2018/12/19 - 2018/12/21
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旅人のくまさんさん
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大分と福岡の名城巡りです。日本百名城巡りの締め括りとなった、100城目の大分府内城の紹介です。博多駅での列車の乗継ぎが、時間ぎりぎりでしたが、うまく運んで、明るい内に今日の見学を終えることができました。
- 交通手段
- ANAグループ 新幹線 JR特急 JRローカル
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天守台の上の整地された部分の光景です。慶長7年(1602年)に、四重櫓の天守閣が築かれたようですが、寛保3年(1743年)の大火により焼失しました。以降、再建されることはありませんでしたから、建物礎石も残されていないようでした。(同上)
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天守台から見下ろした、城内光景です。本丸の西側と、西丸跡が見えているようです。西丸跡には1966年(昭和41年)に大分文化会館が建てられましたが、2013年(平成25年)10月に閉館し、その後、解体されました。文化会館跡地の利用方法は未定で、城址公園も含めて今後検討されるようです。(同上)
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天守台の上から眺めた、登り階段とその先の西側方面の光景です。右側に見えるのはお堀で、そのお堀の先に『廊下橋』が見えていました。縄張図には、天主台の西側には北渡櫓が続き、その先に北二重櫓が記されていました。北二重櫓の先に廊下橋が位置します。(同上)
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天守台の上から眺めた、北側方面の光景です。中央やや右手に見えるのが、人質櫓です。現在の人質櫓は、文久元年(1861年)に再建されたものです。府内城に残る江戸時代の建物は、人質櫓と宗門櫓の二つだけです。宗門櫓は、安政6年(1859年)に再建されたものですが、当初の建物の規模、工法を引き継いだ修理だったようです。(同上)
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天守台の上から眺めた、山里丸方面の光景です。西北方面の光景になります。山里丸は、西丸との間で、廊下橋による結ばれていました。縄張図によれば、山里丸の北丸方面の出入口には櫓門があり、敷地の北西角と、東北角には二重隅櫓が築かれていたようです。(同上)
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天守台の上から眺めた、寄贈された庭園と紹介されていた日本庭園の光景です。北側方面の光景となります。左端に見えているのが二重櫓の人質櫓です。高い場所からの眺めですから、その背後には市街光景も見えました。(同上)
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天守台の上から眺めた、日本庭園の光景が続きます。先程より右側(南側)に移動しての撮影だったようです。お堀(外堀)のやや鈍化くなくっ局部分が見えているようでした。天守台から東北方面の光景になるようです。(同上)
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イチオシ
天守台の上から眺めた、日本庭園の光景が続きます。右上に櫓が見えていますが、名前が特定できませんでした。縄張図を参照しますと、東丸の北東角の二重櫓のようですが、確認することができませんでした。(同上)
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天守台の上から眺めた、二重の隅櫓が見える方面の光景です。櫓台から東南方面になるようですが、名前が特定できませんでした。現存する人質櫓と宗門櫓、再建された西丸・西南櫓、東丸・嫡到櫓のいずれにも該当しないようです。(同上)
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天守台の上から眺めた、西側方面の光景です。右端に見える石垣が、北渡櫓関連の遺構、その先に見えるのが、北二重櫓の遺構の石垣のようです。石垣保存のためでしょうか、根元から伐られた大木の姿がありました。(同上)
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観光用の階段を下りたところで、振り返って眺めた天守台の光景です。関ヶ原の戦いの翌年の1601年(慶長6年)、西軍に付いた福原長政が改易となり、竹中重利が3万5千石で入城し、福原直高の時代に築城された荷揚城の大改修が開始されました。(同上)
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天守台の石垣のズームアップ光景です。表面加工されていない野面積の石垣光景です。竹中重利により1601年(慶長6年)に始まった大改修により、1602年(慶長7年)に天守が完成しました。このため、天主台の石垣は、1601~1602年に積まれたもののようです。(同上)
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水銀灯の明かりで浮かび上がった、漆喰塗のように見えた建物光景です。小さな石垣の上にぴったりと収まった再建されたらしい建物ですが、名前は分かりませんでした。(同上)
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北二重櫓の遺構の石垣の光景になるようです。天守台から見て、西側方面に位置する場所になるようです。その中間に北渡櫓関連の石垣遺構がありました。石垣遺構が、府内城跡の大切な部分になっているようです。(同上)
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西丸の西北角方面の光景になるようです。思わずカメラが向いたのは、このところ問題になってきている、ソメイヨシノのテングス(天狗巣)病を連想したからです。樹木の右側に見える小枝の塊です。植物病害の一種で、これを起こす原因は様々で、菌類、昆虫、線虫、ファイトプラズマ、ウイルスなどがあるとされます。(同上)
