2017/09/26 - 2017/10/03
178位(同エリア729件中)
ポポポさん
9月27日 旅行2日目 サマルカンド観光の続きです。
グリ・アミール廟の観光が終わると市内のレストランで昼食です。昼食会場は規模の大きなレストランで食事は大変美味しかったです。ウズベキスタンの料理は日本人の嗜好に合うので食べやすく、しかも大変美味しいです。
特に有名なのはサマルカンドナン、ウズベキスタンのナンの中で最も美味しいといわれているそうです。
食事の後はサマルカンドの台所ショブバザールと中央アジアで最大と言われるビビハニムモスクを見学し歩いてレギスタン広場に到着しました。
レギスタン広場は写真で何度も見ており、その都度行きたいと思っていた場所です。
夢にまで見た場所に来れて本当に感激でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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グルアミール廟からバスで15分くらいのところにあったのが昼食会場のレストラン。店名は「ISTIQLOL」、大きなレストランでした。
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レストランの外観。建物の外観からはとてもレストランには見えませんでした。
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2階建ての大きなレストランでした。外側から見た感じは豪華そうな印象。
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1階には噴水があり、その周りに個室の部屋とレジがありました。少人数の客は1階の部屋を使用するようです。
私たちは2階の大広間でした。 -
2階から見た1階の様子。1階の中央には噴水がありました。正面の右がトイレ、写真右が受付のカウンターとレジ。噴水を取り巻くように左側と手前に個室の客席がありました。
写真は2階に上がる階段の途中から写したものです。 -
天井はこんな様子でした。
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2階は大広間。団体専用の会場でした。すでに着席しているグループは阪急トラピックスの別グループ。ここに阪急の4グループが集合して昼食をとりました。
同じチャーター便で来たと思われる日本人グループも着席していたので、このレストランはツアー用に利用されるレストランなのでしょう。 -
サマルカンドのナンです。厚みも大きさもインドのナンとは大違い。
欧米人のパンに相当しますが焼き立てはとても美味しいです。
このレストランのナンは焼き立てではありませんでしたが大変美味しかったです。
サマルカンドのナンはサマルカンドナンと呼ばれ、ウズベキスタンで最も美味しいナンだそうです。 -
前菜です。
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ナンは各自で千切り分けました。細いのはパンだったと思います。
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ショルパという野菜スープ。脂ぎっているように見えますが、大変美味しいスープでした。見た目ほどは脂ぎっていませんでした。
ウズベキスタンの料理はどれを食べても大変美味しいです。味付けも濃くなく日本人の味にあっていると思いますが一つ注意しないといけません。
バスの中でガイドさんが説明したように動物性の油を使用しているのですが、これが我々日本人には合わないのです。
美味しいのでついつい残さず食べてしまいがちですが、食べ過ぎるとお腹が緩くなってしまいますので食事の量はほどほどがいいと思います。 -
プロフ(米と肉を炊いたウズベキスタン料理)です。ウズベキスタンの焼き飯と言った方が分かり易いと思いますが、これは美味しい料理でした。
もう最高。ウズベキスタン料理はどれでも美味しいのですが、これは美味しかったです。 -
ウズベキスタンのビール、2ドルでした。
ピルスナーですが、ウズベキスタンのビールはアルコール度数が高いです。
だいたい11度から14度、飲み過ぎると後の観光に差し支えるので飲み過ぎに注意しましょう。
テーブルの上にミネラルウォーターがありますが、ウズベキスタンのレストランでは必ずミネラルウォーターが出されました。これは無料です。日本のレストランが水を出すのと同じなんですね。そして食事の終わりにはチャイ(お茶)が出されます。
そのため飲み物をわざわざ注文する必要はありません。 -
デザートはアイスクリーム、普通に美味しかったです。
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我々のツアーバス。チャーター便で200数十人がサマルカンドに乗り入れているんですがシャーヒズィンダ霊廟で日本人観光客に会った以外は不思議に他の旅行者のツアー客には出会いませんでした。
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昼食が終わると再びバスに乗りショブバザールに向かいました。
