2018/06/06 - 2018/06/12
718位(同エリア1569件中)
AandMさん
- AandMさんTOP
- 旅行記262冊
- クチコミ2768件
- Q&A回答97件
- 854,267アクセス
- フォロワー24人
6月上旬にバルト3国を訪問しました。エストニア→ラトビア→リトアニア→ラトビア→エストニア、の順でバルト3国を車で巡りました。エストニアの首都タリンは、中世からの建物が残り世界遺産に登録もされている美しい街です。旧市街は、中世の雰囲気がそのまま残されている感じでした。見所が沢山ありました。
この旅行記はエストニアのタリン郊外と旧市街の訪問記です。6月中旬は天候も良く、日も長く、夜9時過ぎまで観光することができました。レストランの食べ物も日本人味覚にマッチして、とても美味しく感じました。美しい建物や自然に恵まれた国ですが、歴史では複数の外国に支配された期間も長く、複雑な要因も含んでいると感じました。観光案内や建造物乗り換え案内プレートではエストニア語、ロシア語、英語が使われています。エストニアの地方では英語表記の割合は減少しました。年配の方はロシア語は分かりますが、英語は伝わりません。エストニア歴史の影響が言語にも反映されていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 スイスインターナショナルエアラインズ ANA スカンジナビア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ストックホルム・アーランダ国際空港からプロペラ機でタリン空港に到着しました。午前10時過ぎです。飛行時間は1時間程でした。滑走路を歩いてタリン空港の建物に移動し、預け入れていた荷物を受け取って、タリン観光のスタートです。天候も良好です。
タリン空港 (レンナルト メリ記念タリン空港) 飛行機・セスナ
-
空港のHertzでレンタカーを借りました。付属品のカーナビ(Never-lost)の表示コントラストが不良で、画面が良く見えません。Hertzオフィスで交換してもらいました。交換品カーナビは何とか使えそうです。
エストニアで車は左ハンドルです。タリン旧市街の込み入った道路を走る前に、多少の練習を兼ねて道路が単純なタリン郊外を先に観光することにしました。コンパクトだが利便性の良いタリンウレミステ空港 by AandMさんタリン ウレミステ空港 (TLL) 空港
-
タリン旧市街の東方約4kmにあるカドリオルグ公園を訪問しました。ここにはカドリオルグ宮殿や博物館、美術館などがあります。
ここはクム美術館で、18世紀以降のエストニア美術が展示されています。エストニア語の"Kunstimuuseum"は美術館の意味ですが、これを短縮してKumu(クム)美術館の呼ばれています。2006年に開設された新しい美術館で、北ヨーロッパで最も大きな美術館の一つで、多くの絵画が展示されています。公園内にある近代的な建物、クム美術館 by AandMさんクム美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
クム美術館から西方に向かう公園内の通りを進んでいたら、大きな建物がありました。建物前には衛兵がいました。政府関係の建物のようです。
-
建物前に案内標識があり、エストニア語と英語で説明がありました。1937年にエストニア憲法が制定されてから、この建物がエストニア大統領官邸として使われてきているそうです。ネオゴシック様式の重厚な建物です。
1940-1991年の間はエストニアはソ連統治下にあり、この期間はソ連の統治者がこの建物を利用したと、説明されています。衛兵が警備している理由が分かりました。 -
公園内の道路を更に先に進むと、立派な宮殿がありました。カドリオルグ宮殿は1728年にロシアのピーター大王によって建設されたピョートル・バロック方式の建造物です。現在はエストニア国立美術館のカドリオルグ美術館として活用されています。
建物も美しいですが、噴水のある庭園も見事です。美術館は有料(6.5Euro)ですが、庭園見学では料金はかかりませんでした。宮殿の表と裏側を外部から自由に見学できました。ロシア建築の見事な宮殿美術館 by AandMさんカドリオルグ美術館 (カドリオルク宮殿) 博物館・美術館・ギャラリー
-
宮殿の庭園にあった噴水です。ギリシャ神話に出てくるポセイドン彫像は迫力がありました。
ロシア建築の見事な宮殿美術館 by AandMさんカドリオルグ美術館 (カドリオルク宮殿) 博物館・美術館・ギャラリー
-
