホジャ大臣は悲劇の大臣だったらしい。
頭の良く人民に慕われたホジャ大臣は病院や郵便局を造り、町の発展と住民の健康のために尽くしたそうだが、大臣の評判が上がって面白くないのは王や権力者達。
ホジャ大臣は権力者の反感を買い、無実の罪を着せられ生き埋めにされてしまったという。
その大臣の霊を慰めるために作られたのが、この建物だ。 -
イスラム・ホジャ・ミナレットはヒヴァの中で一番高いミナレットで、此処も上ることができる
夕方がお勧め by ウェンディさんイスラーム ホジャ メドレセとミナレット 建造物
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塔の先端には窓があり、そこからはヒヴァの町が見下ろせる。
ネコとなんとか・・・な私たちがこのミナレットに登らないわけはない。 -
ミナレットへの登り口は1階には無く、モスクの2階からはしごで移動するのだが、現在は地上から小さな階段がついていて、その階段を上りミナレットの登口へとアクセスする。
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ミナレットは遠くで見ているとすらりとした背高のっぽだが、
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その足下に辿り着くと、タケノコみたいだ。
-
ミナレットの階段は狭く上り下りで交差ができなく、1回に塔に登れるのは5名までと多くはない。
塔に登りたい場合は、時間的な余裕を持った方が良いかな。 -
ミナレットの高さは45m。
そのトップからの景色は絶景! -
イチオシ
この日、ミナレットに登ったのは15時くらいだったが、もう少し遅めの17時くらいだったら夕焼けに焼けるヒヴァの町が見られたのかもしれない。
-
この日は朝6時から遊んでいたので、私たちは15時でエネルギー切れ。
町中でお茶をした後は、お夕飯までの時間はいったんホテルに戻り、軽くお昼寝することに。
母の年齢を考えると、朝から晩までの活動しっぱなしは体力の消耗を招くので、適度な休憩が必要だ。
母が昼寝している間に私は日記を書いたり、町中で買ったものを並べてみたり。
そんなにお買い物をする方ではないのだが、母と二人でチョコチョコとお買い物を楽しんでいたようだ。
参考までに、価格をリストアップ。
スカーフ2枚:4万スム(5USドル相当)
ヒヴァ・ブルーのお皿4枚:6USドル
クルミの台敷2枚:25USドル
手袋2枚:2USドル
ブレスレット4本:25USドル -
18時の薄暮の町へ、再び繰り出す。
-
日中は汗ばむほどに暑い日射しだったが、夕方になると薄手の羽織り物が欲しくなる気温。
町ネコもヒトの体温が恋しくなったのか、足下へ寄ってきて、顔をスリスリ。 -
朝は鮮やかだったカルタ・ミナルの色彩も、グレーがかったスモーキーな色合いに。
夜にはライトアップされキラキラ感が増すカルタ・ミナルだが、こんな中間色の色合いの方が砂の町の雰囲気が出ていて好きかな。 -
夕食はマリカ・ホテル併設カフェ ヘイヴァクにて。
シャシリクと呼ばれる串焼きや乾燥ナスの煮物、サムサやスープをいただいて、ウズベキスタン料理を大満喫。
私たちのホレズム王国の探索は明日も続く。
明日はウズベキスタンが内包する小さな国家;カラカルパクスタン共和国へと潜入する。
カラカルパクスタン共和国は英語どころかウズベキスタン語も通じない、更なる異邦の土地。
冒険好きな母娘の旅は、終わりを知らない。
前の旅行記:【4】ヒヴァで両替難民となる
https://4travel.jp/travelogue/11384186
続きの旅行記:【6】潜入!カラカルパクスタン共和国
https://4travel.jp/travelogue/11579369夜は品切れの品もありました by ウェンディさんカフェ ヘイヴァク 地元の料理
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2018/04/29~
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2018/04/29~
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