写真はルハバッド廟。ルハバッドとは霊の住みかと言う意味。14世紀の聖人シャイフ・ブルバン・サガルジを祀るためにティムールが建てたと言われています。小さな霊廟です。 by ポポポさんルハバット廟 史跡・遺跡
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ショブバザールに到着しました。ここはその入口です。
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見えている建物がサマルカンドの台所、ショブバザール。
市内では最大規模の市場でした。 -
バザールの建物。
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ここは市場の中央通路。広い通路の左右には各種食料品を扱う店が並んでいました。
市場内の通路は縦横碁盤の目のように区切ってありました。 -
この辺りは豆類を販売しています。
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こちらはお米。
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下にも広い売り場がありました。こちらは野菜が中心のようです。
訪れたのが午後だったので、野菜などの生鮮品はかなり売れていました。 -
上の売場よりも下の売場の方が来店客は多かったです。
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市場にはスイカや瓜を売る店がありました。市場の外の出店みたいです。
スイカ売りはナンと同じくウズベキスタンの風物ですが、この時期(9月の終わり頃)に目にするのは珍しいくらいでした。
夏場は道路沿いにスイカ売りの出店が軒を連ねているそうです。 -
こちらはタマネギと各種のイモが売られていました。
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下の市場は盛況でした。こうして見るとタマネギの売り場が多いのに気が付きました。
タマネギ農家が多いのでしょうか? -
ウズベキスタンはイスラム教国ですが、中東のイスラム教国に比べると戒律に対する対応が緩やかです。
それは女性に顕著に現れています。ウズベキスタンでは頭にスカーフを巻かない女性を沢山見かけました。市場に買い物に来ているこれらの女性はスカーフを巻いていません。特に若い女性がスカーフを巻いていない姿が散見されます。シャーヒズィンダ霊廟のクサム・イブン・アッバース廟では男女が同席してコーランを聞き礼拝していました。
これらは中東の厳格なイスラム教国では考えられない事です。
ウズベキスタンは独自のイスラム路線を歩んでいるのでしょう。そういう意味においては中東の厳格なイスラム教国に比べて自由だなと感じました。 -
再び上の(2階の)市場に目を戻しましょう。ここはトマトの売場、来客はいません。
この辺りは生鮮野菜の店が多いようです。キャベツや日本の白菜のような葉野菜もありました。
国土の大部分が砂漠のウズベキスタンでみずみずしい野菜や果物が採れるのは大変な努力の結果なんだろうなと思うと頭が下がります。 -
こちらの売り場も閑古鳥が鳴いています。時間帯にもよるのでしょうが生鮮品は下の売場で買うようです。
上の売場では野菜や果物、香辛料、穀物、ドライフルーツ、菓子、生活用品などを売っていました。別棟では食肉も売っていました。市場ですから定価は無く値段は交渉次第です。
本気で買う気なら根性入れて根切交渉しますが、時間が無いので適当に価格のやり取りをするだけで、品物がどの程度の価格なのか予備知識を入れるくらいにしか考えていませんでした。
ただ後になって分かったことですが、食品のバザールではここが一番規模が大きくなんでも揃っていました。価格も安いです。
物によってはスーパーよりも安いものがありますし、スーパーでは取扱っていない物もありました。
ドライフルーツはここで買うのもいいかもしれません。ここは種類が多いのです。それに試食をさせてくれるので味の良し悪しがわかります。
時間のある方はぜひここで値切り交渉して安く買って下さい。
ドライフルーツは別の所で買いましたが一押しは干しぶどうと干し杏です。特にウズベキスタンの干しぶどうは大変美味しいです。 -
これはバウバというサマルカンドのお菓子。お祝いや御目出度い席に出されるヌガーのようなお菓子です。
美味しいのですがちょっと甘すぎると感じるかもしれません。このお菓子はサマルカンドでのみ目にしましたのでこの地方限定のお菓子のようです。
大きいのが3000円から4000円、ウズベキスタンの物価からするとかなり高価なお菓子ですが、これを切り売りしてくれます。
切り売りでいくらか尋ねると、小さく切った物を見せて約400円だと言っていましたが、半値でも高いような感じ。時間が無いので根切交渉することも無くその場は立ち去りましたが、実際交渉していくらまでに値段を下げられたでしょうか? -
バザールを出ると目の前に大きな建築物が現れました。