カドリオルグ美術館の内部です。白色をベースにした華麗な宮殿で、サンクトペテルブルグにあるエルミタージュ美術館とも似ている感じがしました。フラッシュを使用しなければ写真撮影が可能です。この美術館には、16~20世紀の西ヨーロッパー及びロシアの美術作品、約9000点が保存されています。
ロシア建築の見事な宮殿美術館 by AandMさんカドリオルグ美術館 (カドリオルク宮殿) 博物館・美術館・ギャラリー
-
オランダの画家ピーターブリューゲルの作品です。1630年頃の農民の生活が描かれています。
-
「カナの結婚式, Wedding at Cana」と題された無名の画家による作品で、オランダが舞台で1600-1650年頃に描かれています。キリストが水をワインに変えたと伝えれれているお話が織り込まれているそうです。中央に座る赤色の衣を纏っているのが、キリストのようです。
-
「貧乏の寓意, Allegory of poverty」という絵で、オランダの画家アンドリアン・ピーターズ・ヴェンヌによって17世紀前半に描かれています。盲目の男が乞食老婆と幼児を抱えて運んでいる構図で、背景に描かれている内容から、「今日の勝者は明日の敗者になりえる」の意味合いが込められているそうです。
-
前の絵の説明で、エストニア語と英語で書かれています。以前は英語でなく、ロシア語が使われていましたが、最近作成されたパネルでは英語が用いられるようになっています。時代の移り変わりが使用言語にも反映されています。
-
オランダの無名画家による「教会から金貸しの追放、The Expulsion of Money-lenders from the Temple」と題する絵で、1570年頃に描かれています。当時のオランダの庶民の様子も描かれており、面白い絵です。
-
前の絵の説明パネルです。英語タイトルは、美術館ホームページの説明とは微妙に異なっています。このパネルでは「キリストが教会から交易を指図、Christ driving the trades from the temple」と説明されています。
この他にも沢山の素晴らしい絵画がありました。時間があればゆっくり見学したい美術館です。 -
カドリオルグ宮殿の道路向かいにはエストニア国立美術館の一つであるミッケル美術館(Mikkel Museum)がありました。小さめの美術館ですが、ここには西洋の芸術と陶器のコレクションと、1994年にアートコレクターJohannes Mikkelによって寄贈された中国の磁器が展示されています。陶芸に興味のある方は必見の美術館です。
陶器コレクションが充実しているミッケル博物館 by AandMさんミッケル博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
カドリオルグ宮殿や美術館のある場所は緑に覆われた大きな公園、カドリオルグ公園になっています。公園内には噴水や彫像があり、きれいに整備されていました。地元の方々が散歩を楽しんでいました。
整備が行き届いている広大なカドリオルグ公園 by AandMさんカドリオルク公園 広場・公園
-
公園内の案内標識です。随分前に設けられた標識のようで、エストニア語とロシア語だけで英語説明はありませんでした。
-
公園内に小さな古い建物があり、ロシア系観光客が沢山出入りしていました。ピーター1世博物館の看板が出ています。入場料は3 Euroでした。この博物館は、カドリオルグ宮殿が建設される以前にピーター1世(大王)と妃のキャサリンがタリンを訪問したときに滞在した場所です。居間、食堂、寝室などが当時のままの状態で保存され、公開されています。
ピーター大王はロシアのロマノフ王朝の王で、エストニアなどに領土を広げたロシアの英雄でもあります。ロシア人観光客が多い、理由も理解できます。ロシア系観光客が多いピョートル大帝の小屋博物館 by AandMさんピョートル大帝の小屋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
寝室で、肖像画の横には豪勢な鏡がありました。キャサリン妃が使用した鏡です。
-
食堂です。広くはありませんが、自国のロシアを離れて一時滞在した場所の食堂として王族が利用する施設に相応しい食堂です。
ロシア系観光客が多いピョートル大帝の小屋博物館 by AandMさんピョートル大帝の小屋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
カドリオルグ公園の北東にあるピリタ修道院遺跡です。ピリタ修道院は15-16世紀に北欧最大の修道院の一つでしたが、1575年にロシアのイワン大帝がエストニアに攻め込み修道院を破壊しています。エストニアの歴史を反映する遺跡で、沢山の訪問者があります。これはピリカ修道院遺跡への入り口です。