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中央奥に見えるのは、山里丸から西丸に向かう時に渡った『廊下橋』の出入口です。縄張図を参照しますと、廊下橋の二の丸側の出入口付近は枡形構造になっているようでした。その遺構の石垣のようです。(同上)
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府内城跡内に再建された、真っ白な長塀の光景です。西丸の南側に位置する長塀のようです。城内になるこちら側が東面、外側の西側が堀に面しているようです。そのほかの整備工事も進んでいるように見えました。(同上)
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本丸の西側に位置する、西丸の西側に向かう途中の光景です。縄張図にはありませんでしたが、広い通路と出入口が設けてありました。通路の周りの西丸エリアは整備中でした。西丸は、東丸と並んで『二の丸』を形成しているようでした。(同上)
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かつての府内城にはなかった出入口になるようです。『西丸』から西に通じる通り道の光景です。その通り道の北側の光景です。堀の一部が埋め立てられてできた通路のようでした。(同上)
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かつての府内城にはなかった出入口から眺めた、東側方面の光景です。写真の中央近くにイルミネーションの天守閣が見えました。かつての本丸と西丸との間には内堀がありましたが、この堀も埋め立てられたようです。(同上)
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かつての堀を埋め立てた通路を渡った西の袂から眺めた、東側方面の光景です。現在の通路は、かつては土橋と呼ばれる構造ですが、縄張り図には、この場所には木橋なども記されていませんでした。(同上)
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イチオシ
時刻は17時20分を少し回りました。これで、大分府内城の見学はおしまいです。名古屋を出かける前に計画した通り、旅行初日に日本百名城巡りの99番目になる岡城と最後の100番目となる大分府内城の百名城スタンプを押すことができました。福岡空港への到着が遅れることを想定して、博多駅でソニック号に乗らず、小倉駅までの1区間だけ新幹線を利用したことが目論見通りでした。その効果があっての今日の計画完遂でした。(同上)
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ほぼ真横から撮影した、かつての西丸の西南角に建つ、二層の隅櫓の光景です。大分府内城の年表では、大手門などと同時に、昭和40年(1965年)に再建された隅櫓と紹介されていました。この辺りが、外から眺めた府内城の見所の一つになっているようでした。(同上)
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かつての西丸の南側の長塀と、その西南角に建つ二層の隅櫓の光景です。かつての縄張り図を参照しますと、この櫓を含め、西丸の西面には、三つの櫓が記されていました。大分府内城の主な遺構は、宗門櫓、人質櫓、石垣、堀と天守台とされます。(同上)
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大分府内城の見学を終え、ネット予約しておいたホテル向かう途中の光景です。府内城見学を終えて、まだ5分と経っていませんが、街には明かりが灯り、イルミネーションが輝き始めました。予約しておいたホテルは、大分センチュリーホテルです。(同上)
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予約しておいた、大分センチュリーホテルの建物光景です。既に明かりが灯っていました。チェックインは簡単に済み、早々に身軽なスタイルで大分駅方面に向かいました。豊後竹田から大分駅に着いた時、駅前近くの夕食のお店に見当をつけていました。(同上)
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イチオシ
大分駅付近のカラフルなイルミネーション光景です。時間の節約のために近くまでは向かわずに、少し離れた場所からの撮影です。笠のような青色系のイルミが印象的でした。(同上)
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こちらが見当を付けておいた駅前の飲食店の1つです。お店の前の看板に、既に『サバとアジは売り切れ』の手書き文字がありましたが、このお店に決めました。狙いは、美味しい魚と地酒です。それにしても、セキサバ、セキアジが売り切れなのは残念でした。どちらも水産品の高級ブランドとして知られ、地域団体商標も取得しています。(同上)
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お店の名前が『豊後・魚鮮直送』、売り物が『豊後水道直送』の魚のです。『豊後水道』は、九州の大分県と四国の愛媛県に挟まれた水道です。北で瀬戸内海の伊予灘、南で太平洋・フィリピン海の日向灘に接します。豊後水道が最も狭くなった部分が、大分県大分市(旧佐賀関町)の関崎と、愛媛県伊方町(旧三崎町)の佐田岬の間の豊予海峡です。(同上)
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駅前付近のモニュメントの紹介です。セキサバの話しの続きです。豊予海峡は、水温の変化が少なく餌となるプランクトンが豊富で、潮流が速く、この海域で生育するサバは肥育がよく身が締まっています。体色は金色がかり、腹部に線が入ります。脂肪量の季節変化が小さいとも言われます。大分県では、日出町で漁獲されるマコガレイの『城下カレイ(鰈)』も有名です。(同上)
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