これが中央アジア最大のモスクと言われているビビハニムモスクです。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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タマネギ頭のブルーと側壁のモザイク装飾が美しい。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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ミナレットがある方向がモスクの入り口で、ミナレットの右にある大きな壁が門でした。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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ビビハニムモスクの巨大な門です。
大きすぎて写真に納まりませんでした。後ろに下がると沢山の観光客が写真に入り込んでしまい、おまけにぎゃっ逆光を浴びてしまうのでこれがギリギリの構図でした。
さてビビハニムモスクはティムールが第一夫人ビビハニムために建てたモスクで、夫人の名前から名付けられました。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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ビビハニムモスクの真向かいにあるのがビビハニム廟。八角形の建物ですがモスクに比べるとあまりにも小さな霊廟でした。
この廟にはビビハニムとビビハニムの母親、そしてビビハニムの姉妹の3人の女性の遺体が祀られています。
「ビビハニム」とは「第一夫人」と言う意味です。そのため第一夫人であった王妃が「ビビハニム」と呼ばれていたようですが、この王妃の本名はチンギス朝キプチャクハン国のカザン・ハン(1343ー1346)の娘サライ・ムルクハニムでした。
ティムールはカザン・ハンの娘と結婚することによってグラガン(ハンの娘婿)と名乗れるようになりました。
ティムールはこの結婚によって箔が付いた訳ですから当然ビビハニムを第一夫人にしたのでしょう。ビビハニム廟 建造物
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後ろに下がって門の全景を写真に収めました。とにかくデカイ。門の入口付近にいる人の身長と比べてみて下さい。
いかに巨大かお分かりいただけると思います。
ビビハニムモスクは1399年にインド外征から帰ったティムールの命により建築が始まりました。世界に比類のない巨大なイスラム寺院を造るため帝国の各地から200人以上の職人や芸術家、500人以上の労働者が集められました。
また資材運搬のためインドから90数頭のインド象が連れて来られたそうです。
早期に完成させよとのティムールの命令を履行するため突貫工事が行われ、この巨大なモスクはわずか5年(1404年に完成)で完成しました。
その間外征から帰ったティムールは完成したドームの高さが気に入らず、さらに高いドームに造り替えさせたのだとか。
当時の技術でさらに追加変更工事もあっての5年は超ハイスピード工事でした。
しかしながら工事を急ぎ過ぎたためか、それともあまりに巨大すぎたためか、完成後から年月を経る毎に崩壊が始まり、礼拝中に天井からレンガが落ちてくるようになったそうです。以後も落下が続いたためそれを恐れて礼拝を行う者もいなくなり、モスクは荒廃してしまいました。そして1897年の地震でミナレットが折れ、アーチは崩れてついに廃墟になりました。
現在のビヒハニムモスクは1974年にウズベク・ソビエト社会主義共和国政府が再建したものです。
ソ連崩壊後はユネスコなどの協力を得て修復が進められています。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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さて、ビビハニムモスクにはある伝説が残されています。それは次のような話。
インド遠征に出かけ凱旋するティムールを喜ばそうとビビハニム妃は巨大なモスクを建て始めました。しかし余りに大きすぎてティムールの帰国までに間に合いそうもありません。
その弱みに目を付けたのがモスクの建築家です。「キスしてくれないと働かないよ。」と迫ったそうです。
妃は困りましたが「頬になら」とキスを許してしまいました。ところがキスの跡がアザになって残ってしまったのです。
インドから凱旋したティムールは素晴らしいモスクの出来栄えに大喜びしましたが、妃の頬に着いたキスの跡(アザ)に気が付き大激怒。
建設家は直ちに死刑、妃はミナレットから突き落とされ亡くなりました。
そのためビビハニム廟はとても小さいのだとか・・・。
この伝説には諸説あります。ミナレットからは突き落とされず、ベールで顔を隠すだけで許されたとか、突き落とされたが奇跡的に命が助かったとか・・・。
またこれとは違う伝説もあります。
それは建築家が「関係を持たないと図面も書かないぞ」と脅したもののビビハニムが拒否したため工事が進まなくなったということです。
これらはあくまでも伝説の話、真実が含まれているのかどうかは神のみぞ知るといったところでしょうか。 -
入口門のアーチを潜ると大きな中庭があり正面に大きなモスク、左右に小さなモスクがありました。
写真は大きなモスクのファザード。入口門と同じく巨大なモスクでした。
入口の扉は閉まっており、内部は廃墟同然。モスクの外観も傷んでおり、とても写真を撮る気にはなりませんでした。