スケールが大きいピリタ修道院遺跡 by AandMさんピリタ修道院 寺院・教会
-
修道院入り口の門の脇に木造の小屋があり、ここで入場料を払うと遺跡を見学することができます。
スケールが大きいピリタ修道院遺跡 by AandMさんピリタ修道院 寺院・教会
-
ピリタ修道院遺跡です。屋根部は崩れ落ちていますが、壁がしっかり残っていました。とても大きな修道院です。
-
修道院の正面です。15世紀当時の大修道院状況を想像させてくれます。
スケールが大きいピリタ修道院遺跡 by AandMさんピリタ修道院 寺院・教会
-
石の回廊が修道院に残されていました。大がかりな修道院です。
-
修道院遺跡の発掘結果から当時の設備などの配置が説明されていました。エストニア語、ロシア語、英語で書かれています。この修道院はとても大規模であったことが分かります。見事な修道院遺跡です。
長い海岸線が特徴のピリタ地区 by AandMさんピリタ ビーチ
-
ピリタ修道院遺跡から2 kmほどタリンに向かって進むと、丘の上にあるマーリヤマエ宮殿(Maarjamäe Palace)に到着します。エストニアの歴史博物館になっており、ロシア統治時代のエストニアの様子などが説明されていました。この建物は17世紀後半に建てられた夏離宮(small summer manor )がベースになっており、外見が美しい建物です。
海岸沿いの丘の上にあるマーリヤマエ宮殿 by AandMさんマーリヤマエ宮殿 城・宮殿
-
エストニアの歴史博物館がある丘の上から、タリン湾やタリン市街を眺めることができました。展望施設もありました。
海岸沿いの丘の上にあるマーリヤマエ宮殿 by AandMさんマーリヤマエ宮殿 城・宮殿
-
タリン郊外にある歌の原(Lauluväljaku Klaassaal)です。1959年に建設された建物で、5年ごとにエストニア歌のフェスティバルが開催されています。このフェスティバルは世界的に知られ、数万~十万人の観客が参集します。これまでマイケルジャクソン、ローリングストンズ、エルトンジョン、レディーガガなどもこのフェスティバルに参加しています。
タリン郊外の野外コンサート会場、歌の原 by AandMさん歌の原 (歌の広場) 劇場・ホール・ショー
-
訪問時は行事が開催されていませんでした。内部は公園になっており、自由に出入りできました。ただ入り口に注意事項を書いたパネルがあり、内部でアルコール飲食禁止、ゴルフ禁止、公園の花や樹木を大切にすること、内部で行事を行う場合には事前許可を取ること、といったことが書かれていました。
タリン郊外の野外コンサート会場、歌の原 by AandMさん歌の原 (歌の広場) 劇場・ホール・ショー
-
タリン旧市街の西側郊外にエストニア野外博物館があるので、訪問してみました。夕方の6時過ぎでした。
公園内に昔の建物が移設展示されているエストニア野外博物館 by AandMさんエストニア野外博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
入り口わきの入場チケット売り場です。野外博物館は夜の8時まで開いていますが、内部のレストランや建造物は夕方6時で閉まることがパネルに書かれていました。受付の年配女性には英語は全く通じませんでした。ロシア語は大丈夫でした。
折角この場所に来たので、入場料を払って内部の建物外観を見学することにしました。 -
チケット売り場の出入り口わきに、この博物館を訪れた人の出身国を示すパネルがありました。最近訪れた人が、入場ワッペンを国の絵に張り付けるようになっていました。ヨーロッパや米国が多く、日本の場所にワッペンはありませんでした。
帰り際に、我々2人のワッペンを日本の部分に張り付けておきました。 -
エストニアの地方にあった18世紀後半に建てられた農家です。石積みのしっかりした家屋です。
公園内に昔の建物が移設展示されているエストニア野外博物館 by AandMさんエストニア野外博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
エストニア各地から移設された様々な家屋がありました。藁屋根もあり、日本の昔の農家にも似ている感じです。
-
古い大きな農家の内部の様子です。
タリン旧市街には中世に建てられた石造りの美しい建物の町並みと、このエストニア野外博物館にある地方の素朴な建物には大きな差があるように思います。地方の人々の生活は質素であったことが、この野外博物館を訪問すると分かります。 -
左ハンドルのレンタカー運転にも大分慣れましたので、タリン旧市街を訪問しました。道路脇の車パーキングの横に煙突掃除夫の像(Lucky chimney sweeper sculpture)がありました。太目でハットを被った陽気な感じの像です。