そのため大モスクの写真はありません。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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中庭には巨大な大理石のラウヒ(コーラン書見台)がありました。写真では分かり難いと思いますがこれも巨大な物でした。
羊皮紙で作られたオスマン・クラーンという世界最古のコーランがこの上に置かれていたそうです。
この書見台の周りを願い事をしながら3回ると願いが叶い、書見台の下をくぐると子宝に恵まれるそうです。
現在は書見台の周りに進入禁止のテープが張ってあるので子宝の願いは聞き入れられそうもありません。 -
書見台と北側の小モスク。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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北側(入口右)の小モスクの内部。このモスクは中に入れますが、中はご覧の通りで修復はされていません。
壁には亀裂が走っているので建て直さないと無理かも。装飾タイルは全て剥げ落ちていました。 -
こちらは南(入口左)の小モスクの内部。ここは修復が終わっていました。
モスクの天井部分です。
今迄見てきたモスクのような派手さはありませんが、淡い色の装飾がとても綺麗でした。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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モスクの天窓部分。
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ここは天窓部分の下の壁の装飾。細かな紋様が素敵でした。
このような淡い色合いは不思議に落ち着きます。 -
床には修復前の廃墟になったモスクの全景がパネル写真にして紹介されていました。
入口門と大モスクのファザードは上の部分がありません。3つのモスクは全てドームが崩落しています。ミナレットは折れて無残な状態でした。
今は内部はともかく外観は往時の姿に復元されていました。 -
小モスクの内部。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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小モスクの内部。
ストロボを焚いていないので暗く映ってますが、実際はもっと明るかったです。 -
小モスクの内部。
壁の装飾で剥げたように見える部分は元のオリジナルの色や装飾が判別できる場所で、わざわざ元の部分を残しているんだそうです。 -
モスクの内部。
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モスクの内部。中央部分も元のオリジナルの装飾が残されている部分です。
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再び天井に目を戻しました。細やかな装飾が美しい。
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小モスクの内部。
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中庭とミナレット。ミナレットはモスクの四隅にありました。
中庭では「ウズベキスタンの歴史的建造物」という題名の日本語版の本を数人の男性が売っていました。
その中の一人の男性が本を片手に数冊持って売り込みに来ました。
シャーヒズィンダ霊廟でもこの本を売っていましたが値段は同じく10ドル。10ドルじゃ高いからいらないというと、値段を8ドルに下げて来ました。
「まだまだ高い、5ドルじゃないと買わないよ。」と交渉すると7ドルに値下げ。
私は5ドル、売り手は7ドルで平行線。写真集だから7ドルでもいいかなと思い購入。
それを見ていた母娘さんがまた購入。1冊10ドルで購入した人には悪いが、値引き交渉も旅の面白さの一つなのです。
ところでこの本は日本語版と英語版の2種類しかないそうです。ここには中国版は無い。つまり中国人観光客はここにはほとんど来ないようで、主な観光客は欧州人と日本人らしいです。
中国人観光客に席巻される前に早いうちにここは観光した方がいいと思います。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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外から見たビビハニムモスク。こちらは修復が完全に完成している南側の小モスクで、青のドームが美しかった。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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モスクの南側外壁。小モスクの後ろに一部見えているのが大モスクのファザードです。
修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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入口門と入口左のミナレット。