エストニアでは煙突掃除夫の制服ボタンは金色で、このボタンに触れると幸せになる、と言われています。像を良く見ると、鼻とボタンはピカピカです。旧市街の道路中央部にある煙突掃除夫の像 by AandMさん煙突掃除夫の像 モニュメント・記念碑
-
煙突掃除夫の像の近くに、少し場違い感がする大きな建物がありました。1953-1955年のロシア統治時代に建てられたもので、映画館として使われていました。建物横にClub Hollywoodと表示され、「未知の兵士」の映画パネルが掲げられていました。平日チケットは5.5 Euroでした。タリン唯一の映画館です。
ソ連統治時代に建てられた映画館 by AandMさんKino Soprus 劇場・ホール・ショー
-
数百メートル進むと大きな教会が目に入りました。聖ニコラス教会で、13世紀に建てられましたが第二次世界大戦でのソ連のタリン爆撃で部分的に破壊され、現在は修復されています。
教会の祭壇部分に15世紀に描かれ幅30 mもあった絵画「死のダンス, The Dance of Death」の一部が保存されていることで知られています。この絵はリューベックの画家Bent Notkeが15世紀に描いています。
入場料を払って、大きな荷物をロッカーに預けると、内部見学をすることができました。祭壇画で知られる聖ニコラス教会 by AandMさん聖ニコラス教会 寺院・教会
-
教会内部ですが、エストニアの他の教会とあまり違いがありません。
-
前方の祭壇後方に「死のダンス」の長い絵がありました。祭壇後方に立ち入ることは禁止されていますので、横方向からしか見ることはできません。しかも絵の前はアクリルで覆われており、光の反射があって絵が良く見えませんでした。光反射を避けながら何とか写真を撮ってみましたが、不鮮明です。
天使と骸骨がダンスを踊っています。死はいつ訪れるか分からない、をモチーフにした絵で中世には多くあったそうです。 -
こちらも教会の有名な祭壇画で、15世紀にドイツの Hermen Rodeによって描かれています。16枚の絵には、一つの物語が描かれていました。宗教的な教訓を信者たちに分かり易く説明しているようです。
祭壇画で知られる聖ニコラス教会 by AandMさん聖ニコラス教会 寺院・教会
-
アレクサンドル・ネフスキー大聖堂です。この教会は、帝政ロシアの一地方にエストニアが組み込まれていた1894年から1900年の間にミハイル・プレオブラジェンスキーによって設計建設された典型的なロシア復古主義のスタイルの教会です。ロシア正教の教会であることは、玉ねぎ型の丸屋根の形で分かります。
ロシア正教の教会は、この教会に限らず他の教会も全て内部の写真撮影が禁止されていました。残念ながら教会内部の写真はありません。ロシア正教の大聖堂、アレクサンドルネフスキー聖堂 by AandMさんアレクサンドル ネフスキー大聖堂 寺院・教会
-
大聖堂の横にトームペア城があります。
この城は、11世紀までにエストニア人が木造の城として建設しています。13世紀、リヴォニア帯剣騎士団が占領して本格的な要塞建設を開始し、18世紀末までの改修で現在のような外観となり、20世紀末にロシアから独立して後は、エストニア国会の議事堂として使用されています。このため内部見学などはできません。建物前の広場には、公用車と思われる車が多数駐車していました。城のようには見えないトームペア城 by AandMさんトームペア城 城・宮殿
-
トームペア城の裏手に回ると、高い塔が見えました。「のっぽのへルマ, Pikk Hermann」と呼ばれる塔で、14世紀に建設され16世紀に現在の形にされています。高さ30mで内部に215段の階段があり、上部に昇れる構造です。残念ながら一般には公開されていません。塔上の展望台は、海抜90mで良好な展望が開けているそうです。隣はエストニア議会で、塔上にはエストニア国旗が掲げられていました。
トームペア城の一部、のっぽのヘルマン by AandMさんのっぽのヘルマン 建造物
-
聖母マリア教会はトームペアの丘の上に13世紀に造られたタリンで最も古い教会です。17世紀にあった大火の被害にも合わず、以前の状態が今日まで保存されているタリンでも珍しい教会でもあります。
訪問時には内部で宗教行事が進行中で、観光客の入場が停止されていました。他の箇所で2時間程過ごした後で再訪問すると、内部見学をすることができました。タリンで最も古い大聖堂(トームキルク) by AandMさん聖母マリア大聖堂 寺院・教会
-
聖母マリア教会の内部です。木製の彫像や扉が他教会に比べて古く、中世の厳かさを感じました。
-