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ビビハニムモスクが面しているタシュケント通りを歩いてレギスタン広場にかっている所です。
振り返ってビビハニムモスクをパチリ。
写真左隅、日陰になった建物の側にレストラン兼チャイハナ(喫茶店)があり、ここで一休みしました。
ここでは無料でチャイ(お茶)が振る舞われました。
ウズベキスタンはお茶文化だそうで、誰彼構わず来訪者にはお茶を振る舞って応接するそうです。
ここでの休憩はなんと40分、こんなに休憩時間を取るのであればシャーヒズィンダ霊廟群のシリンベク・アカ廟やシャーディムルク・アカ廟の内部を見る時間は十分にあったのに。こんな辺鄙な所の国には何度も来るはずはないので、見たかったな。・・・と言うのは私の我儘でしょうか。
阪急トラピックスのツアーって後期高齢者の方の参加が結構多いんですよね。他社のツアーではそんなに多くはないんですけど。
今回のツアーでも何人もいらっしゃいました。たぶん添乗員さんが体に負担がかからないようにと配慮されて休憩タイムを取られたのでしょう。
団体行動だから仕方が無い面もあります。ここは我慢しましょう。
で、体を持て余している人のためにガイドさんが土産物店に連れて行ってくれました。結局半分はチャイハナで休憩し、半分が土産物店へ。
どういう訳かチャイハナから土産物店の写真一枚も撮っていないんですよね。
簡潔に文章で説明しますね。ここからレギスタン広場に向かうタシュケント通りの両側には沢山の土産物店とレストランがあります。
あちこちと土産物店を回る時間が無い方はこの通りの土産物店を次々に見て回れば時間のロスは少ないと思います。
但し私の経験からですが、価格はサマルカンドが一番高いです。どこでも手に入るような品物であればヒヴァかブハラの方が安いのでそちらで買ったほうがいいと思います。。
私はブハラで陶器を買いましたがサマルカンドの半額以下でした。そういえば私が買った本もヒヴァの方が安かったですね。
詳しくはブハラの旅行記で紹介しますが、サマルカンドの土産物店へは価格の確認のため皆さんと一緒に行きました。。
ウズベキスタンの土産物店は商札が付いていないので店員にいちいち値段を確認しないといけません。これが面倒です。
私はキジュドゥバンの陶器(飾り皿)を買いたいと思っていたので、そちらを物色しました。
小皿が5ドル、中皿(飾り皿)が40から50ドル、中皿の一回り大きいのが70からら80ドル、ウズベクの物価と比較すると高い感じがしましたが、幾人かのご婦人方は値切り交渉もせずに言い値で買っておられました。
確かに塗りむらも無く裏には作者のサイン(印)も入っており品質はよさそうでした。
ただ飾り皿にするには中皿は小さいような印象を受けましたので、一回り大きいのをどのくらい値切るかです。
事前調査の結果ウズベキスタンは高いと知っていたのでここで買う気はありません。あくまでもここでは目の保養と価格調査が目的でした。
土産物店に行ったグループもチャイハナでお茶をご馳走になったため、ここには40分以上いたかもしれません。
高齢者の方も疲れが取れた様子で再びタシュケント通りをレギスタン広場に向かって歩き始めました。修復途上の巨大モスク by ポポポさんビビハニム モスク 寺院・教会
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ここがタシュケント通り。大きな通りで、レギスタン広場はこの先の右側にありました。
サマルカンド (文化交差路) 史跡・遺跡
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通りを進んでいると右側の公園の一角に人だかりがしているのを発見。
ウエディングドレスを着た花嫁さんです。大きな銅像の下で集合写真を撮っている様でした。 -
銅像の主はソ連崩壊後のウズベキスタン初代大統領であるカリモフ大統領。
大統領の銅像の下で集合写真を撮るんですね。ということはこの大統領、国民に慕われていた大統領なんですね。
じゃなきゃ、こんなところで結婚の集合写真なんか撮りませんものね。 -
カリモフ大統領の銅像を過ぎて右に目をやると、ついにやって来ましたレギスタン広場。
感激、私はこの景色が見たかったのだ。はるばる来た甲斐があった。やはり実物は写真より遥かに勝る。
でも写真の構図が下に寄り過ぎたので撮り直し。サマルカンドを代表する観光地 by ポポポさんレギスタン広場 広場・公園
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そういう訳で撮り直し。今にして思うともっと空を入れても良かったかな。
中央の建物はティラカリメドレセ。右がシェルドルメドレセ、左がウルグベクメドレセです。
「レギスタン」とは「砂地」の意味。ここはチンギス・ハーンの来襲以後サマルカンドの商業の中心地になりました。主要道路の交差点にあったレギスタン広場は公共の場として謁見式や閲兵、罪人の公開処刑場として利用されたそうです。
ティムールの時代にはここにバザールが建てられ、ウルグベクの時代にはバザールの左にメドレセ(ウルグベクメドレセ)が建てられ、右にハナカ(巡礼宿)が建てられました。