聖母マリア教会から100m程の場所にタリン旧市街を眺める展望台(Kohtuotsa viewing platform)があります。丘が崖上になっている箇所で、前方に旧市街が広がっていました。
中世の建物、雰囲気も保存されているタリン歴史地区 by AandMさんタリン歴史地区 旧市街・古い町並み
-
観光客が次々にこの展望台にやってきました。タリン旧市街観光で見逃せない展望スポットだと思います。
旧市街を一望できる展望台 by AandMさんコフトウッツァ展望台 建造物
-
近くには旧市街の城壁もありました。中世に建造された塔や城壁です。タリン旧市街には案内標識があるので、観光スポットも容易に分かります。
城壁入口 (修道女の塔) 建造物
-
市庁舎広場に向かって石畳を歩いていると、猫井戸(Cat's well)がありました。タリンで水道が普及する前は井戸が使われており、井戸にまつわる伝説が伝えられています。
水の悪聖霊が「貢物を差し出さないと、町中の井戸の水が出ないようにしてしまう」と町の人々に告げたそうです。井戸か涸れることを恐れた町の人々は動物を水場に投げ込み、特に町中に多かった猫がその対象になりました。動物を投げ込むと水が汚れますので、ことの信憑性には疑問もありますが、井戸はいつしか猫井戸と呼ばれたそうです。水道の普及とともに、井戸も使われなくなり、町中の猫達は心安らかに過ごせるようになった、と言われています。この猫井戸も、現在では使用されないため、蓋がしてありました。伝説が残されている猫井戸 by AandMさん猫井戸 建造物
-
市庁舎広場(ラエコヤ広場)です。広場で市場が開かれていました。広場周辺にはレストランやカフェがあり、観光客に呼び込みが盛んに声をかけていました。日本語で誘いかけられました。ここはタリン旧市街の中心部で、訪問時に沢山の日本人観光客に出会いました。
観光客で賑わっているラエコヤ広場 by AandMさんラエコヤ広場 広場・公園
-
タリンの市庁舎で、高い塔が目立っています。バルティックとスカンジナビアで最も古い市庁舎です。塔の先端にあるオールド・トーマス (Old Thomas)像は1530年からそのままであり、タリンの象徴とされています。塔の高さは64mです。
広場で目立っているタリン旧市庁舎 by AandMさんタリン旧市庁舎 史跡・遺跡
-
市庁舎の裏手に写真博物館(Town Jail Photography Museum)があります。以前は市監獄でしたが、現在は写真博物館として使用され、写真の150年の歴史が説明されていました。珍しい博物館だと思います。
旧市庁舎の裏側通りにある市庁舎監獄 by AandMさん市庁舎監獄 博物館・美術館・ギャラリー
-
市庁舎広場に観光案内所もありました。旧市街の中心部で多くの観光客が訪れる場所ですので、観光案内所は便利だと思います。
町の中心部にあるタリン観光案内所 by AandMさんタリン観光案内所 散歩・街歩き
-
タリンに関連する様々な案内パンフレットが並べられていました。英語ができれば、係員が質問にも答えてくれます。
-
旧市街の石畳の道を随分と歩き回りましたので、お腹が空いてきました。また気温が15℃程度と低めで、涼しさを通り越して肌寒い感じでした。レストランで暖かいスープを頂くことにしました。
観光客向けのエストニア料理レストラン、オルデハンザ by AandMさんオルデ ハンザ 地元の料理
-
エストニアのスープです。トマトベースの野菜スープですが、複雑で微妙な味で美味しく感じました。少し温まり、ホッと一息つくことができました。
-
家内が注文したエストニアのスープは、パンの中に入っていました。パンを含めると、量も多いので満足感があったようです。こちらのスープも美味しくて気に入った、との感想でした。エストニアの伝統スープはお勧めです。
温まり、空腹感も解消しましたので、タリン観光を続けることにしました。幸い6月上旬は日没が夜10時前ですので、多少時間が遅くなっても大丈夫です。 -
タリン旧市街の北側城壁の入り口にあるスルーランナ門です。タリン港から市街に入るのはこの門を通過します。中世時代は、町の守りの重要拠点でした。
重厚な石積みの城壁入り口 by AandMさんスール ランナ門 史跡・遺跡
-
重厚な石積の門で、門の上部には銃口も設けられています。
重厚な石積みの城壁入り口 by AandMさんスール ランナ門 史跡・遺跡
-
門の説明が英語でも書いてありました。この門は14世紀に建造され、外敵の侵入を防ぐために何度も改修されています。建設当時、エストニアではデンマーク王国の侵入を食い止めることが主な目的であったと説明されています。
門の英語名はGreat Coastal Gateです。 -
旧市街ではこのような標識があちこちにありました。英語表示もありますので、道に迷うことはありませんでした。