また現在のティラカリメドレセの場所には大規模なキャラバンサライ(隊商宿)が建てられていたそうです。
レギスタン広場が現在の姿になったのは17世紀、ヤラングトシュ・バハドールが2つのメドレセを建ててからです。サマルカンドを代表する観光地 by ポポポさんレギスタン広場 広場・公園
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広場正面の建物はティラカリメドレセ、青色のドームが美しいです。
ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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9月から10月にかけては結婚シーズンです。先ほどカリモフ大統領の銅像前でも新婚さんに出会いましたが、レギスタン広場の周辺でも何組もの新婚さんに出会いました。
その中で写真を撮らせていただいたのがこのお二人。花嫁さんは笑顔が素敵でとても綺麗な人でした。
私だけじゃなくてツアーの皆さんも、外国の観光客の人達も一斉に二人を取り囲んで写真を写真を撮り始めたのでまるで女優さんかモデルさんのようでした。
ウズベクは西洋と東洋の地が混ざり合ったためか、美人の女性が多い所です。この花嫁さんもとても綺麗でした。なのになのに何故か・・・。写った写真はどういう訳かそれなりの人にしか仕上がっていませんでした。
ええー、なんで?ええー、綺麗な人だったのに。写真を撮った時にタヌキにでも化かされていたのかな?・・・ウズベキスタンにタネキがいるのかな?
それとも私のカメラが美しい女性に嫉妬してわざとおかしく写したのかな?心当たりはあるんです。
ウィーンのカフェザッハーの店員さんで、笑顔が素敵でとても美しい女性が応接してくださいました。記念に写真を撮らせていただいたのですが、その写真の仕上がりがやはりそれなりだったんです。
やはり私のカメラは美しい人を被写体に捉えるとそれなりの容姿に変えてしまうにちがいないとこれ以降思うようになりました。
花嫁さんの写真を載せたのでここでガイドさんから聞いたウズベキスタンの結婚事情をを少しお伝えしましょう。
結婚適齢期は男性が25歳で女性は23歳、日本に比べるとはるかに若い年齢です。
30歳以上で独身というのはこの国ではあり得ない事だそうです。と言うのも結婚は親同士が決めるもので本人同士が決めるものではないからだそうです。日本で言うところの見合い結婚といったところでしょうか。但し日本の見合い結婚は親同士が結婚を決める訳では無いので、そういう意味ではこの国とは違いますが・・・。
では恋愛結婚はゼロかというとそうでも無くごく僅かはあるそうです。しかし大多数は見合い結婚で、見合い結婚は離婚が少ないそうです。
ガイドさんも見合い結婚ですが何ら不都合は感じなかったそうです。親が選んでくれた方が安心という意識が強いようです。 -
1417年にウルグベクが建てたウルグベクメドレセ。
レギスタン広場で最も古いメドレセです。ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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1636年に建てられたシェルドルメドレセ。シェルドルとは「ライオン」の意味。
入口のファザードの上部に小鹿を追うライオンとそれを眺める王が描かれていることから「シェルドルメドレセ」と呼ばれました。シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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ティラカリメドレセは横から見た壁の紋様が大変美しいです。
シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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ティラカリメドレセのファザード。
ファザードの上部にライオンと人面が描かれていました。西日が当たってファザードの一部が光っていましたが、モザイク装飾は本当に綺麗でした。シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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ファザード左のミナレット。
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メドレセのファザードに描かれた小鹿を追うライオンと人面の太陽の絵。ライオンと言うよりどう見てもトラにしか見えない絵でしたが、偶像崇拝を否定するイスラム教の教義に明らかに違反するものです。
人間と動物をモチーフにすることは厳禁のイスラム教義に逆らってこのような絵を描かせたのは、支配者が自分の権力を誇示するためだったそうです。
同じイスラム教国でも中東の厳格なイスラム教国に比べてウズベキスタンの方が緩やかであることの一つの証明だと思います。 -
メドレセの入口。
シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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入口アーチ部分。実際の入口はアーチの左にある扉でした。