-
門に連続して大きな丸い塔があります。「太っちょマルガリータ, Paks Margareeta」です。16世紀初めに建設された直径25mの大砲台の塔で、一時は政治犯を収容する監獄としても使用されています。重厚感のある塔です。
町の守り役を果たしてきたふとっちょマルガレータ by AandMさんエストニア海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
門を通って旧市街に入ったところに「三人姉妹, The Three Sisters building complex」と呼ばれる建物群がありました。1362年に建設された商人の家で、現在はホテルになっています。5つ星ホテルで、旗がある箇所がホテル入り口です。
現在はホテルになっている三人姉妹 by AandMさん三人姉妹 史跡・遺跡
-
三人姉妹のすぐ近くに大きな教会がありました。聖オレフ教会で、高い塔があることで知られています。12世紀に建設された教会で、デンマークがタリンを支配する以前の様式が保存されています。
この教会の塔の高さは、時代によって多少変化しています。塔は落雷で破損したりしたため何度も再建され、高さも115-125mと変化しましたが、現在の高さは123.8mとなっています。この塔に昇ることができ、タリン旧市街を見下ろせます。高い塔が目立っている聖オレフ教会 by AandMさん聖オラフ教会 寺院・教会
-
スルーランナ門の手前にエストニア海洋博物館がありました。門を出ると港がありますので、海に近いこの場所に博物館が開設されたものと思われます。
町の守り役を果たしてきたふとっちょマルガレータ by AandMさんエストニア海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
博物館の前にパネルに「閉鎖中、2019年8月に再オープンします」と書かれていました。
-
門を出ると丘があり、黒い石のオブジェがありました。
エストニア人にとって忘れがたい記念碑 by AandMさんThe Broken Line monument モニュメント・記念碑
-
「途切れた線の記念碑, The Broken Line Monument」です。細長い黒い石は途中で途切れて、更に下方に向かって続いていました。1994年9月28日にストックホルム行きの船エストニア号が沈没して852名の人命が失われたことを象徴する記念碑です。碑の手前の石にこの年月日が記載されています。エストニアの方にとって忘れがたい事件だろうと思います。
エストニア人にとって忘れがたい記念碑 by AandMさんThe Broken Line monument モニュメント・記念碑
-
滞在したホテル(Radison Blu Sky Hotel, Tallinn)から見た夕暮れの景色です。旧市街の向こうにタリン湾も見えます。
タリン旧市街に近く展望も楽しめるホテルです by AandMさんラディソン コレクション ホテル タリン ホテル
-
タリンを離れる日の早朝のタリン景観です。中世から保存されてきた美しい街並みです。
延べ2日間で、タリン旧市街とその郊外の見所を巡りました。旧市街では沢山の印象的な教会や建物を訪問しました。石畳が続く旧市街は、中世がそのまま保存されている感じです。郊外にも修道院遺跡や昔からの民家を集めた野外博物館、そしてロシア文化の影響を感じさせるカドリオルグ宮殿などがありました。エストニアはデンマーク、スエーデン、ロシアそしてソ連に支配された複雑な過去を経験していますが、見学した建造物などにその影響を感じさせられることも多かったように思います。美しい景観とともに、多様な歴史の影響も印象に残ったタリン訪問でした。近代的建物もあるタリン新市街 by AandMさんタリン新市街 散歩・街歩き
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
AandMさんの関連旅行記
この旅行で行ったホテル
-
ラディソン コレクション ホテル タリン
3.47
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
タリン(エストニア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
タリン(エストニア) の人気ホテル
エストニアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
エストニア最安
568円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
72