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レギスタン広場中央正面のティラカリメドレセです。このメドレセは1660年に建てられた神学校でこの広場では最も新しい建物です。
「ティラカリ」とは「金箔を樋地越された」と言う意味で、その意味はメドレセの中に入ると分かりました。
内部の様子は次の旅行記で紹介致します。ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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ティラカリメドレセ。サマルカンドブルーのドームが美しい。
ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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メドレセのファザード。こちらはブルーが基調。
ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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こちらのファザードにはイスラム教義に反する装飾や絵はありません。
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ティラカリメドレセ。
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ティラカリメドレセ。
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ウルグベクメドレセです。
レギスタン広場で最も古いメドレセです。1420年に4代目の君主ウルグベクにより建てられました。
当時神学校ではイスラム教の教義や哲学、数学、天文学などが教えられていましたが、天文学者であったウルグベクは自ら教壇に立ち天文学の講義を行ったそうです。ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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ウルグベクメドレセは天文学者でもあったウルグベクの嗜好に合った青い星型のモザイクが特徴です。
ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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星型のモザイク。
ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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ファザードの様子。緻密なモザイク装飾が素晴らしい。
次回の旅行記では各メドレセの内部の様子をお送りしますので、掲載まで暫しお待ちいただきますようお願いいたします。ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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この旅行記へのコメント (2)
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- スーポンドイツさん 2018/05/13 18:00:04
- 青、蒼、藍の世界
- 美しい”あお”の世界を見せてくださって感動です。懐かしく拝見しました。若人の多い国っていいですね。中国語のガイドブックがなくて日本語があるのも嬉しい!
修復が進んでいるようですが、もう少し丁寧にしてほしいというのが同行した息子の感想でした。
- ポポポさん からの返信 2018/05/13 22:55:17
- RE: 青、蒼、藍の世界
- 今晩は、スーポンドイツ様。ご連絡いただきありがとうございます。
> 美しい”あお”の世界を見せてくださって感動です。懐かしく拝見しました。若人の多い国っていいですね。中国語のガイドブックがなくて日本語があるのも嬉しい!
> 修復が進んでいるようですが、もう少し丁寧にしてほしいというのが同行した息子の感想でした。
スーポンドイツ様もウズベキスタンに行かれていたのですね。旅行記を拝見させていただきました。
私はレギスタン広場の景色に憧れてようやくウズベキスタンを観光することができましたが、サマルカンドの主な観光地はスーポンドイツ様が観光された時と大きな変化はないようです。
ビビハニムモスクの小モスクとシャーヒズィンダ霊廟群の修復が進んでいるくらいでしょうか。
中国語のガイドブックがないのは嬉しいですね。同感です。確かに観光地で中国人観光客には会いませんでした。ウズベキスタンは中国人に浸食されていない数少ない国なのかもしれませんね。
サマルカンドブルーの旅行記はまだ続きますが、今後もご期待ください。
ポポポ
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